第10話 VS翡翠

翌日。

私は一人で翡翠家に向かっていた。

翡翠家は言われた通り水晶家から割と近く、迷うことなく着くことが出来た。

家宝家の配置は、東西南北に別れてるから分かりやすいんだよねー。


で、その翡翠家は水晶家よりも大分こじんまりとしていた。

こじんまりと言ったってそこら辺のアパートよりは全然大きいけど。

私の建物の感覚大分狂ってきてるかも。



「武道場みたいなところってここであってるのかな?」



本家の裏側。

学校の体育館よりも大きな建物の前に立ち、私はそれを見上げる。

うーん、いつも璃緒さんか璃緒さんがいない時は高校生組(愚兄たち)にくっついて行動してるから一人で行動するのは久しぶりなんだよなぁ。

どうしようかと武道場を扉の隙間覗けば、バーンッと勢いよく扉が開いた。



「っ!?」



驚いて思わず後退る。

うわっ、びっくりした!

リアルにバーンッて音がしたんだけど!?

固まっていれば扉を開けた人物と目が合った。


同い歳くらいであろう赤色の髪に黄緑色の瞳の少年だ。

少しタレ目で優しそうな雰囲気。

身長は私よりも少し小さいくらいで端正な顔立ちをしている。

少年は私を見るとニッコリ笑った。



「君が水晶の子?」


「水晶の子」



なんだ、その某天気を変えられる少女が出てくる有名映画みたいな呼び方は。

神妙な顔になっていれば、少年の後ろから二十代後半くらいの男性が顔を出した。

少年と同じ赤色の髪に黄緑色の瞳。

ええと、この人は誰?



