#12 空の高さ-足元には要注意-

おいで、おいで、ここまでおいで。

そっちへ行くの?どうなったって、知らないよ。


薄暗い中、誰かのかすれた声が小さく響く。「しにたい」、と。

自分の口から零れたのか、聞こえた言葉なのか分からない。


おいで、おいで、はやくおいで。

あっちの世はなんにもない。良いこと一つも許されない。


おいで、おいで、早く来い。

薄暗がりの中、声にならない強欲だけが溢れてしまう前に。




REINがそっと目を開けば、そこはメインストリートの電子掲示板前。電子掲示板に映されているキング​──────にしき皇太郎こうたろうの個人情報を敢がぐっと下唇を噛み締めながら見つめている姿が目に映る。

(……最後の言葉まで、届いたのかな)

声に出来ない問いかけをREINは敢に投げかける。実際に声にしてしまえば、先程の試合を終えた自分から発せられるその一言の残酷さは彼女を傷つけてしまうだろう。


(……んで、さっき見たカミサマの情報……)

誰かに伝えるべきだろうか。そもそも、見えていたのだろうか。伝えようにもカミサマによって妨害される可能性も高く、何より信憑しんぴょう性に欠ける点が多い。

(後は……言う相手だって、考えないといけない)

そうぼんやりと考えながら、チラりと視線だけでバニヤンを見つめる。彼女はぐっ、と両手を組んで上に伸ばしていた。さながらそれは準備運動のようにも見えるが……当たり前か、次の試合は彼女と敢の戦いであり、自身の使用する武器は背丈と同じ程の大斧なのだ。



「まぁ、ここまで来れば精神面でも強くなるよね」

引く響いたその声の方を見れば、カミサマはその黒い瞳を細めてニッコリと微笑んでいた。

「というかそもそも、多少くらい図太くないとここまで来るのに精神面で参ってしまうよ」

いつも通りぺたぺたと赤を残しながら、カミサマは画面前に立つ。くるりと振り返れば、背後の個人情報はトーナメント表へと入れ替わる。

「……思ったより、あっという間になってしまったね。2回戦最終試合を始めよう」

その4本の腕を器用に動かし、カミサマは敢とバニヤンへと手を向ける。

「2回戦最終試合。現属性 敢対地属性 バニヤン。」

「これが終われば、準決勝。そしてそこで自分と戦う相手が誰かは……もう分かるだろう?」

視線だけをカミサマがtotoririに向ければ、皆の視界が暗転する。ぐらりと歪む世界の中、ハッキリと低い男性の声が耳に届く。



「​───────もうすぐで、…は救われる」




ぱち、と敢が目を開けばそこは見覚えのあるアパートの一室であった。

「​───────……」

どこか懐かしむように敢はキョロキョロと周囲を見渡す。記憶と合致しない点は、ここが作られた空間だからか。アバター姿とはいえ、盾を持っていることや靴で部屋に上がり込んでしまったのはどうにも落ち着かない。


コンコン、と軽くノックする音が響く。音の方を見れば、ベランダにいるカミサマがその目を細めて敢を見つめている。ベランダと部屋を繋ぐ窓が開いているからか、一瞬冷たい空気が流れ込む。

「懐かしんでいる暇は無いよ。流石にココで試合出来ないことくらい、理解出来るだろ?」

「……あぁ、勿論だ」

ツカツカとカミサマの元へ敢は向かい、ベランダの手前で止まる。灰色に濁った曇り空を背に立つカミサマは、色味が近いということもあるがそこに溶け込んでしまいそうな雰囲気すらある。

遠くに見える見覚えのない山をぼんやりと見つめれば、「願いの変更は?」と低い声が響く。

「無い。……だが、貴方に聞きたいことはある」

「何。答えれるのと、言っても意味が無いことがあるけど」

2本の腕を組み、もう2本の腕はするり…と手すり側を滑るように辿る。


「…………貴方の目的は、なんだ」


ぴくり、とカミサマは小さく顔を歪める。-mojito-との会話を通し、敢はカミサマの行動に疑問を持ち始めていた。

『願いを叶えるため』、だとするならば。戦うことの意味は何か。『少し力不足だから』、という理由でカミサマは自分達にゲーム参加の義務を与えた。戦わずとも、元から1人だけに声を掛ければ済んだものを何故この形式にしたのか。

そして-mojito-はカミサマが存在するこの世界を壊すことが目的だと話していた。“カミサマの行動”では無く、“この世界”と告げたことに違いはあるのか。……そもそも、Shadow taGの運営が、-mojito-とカミサマの2人を作ったのか。

増え続ける疑問はあれど、敢がハッキリと分かったことは『カミサマの行動に対する違和感』であった。


んー…と低く唸る声が聴こえる。目の前の存在は何か言葉を選んでいるようであったが、その表情はつまらないと訴えていた。

だよ」

「……救済?」

告げられた言葉を思わずそのまま返せば、「そう」と小さく同意の声を返される。


「思い返してみろよ、どう考えたって他によって他を救済していただろ。」

「幻のアイツは盲目でこじれた自己の感情を最期に祓われた。草のは最後の最後に1番会いたかった親友に会えた。光は自身の置かれていた人間関係について見直せた。炎のアイツは本当の楽しいを知った。」

「恋のはやっと過去の憧れから前進した。心のアイツはまともな感情を知った。呪のアイツは自分の罪に向き合い、最後に兄に会えた。毒のはキミの1番であれたことを知れた……ほら、どう見たって救いの話だろ」


さも当たり前かのように答えるカミサマに思わず苛立ちが募る。救済だと言うのなら、この存在は『死は救済である』と言うのか。


「運営の犬だったアイツについては救済も何も無いけど…少なくとも、キミは救われたんじゃないか?」

ケラケラと告げるカミサマに対し、少し顔を顰めながらも敢は言葉を続ける。

「…モヒートと、貴方は同じデータだと言っていなかったか」

「それは“データという存在であること”だけ。僕とアイツを作った人物は違うし、アイツは確かに僕の劣化版だ。……そのくせ、通信妨害なんて厄介極まりない機能なんて付けてきやがって…」

ブツブツと小さくカミサマは呟いているが、敢にはその言葉の意味は分からずにいた。

「…通信妨害と、あの時も言っていたな」

「キミは気にしなくていい。終わったことだ」

「……そうか」

(“救済”……か)

それ以外にも理由があるのでは?と感じるが確証は持てない。浮かんだ疑問を一旦避け、敢は「これで最後の質問だ」と告げる。


「​───────貴方は、必ず願いを叶える気はあるのか」


その問いかけを聞き、カミサマは未だかつて見せたことの無いほどに口元を歪める。

そして、後ろの腕を器用に使いベランダの手すりの縁に腰掛ける。ゆらゆらと動きながらも、その表情はどこか楽しげで。

「……キミは、あの時ここから落ちれなかったもんね」

「……は?」

「身を乗り出して、落ちる感覚を体験しなかったもんね。ちゃんとね、痛いんだよ。木とか植え込みに救われても、そこで出来た傷や痛みは現実だ。かさぶたになって剥がれて、傷痕は綺麗さっぱり無くなっても。経験したそれは一生残る」

「……質問の回答になってはいないと思うが」

そう返せば、カミサマは大きく身体を揺らし、外へと身を出す。そして勢いよく元の体制に戻れば、カミサマが強く足を打ちつけた箇所は赤く染まる。…薄く揺れる黄緑色のショールを落ちないように、またカミサマ自身の懐にしまう。



。ただし、勝ってからそういうことは考えな」



そのままトンと手すりから降り、ぺたぺたと敢の前に立つ。「退いて」と端的にカミサマから告げられ、敢は素直に右に動く。べったりと赤い足跡を残しながら、カミサマは玄関へと向かう。

