第17話「元最強陰陽師、ういろう(ヒ〇ポン)を作る」
ゲートの魔術で元の世界にある実家との交信をして、祖父の知恵により風水の研究をしてから数日が経過した。
その間、俺はカナデやダイキチ達と天体観測をしてこの世界の星宿を探究したり、この世界の魔術を学んだりして陰陽道の研究をしていた。
「中々難しいもんだな……」
「アツヤ、疲れているみたいね」
食堂で朝食を取りながらのあくびを噛み殺しながらの独り言に、カナデが心配そうな声をかけて来る。
魔術の研究とは地道な物である。
如何に俺が元の世界で陰陽道を極めた者であったとはいえ、そうそうこの世界の魔術法則の一端を解明するのは難しいのかもしれない。
そして、毎晩明け方まで天体観測をして、更に朝から授業に出ているせいか疲労がたまっているのかもしれない。
「私の料理は、魔力回復には効果があるけど、疲労回復には効果がないのよね。何かいいメニューが無いかしら?」
俺はこの世界の魔術法則が体質に合っていないのか、魔力が回復しにくい状態である。このため、カナデが魔力回復に効果的な食材(マンドラゴラなどのゲテモノ)を使った料理を作ってくれている。
元の世界にいた時のような比類なき膨大な魔力には程遠いが、それなりの効果があり一応魔術を行使できるくらいには回復している。まあ、それでもこの世界で陰陽道を最大限に行使するための魔術法則を解明していないので、結局元の世界に帰ることは出来ないのだが。
「疲労回復メニューか……よし! 今日は疲労回復に効果がある錬丹でも作ってみようかな?」
「面白そうね。それも陰陽道の一端なんでしょ? 私も一緒に作るわ。教えてね」
「僕たちにも教えて欲しいニャ」
隣のテーブルで食事をとっていた二足歩行の猫、
俺やカナデの仲間である彼らが何故、別のテーブルにいるのかというと、俺の食事がカエルだったり蝙蝠だったりトカゲだったりと、ゲテモノ揃いなために一緒に食事をとるのを避けているのである。
猫や鬼の癖に野性味の足りない事である。まあ構わんが。
「いいよ。元々声をかけようと思っていたし。食事が終わったら購買に行って、材料を買って来るとしよう」
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さて、俺達は現在錬金術の実験室にいる。
実験室は日本の学校の理科の実験室に近い雰囲気で、ビーカーやフラスコなどのガラス製の器具が並んでいる。アルコールランプは無いが、小さなサラマンダーが封じ込められた魔道具が用意されているため、火の操作は可能である。
錬金術は物質を金に変えるという言い伝えから、何か山師的な怪しいイメージで語られることがままある。しかし、今この実験室にあるような実験器具は元々錬金術の研究で開発されたものであり、科学のはってにも重要な役割を果たしている。
また、当然魔術の世界ではその研究で得られた霊薬等の成果は、大きな立ち位置を占めている。
魔術大戦の時に西洋の魔術師と共闘した際は、錬金術師の作ったエリクサー等には大変世話になったものである。
「購買で欲しかったものが売ってて良かったよ。漢方薬の生薬まで売ってるとは、ホントこの世界と俺の世界の共通点は多いな」
そう、俺が作ろうとしていた錬丹の材料として想定していた物は全て手に入った。しかも、必要な処理までされているため、後は混ぜて調合するだけである。
「
一つ一つ材料を指さし確認して、匂いを嗅いだり少量舐めてみるがやはり所望の物と同じである。異世界産だけあって特別な効果があるかもしれないが、表面上は全く同じだ。
「どうやって作るの? あまり複雑すぎると失敗するかもしれないけど」
「それほど難しくはない。先ずはそれぞれの材料を決まった比率で混ぜ合わせる。この時には天秤でちゃんと図らないといけないね。で、固めやすくするために小麦粉と米粉をベースにして混ぜ合わせ、最後に混ぜ合わせた塊を紙に包んで茹で上げれば完成だ」
この錬丹の製法は、材料の比率が重要であり特に魔力を込めるようなことはしなくても良い。漢方薬を参考にして開発した初心者でも作成容易かつ効果抜群の錬丹である。
「効果はどんな感じなのかしら?」
「そうだな。結構万能薬で、風邪にも効くし、腹痛にも効くし、まあ何と言っても疲労がポンととれるかな」
「ふーん。疲労がポンと取れるのね」
カナデが真面目な顔つきで頷いた。
疲労が取れるのは本当であるが、その表現「疲労がポンと取れる」というのは、違法薬物が昔日本ではやった時の宣伝文句であり、俺は冗談として口にした。しかし、日本の事情など良く知らないカナデにはそれが通じず、真正面からの反応をされてしまった。
不謹慎なギャグが滑るよりはましかもしれないが、個人的には失敗した感が強い。
「まあいいや、作り始めよう。俺の言う通りの分量を混ぜて」
兎にも角にも錬丹づくりを開始した。
この作業には正確な計量が重要であるが、カナデ達を見る限り問題なさそうだ。一見不器用そうなオーガのアマデオも精密な作業を実施している。
彼女らはこれまで専門外である錬金術などの授業も受けているため、ある程度の素養があるようだ。また、この実験室の器具の精度が良いのも影響しているだろう。
「さて、後は小分けにして紙に包んで、お湯に放り込むだけなんだが……」
実はこの実験室の発火設備である、サラマンダーの封じられた器具の使い方が分からない。元の世界の西洋魔術師の中にはサラマンダーを召喚する術師もいたが、この様な器具を作れるなど効いたこともない。同じ部屋のクロニコフも同じ様な器具でお茶を沸かしているが、見ててもさっぱり分からない。
「私がやるわ。精霊魔術は得意だから火の下限も調整し易いから」
カナデが申し出てくれて、湯沸かしを開始した。特に呪文などを唱えることなく、カナデがじっとサラマンダーと目を合わせるだけで、小さいながらも安定感のある炎がほとばしった。
クロニコフが同じような器具を使う時は、呪文を唱えてかなりの魔力を送り込んでいる。クロニコフも若年層ではかなりの腕前の魔術師だが、カナデは更に上の実力があるようである。
しかし、ここである疑問が湧いて来る。見る限りカナデは精霊魔術や元素魔術に習熟しているようであるが、この学院では陰陽道を志している。そしてそれはまだ未熟である。
何故、わざわざ使い物になるかどうか分からない陰陽道をやっているのだろうか?
