第13話:食料備蓄
「できるだけ早く戻りますので、それまでは竜と絆を結ぶのは待っていただきたい」
そう言ってローレンツ騎士は馬車を駆って王都に向かって行った。
本来なら何よりも先に竜と絆を結ばせるべきなのだろうに。
いや、絶対に王にはそう命じられているはずだ。
それを無視して、王との交渉を先にしようとしている。
俺が、いや、アレクサンダーが竜と絆を結ぶ前に、なんとしても王との関係を改善させないといけないと判断したのだろう。
(では、身体の所有権を返すよ、直太朗)
(ありがとう、休んでいる間に、人造人間を作る方法を考えていてくれ)
(了解した)
俺とアレクサンダーの間では常に話し合いがもたれている。
意見や価値観の相違で、一つの身体を取り合うような事を回避するためだ。
それと同時に、新しい身体を創り出す事も優先している。
俺が二人いれば、竜と戦う事になっても、王家と戦う事になっても、とても安心できるのだ。
「ルイーザ、ガブリエレ、食事の用意をしてくれ。
尋問で食料に毒は仕込まれていないと証言されたが、必ず毒見をさせてくれ」
俺は捕虜にした魔術師と軍師を毒見役にした。
毎日魅了魔術を重ね掛けしているから、裏切らないとは思う。
だからルイーザ達を護らせる役目にした。
だが魔術が本当に効いているかどうかは、ルイーザ達には分からない。
彼女達を安心させる意味でも、目に見える毒見をさせるべきだと思ったのだ。
「俺は死体をかたづけておくから、後は頼んだよ」
よくよく考えたて、斃した犯罪者ギルドの千人は魔法袋に保管する事にした。
常時発動で魔力は消費してしまうが、討伐賞金がもらえるかもしれない。
ローレンツ騎士の覚悟を考えれば、可能性は高いと思う。
だが往復六十日もかかったら、遺体は完全に腐敗してしまう。
遺体がなければ払えないと言われるのは腹が立つ。
少々の魔力はアレクサンダーと二人で増幅させれば簡単に取り戻せる。
「承りました、準備させていただいておきます」
ルイーザ達が食事の準備をしてくれるのだが、小麦やライ麦を粉末にする時間も労働力もないから、大麦を粥にするしかない。
俺にとってはとても美味しいとは思えない料理だが、常に空腹を抱えていたルイーザ達にはご馳走だから、不平不満を口にする気はない。
俺は大麦粥以外にハムやソーセージ、チーズを大量に食べるつもりだ。
その大量に食べた食料を、全て魔力に変換するのだ。
だがその前に、やっておかなければいけない事がある。
犯罪者ギルド員の遺体を裸にしなければいけないのだ。
この世界では、衣服はもちろん、その原料となる布がとても高価なのだ。
特に品質のいい布から作られた衣服は、とても平民には買えないほど高価なのだ。
普通の平民は、自分が刈ってきた植物の繊維を荒く裂いて織り、布にしている。
だから貫頭衣のような単純な作りの衣服しか着れないのだ。
身分差以前に、その人が着ている布の品質と量で貧富の差が一目瞭然なのだ。
日本のような品質の布など、専門の職人が月単位の時間をかけて織っている。
その布を衣服に仕立てるのも月単位の時間がかかる。
いや、それでも、ポリエステルや絹製品の足元にも及ばない。
それどころか、江戸時代の綿布や麻布の足元にも及ばないだろう。
(だからこそ、死体からはぎ取る覚悟をしたのだろう。
グズグズしてやらないのなら、俺が代わってやろうか)
俺が空想ばかりして全然始めないのをアレクサンダーが咎める。
死骸から衣服をはぎ取るなんて、できればやりたくない。
だからはじめる決断がつかないでグズグズしていたが、これくらいはやらないとアレクサンダーに顔向けできない。
(いや、これくらいはやらないと情けなさすぎるから)
嫌々だが、何とか心を叱咤激励して、遺骸から装備を外し衣服もはぎ取る。
ほとんどの死骸は頭部損傷で死んでいるから、防具も衣服もあまり汚れていない。
遺骸の側に落ちている武器の剣や槍、弓や盾等を魔法袋に放り込んでいく。
次にまだ身についている武器と防具、特に鎧をはがしていく。
鎧の着脱など全く分からない初経験だったが、魔術師と軍師が何度も丁寧に教えてくれたので、何とか出来るようになっている。
(それにしても、城だけでなく武器や防具、鎧まで売り払っていたとはな)
アレクサンダーがほとほと呆れたという気持ちを伝えてきた。
俺もその気持ちには同意する、エリーザベトは本当に最低だ。
