第6話:口論

「よくぞ我が領に立ち寄ってくださいました、心から歓迎させていただきます」


 フリードリッヒ辺境伯領の手前の領地、シュレーダー子爵領の街道にある宿場町にたどり着いた時、シュレーダー子爵本人が待ち受けていた。

 今までの貴族領や士族領では見て見ぬ振りをしてくれていたのに、シュレーダー子爵は当主自らが待ち受けていたのだ。

 どのような策謀を巡らしているのか心配だ。


「表立った訪問だとご領地に負担がかかるので、内密に通過させていただきますとご連絡させていただいていたはずですが、どういうお心算ですかな」


 フリットは辺境伯城の兵糧が心配なのだろう。

 いつもよりも言葉遣いが悪い気がするが、いいのだろうか。

 能力はともかく、フリットは士族の騎士でしかない。

 子爵家の当主に乱暴な言葉遣いをして、後々問題にならないのだろうか。

 もしかしたら、役目中の巡検士は貴族扱いなのかもしれない。


「なあに、保険ですよ、保険。

 ずっと賄賂を要求する巡検士が続いていましたからな。

 露骨に賄賂を要求しないだけで、本当は証拠にならないように賄賂が欲しい。

 与えられなければ、有る事ない事王家に報告する。

 そんな恐れがありましたから、念のために確認に来させていただいたのです」


「シュレーダー子爵、その言いようは国王陛下に対して不敬ではないか」


「これは申し訳ございませんな、巡検士殿。

 英明な国王陛下とは言え、家臣の隅々までは目が届かないと思ったのですよ。

 なんと言っても、五十四年も巡検士に賄賂を要求され続けましたからな」


「……」


 ぐうの音もないというのはこの事なのだろうな。

 今回の件に関しては、全面的にシュレーダー子爵の方が正しい。

 伝説の竜への対応のためとはいえ、五十四年も不正を見逃してきたのだ。

 辺境伯家には無理無体を言われるだけでなく、失政の尻拭いをさせられている状況で、王家の派遣した巡検士に賄賂を要求され続けたのだ。

 国王に対する信望や忠誠心など地に落ちていて当然だ。


「貴男が新しいフリードリッヒ辺境伯か。

 お忍びと言う事なので、こちらから話しかけるような無礼をさせていただいたが、お怒りになられたかな」


「いえ、いえ、全く何とも思っていませんよ、シュレーダー子爵。

 私はエリーザベト達の謀略で異世界送られていたのを、また呼び戻されたのです。

 だからこの世界の礼儀は全く分からないのですよ。

 だから、できれば、私の無礼は見逃していただきたい」


「そうでしたか、あのエリーザベト達の犠牲者でしたか。

 でしたら、さぞこの世界を恨んでおられるでしょうな」


 さて、どう返事をしたものだろうか。

 シュレーダー子爵のスタンスは、表向きは王家を恨んでいると言っているが、本心なのかどうか分からない

 恨みではなく、俺を傀儡にしてこの世界の覇権を手に入れたいと思っているのか。

 それとも、この世界を護るためなら俺を殺す覚悟でいるのか。

 子爵の本性が、正か邪か判断ができない以上、無難に答えておくべきだな。


「この世界の事はまだよく分かりませんから、恨むも恨まないもないですね。

 恨むとすればエリーザベト達と国王ですかね。

 なにも分からない俺に、伝説の竜と対峙して絆を結べと言うのですよ。

 それは俺から見たら、死ねというのに等しいですよ。

 しかも国王は、エリーザベト達の犯した罪を理由に、フリードリッヒ辺境伯家に財産を全て奪ってしまったのですよ。

 疑えば、フリードリッヒ辺境伯家の財産を奪い、この地方の貴族達の力を削ぐために、今日までエリーザベト達の悪事を見て見ぬ振りしていたと考えられます」


「それは違いますぞ、フリードリッヒ辺境伯。

 国王陛下はそのような邪な事をされる方ではない」


「ローレンツ騎士、人間の評価は口にしている事で決まるわけではない。

 そんな事で人間の評価が決まったら、詐欺師が大聖人になってしまう。

 人間の価値は、言っている事と実際にやった事を比べて決まるのだ。

 少なくとも、俺に言われた事と与えられた境遇を考えれば、王は糞だな」


「フリードリッヒ辺境伯、それはいくら何でも言い過ぎだ。

 取り消してもらおうか」


 フリットが本気で怒ったようで、目が座っている。

 しかも剣に手をやっているから、返答次第では俺を斬る心算だろう。

 と言う事は、フリットは国王から俺を斬る許可をもらっているという事だな。

 正直怖いし、ここは誤魔化した方がいいようだ。


「くっくっくっくっ、これが証拠だよ、シュレーダー子爵。

 国王とその最側近は、この程度の人間なのだ。

