#11 約束-赤糸はほどかずに-

むかしむかし、あるところに。ひとりの少年がおりました。

独りぼっちの君は、人よりほんのちょっとだけ我儘わがままでしたので。何よりも強く望む願いがありました。自分が自分であるための、自分が自分でための。この空間が何よりも大切で、手放し難くて、誰にも邪魔されたくなくて。この空間が、この居場所こそが自分にとっての唯一だとすら錯覚してしまうほどに。

護ることの何が悪いのか。大切な場所、君と“ひとりのこども”が出会えたこの空間。


どれだけの想いを抱えても、君にちっとも届かないから。

憧れだった、素敵だと思った。​───────1番大切だと、思った。

誤魔化して、目を逸らして。何よりも受け入れ難いこの状況をこばんだら。

あぁ、愛しい人へ。それなら平和なあの日々のように笑いあえるのでしょうか?



メインストリートの電子掲示板に、個人情報が映される。幾度となく繰り返された光景ではあるが、その度に1人ずつ欠けていく。

ラリマー​───たちばな悠慈ゆうじの個人情報をtotoriri はじっと見つめる。現実世界での姿と、文字だけで纏められた彼の人生。映像として追体験したのはリルだけであり、観ている側は掲示板を埋め尽くすほどの文字でしか情報を得ることが出来ないでいた。

同時に、数人の中に共通する疑問が浮かぶ。

『カミサマは、プレイヤーなのか?』、と。

ラリマーがカミサマに拳銃を向け、表示された文字は全員が見ていた。あの文字はプレイヤーをキルする時に表れる文字であり、同時に相手がプレイヤーであることの証明ともなる。…だが、本来はこちら側には見えないはずのその表示が見えたということは、プレイヤーとは違う存在なのか。

ではカミサマは何だと言うのか。運営が用意した自分達と同じ“中身のある人間”か?しかし、神自身が自分を“データ”と断言した。武器を引く時にあったろーゆーとのやりとりや、バトル時に直接語りかけてくる声は確かにゲームマスターの権限でもあるように思えるが。

そして何より、先程の校内で彼が見たテレビニュースの内容。ノイズが多く、こちら側に居た者達も全てを聞き取ることは不可能だったが、確かに今までの黄緑色のヒントとは段違いの内容であった。

(ヒントの違いにも意味がある……?)

『別人だけど別じゃない。あなたたちと同じ』。自身が見たヒントをtotoririは思い出す。

会社への不満を記した遺書のようなもの。「僕はお前らに殺され」。「あのゲームは僕の全てで」。そして自分の見たヒント。

(加えてモヒートちゃんの言葉……)

何か、あと1つだけでも核心に迫るための情報があれば。その事実には1部のプレイヤーは気づいており、その“1つだけ”のヒントすら分からなかった。………………REINを除いて。

(………、ね………)

最後にカミサマを見た時を思い返す。レンズ越しに見えたその文字は、カミサマの情報として“作り手”があることを示しており。しかし、サーチした情報の真偽性を問うことが未だ出来ていない。自分から見て、何が先入観として判断されるのかを理解することは難しいのだ。


少しの沈黙が流れる。すると、カツ…カツ…と弱々しい足音がメインストリート内に響く。

皆が視線だけを向ければ、ラボのある方向から歩いてきたリルの姿を捉える。俯き気味のため、表情の全てを見ることは出来ないが先程の試合の最後から彼がどんな気持ちでいるかの予想は簡単に出来てしまう。

ふっ…とリルが視線を上げる。目元に涙の痕が残っていないのは、自分達が“アバター”であるからなのか。


「まだ泣き足りなかったのかい?」


響くその低い声に、思わず殺意に近いものを感じてしまうのはここに来てからの経験があったからか。声の方​───電子掲示板へと皆が視線を戻せば、その上にカミサマが座ってこちらを見つめている。じっとこちらを見る暗い闇と、足元の血濡れが白いアバターに嫌なほど映えて。

「泣いてるのは誰のため?居なくなった自分の相棒?それとも自分が殺した赤の他人のためかい?」

「まぁ、どちらでもいいけど。でもキミがを恐れるようになったのは、あの呪属性の弟のせいか」

カミサマはどこかつまらなそうに呟く。どこか焦点の合わないリルは、小さく口を開いたまま立ち止まってしまった。

「……あぁ!ごめんごめん、キミに1つ与え忘れていたものがあったよ」

突然明るい声をあげ、カミサマはニコニコと笑う。後ろ手でリルを指させば、「利用する奴はいないと思って忘れていたよ。でも、ルールには則っていかないと」とケラケラと笑った。

「死んだ者の武器を奪うなら、やっぱり相応しい称号がいるだろ」

低く唸るような音が聞こえたかと思うと、目の前に入力画面のようなものが表示される。チカチカと点滅を繰り返したそれは、カタカタと音を立てながらその文字を紡いでいく。​───────そして、紡がれた文字を見てリルは軽く目を見開く。は、と続かない呼吸をし、その虚ろな目は電子の文字を映していた。

