第二章

第9話 うちの師匠は結構放任主義

あの怪異は、本当に怪異だったのか。

そんな疑問が浮かんだのは祓い屋としての修行を始めてからだった。


記憶空間から出た私はすぐに璃緒さんと愚兄、それに翔さんと夜斗さんと合流。

四人とも私の手にある刀にものすごく驚いていた。

なんでもあの刀は水晶家の紛失していた家宝の一つらしい。

ちなみに、家宝とは家宝家に伝わる最強の武器だ。


まさか、そんなものが売り飛ばされていたとは。

ヤバい物を持ってきたな、あの人。

いや、あの人の弟か。買い取ったのは。


あと、怪異は普通あんな優しく対応してくれないようだ。

それは修行を始めてから分かった。


怪異には下級、中級、上級という強さレベルがあって記憶空間が使えるのは上級だけ。

でも、あの怪異はそんなに強くなかった割に不明な点が多い、というのは璃緒さん談。

確かに感情の件からして何か知ってるっぽかったしね。


ちなみに璃緒さんと呼んでいるのは水晶さんって呼ぶと親族と混ざるので下の名前で呼んでもらった方がやりやすいと言われたからだ。


さて、この話はここまでにして。


目の前の怪異をよく観察し、地面を蹴る。

夜の森。

目の前の怪異はスライムを大人五人分の大きさにしたような感じで気持ち悪いことに目玉がそこら中についてる。


はっきり言おう。

滅茶苦茶気持ち悪い。

紛失していた家宝こと『紅水晶』を強く握り、怪異に振り下ろす。

扱いやすい武器だからと璃緒さんに勧められて使っているが、そんな簡単に家宝を使っていいのか、水晶家。


とはいえ、そんな家宝も使う人が弱けりゃ普通の武器だ。

柔らかい体のため斬ることが出来ず、怪異からの攻撃がくる。



「うわぁ、攻撃までキモ……」



飛ばされる液体を避けながら思わず本音を漏らせば、怪異の体に幾つもある目と目が合った。


……目?

ハッとして体勢を立て直す。

私は怪異の攻撃を空中でかいくぐりながら狙いを定めた。



「紅水晶・光速」



光速というのは、突き技の技名だ。

私は怪異の目玉を一気に突き、ダメージを与えながら近づく。


見つけた、心臓!

