第11話:舌戦

「巡検士閣下、お話した通りの事情ですので、この売買契約書は有効ですよね」


 俺が部屋の安全を確認している間に、犯罪者ギルドの幹部とローレンツ騎士は剣を使わない言葉による戦いをしていた。

 俺の思っていた通り幹部はとてもしたたかなようだ。

 常にローレンツ騎士にへりくだった態度を見せながら、辺境伯城の売買契約が法的に有効なモノだと認めさせようとしている。


「お前はバカか、それともバカのフリをしているのか。

 これ以上国王陛下の巡検士をバカにするようなら、問答無用で皆殺しにするぞ」


「わたくしめは、生来愚かなたちでして、閣下が何をお怒りになられておられるのか、分からないのでございます。

 元々犯罪者ギルドに身を落とすような者は、愚か者ばかりなのです。

 どうか哀れと思ってお教え願えませんでしょうか」


 バカを装って殺されないように立ち回っていやがる。

 わずかな時間で、ローレンツ騎士の性格を見抜いたのかもしれない。

 絶対的な正義に立った状態でなければ、実力を発揮できない事を。

 俺の処遇を巡って生まれてしまった疑念は、ローレンツ騎士の決定的な弱点になってしまうかもしれないな。


「では愚か者に聞かせてやろうではないか。

 だがこの話が聞いた後は、一切の弁明は聞かないぞ。

 もう既に犯罪者ギルドは国王陛下に対する不敬罪の疑いをかけられているのだ。

 更なる疑惑は、一切の交渉を認めない問答無用の戦争になる。

 その覚悟があって、国王陛下の巡検士である私に質問しているのだな」


 おっ、ローレンツ騎士が自分を追い込んだぞ。

 王家に対する不敬罪だと言い切る事で、自分の迷いを断ち切ったな。

 この状態になったら、躊躇うことなく犯罪者とギルドと戦争を始められる。

 おかしいな、なにか、自分が賢くなった気がする。

 この世界に来るまでの俺は、疑問の正解を導くまでにとても時間がかかった。

 プレッシャーのかかるような場面では、真っ当な判断をくだせなかったのに。


「はい、俺かな私達にも理解できるような説明をいただけたら、直ぐにここを離れさせていただきますので、処罰を受ける事などございません」


 ほう、上手いな、引き際を明言しやがった。

 これで説明した直後にローレンツ騎士に殺される危険がなくなった。

 ここで下手な答えを返していたら、説明直後に成敗された可能性もあった。

 

