#2 奪うもの、守るもの

後から追いかけた4人も石像前にて皆と合流する。数名、相手の軽率な行動に対して問い詰めてはいたが、カミサマはその様子を閉じた瞳でにっこりと見つめていた。…恐らく、その表情がデフォルトなのだろう。

「そういえば…コモモさん達はこちらから来たんですのよね?」

ふと思い出したように-mojito-がコモモに問う。突然の問いかけにコモモは少し驚いた表情をしつつ返す。

「そ、そうだね…!気づいたらここに居て…その少し後にバニちゃんとろーゆーさんに会って…」

「先程、石像に対して何か違和感があったと仰っていたのが気になって…それでお聞きしましたの」

微笑びしょうしながら答える-mojito-の言葉を聞き、数名が(そういえば、)と思い出す。

目の前には大きな石像。ゲーム画面越しではぼやけたシルエットのようなものでしか表示されていなかったが、確かに巨大な石像である。今まではガチャ画面の背景としか捉えておらず、この石像に関して非公式攻略サイトや公式設定資料集でも触れられていない。

男性アバターの高を少し超えるくらいの大きさだろうか。数名がまじまじとその石像を見つめていると「…あれ?」とリルが声を零した。

「ど、どうしたの…?」

「あっ、えと…僕も違和感…というか……ここの石像って、元々頭部が無いんでしたっけ…?」

「……あ、あれ…?そうだったっけ…」

リルとキングの会話を聞き、「あぁ、それだ!」とバニヤンが声をあげた。

「りったんの言った通りだよ。背景ぼやっとしか表示されてなかったけど、こんなんじゃないハズだよ」

確かに石像は頭部だけが無い。それは芸術作品のように意図されたものでは無く、どちらかと言えば後から意図的に壊されたようだった。

「でもワタシとろゆが合流した時からこれだったよ。ろゆ先に壊したりした??」

「あァ?んなつまんねーことしねぇよ」

不機嫌さが少し表れるろーゆーに対し「そっかぁ!」とバニヤンは笑って返した。


「​──────君たちがそんなに気にしてる石像は、特に意味なんて無いよ」

「たかが背景の1部の考察をする必要なんて無い」と付け足しながらカミサマはまた真っ暗な瞳をプレイヤー達に向けていた。ろーゆーと少し似た不機嫌さを出すその表情は、それ以上の石像に対しての言及を許していないようであった。


「……さて、それではメイン武器の選択の時間です」

そしてカミサマはまぶたを閉じ、先程と変わらないデフォルトの笑顔で呼びかけた。

瞬間、少しだけ空気が変わるのを何人かが感じ取る。先程のカミサマの説明で言えば、つまりそれはこれからの自分の運命を決める重要な物。

カミサマがふわりと4本の腕を広げると、背後に14色の光が現れる。その光は1つになるように混ざりあい、やがて大きな光の球体へと変化した。見方によって色が異なるその光の球体は、まるでカミサマに後光を差しているようにも見えた。

「これがあなた方のこれからの運命を決めるものとなります。お1人ずつ、こちらから順に指名しますので光の前に手をかざしてください。結果はあなた方の目の前に表記されます」