「…バニヤンのとこか」

「御明答」

玄関の扉まで辿りつけば、カミサマは振り返り、笑みを浮かべる。


「キミは、キミが勝つことだけ考えてればいいんじゃないかなぁ」


それは、まるでこれ以上カミサマ自身について探られる事を拒絶するようにも聞こえて。

パタン、と響く扉の音に対し思わず敢は息を吐く。

(………勝つ、こと………)

その言葉を反芻はんすうしながら、敢はゆっくりと目を閉じた。




「遅くな〜い?もしかして、先にいさみんとこ説明行ってた?」

「おや、よく分かったね」

当たり前だと言わんばかりの表情でバニヤンはカミサマの黒い瞳を見つめる。自分自身のスタート地点となる場所が山の中であるためか、バニヤンは切り株の上に立っていた。トンっとそこから軽く飛べば、ガサリと草木を踏みしめる音が響く。

「願いの変更については?」

「無し!……そーいえば、当然だけど願い事ってホントに叶えてくれるんだよね? バニの王国ってどうやって作ってくれるの?」

威勢よく答えたと同時に、バニヤンは疑問を投げかける。先程の敢からの質問とは少し異なり、それは願いの叶え方についてだった。

「全勝したら教えてあげる。変に賢い子に全て言うと悪用されかねないしね。………まぁ、ただキミの願いはやりやすいからなぁ」

「えー!じゃあ、ワタシの願い事を叶える方法があるってことなんか!!えーめっちゃ希望に満ちてきちゃった…‪‪❤︎‬ やり方が分かったら願い事叶え放題なのかな…!?‪‪❤︎‬‪‪❤︎‬」

キャハ!と高笑いでもするかのようにバニヤンは笑顔で返す。ねぇ、と自身の口元に人差し指を添え、バニヤンはカミサマを少しの上目遣いで見つめる。

「​───────いさみん殺してきてくんない? ワタシが勝つところ見たいんでしょ? 嫌われ者の化け物同士、仲良くしよーよ‪‪❤︎‬」

それはコモモとの戦いで行われたカミサマとの会話からか。バニヤンに対し、『同族意識を感じた』と告げたカミサマが自分に多少の興味は抱いていると感じたからか。理由こそ口にはせずとも、バニヤンの発言にカミサマは鼻で笑いながら返す。

「僕も自分の手は汚したくないんだ。僕、嫌われ者に付け加えてかなり性格も悪いから。だからこのゲームにキミ達をんだよ」

「巻き込んだ?ふーんまぁいいや。性悪も嫌われ者も一緒一緒!お仲間だね‪‪❤︎‬」

「カミしゃまが偉くてバニがゴミカスってくらいしか違わないんじゃなーい?‪‪❤︎‬うふふ、似た者同士なんだから、ワタシ応援してね?」

「僕は基本、キミ達の事は等しく考えているからなぁ……よっぽど僕から恨み買うようなことしなければ、嫌うことも無いよ」

ふーん…と声を零しながらも、「あとさぁ」と言葉を続ける。


「死体ってどーなんの? ここで消えたアバターは?現実の肉体は心臓麻痺とかになる感じ?」

1回戦初戦でラリマーがmokuをキルした後、カミサマは『ことんと深い深い眠りにつく』と説明した。しかし、バニヤンにとっては説明不足であると感じたのだろうか。純粋な疑問を投げかければ「あぁ」とカミサマは声を零した。

「アバターはこのバトル空間外に溶けて消えてるよ。ほら、クラゲも死んだら水に返るって言うだろ?ゲームでロストしたなら、ゲームに返るのが妥当だ」

さも当たり前であるかのように、淡々とカミサマは言葉を続ける。

「現実の肉体へは眠りに落ちるように意識との接続が途切れる。…まぁ、キミが言った心臓麻痺には近いし、助かる見込みは1ミリも無いよ。意識失って動かなくなっても、それを見つけて貰えない人もいるから」

それは恐らく、1人暮らしをしている者達のことを指すのだろう。直近の情報で言えば、キングやラリマーの個人情報内には確かそのようなことが書かれていた気がした。

「…ふーん、あっそ」

何を思ったのか。バニヤンは少しの間を空けて適当な相槌を返した。


「じゃあ最後の質問だけどさぁ、武器ロックってどんくらい時間かかんの?ほら、見られた後にかかる鎖のやつ! 3分とか?」

ぐるぐると手と足首を動かしながら、バニヤンは問いかける。これまで武器ロックをかけられた者は、その後すぐに諦めを示した。mokuも、みくるんも。ミラーハートは攻撃の失敗により武器が消えたことを確認出来た。…これまでを振り返っても、武器ロック解除を見た者は誰も居なかった。

「まぁ大体3分くらいだったかな。基本武器ロックがかかったら覚悟するヒトが多かったから…正式に設定した時間は忘れちゃった」

どこか投げやりにカミサマが返せば、目に見える程にバニヤンは不機嫌さを顔に表した。

「はーつっかえ!コンマ何秒でワタシの生死が決まるってのに曖昧とかダル。ニンゲンサマに作ってもらった分際で仕事も満足に覚えてないとか恥ずかしくねぇの?」

「…あはは!なんてね?★」、と言葉を付け足せば、フフっとカミサマは目を細めて笑う。

「……何笑ってんの」

「いやぁ?まぁ、キミの言う通りだなと思っただけだよ。…でありながら、僕は満足に記憶出来ていないもんね」

「……?」

多少の嫌味に対し、カミサマはどこか楽しげに笑って返す。疑問を顔に表せば、「最後の質問には答えた。もう開始しても良いだろ」と返される。

「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」

しかし、バニヤンの足元は光らない。はー、と盛大なため息を吐き、「まー、パパっと奪えばいいってことね!★」とどこか楽しげな声を出す。

「前の試合に比べて、この場所ならキミのサブ武器だって存分に力を発揮出来るだろうよ」

「そだね!コモたん時の会場よりも広いし、何よりここはワタシの場所だし」

そう告げてバニヤンはその場から動く。カミサマが黙ってその背を見つめていれば、「ねぇ」と呟きバニヤンは立ち止まった。

「なんだい、質問はもう終わったって言ってたろ」

「試合のはね。これは個人的なやつ」


くるりと振り返ったバニヤンの表情はどこか無表情で。だが、答えを求めているようにも見えて。


「ワタシ、ここに居てもいい?」


それに対し、カミサマは当たり前だとでも言うように即座に返す。


が、居場所だろ」


その言葉を聞き、バニヤンはにへらと口角を上げて笑う。

「…そだね♡ いってきま!!★」




「…………」

一方、敢はどこか懐かしさを感じながら自分の思い出の場所を探索していた。

ブザー音と同時に自分自身の足元は赤紫色に光った。また、最初から権利を持った状態でのスタートになったのかとぼんやり考える。

……瞬間、とある光景が敢に見える。


薄暗い部屋の中、ズキズキと頬が痛む。殴られることは何度も経験しているのに、血が出なかったことなんて無かった。何度、この性別を理由に手をあげられただろう。

女として当然の成長が来れば、怒られる。

ただ日常生活を過ごせば、怒られる。

笑い声を上げれば、怒られる。


狂うことなんて許されない。狂ってるなんて認められない。こんな地獄みたいな環境で生きていれば、生まれる存在は嫌われ者の操り人形。糸が絡まり、その首や四肢をゆるりとかすめ、強く絞めても、私が私である限りこの世界は許してくれない。


​───────だから、だからこそ。



「……また、か…」

目頭部分をきゅっと抑えつつ、敢は呟く。属性の効果として見えるこの現実に、あと何度向き合わなくてはならないのだろう。断片的に見えるその光景は、1回戦で見た-mojito-の情報とは違い、終始薄暗い記憶であった。

