第4話「元最強陰陽師、決闘する」

 授業が不慮の事故により終了したため、教室を後にして歩く俺は、色々な原因により落ち込んでいた。


 先ずは怒りに任せて黒板を破壊したことだ。


 武術を修めるものとしてあのような許されないし、魔術師としても推奨されない。魔術師は常に冷静クールにあらねばならない。


 次に、魔術の力が明らかに弱体化していることだ。


 細部の理由は分からないが、この世界に来たことが原因であろうとは予想できる。


 そして、一番落ち込んでいる原因は、魔術の弱体化により元の世界に戻れなくなっているのではないかということだ。


 転移のための渦ゲートを作り出すのは、かなり高度な魔術である。ということは、慣れている魔術すらまともに発動できない今の俺には無理なのではないかという疑問は当然の帰結である。


「おっ、いたいた。おーい。ちょっと待てよ」


 廊下を歩くうちに目当ての人物を発見した。エルフの陰陽師にして俺を召喚した少女、カナデ=ペペルイである。元の世界に戻るゲート作成を手伝ってほしいのだ。


「何ですか? 九頭刃くずのはアツヤさん。私はこれから管理課に行かなくてはいけないんですが」


「もしかして、俺が黒板を壊したからか?」


「そうですよ。私はあなたの保証人になっているんですから」


「ごめん。反省してる。俺も一緒に行くけど、その後ちょっと付き合ってほしいんだ」


「おい見ろよ。まともに魔術が使えない、異世界の魔術師様だぜ」


 無遠慮な声が後ろからする。確実に俺に向かって話しかけているのだろう。振り向くとローブを来た男の学生が五人ばかりこちらに向かって歩いて来る。一番前を歩いているのは、教室で俺をあざ笑った金髪の坊ちゃんだ。


「ごめ……」


「カナデさん。このような未熟者と付き合うべきではありません。それに、この程度の存在しか召喚出来ない陰陽道など止めて元素魔術に転向すべきだと思いますよ」


 教室で暴力的な行動に出てしまったことを謝罪しようとしたら、金髪小僧がカナデに向かって何やら聞き捨てならないことを口にする。


「あれ? お前今謝ろうとしたか? こちらこそごめ……」


「そんな、ことは、どうでも、いい。貴様、今、陰陽道を、馬鹿に、したか?」


 怒りのあまり、すらすらとセリフが出てこない。俺は、他の流派の魔術師に陰陽道をなめられるのが一番腹が立つし、そんな時は相手を抹殺したくなるのだ。


 なお、今まで俺の心の声で、若い世代は古い世代と違い他の流派と対抗意識がない、と言っていたかも知れないが、それは嘘ではない。俺も理屈上は他の魔術と仲良くすべきだと分かっている。


 ただ、一族の跡取りとして古い世代に育てられた俺は、ちょっと価値観が古い世代の陰陽道至上主義に染まっているだけなのだ。


 怒りの声をぶつけられた金髪糞坊主は面食らったかのような表情である。が、すぐに気を取り直して言い返してくる。


「ああ。そう言った。陰陽道など、元素魔術の亜流に過ぎないし、強力な魔術を使う奴なんか見たことが無い。異世界から来たっていうから少しは期待したけどお前だって大したことないじゃないか」


「大したこと、ないだと? ほんの、少し、見ただけで、良く、分かる、もんだな?」


「そりゃあのざまを見れば分かるだろ。納得できないというなら、決闘でもしてみるか?」


「決闘? いいね! 血が騒ぐな!」


「ではついてきたまえ。試合場以外での魔術比べは禁止されている」


 金髪豚野郎ば踵を返し歩き始めた。試合場とやらに向かうのだろう。


「大丈夫? アツヤさんは今調子が出ないのでしょう? あの人、クロニコフ=マザールと言いますが、マザール家は元素魔術師の中では知られた名門で、クロニコフは天才として知られています。私たちの学年は入学したてでほとんど魔術を習っていない者もいますが、クロニコフは別格です。怪我をするかもしれませんよ?」