その4本の腕を器用に動かし、1人ずつに指をさす。1人1人、ゆっくりと指をさし……ある1人の前でピタリと止まった。


「……ワタシ?」

「えぇ。あなたからどうぞ、バニヤンさん」


4本の人差し指はバニヤンに向けられていた。まさか自分がいきなりトップバッターで引くことになるとは思っていなかったのだろう、バニヤンは少し目を見開いていた。

「先程もあなたに行いましたが実際にやってみた方が早いのです。…まぁ、これだけはいつもと変わらない​───────“運試し”、ですよ」

そしてカミサマはまた微笑ほほえんだ。チラリとバニヤンを見つめるのは彼女と交流のあったミラーハート、コモモ…そしてリルの3人だった。


ふーん…と少し声をこぼした後にニコッとバニヤンは笑った。

「1番でいいの〜!?★やりぃ★★」

いつもと変わらぬ笑みと口調、そしていつもとは少しだけ違う声の高さで笑っていた。


バニヤンは歩を進め、カミサマの目の前で止まる。少しの微笑みを浮かべ、どうぞと言わんばかりにカミサマは少し右へとずれる。

自分の番では無いのに、誰かの息を呑み込む音が聞こえた気がした。

すっ…とバニヤンが光へと手を伸ばす。途端とたん、球体は暖かな橙色だいだいいろへと変化し、宝石のような光の演出へと変わる。幾度いくどとなく、飽きるほどまでに見てきたガチャ演出と異なるその輝きは思わずかれる何かがあった。

そして「Now Loading…」の文字が表記された後、「Clear」と表示が切り替わる。その後表示された文字は………


「『斧』…」


そして光の中から現れたのは大斧おおおの。慌ててもう片手も出して支えようとし、少し驚いたような表情になる。

「あぁ、言い忘れていましたが武器には重量がありますよ。ゲーム内で多少身体能力へのプラス補正は行いましたが、それでもその大きさの物はかなりの重量になりますわね」

「それってさぁ、こういう大きい武器引いた方が不利ってことじゃないのぉ?」

「さぁ?単純に考えればそうですが……必ずしも大きさや複雑さがその人にとってもそうであるかは違いますので」

totoririの問いに対し、カミサマは即座に返す。しかし、この選ばれる武器の中に複雑さを伴うものが幾つ含まれているのかなどは断言されてはいない。扱えないことが、自分を勝利では無く死へと導くにほぼ等しいのだ。


予想外の重さに少し驚いたバニヤンではあったが、すぐに膝を曲げ、体の中心に固定するようにして斧を持ち上げる。どれほどまでに身体能力への補正があったかまでは皆が把握しきれていないが、それにしてもバニヤンが引き当てた程の大斧であれば男性アバターが引き当てた方がまだ扱いやすいだろう。

だが、慣れたような手付きで持ち上げたそれを軽く上下に揺らし、重量を確認しているようだった。そして少し辺りを見渡すようにしながら光の球体前から退いた。



「人によっては現実世界の自分が影響し、そういった点で扱いやすいと感じる人もいるでしょうね」

さて、それでは次に行きましょう。そう告げてカミサマが次に指名したのは-mojito-であった。

「…分かりましたわ」

にこり、と微笑んで-mojito-は前に出た。背筋はぴんと伸びているも、アバターの靴に慣れないのか。少し覚束おぼつかない足取りではあったが、彼女も光の前に立った。

すっと右手を光へかざせば、橙の光は黄緑へと変化し、絵の具のようなエフェクトが現れる。先程よりも短いロード時間の後、彼女が引き当てたのは『リボルバー』。

現れたリボルバーを-mojito-は片手で持つ。軽く全体に目を通した後、「得意分野で良かったわ」と呟いた。

「ちなみにこちら、操作方法は事前に皆様教えて頂けるのかしら?」

-mojito-がそう問えば、カミサマは「ええ」と返した。


「その点は多少簡単に変更していますよ。あなたのような銃のたぐいであれば引き金を引くだけで構いません。余程で無い限りは大体簡単な仕様にしております」

「ただ元々あった特殊な物は全体のバランスを見て調整を行わせて貰いました。仮に2つで1組の物を引き当てた場合など、その人だけが有利になってしまいますでしょう?」


いくら1度しか権利が無いとは言え、どうやらカミサマはその点についての調整も行っているようだ。「そう」と-mojito-は呟き、コツコツと先の場所へと戻って行った。



次に指名されたのはREINだった。やいのやいの後ろで騒ぐろーゆーを軽くなだめるようにしつつ、光へと手を伸ばす。光は深海のような青へと色を変え、水面みなもの輝きのようにきらめくエフェクトの後、表示されたのは『ライトセーバー』。

