第5話「元最強陰陽師、友達をつくる」

 クロニコフとの決闘が終わった後、カナデとともに学院の管理課に黒板破壊の謝罪に行き、結果としてそれほど咎められることはなく済んだ。


 宝石を賠償として支払った結果だ。やはり異世界でも世の中銭だな。


 ただ、今後は元の世界から宝石を補給することが難しいため、節約に努めなければならないだろう。


 また、元の世界へ通ずるゲートを作り出すことは出来なかった。俺の作り出した渦は針の穴のような大きさにしかならず。カナデは魔術自体が成功しなかった。俺の部屋に通じるゲートが出来たのは単なる偶然の様だ。


 散々試しても無理だったのでひとまず中断し、今日のところは休んで、また明日対策を考えるということになった。


 ちなみに、俺の決闘での活躍でカナデが「キャー、ステキー」てな感じでなびいてくれることも無かった。チョロイ女の子ではないようである。残念なのかそうでないのか。


 ところで皆さんは、異世界に召喚、それも可愛い女の子に召喚されたとして、どこに泊ることに想像、というか妄想するだろうか。


 当然大半の諸兄は召喚した女の子の部屋に泊ると考えるだろう。特に俺の場合、召喚されて(正確には違うが)戻れなくなってしまったのだから、責任をもって夜露をしのぐ場所を提供してくれることを期待してもそれほど問題ではあるまい。


 加えて言えば、そこに色々青少年の心をくすぐるようなイベントが発生することも予想の範疇だろう。


 現実は甘くなかった。


 俺が学院に寄付した宝石が効果を発揮し過ぎたため、学生寮の一室(当然男子部屋)が正式に貸与されてしまったのだ。世の中金が全てではないと、深く心に刻み込んだ。


 とは言え、幼少から魔術の修行に明け暮れ、一族の老人たちの英才教育を受けて過ごしてきた俺は、若い女性と話した経験など姉を除いてないため、女の子の部屋に同居してもストレスにしかならないであろうことは想像に難くないため、痛し痒しである。


「ということで、今日からよろしく。多分分からない事だらけだから色々教えてほしい」


 部屋の先住学生に丁寧に挨拶した。別に一人部屋でなくても気にはしない。


 ただ、問題が一つあり、先住学生は、昼に決闘で軽くひねってやったクロニコフであった。彼は名門で実家からの寄付金も多く、入学時の成績も優良である為、これまで一人部屋を与えられていたようだ。そして、俺が入れる空きはここしかなかった。


「えっと、九頭刃くずのはアツヤ君だっけ? よろしく。こちらこそ、色々と陰陽道の事を教えてくれるとありがたいな」


 昼間の決闘のことなど無かったように、実にさわやかな挨拶を返された。昼間は色々あって決闘になってしまったが、彼は善良な人間の様である。もしもまだ感情的にしこりがあるようだったら身の危険があるため、色々対策を取らねばならなかったのだろうがこれならば心配はなさそうだ。


 そして、負けを認めて素直に教えを乞う潔さと度量を持っているようで、俺の中の好感度が急上昇した。決闘後の宣言の通り、陰陽道については頼まれれば誰にでも教えるつもりなので承諾する。


 この世界では女の子はチョロくはないが、自分を負かした相手にすり寄って来るとは、男の方がチョロいようだ。


「お茶を淹れるからちょっと待ってね。何か好みはあるかい?」


「いや、何でもいい」


 この世界の茶の種類など分からないのでクロニコフに任せることにした。手慣れた動作でお茶を用意するクロニコフの手元を見ると見たことのない葉っぱをポットに入れていた。もしかしたらこの世界には俺の世界で緑茶や紅茶のもとになる「チャノキ」は無いか、広まっていないのかもしれない。


 俺の魔術が本調子になってゲートをいつでも作れるようになって、自由にこの世界と元の世界を往き来できるようになったらこれで一儲けできるかもしれない。陰陽師の名門の御曹司にして次期当主としてはいじましい発想だが、魔術師とは金がかかるのだ。