 ほう。そうか。中々に生意気そうな奴だと思ったがそれだけの実力はあるってことか。だけど、少しばかり魔術が得意だからって決闘に勝てると思っているのは片腹痛い。


「大丈夫大丈夫、問題ない問題ない。では、行きましょうか。処刑場とやらに」


「試合場ですよ……」


 少し呆れ気味のカナデを引き連れて、対照的に意気高らかな俺は試合場に向かった。




 試合場は校舎から少し離れた屋外にあった。巨石を組み合わせた建造物が立ち並び、何となく元居た世界のストーンヘンジに似た雰囲気である。


 やはりこの世界と元居た世界は何らかの繋がりがあるのだろうか?


 巨石群の中央は平らな石畳になっており、魔法陣が書かれている。悪魔を召喚する時に使い、勝手に悪魔が外に出るのを防ぐものに似ているような気がするが専門的な知識はないため細部は不明である。


「覚悟はいいかな? 名門マザール家のこの僕が相手にしてあげることを誇りに思うといい」


 芝居がかった口調と仕草でクロニブタが何か言っている。視線がカナデの方をチラチラといっていることから、どうもこいつは決闘の相手である俺よりもカナデを気にしているようだ。


 これから痛い目に合う運命にあるというのに、いい気なものである。


 後、取り巻きの男達以外にもシンパがいるようで、決闘場に行く途中で何人もついてきて、観客として周囲にたむろしている。女性が結構多くて、黄色い声を上げているのが何となく気に食わない。


「おい。口上はそのくらいにして、さっさとはじめよう。いったい何時からやるんだ?」


「何時かって? 試合場に戦う意思のある魔術師が揃っているってことは、今まさにこの瞬間はじm……」


「待って!」


 カナデの「待って!」の声によって二つの事が中断された。


 一つはクロニコフ先生の芝居がかった前口上、もう一つは俺の攻撃である。


 十メートルほど離れていたのだが、一瞬で間合いを詰め、鳩尾に拳を叩きこむ直前であった。ちなみに中国拳法の崩拳の応用動作であり、命中したら相手は口や鼻から血を噴き出して悶絶すること間違いなしである。


 元の世界で魔術師協会の任務に就いている時はこの技で相手を葬り去ってきたものだ。


「何で待たなきゃなの?」


「何でって、どうして殴るのよ」


「いや、決闘だって言うから、何やってもいいかなって。ダメ?」


「ダメです。学院の決闘は、あくまで魔術の競争です」


「そうですか……」


 うん、知ってた。


 常識的に考えれば分かることだからな。分かってたけど、知らないふりして一気にやっちまうと思っただけだ。止められなくても途中で止めるつもりだったよ。ちなみに怒りは歩いている間と今の不意打ちをやっている間に雲散霧消して、今は冷静さを(ある程度)取り戻している。冷静さを欠いている状態で戦うのは危険なことだ。


 しかし、俺の動きを見切るとはカナデは中々の使い手の様だ。全く反応できていないクロニコフよりもよっぽど強いのではないだろうか?


「ねえ。殴っちゃダメなんだって? ごめんね♪」


「あ、ああ……」


 クロニコフ殿は青ざめた表情で頷く。教室で黒板を破壊した威力を見た後ではこうなってしまうのも当然の事だろう。これで主導権は握れたな。


 拳を引き少し離れると、カナデからルールの説明がある。カナデによると、魔術以外の攻撃は禁止、故意に命を取るような攻撃も禁止、逆に魔術によるものなら何でも可であり、火球を投げようが、呪いをかけようが、魔術で作った武器を投擲しようが許されるとのことだ。勝敗は戦闘不能か降参で決する。


