第8話「元最強陰陽師、プチ復活する」
前回のあらすじ。
魔術が弱体化したことによりバイエルンに追い詰められる俺の逆転の秘策。それは、魔力に満ち溢れていたころに作成した召喚魔術の札により、十二天将が1柱である
なんでだ?
あまりに予想外の事態が発生したため、混乱のあまり変なモノローグが脳裏を掠めていった。
天使を呼び出す魔術は教会の魔術師の分野だ。しかも、信仰心も要求されるため、例え俺に知識があったとしても召喚することは本来できない。
本当に何で出てきたのだろう。
ふとバイエルン一味の方を見ると、蒼ざめた表情を震えている。
「ななな、何なんですかアレは?!」
「まさかソロネを召喚できるなんて、もう終わりだ……」
バイエルンの話しぶりからするに、やはりこの天使はソロネのようでその強大さも俺の知るのと同じらしい。この世界と元の世界では、天使も共通しているようだ。もっとも、名前と姿が同じだけで本当に同じ存在なのかは不明なのだが。
座天使……ソロネは天使の階級において第3位に位置される上位の存在だ。当然のことながら超強力な力を秘めており、俺の召喚しようとしていた騰虵に対して勝るとも劣らないだろう。
「人の子よ。この世界ならざる召喚術を行使したのはあなたですね?」
ソロネが俺の方に向かって穏やかな口調で問いかけた。声色は中性的なものを感じさせ、天使には性別が無いという神学上の一説を思い出させた。
バイエルン一味に対しては背を向けて完全に無視している。もしもバイエルン一味が背後から不意打ちをしても効果が無いことが分かっているのだろう。こちらとしてはとりあえず出てきた以上、悪者を倒してほしいのだが。
「召喚術を行使したのは私です。私としては陰陽道で十二天将を呼び出そうとしたのですが、何で天使のあなたが現れたのでしょう?」
一応丁寧な対応をする。魔術が弱体化してさえいなければ、ソロネどころかその上位にあたる
「十二天将の方々はこの世界が管轄外なので召喚に応じることは出来ません。しかし、召喚の契約をしている以上ただ応じないわけにもいかない。という事で我々天使が彼らとの協定に基づき、その旨を伝えに来ました」
「はぁ……」
事態が良く呑み込めない。
「なので、この世界では陰陽道に基づいて契約した天界の神々及び使徒は召喚できませんので、これからはそういう無駄な行為はなされぬよう。ではっ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 騰虵の代わりに戦ってくれるとかじゃないんですか?」
ソロネが帰ってしまいそうになったので慌てて呼び止める。折角貴重な札を消費して呼び出したのにそれは無いんじゃないだろうか。
「戦いません。それは協定内容から外れています」
「いや、そんな単なる伝令みたいなことを、上級の天使たるソロネのあなたがやるんですか?」
「しょうがないでしょう。あなたが呼び出そうとした騰虵と対応するのが私だったのですから。本当なら私だってこんなことしたくありませんよ。天界だって忙しいんですから。じゃっ」
へえ。十二天将とソロネは同格なのか……魔術学会に発表したら大反響だ……って違う! 今考えるべきはそんな事じゃない。バイエルン一味を倒す方法を考えねば。
無情にもソロネは文字通り昇天していく。ソロネが消え去った後、再び学院には静寂と暗闇が舞い戻った。
その場にいる者全員が、あまりの馬鹿馬鹿しい急展開にポカーンと呆けていたが、曲りなりにもソロネと直接相対していた俺はいち早く立ち直った。
バイエルンの手下に接近し、その内近くに固まっていた2人の喉笛に対して左右の貫手をお見舞いする。
「ウゲッ……!」
「ブギュルッ……!」
気管を抉られた二人は面白い声を上げながらその場に崩れ落ちる。そして、ここで満足することなく更なる獲物を求めて追撃する。
倒した2人のショートソードが落ちる前に空中でキャッチし、残った2人の手下に切りかかる。
「成敗!」
残った手下2人も流石に仲間がやられたのを見て反撃しようとしたが、とっさのことで連携がまるで取れていない。バラバラに切りかかってくるのを余裕を持って躱し、返礼代わりに頭部に峰打ちをお見舞いする。
敵を完全に消滅させたことすらあるのだが、流石に今こいつらを殺してしまう決心は出来なかった。
「さあ、最後はお前だバイエルン! 大人しく縛につくんだな」
「ん? 何故貴様に降伏しなければならないんだ? 多少有利になったようだが、勝負が決まったわけではあるまい」
バイエルンはまだまだ余裕を崩さない。
(おかしいな。 一対一まで盛り返せたのに、この余裕は何だ。まあいい、あの事に気が付いていないならそこに付け込んで持久戦に持ち込めば……)
「どうした? セラフの光に気が付いた誰かがここに駆けつけてくれることを期待しているのか? 確かに来るだろうなぁ。まるで昼間みたいになっちまったんだから」
俺が考えていたことはバイエルンも予想済みのようだ。ならば何故こんなにも余裕なのか。
「余裕なのはな。ここで一気に勝負を決めるからだ。そして、貴様を殺した後に手下どもを治療すれば黒板を持ち出すのに十分なんだよ。殺しておけばよかったなぁ。あいや、殺していたってゾンビにすれば問題は無いんだがな」
バイエルンの口ぶりからすると勝負を決めるための切り札を隠し持っているようである。そして、聞き捨てならない事を言っている。
(ゾンビにする?)
