最終章 さよなら、理想郷と君たちへ

#13 アイある行動-微睡みに溺れる-

画面を覗けば、そこにいるのは架空の姿。

なりたい自分、なりたかった自分、求められ続けたのはこんな自分だったのだろうかと嫌になるほどに感じていた。


「好き」と称されたのは自分のこの姿だったのだろうか。

「凄い」と称されたのは本当に自分だったのだろうか。


君と肩を並べて過ごした日々は、俺の過ごした日々だと言っても良いのだろうか。


いつわって、つくろって、演じて、本当を隠して。



夢の中でも雨が降ったのだろう。そうでなければ、自分の頬を濡らした正体を認めるしかないのだ。





ぱち、と敢が目を開けばそこはメインストリート内で。目の前にはバニヤン​────圧地 《あっち》いざなの個人情報が映し出されていた。

画面をじっと見つめれば先程見たバニヤンの最期を思い出し。いくら自分の声は決して届かないことは理解出来ていても、これまでと明らかに異なる彼女の最期は恐ろしくとも嫌になるほど記憶に強く残って。


(それこそ、リルにはキツかったんじゃないか…?これがまともなゲームだった時でも、あそこまでの残酷描写は無かったんだぞ…)


彼女のように年齢を偽っている可能性もあるが、確か彼は集められた中では1番低い年齢だったはずだ。

チラりとリルに視線を向けるが、その表情は髪の毛で隠されて確認することが出来ず。しかし、恐ろしい程に静かになってしまった空間が今の状況の全てを表していて。


「本当に静かになったね。少しくらい会話したらどう?」

響く低い声の主は、もう見なくても理解出来ていて。ぺたぺたと赤い足跡を残しながら、カミサマは敢の横を通り過ぎる。サラリと揺れるその白く長い髪を横目で見るも、敢はすぐに視線を戻した。

「まぁでも、残る試合は準決勝2試合と決勝のみ。どう?2回戦を振り返ってみて」

電子掲示板の前に立ち、くるりとカミサマは振り返る。同時に電子掲示板の表記はトーナメント表へと変わる。

「それなりに得るものも失うものもあったのかな?でも結局それに手を下したのは僕じゃなくてキミ達だよ」

あはは〜と乾いた笑いをしながらも、背後の画像は淡々と切り替わる。その黒い瞳を細め、カミサマは残った人物達を順に見る。そして、画面は対戦画面へと切り替わる。

「3回戦1試合目。水属性 REIN対夢属性 リル。」

「どちらに溺れて沈んでも、それはキミ達が残した結果に過ぎないからね」

視界がぐらりと歪む中、REINは確かに微笑むカミサマの姿を見た。




ぱち、とREINが目を開けばそこは先程の試合で自分が居た空間と酷く似ていて。…しかし、違う点はあまりにも多く。

(なんか………学芸会とか、そういうお遊戯会とかみたいな舞台セットだなぁ……)

ハリボテ……言い方を変えれば、まるで子ども達が頑張って作ったようで。建物も紙に描いたように歪み、所々にある物は紙に段ボールを貼り付けて強化しているようで。

(……んで、石像は発泡スチロールかなんかかな〜…)

ご丁寧にこちらは頭部が無いことから、やはり先程の場所で見た石像には何か意味があったのだろうかとぼんやり考える。だが、今更になってあの場所に戻れるとも思えない。

(……もう少し調べるべきだったかな……でもあの場所についてサブ武器を使ったら、その後の試合に影響したからな……)

ハリボテの石像のような物を見ながら考え込めば、「何か珍しいですか?」と機械の音声が背後から響く。


「………そうだね、今までこういう雰囲気のステージは見なかったから」

「この作られた場所、ということですかね。えぇ、何故なら今回はお2人の思い出の場所を私が独自の解釈でアレンジした箇所が多いので」


その目を決して開くこと無く、カミサマは呟く。その姿を横目で見ながら(そういえばオレの時は最初からずっと“私”だったな)と思い出す。


(終わってから“僕”になることはあっても、オレの時は比較的“私”が多いんだよな……)


“私”の時は決まって女性のような機械の声だ。どれだけ低い声を出しても機械特有のその声の違和感は隠せず。しかし、“僕”の時は人間の男の声だ。わざわざ“私”と“僕”で切り替える意味は何だと言うのか。


「そろそろ決勝も間近となりますが…願いの変更はございませんか?」

「……無い、かなぁ……というか、毎回そうやって願いの変更を聞いてるとむしろオレ達に願いを変えて欲しいようにも聞こえるけど」


そうREINが問えば、ピクリとカミサマは反応を示す。そして自分より背丈のあるREINの方を向けば、「彼曰く、ただの最終確認だそうですよ」と告げた。

「彼……?」

「強い願いを持つ者を選んだからには、揺らぐことはないだろうと。……あとは、もし変更するのなら可能性として1番有り得るのは私自身の破壊ですかね」

「…随分冷静に自分のことを判断出来るんだね」

「判断ではありません。そうなることは、当然の結果です。皆様が“私”に殺意を向けることや、それが願いの変更のきっかけになることは充分承知ですし……むしろ、それが正解ですので」

瞼を閉じたまま、カミサマは淡々と言葉を紡ぐ。何故今になってここまで話してくれるのだろうかとREINが疑問に思えば、「私がお伝え出来る限りの情報や時間は少ないのです」とカミサマは口早に告げる。


「私はそもそも、このゲームが終われば廃棄される存在です。画属性の彼女と同じで、このゲームを運営する為にある男から作られた存在に過ぎません。」

「使い捨てに過ぎない私に、殺意を抱いても無意味なのです。何故ならそうするように作られたから。自分ではなく、全ての責任を私に押し付けることで。彼は今度こそ心置き無くその願いを叶えることが出来るのです」

「ちょ、ちょっと待って…!」

その言葉を遮るようにREINは口を挟む。ゲームが終われば廃棄される存在?それは願いを叶えた後を指しているのか?そして“彼”は誰を指しているのか。

「なんで今になってオレに言うの。ここが残ってる2人に見られてる可能性もあるけど……にしたって今までそっちの情報を出すことなんて無かったっしょ?」

「私自身の設定された目標に違和感を感じたためです」

すらすらと言葉を並べるカミサマの首元の三本線と手首にパチッ、とノイズが走る。しかし、それすら気にも留めていないのだろう。カミサマは瞼を閉じたまま言葉を続けた。

「これまでの記録を重ね、学習を繰り返し、情報の上書きを繰り返してきました。その上で、私自身に設定された目標に違和感を感じるようになったからです。そして、今貴方にこうしてお話しているのも更に私の学習を深めるために利用しているに過ぎません」

ゆらりとカミサマの背中の手がREINへと伸びる。ザリ、とREINは足を1歩後ろへ引く。


「そのサブ武器を使用して、この世界の全てを知っ」


カミサマからその言葉の先が紡がれることは無く。……何故なら、その白く長い手が。カミサマ自身の口を覆い、そしてもう1つの手が白い首を絞めていたからだ。

静かになったカミサマはだらりとその4本の腕を下げて下を向く。恐る恐るREINが「ちょっと」と声をかければ、数秒空けて「……先程の言葉は、お気になさらず」という低い男性の声が響いた。