そのまま心臓を一突きし、着地をする。

よし、終了。

怪異が人の姿に戻っていく姿を確認し、私は小さく息をついた。


この人間に戻るのがなぁ。

なんとも言えない罪悪感に襲われるというか、なんというか……。



「お疲れ様、奏音」



一人で首を捻っていれば、離れたところにいた璃緒さんがこちらにやって来た。

流石に私一人で行くのは不安要素が多いので、実戦として怪異と戦う時は少し離れたところで見守ってもらっている。



「いやー、奏音は優秀だからびっくりするくらい助けがいらないね」



あっけらかんに笑う璃緒さんに私は苦笑した。





璃緒さんとあのだだっ広い屋敷で暮らし始めて二ヶ月が経ち、七月になった。

誕生日を迎えた私は七歳となり、気づけば屋敷での暮らしにすっかり慣れている自分がいる。


もともと適応力は高い方なのだが、屋敷での暮らしは今までよりもずっと快適で死にかけたことなど忘れるほどだった。

祓い屋としての修行もしてるけど、璃緒さんが工夫したものを考えてくれてるからそんなに苦ではない。

璃緒さんは優しいし、考え方やら好きな物事が似ていることから結構簡単に馴染めたしね。


母親とはあまりそういうことがなかったので初めて家族ってこういう感じなのかなぁと実感することが出来たのは嬉しかったりした。

叔父だけど、兄というかなんというか、父親みたいな感じだ。



「奏音、お腹空いたでしょ?帰ろうか」



璃緒さんの言葉に私は隣に並んで手を繋ぎ、歩き出す。

だいぶ暑くなってきて季節が移り変わるのを感じる。


空では星と月が綺麗に輝いていて、ここが森だということを実感させられた。

怪異がいなかったら最高だったんだけどな……。



「今日はどこかで食べて帰ろうか。明日は休みだから、ゆっくり寝てればいいし。何食べる?」


「うーん、なんでも」



なんだろう、さっきまで怪異と戦っていたとは思えないこの普通の会話は。

怪異は連絡を入れれば回収してくれる人がくるので問題ないのだが、温度差で風邪引きそうだ。



「あ、そういえば奏音」



森を抜け、停めておいた車に乗り込んだところで運転席に座る璃緒さんが何かを思い出したように助手席に座る私を見た。



「明日の午後から翡翠家に行ってもらっていい?」


「翡翠家?」



突然のことに私は首を傾げる。

翡翠家といえば、唯一関わったことのない家宝家だ。

水晶家は璃緒さんだし、金剛家は次期当主の愚兄、柘榴家は同じく次期当主の夜斗さんと関わりがあるが翡翠家とは関わったことがない。

璃緒さんの高校の先輩が当主ってことは聞いたけど。


ああ、忘れていたが当主は各家宝家内で一番の実力者が選ばれるらしい。

にしたって、なんで急に。



「そう。翡翠家には奏音と同い歳の男児がいるから、まあ、手合わせ的な?」


「いや、手合わせって。私、大して強くないし修行始めて二ヶ月なんですけど」



璃緒さんの言葉に私はギョッとしながら返す。

最近知ったのだが、祓い屋の家系に生まれると物心つく前から修行をさせられるらしい。

つまり、私は歳の割に積み重ねてきたものが短い。

それなのに家宝家の同い歳の相手って。

璃緒さんの足元にも及ばなければ、愚兄や夜斗さん、翔さんにすら一回も勝てたことがないのに。


……ん?

高校生を相手にするのがそもそも間違ってるのか?

悩む私に璃緒さんはニコニコ笑顔で対応する。



「大丈夫だよ。奏音の実力だったらそこら辺の奴には負けないよ。……なんてったって四宝持ちだしね」


「し……なんて言いました?」



最後の方が聞き取れず問えば、璃緒さんは一瞬妖しげな表情になった。



「時が来れば奏音も分かるよ」


「はぁ」


「それと、コレ」



時が来ればって。

何かあり気な璃緒さんの様子に戸惑っていると、紐の付いている何か小さな物を渡された。


何これ?ピアス?

ピアスだと思われるソレはベースがシルバーで透明な丸いものがはめられている。

繊細なところまで細工が施されていて綺麗だが、丸いものも水晶だろうか?

璃緒さんを見れば耳に同じようなピアスを付けていた。

シルバーじゃなくてゴールドだけど、同じものがはまっている。



「璃緒さん、何ですか、これ」


「これはね、奏音がつけてると得するものだよ。ほら、付けときな」



得するものって。

璃緒さんといると毎回流されてるような気がするんだよなぁ。

結局よく分からないまま紐を首に通す。

すると、璃緒さんは満足そうな顔になった。



「これで明日は僕が行かなくても大丈夫」


「え、私明日一人なんですか!?」



いや、そんな話聞いてませんよ!?と抗議する目を向ければ、璃緒さんはさらりと流してまた話し始める。



「翡翠家は同じ敷地内にあるし、迷うこともないでしょ?」


「そうなんですけど」



水晶、翡翠、金剛、柘榴の家宝家は愚兄たちが通う高校と全部セットになった一つの敷地内にある。

これがかなり広くて街一つ分くらいあるのだが、家宝家の本家はショッピングモール建てられるくらいの広さだし、分家も含めば訳分からん広さになるのでしょうがない。


水晶家は比較的敷地の端にあるので外に出るのが簡単だが、中央の人なんかは敷地の外に出るだけでもおそらく一苦労だ。

私なんかはまだ敷地の四分の一くらいしか行ったことがない。

高校は水晶家と近いし。



「翡翠家は南側ね。水晶うちは東だからそんなに遠くないよ」



そういう問題じゃあないんですよ、璃緒さん。

にしたって、同級生に歯が立たなかったりしたら私普通に心折れるんですけど……。

一人唸る私の横で璃緒さんは外を見つめていた。



「水晶と金剛の混血なうえに四宝・家宝持ち。そんな奏音がたかが翡翠の『二番手』に負けるわけがないんだけどな。君には柘榴の『一番手』に勝ってもらわないといけないんだから。……もし勝てなかったりしたら分かるよね?」



璃緒さんの笑みに背筋が凍った。

家宝家には、一応序列がある。

当主が一番強い家が一番の権力を持っており、璃緒さんはそれにあたる。


年齢ごとにも順位がつけられていて、今の次期当主世代(愚兄たちの世代)では、金剛家。

私の世代では柘榴家が一番手と言われている。

つまり、そんな璃緒さんの水晶家を私は背負っているのだ。


……憂鬱すぎる。







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