第19話:伝説の竜

 アレクサンダーと話し合った翌日、領都の民を全員集合させた。

 彼らを前にして、伝説の竜と絆を結びに行くと宣言した。

 日本にいた頃なら、成功するかどうか分からない挑戦を口外したりはしない。

 だがこの世界で、日本にいた頃の自分のやり方を押し通すわけにはいかない。

 特に今のような状況に陥っていては、家臣領民への説明は必須だった。


「よく聞け、皆の者。

 王の嫌がらせは遂に塩を止めると言う暴挙にまで及んだ。

 塩は領民全員を三年養うだけの備蓄がある。

 だが王が悪意ある噂を流せば、いくら塩があっても奪い合いが始まってしまう。

 だからと言って領外にお前達を逃がしてやっても、あの王の事だ、よくて奴隷落ち、悪くすればその場で殺される事になるだろう。

 だから私は伝説の竜と絆を結ぶことにした。

 一月懸かるか二月懸かるか分からないが、必ず竜と絆を結んで帰ってくる。

 だからそれまでは、王の流す悪い噂に惑わされることなく、代官の言う通りにしてろ、分かったな」


 事前に時間がかかる事を言っておく事で、俺がいない事に対する不安を極力減らすようにしたが、王の仕掛ける噂次第では暴動が起きてしまうだろう。

 だから代官役はとても信望のある人間でなければいけない。

 俺の知る範囲では、そんな人間はマイアー商会のフロリアンしかいない。。

 元犯罪者ギルドのホルガーとユルゲン、悪徳商人の番頭だったヘルベルトは、いくら魅了魔術で支配下に置いているからと言っても、信用できない。


 それに、魅了魔術を解除できるような魔術士が現れたらホルガー、ユルゲン、フロリアンはもちろん、護衛も御者も元奴隷も一斉に裏切るかもしれない。

 魅了魔術で取り敢えずの戦力と労働力を確保した弊害だ。

 ルイーザ母子には無理だし、シュレーダー子爵のひも付きにも任せられない。

 だから代官役は城内の人間ではなく城外の人間を使うしかない。


 フロリアンなら心から信用できるし、彼には頼れる友人知人が多い。

 悪人には手助けしてくれる人間がいないが、フロリアンには数多くいるのだ。

 ギュンター家やケーニッヒクラン以外にも、総人数五十から百のクランが五つもフロリアンの伝手で辺境伯領に来てくれている。

 五人前後の冒険者パーティーだと数十は来てくれている。

 彼らが積極的に戦ってくれたら、少々の敵なら撃退できる。


「後は任せたぞ」


「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」


 領都と領地の事はフロリアンに任せたが、居城は割り切ってヘルベルトに任せた。

 大切なルイーザ達とシュレーダー子爵から借りている侍女と従僕は、絶対に護らなければいけない。

 人の命に差をつけてはいけないが、やはり関係の深い人間を大切にしてしまう。

 領都をフロリアンに任せたら、城内に魔術士を入り込ませないと信じて、魅了した護衛五十人と御者百人、元奴隷百人に俺が大切だと思う人を護らせた。


 大魔境に入るにあたって、俺は魔力を節約する事を止めた。

 俺が知る魔術を全て常時起動させて、探知力と防御力を最大にした。

 攻撃魔術も待機状態にして、何時でも反撃できるようにした。

 伝説の竜に絆を結んでくれと強訴するのだ。

 無礼者と咎められ、全力のブレスを放たれる覚悟をしなければいけない。

 そんな思いを持って大魔境の奥深くに進んだ。


「わっはっはっはっ、何を悲壮な覚悟をしているのだ。

 我が盟友の子孫を邪険にするわけがなかろう。

 性根の腐った奴なら、無視して放置するが、お前のような責任感のある人間なら、喜んで絆を結んでやろうではないか。

 何なら居城にまで行って領民に姿を見せてやってもよいぞ」


 寝そべった状態で五十メート以上あると思われる、とてつもなく巨大な竜が見えて来たかと思うと、いきなり話しかけてきた。

 予想していたよりもはるかにフランクな性格なようで、とても驚いた。

 絆を結ぶだけでなく、統治に協力するために居城まで来てくれると言う。

 そうしてもらえたら、後方を心配する事なく王家と戦う事ができる。


「随分と親切にしてくれるが、それだけ初代の子孫を大切にしてくれるのなら、何故父上と母上を助けてくれなかったんだ」


 アレクサンダーが伝説の竜のフランクな態度にいきなり詰問しだした。

 両親の不幸を考えれば、自分に親切に接するくらいなら、両親を助けろよと考えただろうアレクサンダーの怒りと不信は当然だが、ここで言わないで欲しかった。


「お前の疑問はもっともだが、我は人間同士の争いには不介入と決めている。

 特に盟友の子孫同士の争いには介入しない。

 人間の正義は我にはよくわからんから、利用される恐れがあるからな。

 それに一方を好きだからと言って、嫌いな方を殺すような事もできない」


「分かった、その事で文句を言うのは理不尽だったな。

 だが、父上と母上を殺された俺は、お前を好きにはなれない。

 俺は引っ込むから、もう一人の俺に後は任せる」


(おい、こら、俺に任されても困る、俺はフリードリッヒ辺境伯家の人間じゃない)


