第5話:相談役
怒りに我を忘れて、またやってしまった。
昔から身勝手な事をする人間が大嫌いだった。
少々損をする事になっても、自分が正しいと思う事を貫いてきた。
だが、同時に、とても小心なので、暴力に対しての恐れは強かった。
まかり間違っても、国王に逆らうような根性はなかったはずなのだ。
この世界に来てから、徐々に性格が変わってきているのかな。
「よう、随分と小気味のいい啖呵を切ったな、辺境伯閣下」
完全武装の騎士が、顔を護る面頬をあげて話しかけてきた。
俺には鎧に刻み込んだ家紋の違いなど分からないから、顔を見せてくれなければ、この騎士が御者のフリットだと分からなかったかもしれない。
「おうよ、命懸けで見栄を張ってやったよ」
さて、フリットは俺を殺しに来たのかな。
だとしたら、急いで逃げなければいけないのだが、無理だな。
フリットからは、金髪クソ婆達の手下とは比較にならない殺気を感じる。
素人の俺にも分かるほどの恐ろしい気配を感じるのだ。
いや、フリットだけではなく、配下の従士達からも強烈な気配を感じる。
「あの場であんな啖呵を切れるとは思ってもいなかったよ。
これでも人を見る眼がある心算だったんだが、見損ねてしまっていたよ」
「あれは俺も意外だったのだよな。
あんな事を言う度胸なんてないはずなんだ。
もしかしたら、あんな事を言えたのも、竜の加護かもしれないな。
それで、何か用でもあるのか。
単に話をしに来たというわけではないんだろう」
「ああ、面倒な御役目を与えられてしまったよ。
この世界の事をよく知らない、辺境伯閣下の相談役を命じられてしまった」
相談役と言うよりは、監視役なのだろうな。
それも、王家に都合が悪いと判断したら、殺す事も含まれる監視役だな。
本当なら今直ぐこの場で殺したいのだろうが、伝説の竜を確実に抑えられる、フリードリッヒ辺境伯家の血縁者がいないのだろう。
「俺は別に相談役なんていらないのだが、何をしてくれるんだ」
「率直に言えば、辺境伯領にたどり着くまでの間、街道沿いの貴族家や士族家にたかるための大義名分だな」
「貴族や士族にたかるだと、なんだそれは」
「閣下のフリードリッヒ辺境伯家は、全ての財産を没収されました。
今の閣下は一枚の銅貨もないのではありませんか。
それではとてもではありませんが、辺境伯領までたどり着けません。
だから私が巡検士となって、閣下と共に辺境伯領に行くのです。
巡検士の滞在費用は、現地の貴族士族が支払う事になっておりますので」
フリットが言葉遣いを変えてきやがった。
フリットにはフランクな御者モードと王家の騎士モードがあるようだ。
さて、どうしたものだろうな。
さっき試した事が成功したから、無一文ではないのだが、俺が金になるモノを創り出せるのを知られるのは不味いよな。
「金のないのは事実だが、それが国王陛下のやり方なんだろう。
だったらそれに従うしかないさ。
フリットの事を信用しない訳ではないが、直接国王陛下に言われた事が優先だ。
金がないのなら、飲まず食わずで、辺境伯領まで歩けばいいさ。
それで俺が野垂れ死にして、この大陸が滅ぶとしても、それが王の決断さ」
「いえ、それは違いますぞ、辺境伯閣下。
国王陛下に国を護るために譲れない体面と言うモノがあるのでございます。
あの場では、ああいうしかなかった陛下の苦渋をご理解いただきたい」
「それで、俺の誇りを踏みつけにしたのか。
その踏みつけにした俺に、この大陸を救えと言うのかい。
それこそ身勝手極まりない、金髪クソ婆達の同類だろう。
それでよく金髪クソ婆達を処罰できたものだな。
俺は王の施しを受けるくらいなら野垂れ死にを選ぶ。
どうしても俺を思い通りにしたいのなら、金髪クソ婆達と同じように傀儡魔術を使えばいい。
それを伝説の竜がどう思うか賭ければいいさ、ご立派な騎士様」
「「「「「おのれ」」」」」
怖い、怖い、怖い、怖い。
フリットの従士達が殺気を振りまいている。
俺にこんな命がけの罵り合いができる度胸があったなんて、初めて知った。
いや、この世界に来てから徐々に度胸がついてきているようだ。
それとも、魔力を使えるようになったので、調子に乗っているのか。
「止めろ、国王陛下の苦渋を台無しにする気か」
「「「「「申し訳ありません」」」」」
