第14話:悪徳商人

 ローレンツ騎士がフリードリッヒ辺境伯家の領都を出て五日経った。

 その間俺は狩りに精を出し、城内外に草食獣を飼う施設を用意した。

 施設と言っても大した場所ではなく、元々放牧地や耕作地だった場所だ。

 辺境伯家の居城は領都の中にあるのだ。

 本来は城さえ守れればいいのではなく、領都も護るのが領主の責務だ。

 だから領都全体で籠城できるように、領都内にも食糧生産地があるのだ。


 領都から徐々に人がいなくなる事で荒廃してしまった、領都と呼ばれる城下町。

 耕作地も放牧地も馬場も雑草だらけになっているが、少し扉を修理すれば、イノシシやシカ、野ウサギ程度なら放牧飼育する事ができる。

 食用の牧草も、風魔術で背丈より高い雑草を刈れば十二分に確保できる。

 これからの事を考えて、予備の餌を確保したければ、城には嫌になるくらい空き部屋があるし、領都にも空き家がある。


「辺境伯閣下、そろそろ商人がやってくる時期です」


 犯罪者ギルドで軍師役幹部を務めていた、ユルゲンが話しかけてきた。

 

「お前の話では、かなりあくどい商売をする奴だったな」


「はい、我ら犯罪者ギルドが手に入れた盗品や略奪品を、王都の王侯貴族に売ったり、国外に持ち出して売っている奴です」


「かなり買い叩くのだったな」


「まあ、たしかに、あいつに売るのは、盗品や略奪品でも扱いに困るモノだけですから、本来の価格の一割程度に買い叩かれます。

 だから犯罪者ギルド独自で売れるものは、あいつに売ったりしません」


「今回は何を売る心算だったのだ」


「いえ、こちらから何かを売るのではなく、接収にやってくるのです」


「接収だと、何を接収すると言うのだ」


「フリードリッヒ辺境伯領でございます。

 エリーザベト様は城を我々にを売られましたが、領地はあいつに売られたのです。

 今回は我々と領都部分をどちらの所有にするかの話し合いに来るのです。

 エリーザベト様との契約書では、領都部分の帰属が曖昧でしたから」


 本当に金髪クソ婆は害悪以外の何物でもないな。

 ローレンツ騎士から聞いた常識では、無効になる契約だが、争いになるのは間違いのない、とんでもない詐欺契約だ。

 犯罪者ギルドも商人も、その事を理解して安く買い叩いたのだろう。

 ごねたり巡検士に賄賂を贈ったりすれば、購入価格以上の譲歩を手に入れられると思っていたと、軍師のユルゲンが話していた。


「だったらそれなりの兵力を連れてくるだろうな」


「はい、最悪の場合は我々と戦う事になります。

 我々との戦いを考えて、百以上の兵力を連れてくると思います。

 それを考えて、千の兵力を用意していたのですが、ご主人様に討ち破られました。

 ですが、ご主人様がおられるなら、何の心配もありません」


 ユルゲンがお追従のような事を口にするが、お世辞やゴマすりではない。

 必ず本当の事を言えと魅了魔術で呪縛しているから、間違いなく本心だ。

 普通ならうれしいはずの言葉だが、俺に簡単に負けてしまう程度の軍師の言葉は、信じる事もうれしく思う事もない。


「そうか、だが油断する事などできない。

 その兵力の中に、とんでもない魔術士がいるかもしれない。

 その商人自身が強力な魔術士かもしれない。

 最悪の状況を想定して、何が起こっても対応できるようにしておく」


 犯罪者ギルドですら貴族の子種を盗んでいたのだ。

 王侯貴族相手に商売をする大商人が、貴族の子種を買おうと考えるのは当然だ。


「御意」


 ★★★★★★


悪徳商人ゲルハルト・クレーマー視点


「ちっ、我々が来ると分かっていて領都の城門を閉めているのか。

 これはかなり強気に出てくるだろうな、どう思う、ヘルベルト」


「はい、ご主人様、犯罪者ギルド側に譲る気はないと思われます」


「我々の販路を失う覚悟で、領都を全て確保する気だと思うのか」


「千を超える兵力を集めていたという情報もあります。

 こちらが二百の護衛を集めている事も知っているのでしょう。

 それなのに、迎えの手下も置かず、城門も閉めたままです。

 完全拒否だと判断するしかありません」


「そうか、ヘルベルトもそう思うか」


「はい、残念ながら、方針が変わったようでございます」


 儂もヘルベルトと同じ考えで、何か事情が変わったのだ。

 事前に探った感じでは、完全に儂との関係を断つとは思えなかった。

 特別なルートが必要な、とびっきりの逸品は、儂を通さなければ販売できない。

 特に王家や大貴族所縁の商品は、下手に売れば王家や大貴族を敵に回す事になる。

 犯罪者ギルドも国外に販売網を持ってはいるが、儂ほど高価には売れないはずだ。

 

