#14 証明-誰よりも、あなたへ-
自分の隣に並ぶ、君が大切だった。
君がいなければ、今の自分はいなかったのだろうとすら思うほどに。居心地の良い君の隣は、自分の特等席だったのに。……なんて、断言してしまうのは君にも失礼だろうか。
永遠にこの日々だけが続けば良いと思っていたのに。どうやらそれを思っていたのは自分だけだったようで。
手を伸ばしても、君を止めることなんて出来なかった。流れ落ちる自分の涙なんかよりも、君が笑えないこんな現実が何よりも残酷で。
あぁ、でも。自分が諦めることは、これまでの全てを否定することになるのだから。
前へ進もう、もうそれ以外の道は閉ざされた。
ぱち、とリルが目を覚ませばそこはいつものラボ空間ではなく……目の前にあるのは電子掲示板。
軽く自身のアバターを見れば、それは最初の悪魔の姿のままで。あぁ、白が黒に戻ることは無いのだとぼんやり考える。
電子掲示板に映るREIN……
「あぁ、もしかして僕がこの子にだけ
べたべたとその赤い足跡を残しながら、カミサマは電子掲示板へと向かう。誰一人口を開かないこの空間で、カミサマはまるで読み聞かせをするかのように1人で言葉を紡ぐ。
「贔屓はしてないよ。だって、この場所でサブ武器を使えたとして……キミたちじゃ意味が無いだろ?」
「盾を使ってどうする?アイスボムを使って僕を凍らせてみるかい?……まぁ、あの御札とかならどうなるかは分からなかったけどね。あれは確実に停止を促す武器だから。」
「……あぁ、でも……ふふ、結局アイツも僕に何にも出来なかったから。兄の時から見てたけど、どっちがここに選ばれたとしても何も出来なかったんじゃないかなぁ。で、兄だったらきっとキミは彼をキルすることは出来なかったんじゃない?知らないけど」
くるっとカミサマが足で弧を描けば、赤く擦れた血の跡だけが床を照らす。それはまるで、先程の試合でREINが残した跡のようにも見えて。
「……『死人に口なし』って、よく出来た言葉だと思わない?どんな形であれ、後から事実を知ってあーだこーだ言い訳したって結局分からないんだよってやつ。あの言葉、僕好きなんだよね。」
「何かが起きてから『違う、こうじゃなかった』『本当にお前を思ってしたんだ』『まさか飛び降りるなんて思ってなくて』『俺たちはお前を信頼してたんだ』とか。つらつらつらつら薄っぺらい言葉並べてさ……結局自分のことしか考えてないのにね」
どこか自嘲するように笑うカミサマに対し、「それは君の話か?」と敢の問いかけが響く。
「そうだよ」
「…最初に比べて、随分自分の事を話すようになったな」
「まぁね。だってもう“僕”が悪いって断言されたのに自分を隠す意味は特に無いからね。もう少し前……それこそ1回戦くらいで言われたらまだ惑わせてみたかもしれないけど、どっかの誰かさんが要らない感情を学習しようと試みてるからなぁ…」
ガンガンと自分の頭を叩きながら「しかもいっちょまえに内緒を学習しやがったからな…」と小さく神は呟いた。何度か軽く叩き、「まぁ、もう最後が近いからいいか」とその動作を止める。
「つまらない僕の話なんかよりも、キミたちが歩んできた過去の話を見せてよ。その方が断然面白そうだからさ。」
「3回戦2試合目。現属性 敢対氷属性 totoriri。」
「そうだね……似た者同士だけど、キミたちは確実に違う者同士だよ。その違いに気づけたら良いけどね」
グラりと視界が歪む。何度目か分からないこの歪みもあと少しで終わるのか、と思えば何とも言い難い感情がふつふつと湧き上がる。
───────この試合が終われば、残すは最終戦のみだから。
パチ、と敢が目を開けば、そこはバニヤンとの試合で最初に見た景色で。異なる点は自分が椅子に座っていることと、目の前のカミサマは瞳を閉じていることくらいだろうか。
(……流石に、“私”か……?)
瞼を閉じたままである時、カミサマはよく“私”と告げていたがそれが必ずしも“私”とは限らない。事実、REINとのやりとりの最中で瞼を閉じたままであったが低い声……“僕”と同じ声でやりとりしている場面もあった。この事から瞼の開閉が完全に2つの存在を切り替えるスイッチでは無いのだろうとぼんやりと感じ取っていた。
(声を発さない限り、どちらか分からない……先程の発言から察するに今更ボイスチェンジャー等を用いる可能性は低いだろうか……)
目の前の存在は創作物か、神か。考えながらも言葉を待てば「さて、ここを勝てばあの存在と戦うことは確定だけども」と低い声が返ってくる。
「どう?これまでを振り返って。どの試合が印象深かった?」
「……それは、……」
「まぁ迷うよね〜僕はどれも平等に感じたけど」
あは、と笑いながら目の前の存在は手を組み、それに自身の顎を乗せる。少し見上げるようにしながらも、その瞳はじっと敢だけを映して。
「感覚的には映画を見ているのと同じなんだよ。画面越しに繰り広げられる虚構混じりのノンフィクション。……それに心動かされるヒトはあれど、ヒトそれぞれの感情でしか無いからね」
くるくると後ろの手は適当に自身の髪の毛を触っている。その姿に少しの苛立ちを覚えながらも、敢も言葉を返した。
「君にはそのように見えたかもしれないが、私たちはそうでは無い。これまでの全ては決して映画や虚構では無く、確かに彼らがこれまで歩んできた人生全てだ」
「キミの嘘つきな相棒にも同じことは言えるの?」
即座に返されたその言葉に思わずピクりと反応する。そんな敢の姿を見、カミサマは改めて言葉を紡ぐ。
「アレの個人情報、ちゃんと出しただろ?作られた“設定”ではなく、全てを。試合を重ねてヒトとしての強さを重ねていくキミの相棒に居たのは、僕を破壊することを目的に作られたプログラムだ。」
「1人で出来ないと判断したからこそ、協力者を増やそうとした。……そう、キミとかね。実際ここに選ばれたプレイヤー以外にもアレは広く浅い交友関係を築いていたのはきっと訪れることを想定した“今”の為だろうけど」
「………確かに彼女が多くの人に話しかけているのは私も何度か見たよ」
これまでを思い出すように、敢はそっと瞼を閉じる。画面越しの彼女は、基本常に誰かに話しかけていることが多かった。恐らく苦手だと感じた人物であっても、臆することなく。……注意深く観察していれば、そういった相手には明確に一線を引いていたことにも気づけたのだろうか。
「…だが、それが何だと言うんだ」