 そして、勝負の時試合場は結界に包まれて魔術の流れ弾が外に被害をもたらすことは無いが、その結界に触れても負けとなる。


 大体予想通りのルールで、俺に勝ち目のあることを確信した。魔術が弱体化している以上、ルールによっては勝つための手段がない可能性もあったのだ。


 だから、先ほど殴りかかって見せたのは、脅しで主導権を握る以外に、例え魔術勝負で負けたとしても実戦なら負けないというのを見せつけるという見栄もあったのだ。なめられたままで終わるわけにはいかないのだ。


 多分勝てるのだが。


「でははじめましょう。何処からでもどうぞ」


 自然体で錫杖をもって立ち、決闘の開始を宣言する。クロニコフは先ほどの失態からか油断なく見据えて来る。


「いくら体術が優れていても、魔術の勝負には関係ないことを知るがいい! アイスエッジ!」


 クロニコフが呪文を唱えると、氷の刃が手の中に発生し、それを投げつけて来る。中々のスピードだが、手裏剣や投げナイフの専門家に比べるとまだまだ甘いと言わざるを得ない。最小限の動きで回避する。


「すばしっこい奴だ。だが今のは小手調べ、アイスエッジ・インフィニティ!」


 先ほどの魔術では氷の刃は一つだけだったのに対し、今度は数えきれないほど無数の刃が発生した。虚空に発生した刃がこちらに殺到してくる。


「数を増やしても、スピードも狙いも甘いから意味が無い」


 もちろん、このような魔術など食らう俺ではない。数は多くても避けるだけの隙間が十分なため、冷静になれば避けることは容易いことだ。命中しなかった氷の刃は試合場の石畳を粉砕していく。まともに命中すれば、やばかったかもしれない。


 このクロニコフという男、魔術は達者であるが、対人戦の経験が浅いのか、今まで考えなくても勝ってこれたのか、戦闘技術としての魔術は未熟である。


「ならば、これならどうだ。ファイアボール!」


 魔術の種類を切り替えて来る。今度は拳大の火球が発生して向かってきた。かわすのは容易いが、多分これはかわしても爆発する、とこれまでの戦闘経験から予想した。ならば、


「水克火!」


 錫杖で火球を殴りつけると、火球は雲散霧消した。


「水魔法も使わずに相殺しただと?」


「さっきの授業で言ったじゃないか。相克だよ、相克。水の気を込めれば火の魔術を消すなど簡単なこと。これは法則的なことだから、魔術のレベルに関係なく、たとえお前の魔力が今の何倍であったとしても結果は変わらないだろうな」


「ストーンボム!」


 俺の解説を遮るようにクロニコフは更なる魔術を行使する。スイカほどの石の塊を作り出すとこちらに向かって投げつけてきた。


「木克土、水克火!」


 慌てず騒がず錫杖に木と水の気を同時に込めて飛来する石の塊を打擲すると、今度もクロニコフの魔術は消滅した。恐らく不用意に触れると石の塊が爆発する魔術だったのだろうが、そうは問屋が卸さない。


「馬鹿な……」


「器用なことだ。土属性と火属性の複合魔術とはな。でもこちらもそういうのは得意、というか陰陽道のお家芸なんでね。同時に相克するなど朝飯前だ。さて、手詰まりの様だがどうする? 続けるのか?」


 ここまでの戦いで、クロニコフの実力は概ね理解した。確かに年齢の割に強力な魔術を扱えるし、複合魔術を使う様な器用さもある。しかし、戦闘経験が少ないようで、俺にクリーンヒットさせるようなことは無理だろう。


 ここまで、相手の魔術を完封出来ているが、もしも戦闘技量が高ければ発動の仕方を工夫して俺を追い込むことは十分可能なはずだ。


「手詰まりだって? それはどうかな?」


 まだまだ余裕がありそうである。実力の差は相対しているこいつが一番良く分かってるんはずなんだが、取り巻きにかっこわるいところを見せたくないんだろうか?