…………そこに書かれていたのは。




『▼新しい称号を獲得しました』


『【むくろ遊戯者ゆうぎしゃ】』



「ちょうど良いだろ?…本当は、もっと違うのが良かったけど色々問題もあるからね」

そう告げてカミサマは後方の手で指を鳴らす。映された内容はトーナメント表へと切り替わり、次の組み合わせが映し出される。

「2回戦2試合目。水属性 REIN対毒属性 キング。」

「…先程の試合や、これまでをキミ達がどう思っているかは知らないけど。ここまで勝ち残ったキミ達に1つだけ大きなヒントをあげよう」

グラりと全員の視界が歪む。薄れ行く意識の中、はっきりと全員にその声は届いた。


「神は神なんだよ。だって、僕がそう言ってるからね。」

「神を実際に見たことがあるか?無いだろ?……ほら、大きなヒントだよ」




「…………………ん……」

小さく声をあげ、REINは目を開く。………どこか見覚えのある、この場所は。

「よくご存知なのでは?」

少し高めの機械の音声が響く。振り返れば、瞼を閉じたカミサマがこちらに話しかけていた。

「あー……ガチャの画面?で、合ってるのかな…」

「正解でございます」

ニコリ、とカミサマが微笑めばふっ、とREINは息を吐き出す。目の前には自分たちが武器を選ぶ時にも見た石像。台座の影響もあるが、身長が最も高い設定にしているREINのアバターであっても、真上に見上げなければその石像の顔すら見えなかった。

(……あれ、)

まじまじと石像を見つめ、REINの中に疑問が浮かぶ。

(こっちの石像は、《頭》がある………)

あの時の会話を思い出す。確か石像側から来たろーゆーとバニヤンが出会った時から頭部は無い、という話だったはずだ。しかし、今自分の目の前に存在する石像にはしっかりと頭部が存在する。石像せきぞう故、正確な判断は下せないものの、それは今まで見たプレイヤー達の現実での姿とは全く異なる姿であった。

(…まぁ、少なくとも皆の居た空間とはちょっと違う“同じ場所”ってことかな…)

石像についての考察を進めれば、「宜しいですか?」とカミサマから確認が入る。

「2回戦からは、私が直接 御二方おふたかたに説明するため…まだ、向こうへ確認が取れていませんので」

「あぁ…ごめんごめん。……願いの変更について、かな」

「はい。変更がございましたらお伝えして頂けますと幸いです」

うーん…と小さく唸りながら腕を組み、そのままの姿勢でREINは固まる。カチャリ、とメガネのブリッジを上げれば「変わらない…かな」と告げた。

「まぁ、願いが願いですものね。了解致しました」

「……オレのスタート地点は、ここからってこと?」

「そうですね。……心当たりが、あるのでは?」

ニッコリ微笑むカミサマを見、そう来たかと小さく呟く。この場所が指しているのは、つまりそういうことであって。

「それでは私は向こうにも説明がございますので。これで失礼しますね」

くるりと振り返り、ぺたぺたと足跡を残しながらカミサマはその場を去る。……色々聞きたいことは山のように残っているが、勝てば​─────生き残れば、真実が分かるのだろうか。





「待たせたね、ようやくキミの番だよ」

「…………」

ゆっくりとキングが振り返れば、その真っ黒な瞳と目が合う。どこか愉しげにカミサマがゆるりと目を細めれば、キングは1度瞬きをする。

「……また、学校…」

「そうだよ。…ま、思い出の場所として選ばれやすいからね」

そう…と小さく呟き、キングは窓から外を眺める。そこから見える“あの場所”は、寸分の狂いなく同じに見えて。

「……で、キミは?願いの変更あるのかい?」

どこか急かし気味にカミサマはキングに問いかける。ゆるりとキングは首を横に振りつつ、「無い」と端的に返す。

「僕の願いは、1番になること以外無いから」

「……決して変わることの無いその強欲、僕は良いと思うよ」

ケラケラと笑いながら「ルールに変更点は無い。変更も無いと言うのなら試合を始めようか」と告げる。

「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」

歪んだ口元のまま、その闇を覗かせながら神は宣言する。…足元は、光らない。

「​───────試合の前に、1つ言ってもいいかな」

「手短に頼むよ。対戦相手も待たせてるからね」

ごめんと小さく呟き、キングは自分よりも背丈の低いカミサマを見下ろす。目や口から覗くその闇は、長く見つめていれば黒に思考は蝕まれていきそうで。

「……あの時、僕の1回目の試合が終わった後……僕に言ったのは、“あなた”ですか?」

その言葉にカミサマは少し目を見開き、あー…と小さく唸る。

「そうだね、あれは紛れもなく僕だよ」

「…返事を、まだしてなかったから」

するりとキングの胴にコブラが這う。定位置だと言わんばかりに首元にその身体を置けば、瞳がカミサマをじっと見つめる。

「いいよ、別に返事なんて。それを求めていた訳じゃないから」

「……なら、独り言だと思ってもらって構わないよ」

カンカンと足音を響かせ、キングはカミサマの横を通り過ぎる。一瞬その表情を見たカミサマは、満足気に微笑んだ。

「​───────気が変わった。なら、キミへの言葉はあの時と1字1句同じものを与えよう。」


「『ほら、やっぱり幸せでしょ?』」

「王、誰かの王。どこかの王。その渇きを満たしたいのなら、誰かに満たされたいのなら、奪い取ればいいだけなのですよ」


その言葉を背に受け、ゆっくりとキングは振り返り……………微笑む。


「 ありがとう、」

「あなたはぼくの“ かみさま ”だよ 」






低いブザー音が周囲に響く。足元を確認し、REINは即座にメイン武器を願う。青いサークルからそれを引き抜けば、パチッっと何かが弾ける音もして。

さてどうしたものか…ともう一度目の前の石像を見つめる。カミサマが居なくなってからも、この石像について調べてはいたが何も情報は得れず。

(せめてヒント1つ……というか、ここから動かないと会えないのか……)