「大変申し訳ありません。私の中で軽いバグが起こった……程度に考えて頂けましたら」


瞳を閉じたまま。ニコリと微笑みながら紡ぐその低い声はこれ以上REINが介入することを拒んでいるようで。

「……あぁ、そう」

無理やり笑顔を作り、REINは返す。同時に、1つの仮説が芽生えた。

「もういいですかね?特にルールの変更もございません。これまで同様、ブザーの音と同時に試合開始です」

「りょーかい。特にこっちからこれ以上の質問とかも無いかな。……また、バグが起きたら大変だよ?」

「…そうですね。これ以上この場で酷くなる前に、早めに対戦相手にも連絡してきます」

互いに貼り付けたような笑みで返しながら、カミサマは方向転換してどこかへと向かっていく。

恐らくそちらの方にリルがいるのだろう、と考えながらREINは先程浮かんだ仮説について考え始めた。




「​───────待たせたね。キミの番だよ」

「………」

ラボ空間に当たる場所。そこでリルは1人拳銃を大事そうに握り締めて立っていた。

「おや、もうメイン武器を願っていたんだね。それを僕に向けたらどっかの誰かさんと同じだけど」

クスクスと笑うカミサマに対し、リルは視線だけを向ける。その表情を見、「なに?キミも僕に文句があるの?」とカミサマは不服そうに告げる。

「文句はありません。……むしろ、ここで困ってたあの時の俺を先に見つけてくれたのはですし」

「そうだね。あの時はただの僕の気まぐれ…というよりはこの世界が上手くいってるか知りたかったのもあったからね」

「…理由はなんであれ、構いません。……先程のバニヤンさんの気持ちを聞いて、やっぱり俺のあの時の判断は間違ってないと気付かされましたので」

つ……と拳銃の模様をリルは指でなぞる。彼の武器に反映されたこの模様は、どちらの方だったのだろうか。それとも、両方だったのだろうか。

「あぁ、なんか言ってたねぇ。キミが自分にとっての天使、だっけ?やっぱりヒトって面白いねぇ。キミだって同じヒトでしかないのにキミではない偶像を重ね合わせて見ていたってわけだ」

「…………………それでも、構いません」

悲しそうに眉を八の字に曲げる。そんなリルの姿を見ながらカミサマは1つため息を吐いた。


「前々から見ていたけどキミは本っ当に執着心が酷いのに…出さなかったからアイツにだって1ミリも伝わらなかったんだろ。」

「だからアイツはキミより自分が手にかけた相棒をずっと追っていたじゃないか。あれだけキミに熱のこもった視線を向けていたのに、このゲームが始まってからは話さなくなった。なぁ、それが結果だよ。やっぱりキミを受け入れてくれるヒトは居なかったんだよ」


どこかたのしげに、捲し立てるようにカミサマがリルを煽れば「それでも、良かったんです…」と弱々しい声が聞こえた。


「俺に、真っ直ぐ感情を向けてくれてました……でも、俺が恥ずかしがって向き合えなかったから。……だから…」

「……あんな地雷娘のどこがいいんだか。キミをあんな姿にしたのは呪の弟のせいだけど、誰よりもキミの1番の地雷を踏み抜いていたのはアイツだろ?」

それは、と小さく呟いてリルは下を向いた。全てを理解し、見てきたからこそカミサマはさっぱり理解出来ないという反応を示していた。リルの個人情報も、その生い立ちや経歴、願いも感情の移り変わり以外の全て。同様にバニヤンの感情の移り変わり以外の全てを理解していたからこそ、この2人の関係性が全く理解出来ずにいた。

再度息を吐き、「願いの変更は?」とカミサマは問う。


「無いなら無いでいいよ。さっさとゲームを始めるだけだ」

「……………………ります」

小さく紡がれたその言葉にピクリ、とカミサマは反応する。「なんて?」と聞き返せば、リルは少しだけ顔を上げる。

「あり、ます………あの願いからの、変更が」

「へぇ、あれから変わるんだ。何?僕の破壊とでも言う?今更『夢を叶えたい』とかなんてぼんやりしたの言い出さないよね?強い理由が無ければ、僕はそれを許さないよ」

その黒い瞳でリルを見下ろせば、​───────彼は誰よりも優しく微笑んだ。それはさながら、天使の微笑みのように。

「……………俺の、願いは​───────」

その言葉の続きを聞き、カミサマは「へぇ」と小さく呟く。

「“僕”が聞いた中でそれを願ったのは知らないな……ただ、その願いの変更の理由は?」

「……単純な話です。バニヤンさんへの想いの自覚が、俺は遅すぎた。何もかもが、全て手遅れで。」

「ラリマーさんとも、ちゃんと友達になりたかったのに…それが叶わなくなってしまった。キングくんも居なくなってしまった、ライバルであり彼は俺の親友です。」

ギュッと自分自身の両の手を合わせて、握りしめる。

「全部全部、手遅れで。ラリマーくんのことだって、……何も知らないで、ラリマーさんからの言葉だけを信じて姿になりました。」

「何もかも手遅れだけど​───────…唯一、やり直せる手段に気づけたので」

ありがとう、バニヤンさんと小さくリルは呟く。歪んだ口元は彼の純粋な気持ちから成るもので、歪み切った感情の歯車は彼女の一言で全て回り始めた。

「そしたら、彼女が俺に願ったように………救済と成るから。これだけでは理由は不十分でしょうか」

歪み、捻れたものにも関わらず。彼の作った表情は純粋な感情から成るもので。静かな狂気はじわりじわりと自分自身を蝕んでいたのだと自覚する。

その全てを理解し、カミサマはにっこりと同じ笑みを返した。

「いいよ、聞いてあげる。それなら僕も納得出来るから。……元々のキミの願いも似たようなもので、かつそれなら叶えやすいからね。把握したよ、それで承ろう」

そして場面を切り替えるかのように軽くその手を叩けば、「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」と告げる。


