第10話:逆脅迫

「おい、こら、何を言っている、無礼者が。

 こちらにおられる方は、恐れ多くも国王陛下から継承を認められた当代のフリードリッヒ辺境伯閣下である。

 閣下がご自身の居城に入るのを阻むとは、許し難い無礼。

 王家と辺境伯家に犯罪者ギルドが宣戦布告をするという事だな」


 フリッツは前回俺が言った事を参考にしたのか、それとも本来の調子を取り戻したのか、門番をしていた犯罪者ギルドのチンピラに強く出ている。


「え、あ、いや、そんなつもりではなくですねぇ。

 ただ私は支部長に門番を命じられているだけでして、辺境伯閣下といえども、勝手に入れると兄貴に殺されちまうんですよ」


 チンピラがフリットに言い訳しているが、もう一人が姿を消した。

 支部長か兄貴分に報告に行ったのだろう。

 隠れた場所に支部を作るわけでもなく、身分を偽る事なく堂々と辺境伯家の城に居座り、犯罪者ギルドの支部だと言い切れる者達。

 きっとバリバリの戦闘部隊なのだろう。

 全身に魔力を巡らせて、不意討ちに備えなければならないだろうな。


「これは、これは、新たな辺境伯閣下がわざわざ我らの城に来てくださるとは、思ってもおりませんでした」


 しばらく待たされたが、責任者と言えるくらいの奴が来た。

 正直助かった、これ以上待たされたら、フリットが暴れ出していただろう。


「バカモノ、この城はフリードリッヒ辺境伯家の城だ。

 大魔境に備える王国にとってかけがえのない城だ。

 その城を犯罪者ギルドの支部にできると思っておるのか」


 待たされたと事と、身分を弁えない犯罪者ギルドの連中の言動に切れかけているのだろう、フリットが激怒している。


「その件に関しては、中でお話させていただきます。

 ところで、貴男様は辺境伯家の御家臣の方ですか」


「俺は王国の巡検士、フェリックス・ローレンツだ。

 不正な事があれば、王家王国の代理人として厳しく取り締まる。

 今回の件も聞き捨てならない事だぞ」


「まあ、まあ、まあ、先ずはお話をさせてください、両閣下」


 フリットから聞いた話では、巡検士は役目中貴族扱いだそうだから、犯罪者ギルドとしても丁重に扱わなければいけないのだろう。

 犯罪者ギルドといっても、王家と正面からケンカするわけにはいかないだろう。

 とはいえ、目の前の男は妙に落ち着いている。 

 何か切り札を持っているのか、それとも全面戦争も覚悟しているのか。

 まあ、どちらにしても、ルイーザ達を馬車に残しておくのは悪手だな。


「中に入れと言うのなら、使用人達も同行させる。

 犯罪者ギルドが我が城だという場所に、使用人を残しておくわけにはいかない」


「どうぞ、お好きにされてください」


 フリットは何か言いたそうな表情をしたが、俺の顔を見て諦めたようだ。

 幹部だろう男に案内されて、俺達はフリードリッヒ辺境伯家の居城に入った。

 幹部の後にフリットがいて、ルイーザ達が続き、その後を俺が歩く。

 俺の後を幹部と一緒に来た完全武装の犯罪者ギルド員が続いている。

 所直なところ、いきなり背後から斬りつけられないかヒヤヒヤだ。


 幹部に案内されて歩いているが、思っていた以上に長く歩かされた。

 大魔境の魔獣から人々を護るための城だけあって、とても広く重厚だった。

 同時に、最重要部には直通で行けないような構造になっているのだろう。

 城だから仕方がないと思うが、日常生活を営むには不便極まりない。

 などと埒もない事を考えて、恐怖を表に出さないようにする。

 だがやはり怖いので、教えてもらった防御魔術の上盾を展開してしまった。