1回戦と2回戦で大きく空間の広さが変わったことには既に気づいていた。恐らくこの場所とキングの場所が繋がっているのだろう。どこかの会場とお菓子屋、そして鬱蒼うっそうと木々が生い茂っていたあの山が繋がっていたtotoririとMr.Bon-Bonの試合のように、広さの規模が違えども多少改変されてバトルフィールドとして存在する。

とにかくこの場所からの移動が最優先だ。そう考えつつREINは最後の確認としてぐるりと石像の周りを1周する。

「……ん、」

ふと、石像の真後ろの面に光るプレートを見つける。サイズで例えるなら、少し大きめのスマホ程度の横長の薄いプレートはすみの方で光り輝いていた。

(…2回戦に入ってから、というより1回戦後半からヒントの数が増えたな……1回戦の前半はほとんど見えなかったけど……)

膝を着き、その光るプレートをまじまじと見つめれば、黄緑色が淡く光り輝いている。

『■■■■年 このゲームにおける最大の功績を残した制作者に最大の感謝を。記念とし、ゲーム内にてこの石像を設置する。 Shadow taG制作委員会』


「……………制作者……?」

肝心の名前は潰れてしまい読むことは叶わなかったが、この像はShadow taGを制作するにあたり、1番貢献したということなのか。

「“作り手”と、制作者ね……」

イコールとして捉えて良い情報なのだろうか。情報の真偽性を確かめるものが存在しない今、どの情報を取捨選択して良いのかも分からない。

(mojitoちゃんの色だけど……この情報で分かったのはこの石像が制作者だってことか)

近くで見れば男性の像であることが分かるこれは、何故自分達の居た空間では頭部が無い状態であったのか。綺麗に首を切られたのではなく、まるで誰かに破壊されたかのような跡はこの石像には見受けられない。

(誰かがこっちに来てから壊したってことも考えられる、けど……)

しかし、いつまでもこの場所に留まっている訳にもいかない。確認したが、ここにREINの個人情報は存在しない。同時に、キングのヒントすら存在しないこの場所に留まり続けることは、デメリットの数が多い。

(……今は目の前の試合に専念…ってことね)

確信を掴めそうで掴めない。結局のところ、あと少しで…というところで今はバトルの最中であるという事実が確信を遠ざけていく。

「……なんか、うまいこと転がされてる気がするんだよな…」

小さくボヤきながらも、REINはカミサマが向かった方向と同じ方へと向かっていく。消えることの無い赤い道標みちしるべは永遠に続くようにも見えた。



(にしたって、こっからどこに繋がるか〜とか…そもそもどうやって繋がってるかも分からないな…)

REINが歩を進めるも、周囲の景色は変わらない。自分たちもこの場所を実際に通り、石像前へと向かったが…あの時はろーゆーを説得する為に追いかけたのが半分以上であり、周囲の景色を確認する余裕も無かった。だがなるほど、こうなっていたのか。

薄暗い空間に青い線が光る。この空間自体がREINの場所として選ばれたのであれば、ここに個人情報はある可能性が高いということで。

(となれば、ここにキングくんが来る前にオレが自分のを見つけてどうにかするか、先にキングくんの空間に入って見つけるか……すれ違ったら意味は無いな)

ふと視界の端に強い光を捉え、REINは立ち止まる。その青く光る正体を確認しに向かえば、1台のスマートフォンが落ちていた。画面は青く光っており、付近にネオン文字が輝いている。

『■■結果 誠に残念ながら■■■となりました』

ピタりと手を止める。その内容が何を指すのか考えることは容易だが、この内容は……。

トッ…と指が軽く画面に触れる。同時に、勢いよく画面内へと指が吸い込まれていく。

「は、」

疑問が全て声に出るよりも先に、画面の向こうへとREINの身体は吸い込まれる感覚を覚える。REINの姿がその場から消えれば、カタンと小さくスマートフォンだけが揺れた。




「…………」

カンカンと足音を立て、キングは周囲を見渡す。学校がバトルフィールドとして選ばれた際、必ずと言って良いほど外の景色が夕暮れなのは放課後を表現しているからなのか。…真偽は不明だが。

小さく息を吐けば、緩く巻きついているコブラがこちらを覗く。「大丈夫だよ」と小さく呟き、キングは再度歩を進める。これまで出てきた学校の空間よりも狭く感じるのは、自分に関係のある場所の検討があるためだ。

下がるか、上の階に向かうか。探索を進めようと考えていた瞬間、ドサ…と自分以外が発する音が小さく聞こえた気がした。反射的に振り返るも、そこに広がるのは自分が通ってきた廊下で。

(確かに音がした……物が落ちただけ?今までの試合にそんなこと無かったのに?)

となれば、残る可能性はかなり絞り込まれる。音がしたのは向こうの方。確か向こうにも階段はあるため、何も無ければそちらから行くのも良いだろう。

キッ…と足音を響かせ、キングは来た道を戻る。……たかぶる予感は、この場所に居るからだと自分への言い訳を添えて。




「……って……」

小さく痛みを呟きながらも、REINは立ち上がる。眼前に広がるのは、見覚えのない光景。しかし、軽く周囲を確認した時に見えた教室の数の多さやこれまで見てきた試合の場所から、ここは学校なのだろうと察することは出来る。

(オレのかよってたとこじゃない……ってことは、)

REINの空間から、キングの空間へと移動してきたということで。振り返り、先程のスマートフォンを探そうとするもどこにも見当たらない。

小さく息を吐き、改めて周囲を確認する。夕暮れに染まる校内。これまでから判断するなら、今居る階から移動するのが策だろう。校外に出た者は居なかったが、そもそも出れるのか。それすらも分からない。