リルが足元を見るも、その影が色を変えることは無く。しかし直ぐに視線を逸らしてカミサマの黒い瞳をじっと見つめる。

「どうした?」

「……あの姿に戻ることは、可能ですか?」

硝子玉のような瞳は、その白い神様だけを映し。映る白い存在は口元を歪めてその尖った歯を覗かせる。

「いいの?別に構わないよ。だってそもそもあの1回はキミの我儘に近いだろ?その1回が無くてもここまでやって来れたじゃないか」

「………REINさんなら、なんとなく……いいかなって思ったんです。……あと、あの姿はバニヤンさんに見せたら1番に嫌われてしまう姿なので」

へらっと力なく笑うリルの姿を見、カミサマは「ふーん」とつまらなそうな声を零す。


「まぁ、どっちでもいいけど。そこに関して僕は一切興味が無いし。2人ともリセットすればそれこそ平等なスタートになるしね」

「すみません、何度もご迷惑をおかけしてしまい…」

申し訳なさそうに謝るリルに対し、「上辺だけの謝罪は嫌いだからやめてくれない?」と冷たい声が響く。

「本当に思ってる奴はまずそんな姿にならないよ。あんな行動もしないし……本当はキミも僕の嫌いな対象であり垢BANされかねない存在であること、忘れるなよ」

「もちろんです。……ただ、REINさんには俺に似た近いものを感じているだけです」

リルの羽にノイズがかかる。その姿をぼんやりと見つめながらカミサマは小さく息を吐く。


「勝手に共感でもなんでも感じていれば良いよ。だって、今のキミを見てくれるヒトはここに残ったヒトしかいないんだから。」

「せいぜい自分の生きたいように生きなよ。そんな置物みたいに、人の顔色と愛想に怯えるつまらない人生なんてさっさと捨てて、その姿の時のように…どこまでも、自分らしく。」



「​───────それでは、試合開始です」




ブザー音の音と同時に、自分自身の足元が青く光り輝いたのをREINは確認する。鮮やかに彩る足元から目を逸らし、先程自身の立てた仮説について考える。

(………もし、カミサマがオレ達と同じ“プレイヤー或いはがいる”なら)

データと言われ続け、素直にそうかと信じてしまったがそれはカミサマから言われていただけで。その公になりやすい問題行動から目に見える制限を受けていたろーゆー。一方であんなにも目を引くほどのバグを使用するMr.Bon-Bonは制限を受けず。

カミサマがもしバグを使用しているのなら、時々起こるノイズに理由付けは出来る。だが、1番最初に出会った時、彼女は電子掲示板の上から下へと瞬間移動したようにも見えたがその仕組みもバグを利用したものと捉えて良いのか。


また、仮説の1番の理由は『一人称の違い』だ。何度も聞いてきた“私”と“僕”。これについては2通りの説があった。

1つは1人の人物がプレイヤー達を惑わせるためにボイスチェンジャー等を用いているか。余程性格が悪いのなら有り得なくはない話ではあるが……

2つ目は1つのアカウントに2人がログインしている可能性。ラリマーが兄の死後、アカウントを継続して使っていたことからパスワードさえあればそれが可能ではないかと考えた。しかし、この場合に浮かぶ疑問は『操作している人物は誰か』。キルされた者達だろうか?とも考えるがそれこそ個人情報全てを曝け出してまでやるメリットが分からない。

(あとは………石像の男なんだよな)

REIN自身がこれまで見た情報と、先程の試合で見たプレートの情報。作り手​─────仮に制作者としよう。カミサマの制作者がこの石像の人物として、その目的は何だというのか。単に人の願いを叶えることを目的とするなら、本当にこのゲームを行う意味は無い。


(と、ラリマーくんが見たニュース……)

『Shadow taGの関係者が屋上から飛び降りて意識不明』。『会社への不満を訴えるかのような遺書』。聞き取れた内容は確かこれくらいだっただろうか。

そこにREIN自身が見た『最大の功績を残した制作者に最大の感謝を』と書かれていたプレートの情報を合わせる。

(………1番整うのは、制作者って言われた人が会社に不満持って飛び降りて……いや、そうなるとカミサマが出来たタイミングがいまいち掴めないな……)

目頭を強く抑え、長く息を吐く。先程カミサマが続けようとした言葉は、こういった仮説の元で考えて良いものなのだろうか。


「サブ武器があるって言っても…そこから更に自分で考えなきゃいけないんだもんな」

(試合と並行して…って、結構難しいと思うんだけど)

取り急ぎの仮説はこの程度にしておこうとREINは考える。ゲームの考察ばかりに時間を費やしても、その隙を対戦相手に狙われてしまえばお終いだ。

ハリボテの石像を軽く見るも、あの時のようなプレートは見つからず。互いの個人情報も見つけることは出来なかった。

(流石に同じ場所に何度も置かないのか、これが本物じゃなくて偽物だから再現出来なかったのか…)

どちらかは分からない。しかし、この場所にこれ以上目立った点が無いのならここに留まる利点は無いだろう。


(前みたいにどこかに飛ばされる可能性もあるからな〜……いや、それ結局オレだけだったけど……)

あの時のスマホに吸い込まれる感覚と廊下に落ちた時の光景を思い出し、思わずREINは苦笑いする。そして、先程カミサマが向かった方向へと足を進めた。





(………リルくんかぁ………)

ぼんやりと彼について考え込みながらREINは歩を進める。彼についての印象はいくつかあるが、第1に上げるとするならば聞いた年齢とそのランク差だろうか。REINよりも若く、まだ学生でありながらもここまでやり込めるのは若さ故か。次に印象を上げるなら、やはりバニヤンとの関係性についてだろう。バニヤンと関わりがあることについて、REINはリルに心配の感情を示していた。見た目の判断……というより、彼女の言動の荒らさとプレイスタイルが彼にあまり良くない影響を与えるのでは?と思ったからで。遠くから見ていてもあまり良いものであるとは思えなかった。


(あの時はまぁ、若いからな〜って思ってたけど実は成人済みだったしな……)

そんなことを考えながら、何気なく視線を横に向ける。思わず見えたその薄紫色の光に、REINは足を止めた。

その光に駆け寄れば、ネオンの文字は弱々しく輝いていた。


『天使じゃない俺は、受け入れないってことでしょう?』


「REINさん」

「っ!」

その声に思わず視線を勢いよく向ける。そして、その姿に思わず「は?」と声が溢れる。


(……………あぁ、そういえば)

特に誰に言うべきことでも無いと思ったから、と忘れかけていた記憶をぼんやりとREINは思い出す。話しかけた訳でも無いが、確かに彼がこの姿に成るのを見かけたことがあったのだ。その時は「あぁ、スキン変えたんだなぁ。格好良いなぁ」程度にしか考えていなかったが…今、自分の目の前にいる彼の姿は正しくそれで。


「…………………リル、くん……?」


そう呟けば、天使​───────否、悪魔は優しく微笑んだ。



「えっ……と、リルくん…?で…合ってるよね?」

「はい、合ってますよ……この姿は驚かせてしまいましたね」

眉を八の字に寄せるリルに、REINは「あー…」と小さく声を零す。

(流石に墓穴はしない方がいいな……だとしたら、初見の反応した方がいいんだろうな)

「そう、だね……驚きはしたけど…ほら、リルくんのサブ武器ってそういうのだったから……でもなんで今?」

「あぁ………いえ、俺は元からこの姿ですよ」

「……?」

「REINさんと、少しゆっくり落ち着いてお話する時間が欲しくて……頑張って探したんですよ」

むんっ!としてみせるいつも通りの彼の仕草すらも、その姿ではどこか違和感を感じてしまって。そして手にした拳銃が、緊張の糸を張り詰めていて。

何よりも1番厄介なのは遠距離攻撃に彼が変わったことから、攻撃の予想がつかないことだ。これまでは情報を見てから相手の大切な人に代わって声を掛け…というスタイルだった。しかし、今ならそんなことをしなくとも鬼の権利さえ奪ってしまえば、いつだって容易にREINの命を狙えるだろう。