フリットはよほど家臣に畏れられているのだな。
俺を斬りかかりかねない雰囲気だった従士達が、直立不動で畏まっている。
「閣下のお怒りと憤りはもっともでございます。
国王陛下もとても申し訳ないと申されておられました。
成功した時の報酬は、改めて話し合わせていただくとして、とりあえずご領地まで送らせていただけませんでしょうか。
伏してお願い申し上げます、この通りでございます」
「「「「「フェリックス様」」」」」
従士達がとても驚いている。
この国の礼儀作法など全く分からないが、普通なら絶対にやらない礼なのだろう。
さて、どうしたモノだろうな。
このまま突っ張ったら、この場で殺される可能性もあるよな。
自分の能力が未知数である以上、時間稼ぎは必要だよな。
「王や王家の施しは絶対に受けないが、フリットと旅をするのなら考えてもいい。
ただし、条件がある」
「王も王家も閣下に施しをする心算ではないのですが、この世界に無理矢理連れて来られてからの事を考えれば、かたくなになるのもしかたありませんね。
フリットとの旅と言う事は、平民として自由な旅をしたいという事ですか。
それは構わないのですが、条件と言うのはなんでしょうか。
条件によってはお受けできない可能性もありますが」
「魔術ですよ、魔術を教えてもらいたいのです。
騎士の誇りにかけて、知っている魔術を全て伝授していただきたい」
「私はただの騎士にすぎませんよ。
魔術を使えるのは貴族だけだとお伝えしたはずですか」
「ええ、確かに、士族家に生まれた魔術士は、貴族家に引き取られると聞いたよ。
だったら騎士に誇りにかけて、魔術を知らないから教えられないと誓ってくれれば、それで終わりだ。
フリットの言動がこの世界の騎士の程度を表すだけさ。
俺の世界にいた名誉ある騎士と、この世界にいる性根の腐った騎士の違いが知りたいだけだからね」
「分かりました、辺境伯閣下。
ローレンツ騎士家の、いえ、この世界の全ての騎士の名誉にかけて、私の知る全ての魔術をお教えすると誓わせていただきます」
★★★★★★
俺の予想していた通り、フリットは魔術が使えた。
あの国王が信頼して辺境伯領に送るくらいだから、王国でも最優秀な騎士だと想像していたのだが、想像していた以上に優秀だった。
フリットは木火土金水の五大魔術全てが使えた。
これで貴族家に引き抜かれないのだから、王家にとても優遇されているのだろう。
「フリットの魔力量は、普通ならどれくらいの爵位に相当するのだ」
「そうだな、魔力量自体は男爵の上の方か、あるいは子爵の下の方だろうな」
「使える魔術のバリエーションから言えば、どの爵位相当なのだ」
「そうだな、侯爵の上の方か、公爵の下の方だな」
「一対一で戦うのなら、どのくらいの爵位に相当する」
「純粋な魔力量と魔術のバリエーションから言えば、伯爵くらいなら勝てるだろう。
ただ、普通の貴族家当主は実戦慣れしていないから、乱戦で一対一になったとしたら、公爵家の当主でも勝てると思う」
今のフリットの言葉は俺に対する警告なのだろうか。
どれほど魔力があろうと、付け焼刃では勝てないと言っているのか。
それとも、純粋な情報として言っているのか。
どちらにしても、できるだけ沢山の魔術を覚える事だ。
術のバリエーションが多ければ多いほど強いのは、俺にだってわかる。
問題は上手く組み合わせて間断なく使えるかどうかだ。
「だったら、その魔術と実戦経験を伝授してもらおうか」
「おい、おい、おい、実戦経験など訓練で得られるモノか。
それができるのなら、俺が侯爵や公爵に勝てると大口叩かんよ。
それよりも、まだ食う心算かよ、喰い過ぎだぞ」
俺は日本の大食いチャンピオンが裸足で逃げだすくらいの大食いをしている。
実戦経験が豊富で見聞も広いフリットが呆れるくらいの大食いをしている。
だが、どれだけ驚かれようとも、大食いを止める訳にはいかない。
食べた分だけ魔力が沢山蓄えられるのだ。
今も周囲の魔素を集めているが、食べた物を魔素に変える方が効率がいい。
普通なら食べられる量に限界があるが、俺のように消化吸収系に魔力を循環する事ができたら、一瞬で食べた物を消化吸収して魔力に変えられる。