 超小型の火の精霊サラマンダーがお湯を沸かしている間に、何人かの男子学生が入って来た。その内四人はクロニコフの取り巻きでローブを纏っており、その他の学生は違う流派の魔術師らしき風体だ。彼らは菓子を持参して来ていた。どうやら前もってクロニコフに言われていたようだ。


 謝罪と賠償やら魔法実験やらと色々あって夕飯を抜いていたため、これはありがたい。


 正体不明のお茶?と菓子を食べながらは男子学生達の紹介が始まった。


 クロニコフはカナデから聞いた通り、マザール家という元素魔術の中でも名門の出身だそうで、彼の取り巻きはその分家や家来筋らしい。


 俺もクロニコフの様に魔術の名門出身であるため、こういう取り巻きに関しては何となく分かる。


 クロニコフ一派の次に紹介を始めた人物は、かなり変わった格好をしていた。服装はローブで大多数の魔術師と変わらないが、変わった点として目を布で覆っていた。その布には漢字で「邪眼」と書かれている。


「俺の名前はジャガン。使う魔術は……」


「邪眼使いか。珍しいな」


「初対面で見破るとは、流石クロニコフを破った剛の者だな」


 こいつ、天然か? 名前と格好で分からないわけないだろう。これで神官だったりしたら驚きだ。


 邪眼使いとは、視線により魔術を発揮させる魔術師で、強力な邪眼使いは見るだけで相手を殺したりすることが出来る。ケルト神話には、バロールという邪眼を持った巨人が出て来るし、邪眼使いは世界各地の伝承に見ることが出来る。もちろん、元の世界では珍しいものの何人もの邪眼使いが魔術師協会に所属していた。


「ところで、何で目隠しをしているんだ? 邪眼を制御できないとかか?」


 見た者すべてに邪眼を発動させるような奴だったりしたら、かなり危険だ。もしかしたらあの目隠しは邪眼の力を押さえつけるような物なんだろうか?


「いや、逆だ。いざ使う時の効果を高めるために普段目を閉ざすことで、邪眼の力を増幅させているのさ」


 昔読んだ漫画に、そういうキャラがいたような気がする。なるほど、邪眼使いについてはあまり詳しくは無かったが、そういう修行方法もあるのか。


 それはともかく重要なことに確信が持てた。この世界にはが存在し、日本語が通用するという事だ。


 この世界に来てから日本語が普通に通じているので、何かチート能力の類が身についたのかと期待していた。しかし、話している相手の口の動きをよくよく見てみると、聞こえてくる日本語を発するのと同じ動きをしているのが分かる。俺は魔術協会の任務の一環として読唇術を身につけているのだ。


 話し言葉が日本語、漢字も使われているとなれば元居た世界と何らかの繋がりがあるのは明白である。もしかしたら転移のための魔術を取り戻せなくても、帰還する方法が見つかるかもしれない。


 そう考えるとなんだか希望が湧いて来る。何せ異世界転移でチート能力を貰うどころか、実際には身につ行けていた魔術が弱体化するという逆チート状態になってしまったのだから。