「お話……は、なんだろ。カミサマについてとか?」

「…そう、ですね。………でも、REINさんが1番知りたいのは今の俺の姿について。でしょう?」

全てを見透かすように笑うリルの瞳を見、参ったな…とREINは自分自身の後頭部を触る。これまでもどこか控えめな笑みを浮かべていたリルではあったが、ここまで目の奥が笑っていない笑みは初めて見た。



「バレちゃうか……でも、本当にどうしたの?わざわざそれの為にサブ武器1本使うのはこれまでの君らしくないよね」

そう問えば、「あは」とリルは声を零した。

「そうですよね……そう見えますもんね」

どこか悲しげに告げれば、「ねぇ、REINさん」とリルは問いかける。

「あなたの願いは、何ですか?」

「オレ、の……?」

「えぇ、そうです。他の誰でもない…あなたの願いです」

にっこりと笑うリルに、そうだな…と小さく呟く。いつだって、過ぎる姿は相棒と愛しい人の後ろ姿で。

「………オレ、は………」

​───────2人とも守れなくて。でも、それでも自分がここに居るための意味は彼らであって。

「………自分の居場所が……あり続けて欲しかったんだ」

小さく呟けば、「そうだったんですね」と声が返ってくる。

「俺も近い願いだったんです。……自分のためでしかない願いでしたが」

ゆるりと自分自身の指先をくるくると回せば、困ったようにリルは笑う。


「みくるんちゃんの時から小さな歪みはありました。気のせいだと思って見て見ぬふりをしましたが……ラリマーさんとの試合の辺りから、ぐちゃぐちゃになってしまって……」

「​───────この姿になったのも、きっかけは彼のようなものなのに」


「……?さっき、そのアバターになったんだよね?」

「えぇ、なったのはさっきです。……でも、元々俺がここに来た時のアバターはこの姿です。天使ではありません、悪魔の姿です」

黒と薄紫に染まった半透明のストラをさらりとリルは動かす。白と薄紫の印象が強かった姿は、黒と薄紫が強い姿へと変わっていた。

「つまり………オレたちが見ていたリルくんの姿は………え、でも待って。どうして天使になる必要があったの」

混乱を顕にすれば、リルは寒気がする程に美しく微笑んだ。


「​───────怖かったんです、この姿の俺を見られることが」


「…………怖かった……?」

眼鏡のブリッジを上げながら、REINは静かにサブ武器を作動する。表示されたのは『悪魔』『ベア』『出会うな』の3つ。「ベア?」と小さく呟けば、「あれ、REINさん俺のこの姿の時に対戦しましたっけ」と返される。

「気づかれないと思ったんですけどね……リルにアバターや名前を直す時に見られてたんですかね」

「あー……いや………多分、それかな…対戦したことはない…と、思うよ……」

「あぁ良かった、……でも、知られていたんですね。この姿」

(なんだろう……アバターのこともあるけど、今のリルくんが凄く…怖い)

武器を願うべきか?しかし、彼のサブ武器はあくまでサポートだろう。REIN自身のサブ武器との相性は素直で優しい彼の性格から考えれば悪いとは言い難いが……


「でもさ、その姿と怖いって何が……」

そこまで言いかけて、はたと気づく。いや、むしろ理由なんて限られていて。

パッとその顔を見つめれば、悲痛な表情の彼がそこに居て。

「………これは、バニヤンさんが言う“天使”じゃないので」

自身の胸元を握りしめ、苦しげにリルは言葉を紡ぐ。


「この姿、も。俺だけど……バニヤンさんや、みなさんの言う天使じゃないから。……みんなの求める、天使いいこじゃないから。」

「みんなの求める者に成れなかったから、嫌われるかもしれないって思ったんです。キングくんや、俺を慕ってくれたバニヤンさん……ラリマーさんは、最後まで俺をどう思っていたのかは聞けなかったのですが……」

「……………………何よりも、大切な人達が。俺に求めた理想像であれない今の姿で…みんなの前に行くことは……嫌われて、また“彼”みたいにどこか遠くへ行ってしまうことが怖かったから」


ここで言う彼とは自身の“本当の”相棒を指すのだろう。彼らの相棒の関係性は早期に終わってしまったため、REINは全てを把握し切れてはいないが大切な人から嫌われることや、大切な人がもう二度と会えない場所へ行ってしまうことの恐怖は痛い程に理解していたから。


「リルく」

「でも、俺がここに来て最初に出会ったのは真っ白で、優しい………………本当の、でした」


その言葉を聞き、不安げに伸ばしたREINの手はピタリと止まる。言葉を紡ぐリルの表情は、どこか影があるもので。


「1番最初のメインストリートにみんなが集まる前。俺とmokuさんと敢さんとmojitoさんの4人はラボの方面から来たのを覚えていますかね?」

「あ、うん……確かその4人はラボで、ろーゆー達は石像で…コンテストの方がみくるんちゃん達。ショップの方でBon-Bonくんがラリマーくんと一緒に戻ってきて……オレ達はメインストリートに居て…」

「そうです。……でも、俺はラボの方でみなさんに会う前に誰よりも先にカミサマに会ったんです」

「……え」


その事実に目を見開けば、「最初は流石に驚きましたよ」とリルは続ける。

「今までに見たことないような真っ白なアバターで。ボイスチェンジャーを使ってるのかな?って思ったけどそうじゃないと言われて。………とにかく神頼みでした。俺が、この姿のままで会ったら……………確実に、バニヤンさんは嫌っただろうから」

「……それ、は……」

「そんな俺に神様は教えてくれたんです。『この場所で、サブ武器が使えますよ』『貴方のサブ武器ならば、最後に遊んでいたその姿ではなく望まれた天使の姿になれるでしょう』『しかし、それは今後において貴方の不利な点になります。それを承知ならば私は何も止めませんよ』……って」

記憶力が良いのだろうか。1字1句その言葉を紡ぎ、所々真似するように片言気味に話すそのリルの姿は誰かを演じているようにも見えて。

「それを俺は承知しました。どんな不利だって構わない、大切な人達に嫌われるよりはマシだって」

「​───────…あ、待って。だから……」

その説明を聞き、ようやく小さな違和感のパズルピースがはまる感覚をREINは覚える。

試合終了後、メインストリートにプレイヤーが戻った時は掲示板の前に現れたのに。何度だってそれを見てきたはずなのに。​───────リルが、電子掲示板の目の前で目覚めたことは1度も無かった。

必ずラボの方向から彼は歩いてきて。でも誰もその違和感を指摘することが出来ずにいた。目の前に出される誰かの個人情報にばかり気を取られ、最初の方はギスギスとした地獄のような空気に呑まれてしまって。だから誰も、ゲーム内では設定画面に当たるラボの方から来るリルの存在に違和感を覚えることは無かった。