 家臣領民を大切に思うのなら、真剣に身の振り方を考えた方がいい」


「残念ながらそのようですな。

 このような愚か者をフリードリッヒ辺境伯の側につけるなど、嘆かわしい事です」


 シュレーダー子爵がフリットの怒りの矛先を引き受けてくれた。

 俺に恩を売る心算なのか、それとも本気でそう思っているのか、どっちだろう。


「シュレーダー子爵、私をバカにするのは構わないが、国王陛下をバカにしているのなら、今この場で斬る」


「今まだ伝説の竜が大人しくしているのは、フリードリッヒ辺境伯が生きているからで、もし死んだら竜が暴れ出すという想像もできない危機感ない人間を崇めろと。

 本気でそう要求しているのなら、私も本気で戦わせてもらうぞ。

 いや、私だけではないぞ、ローレンツ騎士。

 この地方の貴族全てが、王家に恨みを抱いている事を分かっているのか。

 今までは前フリードリッヒ辺境伯をエリーザベトを抱えていたから、仕方なく我慢していたのだ。

 当代のフリードリッヒ辺境伯が旗頭になってくださるのなら、今まで散々苦しめてくれた王家に従う必要などないのだよ」


 ああ、ああ、ああ、やっぱり王家の信望は地に落ちているな。

 俺の話しを聞いて、俺が王家に従わないと確信したのだろうな。

 それなら王家に仕えるよりは、俺に仕えた方がいいと決断したようだ。

 確かに、五十四年間も悪政に苦しめられたら、忠誠心などなくなるわ。

 まして日本の武士道ではなく、西洋の利益優先の主従関係のようだからな。


「……王家と貴族家の主従関係については、王家騎士の私からは何とも言えない。

 ただ、私の前任者である巡検士に、長年に渡って苦しめられたことに関しては、心より詫びさせていただく。

 必ず国王陛下に報告させていただくので、それまで待っていただけないだろうか」


「あまりにも身勝手な言い分ですな、ローレンツ騎士。

 五十四年にも渡る恨み辛みが、一介の騎士の言葉で消えるとお思いか。

 その程度の騎士をまた巡検士に任命するような国王陛下に、何が期待できる。

 まして目の前で、家臣領民を皆殺しにしかねない暴挙を見たのだ。

 この地を護る領主として、国王陛下に頼らない最善を尽くすのが当然だとは思われませんかな、国王陛下の腹心殿」


 うっわ、思いっきりの嫌味だわ。

 国王が無能で、腹心のフリットは国王に輪をかけた無能だと断じている。

 いや、それだけでなく、人の心が分からない無情な人間だとも断じている。

 それどころか、大陸中の民を殺すような事をしかねない者に、領地を治める資格などないとまで断じているのだ。


「今の、今の言動は愚かな私の独断で、陛下はまったく無関係だ。

 陛下こそ民のことを心から案じておられる名君だ」


「ふん、嘘をつくな、嘘を。

 卿の独断で、フリードリッヒ辺境伯を殺せるわけがないだろう。

 何かあれば殺してもいいと国王陛下が命じていたからこそ、殺そうとしたのだ。

 私を卿と同程度の人間だと思わないでくれるかね。

 私は決して賢明ない人間ではないが、卿ほど愚かで身勝手ではないのだ」


「くっ」


 フリットはぐうの音も出ないようだな。

 俺としては、国王がボロクソに言われるのは気分がいいのだが、少々暴走する愚か者でも、忠誠心のあるフリットは嫌いになれないのだよな。

 それに、俺を旗頭にしようとしているシュレーダー子爵も信用しきれない。

 この辺で手打ちにしておいた方がいいだろう。


「シュレーダー子爵、率直に申し上げて、初めて会った貴殿を信じきれない。

 国王は信じられないが、フリットとは辺境伯領から王都まで旅をした事がある。

 色々と不手際があったり、愚かな点があったりする事を今知ったが、それでも、その全てが王家への忠誠心からだと思えば、苦笑するしかない。

 ここはこれ以上責めずに、無視でいいのではないか」


「無視ですか、フリードリッヒ辺境伯」


「ええ、王家がどれくらい善処するのか見極めるまでは、無視でいいと思いますよ」


「私の策も、フリードリッヒ辺境伯がいてくれて初めて成り立つモノです。

 フリードリッヒ辺境伯の気持ちを無視して強要するほど身勝手でも愚かでもない。

 ただ、さきほど申されたように、フリードリッヒ辺境伯と私には親密さが足りませんから、城にご招待させていただきたいのですが、いかがですかな」


 まだ王の身勝手さと愚かさを非難しているよ。

 同時に俺と仲良くなりたいと言っているが、幽閉する気なのだろうか。

 それとも、ハニートラップで子種を手に入れようとしているのか。

 俺の子種はこの世界では特別価値があるようだ。