「んだ?あの武器」「ほら、あの…多分映画かなんかであった」と周囲がざわつく。

刀とはまた異なる素材のつかの部分を軽く握り、REINはそれを引き抜いた。空のようなその青い刀身とうしんはレーザーで出来ているのだろうか、武器自体は比較的軽そうであった。

「元々、そういった武器をよく使用されてましたものね」

慣れているのでは?と問うカミサマに対し、「よく知ってんね」とREINは苦笑くしょうする。それに対し、カミサマはまたあの笑顔で答えたのだ。

「私は、あなた方の全てを知っていますので」



少し緊張しているような面持おももちで待つリルに「だ、大丈夫…?」とキングが声を掛ける。

「あっ、だ、大丈夫です…!」

「……む、むり…しないでね……」

眉が下がるキングに対し、「大丈夫です…!」とむんっ!といつもの仕草と笑顔でリルは返す。その笑顔に少し安心したのか、キングの表情も少しやわらいだ。

「次は…そうですね、リルさん。あなたがどうぞ」

「は、はい…!」

少しけるようにリルは向かう。そして、恐る恐る光へと手を伸ばせば、それに合わせるように光は薄紫色へと色を変える。ゆらゆらと揺れる光の後、表示されたのは『モーニングスター』の文字。

持ち手部分を両手で握れば、シャラリと中から硝子がらすに閉じ込められた宇宙が姿を見せた。

「扱うのは初めてでは無いでしょう?」

「……そうですね」

元々短剣を使用していたリルだったが、この武器を扱うのが初めてな訳では無かった。

「光属性としてプレイしていた時以来ですわね。久々の感覚で戸惑とまどわないように」

カミサマはまぶたを閉じたまま微笑んでいた。


リルの次に呼ばれたのはコモモだ。リル同様、少し緊張した面持ちではあったが、「ça va s'arranger!(大丈夫、どうにかなるさ!)」とMr.Bon-Bonから声を掛けられ、少しの安堵あんどの表情へと変わっていた。

少し震えながらも、そっと光へと手を伸ばす。薄紫は鮮やかなマゼンタへと色を変え、小さなハートの光のエフェクトがただよっていた。

そして表示されたのは​───────…


「……………フープ、バトン…」


フープバトン。様々な特殊武器も存在するShadow taGではあったが、ここに集められた者達の中でフープバトンの使用者はいない。

困惑の表情のまま、光から現れたそれをコモモは掴む。真ん中部分の持ち手を持たなければ、外側の鋭い刃が持ち主を傷つけるのは目に見えていた。

改めてその武器を確認し、コモモの表情はくもる。それはまるで忘れていた何かを思い出すような、けれどどこか懐かしさを含んだ表情であった。

軽くフープバトンを回す。初めての、かつバニヤンとはまた違う扱いにくさのある武器であったが、コモモはそれを器用に扱っていた。

「……おぼえてるんだなぁ」

ぽつりと呟きながら、彼女はフープバトンを見つめていた。



呼ばれるまでに飽きてしまったのだろうか。ろーゆーは自身の三つ編み部分を触りながらぼんやりと見つめていた。

しかし、「次は君だよ」とカミサマに指名されたと同時に「っしゃあ!!」と声を上げ、ズンズンと光へと歩を進める。

勢いよくその手をかざせば共鳴きょうめいするかのように鮮やかな恋の色は燃えさかくれないの炎へと色を変える。キラキラと輝く光のエフェクトには目も向けず、ただ武器が表示されるのを待っていた。

