第12話:圧勝
「高魅了」
もう一人の俺は、生き残った二人の敵に魅了の魔術をかけた。
自分に従わせて配下にする心算なのだろうか。
「逃げるな、ここで待っていろ」
魔術で半死半生にまで追い込んで、しかも中庭を泥沼に変えてしまっているから、犯罪者ギルドの生き残りに逃げ出す力など残っていないと思うのだが。
まあ、でも、理由は分かっている、まだ他に敵が残っていると思っているのだ。
「完璧遠探知」
予想通りもう一人の俺は、魔力をけちる事なく領都全体に探知魔術をかけた。
不安に思っていた通り、千を超える人間の反応があった。
しかもその全員が俺達に対して敵意を持っている。
魔力を惜しまずに最高の探知魔術を使ったかいがある。
この魔術を使えば、単に敵がどこにいるかではなく、敵のほとんど全てが分かる。
(もう負ける事はないだろうから、話しながら討伐しよう)
もう一人の俺が心の中で話しかけてきた。
(ああ、いいぜ、だが油断してくれるなよ)
(分かっている、だが直太朗にも分かっているだろ。
もう犯罪者ギルドの中に俺に対抗できる人間などいない事を)
(ああ、だがそれは最初から分かっていた事だろう。
強さ的には、俺はローレンツ騎士であろうと一撃で殺せる。
問題は俺に人殺しができるかどうかだけだった。
だがその弱点も、お前が現れた事で解消された。
何のためらいもなく、平気で大量殺人をしてくれるお前がな。
それで、お前の正体はアレクサンダーでいいんだな)
(ああ、俺はこの世界から日本に転生させられたアレクサンダーだ。
直太朗の身体に同居させてもらって今日まで生き延びさせてもらった。
ありがとう、助かったよ)
アレクサンダーは御礼を言いながら、完璧遠探知で見つけた敵を情け容赦なく皆殺しにしていく。
魔力を節約するためだろうか、敵から奪った槍や剣で刺殺している。
(御礼を言ってもらえるほどの事は何もしていないよ。
日本にいた時には、一度も表に出て来なかったのではないか)
(ああ、向こうの世界での俺は、あくまでも居候だったからな。
向こうの世界に魔力があれば違っていたが、全く魔力のない向こうの世界では、ほとんど直太朗と溶け合った状態だったからな)
(胎児の状態で日本に転生させられたアレクサンダーが、そんな知識を持っていたという事は、神様にでも説明してもらえたのか)
(いや、この世界に呼び戻されるまでは、俺は直太朗と完全に同化していた。
だがこの世界に呼び戻されて、今のように自我が目覚めた。
特に父上と母上の話を聞かせてもらってからは、完全に直太朗とは違う考えになってしまったのだよ)
(と言う事は、このままこの身体を乗っ取る心算か)
(そうしたい気持ちもあるんだが、それでは恩知らずになる気がしてしまう。
だから、時々この身体を貸してもらえないだろうか)
(それは構わないが、根本的な考えが違うと問題があるんじゃないか。
交代する度に言動が違ってしまうだろう)
(俺はずっと直太朗として生きてきたんだ。
自我が生まれたのはこの世界に来てからの、ほんのわずかな期間だけだ。
考え方がほとんど同じだから、大丈夫だと思う)
(いや、それは違うぞ、アレクサンダー。
今お前がこうして俺に変わって人殺しをしてくれているんだ。
根本的な度胸が違うのだ。
度胸が違えば行動が変わってくるから、絶対に争いになるぞ)
(直太朗がそう言うのなら、事前に話し合っていた方がいいか)
(ああ、元は別の魂とはいえ、生まれたからずっと一緒だったのだ。
できる事なら争いたくはないからな)
俺はアレクサンダーと色々と話し合った。
互いに何を大切に思い、何を優先したいのかを包み隠さずに話した。
俺は自分の命、痛みなどを感じない穏やかな生活を優先したいと言った。
アレクサンダーは両親の名誉を優先したいと言った。
身体の優先使用権は俺が持つが、戦いなどの場合はアレクサンダーが表にでてくれる事になった。
アメーバーのように分裂できれば、それぞれ一つの身体を手に入れることができるし、分裂ではなく人造人間を創り出す方法もある。
普通の状態で身体を作ったら、魂が宿ってしまって、結局今と同じように一つの身体に二つの魂が宿る事になってしまうかもしれない。
魂のない身体を、できれば俺の身体の一部から人造人間を創り出したい。
アレクサンダーの元の身体があればいいのだが、流石に時間が経ち過ぎている。
蘇生魔術をつかえたとしても無理だろう。
いや、土葬なら髪や骨が残っているか。
火葬でも骨くらいは残っているだろうから、早急に蘇生魔術を研究しよう。
(さて、犯罪者ギルドの連中もほぼ殺せたし、身体を返そうか)
考え事をしているとアレクサンダーが気持ちを伝えてきた。
(いや、俺では忠誠モードに入ったローレンツ騎士とは互角に交渉できない。
