第17話:王家の反撃
真珠とダイヤモンドの販売は大成功だった。
最初の真珠の競売は金貨千二十三枚で落札された。
開催したマイアー商会の顔の広さと信用の高さは予想通りだった。
その後の物資購入も見事で、フリードリッヒ辺境伯家に損をさせることなく、最低価格に近い値段で買いそろえ、無事に領地まで届けてくれた。
アレクサンダーの凶名が役立っているのかもしれないと思うと、少し胸が痛い。
もし俺が無一文の状態なら、次の競売まで六十日くらいかかるはずだったのだが、ありがたい事に元気な輓馬と軍馬が百頭に荷車が百台もあった。
マイアー商会の伝手で、最優秀な冒険者家族、ギュンター家が領地に来てくれた。
他にも二百人規模の冒険者集団、ケーニッヒクランが領地に来てくれた。
彼らは大魔境での一獲千金を夢いていたが、愚かではなかった。
俺がまだ伝説の竜と絆を結んでいないと言う噂を聞いて、護衛の仕事選んだ。
ギュンター家とケーニッヒクランが領内に拠点を置いてくれたお陰で、最初の競売が始まる十日前に第二次交易団を編成してダイヤモンドを王都に送ることができた。
王都に送った第二次交易団は荷車を改造した馬車二十台に護衛百人だった。
残りの百人には軍馬を貸与して、騎兵としての訓練をつけた。
騎乗技術を身につける事は、冒険者にとってとても利益になる事だ。
傭兵として雇われる時に、騎士は無理でも従士として扱ってもらえるからだ。
第一次交易団が領地に戻った時には、二度目の競売が大成功していた。
五十八面体の丸形ラウンド・ブリリアントカットされた大粒のダイヤモンドは、金貨三千二百六十三枚で落札され、莫大な利益を辺境伯家にもたらした。
その利益を使って王都周辺にいる信用できる冒険者を根こそぎ護衛に雇った。
今の実力など無視して、育てる心算で青田買いをした。
それができるだけの利益と信用をフリードリッヒ辺境伯家は得ていたのだ。
第二次交易団が領地に戻る前に、第三次交易団が王都に向かった。
後で聞いた話では、第三次交易団と帰還する第二次交易団を、犯罪者ギルドと盗賊団が襲撃しようとしたそうだが、あまりに厳重な警備に諦めたらしい。
交易団が領内で襲われたら、狂気に囚われたアレクサンダーが現地の領主一族を皆殺しにするという噂は、俺が流したわけではないと断言しておく。
第二次交易団が領都に戻るよりも早く、多くの貴族や大商人が使者を送ってきた。
手持ちの宝石を五十八面体のラウンド・ブリリアントカットにしてもらえるかどうか、確認するための使者だった。
俺は予約ではなく、現物を持って到着した順に手数料をもらって行うと返事した。
そのお陰で、貴族や大商人が来訪すると使者を送ってきた。
だから俺は手助けを求めてあるところに行った。
「シュレーダー子爵、ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰しております」
「実は折り入ってシュレーダー子爵のお願いしたい事があるのです」
「いったい何事でしょうか、大抵の事はご助力させていただく心算ではいますが、私の力ではできない事もありますから」
「実は数多くの貴族家や大商人から宝石のカットを頼まれてしまいまして」
「おお、王都で評判になっているというダイヤモンドのカットの事ですね」
「はい、あれは我が家の家伝魔術を私が改良した魔術で行うのです」
「なんと、そのような魔術を開発されたのですか、それは素晴らしい」
「多くの客を城や領都に迎える事になるのですが、あいにくフリードリッヒ辺境伯家で生き残っているのは私一人なのです。
商人は領都の宿屋に泊まらせれば済むのですが、貴族位を持っておられる方は、流石に城に滞在してもらわなければいけません。
ですが今の我が家ではお世話ができないのです。
ですので、できれば侍女や従僕を貸していただけないかと思いまして」
「ほう、そう言う事なら我が家の侍女や従僕をお貸しする事に異存はありませんが、前回との約束もありますので、我が家の一族も一緒に送らせてもらいたのですが」
「ええ、貴族同士の約束ですから、守らせてもらう心算です。
ただ、前回も申し上げていた通り、選ぶのは好みの女性ですが、よろしいですね」
「私の娘や姪、孫というわけにはいきませんか」
「私としては、一度縁を結んだ家とは末永く仲良くしていきたいのです。
夫婦仲が冷めきってしまって、家同士の仲を悪くするような事は避けたいのです。
以前も言ったように、例えそれが奴隷に娘でも、好みの女性なら側室に迎えますし、士族の女性なら正室に迎える気持ちでもいます。
シュレーダー子爵も士族の女性を養女に迎える覚悟をしてもらえませんか」
