第8話 水晶の刀

「これはやられた」



先程の会話直後いきなり敵襲。

ビームの反動でぶっ飛ばされ、水晶さんとも愚兄ともはぐれました。

ほぼ丸腰で知識もない。

最っ悪だ。


しょうがなく廊下をうろちょろしているとドアの開いている部屋の前に辿り着いた。

中を覗き込むとそこにいたのは中年の男性だった。

その男性を見て私は目を見開く。


え、あの格好って怪異と同じじゃない?

でも、怪異は水晶さんと愚兄が相手をしているはずだから怪異、ではないのか?

周りを見る限りメイドや執事は私たちを通り抜けるし、まあ、創られたものなんだから当たり前なんだけど。

だから近づいても大丈夫だとは思うんだけど……。


その時、怪異に似た男性と目が合った。

私はギョッとして逃げようとしたが男性は穏やかに笑う。



「おいで、お嬢さん」


「わ、私?」



自分を指させば男性は穏やかな笑顔のままで頷いた。

うーん、大丈夫な気がしないけどそもそもこの状況が既に大丈夫じゃないしね。

逃げたら攻撃される可能性だってあるし、だったら大人しくしてる方がいいか。

私はゆっくりと男性に近づく。



「お嬢さんは一人かい?」


「えっと、まあ、はい」



質問に答えると男性は近くにある椅子を持ってきて私を座らせた。

部屋は壁が本棚になっていてそこに本がズラァ並んでいる。



「君の探してる人たちは私の身体と戦っているみたいだね」


「身体?」



首を傾げれば男性は頷いた。



「そうだよ。アレは私の身体と憎しみの心から出来ているんだ。私は逆に元の人の心から成り立ってる。だから君に害はないよ」



つまり、この人は怪異が創り出した自分自身って事?

ていうか、害がないって本当なのか?

なんて分かりづらい……。

ふと男性の顔を見て私は男性が懐かしむような顔をしている事に気づいた。



「どうしましたか?」



声をかければ、男性はハッとした顔になって少し笑った。



「悪いね。私にも人間の頃には君と同じくらいの娘がいたものだから」


「娘さんが」



まあ、この人くらいの歳なら別に私ぐらいの子供がいても今どき珍しくないけど。

何かあったのだろうかと思って聞いてみれば、男性は静かに自らの過去を語り始めた。


なんでも男性はお金持ちの家の当主だったらしい。

まあ、これだけの豪邸に住んでればそれもそうだよね。

妻と息子、それに娘と使用人と幸せに暮らしていた男性。

しかし、それは男性が病気になった時期に終わりを告げた。



「私が病気を患っている時に弟夫婦がこの家を乗っ取り始めてね。妻は私の看病をしながらだったから子供たちの面倒を見るのが疎かになってしまい……何があったのか私が回復し始めた頃には妻は風邪をこじらせて亡くなり、息子と娘は何があったのか二人で折り重なるようにして亡くなっていたよ」



男性の表情には憎しみが見えなかった。

ただ、代わりに顔を歪めていた。

私はその表情に不思議な気持ちになり、首を傾げる。

男性は私を見るとそんな表情のまま諭すように話し始めた。



「君は感情が欠けているんだね。面白い、楽しい、そういう感情はあっても本気で悲しんだり怒ったりするような感情はない」



私は男性の言葉に目を見開いた。

喜怒哀楽で言うならば、怒と哀が無いという事だろうか。

全然、自覚なかった。

というか、そんなことはないと思いたい。



「君は、本気で怒ったり憎んだりした事があったかい?本気で悲しんで泣いた事があったかい?」



男性の力強い言葉に私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

母親が死んだ。

別に悲しく無かった。

じゃあ、夢園雅が憎い?

いいや、全然憎くなかった。腹だって立たなかった。

あー、自覚して気づいたけど私、重症だわ。



「やっぱり、ないんだね。私の感情を少し分けてあげたいくらいだ」



そう言って、男性は少し笑った。

感情、か。

私はこの記憶空間と呼ばれる場所をぐるりと見回した。

復讐心とかいう割に、この記憶空間は穏やかだ。

騒がしくない程度の賑やかさ、人々には温かさがある。

復讐心できた空間とは思えない。



「あの、つかぬ事をお伺いしますが」


「何かね?」



男性はにっこりと笑う。

私はわずかに首を傾げてそんな男性に問いかけた。



「ここ、本当に記憶空間なんですか?」



沈黙が訪れる。



「そうだね、君と一緒にいた人たちはここを記憶空間だと言ってけどね。実際には、未完成で記憶空間と呼ぶにはなんとも言えない場所だ。そして」



男性が椅子から立ち上がり、自分の後ろに置いてある黒い布を持ち上げる。

黒い布の下から出てきた物に、私は目を丸くした。



「これを青髪の人に返しておいてくれ」



これ。

そう言って男性が私の前に突き出してきたのは、刀だった。



「私の弟が買い取ったものだ。でも、これはちゃんと持ち主に返した方がいい」



私は男性から刀を受け取った。

思ったよりもずっしりとしている。

というか、これを青髪の人、つまり水晶さんに渡せばいいってこと?

そもそも、これは水晶さんの刀なのか?



「大して怪異として能力の高くない私が、高い能力を持つ怪異しか使えないと言われる記憶空間を未完成ながらも作れたのは、水晶の者にこれを返すためだ」



そんな疑問を問いかける間もなく、男性はそう言った。

けれど、水晶の者という言葉から推測するに間違ってはいなさそうだ。

男性はこの刀をわざわざ返すために怪異としてここにいたのだろうか。

でも、怪異と祓い屋は敵対してるのでは……?



「お嬢さん」



男性に呼ばれ、ハッとする。

いけないいけない、情報が大渋滞して考え込んでいた。

けれど、目を合わせた男性があまりにも真剣をしていて、私は息を呑む。



「祓い屋として生き残る術を見つけなさい。おそらく、君のような水晶と金剛の血が混じった混血の、それも四宝持ちへの風当たりは強い。それでも、負けないような力を」



男性の言葉の意味はよく分からない。

それでも、刀も男性の言葉も、なんだか重かった。





















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