第16話:恐怖政治

 フランク宮中男爵と配下の騎士百騎を領都から叩き出して十五日が過ぎた。

 騎士達の顔をフランク宮中男爵と同じように叩き潰し、軍馬百頭と武具を戦時鹵獲品として奪い取り、死なない程度に治癒魔術をかけたアレクサンダー。

 正気に戻った時には大いに反省していた。

 だが、正気に戻って反省してもやってしまった事は元に戻せない。

 過去の愚行を前提にこれからやっていくしかなかった。


 まず一つ目は、狂気の領主アレクサンダーを恐れた元領民と近隣貴族への対処だ。

 元フリードリッヒ辺境伯領民は、自分達もフランク宮中男爵と同じ目にあわされる事を恐れて、王都にまで逃げようとした。

 だが領主は、彼らを逃がしたらアレクサンダーの怒りが自分達に降りかかると思ったのだろう、元領民を全員領都に送り返してきた。


 フランク宮中男爵と配下の騎士百騎を領都から叩き出して十日が過ぎた頃から、毎日のように貴族兵に見張られた元領民が続々とやってきたのだ。

 自分の凶行を反省したアレクサンダーが表に出て来なくなったので、俺が元領民を受け入れなければいけなくなり、元御者や元奴隷に受け入れ準備をさせた。

 元領民に半ば廃墟となった領都の家をあてがって行くのだ。


 だが受け入れなければいけないのは元領民だけではなかった。

 アレクサンダーを恐れたのは元領民と近隣領主だけではなかったのだ。

 冒険者ギルドもアレクサンダーに襲われる事を恐怖したのだ。

 冒険者ギルドは以前に依頼していた支部開設を断ったら、同じように顔を潰されると考えたのだろう、形だけでも冒険者ギルドの支部を開設しようとした。

 辺境伯家には都合がいい事なので、喜んで受け入れた。


 都合のいい事はそれだけではなかった。

 俺が支店開設依頼をだしていた比較的大きな全商家が、最低限の支店開設要員と設備を送ってきたのだ。

 彼らもアレクサンダーの怒りを買って顔を潰されるのを恐れたのだ。

 これも辺境伯家には都合がいい事なので、喜んで受け入れた。

 

 だが、受け入れた限りは利益が上がるようにしなければいけない。

 冒険者ギルドも商家も、アレクサンダーの狂気を恐れて損を覚悟で支店を出したのだが、ここで利益を与えなければ深く静かに恨み辛みが溜まっていく。

 最初の恐怖と恨みは受け入れるしかないが、それ以上の恨み辛みは避けたい。

 特に実際には関係のない俺は、恨まれ憎まれるのは避けたいのだ。


「いらっしゃいませ、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 今日はどのような御用件でお越しになられたのでしょうか」


「ベンヤミン、これが今日狩った獣だ、買い取りを頼む。

 ちゃんと冒険者ギルドに利益が出るように買い取ってもらいた。

 それと、先日も頼んでいたが、解体ができる領民を雇ってもらいたい」


「承りました、フリードリッヒ辺境伯閣下」


 冒険者ギルドフリードリッヒ辺境伯支部唯一の職員で、支部長代理のベンヤミンが恐怖でガチガチになっている。

 それでも必死で狂気の領主の依頼に対応しているのだから、たいしたものだ。

 もっとも、その狂気の領主が俺でなければだが。

 彼が来てくれた御陰で、フリードリッヒ辺境伯領内で冒険者が活動できるようになったのだから、アレクサンダーの暴走もよかったのだ、そう思おう、思うしかない。


 フリードリッヒ辺境伯領に戻ってきた領民が、草原となっていた元耕作地を元に戻そうとしているが、何年かかるか分からない。

 一年間喰いつなげるだけの収穫を得られるようになるまでは、兼業農民となる。

 その仕事として最適なのが、猟師や冒険者だ。

 食料を独力で得られるし、現金収入にもなる。

 次が狩ってきた獣を解体する仕事だが、これも冒険者ギルドの領分となる。


「いらっしゃいませ、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 今日はどのような御用件でお越しになられたのでしょうか」