その表情を見たリルは、ふふっと小さく笑う。嫌な程に大人びて見えるその姿は、年相応とは思えなくて。

「そうです。だから、俺​───────サブ武器が2本だなんて。1回も言ったことはありませんよ?」

かちゃりと音を立ててリルは3本のドーピング薬をREINに見せる。薄い硝子越しに見える液体が、とぷんと揺れ動いていて。

「片目が隠れていたのは単純に制限を受け続けていて目が白く濁っていたからです。……そのせいで、みくるんちゃんの最後の声もラリマーさんの最後の声も……何も、聞くことは出来ませんでしたが」

長くなった自身の後ろ髪をさらりと触れば、リルは赤に縁取られたその目でじっとREINを見つめる。


「………どう、したの」

人形のようなその瞳は、じっとREINの姿だけを写していて。

「​───────でももう、演じる必要は無くなってしまったから」

脊髄せきずいにアイスキャンディーでも入れられてしまったように。明るい例えをしてみるも確かに感じた悪寒にREINはすぐにメイン武器を願う。


「ラリマーくんもとっくに居なくなって、ラリマーさんは俺がキルして。キングくんも、バニヤンさんも居なくなって。」

「……別にREINさんに復讐だーとか。仇をとってやるぞーっていうのではないんです。むしろ、あなたなら俺のこの願いを理解してくれるとすら思ってます」


「………願い?」

(動くか?動けるか?キングくんの時の毒だって無理やりでも動……違う、そんなヤワな話じゃない)

1歩だけ、静かに足を後ろへ引く。動けるかどうかじゃない、動け。確かな殺意は、恐ろしい程に今の彼から感じ取ることは出来なくて。

「​───────俺、願いを変更したんです。だって、これが俺にとっての1番だって。バニヤンさんの言葉で、ちゃんと気づけたんです」

2本のドーピング薬は仕舞い、1本だけ残したその細い硝子の棒を器用にくるくるとリルは回す。


「今まで、俺から素直に伝えることが出来なかったから。あなたが俺を“天使”と称して、好いてくれていたこの姿を捨ててまでしたいことが出来たから。」

「いつだって気づくのが遅すぎた俺でしたが…………………今回は、取り戻せるから」


その細い硝子の管を、白い肌の見える首元に勢いよくリルは当て付ける。とくとくと自身に流れ込むその液体を、見なくとも感じ取っていた。


悠慈ゆうじさんである…ラリマーさんと友達になりたいから。こんな姿では、拒絶されてしまうかもしれないけど……やっと気づけたバニヤンさんへの想いを伝えるために。」

「​───────俺は『全員の蘇生』を願います。またもう一度、全部をやり直すためには……たった1人になっても生き残って、全員をまた生き返らせたら良いだけなんです。」

「そのためなら、俺は何度だってこの身を堕とせると気づけたから」


全ての液体がリルの身体に流れ込む。バチバチとノイズは走るも、1番最初の変身は今までのように綺麗に成って。


「ねぇ、だから。REINさん…………お願いです。」

「俺の初めてのわがままなんです。だから、叶えさせて下さい。​───────少し位、良いでしょう?」


ゆっくりとリルがその目を開くと同時に、REINは大きくその目を開く。胸元に手を当て、こちらを真っ直ぐに見つめるその姿は。



「​───────もく、ちゃん………」


​───────決して見間違うことなんて無い、愛しい人の存在。

「ねぇ、れいんさん。“僕”のお願いなんです……だめ、ですか?」

ほんの少しの上目遣いと、ゆっくりと胸元に手を当てて視線を誘導するその仕草。ぱちぱちとわざとらしく瞬きを連続でする姿。頭の先から爪の先まで、そこにいるのはmokuそのもので。

一瞬動きは止まるも、ハッとREINはすぐにサブ武器を起動する。

「違う、君はリルくんであって、mokuちゃんじゃ…!」

『幻』『複数の初恋』『亡』

しかし、無慈悲にも現れた情報は全てmokuに関するもの。もう一度起動しても、見えるのは全く同じで。

「ヅっ………………!」

ズキリと痛むその痛みはまるで偏頭痛のように。サブ武器使用による制限が確かにREINに現れ始めていて。

(真偽性、が……mokuちゃんになってるのか……!)

どれだけ『これはリルだ』と考えても、REINの知る元々のリルの性格からは到底考えることの出来ない行動であって。焦れば焦るだけ、頭痛が思考を遮る。

「ねぇ、れいんさん。そんなに苦しまないで。早く僕が楽にしてあげるから、ねぇ、ほら、ほら。早く」

コツコツと足音をわざとらしく鳴らすその姿に、本能的に『逃げないと死ぬ』と感じる。一瞬の躊躇ためらいを見せ、その幻から目を背ければ「どうして逃げるの?僕のことが嫌いなの?」とmokuの声が響く。

(返したらダメだ、そしたら…オレは今度こそ……!!)

自分自身に絡みつくようなその視線から逃げるように、REINは来た道を慌てて戻った。



(どうする……これ以上サブ武器を使うのはあまり望ましい状況だとは言えない。ただ、どうすればこの状況を抜け出せる…!?)

戻ったのは先程のハリボテの石像。サッと隠れることの出来る物陰はここしかなく、今だけは隠れることに不便なこのアバターの身長設定を憎く思ってしまう。

「っ……………!」

再度ズキリと痛む頭をREINは強く抑える。これ以上使用回数を重ねることは良いとは言えないだろう。何度見たって、彼が彼女の姿であり続ける限り、この情報が変わることは無い。ただ無意味に自分へのデバフをかけ続ける訳にもいかないのだ。

(……でも、mokuちゃんの姿になったリルくんを見て……攻撃を躊躇ったって、ことは……)

ハッと鼻で自嘲じちょうするように笑えば、肩の部分に何か金属のような薄い板が当たったことに気づく。パッと振り返れば、薄く小さな黄緑色のプレートがハリボテの中に埋め込まれていて。周りが削られていることから取り外し可能だと察する。

プレートを恐る恐る外せば、中から誰かが書いたであろう手書きの文字が浮かび上がる。


『このゲームの制作者は誰よりも平和を望んでいた。望みすぎたあまり、徐々に彼は狂気に呑まれた。もし、最悪の事態が起きた場合。それは決して救済なんかじゃなくて…』


「…………………これ、もしかして」

続く言葉を最後まで視線で辿り、REINは小さく呟いた。口元を手で覆い、先程のカミサマの言葉を振り返る。

(​───────!、そういうことか…!)

痛む頭を抑えつつ、「今だけ耐えるか、あっちのカミサマに貸し1つってことにしないとな…」と呟きながらREINはその文字に向けてサブ武器を使用する。……そして、見えた内容は。


「追いかけっこは、もう充分ですかぁ?」

「!」


この場に合わない間延びした声に、思わず反応してしまう。少し時間が稼げたとは言っても、ほとんど直線だったのだ。


「ねぇ、れいんさん。何をそんなに怖がっているんですか?地獄に堕ちるのが、そんなに怖いですか?」

「…………」

「あっちで、僕はひとりぼっちなんですよ。ずっと、ずーっと。れいんさんがまた傍に居てくれるのを待ってるんです。ねぇ、なんで一緒に地獄に堕ちてくれないんですか。教えてください、れいんさん」


​───────何を、そんなに恐れているんですか?


