水瀬奏音は祓い屋である

波野夜緒

第一章

第1話 謎の女性

「ゲホッ、ゲホッ」



疲れた、気持ち悪い、酸素が足りない。

炎に囲まれたアパートの一室で私は一人床に這いつくばっていた。


喉が焼けるように痛い。

息を吸うだけで針を刺されたような痛みがはしる。


ヤバい、もう死ぬかもしれない。

どんどん近づいてくる真っ赤な炎を虚ろな目で見つめながら私はただ死ぬのを待った。


こんなんじゃ消防士の人も助けには来ないだろう。

こんなに苦しいくらいならさっさと死にたい……。


というか、こんな所でまさかの孤独死。

酷い。一応まだ小一なんですけど。


ああ、神様。

私が一体何をしたと言うのでしょうか。


目を閉じ、ひたすら痛みに耐える。

そして、その時は来た。

体から力が抜け、私の意識は彼方へと飛んで行った。





私は幼いながらにどこかおかしかった。


……いや、現在進行形でおかしい。

異様に物分りが良く、異様に頭がいい。

一応言っておくが、私は決してナルシストなどでは無い。

自分で言うのも微妙だが正直気持ち悪いレベルだ。


原因は、親だと思った。

父親のいないシングルマザーの家庭なのだが母親が夢見がちというか、何とも言えない人なのだ。


私を産んだのは十代後半らしく、まだ若い母親は一応私を可愛がってくれてはいるものの変わった人な訳で。

私の内面が大人びていても全く気にしてないご様子な上に不思議な程浮世離れしているのだ。

分かりやすく言うのであれば、包丁も触ったことの無い箱入りお嬢様。

あれは一人で生活出来ないタイプだ。


そんな親だから子供の私がしっかりしたのかと最初は思ったがやはり程度がおかしい。


自分自身のことは未だ謎だが学校では上手くやってるし大して気にしてはいなかった。

一つ気になるのはアパート暮らしとはいえ母親に働いてる様子がないのに金はあること。

なんだか危ない匂いがしたのでそれは見て見ぬふりをしている。


なんだかんだで無事に育っている私はその日、アパートの裏にいた。

近所には餌もあげてないのに何故か擦り寄ってくる黒猫がいてその黒猫とよく一緒にいるのだ。

毛並みがよく首輪もしているので野良という訳では無さそうだし、触っても大丈夫だろうと判断した。

飼い主にはもう少しちゃんと管理して欲しいところだけれど。


いつもなら黒猫と戯れて帰るのだが、その日は少し違った。



「ねぇ、貴方が水瀬みなせ奏音かなねちゃん?」



そう声をかけてきたのはどこかの高校の制服を着た女の人だった。

黒髪ロングに白い肌で日本人形風美人だがどうも直感が警報を鳴らしている。


直感は割と鋭いタイプなのですぐにその場から逃げたかったが名前を呼ばれた以上どうすることも出来ない。

黒猫は私の足に擦り寄ったまま離れようとしない。



「そう、ですけど」



取り敢えず返事をすれば女の人はニッコリ笑みを浮かべた。

どこか迫力のあるゾッとするような笑みだった。



「そうなの!私は夢園ゆめぞのみやび。よろしくね」



出来ればよろしくしたくない。

人間違いであって欲しかった。


引き攣りそうな顔に無理矢理笑みを浮かべ、頭を下げれば、夢園雅はずいっと顔を近づけてきた。



「ねえ、あなたの瞳はどうして金色なのか知ってる?」



「はぁ?」



この人、中二病拗らせちゃったのかな。

防犯ブザーを思い切り引っ張りたい気持ちを我慢する。


確かに私の瞳は金色で人と違うというか、カラコン入れたみたいになってるんだけど。

生まれた時からこの色だし意味なんて遺伝しかない。


首を傾げれば、夢園雅は怖気のする笑顔のまま私の瞳を覗き込んだ。



「あなたの瞳はね、」



「奏音、何しているの?」



夢園雅の言葉を遮ったのは母親だった。

帰りがいつもより遅くなってしまったし、様子を見に来たのだろう。


母親を見て夢園雅は獲物を見つけたライオンのように目を光らせて近づいた。

この人いちいち怖いんですけど……。



「こんにちは。すみません、私、夢園雅といって夜部やぶの者なんですけど」



「夜部の?」



夢園雅の「ヤブ」という言葉に母親が目を丸くする。

ヤブ?

何それ、ヤブ医者みたいなやつ?

いや、自分のことヤブなんて言わないか。


首を傾げているうちに、気づけば夢園雅は母親の懐にすっかり入り込んでいた。

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