そして、表示された武器は。

「………あぁ?」

如意棒にょいぼう』。ただそう表示されていた。

そして光から現れた細長い棒を雑に引き抜き、まじまじとその武器をろーゆーは見つめていた。

「あ?なにこれ」

「如意棒ですわね。あなたにはとてもお似合いだと思いますが」

「んなことじゃねぇよ。なに?どー使うんだっつの、いらね」

そう告げ、ろーゆーはカミサマへ如意棒を突き出した。

「つかぅれはこれありゃジューブンだし」

そう告げて自身の拳を見つめた。恐らく、ルール内容の把握が上手く伝わらなかったのだろう。

カミサマは突き出されたそれを受け取らず、ニコニコとした笑顔でろーゆーへと顔を向けていた。

「んだよ。んなおもしれーかぁ?」

「いえ、ただ愉快ゆかいだと思っただけですわ。……そういえば、頭のその緊箍児きんこじ制裁せいさいあかし…でしたわよね」

背後の腕を動かし、ろーゆーの頭を絞めている緊箍児をしたその輪を指す。「あー…」と声をこぼしたろーゆーは、自身の制裁の証に軽く触れた。

「てかこれ外れねぇのかよ」

「外させませんわよ。……あぁ、そうか。君みたいな子にはしっかり体験させた方がいいよね」

そうしてカミサマは目を開き、パチンと指を鳴らした。「あ?」と呟いた直後、「ッデエエエエェェーーー!!!!」という叫び声が周囲に響いた。


「「ろーゆー!!」」

重なるように呼びかけ、彼の元へ駆け寄ったのはREINとミラーハートであった。「大丈夫か?」と声を掛けるREINの声が届いていないのか。白目を剥き、気絶と覚醒の間を行き来するような酷い激痛が彼を襲っていた。

「コロス…………ゼッテー一発ブチ込む………………」

ピクピクと痙攣けいれんしつつ、確かな敵意をろーゆーはカミサマへと向けた。

それに気づいたのか。カミサマは目を細め、嘲笑あざわらうようにろーゆーを見つめた。

「威勢がとてもいいんだね、気づいてくれたならいいよ。…その権利すらも僕は奪った。君じゃあ僕に敵わないよ」

「同じ苦しみを味わいたくないのなら、早く退いた方がいい」。そう言われ、両脇りょうわきをREINとミラーハートに支えられるようにしつつろーゆーは光の前から退く。落ち着いたのだろうか、それでもまだ痛みはかすかに残っているのか。「んのクソアマ………」と呟く声がした。


次に選ばれたのはみくるんだった。手を伸ばせばその炎は鮮やかな緑色へと変化した。葉のような形をした光のエフェクトと共に表示されたのは『薙刀』。

「うわ………こうして見てみると意外と長いなぁ…」

すらりとした薙刀を見つめ、みくるんは感心するかのように言葉を零した。

「今の女性アバター身長は、低ですと145cmです。この武器はおよそ190cmほどですので男性アバター身長の高よりも高いですわね」

淡々とカミサマは答える。男性アバターの高は180cm程度。競技用の薙刀はおよそだが全長で200cmは超えるため、それよりは多少短くはあるのだ。

「恐らくサブ武器のサポートがあれば幾らか楽には扱えるはずですよ」

「そっか…!!!」

元々使用していた武器ではあるため、初見しょけんプレイは避けられそうだ。サブ武器との相性次第ではあるが、上手く扱えれば問題無いだろう。

カミサマからの助言を聞いたみくるんは駆けるように光の前から退しりぞいた。


(あぁ……皆見てる………)

次に指名されたキングは背を丸め、おびえるように歩を進めた。既に武器を引いた者達は次に出る武器が、未だに引いていない者達は自身の引く武器が何になるのかが気になっているようだった。

ぐるぐるとネガティブな方へと思考回路が進み、足取りが少し重くなる。しかし、それに気づいたのか。敢は少し駆け寄り、キングへと声をかけた。

「大丈夫か?」

「あっ、う、うん………ちょっと、緊張しちゃって………」

両の指を合わせ、軽く回すように人差し指を動かす。落ち着かない心境を表すその手元の行動に気づき、敢はその手全体を両手で優しく包んだ。

「……貴方なら、大丈夫だ。恐れることは何も無い」

感覚が共有されるだけでなく、温度すらも体感出来るようで。僅かではあるがその温もりがキングの緊張をほぐした。驚いたような表情をするも、即座にそれは安堵の表情へと変わる。