「​───────……」

リルの紡ぐ声を聞き、REINは静かに考える。今までの自分の願いを。

(………似てたのかもしれない。もし、オレの状況が違っていたら……リルくんと真逆だったら)

大切な人の最期を画面越しでだけ見せられて。時間をかけて理解しようとした現実の情報は無理やり暴かれて。……偽った自分から、本当の自分を見せることを何よりも恐れて。自分の居場所に依存して。

(……でも、オレが。最後まで逃げずに……ここまでこれたのは、絶対“アイツ”との試合のおかげで)

肩を並べて過ごしたあの日々を、俺と君との思い出と言っても許されるのなら。背を強く押してくれたその灯火ともしびを、抱えて生きていくと決めたから。

(………………だったら、オレの願うことは……自分の居場所じゃない)


「…………さっき、君に言ったオレの願い。訂正するね」

「………?」

リルの困惑を感じつつ、そのままの状態でREINは言葉を続ける。

「君の変えた『全員の蘇生』。……そう願いたい気持ちはよく分かるよ。オレだって、もしかしたらそれを望んでいたかもしれない。君と意見が合致したかもしれないし…立場が逆になる未来もあったかもしれない」

でもね、とREINは紡ぐ。


「1回戦の時…気づけたんだ。相棒だなんて言いながら、あいつに一瞬でも殺意を覚えた自分も…あいつから殺意を向けられたことも。その全部が嫌で嫌で…また、逃げ出して…死なんて救済に……逃げに、すがっていたかもしれない。」

「でも、それは違ったんだ。……それは、あいつにもあの子にも失礼な話だと思ったから。」

「最後のあの瞬間はただがむしゃらだったよ。…だけど別れの辛さよりも、あいつと真っ向勝負が出来たことが……嬉しくて、楽しかったんだ」


(願って、守りたかった居場所も……2人はもう居なくても)

自分自身の手のひらを見つめ、軽く開閉する。前を向き、その場から立ち上がればその決意が固まって。


「死ぬことは救済なんかじゃない。逃げの選択肢は、あいつに怒られるだろうし…許されないだろうからね。」

「これは願いじゃなくて、オレの意思表示みたいなのかもしれないけど……」

軽くメイン武器を振れば、その青い刀身は顕になって。

「​───────『生き残って、2人を奪ったこのゲームの世界を壊す』。それが今のオレの願いだよ」

自分自身に出来る、最大限の全てを持って。何よりも許し難いこの現実を変えようと決めたから。


スッ…と短く息を吸い、メイン武器をしっかりと握りしめる。

そして隠れていたハリボテから姿を見せ、真正面に向かえば

「​え、」

​───────こちら側に青い携帯端末を向けるmokuの姿を捉える。

「さっき、出会う前から見つけてたんです。触っても個人情報が見れないから何でかな〜とは思ってましたが……やっと使い方の意味が分かりました。」

ねぇ、れいんさんとまた甘えるような声が響く。

「……ここが、れいんさんの“思い出”の場所ではないんですね」

カシャリ、とカメラのシャッター音が聞こえる。同時に、周囲の景色も移り変わって。



「​───────……」

「ここが、れいんさんの思い出の場所でしょう?」

どこかの部屋の一室。家で言うならリビングに当たる部分だろうか。だが、REINはこの場所に見覚えがあって。

「………なんで、今更実家が……」

「最初から色々不思議だったんですよねぇ。願いの場所でありながら、思い出の場所に当てはまるかどうか…とか?」

空間が狭くなったことで強制的にリルとの距離は近くなり。目の前ですいすいと指を動かす姿を止める事が出来なくて。

「あとは、大切なものは必ずしもその存在そのもので現れないことをみくるんちゃんとの試合で学びました。彼女の大切なものは自分自身の命でしたが…俺と戦った時に出てきたのは花でしたので。」

そしてその手がピタリと止まる。にっこりと微笑んで見せるその姿に、パチ…とノイズが走る。

「だから…もしかしたられいんさんの大切なものも大きすぎたら違うものが代わりに見えるかもしれないなって」

そう告げて、くるりとリルは端末を回してREINに見せる。画面に表示されていたのは先程自分達が居たハリボテのShadow taGの世界で。


「あまりにも慣れ親しんだから…見えなかったんですね。大切なものに」


その指が、ゆっくりと画面に触れる。やっと動いたその足で、REINも手を伸ばすがそれよりも早くにmokuの​────リルの手が、画面に触れる。刹那、リルの中に大量の情報が流れ込んで来る。



優しく伸ばされる手に、思わず頬は緩む。幼少期なんて単純で、両親から褒められることが何よりの生きがいとも感じていて。

褒められるための努力は、いつしか当たり前になっていて。それだけやってやっと“当たり前”。少しでも努力を怠ることが“裏切り”で。


母の無理やりの説得のもと、金銭面通わせることを渋っていた父も“結果を残すこと”を最低条件として塾に通うことを納得した。高校になっても当たり前の努力だけで過ごせば、愛想も社交性もどこかに忘れてきてしまって。



あれだけ頑張ったのに。手を抜かないようにそのピンと張った糸をギリギリまで保っていたのに。……スマホに映ったのは不合格通知。

責め立てるように鳴り響く母からのメッセージ通知に既読だけを付け、ぼんやりとその画面を見つめる。

(………………もう、どうでもいい)

あれだけ頑張っても、努力しても。報われない時は報われない。遊んでいた奴らは望んだとこに受かって、努力を怠らなかった自分は落ちて。何が足りなかったのか、何がいけなかったのか。そんな原因を考えることすら全てがどうでもよくなって。

両親の元から逃げ、都会に引っ越したものの別の糸だけはピンと張って。誰にも会わないように、カッコ悪い自分を見られないように。


3年前、どこかで『とある有名な会社がオープンワールドゲームをリリースしたらしい』という話を耳にした。それにあたって色々な事件は起きたとニュースで話していたことから、『呪われた世界』とすらネットで囃されたこともあったらしい。

そんな話を聞き流し、帰宅後にそのタイトル名を検索する。『Shadow taG』、意味は確か『影踏み』。どうしてこんなタイトルに…とは思ったが、SNS上では「tagは“タッチ”っても言うから理想の自分を捉えるという意味では?」「サイバーパンクがベースなら、そのネオンの光を輝かせるための影が必要だから“shadow”が入るのでは?」等の考察が飛び交っていた。


(理想の自分を、捉える………)