「犯罪者ギルドが新たな販路を開拓した可能性はあると思うか」


「絶対にないとは断言できませんが、露見する危険を考えれば、直ぐに安全で高価に売れる販路を開拓できるとは思えません。

 他の商人を利用するとしても、旦那様以上の販路を持つ者はおりません。

 今回フリードリッヒ辺境伯家の家紋がついたモノをある程度手に入れたと思われる犯罪者ギルドが、我々を切る理由が思いたりません。

 差し出がましいとは存じますが、ご注意ください」


 ヘルベルトの警告はもっともだ、儂の勘とも一致する。

 今回は何か予想外の事が起きている。

 それも、儂に危険が及ぶような重大な事が起きている。

 フリードリッヒ辺境伯領を購入する事がとても危険だとは最初から分かっていた。

 だが、流石にエリーザベト達が全員逮捕され恥辱刑が確定すると思ってもいなかったし、まして巡検士が恥辱刑に処せられるとは思ってもいなかった。


「領内全土の地主権だけにとどめておくべきだと思うか」


 腹心のヘルベルトと話す事で、自分の中の情報と感をすり合わせる。

 ヘルベルトもその事を理解しているから、忌憚のない意見を口にする。


「恐れながら、旦那様が領主になることは不可能でございます。

 エリーザベト様との契約書には領地を売るとありましたが、あくまでの地主権を購入しただけでございます。

 フリードリッヒ辺境伯家はもちろん、王家王国に咎められるゆわれはありません」


「ふむ、辺境にあっても、犯罪者ギルドが我々と同じ情報を手に入れているのなら、辺境伯家の居城は手に入らなくなると、ユルゲンなら考えると言いたいのか」


「はい、王家王国も、いくら何でも、辺境伯家の居城を犯罪者ギルドの手に委ねたりはしないと思われます。

 犯罪者ギルドとしては、領都の地主権くらいは確保しないと、面目が立ちません」


「ユルゲンはもちろん、支部長のホルガーも殺されてしまうと言いたいのだな」


「はい、王国南部辺境域を預かる十人衆であろうと、損害が多ければ本部も処分を決断するでしょう。

 十人衆のうちの二人が失脚する事で、利を得る者もいる事でしょうから」


「犯罪者ギルド内での権力闘争が起こっていると言いたいのだな」


「はい、二人が生き残るためになりふり構わなくなることは当然でございます。

 旦那様を殺して、辺境伯領全体の地主権を奪い取れれば逆転も可能でございます」


「辺境伯領の販売契約書は王都に置いてある。

 どこに隠しているかは、俺以外誰も知らないぞ」


「犯罪者ギルドの拷問を軽く考えるのは危険でございます。

 支部長のホルガーは魔術士だと言う情報もございます。

 それに、販売契約書だけが目的だとは思えません。

 クレーマー商会を乗っ取る事ができれば、旦那様が蓄えられた莫大な財と苦心して築かれた販売網を手に入れる事ができるのです。

 成功すれば、他の次期犯罪者ギルドマスター候補に差をつける事も可能です」


 ヘルベルトの警告は儂の心配と一致していた。

 確かに儂を支配下に置ければ、我がクレーマー商会を乗っ取ることができる。

 フリードリッヒ辺境伯家には傀儡の魔術があったはずだ。

 儂自身が操り人形にされる危険を冒すわけにはいかない。

 領都の半分を手に入れられると思っていたのは儂の間違いだった。

 間違いを犯したと判断すれば、即座に次の手を打たねばならん。


「ヘルベルト、儂は百五十の護衛を連れて王都に戻る。

 お前には五十の護衛と百の荷車を預ける。

 領都の一角でも手に入れられる機会があるのなら、果敢に交渉しろ。

 だが命の危険があると判断したら、領都はすっぱりと諦めろ。

 荷車の商品をできるだけ高値で売る事と、掘り出し物を手に入れる事だけを考えて、無事に戻ってこい、いいな」


「はい、殺されない程度に強く交渉してまいります」


 ★★★★★★

 