「…分かった、ありがとう」

「礼には及ばないよ。こういった時に王を支えるのも騎士の役目だろう?」

少しの冗談を交え、敢も表情をやわらげた。それにつられるようにキングもぎこちなく微笑んだ後、光へと向かった。

おずおずと光へと手を伸ばせば、鮮やかな新緑はシアンへと色を変えた。煙のようなエフェクトがただよった後、表示されたのは『トラバサミ』。

「え、」と小さく声を零しながらも恐る恐るその武器を掴んだ。トラバサミと言えば人を殺める武器、と言うよりは罠の方のイメージが強い。しかし実際に現れたのは壺に収まり、鎖が繋がっている形状であった。

「トラバサミと言っても、多少の投擲とうてき技術が必要な武器ですわね。その武器はあなたの感情のたかぶりに合わせて勝手に発動しますわ」

「えっ、そ、それって結構不利なんじゃ…」

眉を下げ、壺の中のトラバサミを恐る恐る覗き込みながら呟く。その様子を見、カミサマは告げた。

「全ては、あなたの運ですよ」、と。


次に指名されたラリマーは、カツカツとヒール音を鳴らしながら光の元へと向かった。ヒールを履く男性アバターは片手で数えれる程しかいないが、どうやら彼の方はそのヒールに少々苛立っているようだった。

多少覚束無い足取りで光の前へと向かう。手を伸ばせば先のシアンは闇のように暗い紫へと色を変えた。人魂ひとだまのような光のエフェクトがラリマーへと向かい、表示された武器の名称を確認した後、「うっわ」と声を零した。

「拳銃………」

彼は元より拳銃などの遠距離系の武器は避けていた。特に銃のたぐいはゲーム内での操作から、自分に合わないことを理解していたため、使用することすら好んでいなかった。

拳銃の少しの重みを感じ、「ついてねぇな…」と小さく呟く。

「やはり遠距離武器は苦手ですか?」

「………まぁな」

じっと拳銃を見つめ息を吐く。その重みは、これから自分が奪うこととなる命の重みよりはるかに軽いはずなのに。どうしたって嫌な記憶ばかりが頭をかすめるのは神の悪戯いたずらなのか。

