第11話 私は爆弾

「ヴッ、ゲホッ」



どうして私は芝生の上に寝っ転がってこんなゲホゲホ言っているのだろうか。

そして、見上げれば愚兄の顔。

翡翠家に行った翌日、私は現実地獄に引き戻されていた。



「おい、もうリタイアか?意気地がねぇな」



私の顔を覗き込む愚兄に怒りを沸かしながら、飛び上がるように起き上がる。

憎しみの感情は薄いが、ムカつきはする。

起き上がって木刀を振る私をまた投げ飛ばしながら愚兄はニンマリと笑った。


週の初め、月曜日。

小学校が終わってから璃緒さんが屋敷にいない日は基本的に高校、つまり夜部へ直行している。

理由は、修行に付き合ってくれる相手がいるから。


最初は抵抗しながらも嫌々引き受けていた愚兄だが徐々に私が投げ飛ばされても起き上がれるようになってからはあまり抵抗しなくなった。

それどころか、挑発されて私が起き上がる度面白そうに投げ飛ばしてくる。


これを一回始めると最近では気がつけば二十回以上繰り返していた。

木刀を持っているものの、歯が立たない私はなんとか受け身がとれるようになってきたレベル。

絶対いつの日か愚兄を返り討ちに合わせてやる!と心に誓ったもののその日がいつ来るのか想像も出来ない。

昨日、成志くんに勝ったのに今日は惨敗だ。


きっちり五十回投げ飛ばされ、なんとか着地が出来た頃には二時間以上経っていた。

いつもなら翔さんか夜斗さんがストップをかけてくれるのだが、今日は二人が不在のためエンドレスだった。

地獄かもしれない。



「おいおい、これだけで倒れてんじゃねぇよ」


「倒れてないわ!」



バッと立ち上がれば、顔の前にズイと何かが差し出された。

……タオルと水だ。



「ほら、さっさと休憩して続きやんぞ」



そう言って顔を背ける愚兄に私はポカンとして立ち尽くす。



「どうしよう、愚兄が優しい」


「……テメェぶっ殺すぞ?」


「怖」



そんな愚兄を無視し、ペットボトルの蓋を開けて水を飲む。

ああ、しみる。

ビールを飲んだオジサンのようなことを心の中で言いつつ、私はペットボトルとタオルを芝生に置いてキッと前を見る。



「次、トラック五十週な。いいか、一時間以内に走れよ」


「ハイハイ。もう走っていい!?」


「早く走りやがれ!」



ギャーギャー言い合いつつ、四百メートルトラック五十週(二十キロ)を一時間以内という滅茶苦茶な時間で走り終えた私はその場で意識を失った……というのは後から聞いた話である。


ちなみに、一時間以内で二十キロを走った私のペースは世界記録と大差のないペースらしい。

小一女子が二ヶ月でこれだけやっても愚兄たちに全く勝てないのだから祓い屋は本当に人外しか出来ない職業だ……。





「お前なぁ、奏音の年齢とか考慮してメニュー組んでねぇだろ?」



ふと目を覚ませば、そんな声が聞こえてきた。

愚兄がいつだか自腹で購入したらしいソファーからムクリと起き上がる。

学校の教室……ああ、夜部か。


夜部は、祓い屋を育成する学校の中でも能力が高い人しか入れないエリート校。

私が夢園雅と初めて会った時にヤブと勘違いしたアレである。

毛布の代わりにかけられていた制服の上着を手に取り、愚兄の前に仁王立ちしている翔さんの服をチョイチョイと引っ張る。



「ああ、奏音。起きたのか」


「うん。ありがとう」



チラリと見れば、愚兄は足を組みながら不機嫌そうに椅子に座っていた。

夜斗さんは不在らしい。



「お前、気開花してんだろ。なのになんであんくらいで失神するんだよ」


「あんくらい……?」



小一を三十回投げ飛ばし、二十キロ走らせといて何言ってんだ?