「苦いニャー!」
俺の疑問はダイキチの悲鳴によって中断された。
ふと声の方を見ると、ダイキチが包みを開けて錬丹を口にしていた。
良薬口に苦し、この錬丹はかなり苦くてまずい。俺は慣れてしまっているが。
「おいおい。加熱しなくても長持ちしないだけで効果があるけど、あまり無駄に……」
「僕はこの位甘い方が好みだニャ」
「あ……」
止める暇もなく、ダイキチはその猫手で錬丹に大量の砂糖をぶち込み、混ぜ合わせてしまった。
「これは、どうなるのでしょう?」
アマデオが聞いて来るが、それは俺にも分からない。
砂糖をしこたま入れた事で、比率が変わってしまったため、最早どのような効果があるのかは不明だ。まあ悪い影響はないだろうが。
「ま、しょうがない。第1弾は実験と思ってこのまま加熱してみよう」
どうせ、砂糖を取り出して元に戻す方法などないのだから。
「ん? 何か言ったかニャ?」
こちらを振り向きながらそんな事をいうダイキチの手には、小さな壺が握られていた。壺の中からは甘い香りが漂ってくる。この匂いはハチミツである。
こいつ、砂糖だけじゃなくてハチミツまで入れやがったのか。なんで、こんなものを持ち歩いているのだろう?
「もういいや。とりあえず形だけでも完成させよう」
自由過ぎる猫のせいで、考えるのがあほらしくなってきた。
カナデの制御する火の加減のおかげで、想定していた通りの温度で錬丹を加熱することが出来た。
もっとも、適当な配合で作った物なので、求めていた物とは程遠いのだが。
「開けてみましょう」
「そうだな。とりあえずどんな出来だか確認してみないとな」
あまり期待をせず、お湯から取り出して自然に冷却させた錬丹の包み紙を剥がすことにした。
「おや?」
包み紙を剥がした俺はその中身を見て驚いた。中から現れたのは、飴色に輝く物体であった。いつも出来上がる錬丹は、この様な出来上がりにはならない。
他の錬丹の包み紙も剥がしてみるが、どれも同じように飴色に輝いていた。
「これは一体?」
飴色に輝く錬丹からは、甘い匂いが漂ってきて食欲をそそられる。俺は無意識のうちに1つ手に取り、口にしていた。
「これは、美味い!」
俺は日頃は魔術に良い影響を与える食事を心がけているため、あまり美食家ではない。それどころかゲテモノ食材だろうが普通に食する生活を幼少期からしてきため、おいしい物を食べようという欲求はあまりない。
その俺でさえこのダイキチが手を加えた謎の錬丹のおいしさは理解できる。
「おお!? これは漲ってくるぞ!」
しかも、疲労回復という本来の目的は全く損なっていなかった。いや、それどころか想定していた物を遥かに超える効果があるようだ。
ここで、おれは一つの逸話を思い出した。
日本の東海地方のお菓子に「ういろう」というものがある。この「ういろう」というのは、本来薬の名前であったそうな。
その薬は、非常に苦かったため、口直しとしてお菓子を出していたのだが、それが「ういろう」と呼ばれ、今ではお菓子の方が有名なのだという事らしい。
ちなみ今回俺が作ろうとしていた錬丹は、薬としてのういろうと似た成分である。
今回ダイキチがやったことはこれに似ている。苦い錬丹自体をお菓子のごとく甘く美味しくし、しかもその効能を向上させているのだ。
「これは素晴らしいな。混ぜた砂糖とハチミツの分量を確認して再現実験をしよう。久々に錬丹の新たなレシピが出来るぞ。これは」
新発見プラス錬丹の滋養強壮効果のせいか、かなり興奮気味にしゃべってしまった。まあ、別にこの位構わないだろう。
「では、新たなレシピというのであれば、名前を付けませんか?」
「お、そうだな」
アマデオの提案に俺は考え込んだ。
苦い錬丹を作ろうとしたのを改良して、お菓子の様な錬丹が出来た。ここはやはり……
「ヒ〇ポンにしましょう」
新錬丹の名前はういろうがいいと提案しようとした瞬間、それはカナデの声によって遮られた。
「えーと、カナデさん?」
「この錬丹って疲労がポンと取れるんでしょ? なら、ヒロ〇ンなんていいんじゃないかしら?」
冗談で余計なフレーズを吹き込んでしまったせいで、カナデが余計なネーミングセンスを発揮してしまった。
どうしよう? こんな違法薬物と同じ名前の錬丹を開発したなどと実家にばれたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
「いや、実は元々名前は決まっているんだ。だからこれからは、ういろうって呼ぼうね。うん」
「あら、そうなの? でも、別名でヒ〇ポンっていうのもいいんじゃないかしら」
結局、正式名称が「ういろう」、別名が「ヒ〇ポン」で押し切られてしまった。
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これからしばらくの間、カナデが無邪気な顔で「ヒ〇ポン服用した?」などと言って来るのに悩まされることになる。
どうしてこうなった?
そして、東海地方の皆さま、申し訳ありませんでした。
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