「支部長、フリードリッヒ辺境伯閣下と、王家が遣わされた巡検閣下を案内してきました、入ってよろしいでしょうか」


 前もって俺とフリットの事を伝えておこうというのだろう。

 軍事拠点の重要人物が過ごすのに相応しい、とても頑丈そうな扉の見張り窓を開けて、大声で叫んでいる。

 当然だが、その扉の前には二人の完全武装兵が見張りに立っている。

 扉の中にも護衛と言う名目の完全武装兵がいるのだろうな。


「直ぐに扉を開けさせる、入ってもらえ」


 中の人間の言葉を聞いて、フリットから立ち上る気配に殺意が混じり始めた。

 いや、俺のような素人に殺意があるかないかなんて分かるはずもない。

 だが、脚が振るえてしまうのだから、殺意だとしか思えない。

 俺だけでなく、ルイーザ達四人も震えている。


 ガタ、ガタ、ガタ、ガタ、ガタ。


 俺やルイーザ達だけじゃない。

 頑丈な扉を護っていた完全武装兵までが、鎧を鳴らすくらい震えている。

 俺が今まで一度も見た事のない、フリットの、いや、ローレンツ騎士の殺意。

 こんなものを向けられたら、犯罪者ギルドの猛者でも震えてしまうのだな。


「いや、すまないな、犯罪者ギルドの支部長殿。

 支部長殿の手を煩わせるなど、申し訳ない事だが、これも国王陛下から命じられた、とても、本当にとても大事な役目だからな。

 ここは私の顔に免じて許してもらいたい」


 激怒したローレンツ騎士が全く足音なく部屋に入っていった。

 中の男、多分支部長だろう男が、椅子に座ったまま迎えた。

 これは、とても穏便に終わりそうにない。


「いっ、いっ、え、こち、ら、こそ、じゅん、けんしかっかに、もうし」


 支部長は口が強張ってろくにしゃべれなくなっている。

 これは、立って迎えなかったのではなく、恐怖で立てなかったのではないか。

 恐れている、犯罪者ギルドの支部長が心底恐れている。

 賄賂を要求する並の巡検士だと思っていた相手が、竜だと理解したのだ。

 自分達がやろうとしていた威圧が、竜の逆鱗に触れたと理解したのだ。


「ああ、構わない、犯罪者ギルドのやり方は、ようく、ようく知っている。

 俺もそちらの流儀に合わせてやらせてもらうから、気にしないでくれ」


 無礼を働いた犯罪者ギルドにローレンツ騎士が激怒している。

 恐らくだが、支部長は座って待つことで、自分が辺境伯や巡検士よりも上だと思わせたかったのだ。

 部屋中に完全武装の配下を数多く集める事で、無言の脅迫をしよとしたのだろうが、それがフリットの逆鱗に触れたようだ。


 自分の事で怒ったのではなく、国王が任命した巡検士を下に見た事で、国王に対する不敬だと断じたのだろう。

 これは絶対の穏便に終わらない、間違いない。

 ローレンツ騎士自身の事なら、謝る事ができるかもしれない。

 だが今回は間接的とはいえ忠誠を誓った王を犯罪者ギルドの下に見たのだ。

 犯罪者ギルドが壊滅するかローレンツ騎士が死ぬまで終わらないだろう。


「さて、最初に国王陛下が自ら任じられた巡検士を、椅子に座って迎えた事に対する言い訳から聞かせてもらおうか」


 ローレンツ騎士の剥き出しの殺意に、支部長は死人のような顔色になった。

 椅子に座ったままでも分かる、筋骨隆々の巨躯が縮んでいく。

 ローレンツ騎士も大柄だが、それ以上の二メートルを超える身長だろう。

 単純な筋肉量なら、ローレンツ騎士の四倍はあるかもしれない。

 顔には幾つもの傷跡があるが、今はその歴戦の証が真っ青に変色している。


「あ、うっ、あ、あ」


 支部長はまったく口がきけなくなっている。

 このままだと、ローレンツ騎士が問答無用で不敬罪を適用してしまう。


「お待ちください、どうかお待ちください、巡検士閣下。

