第4話:謁見

「国王陛下、ご入場」


 式部官なのだろうか、大声で国王陛下が入ってくると会場中の人間に知らせる。

 先に入って待っていた俺たちに気合を入れるためでもあるのだろうか。

 俺は小心者なので、震えないようにするだけで精一杯だ。

 こんな事なら金髪クソ婆の言いなりになる傀儡の方が楽だったろう。

 だが、楽だからと言って人に操られるわけにはいかない。


「待たせたな、楽にするがよい」


「「「「「はっ」」」」」


 楽にするがいいと言われても、楽にできるはずがない。

 金髪クソ婆達は、操り人形にしたと思い込んでいる俺に、王城での行儀作法を付け焼刃で叩き込もうとしたようだが、意識があるから失敗の連続だった。

 金髪クソ婆達はその度に罵り声をあげていたが、俺にケガさせる訳にもいかないようで、殴られることなく徹夜で繰り返し教え込まれたが、緊張で教えられた事を全部忘れてしまいそうだ。


「そなたが、次期フリードリッヒ辺境伯アレクサンダーか」


「恐れながら国王陛下、アレクサンダーは生まれ持って口がきけないのです。

 返事は不肖ながらわたくしめが答えさせていただきます」


 金髪クソ婆がしゃしゃり出てきやがった。

 俺を操り人形にしたのはいいが、その影響でまともに話せないはずだからな。


「ひかえろ、エリーザベト。

 余はアレクサンダーと話しておるのだ、邪魔すれば不敬罪で斬る」


 ガシャガシャガシャ。


 国王がそう言うと、会場を警備していた完全武装の騎士達が一斉に動いた。

 金髪クソ婆達、フリードリッヒ辺境伯一族全員が騎士に剣を突き付けられている。

 国王は最初からフリードリッヒ辺境伯一族を処罰する心算だったんだ。

 やはりフリットが密偵だったのかもしれない。

 いや、フリットだけでなく、他にも多くの密偵が入り込んでいたのだろうな。


「何をなされるのでございますか、国王陛下。

 何の罪もない、長年忠誠を尽くしてきた我々にこのような仕打ちをするなんて。

 いくら国王陛下でも許される事ではありません。

 多くの貴族の方々が、王家のやりように不信の目を向けられますよ」


「その心配はいらぬよ、エリーザベト。

 全ての貴族家当主が、一族の裏切りと叛乱を心から恐れている。

 お前達がこれまでやっていた事を知れば、お前達全員に極刑を下す事に、諸手を挙げて賛成してくれる、余計な心配だ」


「なにを、何を言っておられるのですか。

 私達は王家にも弟にも忠誠を尽くしてきました」


「黙れ、痴れ者が。

 当主である弟に毒を盛って廃人としたうえで、辺境伯夫人のお腹の中にいる子に転移魔術をかけて異世界に送り、辺境伯夫人を自害に追い込んだ。

 全てを、お前の手下達が自白しておるわ。

 余の目を節穴とでも思っていたのなら、バカにするでない。

 余だけではなく、他国も、国内貴族も、フリードリッヒ辺境伯家には密偵を送り込んで、万が一にも竜が暴れ出さないように注視していたのだ」


「知りません、私はなにも知りません。

 それは、それは誰か、そう、誰かの罠です。

 他国の謀略、そうです、他国の謀略なのです」


「そのような妄言、今度口にしたらこの場で舌を引き抜くぞ」


「ヒィイイイイイ」


 怖い、国王陛下の殺意は傍観者と聞いているだけの俺まで震えるほどだ。

 当事者の金髪クソ婆達が小便をちびるのもしかたがないな。

 俺も根性なしだが、金髪クソ婆達は俺以上の根性なしだな。

 今まで他人に暴力で従わされたことが一度もないのだろうな。

 脱糞までしなければいいのだが、もう漏らしているかもしれないな。


「余が気付いた時には、もう手遅れであったから、今日まで放置していたのだ。

 下手に手を出せば、ヘルムートが殺され、アレクサンダーの居場所が分からなくなってしまうからな。

 お前達のようなクズに、伝説の竜と対峙する覚悟などないと分かっていた。

 仮死状態にしたヘルムートを極力長生きさせて、寿命が来ればアレクサンダーをこの世界に戻すと分かっていたのだ。

 だから今日まで我慢に我慢を重ねていただけだ」


 なるほど、伝説の竜を大人しくさせるためには、辺境伯家の当主が竜と対峙して、実力を認めさせないといけないのか。

 だが、薬と魔術で操り人形とした俺が、竜に認められると思っていたのか。

 そうだとしたら、金髪クソ婆達はとんでもない大バカだが、違うだろうな。


「お前達がアレクサンダーの辺境伯位継承の後で、他国に逃げようとしていた事は分かっていた。

 だが大陸のどの国であろうと、伝説の竜は恐ろしいのだ。

 フリードリッヒ辺境伯家の血筋を受け入れようとする国などない、愚か者が」


「……殺せ、こうなれば国王だろうと関係ない、殺してしまえ」


 金髪クソ婆がとんでもない事を口にしやがった。

 やけくそになって暴発するのは俺だけじゃなかったのだな。

 さっきまでガタガタと震えていたのに、今じゃ完全に眼が座ってやがる。


「黒竜獄炎波」

「青竜嵐水派」

「緑竜樹嵐舞」

「金竜嵐光波」

「何故だ、何故魔術が発動しない」


「愚か者が、魔術が使える貴族と謁見するのに、防御をしない訳がないだろう。

 両手両足を叩き折って、逃げられないようにして塔に閉じ込めておけ」


「「「「「はっ」」」」」


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 俺の目の前で、あれほど偉そうにしていた金髪クソ婆達が叩きのめされている。