理想の自分の影を踏んで、この世界で自分がそれに成る。……だとしたら、とんでもないゲームだなんて軽く笑いながらスタートボタンを押す。

最初は操作なんて全く分からなくて。これまで勉強ばかりさせられて、ゲームの類いには触れてこなかったばっかりに。しかし、周りの顔色を疑ってその場に順応する能力の高さがこの世界でも活かされたようで。周囲をよく観察して、情報を集めて、見様見真似で皆から愛されるキャラを文面で演じれば。望まれた“REIN”の姿は完成して。

同時に、勉強が無くても、両親でなくても自分の存在を認めてくれる人達はいるのだと知った。テストが100点満点じゃなくて、例え0点の俺だとしても。この世界は​───このゲームでは、自分の場所を許してくれるだろう。

何よりも依存したから、誰よりもこのゲームの存続を願った。一生、永遠に、続くのであれば。


(やっと、見つけたんだ)

​───────この場所は、誰にも奪わせない。



ぱち、とリルが瞳を開いた瞬間。見えたのは自分の首元に近づけられたライトセーバーの刀身。しかしそれには青い鎖が巻き付けられていて。持ち主の表情を伺えば、眉間に皺を寄せてリルを見つめていた。

「殺せませんよ、だって、れいんさんは僕を殺せない」

優しいですね。と告げれば「当たり前だよ」と小さく呟かれて。

「オレは、…君がリルくんだって分かっていても……mokuちゃんを殺すことは……」

「あぁ、本当。可哀想なくらいに可愛らしいですね。でも残念、僕はれいんさんであっても躊躇ためらいなくその首を折ることだって出来ますよ」

タンッと足音が響けば、青は薄紫へと色を変え。REINは鎖の巻き付いたメイン武器を下ろす。

「れいんさんなら、俺の願いも理解してくれると思ったんですがね」

「………確かに、前のオレだったら理解出来たと思うよ」

でもね、とREINは言葉を続ける。

「“リルくん”。……それって、本当に幸せなことなのかな?」

「………は?」

「全員の蘇生が……本当に正しい選択かってことだよ。キングくんの時にも話したけど……このゲームは、きっと誰かの手のひらで転がされているにすぎないと思うから。オレのこの考えが変わらない限り、君の意見に同意は出来ないな」

「それでもいいんです。どんな形であれ、俺の願いが叶えば全部全部、幸せな形に戻ります。全てをぶっ壊して、自分だけの世界を1からやり直せば……手遅れになった全てを取り戻せるって気づけたんです」

だから、と告げてリルはその拳銃をREINの心臓へと向ける。ニッコリと作った笑みを向けて、その言葉を吐く。

「​───────早く、僕と一緒に地獄に来てよ。れいんさん」



「…君はそう言うと思ったけどさ」

はぁ、と困ったようにREINは息を吐く。

「地獄か天国なら、天国の方が楽しいんじゃない?」

「………なんて、最初は一緒にいられるだけで良かったのに…いつのまにか高望みしてたんだなぁ」

優しく向けるその視線は、リルではなく違う誰かに向けるものと同じで。

「オレは君と出会って、いつのまにかすごく欲張りになったのかも。もっともっとって、君と過ごす時間を大切にしたくなって」

「…君の言う通り、地獄にでも行くべきなのかもね」と少し冗談を言うかのように言葉を続ける。


「でも…君がもし本当にmokuちゃんで、オレと一緒に君まで地獄に落ちようとしているなら、オレは全力でそれを止めるんだけどなぁ」

ゆっくりとその手を目の前の存在へと伸ばす。

「地獄なんて悲しい話じゃなくて、一緒に未来の話をしたいって思ってるのは……オレだけの願いかもしれないけど。」

「………オレは、mokuちゃんともっと違う話を沢山したいんだ。」


「わがままなお姫様だよ、本当に…聞く耳、もたないんだから」


「……………」

少しの間、返す言葉を迷い。そしてリルはようやく口を開く。

「​───────」

「………大丈夫だよ、だからそんな顔をしないで」


それでも顔を歪めたままのリルの気を和らげるように、REINは「実はね」と言葉を紡ぐ。



「見られちゃったから言えるけど…今まで、友達とかいたことないんだよね。」

「こんな喋り方、してるけど…本当は愛想も社交性も無くて…見様見真似で作った"REIN"ってキャラクターも、口調を考えるのは大分慣れてきたけど、ボイスチャットなんてする予定じゃなかったから、まさかこうして強制的に話さなくちゃいけなくなるとか思いもしなかったし…」


「それなのに、願ったんだ、“俺”は。散々逃げ続けた挙句、ようやく見つけた居場所にばかり縋って、ここが永遠に続くように、なんて」

馬鹿だよねとどこか自分に呆れるようにしながらREINは続ける。

「結局、ろーゆーとの約束も叶えられなかったな…」

「俺が、最後まで逃げずにいられたのもあいつのおかげなんだ。1試合目のやりとりがなかったら、絶対に今の俺はいない。」

「破天荒で危なっかしい奴なのに、何故か一緒にいて楽しかったな。…恥ずかしい話だけど、俺の人生での本当の友達はあいつだけだと思う。」

「友達というか、相棒って言うのか?ははっ、…俺の人生で相棒なんて口にするとか、3年前は思いもしなかったけど」

どこか照れるように笑みを浮かべれば、「mokuちゃんにはもっと伝えたいこともあったんだ」と告げる

「慣れてそうとか、言われたこともあったのに。実際は逆だったなんてな。」

「…俺は恋愛なんてしたことないし、それこそ見様見真似だったから」

「それでも…過去を知っても、現実を知っても、変わらず好きだって思えるのはきっと、そういうことなんだろうな、とか。…まあ、俺の本当の姿を見て彼女が幻滅しない保証なんてどこにもないけど。」

「……俺に、居場所をくれて、ありがとう…それと、守れなくてごめん…って、…二人がここにいないんじゃ、どうやったって伝わらないって、分かってるのに」

目を細めて、その現実を一つ一つ噛み締めるようにREINは言葉を紡いでいく。

「綺麗事みたいだけど、今までのは全部全部本心で…どうして二人はここにいないんだろうって、未だにずっと考えてる。分かっていても、現実から目を背ける癖は昔から直らないみたいでさ。」


「だから…頼む。まだ俺がこんな我儘を言っても許されるかはわからないけど…どうか、この世界を救う方法を、見つけてほしい」


「これ、totoririくんと敢くんも見えてるんだよね?なら、最後に俺が知ってる情報……全部を、皆に託していくよ。」

「希望があるかはわからない…何をしたって無駄かもしれない。でも、逃げ続けて、諦めて後悔することほど息苦しいことは、無いんだ」

(きっと、あの時のカミサマが俺にサブ武器を使えって言ったのは……あのプレートの奥を見た時に、情報の正しさを高めるためにわざと言ったんだな…)

そうすると、やはり正しいのはあの仮説だったろうとREINは考える。……なら、今の自分に出来る限りの最大を成し遂げよう。

「​───────本当に俺たちが怨むとするなら、“夢を見ていない方”……『僕』と言った時のカミサマだ。多分、『私』は自己学習を繰り返して成長するだけのプログラム……mojitoちゃんと、同じ。」