「ならば聞かせてやろうではないか。

 そもそも、城や領地を売買できるのは、領主だけができる行為だ。

 正式な領主の後見人であっても、これだけは絶対にできない事になっている。

 いや、領主であろうと、国王陛下から賜った爵位や領地を、国王陛下の許可なく譲る事も売る事もできないのだ。

 今回の件は、辺境伯当人ではなく、家族が勝手に署名して印を押したものだ。

 まして国王陛下の御裁可のない叛乱に等しい行為だ、それに加担したと僅かでも疑いをもたれたら、不敬罪ところか叛乱罪で恥辱刑に処せられる、分かったな」


「愚かなわたくしめにお教えいただき、感謝の言葉もございません。

 城が私達のモノでない事はよく分かりました。

 ですが、それならば、私達がエリーザベト様にお渡ししたお金は、返していただけるのですね」


「そうだな、どうしても返して欲しいというのなら、返してもらえるだろう。

 今回お前が口にした要求は、犯罪者ギルドの正式な請求として奏上しよう。

 きっと国王陛下は、反逆罪を適応してエリーザベト達から収公した金から、お前達に売買額を返してくださるだろう」


「それありがたい事でございます、流石名君と称えられる国王陛下でございますね」


「ああ、そうだな、国王陛下は名君であらせられるからな。

 これまで何十年も同じようなやり方で犯罪者ギルドが民から奪っていた金を、民に返すように命じられるだろうな。 

 借金のかたに奴隷に落とされたり売春を強要されたりした者たちに対して、犯罪者ギルドに賠償を命じられるだろう。

 もし奴隷にされた事や売春を強要された事で死んだ者がいたら、生き返らせるように命じられるだろうから、準備しておくように」


「そ、……分かりました、幹部の方々に全てをご報告させていただき、賠償の準備を整えさせていただきます」


 これは、幹部の奴、腹をくくりやがったな。

 この場にいる人数ではローレンツ騎士の口を封じられないと判断して、一旦引いて戦力を集める気なのだろう。

 ローレンツ騎士の口を封じて、今回の件を全て握り潰して、この城を諦めるのか。

 それとも次の巡検士を賄賂で懐柔して城の占拠を続けるのか。

 いや、それはないな、そんな事をすれば王家王国と全面戦争になる。


「ローレンツ騎士、奴らは準備を整えて襲ってくる心算だぞ」


「分かっておりますよ、フリードリッヒ辺境伯。

 犯罪者ごときが何人何百人攻め込んで来ようと、軽く返り討ちにしてやります。

 ああ、奴らが罠を残して行くのを心配しておられるのか。

 そんな心配は無用、今から直ぐに罠がないか点検します」


 歴戦のローレンツ騎士が元の状態に戻ったのなら、何の心配もないはずなのだが、どうにも不安がぬぐえない。

 何か重大な事を見逃してしまっている気がするのだが、なんだろう。


(配下だよ、先に送ったローレンツ騎士の配下はどうなったの)


「ローレンツ騎士、貴君が先にこの城に送った従士はどうなった。

 行き違いになるような愚か者はいなかったはずだぞ」


 ローレンツ騎士の表情が一緒で先ほどの交渉時のように引き締まった。


「直ぐに逃げます、敵は罠を仕掛けて待ち構えていたのです」


 俺もローレンツ騎士も愚かすぎた。

 今のこの状況は、犯罪者ギルドが事前に想定していたモノなのだ。

 俺達が賄賂を要求して、辺境伯城を犯罪者ギルドのモノと認めるのならそれでよし、城を俺達が使う代わりに、城以外の領都部分をギルドのモノと認めるのもよし。

 だが、今回のようにすべて認めないようなら、最初から俺達を皆殺しにする心算だったのだ。


「やれ、皆殺しにしてしまえ」

「女子供は生きて捕らえろよ、やり殺すんだからな」

「「「「「ギャッハハハハハ」」」」」

「奴らはもう復路の鼠だ、どこにも逃げられやしねぇ」


 くそったれが、最悪だ、自分の愚かさに吐き気がする。

 犯罪者ギルドの連中は敵の襲撃を恐れてここにいたんじゃない。

 最初から俺達を閉じ込めるために、こんな窓もない場所に誘い込んだんだ。

 食糧を備蓄してあったもの、俺達を油断させるためだったのかもしれない。

 あるいは、ここは最初から連中の食料備蓄庫だったのかもしれない。

 こんな余計な事を考えるのは、恐怖を忘れる逃避行動なのだろうな。


(戦え、戦うんだ、直太朗にはそれだけの力がある)


 俺を励ます心の声が聞こえてくる。

 俺は、おかしくなってしまったのだろうか。

 恐怖のあまり、二重人格に成ってしまったのだろうか。

 もう一つの人格に全て任せたら、楽になれるのだろうか。


(分かった、助けてもらった恩を返そう。

 向こうの世界では、何の手助けもできなかったからな)


「ローレンツ卿、卿はルイーザ達を護っていろ。

 これはフリードリッヒ辺境伯としての正式な命令だ。

 逆らう事は絶対に許さん、いいな」


「はっ、承りました」


 もう俺には何もできなかった。

 話そうと思っても言葉にならず、身体を動かそうとしても指一本動かない。

 俺の身体を誰かが操ってしまっている。

 二重人格のもう一人の自分に身体を奪われてしまった。

 いや、責任を放棄したのは俺自身だ、今更文句を言えた義理ではない。


「見つけた、どっちか分からないが死ねや」


 残忍な笑みを浮かべた犯罪者ギルドの完全武装兵が襲いかかってきた。


「遅いな、全く話にならないな。

 まあ、その方が楽だし、楽に金が儲けられるのなら文句はない。

 辺境伯家復興のためには、金はあればあるだけいいからな」


 なんとなくだが、もう一人の自分が考えている事が分かる。

 きっと身代金や賞金の事を言っているのだろう。

 あの王が素直に払うとは思えないが、犯罪者には賞金がついている場合がある。

 犯罪者ギルドの戦闘要員なら、賞金がついている可能性が高い。

 まして王家に対する不敬罪が適応されたら、かなりの額になるだろう。


「上風乱撃」


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 通路から殺到していた敵が、一斉に悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 犯罪者ギルドでも指折りの戦闘要員だったのだろう。