城を売った際に、武器や防具まで一緒に売ったというのだ。
犯罪者ギルドの戦闘部隊だからいい装備をしていると思っていたが、そうではなく、フリードリッヒ辺境伯家の装備を使っていやがったのだ。
アレクサンダーが盾や鎧を破壊するような魔術を使わなくて本当によかった。
(最初から鹵獲して売り払う心算だったからな。
だがこれで装備を売る事はできなくなったぞ)
俺もアレクサンダーと同じ気持ちだった。
高価な武器や防具を売って金を稼ぎ、辺境伯家の復興に使おうと思っていた。
だがいくら何でも魔獣や敵と戦うための常備武具を売り払う事はできない。
これで別の金儲けを考えなければいけなくなった。
まあ、ずっと創り続けているアレを売ればいいだけなのだが、売るとしてもとても高価な物だから、購入相手に届ける販路を確保しなければいけない。
フリードリッヒ辺境伯領に商人を誘致して、必要な物資をいつでも売買できるようにしなければいけない。
できれば貴族家に出入りしていて王都に店を持っているような商人がいいのだが。
(まあ、とりあえず全部魔法袋に入れておこう。
城の武器庫に保管したら、この城を離れなければいけなくなった時に困るぞ)
アレクサンダーの言う通りだった。
竜と絆を結べなかった時、竜を戦う事になって勝てなかった時、全てを捨ててどこかに行きたくなった時、城にあるモノを持ち出せない事もある。
王家が城を接収すると言ってきた時は、城の備品は接収されてしまう。
俺が鹵獲したのだと言っても、元々城の備品だと言われてしまうかもしれない。
肌身離さず持っておくのが一番安心だろう。
★★★★★★
「お帰りなさいませ、食事の準備が整っております」
俺が部屋に戻ると、ルイーザ達が食事の準備を整えてくれていた。
まだ完全に体力が回復していないルイーザは、子供達と魔術士と軍師に指示して料理を作ってくれた。
そうするように全員に命じておいたから、何の問題もなかったのだと思う。
魔術師と軍師の様子も、ルイーザ達の様子も、大丈夫、何の問題もない。
「ああ、では全員で食事をしよう」
「そのような事はできません。
ご主人様と一緒に食事を取るなど、絶対に許されません」
松明の火しか光源のない部屋で、薄暗い状態で言い争うのは陰気になってしまう。
貴族の主人と一緒に食事をしても、味が分からなくて、食べた気がしないのかもしれないが、ひもじい思いをしている子供達より先に食べる気にはなれない。
食事の給仕は俺が罪悪感を持たずに食べられる奴にやらせよう。
それに、この陰気な部屋からは出よう。
こんな暗く陰気な部屋では、何を食べても美味しく感じられない。
俺には、間接照明の薄暗い所で食べる事を、お洒落だと思えるような感性はない。
俺が急いで働いたのは、子供達に美味しい食事をさせてあげたかったからだ。
半日では装備の剥ぎ取りが間に合わなかった遺骸は、子供達にひもじい思いをさせたくなくて、そのまま魔法袋に放り込んだのだから。
「だったら、俺の給仕はこの男達にやらせる。
ルイーザ達は俺の見えない所で腹一杯食べろ、いいな、これは命令だ。
分かったら返事をしろ、ルイーザ」
「はい、ご主人様の見えない所で食事をさせていただきます」
「だめだ、腹一杯食べるという言葉が抜けている、もう一度誓え」
「え、あ、はい、ご主人様の見えない所で、お腹一杯食べさせていただきます」
「もう一度だ、ハムとソーセージ、チーズもお腹一杯食べますと言え」
「え、あ、でも、それは」
「そんな事を言えとは言っていない、ちゃんと言え。
ハムとソーセージ、チーズもお腹一杯食べますだ。
これはお前達の主人として命じているのだ、ちゃんと言って行動しろ」
「はい、ハムとソーセージ、チーズもお腹一杯食べます」
「よろしい、では全員でついてきなさい。
魔術師と軍師は料理を全部運びなさい。
私が食べる分は後で運べばいいから、ルイーザ達が食べる分を運べ」
「大丈夫でございます、ご主人様。
自分達が食べるハムとソーセージ、チーズと大麦粥は運ばせていただきます。
ですから、お二人にはご主人様の食事を運んでもらって下さい」
「しかたないな、ちゃんと自分達の分を持てるか検分する。
四人とも自分が食べる分を持てるか私に見せなさい」
「「「「はい」」」」
松明のわずかな明かりを頼りに、俺達は部屋を出た。
軍師と支部長への尋問で分かった食糧庫を後にして、もっと明るい場所に行った。