「ほう、面白い事になっているな、一つの身体に二つの魂が宿っているのか。

 だが、お前からは盟友の気配を感じない。我が話をしてやる義理はないぞ」

 

「それは分かっていますが、アレクサンダーに頼まれたので、話しだけでの聞いてもらえませんかね」


「しかたないな、アレクサンダーは随分と怒っていたが、どういう事なのだ」


 俺はアレクサンダーの事情を伝説の竜に話した。

 特に両親を襲った不幸について、竜が手助けしてくれていたら両親が助かったかもしれないと思ってしまう、アレクサンダーの心情を説明した。


「話を聞いても我の立場は変わらないが、アレクサンダーの言い分は分かった。

 直太朗と同じ身体を使っている理由もな。

 そう言う事情があるのなら、直太朗が代理人だと言うのを認めよう。

 それで、我にどうして欲しいと言うのだ」


★★★★★★


 俺は伝説の竜と腹を割って話し合った。

 俺が大切に思う事とアレクサンダーが大切に思う事を伝えた。

 特にアレクサンダーの特殊な生い立ちに関しては何度も話した。

 その上で、居城に来て領民の信頼を得たいと伝えた。

 伝説の竜は快く引き受けてくれた。


 伝説の竜と共に居城に飛んで戻った時、領民はパニックを起こしかけた。

 全長二百メートルの竜が襲ってきたらパニックを起こして当然だろう。

 だが俺が直ぐに竜の頭の上に立って竜と絆を結んだと話したら、喝采を浴びた。

 とても恥ずかしいのだが、アレクサンダーと大声で連呼された。

 まだなじみのない名前なのでよかった。

 直太朗と連呼されていたら、恥ずかし過ぎてアレクサンダーを演じられなかった。


「伝説の竜と絆を結ぶことに成功した、だから何も心配する事はない。

 王が塩を止めたら、王都を滅ぼして塩田鉱を接収する。

 王国内の誰にも塩は渡さず、我が家で独占する」


「「「「「ウッオオオオオ」」」」」

「「「「「アレクサンダー、アレクサンダー、アレクサンダー」」」」」


 領民の不安を払拭するために、多くの事を話して聞かせた。

 だが何か口にするたびにアレクサンダーを連呼されてしまった。

 伝説の竜はそれを面白そうに聞いていた。

 思っていたのと違って、結構人間に興味があるようだった。

 領民を慰撫した後で、大魔境に戻って伝説の竜と再度話し合った。


「それで、アレクサンダーは何を望んでいると思う」


 竜はアレクサンダーの事をとても気にしていた。

 直系の男系がアレクサンダーしか残っていないからかと思ったのだが、違った。


「そんな事を気にしているわけではない。

 そもそもお前の身体は盟友の血を全く受け継いでいない。

 我が気にしているのは、魂の形だ。

 盟友の魂を受け継いでいるかどうかが大切なのだ」


「なるほど、魂も遺伝するのだな」


「ああ、 そしてアレクサンダーとお前の魂は、その身体の中で一緒に成長した。

 だから魄の方は我が盟友や両親の影響がなく、お前と一緒になった。

 この世界で分裂した事で、アレクサンダーの魂が魄に影響を与え始めた。

 それがほんの少しだけ性格を違わせてきているのだ」


「本当にほんの少しだけか、度胸や決断力はだいぶ違うような気がするが」


「それはアレクサンダーが努力しているからだ。

 この世界の両親や祖先に恥ずかしくない生き方をしようと無理をしているのだ」


「そうか、俺は自分ができない事をアレクサンダーに押し付けていたのだな。

 これからは嫌な事でも努力してやっていく事にする。

 まずは王都に乗り込んで王と決着をつけないといけないな」


「我が味方になってやったのだ、無理する必要などない。

 自分でやりたくない事は、全部我に任せるがいい」


「そう言ってくれるのはうれしいが、男として人としてやるべき事があるからな」


「そうか、だが我がやってやるのはアレクサンダーが本当に望んでいる事だ。

 お前がやるべき事ではないぞ、勘違いするな」


「そうか、そうだな、俺の事ではダメなのだな」


「ああ、お前を手助けしてやる気はない、アレクサンダーを手伝うだけだ。

 もう一度聞く、アレクサンダーが本当に望んでいる事はなんだ」


「フリードリッヒ辺境伯として責任を全うする事だな。

 領民を護る事、領民が怯えて暮らす事のない平和な領地にする事。

 領民が飢える事のない豊かな領地にする事だな」


「平和な領地にするというのは、我がいれば達成されている。

 我と互角に戦えるのは同じ古代種の竜だけだ。

 人間ごとき幾千万攻め込んできてもブレス一撃で滅ぼしてくれる。

 後は飢えないように食料を狩ってやればいいのか。

 海まで行って毎日クジラを狩って来てやれば、遊んで暮らせるぞ」


「いや、それはダメだ、そんな事をしたら領民が自堕落になってしまう。

 人としての誇りを失い、誰かに依存して生きる寄生虫になってしまう。

 自分一人で生きて行けない弱い人間ならともかく、五体満足の人間ならば、自分の食い扶持くらい自分で稼がないといけない」