(…きっとこれが、バニヤンの個人情報の1部なんだろうな)

すり…と思わず自分自身の頬を撫でてしまう。自分が殴られた訳でもないのに、鮮明に見えた光景が強く残る。


「……出るか、留まるか」

小さく呟き、チャックを上げて口元を覆う。ここから出ることのメリットはバニヤンの空間へ行けることだろう。しかし、デメリットとして“この場所”を離れなくてはならない。ならばここに留まるのが最善ではあるものの、この一室で彼女の斧と対峙出来るとは到底思えない。

(……バニヤンの空間次第では、彼女が圧倒的有利となるだろうな。だが、この場所で彼女を迎えることは明らかに不利だ)

…覚悟を決めるしかないのだろう。そう考え、足早にその場を去ろうとすれば視界の端に赤紫色の光が映る。視線だけをそちらに向ければ、小さく弱々しい文字が書かれていた。


『でも、まえをむかないといけないから』


「………」

ふいとそれから視線を逸らし、敢は先程カミサマが出た玄関の扉へと向かう。恐らく、そこからバニヤンの居る方へと繋がるのだろう。


コツコツと足音を響かせ、扉の前に辿り着く。そっとドアノブに手をかけ、扉を開ける。​───────その向こう側に見えた景色は。



「……………………やま、か…?」





(……山の中、で合っているようだな……どこかまでは流石に分からないが…)

パキッと小枝を踏みしめた音が響く。まさかゲームの中で山登りの経験をすることになるとは考えていなかったが。

先程敢が通った扉は、山中に足を踏み入れたと同時に消え去ってしまった。ノイズに塗れ、その形を崩した扉はこの空間が現実世界とは大きく異なることを指していた。


パキッ、とまた小枝を踏みしめた音が響く。青空だろうか、しかし木々に遮られてその空を確認することは出来ない。田舎の山、と言われて思い描くならこうなるだろうな…と敢は考えながら歩を進める。ガサガサと草を蹴る音が辺りに響くが、それ以外の音も個人情報の光も見当たらない。

(葉で隠れていても分からないな……サブ武器についても、いまいち掴みきれていない点が多い…)

コモモとの試合、バニヤンは1度もサブ武器を使用しなかった。恐らく、コモモと自分のこれまでの交流や関係から使わずともキル出来る算段を作り上げたのだろう。あれが全て彼女の計算通りだとするならば、今回はどの策で来るのか検討がつかない。


パキッ、と音が響く。……しかし、それは立ち止まった敢から発した音では無かった。



「ダメじゃんいさみ〜〜ん!そんなパキパキパキパキ足音立てたらさ!★」



上の方から少し聞きなれない声が響く。これまで彼女の声はボイスチェンジャー越しだったのだろう。故に少し聞きなれない声に違和感はあるものの、その口調は正しく彼女を表していて。

静かに敢が上を見上げれば、その橙色の長い髪を揺らし、彼女はその口角を上げていた。


「よぉ〜〜こそ!!バニちゃんの世界へ!!」

「ご機嫌いかが?★ここがこの世の一丁目!彼岸と此岸の狭間、バニちゃんフィールド『お山』でーす!!」


キャハ!と高笑いするかのように彼女​─────バニヤンは、敢を見下ろしていた。


「……やはりここが君のバトルフィールドになるか」

「そゆこと★だから目ェ閉じてても分かるよ? 地形も地質も全部頭にはいってる。」

「そんな目立つ足音鳴らしまくってバレないでいれると思ってたワケ?足音1つでどこにいるかバレる恐怖をあの世の土産にしてけ?★」


(サブ武器は見えない、隠してるか…まだ見つけてないのか?)

レッグポーチ内に仕舞っている可能性は高い。上から敢を見下ろしているため、その位置から攻撃が来る可能性もあるだろう。…だが、こんなにも早い合流になったのであれば、バニヤンは個人情報を見つけていないのでは無いか?と疑問が湧く。

確かに、ラリマーとリルのように何かしら強い接点があった者たちならば個人情報も探すだろう。しかし、REINとキング、バニヤンと敢のように特別相手の個人情報が気にならない限りはさっさと相手を見つけて勝負に持ち込むのが良いのだろう。

「ここが君の場所だろうと予測は出来ていたよ。見覚えの無い山が見えたからね」

「冷静に解析すんなし。うっざぁ〜」

いつ何が来ても良いように敢は盾を構える。それを見たバニヤンは少し片眉を上げるも、どこか納得したように笑顔に戻す。

「あれか、いさみんは個人情報見っけてないワケね。見つける前にちゃっちゃと見つけれてラッキー★」

「……そうだな、まぁ…君のような武器ならば先に武器ロックをしたいところではあるが」

「だよね〜!だってバニ、アレでも普通にぶん回せるし!」

ケラケラと笑いながらもバニヤンは言葉を続ける。

「いさみん的にはバニの宝物見つけたいワケだ!そんないさみんにやさし〜バニヤンサマからサイコーな提案したげる!★」


「宝探ししよっか!! バニは沢山宝石を見つけるから、いさみんはバニの宝物を見つけてね!!できるもんならな??」


どこか挑発する口調でバニヤンは敢に宣言する。少し考える素振りを見せれば、敢は小さく首を縦に振る。

「そうだな、やってみよう」

「返事だけはご立派だね〜‪‪❤︎褒めてつかわす〜!」

軽くパチパチと乾いた拍手を添えてバニヤンは敢を見つめる。楽しげに歪められたその星と横に伸びる線の瞳を、じっと敢は見つめる。奥底まで見透かすようなその視線からほんの少し上を見、バニヤンは言葉を続けた。

「やさし〜バニからの忠告ね!神隠しに気をつけて★ 仙人様はなんだっておみとおしだゾ★ いらない女子供老人はみんな、この山に消えるの!!ワタシも、お前も!!」

「……神隠し?」

その一言が敢には妙に引っかかるも、バニヤンがそこを説明することは無かった。

「ほらほら〜!早く早く!!いさみんよりワタシの方が速い…ってコトぉ!?」

ザッと勢いよくバニヤンが斜面を滑り降りる。同時に素早く後ろ手に隠し持っていた黄色の鉱石を敢に向けて投げつける。


「バニ様パレードの祝砲、発射〜〜!!!!」

「っ!」


敢は思わず顔を横に背け、盾を手にしていない方の腕でその攻撃を耐えようとする。ガッっと腕に石が当たる感覚を覚えると同時に、視界一面が真っ白に塗りつぶされる。試合直前の暗転とは違う、閃光石による光の目潰しであった。

眩しさに思わず目を瞑れば、「ァハ‪‪❤︎‬」とどこか甘ったるい笑い声が聞こえる。

「ダメじゃんいさみん、ガラ空きだゾ★」

「、は…」

未だに視界が戻らない目元をこすりながらも、敢は声のした方を向く。確かに先程より近づいたその声と、自分自身の置かれた状況。そこから考えられる最悪を言うのなら。

「これじゃあバニが宝石見つけるよりも早くいさみん負け確定演出来るんじゃない??バニ勝利確定フラグ??」

(………踏まれた、のか………?)

未だに1色に塗りつぶされた視界では確かめることが叶わない。どれほどで解除されるかも分からないのであれば、今のこの状況は敢にとってかなり危険だ。

(とにかく、距離、を………!)

