第2章 そして、アイになる
#10 虚ろなまま-おやすみ、おはよう空の君-
Q.関係性は何でしたか。
A.赤の他人です。
Q.どうして?
A.君のことは何も知りません。
Q.理解すれば良かったのに。
A.自分のことで精一杯でした。
Q.目を逸らしたかっただけでは?
A.
そこまで打ち込んでふと、手を止める。締め切ったカーテンを少し開ければ、はらはらと雪が降っていた。
…………嗚呼、また君に会いたいな。こんな我儘、許されるか分からないけど。
ぱち、とtotoririが瞼を開ければそこはいつものメインストリートで。すぐに目に入るのは残る5人とどこか満足気なバニヤン。大半は暗い表情をしている。
「───────…」
何か声をかけようとし、続く言葉が見つからない。場の雰囲気を変える言葉か、皆を慰める言葉を続けるべきか。
totoririが小さく口を開け、きゅっとそれを閉じたのと同時に「これで1回戦は終了だよ」という低い声が響いた。
バッと後ろを振り返れば少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せたカミサマが電子掲示板へと向かって歩を進めていた。
「多少のイレギュラーの介入もあったが…まぁ、もう居ないのは問題に数えなくていいだろ?」
くるりと電子掲示板前で振り返れば、ふわりと頭に被せた黄緑色のショールが揺れる。ケラケラと、その真っ黒な瞳を細めて笑っていた。
「っ─────」
「……ダメ、だよ……」
苛立ちを見せた敢を制したのはキングであった。ぐっ、と強く唇を噛み締める敢に少し視線を向け、キングはカミサマへと視線を戻す。
「そんなに怒るなよ。事実だろ」
そう告げてカミサマが指を鳴らせば、電子掲示板に映るMr.Bon-Bon─────
「先の試合で彼が勝利したため、シード権は彼のものだ。自動的に、彼は3回戦目までは試合を行わない。」
「そして、これから2回戦だよ」
1人1人の顔をよく見ながら、カミサマはにっこりと嫌味ったらしく微笑む。
「まっ、もう説明や疑問も無いだろう?だったらさっさと次に進もうか」
チラりとリルがラリマーの方を見るも、彼がカミサマから目を逸らすこと無く。
視線を戻せば、暗転が襲う。パッと目を開けば、そこにリルとラリマーの姿は無く。
「2回戦1試合目。呪属性 ラリマー対夢属性 リル。」
「良い機会だから、2人とも素直に話し合えたらいいね……まぁ、もうここに居ないから聞こえないだろうけど」
そう告げてカミサマはにっこりと微笑んだ。
「───────……」
ラリマーが目を開ければ、そこは夕暮れの教室で。位置としては1
ガタッと席をたてば、「お目覚めですか」と声がする。視線だけを向ければ、瞼を閉じたカミサマがその場に立っていた。
「……まぁ」と小さく呟いてカミサマと向き合う。少し願えば、ラリマーの手元に電子のサークルが現れる。そこから拳銃を取り出すラリマーを見ながら「準備が早いですわね」とカミサマは声をかける。
「……相手の武器との相性もあるからな」
「そういえば。武器を引いた時に『遠距離武器は苦手』と仰っていましたね」
「……………まぁな」
小さく呟き、手中の拳銃をラリマーは見つめる。片手に収まるサイズのそれは、変わらぬ重さがあった。
「……以前まで、使っていた武器ですのにね」
「………」
ペタペタと鳴らしながらカミサマはラリマーへ近づく。
「以前まで、遠距離武器を得意としていらっしゃったのに。」
「むしろ拳銃は、貴方の1番の得意武器でしたのに」
「それ、は………」
少し距離をあけ、立ち止まる。ぱちりとその黒い目でラリマーを見つめれば、目を細めて笑った。
「あぁ、そうだよね。」
「──────────────」
「、っ!」
続くその言葉で反射的に手にしていた拳銃を向けてしまう。殺す、という感情から来るものではなく情動的なものであったが、それでもその言葉はラリマーにとって1番聞きたくない言葉で。
「………………は……?」
しかし、ラリマーは小さく声を零した。自分の目に映るのは瞼を閉じたカミサマと、向けている自分の拳銃。……そして、表示されているこの見覚えある文章は。
「…………………なぁ、」
銃口を冷ややかな目で見つつ、カミサマは低い声で呟く。
「───────キミ達が、僕に勝てるワケ無いんだから」
