第3話「最強陰陽師、弱体化する」
異世界にやって来た最初の昼、俺はバナード魔術学院の教室の隅に座っていた。
元の世界で陰陽道を習得しているが、この世界の魔術を知ってみたいという知的好奇心からである。
エルフの少女カナデの召喚術をきっかけとしてこの世界転移してきたのは朝だったのだが、午前中は手続きに時間を要し、完了したのは昼食も終わろうかという時間であった。
手続きを担当してくれた学院の教師は、異世界からやって来たと自称する少年面食らっていたようだが、異世界の住人が転移することはあり得ない事ではない事、カナデはエルフの中でも有力な一族の子弟でありその口添えがあった事、元の世界から持ってきた錫杖の『降魔杖』に宿る魔力の大きさに興味を抱いたようで、意外とあっさり聴講は許可された。
また、
「カナデさんや、これから何の授業なのかな?」
「
「そう冷たいこと言うなよ。他の人には話しかけにくいんだ」
周囲を見回しながら言う。教室は百人くらい同時に授業を受けられる階段教室で、席はほとんど埋まっている。生徒は人間らしき種族が半分ほどで、残りはカナデの様な耳がとがったエルフっぽい種族や小人、羽の生えた種族や鱗で覆われた種族など多種多様であった。中には岩の塊にしか見えない者も席についている。さすが異世界だ。元いた世界の魔術業界でもこんなのは見たことが無い。
さすがに人間からかけ離れた種族には話しかけにくい。更に自由席だと聞かされていたが、何となくテリトリーが決まっているようである。
元の世界で言うところの西洋魔術師が着るようなローブを来た生徒や神官の様な服を着た生徒が二大グループを形成していて教室の前の方を占領しており、他は民族衣装の様な服を着ている少数勢力が固まりながら後ろの方に分布している。カナデの様な道服に似た服を着ているのは三人しかおらず、弱小勢力と言えよう。
ちなみに俺の服装はと言えば、転移する直前は魔術大戦も終わりオフであったため道服は着ておらず、ジーパンとTシャツというラフな格好であるため、どの勢力とも服装は違う。しかし、やはり着慣れた道服を着た人たちに一番親近感を覚えるのは自然なことだ。
「やっぱり服装は、魔術の流儀を表してるんだよね?」
「そうです。神官服は光の神々に仕えて神聖魔術を行使する証、ローブは元素魔術師、他は祖霊や精霊、黒魔術とか色々です。私は、陰陽道、あなたと同じですね。意味が同じならですが」
「多分同じだと思うぞ。だって君の
俺の世界の魔術師の流派や服装と大体一致しているようで、驚くようなことがないことが逆に驚きだった。やはり元の世界と何か関係があるとの確信を持った。
「ところで、これから何の課目なのかな? 流派の違う魔術師が一緒に何を学ぶんだ?」
「魔術総論ですよ。各流派の魔術の概要を学んでから一緒に講義を受けるのです」
「あ~なるほどね。納得だ」
軽く答えた俺だが、内心かなり驚いていた。何がかってと言うと、多種多様な魔術の流派が仲良く同じ授業を受けることが……である。
元の世界では流儀の違う魔術師は仲が悪く、老人達の世代では殺し合いが普通に起きていた。
もちろん仲の良い流派もあり、俺の所属する陰陽師は同じ国の流儀である修験道等、また、陰陽師の源流の一つである中国の仙道などとは比較的良好な関係である。
また、若い世代は敵対心など特には無く、皆同じ魔術師同士仲良くしようというのが普通である。
なお、一族の古株などは陰陽師という呼称にかなりこだわっており、彼らのまえでは自分の事を魔術師とは名乗らないように注意している。面倒くさいことになるから。