無理やりにでも足だけを1歩引く。先程よりは多少見え始めてきた視界には未だ慣れないが、どうにかして彼女から距離を離したかった。


「おやおや〜?そっちは危ないよ〜?ふふふ、ワタシ言ったからね?しぃ〜らない‪‪❤︎‬」

足元を橙色の光で輝かせながら、バニヤンは悠々と敢との距離を詰めて行く。わざとらしく遅めに歩を進めているのは、この状況下に置ける自身の優越感ゆうえつかんに浸っているのか。はたまた逃げ惑う敢をどこかで追い詰めようとしているのか。理由はバニヤン自身にしか分からないものの、画面越しに見ているプレイヤーからしてもあまり良いものだと感じなかった。


「流石害悪プレイヤーとしか言えないね。初見相手に容赦無いの、なぁんにも変わらない」


敢の頭に低い声が響く。カミサマの声だと理解するまでに時間がかからないのは、機械の女性声よりもこちらを多く耳にするようになったからか。

「害悪…?」

何とか半分以上見れるようになった視界。足元の影は黒に戻っており、どうにか逃げ道は無いかと視線を巡らせる。

「…キミ達、交流していたのに相手のこと何にも知らないの?とにかく荒らしが多いと言われた地属性は、半分以上は彼女が要因みたいな所があるよ。」

「『バニキッズ』、だっけな。ふざけた荒らしが地属性に多いのは彼女のプレイスタイルから。だけど彼女以上に“バニヤン”である者は居なかった。……ま!当たり前か!雲の上の存在に近づこうって方が烏滸おこがましいからね!」

アハハとどこか他人事のように笑うカミサマに苛立ちを覚えながらも、確かに“今の”Shadow taGのバニヤンを見れば納得である。人を煽る口調ではあるが、挑発するだけの人間では無く確かに相応の実力も持ち合わせていた。先程当てられた鉱石も、敢の目元にピンポイントで投げつけていた。咄嗟の判断が間に合わなければ、目で直接受け止めていたのだろうかと考えゾッとする。サブ武器である盾を使用すれば、彼女のそれを跳ね返すことが出来たのかもしれないが……

(ゲームのランク差と、現実での身体能力が逆なのか)

ザッと足元で葉を蹴飛ばせば、後方からのんびりとした挑発が聞こえる。


「そっちは急斜面だよ? 日当たり最悪でぬかるんでるし足元最悪だからおすすめしないな〜?」

「…忠告ありがとう」

その言葉が嘘かは分からない。しかし、この土地を知る者の意見を自然と信じてしまうのは何故だろう。動く足はその方向を避け、違う方へと向く。

「こっちも大きい石が多いし獣道も無いから足には悪いよね〜。」

「じゃあどこ行こっか?うんうん、あっちだね〜そうそう‪‪❤︎‬」

彼方あっち此方こっちへといざなうその声に翻弄ほんろうされるように、敢は足を動かす。

​───────ズルっ、と。泥濘ぬかるみに足がとられる。


「は、」


下を見れば斜面。普通であれば、何とか降れただろうが今の敢は片足を泥濘ぬかるみにとられ、バランスを崩している状態であった。そのままズルりと片足が下がれば、勢いのままに下へと落ちる。無理やり足を動かしてはいるが、コントロールは完全に取れず。背後からは「ワタシ、言ったも〜ん❤︎‬」という楽しげな声が掛けられた。


(確かこの先はまだ“あの場所”にはたどりつかないな〜……1個使ったからさっさと次の石、見つけよ)


居場所がある程度ハッキリしているため、いくらドロップ率が低いとは言え着彩石を引くことはほぼ無意味、と言えるだろう。爆音石を使用しても良いが、この静かな空間では意味が無いだろうか。

(ならやっぱ1番は効果テキメンな閃光じゃんね〜…さっさと視界かっさらってちゃっちゃとキルすりゃこっちのもんよ!★)

そんな考えを巡らせつつ、バニヤンは敢が下へと滑り落ちた道と合流する場所を思い出しつつ、その歩を進めた。



「………っ、たいな……」

ズキリと足首が痛いと感じるのは、現実世界であれば捻挫待ったナシのような位置から滑り落ちたからか。

(切り傷等で無ければ血は出ないのか……いや、だが…ととりりの時は…)

思い返せばMr.Bon-Bonとの試合の際、最後の攻撃でtotoririの頬を氷が掠めてはいたが、画面越しでは角度の問題から傷の有無までは見えなかった。ミラーハートとキングとの試合、彼女の脚をコブラは噛んだが遠くからその光景を見ていたことと、スポットライトの光の反射もあり、確認は難しかった。

(ろーゆーは拳だったからか…切り傷とはまた違う傷になる……みくるのサブ武器も茨だったが……あれはどちらかと言えば自分自身を護るものに近かったな…)

サブ武器でダメージを与えるものはあれど、この山のように行動したことによって受ける傷はどう反映されるか分からない。尖った木の枝や、ゴツゴツとした岩が多く、落ちた時の当たりどころが悪ければダメージはかなり大きいと感じる。

(……最早、この山自体が彼女のサブ武器のようにも感じるな)

地の利を活かすこと。ある意味でそれはサブ武器と同レベルの力を持ち合わせていて。これ程自然の武器も多ければ彼女の思い出の場所程厄介なものは無いだろう。


痛みを感じながらも、敢はどうにか歩を進める。…何気なく視線を下げた先、木の根元に光る橙を見た気がした。

膝をつき、軽く周囲の葉を払い除けながら敢はその光の文字を読む。


『秘密基地』


「……」

上には矢印のマーク。彼女からではなく、こうしてヒントとして現れたということは確かな情報なのだろう。

(宝探し、か…)

彼女の鉱石のストック数も不明。元々のゲームから更に制限を掛けられているため、もし全て把握出来たとしても、“このゲームでの武器”はほとんど分からないのだ。

「…行くだけ、行ってみるか…」

小さく呟き、敢はその矢印の方へと向かった。




ガサガサと響く足音。木々を掻き分けた先​───────1軒の、山小屋を敢は見つける。

窓のガラスは全て橙色に塗られ、古びたその小屋の中からはぼんやりと明かりが溢れている。……ここが、バニヤンの個人情報がある場所なのだろうか。

途端、悪寒を感じて敢は背後を振り返る。しかし、そこには誰もおらず。極限状態故に敏感になってしまったのだろう。彼女のサブ武器が鉱石なら、遠くからの投擲とうてきでの攻撃方法も考えられる。

(あまり逃げ場の無い空間に入り込むのが得策とは思えないが……いや、ただあの斧ならばこの中で振り回せないか…?)

外から見える分だけで判断するなら、この場所で彼女は満足に武器を振るえないだろうと予測する。…この先が、別の場所に繋がるのであれば話は変わってくるが。

(……少し開けて見て、それで判断しよう)

ノブに手をかければ、布越しでもひやりとした温度を感じ。キィ…とどこか錆びたような音を響かせながらその扉を開ける。



「​───────は、」


差し込まれた光によって、小屋内に存在する物は照らされる。ゴロゴロと無造作に転がるものもあれば、可愛らしい洋服で着飾ったものや関節が真逆に捻じ曲げられたものもいて。それらは皆、虚ろな瞳で敢を見つめていた。

ヒュっ、と思わず空気を吸い込むが、その肌色の人型を改めてまじまじと見つめる。

「…………マネキン、か…………?」

そっと1歩踏み込み、それらをよく見れば球体関節の物や関節部分に線が見える。

山のように積まれたその人型は大量のマネキン人形。幼児の遊ぶようなミニチュアフィギュアもあれば、その白い陶器のような肌を魅せる海外製の人形もあり。


ギシ…と床をきしませ、敢は中に踏み込む。人が生活する、と言うよりは本当に大切な宝物を詰め込んだ秘密基地のようで。大小様々な人形たちは1部を除いて全て敢に視線を向けていた。

(……トルソーか…?)