さっさとそれを下げろと言わんばかりの圧に思わずラリマーは拳銃を下げる。……だが、先程見えたあの文字は。
困惑するラリマーをどう思ったのか。神は「他言無用、なんて言わないよ。というかどうせ言う相手はキミに居ないだろ」と付け足す。
「願いの変更が無いなら僕は向こうに説明に行くよ」
「………変更はねぇよ、絶対に。アイツを生き返らせることだけだ」
「それは相手が望んで無かったとしても?」
「…あぁ」
そこまで聞き、カミサマは呆れたように大きく息を吐く。
「ほんっと…キミは馬鹿な子だね。自分の本心、気づいてるクセに」
「…………」
「あの子にくらい話せば?…まっ、そう簡単に話せたらここまで苦労してないか!」
そう言い残してカミサマは教室を出る。その後ろ姿をラリマーはただ見つめていた。
「お待たせしましたね」
「……あの、ここ………」
困惑するリルにカミサマが話しかける。キョロキョロと不安げに辺りを見渡すリルがいる場所は………とある病室。4つのベッドと、空の花瓶だけが置かれている。
「ここが次のバトル空間となります」
瞼を閉じたまま、カミサマは返す。そうですか…とリルは呟く。
「そういえば、貴方と彼は元相棒でしたね」
「そう……です…」
「一応データとして残ってはおりますし、あの日の状況を把握してもおりますが……貴方は、あれで良かったのですか?」
「…………」
ギュッと口を真一文字に結び、リルは下を向く。そっと瞼を閉じても、あの日はすぐに思い返せて。
『───────え、』
「……そのままの意味、だけど」
伝えられた内容を思わず聞き返せば、目の前のアバターはどこか不満げに返す。
それは突然の出来事。ラリマーがログインしなくなってから1、2週間程の出来事だった。時期的に受験と言われても期末考査の期間だと言われてもおかしくない。確か彼は学生だと言っていたから。しかし、音沙汰も無くログインしなくなった相棒をリルはずっと待っていた。待って、待って、待ち続けて。彼に教わったモーニングスターは難しかったが、戻った時に安心させれるように。あなたの最高の相棒だと言ってもらいたくて。……彼の優しい声で、また褒めてもらいたくて。
期待と不安で黒く染まりつつある心境を抑えつつ、彼を待っていた。だが、久々に会った彼からの初めてのお願いは『相棒関係の解消』。
「アンタと、もう一緒に遊べないから……だから、オレにもう近づかないでくれ」
聞き慣れない低い声で淡々と告げられる。何か返そうとリルがテキストを打つも、言葉が纏まらない。ボイスチャットを使用しているラリマーに言葉の速度が追いつくはずもなく、目の前の彼のアバターは他のアバター達の波に消えていく。
『ラリマーくん』
やっと打てたその一言すら、彼は見てくれなかった。
「───────話、聞いてますか?」
「えっ、あ………ご、ごめんなさい…!」
過去の出来事を振り返っていたリルに、カミサマは軽く目の前で手を振って確認する。
「……まるで人が変わったみたいに、言われてしまったので…」
苦笑いで返せば、カミサマは貼り付いた笑みで微笑む。
「願いの変更は、ございますか?」
「……無し、で…お願いします」
小さく呟けば、カミサマは「かしこまりました」と返す。
「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」
カミサマの声が響く。リルが足元を見ても、それが薄紫に光ることは無かった。
「今回はあちら側に鬼の権利がございます。勝ちたいのであれば、まずはそれを奪うことからですね。」
「さぁどうぞ、夢見る貴方。向き合う覚悟を決めてくださいね。」
「それでは、ゲームスタートです」
ブザーのような音が周囲に鳴り響く。ぺたぺたと足音を響かせながらカミサマは病室から去る。
リルが願えば、薄紫色のサークルが現れ小さな硝子星が落ちる。鎖を少し巻きとるように持ち、リルもその病室を出る。べっとりと残った赤黒いカミサマの足跡は踏まないように気をつける。
たんっ、と病室を出ればカミサマは既におらず。正面に見えた窓からは夕日が差し込み、左右はどこまでも続きそうな病室の並び。
「───────♪」
「わっ…!?」
唐突に鳴り響くピアノの音に思わず声をあげる。音はどうやらスピーカーから鳴り響いているらしく、院内に響いている。