「僕が知りたいのはキミがアレの言葉を信じるかどうかだよ。……何がキミの心を強くあろうとするきっかけになったのかは定かでないから…だから、知りたいだけ」
組んでいた手を解き、カミサマは自身の手を口元に当てる。歪んだ口角を隠す気は1ミリも無いようで、ただ愉しそうに敢を見つめていた。
「だってほら、“優しいお願い”をする人間のキミでも、人のように動く機械には騙されるんだね。…いや?むしろ…だから騙されたのか。アイツがキミと出会って何を学習したかは知らないけど語られた現実は嘘だよ。」
「ねぇ、それでもキミは彼女が“学んだ”感情の方を信じる気なの?」
「…そうだな。」と敢は小さく呟く。そっとその目を開くが……そこに宿るのは確かな光で。
「彼女の存在は嘘だったかもしれない。彼女自身の現実の情報は嘘だったかもしれない。彼女が画面の向こうに存在しなかったのも事実かもしれない。」
「───けれど、私はその全てが偽りだったとしても、その思い出を否定したくない。」
「彼女が最後に私に言った言葉も、感情も、嘘じゃない。その程度で無に帰るような絆なら、最初から築けるはずがないから」
だから、と言葉を紡ぎながら敢は立ち上がる。言葉にも瞳にも迷いは見えず、それは確かな一筋を見つめているようで。
「私は、彼女を信じる。それだけだ!」
「………ふーーーん」
どこかつまらなそうに声を零しながらも「信じたいなら信じればいいよ。その光が拗れて堕ちてしまったら元も子も無いけどね」と続けた。
「何とでも言えばいい。…私の願いの変更は無い。お前が聞きたいのはこれだけだろう」
「パッパと答えてくれてアリガト。おかげで予定より早く対戦相手の方に向かえそうだ」
ガタリと席を立ち、ベタベタと跡を残しながらカミサマは玄関へと向かう。敢の真横を通り過ぎる際、低い声で「その結果がどうなるかは僕にも分からないよ」と告げられる。
「それでも構わない。彼女を信じる事は私が決めた結果だ」
「………あっそ」
真っ赤な足を引き摺るようにしながらカミサマはその場から去る。残された跡を見ながら、敢は静かに息を吐いた。
水色のスポットライトが輝くステージを、totoririは1人観客席側から静かに見つめていた。
ここで行われたイベント目的に合わないこの椅子は、カミサマが先程言っていた「アレンジ」なのだろうか。
(この状態ならライブビューイングっぽく見ることも出来るなぁ)
しかし目の前にあるのは大画面のスクリーンでは無く、確かに本物“のような”ステージで。時々キラキラと反射して見えるのはステージ上でも見たことある物で。……あぁ、そうだ。ここから見る景色とあの上から見る景色は確かに違ったのだと思い返す。
「クッキーはもうございませんよ」
「……残念だな〜、あのジンジャーブレッドマン可愛かったのに」
不意に聞こえた機械特有の女性の声にそう返せば、「作り物に過ぎませんよ」と後ろから聞こえる。
「てっきり“僕”の方が来ると思っていたけど」
「お望みとあらば直ぐに切り替えますよ」
んー…と声を零し、totoririが小さく口を開いた瞬間。
「───────まぁ、僕に聞きたいことなんて無いだろうけど」
「…本当に直ぐ切り替えることが可能なんだね」
「まぁね。そうじゃないと余計な事されるかもしれないから」
言葉を紡ぐその低い声にあはは、と乾いた笑いで返せば「キミとはゆっくり話せたこと、無かったね」と返される。
「近いとこがある訳じゃないけど……キミのゲームに対する態度に好感があったのも事実だ。キミは真っ当な方法で実力を積んだから」
「本当?まさか褒めて貰えるだなんて思ってもいなかったな」
「ここでくだらない嘘はつかないよ。……まぁ、Shadow taGで無ければもっと好感は持てたのも事実だけど」
はぁ、と後方から大きなため息が聞こえれば再度静寂が訪れて。……だが、カミサマがtotoririに好感を抱いていた事実は驚きであった。これまでの言動を振り返れば、この存在が紡いだ棘ある言葉の数々。プレイヤーに対して行動で示したのは緊箍児の操作くらいか。
自身の首は絞めていたものの、誰かに中指を立てることもキルされた後のプレイヤーを蹴り飛ばすようなことも無かったはずだと思い返す。
ねぇ、とtotoririは後方の存在に話しかける。
「試合開始まで…もう少し時間はある?」
「そうだね…まぁ、多少くらいならあるよ。足りなくてもどうせここにつくまで少し時間はかかるだろうし」
「……目的…が、“救済ではなく復讐”であることを否定していなかったのは?」
言葉と内容を慎重に選びながらtotoririは問う。何よりも、自分の背後に神がいるというこの状況がヒヤヒヤしてしまう。
あー…と声を零しながらも「それが事実であるから」とカミサマは答えた。
「でもキミたちが救済の道を辿れたのも事実だ。暗い部分だけを責めるなら、救われた彼らは何だって話。意図と目的は異なったけど…まぁ、別にいっかなって。」
「……キミならよく分かるだろう?才能があるから誰でも救えるスーパーヒーローになんてなれないこと。救いたかった“それ”は、容易く自分の手を離れて行く」
「…………」
「……あぁ、忘れるとこだった。先に聞くよ、願いの変更は?」
少し口元に手を当て、考えた後「変更は無いかなぁ」とtotoririは返す。
「そういえば、僕達の願いを聞くことはあっても君の願いを聞いたことは1度も無かったなぁ。…君の願いは“復讐”…になるの?」
「……それは目的だよ。そうだね、僕が願うとするなら……『このゲームを最後まで行うこと』。これが僕の願いであり、救済となる唯一の方法」
「つまり…最後に残った人の願いを叶えることが君にとっての願いになる…のかな?」
「………さぁね」
どこかはぐらかすようにカミサマが告げれば、気まずい雰囲気は流れて。聞きたい質問はもう少しあるが、敢の方を待たせてはいないだろうかという心配もある。望んだ返しが来ると確信が持てない中でこれは…と悩んでいれば、「聞きたいなら言いなよ。答えたくないのは答えないから」と呆れたような声が聞こえる。
「……なら、あと3つで質問は終わろうかな。───────この世界の“神様”である君って何者?」
(“カミサマ”というプログラムを組んだ人物か…Shadow taG運営陣とこの存在はイコールの関係性と思えない…カミサマ以外にもプログラムを組んだ可能性は?単純に僕達と同じ“中の人”による操作か?)