「フリードリッヒ辺境伯にそこまで言われてはしかたがありませんね。
娘や姪、孫もお世話のために送らせていただきますが、我が家に仕える若くて優秀な侍女を全て手助けに派遣させていただきます」
「力仕事を頼む事もありますし、貴族の中には女癖の悪い方もおられると思いますので、従僕も派遣していただきたいのですが」
「分かりました、屈強な従僕も派遣させてもらいましょう」
俺がシュレーダー子爵家の居城まで赴いた事で、少し王家に近寄りかけていたシュレーダー子爵を、味方に引き戻すことができた。
俺に正室と側室を送る方が、王家が与える利よりも大きいと判断したのか、あるいは両方から利を得ようとしているのだろう。
貴族家の当主としては当然の判断だと思う。
領地経営に失敗したらどのようになるのか、廃墟のような領都を見て思い知った。
何とか準備が整った頃から、ダイヤモンドのカットに来る客が現れた。
最初は俺が五十八面体のラウンド・ブリリアントカットを再現できるか確かめるために、小さめのダイヤモンドを家臣に持たせる貴族が多かった。
ダイヤモンドなどその辺に転がっている倒木からいくらでも創り出せる。
だからダイヤモンドでダイヤモンドを研磨する事など簡単だった。
巨木からなら自然界では再現不可能な巨大なダイヤモンドを創り出す事も簡単だ。
小さな成功を重ねれば重ねるほど、カットの依頼が増えてくる。
商家の番頭も護衛に護られながら領地にやってくる。
ダイヤモンドだけを持ってきても護衛や馬車がもったいないので、領内で必ず売れる塩や穀物を持ち込む商家が多かった。
お陰で領内の物資が豊かになり、領民が暮らしやすくなった。
宿に泊まる者が恐ろしく増えたので、領民に新しい就職先ができた。
領都にやってきた商家の番頭の中には、フリードリッヒ辺境伯領のポテンシャルに気がついた者もいた。
俺に面会を求めて、商店の開設を願い出る者もあらわれた。
俺が直営店を出して、小粒なダイヤモンドや真珠を売っているのを見たら、そう考えて当然だろう。
もちろん値段は競売価格を参考にした小売価格で高いのだが。
だが、一気に増えたのは商家の番頭でも護衛の冒険者でもなかった。
急激に増えたのは、大魔境に入って一獲千金を目指す狩猟冒険者だった。
彼らはパーティーやクランとして集団で領都に入ってきた。
中には犯罪者ギルドや悪徳商人の息がかかった者もいた。
だが彼らは暴れる事もなく大人しく過ごしている。
何故なら、王国南部辺境域を縄張りとしていた、犯罪者ギルド十人衆のうちの二人までもが、俺に完膚なきまでに叩かれたと聞いたからだ。
更にフランク宮中男爵まで俺に半殺しにされたと聞いたからだ。
王家に仕えようになったフランク宮中男爵の、冒険者時代の武名を知らない冒険者など一人もいない。
まして、たった一人の俺に半殺しにされたのはフランク宮中男爵だけではない。
王家に仕える最優秀の騎士百騎が同時に半殺しにされているのだ。
どれほど腕自慢の冒険者パーティーやクランであろうと、自分達がフランク宮中男爵を加えた王家騎士団百騎に勝てるとは思っていない。
しかもその相手が伝説の竜と絆を結ぶフリードリッヒ辺境伯だ。
領都では大人しくして、大魔境で暴れた方が金にもなるし無駄死にする事もない。
彼らは一生懸命ダイヤモンドと真珠を探し回った。
だが、最初からないモノを見つける事など絶対にできない。
大魔境に宝石があると言うのは、全部俺が計画的に広めた嘘だからだ。
ダイヤモンドも真珠も、俺が創造魔術で創り出したモノなのだ。
ダイヤモンドと真珠は見つけられないが、探索の途中で多くの獲物は狩れる。
数多くの冒険者が命懸けで集めてきた大魔境の獣や魔獣が領都に溢れた。
冒険者ギルドに買い取りを求めても、たった一人の職人と貧弱な設備では全て買い取ってもらえないので、どうしても商家に持ち込む事になる。
だがどの商家も、ほとんどは俺の怒りを避けるために最低限の人員と設備だけの、形だけの支店だった。
資金力があって常時目利きの職員がいるのはマイアー商会だけだ。
普通ならマイアー商会に買い叩かれる事になるのだが、冒険者が逃げる事を危惧した俺は、ユルゲンに命じてフリードリッヒ辺境伯家直営店を出した。
多少は買い叩いたが、冒険者達が領都から出て行かないくらいの値段で、大魔境で狩ってきた獣や魔獣を買い取らせた。
これによってフリードリッヒ辺境伯領内での物価は安定する事になった。
この状況を知った冒険者ギルドと多くの商家が、領都に人材を送り設備を整えた。
その度に街道を行き来する人が増え、商人や護衛が街道に溢れた。
お陰で街道の安全が確保され、王都から領都までの街道は、昼間なら女子供が一人で歩いても安全だと言う噂が流れた。