(……なんだか、卒業式みたいな曲…)
どこかで聴いたことがあるのに、それが思い出せない。懐かしい気持ちと、どこか落ち着かない気持ちを抱えつつリルは歩を進めた。
「………………」
カツカツとラリマーの足音だけが響く。教室から出れば、『2-■』との札があり、ここが2年の教室であったことが分かる。真っ直ぐ中央に引かれた線引きを踏まないようにしてしまうのは、無意識か。
(………さっきの、文字)
ぼんやりとラリマーは考える。先程カミサマに拳銃を向けてしまった時に見えたのは、───────『プレイヤー・カミサマをキルしますか』。しかし、現れた選択肢は『No/いいえ』であり、そもそもカミサマをキルするつもりは微塵も無かったためラリマーは黙ってその指示に従った。
(さっきの文字、向こうの奴らにも見えたのかな…………)
プレイヤー、というのはどういうことか。自分達と同じ人間がまだ居たということか。Shadow taGを作った運営によるプレイヤーなのか。……カミサマを、キルすることが出来るというのか。
分からないことが余計増えてしまったようにも思える。しかし、それでもラリマーの中で確かに決めていることはあった。
(まぁ、カミサマをキルすることはねぇな)
キルしてしまえば、自分達がどうなるかも分からない。願いだって、叶わないのならば意味は無い。何の為に、ここまで耐えてきたと思ってる。
キルされた者達を思えば、カミサマは敵だと罵る存在であり1番に抹殺すべき存在だ。……しかし、同時に今で無ければ気づけなかったことも多すぎて。この状況になったからこそ、知れた事実もあって。
(……………………)
卑怯だと、罵られるだろうか。狡いと、恨まれるだろうか。…………彼女が殺されて、悲しまないことを非情と言われるだろうか。
「好きに感情表現出来たら、んな苦労して生きてねぇわ……」
ぼそっと独り言を呟き、ラリマーは2個先の教室の扉を開けた。ガラッと勢いよく扉が滑れば、きちんと並ぶ机と1つの違和感が見える。
(………ぬいぐるみ………………)
くてん、としながらも机にお利口に並べられているのは動物や人の形らしきぬいぐるみ。らしき、というのはその原因が綿を抜かれているから。近くにあった兎のぬいぐるみを手に取る。頭だけが重いためか、くたりと後ろに仰け反ってそのまま頭部だけが落ちる。ふわふわと白い綿がいくつか落ち、机の上に少し積もる。
パッと顔をあげれば、少し光る机を見つける。反射か?とも思いつつラリマーがその机に近づけば、糸が絡まった熊のぬいぐるみが虚ろな目でこちらを見つめていた。
ひょいとそれを持ち上げれば、机に書かれていた文字が見える。
『あなたもこの姿を望むのでしょう?』
「………………」
薄紫の文字が机を照らす。ラリマーはその文字をじっと見つめた後、熊のぬいぐるみを元の場所に戻した。
「好かれてんだな…」
ぽつりと呟き、教室を出るべく後ろを振り返る。この場所は、居心地が悪い。さっさとここを出てしまおうと扉前に来た時だった。
「………………で……………察は……関連……」
「………?」
急に聞こえるアナウンサーの声に思わず振り返る。棚の上のテレビに電源が入っている。
「『………………』として有名な……………の…………社員の1名が、昨日屋上より飛び降り…………意識不明の………」
「机には『僕はお前らに殺され…。あれは僕の………、戦うゲームなんて……なかった。あのゲームは、僕の全てで』と会社への不満を示す遺書らしき紙が………………」
黄緑色のノイズ塗れに聴き取りにくい声ではあったが、どうやらとある事件を取り上げたニュース画面のようであった。
「…………」
じっとラリマーはそれを見つめていたが、プツンと電源が切れる。小さく舌打ちをしつつ、今度こそラリマーは教室を後にした。
「…………………」
カンカンとリルの足音が響く。院内でまだ個人情報も見つけておらず、院内案内図も見つけれないため場所の把握がしにくい。
モーニングスターを持ち直す。しゃらりと鳴る音とピアノの音だけが聞こえる。
(探す場所が多い……適当に病室を開けて見るべきかな…)