 冒険者ギルドのベンヤミンとまったく同じセリフで迎えてくれたのは、マイアー商会のフロリアンだった。

 ユルゲンとヘルベルトの情報によると、元冒険者で仁義を弁えた信用できる商人だと言う事だ。

 だからこそ、俺の怒りを避けるために最低限の一人しか職員を派遣しなかった他の商家とは違って、当主自らやって来てくれたのだろう。


「大魔境でダイヤモンドと真珠を拾ってきたのだが、買い取ってもらえるか」


「大魔境でダイヤモンドと真珠でございますか。

 偶然ダイヤモンドを拾う事はあると思いますが、真珠を拾うとは思えません。

 それならまだ伝説の竜の鱗を拾って来たと言われる方が信じられます」


 流石だ、長年冒険者として死と隣り合わせの生活をしてきただけはある。

 狂気の辺境伯と陰口を言われだした俺に対して、堂々と疑問を口にする。

 確かに、海の貝の中で生まれる真珠を、大魔境で拾ったと言われても、信じられなくて当然だ。


「フロリアンを騙す事はできないか、分かった、真実を話そう。

 真珠は海の貝から取れるが、大魔境には大きな湖があるのだ。

 その湖に住む貝は、とても大きな真珠を育てるのだ。

 ダイヤモンドは、大魔境の特定の場所に落ちているのだよ」


「確かに、ダイヤモンドも真珠も他では見られない、とても大きくて美しい逸品ですが、それでは騙されませんよ、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 私が大きさや美しさよりも驚かされたのは、この信じられない加工でございます。

 これほどダイヤモンドを美しく見せる加工を始めて見ました。

 この加工方法が広まれば、ダイヤモンドの価値が大きく変わります。

 どこの誰がこのような加工法を使えるのですか。

 同じ加工ができる職人はどれほどいるのですか。

 それとも、たった一人の職人しかできないのですか。

 後継者がいるのか、産業として依頼を受ける事ができるかによって、ダイヤモンドの買取価格は大きく変わってきます」

 

 ユルゲンやヘルベルトとまったく同じ事を言う。

 俺が創り出したダイヤモンドと真珠を売るにあたって、事前にユルゲンやヘルベルトにどれくらいの値段にすればいいか相談していたのだ。

 闇ルートで王都や海外貴族に高値で売る値段と普通の商人に売る値段。

 他にもダイヤモンドと真珠を求めて多くの冒険者を領内に集めるための値段。

 更には、商人を数多く集める値段まで、事前に相談してある。


「それは私が加工したダイヤモンドだ。

 後継者がいるのかと聞かれれば、これから産み育てるとしか言えないな。

 だが、必ず加工の魔術は伝承させるから、心配するな」


「心配しているわけではございません、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 ただ、閣下が保護している職人が加工できるという事でしたら、世界中のダイヤモンドがこの地に集まると申し上げたかっただけでございます」


「なるほど、手持ちのダイヤモンドの価値をあげるために、加工してもらいに多くの人が来ると言うのだな」


「はい、そうなれば、領都は大いに賑わい、数多くの宿屋が必要になる事でしょう。

 宿屋を営むとなれば、料理人や給仕などの従業員が必要になります。

 このような事をフリードリッヒ辺境伯閣下に申し上げるのはなんですが、男をもてなすための女も数多く必要になります。

 その事をご理解された上でダイヤモンドを売れられた方が宜しいかと愚考します」


「よい事を聞かせてくれた、ベンヤミン。

 その事を前提に、領都の街割りと借地代を決めようではないか。

 今集まってきている元領民には、いずれ商家や宿屋に不向きな家に引っ越してもらう事を前提に、今住んでいる場所に住んでおいてもらおう」


「できましたら私が言ったという事は秘密にしていただけませんか。

 今便利な家を貸し与えられている領民に恨まれたくはありませんから」


「分かった、全て私が考えた事にしよう。

 それで、ベンヤミンが妥当と思う値段で、売れると思う数だけ買ってくれ。

 買ってくれた金はそのまま渡すから、小麦、大麦、ライ麦、米、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、乗馬、輓馬を買ってきてもらいたい。

 売買両方に正当な利益を乗せてくれて構わん」


「それはとてもありがたいお申し出でございますが、正当な利益と言うのが怖いですので、確かな金額を言っていただけると助かります。

 いえ、できれば売り買い別に売買契約書を作成していただきたいです」


 ベンヤミンの言う事はもっともだ、何といっても取引相手は狂気の辺境伯で、何時利益を貪ったと怒り出すか分からないのだからな。


「分かった、ではまずダイヤモンドと真珠の販売から始めよう」


「はい、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 ではまず大体の相場が決まっております真珠から話しをさせていただきます。

