第37話「元最強陰陽師、帰還する」
魔王復活の喜びをを高らかに叫びたてる魔王信者どもを、魔王調査隊のメンバー達は黙らせようとしていた。だが、現在の状況をよく知りたいので割って入り、何があったのか問いただしてみる。
「おや? 貴様話に聞いているぞ。異世界から来たという魔術師だろう? この様子からすると、予想通り貴様が魔王様を復活させてくれた様だな。感謝するぞ」
魔王信者の一人が、俺をみるなりそう言った。だが、そいつの言う事には覚えがない。魔王を復活させるための何かをしようなんて思ったことすらないからだ。
「その様子だと何のことだか分からないようだな? 思い出してみろ。貴様に敗れたバイエルン様がこの学院で何をしようとしていたのかを」
以前に学院に潜入していた魔王信者であるバイエルンの名前が出て、奴との戦いを思い出す。
バイエルンは中々の強敵であり苦戦した。バイエルンがかなりの手練れであったこともさることながら、バイエルンの策略で俺は魔力を吸い取られてまともに陰陽道を使えなくなったからだ。
そこまで思い出したところで、ある事に思い至る。
「そうか……吸魔の紋か!」
「その通り。バイエルン様が強力な魔力をこの学院で見つけたと聞いていてな。学院の近くに吸魔の紋を仕掛けておいて、魔王様復活の儀式と連動させておけばそのうち引っかかるだろうと思っていたが、案の定という事だ」
バイエルンは魔術学院の黒板の裏側に、吸魔の紋と言う魔力を吸収して貯蓄する魔術を仕掛け、この世界に来たばかりの俺から大量の魔力を奪い取った。そして、それを運び出して魔王を復活させようとしている時に俺と戦いになり、黒板ごと吸魔の紋を破壊されて折角集めた魔力を失っていた。
魔王信者達はバイエルンが一度は強大な魔力を入手したことを聞きつけ、二匹目のドジョウを狙ってこの地にやって来たのだろう。おそらく、学院近傍の森に吸魔の紋を準備していたのだろう。木を伐採して紋様を形作るとか、土中に吸魔の紋を描いた板を埋めるとか、方法はいくつも思い浮かぶ。そして、ある一定以上の魔力量とか魔力の波長とかの条件で指向性を持たせれば、少し離れた所からでも吸収することは可能だろう。特に今回の場合ヒヒイロカネで魔力を相当拡大していた。これが無ければ吸収されることはなかったかもしれない。
「おい! 魔王だ! 魔王とその眷属どもが向かってきたぞ!」
自分のしでかした事を悔やむ暇もなく、魔王襲来を告げる声があたりに響いた。
学院は魔力で防護された高い石壁や門で防御されているが、魔王相手ではどこまでもつか分からない。魔王調査隊のメンバーが慌ただしく戦闘の準備を開始する。
遠隔念話の魔術を使える者があちこちに、この最悪の状況を伝えているのですぐに大陸中の者がこの事態を知ることになる。そのため、各国は不意討ちを受ける事だけは無い。ただ、かつての魔王との戦いではどの国の軍隊もなすすべもなくやられている。その戦訓を活かして戦闘訓練に力を入れていると聞くが、実際にどれだけ戦えるかは未知数だ。何しろ魔王との戦いによる痛手が回復しきっていないのだ。
「くそっ!」
「どこへ行くの!?」
その場から駆け出そうとした時、カナデが心配そうな声で問いかけてきた。おそらく俺が何をしようとしているのか察しているだろう。
「俺のせいで魔王が復活したんだ。俺がカタをつけなきゃならない。何とか戦ってみる!」
「無茶よ。そんな甘い相手じゃないわ!」
「前に魔王が襲撃してきた時、陰陽師が相打ちになったんだろ? もしかしたら魔王は陰陽道の魔術を弱点としているのかもしれない」
俺の父は魔王と一対一で相打ちに持ち込めたのだ。この世界では陰陽道はマイナーな存在であり、陰陽道をもって魔王に立ち向かったのは他にいないだろう。父は恐るべき陰陽道の遣い手だったと祖父や一門の陰陽師から聞かされているが、魔王と戦ったのは記憶を無くした状態である。本当に陰陽道の効果が高いのかもしれない。
