第15話:狂気

「お前達には二つの道がある。

 一つは不敬と叛乱に加わった者として恥辱刑に処せられる道。

 もう一つはフリードリッヒ辺境伯の使者として、王家王国にクレーマー商会とゲルハルトの不敬と叛乱を報告し、クレーマー商会とゲルハルトの財貨を接収する道。

 どちらを選ぶもお前達の自由だが、今直ぐ決断しろ」


 アレクサンダーがクレーマー商会の護衛に厳しく言い放った。

 俺だったらとてもこんな強気な交渉はできない。

 身体に潜んでいたアレクサンダーが密かに後押してくれていたから、この世界に来てから妙に強気な言動をできていたのだ。

 今だから分かるが、俺本来の性格だったらとてもあのような言動はできなかった。


「「「「「行きます」」」」」

「「「「「王都に行きます」」」」」


 魔術士ホルガーに叩きのめされた護衛だけでなく、御者と奴隷達も一斉に答えた。

 彼らは魔術士ホルガーから、アレクサンダーの方がはるかに強く、犯罪者ギルドの精鋭千人以上が片手で皆殺しにされたと聞いているのだ。

 逆らう気力など全くないだろう、俺が彼らの立場でも唯々諾々と従っていた。


「そうか、だったら一人一人に役割を与える」


 アレクサンダーとは色々と話し合っていた。

 どのような方針でどんな策を取れば、俺とアレクサンダーが共に望む結果を得られるかを、何度も話し合い決めた事だった。

 護衛五十人、御者百人、奴隷百人を五人十人二十人の部隊に分けた。

 最低でも五人一組にして互いに協力させるとともに見張らせもした。


 御者には荷車と輓馬を管理させたが、特に輓馬の世話を重点的に行わせた。

 辺境伯の居城内にある放牧場と耕作地を優先利用させて、輓馬の繁殖もさせた。

 奴隷にはその輓馬の餌を確保する事と、俺がすでに確保していた家畜の餌の確保もさせ、更には家畜の世話をさせる事にした。

 百五十人もの男手が手に入ったので、城内の掃除はもちろん、城内を活用する事も一気に進んだ。


 護衛達には言葉通り、王家への使者の役目を与えた。

 だが十組もいるので、それぞれ別の役割を与え最終的に王都に向かわせた。

 ある組にはシュレーダー子爵家への使者の役目を与えた。

 別の組は冒険者ギルドに支部を開設依頼書を届ける使者とした。

 ある組はシュレーダー子爵領にある商店に開設依頼書を届ける使者とした。


 十組に百通の手紙を預けて、途中で襲撃を受けても届けられる体制を取った。

 途中で立ち寄った貴族家に預けるように指示した手紙もある。

 王家のやり方に腹を立てているこの地方の貴族の中には、俺に協力してくれる者もいると思ったからだ。

 少なくともシュレーダー子爵は協力してくれると思う。


 多くの貴族が協力してくれた状況で、王家はクレーマー商会とゲルハルトの財産を独り占めするだろうか。

 そんな事をすれば、既に地に落ちている王の評価は挽回不能なところ、地下深くにまで落ち込む事になるだろう。

 これからの国家運営を考えれば、犯罪者ギルドが莫大だと言うほどの財貨を俺に渡すと思うのだが、どうだろうか。


(俺も同じ事を考えていたのだが、莫大な財貨の一部を貴族に配ればどうだろうか。

 半分でも配れば、忠誠心を取り戻せるのではないか)


 表にでてくれているアレクサンダーが俺に話しかけてきた。

 護衛達に色々と命じながら、不安に圧し潰されそうな俺にも配慮してくれる。

 アレクサンダーに甘え過ぎている気もするが、ここはもう一度じっくりと話し合った方がいいのだろうな。


(そうか、そう言う方法もあるな。

 この世界の忠誠心は日本の武士とは違うのだ。

 とても即物的で、利益を与えてくれる者に味方するのが常識だ。

 王家が莫大な富を分け与えたら、俺への同情よりは利を優先するだろうな)


(父上と母上の恨みを晴らしたい俺でも、フリードリッヒ辺境伯家が恨まれている事は認めている。

 今は王家に対する恨みの方が大きいが、莫大な利を与えられたら、考え方を変えて、王家よりもフリードリッヒ辺境伯家に原因があると言いだすかもしれない)