しばらくの間はアレクサンダーが交渉してくれ。
俺は使った魔力を回復するために経絡経穴とチャクラに魔力を流す。
二人いれば、今までとは比較にならないくらいの魔力を増幅ができる)
(よく言うな、これまでも十二分に魔力を創りだしていただろう)
アレクサンダーの言う事は嘘じゃない。
千人を超える犯罪者ギルドを相手に戦ったが、ほとんど魔力を使っていない。
もちろん普通に創り出す魔力と周囲から集めた魔力は使ったが、亜空間化したチャクラに蓄えた魔力はまったく使わずに済んだ。
わずかな戦闘時間中に、非常用の魔力を蓄えられなかっただけだ。
(何をするにしても、魔力は多ければ多いほどいい。
竜と絆を結ぶにしても戦うにしても、魔力がなければ話にならないからな。
もっとも、俺には竜と戦う度胸などないから、アレクサンダー任せだけどな。
アレクサンダーの気持ち、母親と父親の無念を自分の手で晴らす事も、祖先が果たしてきたフリードリッヒ辺境伯家の役割を全うする事も、さっき話し合った通り認めるよ)
(ありがとう)
(そのためにも、ローレンツ騎士との交渉は任せたよ)
(ああ、任せてくれ)
アレクサンダーは急いでローレンツ騎士とルイーザ達の待つ部屋に向かった。
千人を超える敵を倒すのと俺との話し合いに、二時間くらいかかっている。
敵はアレクサンダーが全滅させたし、探知魔術で五人が待つ部屋が襲撃されていないのは分かっているが、多少心配な面がある。
この世界に転移魔術があったり、俺達の知らない探知魔術を無効化する魔術があったりしたら、ルイーザ達が襲われている可能性もあるのだ。
「ローレンツ騎士、俺だ、フリードリッヒ辺境伯だ、無事か」
アレクサンダーは頑丈な扉の小窓から中に声をかけた。
ローレンツ騎士から攻撃されないようにするためだろう。
「無事でしたか、フリードリッヒ辺境伯、心配しておりました」
まだローレンツ騎士モードだな。
「今回の件で吹っ切れたから、ここに集まった犯罪者ギルドはほぼ殺した。
助けたのは、口の上手かった奴と魔術を使う男だ。
もしかしたらどこかの貴族の手先かもしれないと思い、殺さなかった。
今から尋問を行うから、付き合ってくれ」
「分かりました」
「ルイーザ、子供達と一緒にここで待っているか、それともついてくるか」
「一緒に行かせてください、ここで待つのは怖いです」
「部屋の外には俺の殺した犯罪者ギルドの死体が転がっている。
とても恐ろしい状況だが、それでも大丈夫か」
「フリードリッヒ辺境伯、私達が捕虜のいる場所に行くのではなく、捕虜をこの部屋に連れてくることはできませんか」
ローレンツ騎士が疑問を返してきたが、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
俺もアレクサンダーも抜け過ぎている、恐ろしく間抜けだ。
もっと大切な事が山ほどあって、それに気を取られていたと言い訳する事はできるが、間抜けな事に違いはない。
「分かった、今泥沼にはめているから、急いで清潔にさせて連れてくる」
アレクサンダーは恥ずかしさを誤魔化したかったのだろう。
捕虜が直ぐに連れてこられない状態なのだと想像させるような言葉を口にした。
露骨に言い訳するのはプライドが許さないのだろう。
その気持ちは俺にもよくわかる、何といっても本性以外はほぼ同じなのだから。
「ローレンツ騎士、戻ったぞ。
俺の後に捕虜二人が入って来るが、攻撃するなよ。
一人は卿が最後通牒を出した幹部だが、生き残っているのは二人だけだからな。
絶対に殺すんじゃないぞ、いいな、分かったな」
アレクサンダーは急いで泥沼化させた中庭に戻った。
半死半生で泥沼に使っていた二人を魔術で引っ張りだし、一度鎧と服を脱がせて水魔術できれいにして、服だけを着せて連れてきたのだ。
もちろん、服は風魔術と火魔術の混成魔術で乾かしてある。
「分かっています、そこまで短気ではありません」
そこまで聞いてからアレクサンダーは部屋に入っていった。
俺なら幾ら魅了していても敵を背後に置くなど怖くて仕方がない。
どうしても元敵を背後に置かなければいけない場合は、高盾の魔術を展開する。
憶病な性格は高位貴族として体裁が悪いが、そういう度胸のいる態度をアレクサンダーが引き受けてくれるのなら、英雄や勇者を気取れるかもしれない。
「では入るぞ」
★★★★★★
「では、全てはお前が考えて、ここにいる本当の支部長が決断した事なのだな」
ローレンツ騎士の尋問に、俺達を口八丁で騙した軍師役の幹部と、魔術が使える本当の支部長が素直に答えた。
ローレンツ騎士はまだ疑っているようだが、アレクサンダーの魅了魔術で完全に支配下に入っている二人が嘘をつくはずがない。