REINが告げた情報を詰めるための質問。あまりにも単刀直入過ぎたかもしれないが…回りくどく聞いたところでこの存在は苛立ちを増すだけだろう。
言葉を選んでいるのか、少しの沈黙の後に「キミ達の知らない存在」と短く返ってくる。
「プレイヤーの誰とも関わりはない知らない存在…とだけ言っておくよ。良かったね?この中の誰かを疑わずに済んで」
「リルくんは…」
「1ミリも関係ないよ。僕はキミ達の事を一方的に全て知っていたけど、向こうは僕のことを1ミリも知らないよ」
目の前のステージを照らすライトの色が変わる。水色から赤へ、ゆっくりとその色が交わる様子を見つめながら「ねぇ」と話を切り替えるようにカミサマへ声をかける。
「これは個人的な質問。…君はゲーム好き?」
「……唐突だね。まぁ、キミの職業から考えれば納得の質問ではあるか」
ほんの少しだけ和らいだ空気感を肌で感じつつ、totoririはその返事を待った。
「好き“だった”よ。僕の人生であり、生き甲斐であると思うくらいには。……だからこそ、僕はこのゲームを利用したけどね」
どこか含みを持った言葉を残し、カミサマは「ほら、次で最後だろ?それに答えたら試合開始だ」と告げる。
「僕からの最後の質問。」
「───────“君”は、君らしく生きてる?」
「───………」
これまでとは異なる空気感に互いが口を閉ざす。後ろを振り返るべきか否か、totoririが迷っていれば小さな声が聞こえた。
「僕は今が1番、僕らしく生きているよ。……悪いね、綺麗なだけのニンゲンサマとは違うからさ」
「……そっか」
赤いライトと水色のライトが交差する。光が織り成す景色の眩しさに思わず目を細めれば、「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」と告げられる。
視線だけを少し下げれば、足元をキラキラとした水色の影が光って。視線を戻せばゆっくりとその赤いライトは消え始めて。
「今回はキミからのスタートだね。……まぁ、先の試合を振り返るなら…ここから動かないことが利点だとは思うけど」
ギッ…と椅子の軋む音が聞こえる。恐らく背後に居た存在が立ち上がった証拠だろう。
「……聞いてくれてありがとう」
後方に居た存在に向かって告げれば、静かな声が返ってきて。
「交わる色を思うのなら、自分の全てを持って勝ち取ると良いよ。その王冠の時のように。……受け身な態度じゃ、ゲームのように上手くいく訳がないんだから。」
「───────それでは、試合開始です」
ブザー音が鳴ると同時に足元を確認するも、それが赤紫に光ることは無く。権利は彼が持っているのだと察する。
……同時に、とある光景が敢に見える。
情報の真偽性はお構い無しに、差出人不明で投げられた火の粉は人気になる程大きく燃え広がって。自分では無い大切な親友がその標的となり、自分自身でいくら否定しても顔の見えない言葉のナイフが何度も君を傷つけて。
「あれは嘘だから」
発した言葉は直ぐに否定の波に呑まれて。
「totoririさんが可哀想」
「riritotoさんのせいじゃない?」
「totoは好きだけどririは嫌い」
積み上げられた望まれない形での自分の人気と誰よりも大切な親友であり相棒の精神は反比例していて。
叩かれて辛いはずなのに、それでも素振りすら見せない彼に自分は呑気に「■は強いなぁ」なんて考えてしまって。……けれどもそれは、深夜に鳴った1つの通知で全て否定された。
「■■、ごめん。俺はもう無理だった」
柵の向こうの彼に何度も叫ぶ。幼少期から何度も自分を救った光は、もう何も映していなくて。
待て、行くな。その先へ行かないでくれ。頼む、こっちへ戻ってきてくれ。お願いだから、なぁ。
───────…そして、その光は。
「───────………」
ギュッと眉間部分を敢は抑える。対戦相手にも言えることではあるが、互いが個人情報の一部を強制で共有される。つまりは感じることや考えることも増えて。
(……riritoto……?)