別に倫理的に死体をゾンビにすることを嫌悪しているのではない。気になるのはバイエルンがゾンビ化の魔術を身につ行けているという事だ。
死体をゾンビに変える魔術は主に黒魔術に属している。
「まさか!」
「理解したようだがもう遅い! パラライズ!」
バイエルンの魔術が完成し、俺の体が鉛の様に重くなりその場に硬直した。
パラライズ……つまり体を麻痺させる魔術は様々な魔術流儀で存在するが、主に相手を呪うという文脈で使われる。陰陽道にも俺が使ったように金縛りの術が存在し、これは陰陽道には呪いの魔術が含まれていることの影響だ。
バイエルンが言っていた死体をゾンビにするという魔術は、当然のことながら黒魔術や呪術に属する。ならば麻痺の魔術を使ってもおかしくはないのだ。
そして、俺はこれまで相手の炎や氷の魔術を五行相克により少ない魔術で防いできた。しかし、麻痺の魔術を防ぐのは体に満ちる己の魔力だ。つまり、魔力が枯渇している俺への天敵だと言える。
何とか打開策を考えねば。
「時間がないんでな。早速死ね」
残酷にもバイエルンは油断して無駄な行動をする気は無いようだ。クォータースタッフを手に近寄ってくる。
無防備な今、頭部に重量のある杖を食らえば一撃で死に至るだろう。
バイエルンはもはや無言で草を刈るかの如く俺に向かって杖を振り上げ……振り下ろそうとしたその時である。
氷の刃の大軍が、バイエルン向かって飛来した。
(この魔術は……)
氷の魔術の主はダイキチを助けに向かっていたクロニコフである。今までの戦いに介入してこなかったので頭から離れていたが、この窮地に駆けつけてくれたようだ。
「ほう? マザール家の坊ちゃんか。うっかりして忘れていたよ。よくぞ勇気を出して立ち向かってきた。ご褒美に殺して差し上げよう。パラライズ!」
「効かないね! ストーンボム!」
バイエルンは襲い来る氷の刃を躱しながら、俺に対するのと同様クロニコフに対しても麻痺の魔術を発動した。
しかし、魔術の名門の御曹司であるクロニコフは、その身に宿す魔力の量が相当あるのだろう。麻痺する様子を見せることなく、逆に石弾の魔術を放った。この魔術は破裂するため避けるのが非常に難しい。バイエルンの身のこなしを考えるとベターな選択である。
多少破片が俺に降り注ぎそうだがそれは仕方がない。
「舐めるな小僧! ストーンボム!」
しかし、バイエルンの反応は素早かった。クロニコフと同じ魔術を素早く発動し、クロニコフの石弾を空中で迎撃する。
結果、爆発は離れた空間で発生するため、バイエルンへの被害は一切なかった。
やはり、戦闘経験を考えると如何にエリート魔術師のクロニコフとは言え、勝ち目はなさそうだ。
クロニコフが勝てない、それは俺たちの死を意味する。
「くっそう! 俺に魔力が戻れば! 俺の魔力はその黒板に眠っているのに!」
悔しさをにじませながら無念の言葉を口に出す。
「おや? 口はまだ動くのか。待っていろ。こいつを殺したらすぐに後を追わせてやる」
俺の呪詛の言葉を笑い飛ばしながらバイエルンが前進する。魔術合戦ではクロニコフを仕留めるのに時間がかかると見たらしく、杖で撲殺することにしたようだ。
「く……来るな! ファイアストーム! アイスエッジ・インフィニティ!」
バイエルンの接近を阻止しようとクロニコフは、様々な魔術をやたらめったら撃ち込んでいく。
バイエルンに炎の嵐や氷の刃が次々と襲い掛かるが、最早それを避けることすらしない。どうやら魔術の結界を張っているらしくクロニコフの魔術は全て弾かれてしまった。やはりエリートとはいえ学生と、教師、それも戦闘のプロではこれだけの差が生まれるのだろう。
ついに、クロニコフはバイエルンに追い込まれてしまう。背後には校舎の壁があり逃げることすら難しい。
「終わりだな」
「それはそっくりそのまま、あなたにお返ししましょう」
「何?」
勝利を予感して舌なめずりをするバイエルンに対し、当のクロニコフは余裕の表情で返した。先ほどまで追い詰められて焦りを見せていたというのにだ。
「ここだニャ!」
不意に声が上がる。声の主は戦闘開始と同時にバイエルンにホームランされた
気合が入っているのか、ダイキチの尻尾は毛が逆立って膨らんでいる。
「まさか!」
「そう、そのまさかだよ。陽動にまんまと引っかかったようだね。本命はダイキチさ」
「この吸魔の紋を壊せばいいんだニャ?」