 ジャガン君の次に自己紹介をしたのは、普通の人間ではなく二足歩行の猫である。背丈は人間の半分ほどで陰陽道の道服を着ている。


 なお、猫耳とかそんなレベルではなく、外見は完全にケモノである。長靴をはいた猫辺りを思い浮かべると分かりやすいかもしれない。


 なお、体は道服に覆われているため分からないが、顔の柄はサバトラのハチワレである。ふっくらとした外見でぬいぐるみの様な印象を与える。


「僕は陰陽道を勉強中のダイキチだニャー。種族は猫妖精ケットシーだニャー」


 語尾にニャーが付くあたりイメージを全く裏切らない猫である。しかし、名前がダイキチか……


「ダイキチ君。そのダイキチっていう名前はどう意味なのかな?」


「運が良いっていう意味の古語らしいニャー」


 やはり、大吉って意味か。この、言葉に関する共通点は実に興味深い。ここを調査していくことが帰還の鍵になりそうだ。


「九頭刃さんには陰陽道について色々教えてほしいニャー。陰陽道は余り強力な魔術じゃないから、僕みたいな陰陽師は肩身が狭いんだニャー」


 日本における陰陽師の次期当主しては、異世界と言えども陰陽道のこのような状況は見過ごすことが出来ない。


 なお、ダイキチ君が立場が弱くても陰陽道を勉強しているのは、一族が昔から陰陽道を継承してきたからだそうだ。カナデさんが陰陽道を勉強しているのも同じような事情だろうか?


 ダイキチの事情はともかく他のギャラリーも同じように興味を抱いているので陰陽道の解説を開始した。未知の魔術に対する好奇心は異世界といえども魔術師に共通の事らしい。


 昼の授業の続きとして、陰陽道には占いや呪い、暦や天文学が含まれることを過去の陰陽師の事績を交えて解説した。


 また、魔術の行使にあたり使用される魔力は、自前のものと世界に満ちているものを活用する方法に大別されることを述べた。この辺は他の魔術でも同様な部分がある。例えば邪眼の発動は純粋に自前の魔力で行われるし、神や精霊の力を借りる魔術の場合は自分以外の魔力を使用する。もっともこのような場合でも魔術発動のきっかけとしては自前で魔力を消費するひつようがあるのだが。


 これに関して説明している時に、ふと自分の保有している魔力の状況について考えた。


 俺は陰陽師の名門であり、この家系は強力な魔術師の血統を取り入れているため、結果としてその魔力量は通常の魔術師を遥かに超える。そのため、この世界に来るためのゲートを作成しただけで魔力が尽きてしまうとは思えない。


 ただ、つい最近まで魔術大戦で魔術を行使しすぎたため、その影響で本調子ではなかったのかもしれない。


 そう考えると、何らかの霊薬などを服用して魔力を回復させれば、元の通り世界最強と謳われた魔術を取り戻すことが出来るかもしれない。


「どうしたんだい? 次は天文学の陰陽道への関係についてだろう?」


「天文学が陰陽道に影響があるなんて知らなかったニャー」


 つい考え込んでしまったが、クロニコフに促されて天文学についての説明を再開した。しっかし、一応曲りなりにも陰陽師であるはずのダイキチが天文学の重要性について知らないとは、この世界の陰陽道は遅れていると言わざるを得ない。


 天文学の陰陽道への影響という事で、天空に瞬く星の配置……星宿が陰陽道の行使にどれだけ力を与えるのかを解説した。今、星の配置と言ったが、もちろん太陽と月、惑星も重要であるし、物理的には存在しないが魔術的に存在する計都星けいとせい羅睺星らごうせいも考慮する必要がある。


 天文学の解説が終わったところでふと窓の外を見てみる。星空が綺麗であったが元の世界とはかけ離れた星の配置で、見知った星座も無ければ惑星も無かった。また、新月なのか月が無いのかは不明だが、月は見当たらなかった。


「どうしたんだい? 窓の方を見て」


 クロニコフが俺の様子に気が付いて尋ねて来る。


「ああ、星の配置が違うことが、俺の魔術が弱体化した原因かもしれないと思ってな」


 陰陽道に天文学が含まれるということは、当然その威力には星の配置が深くかかわる。この世界の天体の知識が無いことが魔術弱体化の原因の可能性は十分あり得る。


 これは調査しなくては。


「なあ、クロニコフ君。この学院に天文学に関する書籍はあるのかな?」


「ああ、図書館にはそれなりにあるし、それよりも天文台に一番詳しい資料があるらしいよ」


 それだ!


「悪いけどお茶会は終わりにさせてもらうよ。やることが出来た」


「やることって何だい?」


「天体観測さ」


 後片付けは他の学生に任せて、クロニコフに天文台の場所を聞くとすぐに部屋を出た。

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