見えた情報や名前から察するにtotoririの相棒や親友に当たる人物なのだろう。そして最後に見えた柵越しの光景は。
「……ひとまず、進もう」
小さく呟き、敢も玄関へと向かう。
────彼を知りたいのなら、見える情報だけを信じるのではなく……直接聞くべきなのだから。
先程の試合のこともあり、恐る恐る敢は玄関の扉を開く。……しかし、そこに広がるのは日常の景色で。
「………彼の場所も、ここ…ということか?」
(いや、だがそうなるとあの時のステージ会場は?先程の試合と同様で“思い出の場所”では無いということか…?)
強く印象に残るライトを思い出しながら、敢はそっと1歩踏みだす。玄関から出ても景色が変わることも無く。
(広さが変わったのであればここから行けということか?……道端で遭遇する可能性もあるが…)
静寂に包まれた街中で自身の足音だけがよく響く。鳥のさえずりや風の音1つすら聞こえないこの景色にどこか恐怖すら感じてしまって。
(それこそ……ゲームみたいな光景だな)
ゲームの中に閉じ込められているのに、抜けた感想が出てしまったと思わず息を吐く。『閑静な住宅街』と表現するにはまた違った雰囲気に呑まれるのではないか?と錯覚してしまいそうで。
ふと視線を下に向ければ、すい…と水色の文字が1つ道路に流れる。突然のことに固まるも、(そういえば違う試合でも同じ表現があったな)と思い出す。
先へと進む1つを追えば、後ろから小さな文字の数々がゆっくりと流れてきて。
『 、遊ぼや』
『 ー、遊ぼや』
『帰ってゲームしよや』
どこかの方言だろうか、文字からでも分かる柔らかな言葉を追いかける。コツコツと響く足音を導くように、優しい言葉は流れて行く。
(……大切な友人、なのだろうな)
文字を追いつつ、周囲を見渡す。相変わらず人気も無ければポスターや文字などの気になる物も見当たらない。
遊ぼ遊ぼと誘う文字に素直に従って進めば、1つの文字が角を曲がる。
『2人でゲームしてるとこ録画してさ、SNSに載せてみない?』
他より長い文章を追うべきか、短い文章を追うべきか。少しだけ迷って敢は角を曲がる。こちらの文章の方が、より彼に近づくものだと感じたからだ。
少し細くなった道を進みながら、何とか文字を追う。サブ武器となる盾を持ち直せば、金属特有の音も響いて。
パッとその文字が消えると同時に視線を上げれば、この場に似合わない立派な扉があって。
「………本当にめちゃくちゃだな……」
足を1度止め、扉をよくよく観察する。道路にぽつんと立つ扉は、明らかに不自然で。
後ろに回れば小さく光る文字を見つけて。よくよく目を凝らせばキラリと黄緑色に光って。
『貴方に謝りたいと思っても、多数派の意見だけを貴方は信じてしまったから』
「…、もひーと………」
ぽつりと口から溢れたのは彼女の名前で。ギュッと手を強く握り締め、敢は前を向く。コツコツと扉の前に戻り、1度だけ深呼吸をする。
「───────」
そっとドアノブに手を当て、力強くそれを押す。……同時に、扉の向こうからはキラキラと輝く水色の光が溢れて。きぃ、と高い音を周囲に響かせつつ敢は中へと進む。
コツ、コツと音が響く。キラキラと眩しい光は誰も居ないステージを照らして。メインストリートの電子掲示板なんて比にならない程の大きなスクリーンを水色のライトが囲っていて。映画館を彷彿とさせるこの座席は、ここ限定のものだろうか。
前方の席、光を反射して輝く何かが見えて。
ゆっくりと近くまで向かい、後方から「綺麗だな」と呟く。
「……好きなんだ、この景色」
「そう言って貰えるなら嬉しいよ」と柔らかな声で声の主……totoririは返す。「なんだか……貴方のようだな」と告げれば、「ありがとう」と小さく返されて。
「最前列で見るのはどう?少し首が痛くなるんだけどね」
「…構わないよ、大丈夫だ」
チラりと視線を下げれば、ステージに輝く光とは違う光が彼の足元を照らしていて。少し移動して、この足を動かせば容易くその色は変わるのだろう。……それでも、足を動かさないのは今さら怖気付いてる訳では無く。2人の関係性がその勝負を求めていないこともあって。
最前列に着き、互いに少しの沈黙が続けば、「戦う前に少し話をすることは出来る?」とtotoririから提案される。
「流石にこの場所での飲食を僕が提案することは出来ないからさ。…紅茶もマンゴーミルクシェイクも…ブルーベリーパイだって無いけど」
ティーカップを持ち上げるような動作をしつつ、totoririは敢へ提案する。掲げられた右手を見ながら「構わないよ」と短く敢は告げる。
「ありがとう。……君が来る前にカミサマから聞くことが出来た内容もあるから、その意見の擦り合わせもしたいと思って」
「なるほどな。…すまない、私の方でも会話は行ったが…有益な情報というよりは言い合いに近かったから…」
「気にしないで。……そうだな、何から聞くべきだろう…」
うーん…と少し悩む声が響いた後、「でも最初はこれかな」と呟く声が敢の耳に届く。
「───────君はカミサマについて、どう思ってる?」
これまでの『敢だけ』の試合を振り返れば抱く感情はマイナスのものだろう。しかし、全体を通して見たのなら多少の印象は変わるのではないか?と感じて。
少し考え、敢も言葉を選びながら淡々と返していく。
「…ゲーム自体を否定する気はあまりない。誰かを蹴散らしてでも叶えたい願いがあると、そう決めて進んできたのは私だから。」
「けれど、カミサマに対しては疑念が残っている。いい感情は抱いてないよ」
「………そっかぁ」
ぽつりと呟く声が聞こえたと思えば、「…実はカミサマに言われたんだ」と声が響く。