だが実際には、商人や護衛にも悪人はいるので、噂だけの話だった。
フリードリッヒ辺境伯の領都は日に日に繫栄していった。
いや、領都だけでなく、シュレーダー子爵領との領境から領都までの、馬車で五日間の街道沿いも、宿場町が復活する事になった。
確実にもうかる資金源を手に入れたマイアー商会のフロリアンが、俺との信頼関係を駆使して、廃村に宿屋を出す許可を求めてきたので、正当な賃借料で貸したのだ。
マイアー商会は独占的に商売ができて濡れ手に粟の状態だった。
これで全て上手くいったと言えればよかったのだが、駄目だった。
クソったれの王が嫌がらせをしやがったのだ。
王都での競売を邪魔するわけではないし、物資の購入を邪魔するわけでもない。
俺が真っ当に商売するのを邪魔して、自分の評判を落とす事はしなかった。
王がやったのは、王都の治安を悪化させる邪魔者、貧民をフリードリッヒ辺境伯に押し付ける事だった。
「王都の兵にこの領地に来たら仕事があると言われました」
「剣で脅され、ここまで連れてこられました」
「ろくに食事も与えられず、もう死にそうでございます」
「どうかお慈悲でございます、何か食べ物を恵んでください、お願いします」
「どうかお恵みを、フリードリッヒ辺境伯閣下」
領境を護っているのはフリードリッヒ辺境伯家の兵士ではない。
家臣や使用人が極端に少ない我が家では、領境に警備兵など派遣できない。
領境を警備し、関所料をを徴収しているのはシュレーダー子爵家の兵士だ。
その兵士の隊長が、急いで知らせてくれなければ、王の嫌がらせを知るのが五日以上遅れてしまっただろう。
そして多くの貧民が死んでしまっていただろう。
「分かった、私は冷酷非情な王とは違う、お前達を飢え死にさせたりはしない。
だが、私もこの領地の主として、大切な食糧をただで渡すわけにはいかない。
領地のために働くというものにしか、食事を与えることはできない。
働くと誓う者だけこちらに来い、弱った胃腸でも食べられる大麦粥を与える」
「「「「「働きます」」」」」
「「「「「領地のために働きます」」」」」
「「「「「どうか食事をお恵み下さい」」」」」
貧民がろくに食事も与えられずに三十日以上歩かされたのだ。
身体だけでなく、胃腸も弱り切っている。
魚肉はもちろん、硬く炊いた飯やパンでも吐いてしまうだろう。
こんな時には、幼い頃に胃腸を壊した時に食べさせてもらった白粥がいい。
残念だが米がないので、大麦で代用するしかない。
梅干しがあればいのだが、ないので粥に直接塩を入れて経口補水液状態にする。
本当は重湯くらいの状態にしたいのだが、そこまでやると、食事を与えているのにケチだと思われてしまう。
何パーセントかの貧民は吐いてしまうかもしれないが、彼らが喜ぶくらい固形物が残った大麦粥にしなければいけなくなった。
大切な事だが、俺がこんな事に手を取られるわけにはいかない。
「ベンヤミン、フリードリッヒ辺境伯家から冒険者ギルドに正式な依頼だ。
王がここに追いやった貧民に炊き出しを行う人員を確保してくれ。
中には王の放った密偵や暴れ者もいるだろう。
そんな連中が炊き出しの妨害や食料の独占をしないように、見張りや排除ができる戦闘力のある冒険者も必要だ。
武闘派が確保できたら、後は炊き出しをする女子供でも構わない。
数を集めて宿場町に送ってくれ」
「承りました、フリードリッヒ辺境伯閣下。
ただ今の状況で武闘派を雇うのは少々高くつきますが、よろしいでしょうか」
「この炊き出しにはフリードリッヒ辺境伯家の面目が掛かっている。
金に糸目をつけずに、炊き出しを成功させる事だけを考えて人を集めてくれ」
「承りました、フリードリッヒ辺境伯閣下」
冒険者ギルドで炊き出しの人手を確保した後で、廃墟となっていた宿場町に宿屋を開いたマイアー商会を訪ねた。
「フロリアン、王の嫌がらせに対抗するために貧民を助ける事にした。
人数が多いうえにとても弱っているから、雨に降られた簡単に死んでしまう。
城にある物資を全て貸し与えるから、宿場町で休ませてやってくれ」
「承りました、できる限りの事をさせていただきます。
ですが、お金を払っていただけるお客様を野宿させるわけにもいきません。
貧民達には、室内を片付けて掃除した廃墟で毛布に包まってもらう事になります。
その毛布も、閣下がお貸しくださる毛布の量によっては、全員に貸しだせないかもしれませんが、よろしいですか」
「構わない、今やれる事をするしかないのだ、頼んだぞ」
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