「この教室を見るに、陰陽師は勢力が小さそうだな。俺の世界でも極東限定だから小勢力といえばそうなんだがな。後、俺の世界の常識的には、君のようなエルフは元素魔術や精霊魔術を使うものだと思っていたけど?」
これは最初から思っていたことだった。道服を着て陰陽術を使うエルフの少女、違和感がかなりある。
「あっ先生が来たので授業が始まります。静かにしていて下さい。単位とれないと困りますから」
「ん」
ローブを着て長い杖をついた人間の中年男性が教卓の前に来ていた。服からすると元素魔術師である。
「こんにちは。皆さん。昼ご飯を食べたばかりで少し眠いかもしれないけど、魔術総論の授業を始めますよ。皆さんは自分の魔術に誇りを抱いていて、他の魔術に興味が無い人もいるかもしれませんが、知識は力です。何に役立つか分かりませんからまじめに受けるように」
中々丁寧な物腰である。元居た世界の他の流派に喧嘩腰な奴らにも見習わせたいくらいであると俺は好感を抱いた。
「それと、今日から聴講生が参加しています。カナデ=ペペルイさんの召喚した異世界の陰陽師、九頭刃アツヤさんです」
教室が少し騒がしくなり、視線がこちらに集まる。最初はあまり目立つつもりが無かったので、余計なことをしてくれたものだ。しょうがないので軽く自己紹介をしておく。
生徒たちのささやき合う声に耳を傾けると、「カナデさんが?」とか「流石、族長家の……」とか聞こえてくる。カナデは一目置かれている存在のようだ。
しかし、ささやきの中には、「折角召喚したのに陰陽師か……」とか「期待薄だな……」のような俺の実力を疑問視するようなものも混じっている。この世界では、陰陽師の実力は軽く見られているのだろうか?
「はいはい、おしゃべりはそれくらいにして、授業をはじめますよ」
この授業を担当するバイエルン師の授業が始まったのでそちらに集中することにする。
最初は元素魔術に関する講義だった。
講義内容によると元素魔術は、
一 地、水、火、風、光、闇の元素を操る魔術である。
一 生まれつき得意の元素の属性がある為、基本的に魔術師はその属性の魔術を習得する。
一 一部の優秀な魔術師のみ複数の元素を操る。
一 それぞれの元素を司る精霊が存在し、精霊魔術と兼ねて習得する者も多い。
一 この世界で最大勢力の魔術である。
とのことであった。元居た世界で西洋の魔術師たちが使っていたものと基本的には同じである。もっと深いところを聞けば違いが分かるかもしれないが、総論ではこの程度だろう。
その後、錬金術、精霊魔術、ルーン魔術などの魔術についての講義があるが、これらについても元居た世界のものと大きく相違が無い。中々に興味深い。
「それでは、陰陽道に話を移しましょう」
お、いよいよ陰陽道か、ある意味これが一番興味がある。
講義内容によると陰陽道は、
一 木、火、土、金、水、陰、陽の元素を操る魔術である。
一 元素の種類からいって元素魔術の亜流である。
一 強力な魔術師がいたという伝説もあるが、今は一部の地域にのみ伝わる魔術である。
以上で終わり、説明の時間は他の魔術に比べて短かった。
なんじゃそりゃ。間違ってるとは言わんが、陰陽道の姿を伝えているとは言い難いんじゃないか?
「すみません!」
自分の愛する陰陽道に対する扱いのあまりの悪さにたまらず手を上げて訴えた。
「何でしょうクズノハさん」
「失礼ながら、今の説明では陰陽道の特徴を捉えているとは言えないのではないでしょうか?」
「そうですか? しかし、テキストではこのように書かれてますし、陰陽道の魔術師の方々も概ねこのような認識のはずですが?」
マジかよ。この世界の陰陽術はどうなってるんだ?