2度目の息を吐き、さっさとラリマーは光の前から退いた。


次いで呼ばれたmokuも同様、カツカツとヒール音を鳴らしながら光の前へと向かった。他の誰よりも厚底で、高いヒールではあるが随分ずいぶん安定して歩いている。

すっと光へと手を伸ばせば、その光は灰色へと変わり、霧のようなエフェクトが辺りをおおった。

「………『大鎌』」

両の手でその武器を掴めば、想像以上の重さに少し目を見開く。持ち上げるのが精一杯、という雰囲気ふんいきであった。

「…サブ武器って、今までと同じ物を使っても良いんですかぁ?」

カミサマにそう問えば、「もちろん」と微笑んで返される。

「むしろ今のような不利な武器を引いた際に、自分の命を守る物すらも初見に頼るつもりですか?」

「いやいや、聞いてみただけですよ〜。それによって戦い方も変わりますしぃ」

ニコリ、とmokuも微笑みで返しその場から退く。恐らく自分の想像を超える出来事だったのだろう。何か考え込んでいるようだった。


「あぁ、次は僕か!」

指名されると、Mr.Bon-Bonは右手を胸元に添え快活かいかつに笑いながら告げた。どこか楽しげにヒール音を鳴らし、光の前へと向かう。

ゆっくりと光のふちをなぞるように手を伸ばす。薄桃色へと色を変えたその光は、心電図のようなエフェクトを放っていた。そして表示された文字を見、ニッコリと微笑む。

するりとそれを引き抜けばノイズのかかった日傘のような物が現れた。

「​─────君はどこまでもりないんだね」

先程までとは異なり、表情が抜け落ちたような真顔でカミサマはMr.Bon-Bonへと話しかけた。瞼こそ閉じているが、淡々とした口調で告げた。

「一体何のことかな?」

「……分かっているくせに。むしろ君は少し気をつければいいと思うよ。…僕はアイツらみたいに、生ぬるくなんて無いから」

その底知れぬ暗さの瞳で、Mr.Bon-Bonをカミサマは見つめる。それに対し、Mr.Bon-Bonはただニッコリと微笑んでみせたのだった。


「次は君だよ」

そう告げて敢を指さすカミサマは、貼り付けたような笑顔へと戻っていた。

敢はまっすぐ光の前へと向かい、スっと手を伸ばす。薄桃色は赤紫へと光の色を変え、花びらのような光のエフェクトが舞っていた。そして表示されたのは『レイピア』。

少し驚いたように目を見開くも、ほっと安堵するような表情へと変わる。しっかりと持ち手を握り、引き抜いてそのまま自身の腰のベルトへ差し込む。

「よかった…」と小さく呟き、戻ろうとする敢へカミサマは声をかけた。

「あなたの願いも、あなたらしいですわよね」

「…何のことだ」

「全てを理解していると言ったでしょう?そのままの意味ですよ」

見透みすかされている、ということか」

その通り、と言わんばかりにカミサマは微笑んだ。それを見、敢は小さく息を吐く。自分自身の願いは、何よりも自分が1番よく知っているのだから。

「……それが、私の願いだよ」

そう返し、敢は光の前から離れて行った。


「おいで」と言わんばかりの表情で手招てまねきをはれ、ミラーハートは緊張した面持ちのまま光の前へと向かった。彼女も今まで多くの武器を経験しているため、余程苦手な武器もしくは初見の武器が来ない限りは…と周囲の人物は感じただろう。しかし、彼女の引きのしを知っている者もいる。いつものガチャとは異なり、明らかなネタ枠やふざけた武器は入っていないが、ミラーハート自身も今までを思い返しているのだろう。少し震える手を光へと伸ばした。

赤紫の花はまばゆい光へと変わり、元の属性色も相俟あいまってか誰よりも強い光を放っていた。

その輝きに思わず目を細め、ミラーハートは何とか表示された文字を読み取った。そして、それを理解した瞬間、サッと表情が青ざめた。

震える手のまま、その武器を手に取る。光から現れたのは彼女が愛用していた『マイクスタンド』であった。

初見や不慣れな武器を引いた者と異なり、今まで自分が使用していた武器を引いた者が運が良いと感じるかもしれないが、それが一概いちがいいとは言えない。慣れた武器だからこそ、長所も理解していれば短所も理解している。また、調整がカミサマ側で行われているのであれば今までと勝手が違うことになるのだ。

実際、運良く同じ武器を引けた者達もその事実に気づき、対策を練り始めているようだった。

ミラーハートは少しの沈黙ちんもくのち、小さく笑って「わたしらしいな」と1人呟いて元の場所へと戻る。

戻ったミラーハートに、-mojito-が「マイクスタンドはあなたらしいですわね」と告げる。

「フフ、私と言ったらやっぱりこれですよね!!」

そう笑顔で返し、ミラーハートは改めて自身の武器を見つめていた。


「最後はあなたですね、totoririさん」

最後の1人。それまですでに引き終えた者と会話を交わしていたtotoririは、自身が呼ばれると「僕が最後だったかぁ」と呟いて光の元へと向かう。…最後、つまりはtotoririが引き終えれば全員が武器を手にしたことになる。

