第10話「元最強陰陽師、魔王の存在を知る」
正体は魔力窃盗犯であった教師、バイエルンを捕えた翌日の午後、俺とエルフで陰陽師見習の少女であるカナデはバナード魔術学院の学院長に呼び出されていた。
要件はバイエルンの件らしい。ちょうどこちらからもそのことについて聞きたいことがあったので、渡りに船である。
学院長室の扉をノックして名を名乗ると、中から入るようにとの指示があった。その声は扉の奥からでも良く響いた。そのため、扉が安物なのではないかとか、この部屋では密談は出来ないなとか、この際どうでも良いことが頭に浮かんだ。
「
「カナデ=ペペルイ、入ります」
二人で揃って学院長室に入るとその中には、如何にも魔術師といった外見の老人が執務机の前に座っていた。その服装からするとこの世界でいう所の元素魔術を専門としていると予想が出来る。やはり、この世界における魔術業界は元素魔術が最有力なようで、学院長をやっているのもそのパワーバランスのためだろうと思った。
ただ、学院長の来ているローブには俺の世界でいう所のルーン文字に酷似した紋様が織り込まれており、元素魔術一辺倒でもなさそうであり、学院長を名乗るのに相応しい力量を備えていることもうかがわせる。
「よく来なすった。二人ともそこにかけたまえ」
学院長は部屋に備えられた応接机の前のソファーを指し示した。
促された通りにソファーに二人して腰掛けると、学院長が後を追う様にしてその向かい側のソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「あらためて、よく来てくれた。儂がこのバナード魔術学院の学院長を務めている、バナード=マガッサルじゃ。九頭刃アツヤ君は初めましてじゃな。ようこそ異世界からの
バナード学院長は深々と頭を下げて挨拶をした。
その様子を見て俺は内心胸をなでおろしていた。何故かというと、バイエルンを倒した時にかなり派手に暴れていたために、器物破損の損害賠償や悪くすれば学院を放逐されることも一応警戒していたのだ。だが、この様子ならその心配はなさそうだ。
「礼を言わせてもらう。よくぞバイエルンの奴めを捕えてくれた。まさかあ奴があのような事をしていたとは全く気付かなんだ」
バナード学院長の丁寧な礼を聞いて再度ほっとした。昨夜にバイエルンをぶちのめしたが、奴が明確に犯罪を行っているという確証はなかったのだ。俺はこの世界の法や道徳をまだ良く知らないのである。
昨夜のことは魔力を取られた恨みと、コソコソと怪しいことをしているのだから悪いことをしているのだろうという推測と、そして何よりも相手が襲いかかってきたことによる正当防衛である。
一応、その場に一緒にいたクロニコフとダイキチの反応から、バイエルンが何らかの犯罪を犯しているのだろうと予想はしていたのだが。
「実は私はよく知らないのですが、バイエルンは何を企んでいたんですか?」
「ふむ。良く知らないまま奴の
バナード学院長の発言にカナデが顔色を変える。その様子は尋常ではない。一体どうしたのだろうか。それにしれも魔王とは、いかにもファンタジーじみた存在だ。
「その魔王とは、悪魔や魔神の強力な個体の事を指しているのでしょうか? 強力な悪魔や魔神とは、敵の魔術師が召喚してきた時に戦った経験がありますが」
元の世界にいた時、世界を魔術で征服しようとしていた世界魔術啓蒙団との抗争である「魔術大戦」の際、相手は黒魔術によりアスモデウスやメフィストフェレスといった名の知れた悪魔や魔神を召喚してきたのだ。その時は何とか地獄に送り返すことが出来たが、魔術が弱体化した今の俺ではそれは適わないだろう。
また、この世界では俺達の世界における天使を召喚することが出来た。つまり、その天使と対になる悪魔や魔神もこの世界で召喚することが可能であり、それが魔王と呼ばれているのではないかと考えたのだ。