 この大きさで全く傷のない美しい真珠でしたら、最低価格でも金貨五百枚でございます」


 俺の知る江戸時代の宝石真珠の価格は五両だった。

 形が悪かったり傷があったりする薬用真珠が二両だった。

 古代中国の内陸部では、真珠一個と城が交換されという話もあった。

 まあこれは嘘かもしれないネット情報だが、とても希少で高価なのは間違いない。

 だが、それにしても、金貨五百枚とはおどろきだ。


 そもそもこの国の通貨は銅貨と銀貨と金貨の三貨制になっている。

 毎日のように相場が代わり、銅貨百枚が銀貨一枚とは定められていない。

 だが、大商人ならばともかく、平民が毎日の金銀銅相場を気にするはずもない。

 それに平は報酬も支払いも銅貨しか使わない人が多い。

 それでも、時には銀貨や金貨が必要な時もある。

 平民の間では金貨一枚銀貨十枚で銅貨なら千枚が相場だ。


 次にこの世界の貨幣を日本の価値に直せばいくらになるかだが、直せない。

 米の価格を基準に比べるのか、日給や年収を基準に考えるかの、文化文明が全く違うし、物価値が根本的に違うのだ。

 西洋の中世前期が一番近いと思うのだが、恐ろしく人件費が安く、奴隷までいる。

 到底俺の生きてきた時代の日本の物価と比べようがないのだ。


 だが、それでも、どうしても無理矢理比べるのなら、俺の感覚で比べるしかない。

 俺の感覚では、銅貨一枚が日本円で百円になるだろうか。

 生きていくための食料の値段を基準に考えるべきだと思ったのだ。

 それも、大切な主食として生産が機械化されて安くなった穀物ではなく、肉や魚といった、比較的保存がきかなくて季節に影響される食料を基準に考えた。

 それが銅貨一枚百円で、金貨一枚なら百万円という事になる。


 さて、無理矢理考えて真珠一個が五億円となるのか。

 ちょっと非常識だと思うが、貧富の差が激しく、奴隷の値段が恐ろしく安い事を考えれば、金銀財宝を独占し贅沢を極めている貴族から見れば普通なのかもしれない。

 ましてこの国は内陸部にあって、海に接していない国だと聞いた。

 海からしか取れないはずの真珠は恐ろしく高価なのだろう。

 それに真珠は鉱脈さえ見つければザックザックと掘り出せるモノでもないし。


「それではまず真珠一個を競売にかけさせていただきます。

 最低落札価格を金貨五百枚にさせていただき、必要経費とは別に、落札価格の一割を手数料にいただきますので、それでよろしいでしょうか」


 命懸けの冒険者をしていたとはいえ、無謀な命知らずではないのだな。

 危険な買い取りを避けて、競売品として預かる事にしたのか。

 こうなる可能性もユルゲンやヘルベルトから伝えられていた。

 それに対処する方法も一緒にな。


「最低でも金貨五百枚の価値がある真珠を何の保証もなく預ける訳にはいかない。

 保証金として金貨五百枚を渡してもらおうか」


「恐れながら申しあげます。

 フリードリッヒ辺境伯閣下は多くの敵を抱えておられます。

 王家王国との敵対はもちろん、犯罪者ギルドや悪徳商人とまで争われています。

 そのような状況で、フリードリッヒ辺境伯閣下の持ち物を扱わせていただくのは、恐ろしく危険な事なのでございます。

 無事に王都まで運ぶための護衛費用を考えれば、前金はお渡しできません」


「ほう、それは、盗まれても保証しないと言う事かな」


「いえ、保証しないと言う事ではありません。

 護衛などの必要経費がとても多くなるという事でございます。

 先に金貨五百枚も渡してしてしまうと、手数料どころか、必要経費も回収できなくなってしまいます」


「命知らずな交渉をしてくれるな、だがその言い分は理解した。

 理解したうえで、何故真珠を一個しか運ばない。

 腕利きの護衛を雇うなら、一度に多くの真珠を預かって王都に向かった方が効率的で、経費も安く済むのではないか」


 返事は分かっているが、念のためだ。


「王都に入ると言う事は、フリードリッヒ辺境伯閣下と敵対している方々全ての本拠地に乗り込むことになります。

 価値のある物を持ち込めば持ち込むほど、襲われる確率が高くなります。

 雇ったはずの護衛に裏切られる可能性も高くなります。

 一度に運べるのは真珠一個が限界だと思われます。

 それに、一度に数個の真珠が売れ場合には、王都からこちらに運ぶ商品の数が多くなり、散発的に襲撃を繰り返すにはもってこいの商隊になってしまいます」

 

 事前にユルゲンとヘルベルトから受けていた問題点と同じだな。

 宝石一個あたりにかかる費用と労力は多くなるが、しかたがないな。

 何よりも辺境伯領内に信用できる商家を育てるのが一番最優先の問題だ。

 今は領都だけだが、徐々に領都周辺の街や村も復興させていくのだ。

 領内を周る行商人はもちろん、発展してきた街にも常設商店を設置したい。

 マイアー商会には儲けてもらう必要がある。


「分かった、では今回に限り保証金は免除する。

 この真珠の競売が成功したら、次からは保証金を積んでもらう。

 それと購入依頼した商品の手数料は、真珠の競売価格の一割だ、いいな」

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