キュッと1歩前へ進もうと歩を進めれば、「やっぱり」と小さな声が聞こえる。勢い良く振り返れば、距離を開いた状態でキングがこちらをじっと見つめていた。

「……予想より、早い対面になったね」

「…音が聞こえたから……それで来ただけだよ…」

「あー……まぁ、今回は無音だから響くか…」

距離を詰める訳でも無いキングに警戒しつつ、REINは会話を続ける。そして訪れる暫しの静寂せいじゃくの間、キングはどこか忙しなくまばたきを繰り返す。先に口を開いたのは、REINであった。


「…君の真意が読めないんだよねぇ、オレには」

「………?」

「オレはさぁ、勝たなくちゃいけないんだよ。これは自分で決めたこと、願いを成就させるために手は抜かないって」

REINは腕を組み、顎に手を当てる。その動作を視線だけでキングは追いかける。

「でもそのためには本当に命を懸けなきゃいけないって、今まで見た試合で散々思い知ったはずっしょ?一度戦いを終えたオレと君なら尚更、痛いほどわかるはず。」

「それなのに何故か…うまく言葉にはできないけど、本来ならオレと同じく持っているはずの感情が、君からは感じられないっていうか……」

「​───────今だって、視線は泳いで怯えているようにも見えるけど。サブ武器のコブラはどこにも居ないこととかね」

ピッ、と軽く手を開きながらREINはキングを指す。REINの告げた通り、キングの傍にいるはずの白いコブラは姿が見えない。しかし、キングの背後の廊下にもそれらしき姿は見えなかった。

(既に準備済みか、それとも個人情報を探しに行かせたか)

キュッ…とREINが足を1歩後ろへ引けば、小さく「ねぇ、」とキングは口を開く。

「……蠱毒こどくって知ってる?壺の中に複数の毒虫を詰めて、生き残ったやつが『勝ち』っていう呪いの一種…」

「あぁ、まぁ…何となく、知ってはいるけど……」

どこか言葉の節々をぼかすように告げれば、「僕ね」とどこか饒舌にキングは言葉を続ける。

「あれ好きなんだ。」

「あぁいや、 呪いとかに興味がある訳じゃないんだよ。そんな恐ろしいこと、僕が出来るわけないし…」

両手を合わせ、キングは目を少し伏せる。サラりと口元を覆う黒く薄い布が揺れる。

「ただ、この呪いってすごく単純なんだ。強いものは生き残り、弱いものは食われる…正に弱肉強食。分かりやすくていいよね」

「……つまり、何が言いたいわけ?」

REINが告げれば、口を歪ませ、キングは微笑む。

「このデスゲームはさ……『蠱毒』なんだよ。」

「強い人にしか願いを叶える権利は与えられない」

「その意見にはオレも賛成だよ」

腕を下ろし、再度キングに向き合う。互いに見つめあっているはずなのに、その視線が交わっているように思えないのは何故なのか。

「君の言うように、ここで行われてることはその『蠱毒』みたいなもんだと思うよ」

そこまで告げれば、キングにとって満足の回答だったのか。キングは満足気に言葉を続けた。

「だったら……今は、さ。他人を食い殺すしか……絞め落とすしか、 無い、よね…?」


「​───────ごめんね、僕も願いを叶えたいんだ」


その言葉を聞いたとほぼ同じタイミング。


「​───────っつ…!」


REINのふくらはぎ部分に強い痛みが走る。即座に痛みの原因を確認すれば​───────姿の見えなかった白蛇が、REINの脚にその鋭い牙を立てていた。


「目を、“僕から”逸らさないでくれてありがとう」


​───────…そういえば、と。今になってどこかで獲た情報を思い出す。

蛇の中でも猛毒を持つと言われているコブラの中で、世界最大の毒蛇は“キングコブラ”という名前だった気がするということ。そしてその毒の量は、象1頭の致死量に相当する程度だったはず…ということを。今、REIN自身を蝕んでいくのは。それと同様のものであることを。



「いっっっ…………!」

どの程度の毒の強さに調整されているのかは分からない。サブ武器では死なないのだから、それを恐れることは無いはずなのに。するりするりと死神はREINにい寄っていた。

スっとコブラは牙を抜けば、するすると主の元へ帰って行く。焼けるような痛みはあるが、まだ立てなくなる程ではない。

「……苦しい、もんね……あの子の時は先にも反応…したから……」

途切れ途切れにキングも言葉を紡ぐ。目の前には顔を歪めるREINの姿。

(あぁ……良かった、上手くいって………攻撃回数が1回だけって、悟られたら終わりだけど……)

ズキズキと痛む胸元辺りを抑えつつ、キングは何とか平静を保つ。コブラの毒を含む攻撃は成功失敗問わず1度きりのため、毒量の増加は出来ない。これからキングがサブ武器で出来るのはまだ毒量を与えることが出来るとブラフを張ることだけで。

先程のミラーハートの時の試合で感じたものと同じ痛みが胸を絞める。言葉は苦しさから途切れ途切れになるものの、元々の口調から変化させなければREINに気づかれることは無いだろう。


「、……さっき、の、…返しになるけど、」

じくじくと痛む自身の足を軽く叩きつつ、REINはキングをしっかりと見つめる。

「……もし…この『蠱毒』が、…第三者に仕組まれたもの、だとしても、……それでいいの?」

「…え、」

小さくこぼしたキングの声は届いたのか。未だ痛み続ける箇所を強く押さえつけながらREINは言葉を続ける。

「前から…違和感は持ってたんだけど、……君に言われたことで…更に疑わしくなったんだよね」

だからと言って、君が運営側の人間だとかって言う訳じゃない。とREINは付け足す。ただじっと、キングはREINの言葉を聞いていた。


「正直言うと、………今の状況はすべて…君のような『蠱毒』好きが用意したこ…とみたいに思えるんだよ。」

「実際、このゲーム自体に………深い意味はなかったとしても、っ……オレたちが『蠱毒にとっての人間』、に、…なり得る何かに踊らされているっていうのは………事実だよね」