「彼の目的は『このゲームを最後まで行うこと』…これが救済になるとは言っていたけどREINくんの情報と合わせるとカミサマ側の救済にのみなる可能性が高いかな。」
「僕も君のように…というより、皆そう決めて進もうとしたからこそ……そう考えていた自分を否定することは難しくもあるからね」
どこか寂しそうに呟きながらtotoririは少し下を向く。しかし、話を切り替えるようにパッと顔を上げ、少し声色を上げて続ける。
「そういえばちゃんと聞いたことは無かった気がするけど…好きなゲームってある?」
「…ゲーム?何故?」
きょとんとした顔で純粋な疑問を返せば、「カミサマにも似た質問、したんだ」と告げられる。
「純粋に気になっただけだよ。君とはShadow taGのイベント攻略の話とかは以前からしたことはあるけどそれ以外のゲームの話は聞いたこと無かったな〜って思って」
場を和ませる為だったのだろうか。彼なりの気遣いを感じつつも敢は少し小さな声で「実は無いんだ」と返す。
「えっ、本当?」
「Shadow taG以外のゲームにはあまり触れて来なかったものだから…君の配信はもちろん見ているが自分自身でプレイした中で好きなのはShadow taGだったな」
「そっかぁ…でもわかる!君と遊ぶシャドタグは凄く楽しいし好きだから。あと配信見てくれていたのも嬉しかったよ、ありがとう。」
ちなみにMr.Bon-Bonさんの試合で出てきたのもゲームのキャラクターの1人?だったんだよ、とtotoririは補足する。
「海外のゲームでさぁ……あ、ホラー系とか大丈夫?びっくりする系とか…シャドタグと似た要素のオープンワールドゲームもわりとあるんだ。PvP形式じゃないのもあったりして…あとは10年ぶりにリメイクされたゲームとか色々あってね〜…長く愛される“神作品”って言われ続けていたから」
楽しげに語るtotoririを見つめ、敢の雰囲気も少し軽くなる。「本当に好きなんだな」と告げれば肯定の言葉が返ってきて。
「っと……ごめん、僕だけ話し過ぎたね」
「構わないよ」
ステージのライトがゆっくりと赤紫の色に変わる。珍しい光だがこの空間だからこそ叶うのだろう、とぼんやり見つめていれば「少し素直な気持ち、聞いてもいい?」と告げられる。
「君とは初期からの付き合いでもあったから気になっちゃったんだけど…どうして僕と一緒に居てくれたの?僕と一緒にいて楽しんでくれた?」
「最初から一緒にいたし、…落ち着けたから。楽しかったよ。長い間、貴方が配信を始めた最初の頃から見ていて、尊敬の念すらあった。」
真っ直ぐに言葉を発すれば、少しの反応が伺えて。
「貴方は、とても頼もしかったから」
素直な感情を告げれば、「ありがとう」とどこか嬉しそうな声が返ってきて。
「僕も尊敬の念もあったし、何より頼もしいとも思っていたよ。……だからこそ、どうして君がそこまで強く振る舞えるのかが気になる点ではあるんだけども」
きぃ、と音を鳴らしながらtotoririは立ち上がる。少し移動し、敢の前に立てばステージの光を逆光に瞳も輝いて見えて。
目を細めつつ、敢は言葉を紡ぐ。
「弱さを出す勇気も気力もないだけだよ。逃げることも、弱い部分を出すことも、立派な強さだ。…私はそれを持っていないから、振る舞いだけはそう見えるのかもしれないな」
自分のこれまでを振り返り、敢は告げる。過去の自分も、1回戦を迎えるまでの自分も。……弱さを出すだけの強さを持ち得ていないのは自分が何よりも理解出来ていて。だからこそ、自決の覚悟を決めた彼女に言葉が詰まって。
『─────愛する人は、作ってもらうものじゃなくて自分で見つけるものだもの』
自分自身の弱さを嘆いて、それでも自分の苦しむ顔は見たくないと告げた彼女はどこまでも優しくて。
『変化に必要なのは、必ずしも大きな出来事でなくてもいいのよ。』
『小さな小さな優しさの積み重ねでも、それは確かに変われるきっかけになるわ』
(……この言葉や感情の全てが、嘘では無かったから)
彼女の表情を見て何かを察したのだろう。totoririは「ごめん、…でも、答えてくれてありがとう」と即座に返した。
「謝らないでくれ。…こちらこそ気を使わせてしまって申し訳ない」
いつもと変わらぬ表情で返せば、totoririの表情が一瞬だけ変わって。そして小さく口を開く。
「───────…ねぇ、」
「……親友でさえも見殺しにしてしまうような弱者は、前を向いて良いと思う?光を浴びて、胸を張って生きて良いと思う?」
誰の話だとも明かす訳ではなく。少し重くなった空気とキラキラと輝く彼の菱形の瞳孔の対比を感じつつも敢は口を開いた。
「それを決して忘れていないのならば、私は前を向いて生きていいと思う。」
「…だが弱者だろうが、強者だろうが、その後の生き方を決めていいのはその人だけだ。」
「───────乗り切るも、たおれるのも、ことごとく自力のもたらす結果である、からね」
かつての小説家の言葉を借りて、彼に告げる。敢自身が『生きて良いと思う』と肯定は出来ても、結局のところ決めて思うことが出来るのは彼自身であるから。どれだけ他人が肯定や否定の言葉を並べても、人生を歩むのは彼自身であって。
彼女の言っていた通り、小さなきっかけの積み重ねが新しく道を拓くこともあるだろう。反対に、誰かの言葉が深く大きな傷を作ることもあり。本人の意図したものとは違っていても、相手がどう捉えていたかだなんて超能力者でも無い限り分からなくて。複雑に絡んだ糸を解く為の手助けはして貰えど、最終的に自分で解かなければ次には進めないだろうから。
「そう……。君の考えを聞けて良かった。ありがとう」