 まるで伝説の種馬、サンデーサイレンス扱いだな。


「シュレーダー子爵のお誘いはうれしいが、俺にも少しは責任感がある。

 先ほど言ったように、王には恨み辛みがあるが、民にはない。

 とりあえず辺境伯領に行って、竜と絆を結べそうか確かめてみる。

 俺は異世界と往復したイレギュラーだから、普通の後継者とは違うと思う。

 無理そうだったら、適当な女性との間に子供を作るようにする。

 何人か子供を作ったら、竜と絆を結べる子が生まれるかもしれない」


 さて、俺の誘いに乗ってくるか、シュレーダー子爵。


「ほう、この世界の民のためにそこまで決断してくださっておられるか」


「ああ、王家はハニートラップを仕掛けて俺の子種を盗もうとしたが、恨みのある人間に自分の子供を預けるほど俺は無情ではないのだ。

 自分の子供の母親は、自分の目で確かめて選びたい」


「それならば私に思い当たる貴族令嬢がいるのだが、紹介させてもらっていいかな」


「ああ、構わないが、紹介されても必ず妻に迎えるとは限らないぞ。

 俺は人間の好き嫌いが激しんだ」


「ほう、女性の好き嫌いが激しいのではなく、人間の好き嫌いが激しいのですか」


「ああ、俺の世界の基準で美人が好きだが、美人でも性格の悪い女は嫌だな」


「ほう、でしたら、是非ともフリードリッヒ辺境伯の世界の美人基準を教えていただきたいですな」


「口で言うのは難しいから、無礼講の立食会で沢山の女性と会いたいですね」


「それならば今から準備をしておいた方がいいですな。

 何処かの誰かのせいで、この地方一帯の治安が極端に悪くなっています。

 どの貴族家でも、令嬢を居城から外に出すのは危険ですからな」


「私も辺境伯領に行ってみなければ、どれくらいでシュレーダー子爵の居城をお訪ねできるか分かりませんので、あまり急がれないでください」


「いや、いや、貴族にとって妻を娶るのはとても大切な事なのですよ。

 多少無駄になっても、先に準備しておくことが大切です。

 それに、多くの妻妾を迎えられる男性はともかく、一人の男性に嫁ぐ貴族令嬢は、よりよい伴侶を求めて必死なのですよ。

 令嬢をお持ちの貴族家には、早めに連絡してあげるべきなのです」


 もういい加減こんな会話を終わらせて、思いっきり肉に喰らいつきたい。

 貴族の腹の探り合いなんて、俺にはできないんだよ。

 打ちのめされたフリットは役立たずになっているし、俺にどうしろという。


「残念ながら、そういう意味では、私は令嬢を養っていけませんよ。

 領地にあった辺境伯家の財産は、全てエリーザベト達が持ち出しています。

 領民も全て逃げ出してしまっていて、今後税を得る事もできません。

 エリーザベト達が持ち出した財産も、全て王家が没収してしまいました。

 まともな生活もさせられない人間に、貴族令嬢を妻に迎える資格はないですよ」


「その事でしたら、国王陛下が必ずお返ししてくれます」


「だまらっしゃい、ローレンツ騎士。

 本来なら最初からフリードリッヒ辺境伯に渡すべき財産を奪っておいて、伝説の竜と絆を結ぶことを条件に返還するなどと言う、恥知らずの言葉を誰が信じる。

 少なくともこの地方の貴族は、誰一人信じぬわ。

 恥知らずの卑怯者の走狗に口を開く資格などない」


「くっ」


 追い込まれてしまったからだろうが、魔術や剣術を教えてくれている時のフリットとは全く別人だな。

 自分が正義だと思えないと、本領を発揮できない性格なのだろうか。

 それとも、騎士家の人間とは思えない能力には、何か制約があるのかもしれない。

 それを知る事ができたら、フリットを恐れる必要はなくなるな。


「礼儀知らずに邪魔されてしまいましたが、改めて話させていただきます。

 我が家には他家に伝えられていない特別な魔術があるのですよ。

 その魔術を伝授させて頂ければ、フリードリッヒ辺境伯家は必ず復興します。

 ただ、貴族同士の関係は相互利益を大切にするものです。

 何の見返りもなく家伝の秘術をお教えする事はできませんが、どうなされますか」


「どのような効果の魔術か分からないうちは、簡単に約束できません。

 魔術を隠しながら、効果だけを見せていただけませんか。

 その効果が十分復興の手助けになると分かれば、シュレーダー子爵の縁者から妻を迎えさせていただきましょう。

 ただし、私基準の美人をお願いしますよ。

 私の好みなら、爵位や魔力の有無にはこだわりませんから」


「……分かりました、早速披露させていただきましょう」

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