服屋でよく見る首と四肢の無いそれは、綺麗に並べられていて。他に比べてかなり大切に扱われているようにも感じるが……何故、これだけ。

一瞬 躊躇ためらうも、人形の山へと近づく。何体かの人形を退かせば、ぼんやりと光る橙が見えて。手にした人形達を静かに床に置き、退かし、また床に置き…と繰り返す。そして光る正体はやっとその姿を現した。


「………首の無い、マネキン…………」

他と比べて確かな年月を感じるそれは、ぼんやりと周辺の人形ごと橙色に照らす。少しヒビが入っているが、手入れは行われていたのだろう。状態は良かった。

(……これが、君の大切なものなんだな)

そっとマネキンの下腹部辺りに手を添える。刹那、敢の中に大量の情報が流れ込んで来る。



バチバチと激しく切り替わる映像の数々。

ギラギラと輝く光と合間に挟まれる暗い景色と耳に残る罵詈雑言は響き。


「恥晒しの役立たず」

「ふふ、嬉しいな……あなたも、地形で戦い方変えられるの、すごいなって思うよ、いつも」

「お前はもう必要無いことくらい、自覚してるだろ」

「GG、………だね」

「生きていることを恥ずかしいと思え」

「そんなにピリピリする事無いだろう?小鼠ちゃん。それに僕が引退したらコモモが悲しむからなぁ…」

「ごめんね…お母さんが男の子に産んであげれたら…」

「つーかアンタが意外だわ。まさかアンタがそんなに惚れるとはな」

「まぁ、ええんやないの。必要最低限以下でしか無いがな」

「うーん…オレ、バニヤンちゃんに警戒されるようなことしちゃったかな」

「そもそも親も親だな。高齢になって、最後のチャンスだったのにな」

「……は?オレはアンタとそんな接点無いだろ。話したのも初めてだ」

「聞いたか、アイツ。同級生殴ったらしいぞ」

「あら、逆に私なんかを『いい子』って言って貰えるなら嬉しいわ。怒らせてしまったのはごめんなさい」

「どこまで生き恥晒せば満足だ?どこまでお前は迷惑をかけて生きていくんだ?」

「いや、君のアバター衣装の組み合わせが素敵だと思っていただけだよ。私はこのアバターで慣れてしまったから…」

「大きくなるまではアイツに面倒を見させよう。役割を与えてやるだけ、有難いと思えば良い」

「いいんじゃねーの。ぅれもあのクソキモボインボイン?は喋り方きめーから気に入らねぇし」

「跡継ぎはお前じゃない。当たり前だろ?アイツが産まれたんだから」

「良いんじゃないです?僕は別にどっちでもいいと思いますよぉ〜」

「殴ったのはお前だろ!!地主の娘だからって、偉いからなんでもしていいのかよ!」

「リスナーから話だけは聞いてたよ。君がバニヤンさん…だよね?」

愚息ぐそくの無礼を、どうか、どうかお許しください…!あぁ本当に、アンタは地主様の娘様になんてことを…!!」

「バニヤンのそのアバターめっかわ!ウチそーゆーの、ちょー好き!」


「​───────何故、お前が存在することが許されると自惚れているんだ?」

「俺…その、ごめんなさい、真っ直ぐ言って貰うと、照れくさくなってしまって…!」


真っ暗な現実。向けられるのは冷ややかな視線と、存在意義すら否定する言葉の数々。どれだけ殴られ、傷つけられ、暴言を吐かれたのか。産まれながらにその環境に身を置けば、感覚すら麻痺し始めて。

だけど、並行して存在する“バニヤン”なら、その存在は認められる。架空と現実、あちらを取ればこちらは立たず。考える時の思考は同じ。私に言ったことも、ワタシに言われたこともずっとずっと覚えてやる。ずっとずっと、お前らが後悔してもし切れないほどに怨みを添えてやる。自分だけ好き勝手言えて満足か?私をはけ口に出来て良かったな。一生を苦しんで逝け。

“男”“女”。産まれながらの性が私の生を決めた。良かったな、その性に産まれて。良かったな、その生を祝ってくれる人がいて。満足か?私は生まれたことを祝ってもらったことなんか無いけどな。

ウザったい。吐き気すら覚えてしまいそうだ。女を強調して、全力で媚びを売るその姿も、男として、私の好きを下品な目で見つめるその姿も。両親に愛されて、『自分は愛されてます!幸せな人生を過ごしてます!』とでもひけらかすようなその態度も。全部全部反吐が出る程に大嫌いだ。

罪を犯そうとした。火を投げる準備も、アイツらが毒にむしばまれる準備だって。


記憶の保管庫に適当に散らばる“わたし”は、綺麗に整頓してしまえば私自身の正気すら崩壊させるだろう。


虚ろな瞳が私を見つめる。愛しい愛しい、私のお人形。私を否定しない存在、どれだけ愛を注いでも一方通行で終わる存在、痛いことをしても責め立てない狂おしい程に、愛おしい存在。


皆がこうなれば幸せなのに。誰も何も私のものになる未来が存在しないなら、全て壊せば良いだけじゃん。

壊して、壊して、何にも分からないくらいぐちゃぐちゃになって、1からまっさらリセットすれば、全て私の思い通り。言うことを聞かなかったら、また壊してしまえばいい。



​───────だって、“人形”には替えがきく。



バンッ!と強く閉められた扉の音と同時に、敢は意識を戻す。勢いよく振り返るもそこには何も………否。

(……私は、扉を閉めていなかったはずだ)

何よりすぐ目に入ったのは先程は無かった床の傷。まるでそこに勢いよく斧を落としたかのように抉れたその傷は、細い敢のレイピアでは傷つけることの出来ないもので。

(後ろに居た、ということか……)

武器ロックがかかったと同時に、急いでこの場を離れたのであろう。彼女であれば、武器ロックされたからと勝利を諦めるような人物では無い。

(だが、鬼の権利はあちらにある…)

立ち上がり、その武器を願えば赤紫色のネオンサークルは現れ。すらりとそこから武器を引き抜き、ベルト部分に差し込む。

(刀身剥き出しで彼女を探す訳にもいかない……武器に折れる概念があるか分からないが)

カミサマは説明していただろうか、と考えつつ敢はその歩を進める。これまでにもいくつか説明を省かれていたルールもあるが、それは意図的なのだろうか。

自身を“データ”と言ってはいるものの、あの存在からの説明には不足も多い。機械やデータと言うのならば、もう少し…とは思うが。

(こんなゲームを支配しているデータだからな……)

ぼんやりと考えつつ、敢は扉を開ける。​───────彼女を、探しに行かなければならない。




「あ゛ーーーーーーッッッッッ!!!まっっっじでムカつく!!!」

大きな木の影。座り込んだバニヤンはその苛立ちの声を顕にした。

その横には橙色の鎖が巻きついた自身のメイン武器。それに視線を向け、チッっと大きくバニヤンは舌打ちする。

あと1歩、あと少しだったのだ。扉の開いた見覚えのある山小屋を見つけ、「あぁ、位置を変えられたのか」と理解して舌打ちをして。その中を覗けば敢が人形の山と向き合っており。ロックを掛けられてしまう前に、また背後を狙えば良いと思った。急いでその斧を出し、敢の背後へと向かう。

立ち止まり、その大斧を振り上げたと同時。ジャラりと響いた鎖の音と、不意に重さを増した斧を思わず床に落とす。

しまった、とは思ったが敢が振り返ることは無く。何とかその斧を持ち上げ、バニヤンは急いでその場を立ち去った。


(んなタイミングよくロックかけんなや!!!空気ミリも読めねぇのかよ!!)

カミサマはロックの制限は3分くらいと告げていた。しかし、あの口ぶりからして多少は多く時間を見積るべきだろう。ロックがかかった後、どうなるのかは未だ分からないが……考えられる策は少ない。

(いや、まだワタシが権利を持ってる。なら、ロック解けるまで待って、ここにまた呼ぶか?)