ふわりとtotoririは優しく微笑む。それ以上多くを語りはしなかったものの、少しの後悔と安堵を含んだ表情で微笑んで。
「……実はね、願いを変えようかなって思ったんだよねぇ〜」
いつものように少し間延びした口調で告げられる。困惑を僅かに表せば、「確信出来るものでは無かったから、内緒にしてはいたんだけどね」と軽く告げられる。
「みんなの試合を見てて、僕自身の願いについて改めて考えて。……“僕が”1番望んでいることは何だったんだろうって」
くるりと後ろを向き、ステージの方へとtotoririは進む。同時に、それは試合開始が迫っているということでもあって。
「後戻り出来なくなってしまった今、僕自身が望むこと。このゲームで過ごした大切な記憶も残したままで、大切な人と“また”を過ごす為に必要な願い事。」
軽やかな足取りでステージへの階段のステップを踏む。水色の足元がキラキラと照らして、ステージの2色のライトも輝きを増して。
「僕の願いはこうなんじゃないかなって。」
「───────『大切な人を守れる力、救える力が欲しい』。」
「……これが、僕自身の願い」
くるりと振り返り、敢を見つめる。少し寂しそうな声色をしながらも敢を優しく見つめたままで。
「……そうか」と小さく答えた敢に「君の願いも気になるけど、無理に言わなくても大丈夫だよ。」とtotoririは返す。
「守れる力…救える力が欲しいと気づけたからこそ。今回の僕の相手が君で良かったと心の底から思えるよ。」
「だから、」とtotoririは片手を敢へと伸ばす。それはまるで、ステージ上においでと誘うように。
「僕の全てを以て、君と全力で戦いたいんだ。敢」
「───────…」
2色の輝きは交わって、敢自身を照らす。その煌めきに一瞬目を見開くが、「分かった」と直ぐに同意の意を示す。
「───────ならば私も、尽力しよう。私の全てを以て。」
「でなければ貴方にも……彼女たちにも失礼だからな。とり」
歩を進め、ステップを踏む。totoririのように輝くことはない足元だったが、それでもしっかり1歩1歩を踏みしめる。
改めて同じ場に並べば、2人の身長差は大きく目立って。
「思ったより身長差の反映が大きくて驚いたんだよね」と告げるtotoririに「私も最初は慣れなくてふらついていたよ」と敢は苦笑いで返す。
「見かねた彼女が支えてくれていなければ、私は今でもこの目線の高さに慣れなかっただろうな」
「ふらふらしている姿を少し見たかったな〜って気持ちはあったけどね」
軽く言葉を交わしながらも、互いがメイン武器を祈る。水色のネオンサークルと、赤紫色のネオンサークル。ライトの反射で1層強く輝く光からそれぞれのメイン武器を引き抜く。双剣とレイピア、どちらも光を反射させながら。
言葉を交わしながらも視線を一切逸らすことは無く。
「……」
「……」
静寂が訪れた時、ゆっくりと2色の光が2人を照らす。
ゆっくり、ゆっくりとそれは進んで行き───────2つが交わった瞬間。それが試合開始の合図となって。
ヒュッ、と何かが投げられる音が響く。咄嗟に盾を目の前で構えればパキッと凍てつく音と何かが割れる音が響いて。
『“■■■■”だよ、お前』
「っ……!」
聞き取れなかった部分はあれど、決して忘れることの無いその言葉を思い出して。あぁ、思えばこれも私を変えた“小さなきっかけ”とも言えるのだと思えば苦い感情が湧き上がって。
しかし、直ぐに盾を下げればtotoririは少し屈んでその双剣を連結させようとしていて。
慌てて1歩横へ動けば互いの左右の位置は反転して。
「バフのかかった生身であれども、すぐ背後を取ろうとするプレイの癖は変わらないんだな」
「そうみたい。どうしても有利な局面に変えるためにはこれが最適だったから」
少し息を切らしながらも視線だけは逸らさずに。逸らせば最後、確実に息の根が止まるのが分かっていたから。
(どうする……?私の武器だけでは防御に徹するのみになってしまう。いや、しかしそれを利用して距離を詰めることは……)
ゲームと同じ要領で考えようにも、実際に自分が動くとなると話が変わる。バフのかかった自分がどこまで動けるかは実際に行動しなければ分からない。ましてや現実での体力等も影響するのであればtotoririがどこまで出来るのかいまいち掴めない。
(天井が高すぎるからあの時のように上に投げることはないだろう、電子掲示板…、は、割れた時どちらにも悪影響しかない。彼がそんなプレイをするとは考えにくいが…)
悩んでいれば次の一石は投げられて。恐らく敢のサブ武器の回数を減らすことか視界を遮って裏を取ることを目標としているのだろう。顔面へと投げられたその氷の爆弾へ花の盾を向ける。
バキッ、と何かが割れる音が響いて。
『ごめん』
そう謝る父と泣く母が見える。胸を締め付ける感情はあれども、泣けなかった。
弱さを抱えた現実から目を背け、強い自分に成るために涙を堪えた。
しかし、そんな自分に再度地獄は歩み寄って。強くなろうとしたあの日の自分ではなく、自身の弱さを嘆き悲しむ小さな自分がそこには居て。
「よそ見」
「っ」
短く告げられたその声に思わず1歩下がる。足がもつれ、尻もちを付いた自分をtotoririはじっと見つめる。
盾使用のデバフはあれど、この状況で目を逸らすなというのはなかなか難しいものもあって。
(……でも、もう、逃げないから)
ぐっ、と強く武器を握りしめて立ち上がる。しっかりと見つめる敢の瞳を見つめ、totoririは優しく微笑む。
「……やっぱり、君は強いよ」
「ありがとう。そうだと言うのなら、これまでの経験あっての事だから」