 国王陛下が言った通り、一切の容赦なく、両手両足が叩き折られていく。

 絶叫をあげる肥え太った貴族を、完全武装の騎士が叩きのめしていく。

 その凄惨な姿を見て、思わず小便をちびりそうになってしまった。

 この会場から逃げ出したいが、操り人形のフリをしているからできない。

 このまま操り人形を演じていた方が絶対に安全だからな。


「今日までフリードリッヒ辺境伯家の不正を見逃していた巡検士を入れよ」


 両手を完全武装の騎士にガッチリと確保された肥え太った男が入ってきた。


「陛下、わたくしは何も知らなかったのでございます。

 だまされて、そう、騙されていたのでございます。

 愚かなわたくしめをどうかお許しください。

 慈悲を、慈悲をおかけください、国王陛下」


 入って来るなり、問われもしないのに、言い訳を並べ立てている。

 両手を完全武装の騎士に確保されていなければ、間違いなく土下座していた。

 いや、この世界で一番屈辱的な詫びの姿をしていただろう。

 だが、完全武装の騎士が詫びる事を許さない。

 これは国王陛下が詫びを認めないという証なのかもしれない。


「バウアー騎士ダーヴィット、お前がフリードリッヒ辺境伯家のエリーザベト達から賄賂をもらって、嘘の報告をしていた事は明らかだ。

 フリードリッヒ辺境伯家は、伝説の竜を抑え、国の存立を、いや、大陸の命運を握る途轍もなく重大な家である。

 その家の不正を見逃す事は、大陸を滅ぼす陰謀を企んだのと同じ事だ。

 どれほど詫びようと、許される事など絶対にない。

 ダーヴィット、お前だけではないぞ、妻も、子供達も、兄弟姉妹も、一族に連なる者すべてが、国家転覆罪で恥辱刑となる。

 一族の怨嗟の声を聞いて、最後に恥辱刑を受けるがいい。

 この者が絶対に自害できないようにして、地下牢に閉じ込めておけ」


「「「「「はっ」」」」」


 うっわ、とんでもない陰惨な事になっちまったよ。

 ここまで激怒している国王陛下が、俺の事を見逃してくれるだろうか。

 俺は被害者なのだから、見逃してくれると思うのだけど。

 さっきの会話を思い出せば、俺の父親や母親の事は同情してくれていたと思う。

 俺の事も同情してくれていたよな、見逃してくれるよな。


「さて、フリードリッヒ辺境伯、これでじっくりと卿と話す事ができるな」


 無視、無視、無視、無視。

 俺は操り人形で何も分からないし、何もできない。

 俺を動かせるのは主人になった金髪クソ婆だけなのだ。

 だから早く諦めてくれ、国王陛下。


「アレクサンダー様、もうあきらめてくださいよ。

 貴男様なら、傀儡魔術を防いでいるはずですよ。

 フリードリッヒ辺境伯家の次期当主には、竜の護りが効いているはずですから」


 完全武装の騎士の一人から、フリットの声が聞こえてきた。

 やはりフリットは王家の密偵だったのだな。

 だが、竜の護りとはなんなのだ。

 日本にいる時も、この世界に来てからも、竜に護られた覚えなんて全くない。

 俺を護ってくれたのは、日本にいた時のアニメとラノベの情報だけだ。


「フリードリッヒ辺境伯、操り人形のままでいたければいればいい。

 余も卿の事には同情する事が多々ある。

 だが、余にはこの国を守っていかなければいけない責任がある。

 例え胎児の内に異世界に送られ、訳も分からずに無理矢理この世界に戻された卿であろうと、伝説の竜と絆を結んでもらう事は絶対だ。

 このまま操り人形として無理矢理大魔境に送られる方がいいのか、それとも正体を現して事前に情報を仕入れてから大魔境に行くのか、今直ぐに決めてもらう」


 しかたがない、もう操り人形の真似はできないな。


「俺ではなく金髪クソ婆を大魔境に送るわけにはいかないのですか。

 あいつらにもフリードリッヒ辺境伯家の血が流れているのでしょう」


「やはりエリーザベトの魔術をはねのけていたか、流石だな。

 金髪クソ婆とはエリーザベトの事か、的確に言い表しておるな」


「全ての元凶はあの女と一族達でしょうが。

 被害者の俺にやらせるのではなく、あいつらにやらせればいいでしょう」


「あの者達は傍流で血が薄いのだ。

 そのような者にこの国の、いや、大陸中の人々の命を懸ける訳にはいかん。

 一国の国王として、最善の策を取らなければならん。

 例えそれが被害者を鞭打つ事であろうとな」