この斧を持った状態で再度敢を誘き寄せる訳にはいかない。自分の行動が制限されるくらいなら、またここに誘い出すしかないだろう。

(早く、早く早く早く早く早く…………!!!!)

タンタンタンと足を鳴らし、その鎖が取れる瞬間をバニヤンは苛立ちを隠さず待ち続けた。



(​───────来た)

シャラり…と鎖の解ける音が響く。バニヤンが横目で確認すれば、斧に掛けられた鎖は解け。敢がこちら側に来た気配も無い。

(最悪これを持っていかなくてもいい。まだメイン武器出してませんよアピしまくったら信じるやろ)

先程の山小屋に行く手前で新たな鉱石は見つけた。サブ武器を使用しながらこの場に誘き寄せ、不意を見せた時にまた攻撃すれば。

鎖の解けた斧に手を伸ばす。持ち上げようとしたその時。


「あ………?」


思わず声がこぼれる。ゴトン、と音を立てて斧は落ちる。バニヤンの手に残るのは柄の1部だったもの。足元に落ちたのは柄の短くなった斧。

「は!!?!?なんで短くなってんの!!?!?」

焦りと苛立ちを隠せぬ声を出せば「言わなかった?」と間延まのびした声が響く。

「説明不足にも程があんだろポンコツ!メインの武器が壊れるくらいその頭で死ぬ気で覚えてワタシに教えろや!!」

「壊れてはいないだろ。ただリーチが短くなっただけ」

「不利なことには変わんねぇんだよ!!その目ぇお飾りかよ!!」

頭に響くその声を責め立てれば、「は?」と低い声が響く。


「個人情報を見られて、それを晒されて。社会的死を1度迎えたキミ達に不利も有利も無いだろ。」

「だから、キミがもしキルされたらそれは2度目の死を迎え、敗北を覚えることになるよね!3回目の死は見えないからマシじゃない?」


ケラケラと煽るカミサマに思わず舌打ちが零れる。3回目の死が何を意味するのかは分からないが、今のこの状況はバニヤン自身にとって良くないことは充分に理解出来ていた。


「ほらほら、早くしないとキミの大嫌いな“敗北”の文字が出てくるよ?いいの?キミの願いは、居場所は今度こそ根こそぎ奪われるよ?」

「う゛っせぇなぁ………!」

ガシ、と折れた斧をそれでも持ち上げようとするが、今まで自分が持っていた時よりもかなり重いものへとそれは変わっていて。

何度目かの舌打ちを吐き出し、バニヤンはメイン武器を持つことを諦めた。やはりここに敢を誘導するしかないのか。

大きく息を吐き出し、バニヤンは先程敢を見た方角へと戻った。





(……どこに行ったのだろうか)

小屋の方から少し離れ、敢は辺りを見渡す。足元を見ても小枝や葉が多く足跡なんて分からない。さて、どちらに進もうかと考えていた時だった。


「ハロ〜いさみん★いつまでも学習しないね〜!!ボーッと歩いてたら神隠しあっても気づかないんじゃね??」


ケラケラと煽る声が聞こえる。その方向を見れば、バニヤンが変わらぬ笑みと口調で敢を見つめていた。

「……神隠しは、この山の話だったんだな」

「ほーん、よく覚えてんじゃん。んで?ワタシの情報はどーお? 怖かった?なんだそんなもんかって思った?……それとも、可哀想って思ってくれた?」

その言葉に敢は僅かに顔を顰める。可哀想だ、とも感じ、同情の感情も少しはある。しかし、どんな言葉を選んでも彼女を傷つける言葉である事は変わらないのだろう。

少しの沈黙を貫けば、楽しげにバニヤンは声を続ける。

「んふふ、無視?感想ぐらい聞かせてよ。ワタシの、21年分の辛酸しんさんの味★」

「……どんな言葉を返しても、きっと君を傷つけるだろうから、私は何も言わないよ」

「ァハ!いさみんらし〜答え!でもその表情でバニのこと、可哀想だって思ってくれてたことは分かったよ!あんがとね‪‪❤︎‬殺す❤︎‬」

楽しげな口調を崩さず、片方の手は後ろに回したままバニヤンは嗤う。何を隠し持っているのか分からずに警戒を示せば、「そいえばワタシのかわい〜かわい〜〜子達、見てくれたっしょ??」とバニヤンは告げる。小さく首を縦に動かせば「んふふ」と楽しげに嗤う声が響く。


「そうでーす! バニの宝物はたっくさんの『お人形さん』でした!!! 何を隠そう、バニヤンちゃんはピグマリオンコンプレックスなのです!!」


ジャジャーン!と効果音でも付けるようにバニヤンは告げる。ピグマリオンコンプレックスが何かまでは敢には分からなかったが、恐らくあの人形達の山から察するにそういう事なのだろう。

「可愛かった?えっちだなって思った?えへへ、いいよね〜ドールちゃん‪‪❤︎‬ 白い肌、滑らかな身体、とゅるとゅるのガラスアイ、ふわふわヒラヒラのドレスや衣装……夢が詰まってるわァ〜‪‪❤︎‬」

「あっ、ごめ。でもワタシ同担拒否なので★ ドールちゃんだって産みの親のワタシが好きに決まってるし?否定するなら解釈違いで殺すけど、賛同するなら同担拒否で殺す!!ァハ〜‪‪❤︎‬」

早口で告げるバニヤンの言葉に、思わず 「コモモやリルは、」と言いかけて敢は口を抑える。今の彼女に余計な事を言わない方が良いと理解していたのに。


「誰の話してんの?好きな人?大切な人?あははははは、変な事言うね。そんなの、ワタシにいないけど?」

「ワタシ、お人形さんが好きなの。生きてる人間は大嫌い。だから、今までも、これからも、好きな人なんていないよ」


目が笑っていないとは、このことを言うのだろう。「う〜ん、でもコモたんもりったんも、可愛い可愛いお人形さんだから好きぃ‪‪❤︎‬」と付け足すようにバニヤンは言葉を紡ぐ。


「いいっしょ? 気まぐれにぶち壊したりしても、ドールちゃんは何一つ文句言わないの。ずーーーっと微笑んで、バニをなんでも許してくれる…‪‪❤︎‬ 全肯定ドールちゃんに勝る存在がこの世にある?いや、ないね‪‪❤︎‬」


口を止めることなくバニヤンは敢との距離をじりじりと詰める。バニヤンの意図は分からないが、敢がそれに口を挟むことは無かった。


「お口バッテンモードで黙ってんの、偉いね〜〜‪‪❤︎‬でもゴメンゴ★バニの願いのためにはいさみんキルせなあかんのでぇ〜」

「いーじゃん。ダーリンも相棒もいないし、生きてても価値ないって〜‪‪❤︎‬それなら、未来の王様になるワタシの為にその身をささげるほうが有意義だよ〜‪‪❤︎‬」

「​───────は?」


静かな怒りを敢が表せば、当たり前と言わんばかりにバニヤンは言葉を続ける。


「好きな人と離れ離れは寂しいんでしょ?だから同じところに逝かせてやるつってんの。聞けよ。何? ワタシがりったんと離れ離れになって苦しめばいいって思ってんの?クソじゃん。」

「生き物はいつか死ぬんだよ。それがワタシ以外今日だった、ってだけ。勝ちたい、じゃなくて勝つ。死にたくない、じゃなくて殺す。つまりそーゆー事、そこんとこ夜露死苦★」