「手詰まりはそっちだろ? そっちには僕に効果のある魔術を使うこと自体ができないんだからね。つまり、勝負は最初からついていたってわけだ。卑怯とは言わないよね? 分かった上で決闘を承諾したんだから」


 ああなるほど、そういう事か。確かに今の俺はまともにダメージを与えられる魔術が使えないからな。殴ってもいけないし。ならばまぐれ当たりを期待して攻撃を続ければ少なくとも引き分け以上に持ち込めるって寸法か。確かに何百回も捌き続けるのは難しいかもしれない。中々いい判断だ。


 甘いけど。


「では、今度は俺のターンということで、効果が無いという魔術を使わせてもらおう。警戒するといい。無駄だろうがな」


 言い終わると、錫杖を高く掲げて精神を集中させる。


乾坤圏けんこんけん!」


「それに効果が無いってわかっているだろう!」


 俺の魔術によって現れたのは、教室でやった時と同じく指輪サイズであり、確かに普通に使ったらまともにダメージを与えるのは難しいだろう。ただし、要は使い方の問題だ。


「食らえ! 羅漢銭らかんせん!」


 現れた指輪サイズの金属のリングを手に取ると、クロニコフめがけて指ではじいた。


 羅漢銭とは本来は貨幣を使用する武術の技法であり、使い手としては時代劇の銭形平次が有名である。この技術を応用してリングを投擲したのだ。


「うぐふっ」


 喉にリングが命中したクロニコフは変な声を出して身もだえた。


「もういっちょ行くか。乾坤圏! 羅漢銭!」


 効果を認めたので追撃をする。ちなみに羅漢銭は本来不意打ちに使うための技術であるため、声に出す必要はない。気分の問題だ


「二度も効くか! ウィンドウォール!」


 意外と早く立ち直ったクロニコフは呪文を唱えると目の前に風の壁を作り出した。スピードはあるものの重量に欠ける今の乾坤圏は見当違いの方に吹き飛ばされた。


「予想通りだ! 不動金剛縛符ふどうこんごうばくふ!」


 クロニコフが羅漢銭に気を取られている隙を見逃さず、間合いを一気に詰め、クロニコフの頭頂部にお札を張り付ける。このお札「不動金剛縛符」は、いわゆる金縛りの効果を張り付けた相手に与えることが出来る。


 このお札は俺の魔術が弱体化される前、元の世界にいた時に作成した物なのである程度の期待が持てる。


「ま、まだまだ……」


 俺の魔術の弱体化によりお札に込められた力が十分解放されていないらしく、普通なら一枚張れば動けなくなるはずなのにクロニコフはぎこちなく動き、反撃を試みようとする。


「すまんな。一枚だけじゃないんだ」


 追加の不動金剛縛符を取り出すと、反応を見ながら眉間、喉、胸、鳩尾と順番に張っていく。この場所は密教などで言うところのチャクラの位置であり、この場所に張り付けることで符術の効果が高まることが一族の研究成果から分かっている。


「ふむ、臍までの5枚で十分だったか。これ以上張るのは気が進まなかったからよかったよ」


 チャクラの場所は、頭頂部、眉間、喉、胸、鳩尾に続いて丹田や股間であるため、そこに張る事態にならなくて安心した。


 男の股間に触れたりして陰陽道に変な噂がたったら困るからな。


「火尖鎗。さて、降参かな?」


 燃え盛る爪楊枝大の槍を魔術で作り出すと、クロニコフの眼前に突きつけた。今は威力が無い火尖鎗も、こうなれば致命的な凶器となり得る。


「降参だ」


 素直に降参してくれた。潔さは褒めるべきだろう。


 勝利を高らかに宣言し、勝負に立ち会っていたカナデに試合場を覆う結界を解除させる。


 結界が解除されると、クロニコフの取り巻き達が向かって来て不動金剛縛符をはがして介抱をはじめた。


 他の見物していた生徒達はあっけにとられたようで、静まり返っている。このような魔術比べを見たことが無いのだろう。


「これが、陰陽道だ! 派手な魔術は使わなくても最善の一手をうち、望みの効果を得る。勝負を挑みたい者、逆に教えてほしい者がいたら何時でも来るといい」


 周囲で見守る生徒達にそう言うと試合場を後にした。

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