第1話「最強陰陽師、異世界転移する」

「これは、何かの召喚魔術あたりか?」


 高校最後の夏休みの初日、俺は、休日の日課であるネット小説の巡回をすませ、パソコンゲームを起動した後、背後に異様な魔力の高まりを感じとった。


 そして、振り向いたところ謎の銀色の渦を見つけた。それが冒頭のセリフである。


 このところ疲労がたまっていたが、これが幻覚であるとはとても思えなかった。付け加えれば、直前までこんなものはなかったと確信もしている。


「これは、あれだな。異世界転移のゲートってやつかな?」


 ネットの巡回により得られた知識から推測を口にした。普通の人がこれを聞いたならば、ゲーム脳だとか、中二病だとか言うかもしれない。しかし、俺の場合事情が少し、いや、大いに違う。


「魔力解析開始。木、火、土、金、水……ほう、全部か、続けて、陰、陽、……これもか……」


 机のすぐそばに立てかけてあった、銀色に輝く錫杖を手に取り、常人には見えない魔力の触手を伸ばしてゲート組成を分析した。色々な魔術の要素が複雑に絡み合って構成されており、俺にとっても、こんな魔術は未知の領域であった。


 何故魔力解析などというものが出来るのかというと、この俺、九頭刃くずのはアツヤは高校生でありながら、国立魔術師協会所属のS級魔術師であり、陰陽道を主体に様々な魔術を習得しているからだ。


 更に言うなら、俺の家名である九頭刃家とは国内の魔術師のなかで最強の家柄である。その中でも俺は魔術と体術で一族最強と謳われており、幼いころから「神童」、「麒麟児」、「戦闘能力なら世界最強」、「魔術大戦を終わらせた者」など様々な言葉で賞賛されてきた。


 また、夏休み最終日には、九頭刃家の家督を継いで、名実ともに国内最強の魔術師となることが決まっている。


 要するに単なる中二病罹患者ではないわけだ。


「ネットで読んだ小説なんかだと、召喚魔術だよな。でも、西洋の悪魔召喚術とかの要素は全く感じられなくて、どっちかって言うと九頭刃一族の魔術に似た要素があるな」


 西洋魔術等の国外の魔術に関しても、それなりの知識があるアツヤなのだが、いくら分析をしてもはっきりとしたことは分からない。


 そもそも、俺は勝手にゲートと呼称している銀色の渦が、本当に召喚魔術なのかも不明なのだ。何せ、ネット小説やアニメ、ゲームの知識から勝手に思い込んでいるだけなのだ。本物の魔術師としてはいかがなものかと思われ、現在一門の長をしている爺さんが見たら家督の継承を考え直してしまうかもしれない。


「行け!『舞鶴!』」


 特殊な処理を施した紙で素早く折り鶴を作ると、空中を舞わせて銀色の渦ゲートに突っ込ませる。いわゆる式神の一種で、折り鶴は視覚や聴覚が術者である俺と繋がっている。


 その性質を利用し、式神によって直接触れて調査するのが手っ取り早いと考えたのだ。


 また、銀色の渦ゲートが召喚魔術などではなくトラップであり、触れた瞬間爆発する可能性も鑑みて、結界で自らをガードした。魔術大戦が終結したとはいえ、まだ日が浅く、色々と恨みを買うこともあるのだ。


「ふむ。やはり、召喚魔術か」


 式神の『舞鶴』は、渦の向こうに爆発することもなく消えていった。そして、式神から届く魔力の繋がりを元に視覚を拡大すると、明らかに現代日本では見られない衣装の女の子の姿が見える。


 その女の子は耳が長かった。


「ビンゴ! エルフか。これは異世界確定だな」


 何故異世界と断言できるのか。単なる転移魔術ならこの世界のどこかかも知れない。しかし、式神を通して見えるその女の子の耳は長く尖っていた。世に潜んで魔術師が闊歩しているこの世の中であるが、耳の長い妖精が実在しているという話は、寡聞にして聞いたことがなかった。もっとも、EUの魔術師協会が隠している可能性もあるのだが。


 なお、さっきから式神を通して見つけた耳の長い少女を、「エルフ」と呼んでいるが、これは単に普段読んでいる小説等から勝手にそう思っただけで、本当にエルフなのかは全く持って不明である。何となくそう呼称しただけだ。


「異世界か、この世界の未知の種族か、どちらにしても未知との遭遇ってわけだ。ワクワクしてきたぞって、あぁ……」


 気分が乗ってきたところでそれを邪魔する事態が起きた。ゲートが見る見るうちに小さくなり、消えてしまったのだ。時間制限があったのか、それとも式神が通ったから役目を果たしたのかは不明だが、重要なのは消えてしまったことだ。


 しかし、この程度の事でめげはしない。


「フッ。これで諦めるアツヤ様ではない。木行、火行、土行、金行、水行! 陰気、陽気を鍵として。開け異世界への扉!」


 即興で適当な呪文を唱えると魔力を解き放つ。先ほどゲートを解析した時に術式は大体理解しており、再現できる自信があったのだ。


 問題は、さっきの召喚魔術と同じ場所に繋がるかであるが、これは問題ない。なぜなら、式神との連接は未だにあるので、そこを起点にすればよいだけだ。


「完成。自分の才能が恐ろしくなってくるな」


 魔力を十分に放出すると、目の前には先ほどのと同様な銀色の渦が再現されていた。


「では、九頭刃アツヤの異世界旅行のはじまりはじまり~っと。あっ、こっちにも念のため式神を置いておくか」


 帰ってくるための目印兼身代わりとして自分に酷似した式神を作り、机前に座らせると、ピクニック気分で俺は渦に足を踏み入れた。


 どんな運命が待っているのかも知らずに。

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