冷静に見えるように振る舞えば、ピクりとキングが小さな反応を示す。……実際、これまで見てきた石像の情報や皆がそれぞれ見てきた情報、そしてカミサマの発言を擦り合わせても確かと言える情報は少ない。それでもREINにとって今のこの状況は好ましいものでは無かった。


「…っていうのは、全部オレの憶測おくそくだし、…………証拠もなにも、ないんだけど」

フッっと軽く息を吐き、カチャリと眼鏡をあげる。これで、今を変える何かが見えたなら。

「………それでもオレは、好きになれないかなぁ」

レンズ越し。キングに見えた情報は​───────。



「…っ、うるさいよ」

これまでとは違う歪んだ表情でキングはREINを見つめる。その表情はまるで図星をつかれて焦っているようにも、嫌な記憶を思い出しているようにも見えて。

「うるさい、うるさい…っ!!!!!僕は…っ、僕は、……!」

胸元を苦しげに掻きむしりながらキングは忌々しげにREINを見つめる。憎悪などとはまた違う瞳がREINの左右で異なる瞳を見つめる。揺らぐキングの視線では、REINと視線を交わすことは出来なかった。

「一番に、なりたいって……ずっと!子どもの時から、だって……」

会話になっていない支離滅裂しりめつれつな呟きをキングは口にする。感情が酷く昂ることでも発動条件となるメイン武器を、冷静に振る舞うことで抑えていたのだろう。しかし、今のキングにはその冷静さは薄れているようにもREINは感じた。

「……君にとっての…1番ってさ、」

REINがそう語りかけるも、キングは聞き取れるかどうかの小さな声で「だって、」「………は、苦しいよ」と呟く。その言葉を聞き返そうとすれば、確かに1歩前へと踏み出したキングの足が視界に入る。

(………あぁ、君は、まだ)

戦う意志が、あるのだ。なら、自分もそれに応えるしかないのだろう。


少し動かすだけでも酷い痛みが脚に走る。時間経過と共に症状が悪化するのなら、早急にケリを付けなくては自分に不利になってしまう。

キュッ、と足を1歩引く。じくりと痛むが、それよりも自分の命がかかっているのだ。

キングが距離を詰めると同時に、REINは走り出す。歩いてもこの痛みは酷さを増すだけで、毒のまわりが早くなるかなどは分からない。これまでは一定時間や一定回数経過で段階的に悪化していたのだ、走ることや行動によって悪化するものがあるとは考えにくい。

グッと下唇を噛み、REINは何とか足を動かす。目指す場所は、先程レンズ越しに見た場所へ。

(『不思議』『飼育小屋』『王』………明らかに、足りない、けど、)

飼育小屋がどうして出たのかは分からない。彼の頭飾りからだろうか、そもそも、飼育小屋に行っても何があるかも分からない。何も無いかもしれない、それでも。

(勝つって、決めたんだ……)

最期に彼女の顔を見たのは、画面越しだった。愛しい人の最後すら看取れないこの最悪のゲームで。大切な友人すらも己の手にかけてしまうこの残酷なゲームに。どれほど振り回されてきたのだろう。


​───────『ぅれ、おめーといて けっこー楽しかった』

​───────『ろーゆー、オレは、勝つよ』


(これ以上、カッコ悪いとこなんて見せたら……怒られるから、なっ…!)

勢いのままに角を曲がり、そのまま階段を降りつつ最後の3段を飛ぶ。ここで着地点にコブラが先に居たのなら話は違ったのだろうが、それよりもREINが階段を降りるのが先だった。

タンッと軽く足音を立てて降りる。リルの場合は跳躍力は人よりあれども、アバターの背丈の低さや足元の装備品の影響もあり着地の際に受ける多少のダメージがあった。しかし、身長設定の高さと足元の装備品の違いだろうか。REINの着地にそこまでのダメージは無かった。むしろずっと痛み続けているのは脚だけで。

蛇の放つ独特の声が近くで聞こえる。飼育小屋というのだから、外に行く必要があるのだろう。その為にはまず1階に降りなくてはならない。


キュッと足音を鳴らし、REINは下の階を確認する。

(!降りた先に玄関……ってこと、は、)

その勢いのままに1段下がろうとすれば、くらりと視界が歪む。ここに来る際の視界の歪みとは異なり、それは確かに毒の段階が上がった証拠で。

グッとREINは顔を歪めるも、足を止めない。タンタンと階段を降りれば、「ほら、やっぱり逃げてる」と小さなキングの呟きが耳に入る。

「逃げ、じゃなくて……これは、……証明、の…ため、だ…」

「……分かんないよ、なんでそこまで動けるの。そろそろ動けなくなってもおかしくないよ。コブラの毒なのに」

困惑の声は、素朴そぼくな疑問だろう。いくら調整があるとはいえ、かなり大きなダメージを持続的に受けるのだ。常人なら苦しんで動けなくなってもおかしくないのに。

「キツいもんは、…………キツいよ」

でも、と言葉を続けてREINは前を向く。目の前には玄関口。向こうに見えるのは校門​─────ではなく、違う場所。ちらほら見える小屋のうち、どれかが飼育小屋なのだろう。