しっかりとレイピアを構える。そして、思い出すのは残された言葉で。
『あなたになら、託していいと思ったの』
『偽りの神なんかじゃなくて、貴女自身の力で願いを叶えて欲しいの』
「こんにちは」、と声を掛けてきたのは彼女からだった。
「…こんにちは。貴方は?」
「突然ごめんなさい、少し気になったから声を掛けただけなの。私は-mojito-、今プレイしてるのは画属性よ」
今思えば、これも協力者やデータを集めるだけの小さなきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
「あぁ…そうか。私は敢。勇敢のカンでイサミだ。今は…現属性だな」
互いの属性について話して、互いにエフェクトを見るために少し遊ぼうかと提案したのが最初で。彼女の独特な優しい雰囲気は気になれども、背中を追いたいと感じた王とはまた違った感情を持って。
何度か対戦を共にして、相棒の称号を獲得して。互いが互いにベタベタと一緒に居るような関係性では無かったが、共に隣に並んで、背を任せることの感覚を知って。
「ねぇ敢」
「…どうした?」
「私、敢も可愛らしい格好をしても似合うと思うのよ。スキンなら渡せるわよ」
「……君まで彼女たちのような冗談を言うのか…」
「あら失礼、本心よ」
(他愛ない会話でも、彼女は私に本心を告げてくれたから)
それを信じないのであれば、最初からあんな言葉を掛けないから。
「確かに私は…彼のように、形として残る何かを持ってはいない。」
「けど、それでも。形は無くとも、確かに紡いできた思い出は……縁は、あるから。───────君にも、そういった存在がいるのだろう?とり」
「───────…」
そう告げれば、totoririは大きく目を見開く。しかし、すぐにいつもの表情に戻って。
「そっか、僕の情報も見えていたんだもんね」
「……あぁ」
「……そうだね、僕にも…大切で、紡いできたものがあるから」
独り言のように小さく呟けば、「だから、守るんだ。今度こそ」とtotoririは告げる。
「君にも譲れないものがあるように…僕も、やっと色んなことを見て気づくことが出来たんだ」
「……私もだよ」
静かに互いが武器を構える。実際に握ったかどうかではなく、ゲームでの姿を思い出しながらの不格好なものかもしれない。それでも、この試合の先にあるものを掴むために。何度転んでも、立ち上がって前を向く。
交わる視線の中、どちらからともなく足を動かす。タタンッ、と響く足音と影とライトが交差して。その切っ先は確かに届いて。
『プレイヤー・ をキルしますか?』
──────────────『はい』
ダンッ、と足音が響く。乱れた呼吸を整えるように長く息を吐けば「凄いな」と褒める呟きが耳に届いて。
「………いい線まで、いったと…思えたんだけど」
じわりじわりと広がる胸の痛みと比例するようにじわじわとスキンに広がる血はぽたりと落ち、黒に変わった足元を水色に染める。
光り輝く赤紫色の影から視線を逸らし、敢はtotoririの近くに駆け寄る。広がる水色とふらつきながらもしっかりと立つ彼になんと声を掛けるべきか一瞬迷うも、直ぐに言葉は交わされて。
「ないす、げーむ………だよ。僕も、君も……本気だったんだから」
震えるtotoririの手に思わず触れれば、サブ武器の影響からか少しひんやりと感じて。
「あぁ、そうだったな」
互いの頑張りを讃えれば、「あのね、」と弱々しい声色が言葉を紡ぐ。
「僕も君に生きて、もらいたい。……君は強い。僕より、も…ずっとね。」
「……僕は……"死ぬ"つもりなんて無いよ。ただ、永く眠るだけ………だ。……君は、どう……かな。僕が眠っている間、君らしく、……強く、生きてくれるかな……………」
少し言葉を迷いながらも、その目を真っ直ぐ見つめて敢は返す。
「…それは少し、私を買いかぶりすぎだ。何度も言うが…貴方が想像しているような強さを、私は持っていないよ」
「……ごめん。焦りすぎたかも。…………押し付けて、しまうよう、な……ことを言ってごめんね」
「───────…だが、そうだな。尽力しよう。彼女とも、そう約束したから」
画く彼女の後ろ姿を思い出しながら、はっきりと言葉にする。そんな彼女の姿を横目で見、totoririは緩く口角を上げる。
「自分、の……命は諦めるつもりは無い、けど………君に託したくなる、気持ちも分かるなぁ…………」
霞み始める視界の中、震える片手を敢へと向ける。少し戸惑いながらも、その意図を察した敢は軽く手を伸ばす。
パン、と小さな音が響けば満足そうに彼は優しく微笑んで。
「thx、……GG───────最期に話すのが、君で良かった」
ふっ、と力が抜け落ちるように。totoririはその体勢を崩す。頭を打たないように咄嗟にその手を敢は伸ばすが、彼が頭を打つことはなく。
「ひどいなぁ。願いを変えたのなら、僕にも教えてくれて良かったのに」
─────代わりに低い声がその場に響いて。
バッと声の方を向けば、倒れかけたtotoririの腕をカミサマの4本の腕の内の1本が掴んでいる状態で。そして残る腕の内の違う1本は携帯端末を手にしていて。
「まぁ、終わったからもういいけど」
ぽいっと投げ捨てるかのように敢へ携帯端末を投げる。咄嗟にそれを受け取り、画面を確認すれば動画の再生画面で。
下に表示された動画投稿主のアイコンを見、そっと再生ボタンを押す。…刹那、敢の中に大量の情報が流れ込んで来る。
「 、遊ぼや」
何度も聞いた短い言葉。しかしそれに嫌気を覚えたことは無く。
友達と呼べる人がいなかった自分の横にずっと居てくれたのは彼であって。