 俺はアレクサンダーと再び相談を重ねて、クレーマー商会とゲルハルトの財産を手に入れられない前提で動く事にした。

 王家との駆け引き交渉は予定通り行うが、冒険者ギルドと商人の誘致に力を注ぎ、独自に財産を稼ぐ方法を確保する事にした。


 王家がクレーマー商会を潰すなら、その商業ルートは宙に浮く事になる。

 犯罪者ギルドがそのルートを確保しようと動くのは間違いない。

 だが、そう簡単に莫大な富を得られる裏商業ルートを諦める気はない。

 こちらにはクレーマー商会の番頭だったヘルベルトがいる。

 犯罪者ギルドの幹部だったホルガーとユルゲンもいるのだ。


★★★★★★


 護衛五十人を王都方面に送ってから五日経って、王家からの巡検士がやってきた。

 俺とアレクサンダーはローレンツ騎士が来ると思っていたのだが、予想外に別の貴族、フランク宮中男爵と言うのがやってきた。


「フランク宮中男爵はローレンツ騎士と並ぶ国王の腹心です」


 軍師役のユルゲンが教えてくれた。


「ローレンツ騎士とは違って表の役割が多い方でございます。

 王家に仕える騎士家の三男にお生まれになられ、魔力があるのにもかかわらず、貴族家の養子縁組をお断わりになられ、冒険者の世界に飛び込み大成功された方です。

 魔術と槍術や剣術を組み合わせた常勝無敗の冒険者戦士で、当代の国王陛下に取立てられ、実家とは別に宮中男爵家を立てられた立志伝中の方でございます」


 魅了魔術で味方にしたクレーマー商会の番頭、ヘルベルトも教えてくれた。

 悪人を見逃すのは本意ではないのだが、生き残るためには仕方がない。

 完全に安心できる状況になったら、犯した罪は償ってもらう。

 被害者がいる以上、役に立ったからと言って無罪放免にはできない。

 そんな事をすれば、真っ当に生きてきた被害者を踏みにじる事になる。

 それではフリードリッヒ辺境伯家が真っ当な人達に恨まれ続ける事になる。


 正直なところ、俺にはフリードリッヒ辺境伯家に対する思い入れなどない。

 だが俺のもう一つの魂、アレクサンダーは違う。

 フリードリッヒ辺境伯家の事をとても大切に思っているのだ。

 彼の想いを踏みにじるわけにはいかないのだ。

 だから、能力は低くても領民を優先し、有能であろうと悪人には厳罰をくだす。

 善良な人々が安心して暮らせる領地にするのだ。


「フリードリッヒ辺境伯、国王陛下から手紙を持ってきました」


 フランク宮中男爵は、威風堂々という表現がピッタリの偉丈夫だった。

 ユルゲンとヘルベルトの情報では、四十台前半だと言うが、三十前後にしか見えない若々しく雄々しい体躯をしている。

 今直ぐにでも、俺の首を跳ね飛ばしかねない迫力がある。

 だが、俺だって無防備でそんな戦士を迎えたわけではない。


 表にでるのは戦いも辞さない勇敢なアレクサンダーに任せてある。

 護衛として背後を護らせているのは、魅了で味方に加えた実戦経験豊富な元犯罪者ギルドの支部長で魔術士のホルガーだ。

 それに俺も何時でも魔術を発動できるようにしている。

 万が一アレクサンダーが何かに意識を取られても、俺はフランク宮中男爵から絶対に目を離さない。


「手紙の内容に間違いはないのだな、フランク宮中男爵」


 俺はフランク宮中男爵に集中していたので、手紙を読んでいない。

 どうせろくな事が書かれていないのは想像できていた。

 俺達の望むような内容なら、ローレンツ騎士が送られてきたはずだ。

 フランク宮中男爵が送られてきた時点で、俺達の要望は入れられないと言う事だ。


「犯罪者ギルドの叛乱罪は認定するが、捕虜も討伐した者も賞金を出さないのだな」


「国王陛下の手紙に書かれている通りです」


「この手紙の内容を考えれば、同じ叛乱罪を適用したクレーマー商会とゲルハルトの財産を我が家が接収するという宣言も、無視するのだな」


「国王陛下の手紙に書かれている通りです。

 クレーマー商会の件はこの手紙が書かれた後で報告された事です。

 ご領地に来るまでに話しは聞かせていただきましたが、国王陛下がどのように判断され御裁可をされるかは、臣には分かりません。

 次の手紙が届くまでお待ちください」


「分かった、私と辺境伯家を王がどう評価しているのかよく分かった。

 ご使者ご苦労、もう帰ってくれて構わんよ」


「私も部下も早馬で駆けに駆けてご領地まで来させていただいたのです。

 領都で休ませていただきたいのですか」


「このような手紙を持参した者を領都で休ませる気はない。

 例え廃墟同然の無人の領都であろうとな」


「それは、王家にケンカを売っていると思われる待遇ですが、よろしいのですか」


「先に何度もケンカを売ってきたのは王であろう。

 私にも我慢の限界というものがあるのだ、いい加減この世界にも王にも我慢の限界がきていたのだが、この手紙で限界を超えた。

 売られたケンカは買ってやる、何時でも攻め込んでこい」


「それは、フリードリッヒ辺境伯は王家王国に宣戦布告をされるという事ですね」


「それは、さっき卿が申した見解の相違だろう。

 私はこの手紙を宣戦布告と受け取って、それに応じると言っているのだ」