2人とも俺の打開策を正しく受け止めてくれてありがとう。さっき魔力さえあれば云々と叫んだのは、決して負け惜しみではない。2人に対してバイエルンを倒すための作戦を隠して伝えるものだったのだ。ちとそのままに過ぎる気もするが、勝利の美酒に酔いしれるバイエルンには気が付かれることはなかった。
よしんば気が付かれたとしても、警戒して消極的になれば救援が来るまで耐えきれるかもしれないという目算もあったのだが。
「よせ! やめろ!」
「ニャニャニャニャニャ!」
バイエルンの制止を無視し、ダイキチは爪を伸ばすと黒板に描かれた吸魔の紋をバリバリとひっかいた。そこらに落ちているショートソードを使えばいい気もするが、猫だし構わないだろう。
さて、一定の魔術的な法則に基づく紋章は、様々な魔術を込めることができる。吸魔の紋もその1つだが、こういう類のものの共通点として紋章に傷が付くとその効果を失うという事だ。
当然である。紋章が傷つき改変されるという事はその魔術を支えてきた法則が崩れるのだから。
ダイキチの爪が吸魔の紋を削り取っていくと周囲に懐かしいものが満ちていくのを感じ取った。
(俺の、魔力!)
息をゆっくりと大きく吸い込み、肺の隅々まで染み渡らせる。物理的に空気を吸い込むことが大気に偏在する魔力を吸い込むことと直結してはいないのだが、呼吸とは魔術の基本である。
陰陽道修行の基礎として、幼い頃から何度も繰り返してきた呼吸法を何度もする内に、体の中に魔力が満ちて来るのが分かる。
体内を循環する魔力は次第にへその下あたり……丹田へと蓄積されていき、体がじんわりと温まっていくような感覚に包まれた。
そうなるころには最早バイエルンの麻痺の魔術など何の拘束にもならなかった。
凝り固まった体をほぐすようにゆっくりとバイエルンの方に向き直る。
「さて、昼間は俺の講義が中断してしまったが補講を開始するとしよう。今回使われた吸魔の紋のような紋章を使用した魔術は紋章が傷つくと力をうしなってしまう。そこで、我が陰陽道の一門では紋章の素材等に強化の魔術を使用することを推奨している。今回はそれを怠ってくれたおかげで助かった……ということだが、まああんたはうちの評価基準では赤点だな。授業料はこの魔術だ。謹んで受け取るがいい」
「ま、待て! 話せば分かる!」
両手の人差し指を揃えてバイエルンに向け、魔力を両人差し指に集中させる俺にバイエルンが命乞いの声を上げた。
残念ながらそれを聞く気は俺にはない。
「確認するが、お前が張っているその結界らしきものは十分なんだな? 何せこの世界の魔術法則を掴んでなくてね。制御しきれるか分からないんだ。命を取る気はないが、もしもの時は……まあその時はよろしく」
「ひっひぃぃ~」
戦闘経験が豊富なバイエルンは既に、俺が放とうとしている魔術に抗う術がないのを理解してしまったようだ。
「食らえ!
左の人差し指から陰の気を帯びた魔力が、右の人差し指から陽の気を帯びた魔力が勢いよくほとばしり、それがまじりあう様にしながらバイエルンに向かって一直線に飛んで行き、その体を貫いた。一応健気にも結界を最大限強化したようであるが何の効果もなかった。
陰陽発破に貫かれたバイエルンは白目を剥き、その場に倒れこんだ。一瞬で意識を刈り取られたため受け身などは取っていないが、頭を打つような倒れ方ではなかったため問題はあるまい。バイエルンに外傷はなさそうだ。
陰陽発破は、陰の気と陽の気を同時に放ち、その魔力により敵の精神を直接攻撃する魔術である。
複雑な魔術法則を使わずに済むため、この世界における陰陽道の正確な法則を知らなくても影響が少ないし。更には命を奪う可能性も少ないので殺す気が無いこの戦いにはもってこいだ。
クロニコフとダイキチが喜びの声を上げながらこちらに来るのに対し、軽く片手で返事をしながら考える。
(魔力、全部取り戻せなかったな……)
ダイキチによって破られた吸魔の紋からは、俺のすべての魔力が解放されていた。
しかし、解放された魔力はすぐに拡散を開始し、俺が吸収できたのはその一端に過ぎない。一端とはいっても通常の魔術師では到底及びつかない量であるのだが。
(この魔力で、元の世界に戻ることは出来るんだろうか?)
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