魔術で元通りにした中庭に近づくと、廊下に小さな明かり取りの窓が現れた。
城壁の内側にある廊下にでたのだろうが、少し明るくなったことで、不安感に身体を強張らせていたルイーザ達から少し力が抜けてきた。
「私はこの中庭で食事をする、ルイーザ達はその食堂で食べろ」
「そんな、正式な食堂で食べるなんて許されません」
「まだ城を完全に把握できていないから、危険な場所があるかもしれないのだ。
中庭とその食堂くらいしか安心できないのだ。
主人として命令する、そこで食べろ、いいな、ゆっくりとだぞ、ゆっくり食べろ」
「……はい」
俺はルイーザ達が緊張しないように、中庭に面した食堂から離れた場所で食べる事にしたのだが、昔行ったトレッキングを思い出した。
登山などと言えるような本格的なモノではなかったが、低山を徘徊していた頃があり、その時に自然の中で食べた弁当がとても美味しかった。
大麦粥は未だに口に合わないが、火で炙ったハムとソーセージ、それにチーズとても美味しくて、心が満たされていく。
「ホルガー、ユンゲル、残りはお前達が食べろ」
「「ありがとうございます」」
犯罪者ギルドで支部長をしていた魔術士のホルガーと、軍師役だったユンゲルに言葉をかけた。
「俺は狩りに行ってくるから、城内と領都を見回っておけ」
「「はい」」
俺は大魔境以外の森で狩りをする心算だった。
犯罪者ギルドが用意していた食糧は、俺には少な過ぎたのだ。
普通に食べるのなら、千人以上を一カ月は養える量だ。
だが魔力を蓄えたい俺には少な過ぎるのだ。
大麦粥だけを食べるのなら、六人で数カ月は持つだろう。
だが、魔力のためだとはいっても、大麦粥だけ百人分も食べたくない。
ある程度日持ちのするハムとソーセージ、チーズはこれ以上食べたくない。
俺の魔法袋に入れておけばいくらでも保存できるが、魔法袋が使える事は誰にも知られたくない。
だから食用にできる獣や魔獣を狩ろうと思い実行することにした。
だがうかつに大魔境に入ったら、竜と争いになってしまうかもしれない。
結局、領都の周囲にある森や草原で狩りをする事にしたのだ。
(腹立たしいくらいに獣の数が多いな)
アレクサンダーが悲しい気持ちとともに伝えてきたように、獲物がとても多い。
耕作する人がいなくなって、広大な辺境伯家の耕作地が全て草原になっている。
人がいないから、獣達が安心して元耕作地に巣を作っている。
小さなネズミやネズミを餌にするキツネやテンだけではない。
中型や大型のシカに加えて、イノシシや熊まで自由気ままに闊歩しているのだ。
まあ、お陰で獲物に困る事はないのだが。
(そうだな、とりあえず手あたり次第に狩って魔法袋に保存しよう。
犯罪者ギルドの遺骸と一緒にするのは嫌だから、食用専用の魔法袋を作ろう)
(そうだな、気分的な事だが、流石に人間の死骸と食料は一緒に入れるのは嫌だ)
俺の考えにアレクサンダーは直ぐに賛同してくれた。
(シカは買う事ができないが、イノシシは城内の放牧場で飼いたいな)
辺境伯城は大軍で籠城する事も想定されているようで、城内に耕作地や放牧地があり、そこでなら草食獣を放牧できると思うのだ。
(そうだな、俺達がどれくらい食べるかにもよるが、手当たり次第に殺して魔法袋に入れてしまったら、人前で取り出せなくなる。
餌になる草は嫌になるほどあるのだから、シカも飼ったらどうだ)
やはり本性以外は同じ経験をしているだけあって、目の付け所は同じだな。
(そうだな、アレクサンダーも思っていたのだろうが、シカが逃げられない場所、あの召喚魔術を使った広い場所でシカを飼おう。
世話は支部長と軍師にやらせればいい)
(そうだな、だったら今日食べるのは野ウサギとキツネ、それにタヌキか)
(アレクサンダーの提案は妥当だと思うが、獣臭過ぎる料理は好きじゃない)
(食べてみて獣臭過ぎたら、支部長と軍師に喰わせればいい。
何なら肉食獣をおびき寄せる撒餌にしてもいいんじゃないか)
(そうだな、肉食獣の肉が臭かったら、干肉にして売ってしまうのも手だな。
まあ、たぶん、肉食獣は毛皮として売るくらいしか価値はないだろう)
アレクサンダーとの話し合いは、まさに自問自答して正しい答えを導き出しているのと同じだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます