第26話「元最強陰陽師、異世界の神話を研究する」
アスモデウスを帰還させ、運河の開通に成功してからすぐ、魔術学院に戻り天文台に上った。アスモデウスに魔界への帰還の助力をした報酬として、俺が日本に帰るための手段の助言を受けていたためだ。
天文台の資料室に入り、求める情報に関する記述のありそうなタイトルに目星をつけて目を通す。目的としているのは星座と神話に関する記述だ。
俺が元居た世界と同じように、この世界でも星座は神話と強く結びついている。そしてそれは魔術とも大きな関りがあるのだ。
「これだ!」
「アツヤ君。何かわかったのかね?」
喜びのあまり叫び声をあげて立ち上がると、すぐ後ろには裾の長いローブを着てとんがり防止を被った老人が立っていた。天文台の管理者であるミーティア師である。
「ええ。わかりましたとも。これで星宿の法則は解明できるはずです」
これまで俺の陰陽道の術は、陰陽道の重要な要素である天体の配置や運行が、この世界では違う法則で成り立っていることにより効果を発揮することができなかった。
そのため、この世界の天文学を学ぶことにより、この世界に適応した陰陽道を再構築しようとしていたのだ。ただ、これは生半可なことではなく、連絡の取れた陰陽道の本家の連中を総動員して研究しても進展が見られなかった。これは仕方がない。陰陽道は元の世界で何千年もかけて発達してきたのであり、俺たち現代の陰陽師はその上澄みを利用させてもらっているのだ。先人たちの積み重ねを一気に乗り越えていくのは難しいだろう。
だが、天体に深い知識を持つ偉大な魔神であるアスモデウスの助言は新たな視点を与えてくれた。
「二つの世界の神話の共通点を突破口とすべし」
これが助言であった。
星座と神話、そして魔術には深いつながりがある。このことは当然知っていたのだが、アスモデウスに言われるまで、自分の研究していることに直結していることに思い至らなかった。
不覚である。
そして、学院に戻ってこの世界の神話を調べていくと、あっさりと関連する事項を発見した。
「ギガルテスの七姉妹。これってプレイアデスの七人の乙女と対応しているんだろうな」
プレイアデスの乙女たちは、元の世界でのギリシア神話に登場する半神的な存在で、彼女らの名前を関したプレイアデス星団は知られている。このプレイアデス星団は日本では昴の名前で呼ばれており、陰陽道でも昴宿として二十八宿の一角を占める重要な存在だ。
そして、この世界にはギガルテスの七姉妹と呼ばれる存在が神話で語られており、彼女らもまた星座になっているという。
と言うことは、『ギガルテス=プレイアデス=昴宿』の構図が成り立ち、ギガルテスの星々を昴宿と見做すことが出来るとも言える。
ならばあとは簡単だ。ギガルテスを昴宿と仮定して、この世界の星図に元の世界の星宿を当てはめていけば良いのだから。
「なるほどなるほど。それは興味深い。私もこれまで占星術を専門に長年研究してきましたが、その様な視点はありませんでした」
「それは仕方ありませんね。異世界という概念が薄かったんですから」
この世界の魔術の常識では、違う世界とは天界、魔界、精霊界などの人間とは違う位階の存在が住まう次元の事だ。他にも人間が住んでいる異世界があるなどとは予想していなかっただろう。
もっとも、それは俺のいた世界でも同様で、陰陽道を含めた世界各地の魔術においても他に人間が生きる世界があるなどとは夢にも思っていなかった。ましてやそこにエルフや
ただし、エルフなどの存在は実際には誰も見たことがなかったのにも関わらず、神話や伝説にその存在が語られていることから、大昔に誰かこの世界に迷い込んで、元の世界に帰還した後にこの世界の体験を伝えたのかもしれない。その逆もまた然りだ。
「では、ギガルテスを元に研究を進めるんだね?」
「はい。ですが、ギガルテスの姉妹以外にも共通する神話が有るかもしれないので、もう少し調べてから取り掛かることにします」
取り掛かると言っても、俺一人でやるわけではない。元の世界にいる一門の陰陽師の研究員を総動員して実施するのだ。突破口こそ見つかったものの、これもまた力技になる。一人でやっていては何年かかるか分かったものではない。そして、そんなに長く一門の後継者たる俺が異世界に留まるのは、一門にとって不安材料だろう。何せ、元の世界で世界を征服しようとしていた魔術結社は滅びたものの、その残党はまだまだ生き残っている。そして表向きは友好関係にある他の魔術師達も、陰陽道の後継者にして先の魔術大戦で活躍した俺がが不在となればどう出てくるか分かったものではない。
元の世界はまだまだ不安定なのだ。
「ところで、神話と天文学の関係を調べるように勧めてくれた、アスモデウスという魔神なんだが、安全に呼び出す方法は無いのかね?」
「あるとは聞いたことがありますが、俺は知らないですよ。そもそも呼び出す方法自体は詳しく知らないし、仮に呼び出せても制御できなければこの学院が全滅してもおかしくありませんよ」
「そうか。それは残念だ」
アスモデウスは人知を超えた天文学の知識を持っている。占星術を専門とするミーティア師にとってアスモデウスの知識は垂涎の的なのだろう。
「しかしそんな恐るべき偉大な存在をよくもまあ呼び出せたものだな。そのミリグラム伯とやらは。それほど優れた魔術の知識を持っていないだろうに」
そう。アスモデウスを呼び出したミリグラム伯は召喚術の専門家では無かった。断片的な知識だけでアスモデウスを魔界から呼び出したのだ。これには理由がある。
「悪魔や魔神という連中は、未熟な者に呼び出されたがる者なんですよ。現にミリグラム伯は制御しきれずに殺されました。まあその結果山に縛り付けられてしまったのは、アスモデウスの誤算だったようですが」
未熟な腕前だったばかりに、召喚した悪魔を制御しきれずに不幸な結果となった事例は枚挙にいとまがない。そしてその様な不幸こそ悪魔達が望むものであり、奴らは意外と簡単に呼び出されるものだ。堂々とした態度で交渉すれば、それを受けてくれるアスモデウスは珍しい存在と言えよう。
そんな事を考えている時に、ある事を思い出す。約十年前にこの世界を崩壊寸前に陥れたという魔王と呼ばれる者。魔王は何処かへと姿を消したというが、もしかしたら意外と簡単にこの世界に帰還するかもしれない。
そう考えると、この世界から早く帰りたいという思いと、この世界の友人たちを守るために残りたいという気持ちが複雑に絡み合うのを感じた。
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