「初めまして。君が璃緒の言ってた水瀬奏音ちゃん、であってるかな?」


「はい。初めまして、水瀬奏音です」



男性にそう言われ、私は慌てて頭を下げる。

ということは、この人が翡翠家のーー。



「えっと、貴方が翡翠家の当主の方、であっていますか?」



私がそう問えば、男性は穏やかな表情を浮かべてふんわりと笑った。



「そう。私は翡翠家の代表、翡翠龍志。よろしくね」


「はい。今日は一日、よろしくお願いします」



なんだろう。

言葉を返しながら、私はなんとも言えない違和感に襲われた。

この人からは璃緒さんや愚兄、夜斗さんから感じた雰囲気を感じない。

あのたち人からはどこか威圧感のようなものを感じたのに。

オドオドした夜斗さんでさえ……ああ、これは失礼か。

ハッとして私は少年にも頭を下げた。



「初めまして、水瀬奏音です。今日はよろしくお願いします」


「同い歳だし、畏まらなくていいよ。僕は翡翠成志。よろしくね」



少年、成志くんは龍志さんとよく似た表情でそう言った。



武道場でウォーミングアップを済ませ、成志くんと向かい合う。

私は紅水晶を真っ直ぐ構え、合図が出るのを待つ。


彼の武器は包丁だ。

祓い屋の武器は結構自由だなと思う。

私と璃緒さんは刀で愚兄は鎌、夜斗さんなんて楽器だし。

いやぁ、自由だ。


そんなことはさておき、相手をよく観察する。

投げることも可能だろうが、ウォーミングアップの仕方や筋肉の付け方、怪我の箇所などからしておそらくあまり投げはしないだろう。


となれば、彼を上回るスピードで近づき、さっさと勝負をつけるのが手っ取り早いのだけれど。

どれくらいのスピードで動くのかが分からない以上、下手に近づくのは危ない。

さて、どうでるか。



「始め!」



龍志さんの合図とともに成志くんが近づき、攻撃を仕掛けてくる。

包丁と刀。

刀の方が有利に見えがちだが、祓い屋が纏う「気」というものによって武器などの有利さはあまり関係がなくなる。

璃緒さんが私の傷を治した時に出てきたモヤ、あれが気らしい。

まあ、そうでなきゃ夜斗さんみたいに楽器を使う人なんていないだろうし。


私は攻撃を躱し、高く跳ぶ。

なんか普通にめっちゃ高くジャンプしてるけどこれも最初は出来なかったんだよね。

上から成志くん目掛けて攻撃を繰り出すが、弾かれて私は離れたところに着地した。


あの弾き方、かなりキツそうだな。

あまり滑らかに受け流せていない。

まるで無理矢理押し返しているようだ。

瞬発力はありそうだけど、力とテクニックはおそらく足りていない。

となれば。



「紅水晶・光速」



テクニックがないと避けられない攻撃を連発すればいい。

距離を詰め、光速で成志くんを何度も突いていく。


しかし、攻撃は躱されたり受け流されたりとあまり意味をなしてないように見える。

一度攻撃を切り替えようと攻撃を辞めた瞬間、成志くんの気が揺れた。



「翡翠流・花吹雪」



一瞬、視界が狭くなった。

元に戻った時には包丁が顔面スレスレまで迫ってきて、私は慌てて弾き返す。

そして、息をする間もなくまた包丁が迫ってきた。


連続攻撃!

鋭い刃に息を飲みつつ、素早く後ろに下がる。

これはもう無理矢理抑え込むしか無さそうだ。

ちまちました攻撃は効かなかったけど、避けられないほど速く攻撃し、無理矢理押し込めればいけるだろう。

私の方が彼より上背があるし、体格がいいのでそっちの方が有利だ。


また距離を詰めてくる成志くんに向かってこちらから刀を構えて距離を詰める。

ここからは押し合いに勝った方が勝ちだ。



「紅水晶、」


「翡翠……」



おそらく私の作戦がバレたのだろう。

構え方からして一発で仕留めに行くのが分かったのか成志くんは攻撃をやめ、素早く動く。

私も慌てて攻撃をやめる。

この状況での攻撃はリスクが大きすぎるし、ちゃんと当たらないと無意味だ。


速い。

ちょこまか動かれると上手く仕留められない。

とはいえ、こうなったらこちらも地味に追いかけていくしかなさそうだ。



「紅水晶・光速」



今のところ安定して出来ている突き技で私はそこら中を突いた。

非効率なのは分かっているが、今の私にはこれしかできない。

その時、何かに刃先がぶつかった。

ここか!



「紅水晶・青天の霹靂」



成志くんが攻撃を出来ないように包丁の刃に全威力をぶつける。

この攻撃は一撃必殺のため光速と比べても威力が強い。

愚兄には鼻で笑われた威力とはいえ、この相手にはもってこいの攻撃!

いつか見返してやる、あのクソ兄貴!


成志くんの顔が苦しそうに歪むのを見て、私はもっと力を込めた。

いける!

そう思った瞬間、成志くんの手から包丁が離れ、カランと乾いた音をたてた。

成志くんの首元スレスレに刀を向ける。

その瞬間、彼は両手を上げて大きく息を吐き出した。



「……参りました」



……おお、人間だったら何気に初勝利。

刀を下ろし、私は成志くん同様に息を吐き出した。

勝ったら普通に嬉しいものだ。

璃緒さんや高校生組に惨敗しまくってきた私は胸に込み上げてくる喜びを押し込めて荒く息をする成志くんと向き合った。



「流石だね」


「いいや、成志くんも強かったよ。あと、少し休んだ方がいいと思う」



力なんて成長につれて私に勝つだろうし、今はゼエゼエしてるけどスタミナも努力次第ではどうにかなる。



「流石、璃緒が認めただけのことがあるね」



こちらに近づいてきた龍志さんがそう言った。

私はペコリと頭を下げる。



「ありがとうございます」


「何より、あの璃緒がそれを誰かに渡す日が来るなんて……」


「それ?」



龍志さんの視線の先を見れば、それは私が昨日もらったピアスだった。

ネックレスに改良されたせいでピアスか怪しいところだけど。



「ほら、ネックレスになってるけどそのピアス。それ、家宝家の代表が自分の跡継ぎに渡すやつなんだよ」



マジすか。

ていうか、跡取りとは。

ねぇ、言葉足りなすぎじゃあないですか?

……しっかりしてくださいよ。本当に。

私は新たな情報に思わず溜息を着くのだった。










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