更に普通の人間なら、どれだけ魔力を創り出しても自分の限界量以上には蓄えられないが、俺なら亜空間化したチャクラに無尽蔵に蓄えられる。
膨大な魔力があれば、実戦経験豊富なフリットから逃げられるかもしれない。
「元が取りたいのなら、賄賂でももらえばいいだろう」
「俺をバカにしているのか、ザーシャ」
今日までの行程で俺の愛称を呼ぶくらいは気安くなっているが、言い過ぎたか。
「食事や宿泊費を現地の貴族家や士族家に持たせること自体がたかりだろうが。
王家が家臣にたかる態勢を取っているのだから、少々の贈り物の何処が悪い。
巡検士とフリードリッヒ辺境伯家の当主を城でもてなすよりは、ずっと安上がりですんでいるのだから、その分の費用くらい上手く徴収しろや」
「まあ、確かに、内々と言う事で歓待を辞退しているから、相当安く済んではいる。
もし休憩や宿泊ごとに家格に相応しい歓待を要求していたら、貴族家も士族家も家計が大変な事になっていただろうな」
「だったら、平民用の宿賃や食費くらい賄賂ではないだろう。
さっさと従士を派遣して費用を負担してもらえ。
俺としては、身も知らない貴族士族の損失よりも、フリットの財布が軽くなる事の方が心配だからな」
「分かった、費用の負担がなくなるなら好きに喰ってくれていいぞ。
だが、異世界人と言うのは全員こんなに喰うのか」
「それは違うぞ、俺の元居た世界の人間も、この世界の人間と同じくらいだ。
ただ俺は二度も異世界を渡り歩いたせいか、無性に腹がすくのだ。
もしかしたら、転移直後に金髪クソ婆達にろくに喰わしてもらえなかった分、身体の作りが異常をきたしているのかもしれないな」
「それは心配だな、他に何か異常を感じていないか」
フリットが本気で心配しているが、当然だろうな。
俺の体質があまりにも変わってしまっていたら、大事になる。
俺が伝説の竜と対峙しても、絆を結べない可能性がでてくる。
そんな事になったら、この国はもちろん、大陸が滅ぶかもしれない。
途轍もない失政をした国王に対して、大陸中の国が攻め込んで来るかもしれない。
「いや、食欲だけだな。
今回はフリットが代金を払ってくれているが、領地についたらそうも言っていられないから、竜と絆を結ぶ前に何か金儲けを考えなければいけないな」
「おい、おい、おい、まだ駆け引きするのかよ。
ちゃんと魔術を教えているんだから、到着したら直ぐに大魔境に行ってくれ。
現地に着いた後の食料はちゃんと準備するからよ」
「だったら小麦も羊も山羊も豚も大量に買っておいた方がいいぞ」
「ほう、なんでそんなに買わなけりゃいけないんだ。
辺境伯家についたら、籠城の用の備蓄が山ほどあるだろう」
「おい、おい、おい、実戦が豊富だと自慢する割に、なにも分かっていないな。
あの強欲な金髪クソ婆達がこの国から逃げ出すつもりで領地を離れたんだぞ。
前の巡検士は賄賂をもらって嘘の報告をしていたのだぞ。
それが領地の政や辺境伯に対する仕打ちだけですむわけがないだろう。
辺境伯の城には、麦一粒も残っちゃいないぞ」
俺の言葉を聞いたフリットは顔色を変えていた。
実戦経験が豊富という割には、考えも甘いし表情を繕う事もできていない。
「おい、直ぐに王家に伝令に行け。
辺境伯城に兵糧が全くない可能性があるとな」
「はっ」
フリッツの命令を聞いた従士が、慌てて宿の食堂を出て行った。
ここからだと四日四晩不眠不休で王都まで駆けるのだろうか。
流石に少しは仮眠を取らないと持たないだろうから、五日五晩かかるかな。
国王の慌てる姿が思い浮かんで、ちょっと気分がいい。
「ザーシャ、辺境伯領まで急いで行きたいのだが、いいか」
「行きたかったら一人で行ってくれ、フリット。
道中で魔術を教えるという約束で同行したんだ。
その約束を反故にするような急ぐ旅に、同行しなければいけない義務はない」
「いいのか、俺が一緒でなければ、こんな風に大食いできなくなるぞ」
「構わないさ、途中で空腹になって野垂れ死にするなら、それが俺の運命だ」
「くっ、分かった、約束は守ろう」
「おい、辺境伯城を偵察してこい。
特に兵糧がちゃんと備蓄されているのか確認するんだ」
「はっ」
またフリットの配下が少なくなったか。
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