この世界における陰陽道への認識に対し、愕然としたものの何とかそれを改善出来ないかと反射的に考えた。
「出来れば、私の口から補足説明をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
バイエルン師は少し考え込むと承諾した。自分のような若僧にある意味ケチをつけられているのにも関わらず、寛容な対応をした事に対し、バイエルン師への印象はさらに良くなった。
「さて、皆さん。私が異世界の陰陽師である、九頭刃アツヤです。皆さんと年はあまり変わらないかもしれませんが、はばかりながら陰陽道の専門家ですので、少々解説をさせてもらいます」
教卓の前に進み出ると教室を見回しながらアツヤの解説が始まった。
「それでは、先ほどの無いように補足させてもらいます。陰陽道は、木、火、土、金、水、陰、陽の元素を操る魔術であると言うのはその通りですが、元素魔術とそれほど違いが無いという部分には少々違うところがあります。そして、これは陰陽道の特徴ともいえます」
ここまで一息で言うと、反応を見てみる。バイエルン先生を含めて皆興味深そうに聞いている。ふとカナデの方を見やると彼女まで興味津々といった感じだ。君は陰陽師のはずなんだよね?
「まず、木、火、土、金、水の属性は、五行といい、これらはそれぞれの属性を生み出したり、打ち消したりする特性があります。木は燃えて火を生み、火は灰となり土を生む、土の中から金属が生じ、金属の表面には水滴が生まれ、水は木を育みます。これを相生といいます。また相生とは逆に打ち消す関係もあり、これを相克といいます。ここまではよろしいですか?」
ここで、「うん、知ってた」ってな反応をされたら恥ずかしくってたまらない。
魔術を実践するのは慣れているのだが解説するのは経験が浅いためか、短時間の解説にも関らず疲労が押し寄せて来る。まるで魔力を全力で使った時のようだ。
あれ? そういえば皆何も言わないけど、黒板に書いた漢字は通じているんだろうか?
「今説明した五行に、陰と陽の二つの気をそれぞれ配する。これこそが陰陽術というものであり、単なる属性魔術の亜流というわけではありません。では実践して見せましょう」
魔術は理論も重要だが、論より証拠である。見せてやった方が分かりやすいだろう。相克の一例として、金属を火で溶かしてみることに決めた。
「乾坤圏!」
乾坤圏とは中国の伝説に出て来る武器の名前で、金属製のリングである。俺の得意とする術の一つでこれまで数多くの敵を打ち破ってきた術だ。しかし、
「あの、それは指輪ですか?」
生徒の一人が質問してくる。その生徒のいう通り俺の気合の入った声とは裏腹に、出現したのは指輪サイズの金属の輪っかであった。本来は一抱え程もあるはずなのだが。
「おかしいな、火尖鎗!」
火尖鎗も乾坤圏と同じく伝説の武器であり、炎を纏った槍であるため金属に対して相性が良く、そこらの鎧でも武器でも金属製なら溶かしてしまえる。はずだった。
「マッチかな?」
この世界はマッチを作れる文明レベルなんだねって、そこは重要じゃないよね。
本来なら長槍サイズのはずなのに爪楊枝サイズの棒が現れたのだ。余りの出来事に一瞬現実逃避してしまった。こんなことは今までに無かった。
そういえば、この世界に来てから魔術を行使するのは初めてだった。もしかして、この世界に来てから魔術の力が弱体化しているのか?
そのような結論を思いつくと、ある恐ろしい予想が頭をよぎる、一刻も早く確かめねば。
「おいおい。異世界の陰陽師ってのは、理屈は達者でも、実践だとこんなもんなのかよ」
困惑している俺に、最前列に座っている男子生徒から罵声が浴びせられる。その声の主は、金髪の整った顔をした、いかにも育ちの良さそうな坊ちゃんといった感じの生徒で、ローブを着ていることから属性魔術師と予想した。彼の周りに座っている同じくローブを着ている学生たちがその発言に反応してどっと笑う。多分彼らは金髪の生徒の取り巻きなのだろう。
「何が可笑しい!」
怒声を発すると、黒板を掌で打つ。そうすると丈夫な黒板にクレーターのような陥没とヒビが広がる。魔術ではなく武術の力だ。
突然目の前に現れた暴力を前にして教室は静まり返る。
「こ、これで授業は終了します。皆さん外に出てください」
俺がブチ切れてしまったことと、黒板が破壊されたことで、授業はそこで終了になり、バイエルン師は慌て皆を解散させた。
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