扉の前、足を止めてREINはキングに振り返る。階段を降りたキングの足元にするりとコブラは這い、REINをじっと見つめていた。

「でも、………………………約束、したんだ。“勝つ”って、アイツに」

真っ直ぐとこちらを見つめるREINと、奥に見える小屋を交互にキングは見つめる。何かに合点がいったのか、「あぁ、」とキングは呟いた。

「そういうこと。僕の個人情報の検討でもついた?」

胸を絞める痛みには慣れてしまった。サブ武器がある限り、REINにとって個人情報のヒントはそこまで必要無いのだろうかとキングはぼんやり考える。

「別に…僕の個人情報見られたって何も思わないよ。大体の検討は出来てる…ここの場所が選ばれた時点でね。」

「でも僕はあの過去を恥じない、…よ。確かに、あの瞬間僕は“1番”を感じたんだ。あの中で、誰よりも…何よりも、“1番”を実感出来たんだ」

じっとこちらを金色の瞳が見つめる。それは、高圧的とはまた少し違った意味合いを含む……怖い目をしていて。

荒く呼吸を繰り返しながらも、REINはするりと扉へ手を這わせる。光を感じ、チラリと視線だけを真横の壁に向ければシアン色の光が目に入る。


『1番だから、1番になんだって幸せになれたらと』


「​───────……」

(もしかして、……キングくんに、とっての“1番”って)

視線を正面へ戻す。コブラは未だ主の近くにはいるものの、こちらから決して目を逸らすことは無かった。

「……今さら個人情報のヒントなんて要らないでしょ」

「大切、だよ………誰かが、この“蠱毒”を壊すための、ヒントを…残してるかもしれない」

「っ、だから…!!!」

少しの苛立ちをあらわにするも、キングのメイン武器が作動する様子は無い。この程度なら問題無いのか。しかし、先程のように突然彼の感情が昂り、メイン武器の発動条件となるのかは分からない。そもそもそれ自体も今REIN自身が持っている鬼の座を奪う必要があるのだが。

(もう1回、あのコブラの毒を浴びたらきっとオレはもう動けない。そうなれば、オレの負けはほぼ確定…)

また小さくキングの呟く声がボソボソと聞こえる。彼にとって“1番であること”がどれだけ重要な事か、知ることはまだ出来ない。………それでも、どこか近しいものを感じてしまった理由は。

「なんで?どうして?……どうして僕の邪魔するの、昔からそう。何もしてないのに……」

困惑しながら、キングは1人何を思い出したのだろう。先程よりも歪みが酷く悪化してしまったフラフラと揺れる視界の中、REINはキングの姿をしっかりと見つめる。

「蠱毒が仕組まれた中で、君の言う“1番”は……っつ……むずかし、い…と思うけど」

「うるさい、うるさいっ………!だって、だって1番にならないと、誰も見ない…昔から、それが嫌だって何回も言って……!」

「っ…君にもさぁ!」

霞む視界を全て晴らすように。力の限りキングへとREINは声を掛ける。

「大事な人、が…いるんだよね………その人に……っ、救われてきたんじゃないの、………君も」

「君、に……何が分かるの。個人情報見た訳でもない、君に」

“大事な人”という問いかけにキングは一瞬動揺したものの、それでもゆらゆらと距離を詰めようとしていた。しかし、“救われてきた”と言う言葉を聞き、その足は止まる。………その時、彼の脳裏に思い浮かんだのは決して枯れることの無い花の騎士の姿で。

「そうだよ、オレは何も見てない。…………でも、……見なくたって、君が彼女から大事にされていたことは、…分かるよ」

「……でも……………それ、は…“1番”、じゃない。彼女は、誰からも求められる人で………彼女と、対等に肩を並べたのは、“あの子”しか居ないから」

「それでもさ、……君は、自分が救われてきた事実を……その現実を、否定してんの……?」

半分以上感覚の消えてしまった片脚を引き摺りながらも、歩を進める。REINが軽くメイン武器を振れば、低い音を鳴らしながらその刀身は現れる。先程とは違うその動揺は、“自分が彼女に救われたこと”に思い当たる節があったからなのか。


「……ちが、…………でも、」

「………あの試合を見れば特に。彼女にとって……1番大切なのは、相棒だった彼女に見えるかもしれない。」

「実際………そうかもしれない、けど、……彼女が“2人とも”大切だと思ってるとかは、考えなかった?」


どこか優しく問いかければ、キングはその瞳を大きく見開く。


「“今”の瞬間だけだと……見えてくるものも、感じることも偏るかもしれない…っけどさぁ……オレ達には“これまで”過ごしてきた話もある訳…っしょ……」

「“誰も見ない”だなんて、最初っから…彼女の意見も決めつけないで。………誰かに、自分が救われたって思ってるならさ!」


胸元を握りしめ、REINは叫ぶ。既に視界の半分以上は機能しておらず、足元は気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな程だった。

距離を詰めるREINに警戒するようにキングも身構える。しかし、脳内では彼に言われたその言葉だけが響いていた。


「​───────その人のこと、ちゃんと信じろよ。」

「君に、………自分にとって、“大切な人”だって…理解出来てるんだろ………!」


REINの言葉と同時に、キングの中で敢との思い出がよみがえる。

アバター越しで、現実での姿なんて分からない。彼女がどういう人なのかも、何をしている人なのかも。それでも彼女と笑いあったあの日々は本物であり、彼女に抱いていた感情は自分が想像していたよりも大きなものに育っていた。彼女と話している時の自分は確かに孤独では無かったのに、今になってその事実に気づいてしまった。



「っ…!」

……その瞬間に生まれた隙を、REINは見逃さなかった。

力を振り絞るように、その距離を一気に詰める。キングも応えるようにトラバサミを壺から出そうとするも、一瞬その手はもたつく。足元のコブラも再度その牙を向き、REINへと向かう。

(今、しか……今が、1番のタイミングだから……!)