ぼんやりと予定を立てながらリルは周囲を見渡す。……正直な話、ラリマーの個人情報はもしかしたらこれか?という予想はある。しかし、バニヤンとコモモの試合でもそうだったが本人が“大切”と思ってる箇所がどこかでそれは大きく異なる。元相棒だからこそ、見えるものがあって。同期だからこそ、自分たちだけに分かったものがあって。全て憶測にしか過ぎないし、今まで画面越しに見ていた人物の全てを知っている訳が無いのだ。神でも無い限り。
ガラリと目に入った病室を開ける。パッと目に入ったのは床に描かれた紫の五線譜。何の楽曲かは分からないが、これが個人情報の1つということか。
踏まないように気をつけながら適当に近くのカーテンを開く。シャッっと軽く音を鳴らし、ベッドの上に見えた物を手に取る。紫のカバーを付けた文庫本。帯も何も無いそれをパラパラと捲れば、白紙ページの最後に『あとがき』と光る文字が現れる。
『世界で1番憎い、兄弟に捧げる』
弱々しく光るその文字は少し滲んでおり、これまでと違った印象を受けるのは紙に書かれているからか。ツ……とその羅列をリルは静かになぞり、元の場所に戻す。───────まだ、彼について分からないことしか無い。
「…階段か」
ぐるりと階を1周したラリマーは小さく呟く。周囲に警戒しつつも特にめぼしいものもなく、個人情報すらも見つけることは出来無かったのに。
(………自分のは、どうしてこうも簡単に見つかるんだか)
ラリマーの目の前には大きな紫の液だまり。絵筆を引き摺ったようなそれは上に向かっているようにも、上から落ちてきたようにも見える。じっとその液だまりを見つめれば、ぼんやりと文字が浮かび上がってくる。
『「あの子を返せ、人殺し」』
「……………」
小さく舌打ちをしてそれから逃げるように下の階へと降りる。覚悟があったとはいえ、やはりその言葉だけは自分の心の弱い所を深く抉るナイフで。
カツカツと急ぐように足音を鳴らして適当に目に入った場所に入る。『家庭科室』と書かれた札には薄紫色の細い細い糸が垂れている。ラリマーは直ぐにそれから目を逸らして扉を開けた。
「、は」
開いた先にはどこまでも続くような廊下。そして鳴り響くのは嫌になるほど聞き覚えのある曲。
(引き返すか?いや、でもアイツがここの学校側にいる確証の方が低い…)
1歩踏み出そうとして、一瞬留まる。何度か思考を巡らせて、小さく深呼吸する。そして、少しだけ背筋を伸ばして1歩踏み出す。……ここにリルが居ることだけを願いながら。
「…?」
無意識にリルは来た道を振り返る。後ろを見てもそこに続くのは真っ白な廊下。気のせいか…と思いつつリルは壁に書かれた文字を見直す。先程見つけたこの紫の文字は病室へ向けて続いていた。
『「どの面下げて帰ってきたん、人殺し?もくっち返せよクソが」』
『ごめん』
『「■■■■よりお前が死ねば良かったのにな」』
『また誰かの大切な人を殺して、ごめん』
聞き覚えのある文章は大きく書かれ、その合間合間に小さな文字が書かれている。バニヤンの告げた言葉があるということは、それがラリマーの“大切なもの”のヒントに当てはまっていたということで。…だが、最後の文はリル自身にも当てはまって。“また”の意味は分からないが、自分も1回戦でみくるんをキルしたのだ。誰かにとって大切な人を殺した罪は、生き残った大半が背負った罪であって。
そっと文字に触れながらリルは病室の前で止まる。みくるんの時ほどのヒントの大きさでは無いが、もしかしたらこの部屋に個人情報がある可能性もある。
少し躊躇いながらも、彼に勝つため、彼を知るため。リルは扉をそっと開いた。
「───────ひっ、」
開けばそこは1面の紫。しかし、それよりも目を引くのは床に広がる赤黒い液だまり。
ヒュッ、と息を吸い込み、勢いよく扉を閉める。知らない、分からない、これが何を示すのか、彼が何をしたのかも。ただ今湧き上がるのは得体の知れない恐怖心で。
(怖い、怖い、これは…おかしい)
自分の予想を遥かに上回ったこの状況を呑み込めずに。文字も何も無いあの状況がただただ恐ろしく。───────何よりも、ラリマーを恐ろしいと感じてしまった。
「何を見た」
「………………あ、」
真横から聞こえた低い声に思わず視線を向ける。そこにはこちらを見つめるラリマーの姿。冷たく感じるその目に一等星は輝いていて。幾度となく見たその青い宇宙は、夕日によって輝きを増す。…だが、今はその全てが恐ろしく見えてしまって。
「ラリマー………………さん」