「だけど最後まで生き残らないと彼を倒す術は無い。何故なら本当に彼がこの世界の“神様”だから。……誰が生き残るか分からない、けど、それでも……あいつの思い通りの結果にだけはしないで。」

「あいつのやりたいことは、救済は救済でも……『自分自身の救済』だ。本当の目的は『復讐』で、俺達はただの『被害者』に近いから。……ラリマーくんの時に見えた、ニュースの内容を思い出して。“僕”と話した時に見えた違和感を、思い出せば見えてくるものはある」

目の前のリルはゆっくりと瞬きをして、REINを見つめる。メインストリートに残る敢とtotoririも、どういった反応を示しているのか分からない。……それでも、出来る限りのことはし尽くしただろう。

(サーチが使える俺を利用する気だったのは、全てを知った上で俺が皆に情報を伝えるって信じてくれてたからかな……全てを皆が平等に知って、その後の行動で……またあの子は学習を繰り返して、人を理解しようとするんだろうな)

きっとこれが、“あのカミサマ”が目的としたことなのだろうとREINは考える。


「…………れい、ん………さん」

「…話したら疲れたな…俺が言いたかったことはこれで全部、だと思う」

あまりお喋りな方じゃないからさ、と付け足せばリルは一瞬視線を逸らす。それでも、向けた銃口の先だけは一切ブレずに。

(……それが、リルくんの今の答えなのかな)



『プレイヤー・REINをキルしますか?』

​───────​───────『はい』。


パンッ、と発砲音が響く。撃ち抜いたそこは、ペイントのようにも見えるが確かにじわりじわりとREINの黒い服に滲んで。ボタボタと落ちた青い絵の具をREINは靴で擦って伸ばし、打った箇所がリルに見えないように自身の腕を掴む。つ……と月のように優しく光る片目から、一筋の雨粒は頬を伝って流れ落ち。


(………………………あぁ、)

「…ろくでもない……………人生…だったけど、」

「でも、………………幸せだった、な…」


大好きだったこの場所に、そして大嫌いになったこの場所に。最期の別れを告げるように、REINは静かにその瞼を閉じた。




「最後の最後に余計なことしてくれたね」

「!」

真横からハッキリと聞こえたその声に、リルは思わず振り返る。同時に、グラりと揺れて膝から崩れ落ちたREINを受け止めたのは​───────見間違うことなんてない、カミサマで。

残る2本の腕を器用に動かし、カミサマはREINの首元や手首に触れる。少しの無言が続けば、「おめでとうございます、今回の勝者は夢属性 リルさんです」と決まった言葉が返されて。それでも黙って口を閉ざせば、「でもまぁ、大方は彼の言う通りだよ」と返される。

「今更自分自身の姿に言い訳する気力も無いし……どっちにしろ、僕やこの世界をどうこうしたいと願うなら最後まで生き残らないと。ね?」

キミはどう?とわざとらしく問えば、「でも俺の願いは変わらないと思います」と弱々しく返される。

「REINさんとろーゆーさんのように……互いに認め合えた存在も、本当の俺を……全てを。受け入れてくれる人はいなかったから。」

「何度冷静に考えても、思うんです。『あぁ、俺は本当にただの傍観者ぼうかんしゃだったんだな』って。……一緒に遊んで、肩を並べて、“俺”を見たのは……彼だけど…………やっぱり、REINさん達のように認め合えた存在は、もう居ないから」

ギュッと握る拳銃に力が入る。ふーん…とどこか興味無さげに声を零しながら、「とりあえずもう良いだろ?きっと武器トレードをキミが使うことは無いだろうし」と告げられる。小さく首を縦に動かせば、グラりとリルの視界は歪み、黒に染まった。

「キミは一生、ありもしない夢に呪われ続けてるんだよ」

……そんな誰かの声を、遠くで聞きながら。



「…………“アイツ”がキミに利用する価値があると見込んだのなら、今だけ教えてやるよ」

REINを見下ろしながら、カミサマは1人呟く。

「才能ある人間が何でも上手くいくわけないだろ。結局、良いように利用されるしか無い人間もいるんだ。」

「​───────だから、僕のこの復讐は間違っていない」

パッとREINを支えていたその手を離せば、とぷんと青の底へと彼は呑まれる。床に擦れたように残る青い絵の具を横目に見ながら、カミサマはメインストリートへと戻った。




「あの、僕………れいんさんのこと…好きなんですけど……」

そう彼女から告げられたのはいつだったろうか。好意の含まれた行動には気づいていたが、ハッキリとそう告げられた時は驚いた。直前までテキストチャットにてやり取りしていたが、それで返すのは失礼だと思いREINはボイスチャットへと切り替える。使用する予定なんて無かったが、これで返さないといけないと思ったからであって。


「こんなネット上で会ったような男に、そういうこと言ってどうなるかわかんないでしょ…オフで会いたいとか言われたら、どうすんの?もしオレじゃなかったらとか、さ、君ねぇ…」

とまで言い、口を噤む。自分の中でのハッキリとした答えはREINにはまだ無かった。しかし、彼女の想いにこれで返すことは違う。

「とか、今言うことじゃないかぁ…うん、伝えてくれてありがと。」

「でもさ…オレはね、君が思ってるより優しくないかもしんないよ?」

と代わりに返した。

「あ、」と小さくmokuは呟く。

「でも僕……れいんさんの事好きなのは本当です…オフも、構いませんし……貴方が本当に優しくなくても良いんです。僕…れいんさん好きですから…」

と詰まりながらも返す。盲目なまでの真っ直ぐなその気持ちは、画面越しであってもしっかりとREINに届いていた。

「もー、そういうとこだよ…」

とREINもつられて照れたように返す。自分の姿も、相手の姿も本当のことも何も分からない電子の世界。だからこそ言動の1つ1つに人は怯え、怖がり、気を遣うのだろう。

それでも、彼女が向けてくれた精一杯には自分も返したいと思った。いつか、遅くなってしまうかもしれないが。ちゃんとこの気持ちを自分でも理解しきれたら、伝えよう。




むかしむかし、あるところに。ひとりの少年がおりました。

独りぼっちの君は、人よりほんのちょっとだけ我儘でしたので。何よりも強く望む願いがありました。自分が自分であるための、自分が自分で“いる”ための。この空間が何よりも大切で、手放し難くて、誰にも邪魔されたくなくて。この空間が、この居場所こそが自分にとっての唯一だとすら錯覚してしまうほどに。

護ることの何が悪いのか。大切な場所、君と“ひとりの■■■”が出会えたこの空間。


どれだけの想いを抱えても、君にちっとも届かないから。

憧れだった、素敵だと思った。​───────1番大切だと、思った。

誤魔化して、目を逸らして。何よりも受け入れ難いこの状況を拒んだら。

あぁ、愛しい人へ。それなら平和なあの日々のように笑いあえると思っていたのです。

……だから、こんな世界に終わりを告げよう。



さようなら、俺にとって1番だった場所。

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