動揺しているが、隙を見せたのだ。いつ、またこの好機が訪れるのか分からない、次は自分をむしばんでいるこの毒は更に段階を上げ、立場は逆転するのかもしれない。なら、今。決着を付けるのが最善策だろう。

影が重なる。それを1歩……………ほんの少し、足を動かすだけで鬼の立場は入れ替わる。

(踏め、踏め………!足を動かさないと、僕は、今度こそ、1番に……………!)

キングの思考は埋めつくされる。メイン武器の発動条件に当てはまるほどの感情の昂り。準備は整ったと言っても過言では無いだろう。

(君に、とっての、“1番”に​───────!)



​───────『王、安心してくれ。』

『貴方となら、私は絶対大丈夫だよ』




「​───────…!」

瞬間、思い出したのは優しく自分に声をかけてくれた彼女の姿。その一瞬の冷静が、感情の昂りを抑えてしまった。

同時にキングの腹部に焼けるような痛みが走る。スパッと自身を横切るように、しかし確かな痛みはそこに存在して。

ボタボタと落ちるシアン色の絵の具のような血が、キングの黒い影に落ちて足元を彩る。……あと1歩踏み込むだけで全てが変わったのに、キングはその足を動かすことが出来なかった。走る痛みはREINのライトセーバーのレーザー部分が自分を切った時のもの。​───────つまり、この勝敗は。


ドサッと音を立て、キングの膝は地面に着く。その近くでコブラは寄り添うようにキングを見つめていた。

はっ、と短く息を吐けば耐えてきた分の痛みがREINを襲う。足も視界も、歪み、震え。何故自分が立てているのかも理解出来ずにいた。毒に耐性があるなど、そんなフィクションのような体質では無い。かと言ってREINの現実での姿が屈強な人物だったのかと問われれば、“アバター姿において容姿は関係無い”という返しになる。

REINがここまで戦えた理由は、大切な人との“約束”でもあったからで。


「……………………きみ、も…、」

胴を切られたと言えども、やはりこのゲームの特徴なのか。キングは聞き取れるかどうかの小さな声で言葉を紡いだ。

「…………………やさし、い、…………人だ……ね……」

立ち膝の状態でキングは途切れ途切れに呟く。……元々、キングにとってろーゆーもmokuも自分にとって“怖い”という印象であった。その2人と共にいるREINも怖い人なのだと決めつけて怯えていたが、いざ話して見ればその印象は違うものだと気づけた。それでも両者の視線……特にろーゆーからの視線が恐ろしく、あまり会話するきっかけは掴めなかったが。

「『やさしい』……なんて、言ってもらっちゃったけど、……………オレも君と同じだよ」

毒の影響は残り、途切れ途切れになりながらもREINはキングに言葉を返す。ひゅー…ひゅー……と息を零すキングに、そのままREINは言葉を続ける。

「大切な場所……を、逃したくないっていう……その気持ちは、…………オレも、よく知ってるから」

「………………………」

「…君が求めた、一番とは……違ったかもしれないけど、………あの子は、…………君を誰よりも大切に想っていたからさ」

そう、と小さくキングは返す。その表情は和らいでいた。

「…でも…………ううん、やっぱり………………君は、僕とは違う、よ。」

「だって、…………ケホッ…………こんなに、君の優しさに、触れたのに…僕は、まだ悔しい。………一番には、なれなかった…………」

少し自嘲じちょうするように「……………最期まで強欲なんだ、僕」とキングは笑う。REINにはその背しか見えなかったが、彼がどういった表情をしているのかは何となく理解出来ていた。

「…でも、君の…おかげで…………大事なこと、に気づけたよ……………ありがとう。」

「今更気づいても、…きっと……もう、遅いけど」

「……そ、れ………は……」

謝罪を告げるべきなのか。REINが言葉に詰まれば「謝って欲しいんじゃないよ」とキングは返す。


「…どうせなら……もっと、………話がしたかった…」

その言葉を聞き、ギュッと強くREINは下唇を噛む。しかし、今のキングにとって大切な人の存在を教えてくれたのは…神ではなく、REIN自身で。

こんなにも自分は人間関係に恵まれていながらも、“1番でありたい”と言う感情がその事実を覆い隠していた。優しい人に恵まれていたのに、それでも強欲になってしまったのは自分で。



「……………………おと……さん、おか、あ、さん…………………」

本格的にかすみ始めた視界は、王の死が間近であることを表しているのか。それでもキングは記憶に…走馬灯にすがるように、小さく言葉を紡いだ。

「幸せ、…だったよ、……………分かってた、よ。……………僕は幸せ者だった……………って、」

「​───────……でも、“1番”……………傍に、いてほしかった……………………」

流れ落ちる輝きは、本物の涙で。ぽたぽたと落ちるそれは、コブラの胴も濡らして。

「​───────​───────“かん”」

小さく呟く名前は、唯一の……最愛の人の、特別な呼び方で。


(………………せめて、…………僕が、君のいちばんになれたのなら。)


だとしたら、どれだけ喜ばしいことなのだろう。愛する人に愛されることは、言い表すことすら出来ない幸福で満たされるのに。…その正解を知る術すらも無くなってしまったというのに、今になって君の1番であれたのならと淡い希望を持つ自分は……狡いだろうか。



「………………………ぁは……………」

(しにたく、無いなぁ…………………)