「……は、」

「…あ?何???なーんも聞こえませんケド〜?」

聞こえませんとアピールするようにバニヤンは片手を耳に当てる。しかし、敢がそれに反応することは無く。


「​───────彼らの事は、侮辱ぶじょくしないでくれるかな」


ピリ、と空気が変わる。ギリ、と歯を噛み締めつつ「ゔるせぇなぁ!!」とバニヤンはがなり声をあげる。


「優等生ぶって説教すんなよ!!じゃあどーすりゃいいんだよ!!!これしかねぇだろ、このゲームならよぉ!!!」

「全部壊して、リセットして!私の為の世界にすりゃやっとマシな世界になんだよ!!!」


ビッ、と勢いよく親指を下げたまま首をねるようにそれを一直線に引く。

「知ってんだよ!!私がおかしいことくらい!!!ただの狂ったクズだって!!!この私が一番わかってんだよクソが!!!!」

「確かに君の居た環境ならば、おかしくなってしまうだろうな」

「ったりめぇだわ!!狂わねぇ方がおかしいだろ!!!!生まれてこの方否定しかされなくて!!!毎日毎日殴られて罵られて人格も存在もゴミ同然に扱われて!!!!首をくくるか原因をぶち殺すかで悩んで!!!!」

冷ややかな視線のまま告げれば、「その目をやめろっつってんだよ」と荒々しく告げられる。


「テメェの属性のおかげでこっちも見させてもらったわ。結局ビビって落ち無かったのも、テメェの母親がなんて言って来たのかもな!!!」

「“強くある”だなんて、テメェが自分保てるようにだろ??私だってワタシを保てなけりゃ気が狂いそうだったからそうした!目的なんて変わんねぇのに…っんで私に説教すんだよ!!!!」

ぜぇぜぇと肩で息をしながらも、バニヤンは口を止めることは無く。今まで溜め込んでいた全てを吐き出しているようにも見えて。


「ゲロ吐くまで殴られた事も生理現象で人格否定されたことも、肉親を殺そうとしたこともっ、本気で家に放火しようとした事もねぇクセに……!!この私に説教垂れてんじゃねぇ!!!!!」

「当然の権利だ!!!ッ…あれを願うことは、私に与えられた神からの権利なんだよ!!!!!誰にも侵害されることない、邪魔すんなら容赦しねぇからな!!!!」


ボロボロとバニヤンの両の目から溢れ出る大粒の涙は、叫びから自然に溢れたものなのか。1度溢れた言葉も、涙も。止まることなく溢れ出し。


「リルもッ……コモモも、私の物だ!!!!!!ファッショナブルだって、カミサマだって!!全部ッ!!………全部全部全部全部全部全部全部全部!!!!私の物じゃないなら全部ぶっ壊してぶっ殺してやる!!!!!!」

「………ワタシが…私が、!!!今まで!!!!ッ、どんな、……思いで……!!!!」


悲痛を訴えるその表情は、固定された偽りじゃない今だからこそ見えた彼女の表情で。

鼻をすすり、その大粒の涙をバニヤンは無理やり拭う。キッ、っと敢をにらみつければ、ずんずんと敢の方に向けて足を動かす。


「そのスカした面も、態度も声も思考も存在も何もかも………!!消えちまえ!!!!邪魔で嫌いで、吐き気がする!!!!」

「もう何も奪われてたまるか!!!!諦めてたまるかよ!!!!」


バニヤンの足が速まる。後ろ手に隠していたその黄色の鉱石を敢目掛けて投げつける。


「死ねよ!!私の為に…!!今すぐッ!!!」

「っ、……!!」


(やはり、隠し持っていたか…!)

意識的に敢は盾を持つ手を前方へと出す。先程の攻撃は、日常的に持ち慣れていないサブ武器であったこともあり、咄嗟とっさに動いたのは物を持っていない腕であった。

しかし、攻撃される可能性があると理解した今ならば。意識的に盾を持つ手を動かせば。



パキン、と。何かが割れる音が響く。同時に、敢の脳内で思い返されるのは自身の過去の記憶で。



包丁を握り、何度その刃先を向けようと思っただろう。

手すりを握り、何度この身を外に投げ出そうと思っただろう。

……結果として、全て未遂みすいで終わったのは。それが出来なかったのは。


​───────勇気や、置いていけるほどの強さを。私が持ち合わせていなかったからなのに。



「あ゛ッッ……!!?!?!」

敢の盾にバニヤンの閃光石が命中する。当たると同時にその光はバニヤンの目に直撃し、強い光がバニヤンの視界を染め上げる。

片手で目元を抑え、グラりと体制は崩れる。…同時に、ガサりと音が響いて。

橙色は、赤紫色へと変わり。

パチパチと光るその電子の花弁は、彼女の武器の軌道きどうに沿ってふわりと落ちる。


「​───────…」

「​───────……あ゛………ぉ゛、……あ……?」


白に染められた視界の中、バニヤンは確かに心臓部分を貫く痛みを感じ。じわじわと何かがそこから湧き上がるかのような感覚がバニヤンを襲う。………これは、見えずとも分かるのは。


「は…………?い、や…………………や゛だ……ッ、わた、し、…だっ、て……ワタシ……!まだッ、まだ、何も………!!」


フラフラとバニヤンは足を動かす。真正面からその光を浴び、未だ足元どころか手元すらもろくに見えていない。

そのまま後ろへとバニヤンは下がる。パキパキと落ちている木の枝を踏みしめた彼女の足元から、地の感覚は消える。

「​───────、え………」

「!っバニ…!」


白塗りの景色はやっと少し見えて。しかし、そこから分かることは空がどれだけ高いかくらいで。


空へと手を伸ばす。しかし、それはバニヤンを救いあげる存在では無い。

恋のあの子が高所から落ちた過去をぼんやりと思い出す。あの時、あの子もこんな気持ちだったのだろうか。自分だけがその空の高さに気づき、何とも言えない無力感とこれから自身を襲う痛みに怯えて。


「ひっ…い゛やあぁぁぁぁッッ!!!!!!!」


高い叫び声を上げ、バニヤンは斜面の先へと堕ちていった。




ガサガサと音を立て、何とか敢も斜面の先へと降りる。所々に付着した橙色の絵の具は彼女のものだろうか。

下に近づくにすれ、誰かがぐすぐすと泣く声が響く。近づく程にしゃくり上げる声と、ヒューヒューと掠れた呼吸音が聞こえる。


「っ………」

「痛い…痛い痛いッ、……ヒュー……いた、いッ……なんで、私なの…なんで!!なんっ、ヒュー………っで!私なのッ!!!!」


バニヤンの姿が目に入る。土でその姿は汚れ、ベタベタと身体中に絵の具を塗りたくったようなそれは、崖から落ちた際に木や岩に当たって出来た怪我だろうか。

「なんで、……みんな、私に……酷いことするのッ!!!私!!なんにも、悪いことしてないじゃん!!!!言われた通りにしただけじゃん!!!!」

足音が聞こえたのだろう。バッと顔を上げて敢をバニヤンは睨みつけながら「お前にも、何もしてねぇだろ。そう言われたからキルしようとしただけだろ」と低く呟いた。


「コモモちゃんだって、殺せって言われたから、殺した!! !ゴホッ………アンタだって、皆だってッ!そう言われたじゃん!!!なのに私だけ悪いみたいに責めんなよ!!!!そもそも…ふん!気に食わなかったし!!あの子が悪いんだよ?! あんなッ、おっさんに、ゴホッ……『恋してます♡』みたいな反応してさぁ゛ッ!!」

「 はーそうですか!好きなんだね良か゛ったね゛ー!!……ヒューッ………両想いですかっ、そうですか!!流石若くて、希望に満ち溢れた女の子は違いますね!!!!ゴホッ……し、んで……!同じところに行けてはっぴーはっぴー!!死は救済ですね〜!!! どうせあいつが1番、私はその他のモブですよ〜!!カハッ…」