 支部長は腰を痛めて立てなかったのでございます」


 ギックリ腰になったとでもいうのか、酷過ぎる言い訳だな。


「腰を痛めていようが死にかけていようが、王家の巡検士に対して不敬を働く事は絶対に許されない。

 この場にいる者は俺が皆殺しにしてやる。

 犯罪者ギルドに対する罰は、今回の件を陛下に奏上して御裁可を仰ぐ」


「どうか、どうか、どうか御容赦願います。

 我々の処罰はしかたありませんが、ギルド全体に対する処罰はお許しください」


「黙れ、下郎、これ以上話すようなら俺が犯罪者ギルドを潰すぞ。

 全ての事は国王陛下が裁可される事で、ゴミ虫が口出しできる事ではない、黙っていろ、下郎」


「申し訳ございません、ですが、我らにも言い分がございます。

 それを聞きもせず断罪をするというのは、あまりにも酷いのではございませんか」


「黙れ、どのような言い訳があろうと、国王陛下に対する不敬は許されぬ」


「ですがその不敬をなしたのは支部長だけでございます。

 ギルドの命令で国王陛下に不敬を働いたわけではなく、支部長個人が国王陛下に対し奉り不敬を働いたのでございます。

 その事を正しく国王陛下にお伝え願いたいのです」


 俺達を案内した幹部は、支部長よりも度胸があるだけでなく、頭も切れる。

 支部長を素早く切り捨てる事で、組織を護ろうとしている。

 そうする事で、組織から評価され、次期支部長になれるかもしれない。

 そこまで計算していたのだとしたら、これまでの事は全てこの幹部が仕組んだ謀略と言う事もあり得るな。


「ふむ、確かに、我が勝手に戦争を始める訳にもいかない。

 事情はまともに口のきけるお前から聞かせてもらおう。

 だが、これで支部長一人に罪をかぶせられると思うなよ。

 支部長には王家に伝わる拷問をかけて、全てを自白させてやる。

 今回の件を裏で企んでいた者がいたら、そいつも必ず不敬罪で裁いてやるぞ」


 ローレンツ騎士もこの幹部が黒幕かもしれないと疑っているようだ。

 それにしても、ローレンツ騎士の本気の殺気はどれだけ恐ろしいのだ。

 ならず者としか言えない姿の支部長が未だに恐怖に震えて身動きできないでいる。

 何がどう転んでも死刑が確定しているのだから、一か八か戦おうとするのが普通なのに、完全に諦めてしまっている。

 姿形に似合わず本当の度胸がないのだろうが、それを見抜いていた奴がいたのか。


「分かっております、そのような者がいるとしたら、わたくしめが殺しております。

 組織に迷惑をかけるなど、絶対にあってはいけない事なのでございます」


「そうか、ではまずこのゴミをかたづけておこう」


「ギャアアアアア」


 身体強化していたからだろうか、俺にはローレンツ騎士の動きが見えた。

 恐ろしいほどの速度で支部長に近づき、雷のような速さで左右の正拳突きを見舞い、一撃ごとに支部長の関節を粉砕した。

 前回の女衒は拷問する前提があったので、ゆっくりと関節を逆に捻じった。

 だが今回は、後で拷問するので、一瞬で粉砕している。

 手の届きにくい脚の関節は、小さな蹴りで粉砕していた。


「「「「ヒィイイイイイ」」」」

「こわい、こわいよ、おかあさん」

「黙って、黙っていなさい」


 犯罪者ギルドに人質に取られないように、安全のために連れてきたルイーザ達だが、こんな恐ろしい情景を見せる事になってしまった。

 申し訳ない、本当に申し訳ない。

 子供達にトラウマを受け付けてしまったのではないだろうか。


「巡検士殿、これ以上無残な姿を我が使用人に見せないでくれたまえ。

 支部長は私が見張っているから、巡検士殿はその男と交渉してくれ」