 ローレンツ騎士がフリードリッヒ辺境伯家の領都を出て九日経った。

 まだローレンツ騎士が戻ってくるとは思えないが、先に王都の派遣していたローレンツ騎士の従士が、何か情報を持ってくるかもしれなかった。

 だから、犯罪者ギルドの支部長だったホルガーと軍師役だったユルゲンを、交代で王都からの街道が通じている領都北門に派遣してあった。


 ちょうどユルゲンが見張りをしている時に、ユルゲンが警告していた商人の腹心が大量の荷車を率いてやってきたという。

 魔力を節約するために探知魔術は発動していなかったが、ユルゲンの献策通りにしたら、その通りになった。

 悪徳商人は領都の目前で引き返し、代理人が交渉にやってきた。

 この時点ですでに我々が勝利していたのだ。


「ヘルベルト、クレーマー商会は領都と辺境伯領の地主権を買ったと申すのだな」


「はい、一介の商人が貴族領を購入する事ができない事など、赤子にも分かる事でございますから、この売買契約書は最初から地主権の事を言っているのでございます。

 地主権の売買につきましては、ご領主様はもちろん、国王陛下の御裁可も必要ありませんので、大丈夫だと判断した次第にございます」


「そのような言い訳が通じると本気で思っているのか、ヘルベルト」


「言い訳ではございません、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 地主権や耕作権はこれまでも普通に販売されておりました」


「同じような事を言ったエリーザベト達が恥辱刑と決まった場所には私もいたのだ。

 国王陛下が、自分が不敬罪叛乱罪と断じた売買契約書を、今更地主権や耕作権の売買契約書だと認めると思っているのか。

 お前達は情報の収集が甘過ぎたのだ。

 お前達の言い分は絶対に認められず、不敬罪と叛乱罪に処せられる」


「我々はエリーザベト様に騙されたのでございます。

 閣下は騙された哀れな我々を処刑すると申されるのでございますか」


「私が処罰すると言っているのではないぞ、ヘルベルト。

 処罰されるのは王の面目を護らなければいけない国王陛下だ。

 私に文句を言ってもどうにもならないぞ」


「文句など、そのような恐れ多い事を口にするわけがございません。

 ただただ、フリードリッヒ辺境伯閣下のお慈悲にすがりたいだけでございます」


「そのような身勝手な願いを聞き届けられるはずがないだろう。

 私を長年苦しめ、父上の毒を盛り幽閉し、母上を殺したエリーザベトと通じて、長年の間多大な利益を得てきたクレーマー商会を、私が助ける訳がないだろう」


「フリードリッヒ辺境伯閣下、この通りでございます。

 旦那様を助けてくださるのなら、何でもさせていただきます。

 命を断てと申されるのでしたら、この場で死んでご覧に入れます。

 私に用意できる範囲の物でよろしければ、全て献上させていただきます。

 ですから、どうか、どうか国王陛下にお口添えお願いいたします」

 

「私が口添えしようと、不敬罪と叛乱罪が許されるわけがないだろう。

 そのまま断罪すれば、莫大な財貨を持っているというクレーマー商会を潰し、その全てを王家王国が接収する事ができるのだ。

 私の口添えなど無視されるだけだ、愚か者」


「では、旦那様を匿って頂けませんでしょうか。

 王家王国であろうと、伝説の竜と絆を結ばれるフリードリッヒ辺境伯閣下を処罰し、領内に攻め込む事だけはできないはずでございます。

 旦那様を匿ってくださるのでしたら、クレーマー商会の財貨の半分を献上させていただきますので、どうか御願い致します」


 参ったな、俺はこういう忠臣のお願いには弱いのだ。

 口では先代フリードリッヒ辺境伯ヘルムートと正夫人のバルバラが殺された無念を理由にしているが、実際には何の感情も持っていないのだ。


(俺に変わってくれるか、直太朗)


(ああ、いいぞ、アレクサンダー。

 アレクサンダーが悔いの残らないように交渉してくれ)


「ヘルベルト、ここまできて小汚い駆け引きをするお前の願いなど絶対に聞かぬ。

 クレーマー商会と言う事で、クレーマー家やゲルハルト個人の財産を残そうと考えているのだろう。

 ほとんどの財貨をクレーマー家やゲルハルト個人の物だと言う気なのだろう。

 このような詐術を使おうとする者を助ける必要などない。

 ホルガー、ヘルベルトは私を騙そうとした。

 伝説の竜と絆を結び、人類を護るフリードリッヒ辺境伯を騙そうとするなど許し難い大罪である。

 不敬罪を適用し、クレーマー商会、クレーマー家、ゲルハルト個人の財産を全て接収する。

 まずは領内に持ち込まれたすべての財貨を接収せよ」


「はっ」


「お待ちくださいませ、フリードリッヒ辺境伯閣下。

 そのような気持ちは一切ございませんでした。

 最初からクレーマー商会、クレーマー家、ゲルハルト個人の財産を半分献上させていただく心算でございました。

 この場で死んでその証とさせていただきます」


「愚か者が、そのような詐術に惑わされる私ではないわ。

 ヘルベルトを死ねないように確保して、牢に放り込んでおけ」

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