都合の良い解釈かもしれない。と言うよりもそうだろう。だが、そうであってもそれを信じて戦うしかないのだ。
魔王に戦いを挑むため、学院の門目掛けて走り出した。
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「う……ううっ……」
全身の痛みに苛まれて目を覚ました。あたりを見回すと、元の世界に帰るための儀式を準備していた部屋で、カナデが心配そうな顔でのぞき込んでいた。
「俺は……?」
「魔王に戦いを挑んで大怪我を負ったのを、何とか助けてここまで運んできたの」
言われた通り体のあちこちから血を流し、ボロボロになっている。そして、見ればカナデもあちこちに傷を作っている。俺を助けるために無理をしてくれたようだ。
「敵わなかったのか」
「魔王に辿り着くことすら出来なかったわ。眷属達だって恐ろしい力を持っているのよ」
「そうか……」
偶然陰陽道が敵の弱点だなんて都合の良いことは、流石にムシの良すぎる事だったのだ。
「せっかく助けてくれたけど、残念だけどまた戦うしかないな」
「どうして? 元の世界に帰らないの?」
「さっき
「それは違うわ」
カナデは立ち上がり、こちらに背を向けながら言った。顔は見ることが出来ないが、その声には自信が込められている。
「元々あなたの世界にゲートをつなげたのは私。それは偶然の成功だったけど、あなたが来てからのゲートの研究は全部一緒にしてきたから、どうすれば良いか全部知っている。つまり、今の私ならあなたと同じようにゲートの魔術を使いこなすことが出来るわ」
そう言い終えたカナデは、素早く口訣を唱えると魔力を解き放った。その魔力はヒヒイロカネを経由して膨張すると、カナデの前で銀色の渦に形をとった。
俺が今まで魔力不足などから失敗し、小さすぎたものとは違う。大人数が余裕で通れる大きさだ。そして、ゲートの向こうから伝わる魔力の波動はなじみ深いもので、ゲートの先が俺が生まれ育った陰陽道の宗家の屋敷であることが分かる。
ついに成功したのだ。
「これで帰れるわね」
「今この世界が魔王の復活で危機に陥っているのは、俺のせいなんだぞ。そんな状態にしておいて責任を取らずに逃げろっていうのか?」
「そうよ。それに、昔この世界が滅びそうになった時、命を懸けて魔王を食い止めたのはあなたのお父様だもの。その恩を思えばあなたがここで立ち去ることくらい問題じゃないわ」
「……知っていたのか」
「気が付いたのは最近の事。同じ陰陽師だったっていうのもあるけど、よくよく考えてみたら顔が似ていたもの」
確かにその通りだ。なんでもっと早く気が付かれなかったんだろう。緊迫した状況なのについ笑いがこみ上げてきそうになる。
「だとしてもだ。こんな状況で俺はお前を置いて戻るなんて出来ない。だって、俺はお前が……」
痛む体を叱咤しながら、カナデに言いつのろうとしたが、それは途中で止められることとなった。
俺の口に重ねられたカナデの唇によってだ。
「……」
「私もよ。最初は私が陰陽道を研究するための役に立つくらいにしか思ってなかったけど、一緒に研究したり、冒険するうちに段々惹かれていったわ」
「じゃあ……」
「だから……さようなら!」
カナデは俺の腕を掴むと、ゲートの方へと押しやった。
カナデはこの世界の体術をかなり高いレベルで修めている。そして、弱り切った今の俺の体力ではそれにあらがう事は出来ず、なすすべもなくゲートの中に押し込まれてしまった。
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