口内に溜まったであろう血の塊をペッと吐き出して、バニヤンはその恨み節を続ける。


「リルくんだって、私よりアイツが好きなんでしょ!?大好きな相棒死んで悲しい、…ねー!!大切だった後輩も、手にかけて可哀想だねー!!!ゴホッ………私はっ、生きて帰ってきてくれて…死ぬほど嬉しかったけど!どーーーせリルくんは私にそんなこと思ってないし!!!嫌いって、言われたこと゛無いけど、好きとも言われた事ない゛し!!! ケホッ……そうだね゛!! どうせ私は迷惑なクソ女ですよ!!!!」

「はーあ!!好きにならなきゃ良かった!!!!こんな思いするなら出会わなきゃ良かった!!!!ほら!!!誰か好きになっ゛たってこんなんじゃん!!!しょーーーーもな!!!!私の人生しょーもな!!!!みっともね〜!!あーあ゛!!!生まれてっ、ゴホッ……こな゛きゃ良かった!!!!!」


「……………」

その言葉に顔を歪ませながら敢は黙ってその言葉を受け止める。試合が始まって以降、彼女に同情や哀れみ等の言葉をかけないのは彼女がそれを望まないことを理解していたからで。『可哀想』と言葉を投げかける程、それは彼女の心を深く抉る言葉になってしまいそうだから。


「どうせっ、誰からも愛されない愛せない人格破綻者ですよー!!すみ゛ません゛ね゛!生まれてきて!!キチガイに育って!!どうも申し訳ございませんね゛゛ぇ!!!!ゴホッ……で!!その償いがッこれですか!!ヒューッ……そうですか!!!」


ぐしゃりと適当に葉を掴み、バサッと敢へ向けて投げかける。それはやだやだと駄々を捏ねる幼子のようにも見えて。

ヒック、と小さくしゃくり上げる声と共に「ぅう〜〜……」と呻くバニヤンの声が聞こえる。


「ぐすっ…ぅ、い、いやだ死にたくない……だってまだ私…ッ!!何も出来てない、何も手に入れてない、誰にも認められてない!許されてない゛!!愛されてない!!!!」

「死に、たくないよぉ…しにたくないぃ…!!嫌だ!!助けて!リルくん!!!助けてよォ!!ぐすん、リルく、コモモちゃっ、………………たす、たすけてぇ!!」

崖を落ちた際に解けたのであろうその長く綺麗に纏められていた髪の毛は、ボサボサとなっていて。


「なんでぇ…なんでみんな私を嫌うの…何も悪いこと…してないのにぃ…っ」

「やだぁ…やだよぉ……ひぐ、うえぇぇん…わたし…まだ、……………まだ…………なにも…っ」


人形のように白い肌には、土や橙色のその血が肌の半分以上を塗りたくり。大きく開いたその胸元からはダラダラと橙色の絵の具が流れ落ちる。

「私だって、私だって……!!」

「なんで、なんで私なの…私だって…幸せになりたい…誰かを好きになりたかっただけなのにぃ゛!!!!」

その姿は、オシャレな女の子としてキチンと綺麗にしていたアバターの影など見えず。ボロボロの土まみれで、『可愛い』なんて言葉は微塵も似合わず。


「​───────なんで、………みんな、……………を嫌うの…………………」


「やだ………………や…っ…私も…………………………仲間に入れてよ………………ッ」

「私………………にも………………………好き、って…………………………言ってよぉ……」


その言葉を最後にバニヤンの瞳はそっと閉じられる。グラりとバランスを崩し、その場に倒れ込む。掠れた呼吸音は聞こえない、その肩が呼吸の度に揺れることは無い。………つまり、それから分かることは。



「へぇ、あれだけダメージを受けてもこれだけ喋れたのか。やっぱりアバターからでは分からない中の人の情報もあるよね」

「っ!」

突然真横から聞こえた声に驚けば、黄緑色のショールを揺らしながらカミサマが黒い瞳にその光景を映していた。

「まぁ、2回死を経験して、3回目を自分自身で見ることは出来ないからそれよりはマシか」

「3回目……?」

「人は3回死ねるんだよ、僕の持論だけどね」

ガサガサと音を立ててカミサマはバニヤンに近づく。その4本の腕でバニヤンに触れつつ、言葉を紡いでいく。


「1回目は社会的な死。これは個人情報を相手に暴かれて、晒された君たちは必ず受けるもの。」

「2回目は肉体的な死。キルされた者……敗北した側が、必ず味わうもの。」

「3回目は存在を忘れられた時。どれだけの偉業を成し遂げても、どれだけ“それ”に貢献したって。誰の記憶にも残らなければ存在した事自体が無意味になる」


「3回目の死を君たちが見ることは無いよね、だって先に訪れるのは2回目の死だから。だから教えてあげる、3回目の死を目の当たりにした時ほど、この世界に絶望する日は来ないよ」

そしてバニヤンから手を離せば、カミサマはその目を細めて笑った。

「おめでとうございます、今回の勝者は現属性 敢さんです」

「…………」

「あーあ、どうしようかなぁ。今回は僕が望んだ救済じゃなくなっちゃった」

はー……と長くカミサマは息を吐くも、「まぁいっかぁ」と小さく呟く。

「泣いて縋って、逢を求めたヒト。泣いて求めて、愛を告げたヒト。泣いて喚いて、哀を嘆いたヒト。……今回は皆似ていたね。どう?これで準決勝進出が決まった訳だけど。あと忘れないうちに称号も渡しておくよ」

カタカタと目の前で打ち込まれるその文字を見つめ、敢は小さく「私、は……」と呟く。


「いいんじゃない?キミのその願いは、誰よりもキミらしいよ。だって、ねぇ?そうしないと幸と成らないもんねぇ」

「強い主人公になりたい訳じゃないだろう?キミが望む姿は、主人公じゃないもんね」


ゆらりと敢の視界は歪む。最後に見えたのは「まぁ、」と言葉を紡ぐカミサマの姿で。



「この物語の主人公はキミ達じゃない。​​───────​───────カミサマだよ」



その言葉だけを最後に、敢の視界は黒に染まった。



……同時刻、メインストリート前。

「……………ばにやん、さん………」

ぽつりとリルは呟く。心にどこかぽっかりと空いてしまった感覚は、未だバニヤンの死を実感出来ないからで。

(……もう、俺に話しかけてくれることは……無いんだ………)

その事実をゆっくりと反芻する。自分に真っ直ぐその好意を向けてくれた彼女は、もう二度とその言葉を発することは無いのだ。

「…………………………………、は」

リルは小さく息を零す。​───────どうして、当たり前だと思ってしまったのだろう。どうして、いつも失ってから………今更、この感情を自覚してしまったのだろう。


彼女が、天使を褒め称える日はもう二度と無いのに。





嘘の言葉を縫い合わせて、綺麗なものにすれば。それはワタシの形に成って。

好かれるのも、満たされた日々を過ごしたのも。ワタシであって。

でもそちらばかりに目を向けてしまえば、現実の痛みが私を襲って。

その狂気に囚われて、地獄の日々を自覚してしまえば。私はワタシとして居れなくなり、ワタシは私を認めたくなくなるから。

同等で考えないと。楽しくてキラキラした思い出も、薄暗くて最低でしかないこの現実も。自分の中で感情を塗り替え無ければ、嫌なことにしか気づけないから。


……それでも、恋焦がれたこの感情は確かだった。


もっと頑張れば良かったのかな。もっと素直になれば良かったのかな。人じゃない何かに一方通行をぶつけ続けてたから、正しい愛の伝え方が分からない。もっと違う方法で、もっと違う考えだったら。ちょっとはこの人生に色が着いただろうか。


終わってからのもしも話なんて全部言い訳にしか成らないのに。“もし”なんて希望を捨てきれずにいる自分が嫌になってしまう。


(………………………………………それ、でも、)


君は、間違いなく私にとっての天使だった。



(愛しています…)

おやすみなさい、天使様。

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