「いや、悪魔や魔神なら魔王とは呼ばれんのじゃ。それに奴らは召喚して交渉したり使役する魔術も研究されているからそこまで脅威ではないのじゃよ。魔王はそれとは全く異質の、これまで世に知られていなかった存在なのじゃ」
「世に知られていなかった? では、その魔王というのは最近現れたんですか?」
「その通り、魔王がこの世界に姿を見せたのは10年前の事、それまでは歴史に全く姿を見せることが無かったのじゃ」
バナード学院長は恐ろし気な口調で魔王について語り始めた。その様子からすると魔王と遭遇してその脅威を実感したことがあるのだろう。
「奴は異形の配下を引き連れて突如として姿を現し、出現してから1年の間に2つの大陸を灰塵とし、次の獲物と見定めて訪れたこの大陸、サルバーン大陸でも7つの王国を滅ぼしたのじゃ。その時にはこの大陸の4分の1を覆っていたペペルイ森もその大半が枯れ果ててしまったのじゃよ」
なるほど、カナデの顔色が悪い原因が分かった。カナデはペペルイの森のエルフである。10年前の事と言えばまだ記憶に新しいのだろう。
「各国の戦士や魔術師たちは必死に抵抗したが、まるで歯が立たなんだ。何せこの数百年の間争いなど無かったので、騎士の剣技も、魔術師の攻撃魔術もすっかり形骸化してしまっていたのじゃ。連携も取れていなかったしの」
バナード学院長の言葉で、昨日の決闘で対峙したクロニコフの戦い方が、その魔術の強力さと裏腹に上手くなかった理由が分かった。クロニコフのように表の世界の魔術師は戦いの経験が数世代に渡って蓄積されていないのだろう。
そしてバイエルン一味が手強かったのは、裏の世界の住人は世の中が平和な時にも暗闘を続けていたのが原因であろう。
「幸い魔王は突如としてその姿を消したのじゃが、世界に与えた影響は大きく、中には魔王とはこの世界を破壊しつくした後に新世界を創造する神であるとあがめる者も出てきたのじゃよ」
「バイエルンもそうだと?」
「左様。朝から色々と証拠集めをした結果、そうだと結論づけたのじゃ」
俺の魔力でそんな恐ろしい存在を復活させようとしていたのか。そんなことにならずに本当に良かった。
「しかし、恐ろしいですね。その魔王というのは……」
「その通り。10年前の戦いで儂ら魔術師がふがいなかった事を反省して、更には魔王復活に備えてこのバナード魔術学院は設立されたのじゃ」
ということはこの学院は意外と歴史が浅いようである。
「という訳で、少し言い訳がましいのじゃが、人材を手当たり次第に集めたので、バイエルンのような奴を採用してしまったんじゃな」
「なるほど、身辺調査がされていなかったと。あれ? もしかして私があっさりとこの学院に迎え入れ垂れたのは……」
「ああ、ペペルイ家の後継者でもあるカナデ君の紹介もあったのじゃが、元々審査基準が緩かったのじゃよ」
渡した寄付金のおかげかと思っていたのだが、どうも違うようだ。
「その緩い審査基準の恩恵を享受した身ではありますが、これからはもうちょっと厳しくした方が良いと思いますよ」
「うむ。すでに採用した者達も改めて身辺調査するとしよう」
その後、俺とバナード学院長は魔術に関する軽い雑談をして、この会談は終わることとなった。バナード学院長は俺の世界の魔術に関してかなりの興味を持ったらしく、また機会をみて魔術談義をすることになった。
また、俺の陰陽道がこの世界の魔術法則では十分に真価を発揮できない事を伝えると、研究のために学院に所蔵されている全ての図書の閲覧や天文台の使用についての権限などを与えてくれた。
これで元の世界に帰還するための研究が進むことだろう。おかげでかなりの上機嫌である。
ただ、同席していたカナデの表情はこの日、明るいものに戻ることはなかったのだ。
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