 うっわ、アレクサンダーがブチ切れているよ。

 ほとんど俺自身だから分かる、損得関係なしの本気の激怒だ。

 今まで生きて来てたった二度だけあった見境のない激怒だ。


「いえ、国王陛下の手紙には宣戦布告にかんして、ギャッフ」


 アレクサンダーは、フランク宮中男爵の奇襲に備えて身体中に流していた魔力を使って、今まで使ったことがないほどの身体強化を行っていた。

 その圧倒的な身体強化した能力を活用して、フランク宮中男爵の口を殴り潰した。

 もうこれ以上、愚にもつかない、宮中の言葉遊びを聞くのが嫌になったのだろう。

 元々が平凡極まりない庶民育ちの俺達だ。

 貴族達が行う言葉遊びのような駆け引きなど反吐が出る。


「私がお前の身体に残す傷が、王からの手紙に対する御礼だよ」


 フランク宮中男爵の唇と歯茎を肉片に変え、前歯を飛び散らせたアレクサンダーが吐き捨てながら次の一撃を放つ。

 俺と趣味趣向が似ているので、以前俺が女衒にやったように、手足の全関節を絶対に元に戻らないように粉砕する。


「もうお前のような腐れ外道の小汚い言葉は聞きたくないし、王に噓偽りを伝えられても困るからな」


 アレクサンダーはそう言いながらフランク宮中男爵の舌を引き出し、親指と人差し指で挟んでプチプチと圧し潰す。

 唇も前歯も舌も無くなれば、ろくに口もきけないだろう。

 それにしても、よくこれほど怒らせたものだ。


 俺にとっては大して腹の立つ事ではなかったが、フリードリッヒ辺境伯家に関する事の中に逆鱗にふれるものがあるのだろう。

 恐らくは父親や母親に関する事だとは思うが、確証はない。

 同じ身体に住み分ける者として、言葉には気をつけなければいけないな。


「うっ、がっ、あ、あ、あ」


 半死半生になっても何とか話そうとするフランク宮中男爵は根性がある。

 流石、王の腹心と言われるだけの事はある。

 だが、今回に関しては悪手だ、気絶していた方がよかった。

 見境なく激怒したアレクサンダーに話しかけてしまったら、火に油を注ぐのと同じで、やり過ぎてしまうのだから。


「うっ、ぐっぐっ、ギャッ、ギャ、」

ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン


 良識や思いやりを忘れてしまったアレクサンダーは酷かった。

 フランク宮中男爵の顔を下にして、足を持って引きずったのだ。

 それも、城中から領都の城門まで引きずって歩こうとしたのだ。

 

(アレクサンダー、殺したら意味がないぞ、分かっているか。

 王はもちろん、王都の貴族や近隣の王侯貴族も脅かすには、死体じゃだめだぞ。

 二目と見れないくらいに、ぶちのめした姿で生かして返す方がいいぞ。

 このまま引きずっていったら死ぬぞ、分かっているな)


(……だったら、どうしろと言うのだ、直太朗)


(半死半生の、見るも無残な姿になったフランク宮中男爵を、王都までの全ての貴族家に見せつけて、フリードリッヒ辺境伯家の怒りを伝えるのさ。

 この顔を見たら、どれほどフリードリッヒ辺境伯家が怒っているのか、全ての貴族が理解するだろう)


(分かった、だが、殺さないのなら、こんな汚いモノを持つのはもう嫌だ)


(ホルガーに持たせればいいさ)


 アレクサンダーは俺の言葉を聞いてくれた。

 ホルガーに半死半生のフランク宮中男爵を運ばせた。

 フランク宮中男爵の配下が待つ北の領都門へ。

 アレクサンダーも一緒にそこまで行った。

 もちろん同じ身体を共有する俺も一緒だった。


「聞け、兵士共。

 王家はフリードリッヒ辺境伯家にケンカを売ってきた。

 人としての誇りにかけて絶対に許せない事を繰り返し押し付けてきた。

 代々に渡り伝説の竜を抑えこの世界を護ってきたフリードリッヒ辺境伯家にだ。

 私は五十八年生きて来て、これほどの屈辱を感じた事はない。

 それでも何とか二度は耐えた、が、三度目はもう許せない。

 だから、売られたケンカは買わせてもらう事にした。

 その証拠として、王家の走狗となって私を侮辱した豚に罰を与えた」


 アレクサンダーはそう言うと、半死半生のフランク宮中男爵を吊るし上げた。

 高い領都の北門の上に立つアレクサンダーは、領都の外で待機していたフランク宮中男爵の配下にはよく見えた事だろう。

 口周りを粉砕された後に、骨が見えるほど顔面を削られた無残な姿を。

 肉だけではなく、目まで引きずり出された顔を。


「だがこいつだけでは、王は自分の卑劣を隠蔽してフリードリッヒ辺境伯家に罪を擦り付けるだろう。

 だから、隠蔽できないように多くの証拠を残す事にした。

 お前達にも同じ顔になってもらう」


 この後の数時間は、俺にとっても生き地獄だった。

 アレクサンダーの激怒の中に自分の狂気を見た。

 怒りで我を忘れた俺は、これほどの事をやってしまうのかと怖くなった。

 絶対に毎日発散してストレスを溜めないようにしようと思った。

 それと、できるだけ早くアレクサンダーに新しい身体を渡すと誓った。

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