自分の願いを叶え、守る為に他の命を奪う物。ゲームでは感じることの無かったその現実味を帯びた重さが、余計にそれを意識させていた。

まっすぐ光の元へと向かい、手を伸ばす。きらめきは水色の光へと変わり、雪の結晶のように輝くエフェクトが現れた。そして表示された文字を読み、「あ、」とtotoririは声を零した。

両手でその武器を引き抜けば、現れたのは彼が愛用していた双剣そうけんであった。所々にリボンの装飾そうしょくほどこされたそれは、まるでラッピングされた贈り物のようだと感じる者もいた。

良かった、と安堵の表情を浮かべるtotoririであったが、ふと先程の-mojito-の問いかけを思い出したのだろう。

「これって今まで使ってたのとちょっと仕組みは変わっちゃうの?」

「そうですね。…今この場でお話しても良いですが、それではあなたの戦法をバラしてしまうことになります。後ほど個別に使用方法はお伝えしますよ」

返答に対し、「そっかぁ…」とtotoririは呟いた。愛用していた物が今まで通りに使用出来ない不便ふべんさは、実際に戦ってみないと分からないのだ。



「​───────さて、これで皆様が武器を引いたことになります」

全員が引き終えた後の光は静かに色が抜け、最初からそんなものなんて存在していなかったかのように跡形もなく消えていた。

カミサマは全員に呼びかけるように告げ、一人一人の顔を見つめる。そしてニコリと微笑めば説明を続けた。


「これより皆様には自分自身の願いを叶える為に戦っていただきます。先程もありましたが、サブ武器については今まで使用していた物と変えたいのであれば私にご相談を」

「ただし、むやみに変えてしまうのは賢明けんめいな判断ではありませんし、普段から使い慣れているサブ武器の方が自身を守る為には適しております」


背後の腕を器用に動かしつつ、カミサマは指を折りながら説明を続ける。

「バトルの最中は私の声と御自身ごじしんと対戦相手のみ、聞こえるようになります。その他詳細についてはその都度、私が皆様にお伝え致します」

そして「最後に重要なことをお伝えします」と告げた。


「もし、対戦相手や他プレイヤー様と接しているうちに願いが変わるようでしたらお伝えください。私は鬼ではなくカミサマなので、1度であれば聞き入れましょう」

祈るように手を組んだ後、カミサマはゆっくりと目を開いた。

「​───────…まぁ、他人を犠牲にしてでも叶えたい強い願いが、そんなコロコロ変わるようなら。それは本当の願いでは無いけどね」

男のような低い声で、カミサマは呟いた。今までも中性的な声ではあったが、今回ばかりは明らかに異なる声をしていた。

ピリッと空気が張り詰める。自分自身の願いなんて、自分が1番よく分かっている。口にするような願いなら、特に。…ただその本質を問われれば、「それは本当に望むことか?」と曖昧あいまいなものも多い。それは、しんに自分が望むことなのか。

分からない。分からないが、それすらも見透かしているのが神なのだろうか。

「トーナメントはもうすでに確定しております。初戦しょせんに選ばれた方には、バトル空間に行ってからサブ武器について等お聞きしましょう」

カミサマは大きく手を広げ、高らかに告げる。

「これからが、始まりです。あなたが、あなたの願いを叶えたいなら、守りたいのなら。他の願いを奪うのです」

「それが、あなたを。誰かを救う為に必要となるのなら……ね」

キィン、と耳鳴りのような高い音がプレイヤー達の耳へと響く。顔をしかめる者、耳をふさぐ者、目を閉じる者。反応はそれぞれだったが、視界は徐々に黒へと染まっていく。

そして、完全な黒に染まると同時に不快な音が消える。………否、全員の意識は落ちて行った。



これから始まる事を、神は全て予測していたのだろうか。唐突とうとつで、理不尽で、………強欲で。最後にそれを掴み取るのは誰なのか。奪い奪われ、守り抜いた自分のその願いを叶える者は。


その全ては、神のみぞ知るのだろうか。

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