「それは、何が何でも俺を大魔境に送り込んで、竜と絆を結ばせるという事ですか」


「そうだ、エリーザベト達は見せしめに恥辱刑を与えなければならない。

 フリードリッヒ辺境伯家の財産も、全て没収しなければならない。

 そうしなければ国としての体裁が整わないからな」


「俺が失敗した時には、傍流でも、フリードリッヒ辺境伯家の血が必要なのではありませんか」


「今回の悪事に関係がない、フリードリッヒ辺境伯家の血を受け継ぐ者もいる。

 あのような性根の腐った者が、伝説の竜と絆を結んでしまったら、それこそ大陸は地獄絵図になってしまうだろう」


「そうですか、だったらいっそ俺にハーレムを与えてはどうですか。

 一生懸命に子作りさせていただきますよ」


「余もその事は考えたが、時間がないのだよ、フリードリッヒ辺境伯。

 卿の子供が一人前になるまでの十数年もの間、伝説の竜が大人しくしていてくれると思うのは、余りにも都合が好過ぎるだろう」


 なんか段々腹が立ってきたな。

 日本にいた頃の俺には、根性なんて欠片もなかったのに、怒りが抑えられない。


「だったら、辺境伯領に戻る途中で、偶然を装って近づいてくる美人を遠ざけさせてもらいましょうか。

 国王陛下の事ですから、保険に子作りさせる心算でしょう。

 だけどね、俺にもチンケでもプライドがあるのですよ。

 いや、恨み辛み、怨念と言った方がいいでしょうね。

 偶然を装って近づいてくる美人に、子種をくれてやる義理も恩もない。

 それと、ここまでされて、俺が素直に王家のために働くわけがないでしょう。

 竜と絆が結べたら、必ず復讐させてもらいますよ」


「……成功した暁には、元の世界に戻してやろう。

 成功報酬として、没収した辺境伯家の財産を返してやろう」


「国王陛下は馬鹿ですか。

 伝説の竜に大陸を滅ぼす力があるのに、なんで国王陛下に褒美をもらう必要があるというのですか。

 元の世界に戻りたいのなら、竜の力を借りて元の世界に戻してもらえばいい。

 この世界で富貴を極めたいのなら、竜の力を借りて王家もこの国も滅ぼしてしまってもいいし、王家だけを滅ぼしてこの国に君臨してもいい。

 そんな事ともお分かりになりませんか、国王陛下」


「もうよい、余が決断した事だ。

 アレクサンダー、フリードリッヒ辺境伯を継ぐことを許す。

 今直ぐ領地に戻って竜と絆を結ぶがよい」


 ★★★★★★


国王サイドのお話


「陛下、本当にあれでよかったのでございますか」


 国王の密偵で騎士位を持つフリットと事フェリックスが話しかけた。


「ふん、他にどうせよと申すのだ、フェリックス」


「最初から特別扱いして、恩を売る方法もございましたが」


「今更だな、あれほど賢いとは思ってもいなかった。

 そもそも傀儡魔術にかかっているという前提で、それを解く事で恩を売ろうとしていたのだ」


「不意の事に、対応を間違ってしまわれたのですね」


「はっきりと言ってくれる、だが、その通りだ、余が対応を誤ったのだ」


「王家とこの国に、いえ、この世界に深い恨みを抱いた者に、竜と絆を結ばされるのですか、本当にそれでよろしいのですか」


「フェリックス、今一度あの者を調べてくれ」


「本性を確かめて、必要とあれば殺すという事でよろしいのですね」


「ああ、本性が善良で、余と王家を滅ぼすだけで、民に手を出さないと確信したのなら、そのまま竜と絆を結ばせてくれ。

 だが、恨みを晴らすためにこの世界を支配しようとしたり、滅ぼそうとしたりするようなら、竜と絆を結ぶ前に殺してくれ」


「殺した後はどうなされるお心算ですか」


「さっきも言ったように、今まで調べてあるフリードリッヒ辺境伯家の血縁者を大魔境に向かわせる。

 同時に、エリーザベト達の処刑を取りやめて、子作りをさせる」


「あの連中が万が一にも竜と絆を結ぶことは、危険でございますからね。

 生れた子供を隔離して、王家で英才教育をなされるのですね」


「ああ、そうだ、それしか方法はないだろう。

 問題は、その子供が真っ当に育ってくれるかと、時間があるかだ。

 だが、他に方法がない以上、やるしかない。

 まずは先ほども言ったように、あの者の本性を確かめてくれ」


「承りました、国王陛下」

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