まあ、ローレンツ騎士がそれを信じきれない気持ちもよく分かる。
俺が同じ立場だったら間違いなく疑っていた。
「はい、間違いありません」
「犯罪者ギルドが魔力を持つ子供を集めているというのは、本当の事なのだな」
これで同じことを三度も聞いているが、尋問では同じことを何度も聞いて、その時の反応で真実なのか嘘なのかを見分けるというのだから、しかたがないな。
「はい、集めています」
「百年も前から集めていたというのは本当の事なのだな」
「本当です」
「本格的に集め始めたのは、フリードリッヒ辺境伯家が混乱してからなのだな」
「はい」
「エリーザベトの子供や孫に美人を近づけて、子種を盗んだのだな」
「はい」
「下劣な」
ローレンツ騎士は吐き捨てるように言ったが、一瞬で身体を強張らせた。
その下劣な方法を、王自らが取ろうとしたのだ。
その事を思えば、ローレンツ騎士の言葉は天に唾するような言葉だ。
「ローレンツ騎士、彼らは俺の配下に加えるから、絶対に危害を加えるな。
貴族が自ら戦って得た捕虜や人質は、その貴族の財産となると教えてくれたのは、ローレンツ騎士、お前自身だ。
勝手に殺したり奪ったりしたら、王家からの宣戦布告だと思うからな。
その時はシュレーダー子爵と一緒に王家と戦うからな」
アレクサンダーは思いっきり強気で交渉している。
俺だったら、とてもここまでの交渉はできないだろうな。
俺が自分らしくないと思っていた言動は、アレクサンダーの影響だったのだろう。
「分かっております、フリードリッヒ辺境伯」
「分かってくれているのなら、何度も同じ質問をする尋問は任せる。
俺は殺した犯罪者ギルドの連中を集めて保管する。
俺の殺した犯罪者ギルドの連中は叛逆罪となるのだろう。
だったら一人一人にそれなりの賞金がつくはずだな。
国王にはしっかりと払ってもらうからな」
「国王陛下は聡明で公平な方ですから、払ってくださる可能性はあります」
「クックックックッ、断言しないか、ローレンツ騎士。
まあ当然だよな、犯罪者ギルドに魔術士の子種を盗まれていたのだからな。
しかも辺境伯家に連なるような強力な血統を百人以上もな。
その全てが国王の失政から始まっているのだから、そう簡単には常識的な正しい約束などできないよな」
「フリードリッヒ辺境伯とは色々ございましたから、信じてくれとは申せませんし、国王陛下に対する不信を咎める事もできません。
ですがあまりに不敬な事を口にされるようなら、私にも覚悟がありますよ」
ローレンツ騎士は完全に忠誠モードに入っている。
アレクサンダーが下手な事を口にしたら、殺し合いになってしまうぞ。
「ローレンツ騎士にケンカを売る心算はありませんよ。
ですが、売られたケンカは買わせてもらいます」
「それはどういう意味ですか、国王陛下がフリードリッヒ辺境伯にケンカを売ったと言いたいのですか」
「エリーザベトの謀叛を言いがかりに、フリードリッヒ辺境伯家の財産を全て没収した事は、私に対してケンカを売った事に当たると思うのだがね」
「それは見解の相違というものです、フリードリッヒ辺境伯。
国王陛下は国法に沿って罰を加えられただけにすぎません」
「五十年以上も見過ごしにして、この地方一帯に甚大な被害をまき散らしたのも、国法に従ったと言いたいのだな」
「全てが国王陛下がなされた事ではありません。
陛下が即位される前の事まで、責任を問われる事ではありません」
「ほう、私がやった事でもない事を理由に、フリードリッヒ辺境伯家の財産を没収しておいて、先代王が行った事だと言って、責任を取らないというのは、卑怯ではないと言われるのかな」
「国王陛下には我々には分からない国を背負う重荷があるのだ」
「ほう、たかだか一国を背負う責任が重いからと言って、自分に甘く臣下厳しく当たっていいと言われるのか。
だったら大陸の、いや、人類の命運を背負っている我がフリードリッヒ辺境伯家は、誰よりも自分に甘く他人に厳しくしてもいいはずだな」
「……」
これは勝負ありだな、ローレンツ騎士がぐうの音も出なくなった。
問題があるとすれば、やけっぱちになったローレンツ騎士が、なりふり構わずにアレクサンダーを殺そうとする事だ。
アレクサンダーを殺すという事を、俺を殺すという事だからな。
本当にアレクサンダーがいてくれてよかった。
俺だったら人殺しができなくて、簡単に殺されてしまったかもしれない。
いや、俺ならここまでローレンツ騎士とは敵対できなかったな。
もうと弱気な交渉しかできなくて、不利な状況に追い込まれていただろう。
「全てを国王陛下に御報告させていただきたいので、王都に戻らせていただきたい」
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