第40話「最強陰陽師、魔王に挑む」

 魔王の眷属どもが合体している。


 その報告を部下の陰陽師から受け、すぐにバナード魔術学院の外に走り出た。


 魔王はすぐに見つかった。壁の外に出るとすぐ巨大な黒い塊が見えたのだ。かなり離れているはずなのにはっきり見えるのは、それが相当大きいからだ。


 その禍々しい外見と気配から、魔王であると確信した。


「おじい……九頭刃くずのはセイヤ。状況を報告してくだ……報告しろ」


 黒い塊を取り囲むようにして戦闘態勢をとっている陰陽師達の指揮は、九頭刃家の当主の座を俺に譲り渡したばかりの祖父がとっていた。当主の座を退いたからには、日常生活はともかく戦闘時は一兵卒と同様に扱うように言われているが、継承からさほど経っていないのにそこまで割り切ったことは中々出来ない。


「魔王の眷属とやらを押し返していたら、急に集まりだして、後は見ての通り合体しおったわ。それで、合体し始めてから魔力が格段に増幅している。おそらく魔王とはあやつらが合体した存在であり、眷属とは魔王がその身を再度分裂させたものなのだろう」


 祖父の推理も俺と同じようで安心した。戦闘力なら若い俺の方が上ではあるが、魔術師としての見識は年齢を重ねてきた分、まだまだ劣る部分がある。数々の魔術師としての試練をくぐり抜けて来た祖父が言うのだから、多分間違ってはいない。


「それで、黙って見てたのか?」


「一応攻撃をしてみたのだが、まるで効果が見られん。こいつを倒すには相当強力な魔術をぶつけなくてはならんだろうな」


 ここにいるのは陰陽師の精鋭ばかりである。その彼らの攻撃が効かないとは厄介な事だ。かつての戦いで父は魔王と一騎打ちをし、結果相打ちになったと聞いていたので、陰陽道は魔王が弱点としているのではなどと少しは期待していたのだが、それは流石に甘すぎる考えだった様だ。


「それで、今は合体途中で攻撃を仕掛けてこないので、皆の衆にはの準備をさせている」


「ああ、ね」


 流石我が祖父である。攻撃が効かないからといって、ただぼんやり眺めていた訳ではないのだ。


「それにしても、この魔王とやら、似ているではないか」


「確かに。形は似てないが、その有り様がそっくりだ」


 何に似ているのかと言えば、世界魔術啓蒙団の団長の事だ。


 俺がこの世界に迷い込む少し前、元の世界では魔術師を二分する大規模な戦いがあった。その戦いの際に敵である世界魔術啓蒙団の団長は、配下の魔術師を全て禁呪により吸収し、巨大な獣に姿を変えたのだ。その姿は複数の角を生やした獣であり、目の前の黒い塊とは似ても似つかない。


 だが、魔術だか特殊能力だか知らないが、合体して禍々しい存在になるというのは同じ事だ。


 もしかしたら、魔王たちはこの世界とも元の世界とも違う異世界の魔術師で、合体の禁呪をして強力な存在に変じた者なのかも知れない。


 もっとも、今はそんなことはどうでも良い。目の前の敵を倒すだけである。


 そうこうしているうちに、魔王の合体変身が終了したようだ。闇を煮詰めたような外見は変わらないが、単なる塊だったのが小山サイズの人間の様に変じている。闇の巨人と言ったところだ。


「恐ろしい姿ね。前の戦いのときは、普通の人間の大きさだったのに、あんなに大きくなるなんて」


「封じられている間に、力を蓄えていたのかもしれないな……て、なんでカナデがここに居るんだ?」


 背後から話しかけられたのでそれに応じたのだが、その声は学院に残してきたカナデであった。カナデはかなりの実力を誇っているが、魔王の眷属との戦いで相当消耗している。まさか追いかけてくるとは思わなかった。


「なんでって言われても。まだ戦う力は残っていたし、この戦いはこの世界の問題だし」


 異世界の存在である俺たち九頭刃家率いる陰陽師だけに、任せておくのは道義上許されないという事なのだろう。


 もしかしたら、かつての魔王との戦いで、カナデを守って俺の父が魔王と一騎打ちして命を失ったことに責任を感じているのかもしれない。そして、今度は自分も戦うつもりなのだろう。


「迷惑かしら? もしそうだったら退くけど?」


 カナデは自分の思いを押し通すだけでなく、他人の意見を聞く度量も持ち合わせている。ここで下がれと俺が言えば、文句を言うことなく下がるだろう。


「いや、構わない。カナデなら自分の身ぐらい自分で守れるだろう。それに……」


 その時世界が一変した。


 地面が消え、木々が消え、空も消え、太陽も消えた。そして上下すら消えてこの場にいる全ての者が虚空に投げ出されて浮かんだ。


「もう、決着がつくまで誰も逃げることは出来ない。」


 これが、部下の陰陽師達が準備していた魔術、「陰陽曼荼羅陣」である。


 この魔術は腕利きの陰陽師が大人数いて初めて行使できる。その効果は、この空間内での陰陽道の効果を増幅させ、逆に他の魔術は効果を減ずるのだ。


 かつて世界魔術啓蒙団の団長との決戦の際にも、陰陽曼荼羅陣を使用して俺は戦いを有利に進めることが出来た。このサポートが無ければ負けていた事だろう。


 なお、曼荼羅とか言うと仏教っぽく思えるかもしれないが、陰陽道は多種多様な魔術を取り込んでいる。これもその一つなのである。


「さあ! 勝負だ、魔王!」


 地面のない空間であるが思念と魔力で態勢を整え、魔王に向かって飛び出していった。

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