 貧弱な装備ではなく、王城で見た騎士のような完全武装だった。

 先ほど震えていた偽物ではなく本当の戦闘要員だったのだろう、殺気が凄かった。

 だがそんな連中も、面頬のすき間から入った風魔術に目を潰され、絶叫を放ちながら痛みにのたうちまわっている。


「上近探知、上俊足」


 もう一人の自分が足の速くなる魔術を自分自身にかけた。

 同じ魔力量で一瞬の間に目にも見えない速度で移動できる瞬足ではなく、長く速く走れる駿足でもなく、俊足を選んだ理由。


「上瞬足」


 それは、最初から魔術の重ね掛けをする心算だったからだ。

 廊下の先で待ち受けている敵を突破するために、魔術の二重掛けが必要だった。

 その考えは見事で、敵の待ち伏せを突破して後ろを取る事ができた。

 三叉路になった場所には、敵の待ち伏せがあると考えておくべきだ。


「上風乱撃」


 待ち受けていた敵十数人を一瞬で無力化した。

 よほど腕のいい治癒魔術の使い手がいない限り、潰れた目を治すことはできない。

 魔力を節約して近距離の探知魔術だけを常時起動させている。

 だから廊下の先や途中の部屋の中に敵が潜んでいても分かるのだ。


「上風乱撃」


 城が火事にならないように火系の魔術は使わないつもりのようだ。

 同じ理由で、床や壁を壊さないように、土系や金系の魔術も使わない。

 近くに水場がないから、水系の魔術も使わないのだろう。

 その場にある空気を圧縮して使う方が魔力を節約できるというのが理由だろう。

 

「上風乱撃」


 狭い廊下内で戦っている間は、敵は多くても十数人までだ。

 遠距離用の探知魔術を使って、同じく遠隔用の攻撃魔術を使って敵を狙撃する事は可能だが、そんな事をすればごっそりと魔力を使う事になってしまう。

 俺なら恐怖心のために遠隔魔術を使っていただろうが、もう一人の俺は度胸があるようで、一番魔力量が少ない近接で戦っている。


「上風乱撃」


 俺の記憶が確かなら、もう少し行った先に中庭に通じている場所がある。


「上中探知」


 もう一人の俺は勇敢だが無謀ではないようだ。

 先に危険があると分かっていて、魔力をけちるようなバカではないようだ。

 近よりも多くの情報を、結構な遠さまで正確で調べられる。

 だから上の中距離探知魔術を発動して、犯罪者ギルドの動向を探っている。


 そのお陰で待ち伏せしている敵の総人数が百数十人である事が分かった。

 しかもその中に、それなりの魔力を持っている奴がいる。

 この件には貴族がからんでいるのかもしれない。

 貴族がからんでいるとなったら、ややこしい事になりそうだな。


「高瞬足」

「上風嵐撃」


 今まで以上の速さで中庭が見える場所を通過してとたん、もう一人の俺は、攻撃力は今までと同じだが、攻撃数が今までよりも多い風魔術を展開した。

 一度に百人以上に致命傷を与えられる風魔術だ。

 生け捕りにする気が無くなったのだろう。


「上風嵐撃」


 しかも一度の発動で安心する事なく、止めの一撃を放った。

 最初の一撃で、ほぼ全員を最低でも失明させられているのに、念の入った事だ。

 まあ、自分ならもっと遠くから遠距離狙撃していたから、非難などできないけど。

 それにしても、最後の一撃の内、五十以上は魔力持ちに殺到していた。

 死んでしまっているかもしれないが、それはしかたがないだろう。


 裏にいる王侯貴族が誰なのかは知りたいが、魔術が使える人間相手に手を抜く事は危険すぎる。

 あ、もしかしたら、余計な事を考えてしまっただろうか。

 アニメやラノベやマンガだと、こういう場合は敵が無事な事が多いのだ。

 簡単にこちらの魔術を無効化したり弾き飛ばしたりしている場合が多い。

 もしかして、今回も同じ状況なのか。


「伝説の竜の生贄にしかできない出来損ないと聞いていたが、結構やるじゃないか。

 母親が平民出のくせによ」


 俺の出生を知っているとは、油断できない奴だな。

 金髪クソ婆も、辺境伯家の恥だからと口外していないとフリットから聞いた。

 領内の平民娘に恋したこの世界の父親が、強引に正妻に迎えたという。

 基本魔力のない平民の血を半部受けついている俺は、この世界の常識から言えば、よくても子爵家程度の魔力しか持っていないはずなのだ。


「母上の悪口を言う奴は絶対に許せない。

 楽に一撃で死ねると思うなよ、殺してくれと泣き叫ぶまで嬲り者にしてやる」


 もう一人の俺は、この世界の母親にとても愛情を感じているようだ。

 恐怖を感じてしまうほど内心の怒りが激しく高まっている。

 いや、今戦っているのは、二重人格の俺ではないのかもしれない。

 二重人格の俺なら、この世界の母親にここまでの愛情を感じるはずがない。

 今までの言動から察するに、アレクサンダーなのかもしれない。

 日本に移転させられたアレクサンダーは、俺の身体の中で仮死状態だったのか。


(説明はこれが片付いてかたしてやるよ)


「高風嵐陣、高泥土」

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