「分かりました、フリードリッヒ辺境伯」


「では話をする者以外は出て行ってもらおう」


「お前達は出て行け、後は私がやる」


「「「「「ハッイィィィィィ」」」」」


 完全武装した連中はこれ幸いに部屋から出て行った。

 支部長の背後にある壁の扉からも、多くの完全武装兵が飛び出してきた。

 支部長の命令があれば、こいつらも俺達を襲ってきたのだろうな。

 連中がいなくなったら、もうローレンツ騎士の側にいる必要もない。

 ローレンツ騎士がフリットの時や、彼の弱味を握っている状態ならともかく、激怒状態の彼の側にいるのは、たまらなく恐ろしい。


「ルイーザ、ガブリエレ、二人を連れてこちらに来なさい」


 俺はルイーザとガブリエレに、動けなくなっている幼いユリアンとイルゼを連れてくるように命じた。

 本当なら俺が両腕に抱えて運ぶべきなのだが、俺は支部長を運ばなければいけないので、両手がふさがっているのだ。

 魔力を全身に満たして身体強化すれば、支部長のような巨体でも片手で運べるのだが、犯罪者ギルドやローレンツ騎士に実力を知られるわけにはいかない。


「「はい」」


 俺達は支部長が座っていたほうの壁際まで移動した。

 背後にある扉を開いて目視で確認したが、もう誰もいなかった。

 俺達を待ち受けていた部屋も五十畳近くあったが、この部屋も五十畳くらいある。

 だがこちらの部屋は非常用の食糧庫のようで、チーズやワイン、ウィンナーやハム、何かを入れた袋が大量に積まれている。


「まだこの部屋の安全は確認できていないから、入っちゃいけないよ」


 ざっと部屋の様子を見渡してから、扉を閉めてルイーザ達に声をかけた。

 ローレンツ騎士が支部長が座っていた方に座った。

 この世界にも上座と下座があるとは聞いていたが、この支部長は辺境伯と巡検士を単に座って迎えたのではなく、上座に座ったまま迎えたのか。

 ローレンツ騎士が激怒したのも当然だな。


「この部屋の安全を確かめるから、それまではここにいなさい」


 俺がそう言うと、ルイーザ達は震えて口がきけず、黙ったまま頷いた。

 目視でしか確認していない食糧庫も不安だが、それ以上にこの部屋が怖い。

 俺は急いで壁と床を確かめながら、ほんの少し強い力で蹴った。

 まだ見つけられていない隠し扉から急襲されるのも嫌だし、落とし穴も怖い。

 俺だけなら身体強化で何とかなるかもしれないが、ルイーザ達が心配だ。


(上盾、上盾、上盾、上盾)


 小声で新たに四つの魔術を常時起動させた。

 さっき常時起動させた上盾の防御魔術はそのまま俺の護りに使い、新たに常時起動させた上盾はルイーザ達を護るようにする。

 少々の魔力を惜しんで何の罪もない女子供を見殺しにする事になったら、俺は精神的に参ってしまうからな。


「今回の件でございますが、事の起こりは、フリードリッヒ辺境伯家のエリーザベト様が、我々に辺境伯城を売りたいと申し出られたのでございます」


 金髪クソ婆、兵糧どころか、城まで売っていたというのか。

 それも、犯罪者ギルド相手に売ったというのか。

 最低最悪の腐れ外道だとは思っていたが、まさか伝説の竜を抑えるための城まで売るとは思ってもいなかった。


 竜に対抗できるような城を、戦闘力のある犯罪者ギルドに売ってしまったら、最悪国内で大規模な反乱がおきる事も分からなかったのか。

 それとも、全て分かっていてやったというのか。

 あの身勝手な王は、殺したいのに殺せない苦しい気持ちになるだろうな。

 それだけは少々愉快だが、それ以上に今後の事が不安だ。

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