偏差値の高い中学に行くと言った時、彼も同じ場所に行くと言った。成績が悪いという訳でもなかったが、それでも彼にはかなりの努力を求められただろう。
「 、無理しやんでな」と声を掛ければ「してないよ」と返されて。
「何でそこまで同じ学校に来たいんや、お前行きたい言うとった学校あったっしょ?」
「 の横にいたいんよ。そこが1番落ち着くんや」
「………そ」
中学に上がっても互いに人の輪の大きさが変わることはなく。それでも2人の距離が変わることは無く。
「遊ぼや」と誘う一言に「うん」と返す。それだけでも充分に足りる関係性であって。
母の仕事の都合で高校は東京を選んだが、その入学式で見知った姿を見かけて。なんで、と素直な驚きを口にすれば同じタイミングで東京に越したから内緒で同じ学校を受験しようと決めたのだと告げられる。
素直な感情を嬉々として伝えれば、「俺、わかったわ」と告げられて。
「お前と一緒にいるためなら何でもするんやな、って」
高校3年間も変わらず過ごして。ある日唐突に誘われた動画投稿の誘いには流石に驚いたが、「楽しい思い出残しておきたいじゃん」と告げた彼に「まぁ、いいよ」と軽く返して。何気ない会話から始まった道ではあったが、動画は想像以上に反響が良く。拙いながらも編集にも力を入れ始め、それ以外にもちゃんと準備は整えて。
「と、いうことで。はいどーもー!riritotoです」
「totoririで〜す」
気の抜けた緩い挨拶から始まる配信でも、確かな手応えは感じていて。
しかし、雲行きが怪しくなったのは4年目のこと。コメント欄の喧嘩を制してもお構い無しにリスナー同士は好き勝手言葉を流して。
数ヶ月前、SNSに流されたriritotoについてのデマが火力を増し、全力でriritotoを潰しに来ていることは理解していて。
「いいよ気にしないで。ごめん、ゲーム続けよ!」
大丈夫大丈夫と告げた彼の言葉を信じ、配信を続ける。
しかし5年目に差し掛かる頃、溢れかえるコメントは自分自身を憐れむ言葉と軽率に向けられる殺意の言葉で。
「かわいそう」であることが同情心を煽り、自分自身の人気を上げていく。同時に、「かわいそうにさせた人」であることが彼となり。こんなはずではない、と対処を迷っていても彼は変わらず「遊ぼう」と誘ってくれて。
顔の見えない相手から怨みや殺意を向けられているにも関わらず、強いなぁなんて呑気に考えてしまって。
「 !!おい、 !!!」
───────そんな自分が、どれだけ嫌になったのか。
深夜に鳴った通知に彼が1人抱えていた事の重さを知り、無理やり聞き出した声を頼りに彼の住むマンションの屋上へと向かった。
着いた時には既に彼は柵の向こう側に居て、どれだけ戻ってこいと叫んでも耳を傾けてはくれなくて。
……そして、光はすっと下へ落ちた。
なんとか一命は取り留めたものの、彼は外に出ることを恐れるようになった。
光を恐れる彼の姿を見て心苦しくはなるものの、今は我慢していた分ゆっくり休んで貰いたくて。どうか無理せずに、ただ生きて欲しいと願って。
扉越しに彼に告げる。リスナーたちや、若干ブラックな会社ではあっても仲間たちは大切で。……しかし、それよりも大切なものがあって。
「ただ、お前が生きてさえいてくれれば」
命があれば、それでいいんだよ。
「……一緒に生きて欲しいんよ、 」
それが1番大切なのだと知っていたから。
(お前が、苦しい思いをしなくて良いのなら、)
───────…俺が、最初に願っていたことは。
『自分たちの実況者グループとしての記憶及び存在をこの世から消すこと』。
「………」
ぱち、と1度だけ瞬きをすれば目の前の存在はtotoririの脈を確かめていて。首の総頸動脈の辺りに触れ、親指の付け根部分を軽く押している。確認が終わったのだろう、パッと顔を上げれば直ぐに敢の方を向いて。
「おめでとうございます、今回の勝者は現属性 敢さんです」
「……」
その黒い瞳を真っ直ぐ見つめれば、「ほら、次は決勝だ」と嗤って返されて。
「覚悟はとうの前から決まっているよ」
「あっそ。ならさっさと戻ろうか」
水色の光の海に呑まれるように、とぷんとtotoririの身体は沈んで行く。最後までそれを見届ければ、グラりと敢の視界は歪んで。
ゆっくりと目を瞑れば、意識は黒の世界に呑まれた。
「と、言うことで。どうも皆さんこんにちは〜ととりりです!」
1人になっても、2人でここまで築き上げてきたものを無駄にしたくはなかった。だから配信活動は続けていた。
月に1度、彼に手紙は送っている。たまに返ってくる返事に、年甲斐もなく涙は溢れて。君がまだ生きていてくれることが何よりも嬉しいから。
ソロで始めたShadow taG。12月に行われた氷属性限定のイベント『雪の女王杯』で優勝を飾った際にも配信は行っており。しかし彼にはゲームの話題よりも日常会話…学生時代と何も変わらない会話をすることが1番だと考えていたから。
優勝からしばらく経った後、一通のメールが届く。差出人を確認し、慌ててその内容を確認する。
『王冠おめでとう』
短い一言でも、彼が自分の配信を見ていたことは伝わって。ボロボロと流れる自分自身の涙を拭いながら、『ありがとう』と打って返す。
不透明で先の見えない明日のために。
氷が溶けて、そこから芽吹く花を待つように。
またいつか、彼の元気な日を見られる日を信じて。
(………あ、)
薄れる意識の中、totoririは思い出す。奥底に眠らせてしまった、彼への一通の手紙の存在を。
(………てがみ、………送り損ねたな………)
そしてゆっくりと瞼を閉じた。
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