黒に染まり堕ちる景色の中。最期にキングは愛しい人を思い出す。




「…………………ごめ、ん…………でも、」

最後の最後まで、強欲で、この言葉が重いかせになるとしても、狡いと言われたとしても。それでも​───────



(……………………………………あいしてる)



​───────…最期まで彼女を愛している事実は、何一つ変わらないのだ。




「……………………っ、」

キングが床に倒れると同時に、REINは小さく息を零す。それは毒から来るものではなく、精神的な面に来るものの影響からで。

「もう…………逃げないって決めたのにな……」

「………………あー…情けないなぁ、もう…」

顔を少し歪めれば、今になって自分が死と向き合っていたその状況を思い出して。

「怖いに、決まってんじゃんか…」

死を恐れていない訳では無い。怖いものは怖いのだ……どんなものであれ。




パチンと指を鳴らす音が響く。同時に楽になった身体は毒が抜けた証拠なのか。

「最期まで、愛しいヒトを想う方は多いですが……やはり何よりも大切だからなのでしょうかね」

機械の音声が響く方を覗けば、カミサマは階段の上の方に座り込んで何かを読んでいるようだった。パラ…とページこそ捲っているが、閉じた瞳でそれは読めているのだろうか。

「……………何が言いたいの」

「単純な疑問の投げかけですよ。……というよりは、ヒトで言う“独り言”に近いものですが」

ぱたんと読んでいたその薄い書物をカミサマは閉じる。立ち上がり、赤い痕を残しながらカミサマはREINとキングの元へ降りる。

「今回は随分個人情報のヒントを気にしていないようでしたね」

「…そもそもの話、人の個人情報なんて好き勝手暴くもんじゃないっしょ」

「……私にはよく理解出来ません。他人の個人情報を暴くヒトもいる、とデータにはございますが」

「まぁ、全く居ないわけじゃないけど……イコール全員がそうだって訳じゃないよ」

どこか呆れ気味にREINが呟けば、「左様ですか」とカミサマは返す。

「何を持って善と悪の判断をしているのかは理解に苦しみますが……私は、私の任務を遂行すいこうすること以外を未だ知らないので」

そう言ってカミサマ自身が手にしていた1冊のノートをぽす、とREINに押し付ける。反射でそれに手が触れてしまえば、刹那、REINの中に大量の情報が流れ込んで来る。




目の前に、1冊の絵日記がある。

ページをめくる。優しい父と母に恵まれはしたが、多忙は幼い日の自分には父と母を奪う最大の敵であって。

ページをめくる。めいっぱいの愛情を注がれても、1人でいることが変わらないと言うのなら。それは永遠の孤独と変わらないのではないか。

ページをめくる。学校で飼っていた小さく黄色いふわふわとした命。小さな命の前では、永遠の笑顔でいれたのだ。

ページをめくる。無惨むざんな姿になった小さな命は、群れの中で生きる強い命にとってはただの邪魔もので。ただの毛玉と肉塊になってしまった“それ”の血を脚先に染め、こちらを見つめる。手の中の冷たい物質は、決して目を開くことなど無いのに。


ページをめくる。自分の手の中には白くふわふわと柔らかいもの。自分自身の手汗がその首をしっとりと湿らせる。やはり暴れはするものの、それでも勝てないのだとぼんやり考える。ゴキっ、と鈍い音が響く。ギュッと絞めただけにも関わらず、案外強者の命は容易くその灯火を消した。先程の骨を折った感覚と、少し湿った鶏の羽の感覚が手に残る。きっとこの感覚は、生涯忘れることは無いだろうとぼんやり考える。



1番であることを望んだ。誰かにとっての1番であること。

……………それを満たすには、強者であり続ける他無いのだろう。




ハッ、とREINの意識が戻る。少し視線を逸らせば、淡々とカミサマはキングの身体にその4本の腕で触れていた。

「おめでとうございます、今回の勝者は水属性 REINさんです」

ニコリと貼り付けた笑みを向けるカミサマをじっとREINは見つめる。

「?何か疑問でもございますか?」

「………………いや、無いよ」

かしこまりました、とカミサマは告げる。「武器トレードの方は?」の問いに緩く首を横に振る。

「了解致しました。それでは戻りましょう」

「​───────…」

宣言するカミサマに対し、静かにサブ武器を起動する。………そこに見えたのは。


(……『作り手』、『蜘蛛』、『石像の男』…………)


見えた情報の量は増えた。……問題は、この情報の真偽性にもよるが。

クラりと歪んだ意識の中。ぼんやりとREINはそんなことを考えていた。




……同時刻、メインストリート前。

先の試合と、自分へと告げられた告白をその騎士は確かに受け止めていた。

グッと唇を噛みしめ、電子掲示板を見つめる。……その表情は、誰よりも苦しげに、息詰まっているかのように。

「……………………………私にとって、君は君だけなんだよ。キング」







むかしむかし、あるところにひとりぼっちの王様がおりました。

皆から愛されていた王様でしたが、孤高故、誰よりも孤独だと感じておりました。

……しかし、王様には大切な人がおりました。

誰にでも優しく微笑む少年。ちょっぴりおかしいけれども楽しい紳士。そして誰よりも強く優しい愛しい騎士。

“王”でありながらも、大切な人は皆、王という立場とは無関係とも思える人物で。階級や、どちらが上かなんて関係なく。王が彼らに求めていたのは異なるものでした。

親友と、相棒と、誰よりも愛しい人。自分が“1番”ではなく、自分の“1番”である人。

…………どうか、どうか。君たちが1番最善だと思える未来になるのを願うばかりです。


めでたしめでたし。

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