翔さんが溜息をつく。



「だからなぁ、奏音は……」


「それでも、コイツは四宝持ちだぞ?」



愚兄の言葉に翔さんが黙り込む。

四宝持ち。

それは、私がずっと疑問に思っていた言葉だった。

初めて高校生組と会った時に四宝を持ってる奴は生きてること自体が罪みたいなこと言われたし。

夢園雅は、支配者になれるとか中二病発言してたけど、その意味は不明だ。



「あの、質問なんですけど。四宝って、具体的に何なんですか?」



私の言葉に愚兄と翔さんはなんとも言えない表情で顔を見合せる。

そして、愚兄が諦めたようにチッと舌打ちをした。



「わーったよ、四宝について教えてやる。ただし」



愚兄はそこで一旦言葉を止め、いきなりこちらをキッと睨んだ。

いつも以上にピリついた雰囲気に鳥肌がたつ。

どうやらこれはヤバい話らしい。



「お前が俺から教えられた知識で夢園みてーな悪巧みするようだったら……その時は、容赦なくぶっ殺す」



怖。

しかも、本当にやりそうなところがまた怖い……。



「分かったから。四宝ってなんなの?」


「四宝っつーのはな」



そこら辺の席に座り、愚兄の話を聞く。

愚兄は真剣な顔で話し始めた。



「四宝は、詳しいことは未だに解明されてねぇ。ただ、四宝はヤバい。言うのであれば爆弾だ」


「爆弾?」


「ああ。爆発したことはないけどな」



翔さんが頷きながら隣で付け足した。

爆発はしたことないって……。

愚兄は椅子から立ち上がり、黒板にチョークで三角形を書き出した。



「神、人間、怪異の三つが三角関係になってると思って聞け。まず、四宝は名前通り四つある。神と人間を繋ぐもの、怪異と神を繋ぐもの、人間と怪異を繋ぐもの。最後に、今までの三つが合わさったもの」


「つまり、四宝はその三つを繋ぐ存在ってこと?」



私の言葉に愚兄は頷いた。

神とか怪異とか非科学的なものをここ最近見まくったせいで普通に納得し始めてる私はある意味すごいと思う。

なんか、微妙な気持ちになってきた……。



「怪異は後から入ってきた存在だからいいとして、この神と人間を繋げてるのと合わさったやつは絶対に壊してはいけない、それが決まりだ」


「え、四宝って存在あるの?あとちなみに、壊すとどうなるの?」



私の問いに愚兄は三角形をグチャグチャとチョークで塗りつぶす。

そして、こちらを向くと私を鋭い目で見た。



「人類が滅亡する」


「……は?」



突然のことに思わずフリーズする。

人類、滅亡?

えーっと、説明よろしいでしょうか?

なんか話が大事になってきたんですけど。



「四宝っていうのは、所持者の身体の一部になってるんだ。だから、所持者の身体の四宝部分が治らないような怪我を負ったりすると、それは四宝が壊れたのと同じ意味になる。その場合、神との繋がりが切れて人間はもう新しく生まれてこなくなる」


「で、人類が滅亡すると」



翔さんは私がそう言うと、複雑そうな顔でゆっくりと頷いた。

ということは、四宝の種類によっては私が人類の命を背負っていることになるのでは……?


え、ちょ、待って!

四宝ってそんな危なっかしいものだったわけ!?

そりゃあ、夢園雅が支配者とか言うわな!

誰だ、私の身体の一部を四宝にした奴ー!



「あのさ、私たちが無事ってことは夢園雅の四宝は……」


「あれは、神と怪異を繋ぐ部分の四宝だった」



恐る恐る聞けば愚兄から返ってくる予想通りの答え。

ということは。

私が人類の命を背負ってる確率三分の二。

え、高。

何それ、マジでなんの罰ゲーム!?

慌てて私は愚兄に問いかける。



「私の身体のどこが四宝かは……」


「それが分かったらとっくに解決してるだろ……!」



愚兄のどこか怒気のこもった声に項垂れた。

じゃあ、前例はあるんですか?

その時の解決方法はなんですか……?



「ただ、四宝持ちは過去にも生まれてきたことがあった。その時は、寿命が尽きるまで軟禁したらしい。死ねば別の奴に四宝が移るからな」


「うわっ、どっちにしろ地獄!」



もうなんか気持ち悪い……。

気分悪くなってきた。

頭を抱える私に愚兄はふと問いかける。



「なあ、奏音。お前さ、今の話聞いてどう感じた?」



どう感じた。

そりゃあ、吐きそうなくらい気分悪い。

ただ、強いて言うならば。



「もっと修行して誰にも負けないようになろうと思いました……」


「そこかよ!」



愚兄が盛大にツッコミを入れ、翔さんがふきだす。

どういう意図の問いかけかは謎だが、これで良かったのだろうか。





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