「それが、アレクサンダーの願いで間違いないのだな」


「ああ、一緒に育ったから断言できる、あいつも人間の好き嫌いが激しい。

 寄生虫のような人間をフリードリッヒ辺境伯家の領民とは認めないだろう。

 弱い立場の者に手を差し伸べる優しさはあるが、下劣に人間が大嫌いだ」


「ふむ、それでは我はまた大魔境で寝て暮らすしかないのか、つまらん」


「いや、やってもらいたいことは、とてもたくさんあるぞ。

 口では勇ましい事を言っていても、アレクサンダーも本当は平和主義だ。

 直接ケンカを売って来られなければ、自分からケンカを始めたりしない。

 自分の方が明らかに強いのに、弱い者いじめするような性格でもない。

 今更王を殺したいとは思っていないはずだ。

 だが塩だけはどうしても必要なのだ。

 クジラを獲って来てくれとは言わないが、塩は取って来て欲しい」


「塩か、岩塩鉱を根こそぎ奪って来いと言うのか。

 それでは弱い者いじめをしないと言った言葉と矛盾するぞ」


「岩塩鉱になんて興味はない、海だ、海に行って塩を取って来てくれ」


「ふむ、それは、海水を運んで来いと言うのではなく、海水から塩を作って、その塩を運んで来いと言う事か」


「ああ、海水なんて持ってきてしまったら、塩害で作物が育たなくなる。

 伝説の竜の力なら、今この国にある岩塩鉱など足元にも及ばない、莫大な量の塩を作り出すことができるだろう」


「ああ、それくらい簡単な事だ」


「適当な場所に地下深い大穴をあけて、耕作地に悪影響が及ばないように塩を蓄える事も簡単なのではないか」


「大地を手加減したブレスで溶かして頑丈な岩盤を創り出し、塩分が他に流れ出さない大穴にする事はできるぞ」


「塩を創り出す時に、巨大な結晶にして、溶け難くできるか」


「注文の多い奴だな、まあいい、それくらい簡単な事だ。

 だがそんな巨大な保管場所を作らなくても、欲しくなったら取って来てやるぞ」


「次のフリードリッヒ辺境伯がアレクサンダーのような人間とは限らないからな。

 伝説の竜が無視するような子孫が続いた時の為の保険だよ」


「しかたないな、暇して寝て過すよりは何か目的がある方が楽しいから、願い通り塩を作り保管用の大穴を創ってやる、感謝しろ」


「心から感謝します、伝説の竜様。

 今から話すのはアレクサンダーの望みではなく、お願いなのですが、お聞き届け願えますでしょうか」


「お前の願いは聞かないと言ったはずだが、もう忘れたか」


「私の願いではなく、アレクサンダーと私のお願いなのです」


「アレクサンダーの望みではなく、アレクサンダーとお前のお願いというのは、何がどう違うのだ」


「先ほども申し上げましたが、アレクサンダーの望みというのは、伝説の竜様の盟友である初代フリードリッヒ辺境伯の誇りを守るためのモノです。

 アレクサンダーと私のお願いというのは、私利私欲なのです」


「ほう、我に私利私欲をお願いしようと言うのか、いい度胸をしているな。

 その度胸に免じて、叶えてやるかどうかは別にして、話しだけは聞いてやる」


「実は、アレクサンダーと私は、海産物の豊かな異世界の国に住んでいました。

 正直な話し、この世界この国の食事には満足できていないのです。

 美味しい海産物が食べたいと言う、とても強い欲望があるのです」


「……美味しい魚が食べたいから、我に魚を獲ってこいというのか」


「はい、できましたら、先ほど言われていたクジラもお願いします。

 私の住んでいた世界では、クジラを狩ることを禁じる法律があって、法の網の目をぬって狩ったクジラがとても高くなり、庶民のアレクサンダーと私ではとても食べられなかったのです」


「……わっはっはっはっ、さっきあれほど偉そうに、民が堕落しないように余計な狩りはするなと言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに、自分が美味しいモノを食べたいとおねだりするか、笑えるわ」


「人間、本音と建前がありますから。

 それに、聞き届けてもらえないかもしれないと思いながらのお願いですから」


「くっくっくっくっ、まあ、よかろう。

 アレクサンダーは異世界に強制転移させられ、また無理矢理召喚されたのだ。

 食べたいものくらいは獲ってやる、我は思いやりの深い竜だからな」


 ひと通りの事が終わったら、王を脅かしに王都に行こう。

 竜を王都に連れて行って独立を宣言すれば、誰も文句は言えないだろう。

 圧倒的な戦力は他国を攻めるための力ではなく、自分達を護る力だ。

 王に好き勝手やられて、領地の富を収奪されるような事はもう嫌だ。

 それと、一族の教育に関しても考えないといけない。

 そもそもはエリーザベトのような人間を育てた事と、好き勝手やらせた事が原因なのだから。


「さあ、クジラを獲ると決めたのなら今直ぐいくぞ、ついてこい」

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