「……“あれ”は見てないんだろ。武器にロックがかからねぇ」
カツカツと紫の影が迫る。1度mokuとの戦いの際にラリマーは自分自身の個人情報が何かを見たため、ある程度の把握は出来ているのだろう。
キッ…と金属音を響かせながらリルは後ずさる。手にしたモーニングスターをしっかりと握りしめ、「なん、の…ことですか」と途切れ途切れに返す。
(ラリマーさんの武器は拳銃…権利を取るには1回影を踏みに行く必要がある……けど、拳銃相手にそんなリスクが高いことは出来ない)
夢属性の特性をまた使用すべきか?今回の夕暮れなら、1試合目のように大きく影響が出ることは無いだろう。しかし、ラリマーがサブ武器としている御札の効果がどこまで効くのかが不明。
向こうが2歩進めば、こちらは1歩後退る。ぐっ、とリルが柄の部分を強く握った時だった。
「……あの時、言いたいことがあるって言ったの…覚えてるか」
「………………えっ………?」
「アンタの、試合が終わった後の」
そう言われてリルは思い出す。みくるんとの試合終了後…ミラーハートとキングの試合前。「次の試合の時に、色々言っておきたいことがある」と言ったラリマーの言葉。……それは、あの病室に関わる事だろうか。
少し足を止め、「あー…」と小さく呟くラリマーの声はスピーカーからの音楽に掻き消される。
「………悪かった」
「………」
するりと告げられたラリマーからの謝罪に思わずリルは足を止める。…“悪かった”?
「あん時…その、近づくなって言った時。アンタの気持ちを何も考えないで発言して悪かった」
「い、いえ……あれ、は…その………」
何故今になってラリマーは謝罪するのか。リルを動揺させることが目的か、それとも自分の死を覚悟したからこその行動か。その意図が全く読めない。
「……正直な話、アンタが文字打ってるとか…そんなん考えないで、オレは好き勝手自分の言いたいことだけ先に言った。」
「…ここで、アンタの反応とか…ちゃんと“中のアンタ”を見て、余計あの時言ったことが引っかかってた。傷ついた奴を見るのが嫌だったから……ずっと、アンタから逃げてた」
とにかくそれを謝らせてくれ、とラリマーは告げた。どこか苦しげな表情をした彼になんと言葉を続ければいいのだろう。
「それ……は、あの時すぐに言えなかった俺も悪いです。ごめんなさい」
「違う、これに関してはオレの問題だ。」
「……なんでだろな、ただ画面に向かって、“そういうキャラクター”に話しかけてる気になってたんだ」
ちゃんと、向こう側にそれを受け止めるアンタが居たのにな。と、ラリマーは続けた。
チャット、と言っても実際に顔が見える訳でも無く。アバターに向かって話しかけていれば、いつしかそれが“画面の向こうにいる人間”では無く、“キャラクターとの会話”のように思えてしまって。本来は人と人との会話であって、NPCとの会話では無い。どれだけの暴言をぶつけても、傷つかない人形では無く、向こうにいるのは確かに生身の人間で。
「………ずっと謝れないままが、気持ち悪かったのと………いや、何でもねぇ。つまりはそういうことだよ」
「………」
リルは少し視線を落とす。バクバクと響く自分の心臓の音と、ラリマーに聞きたいことと、謝罪で頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。
一方で長く抱えていた自身の気持ちを伝えたことにより区切りが着いたのか。ラリマーは手にしている拳銃を握り直す。カチャ…という音に「あの、」とリルは思わず顔を上げた。
「………なんだ」
「あの、戦う前に…1つだけ聞かせてください…」
「………」
「、ラリマー…くん、は…!」
ハッキリと、視線が交わる。冷ややかな視線の中の星は、全てを照らしてしまいそうな程に眩しく───────故に、恐ろしかった。
先程見た紫色の病室の事もあり、目の前にいるラリマーがただただ怖いと感じてしまった。そして、“これ”を聞いて答えを貰ったとしても。その後に残る感情は良くないもので。
ふる、と軽く頭を振ってリルは視線を落として続けた。
「…………いえ、なんでも無いです。」
「───────ラリマーさん、始めましょう」
リルが宣言した直後、カッっと足音が響く。ラリマーの左手は五芒星を描いており、確かにリルとの距離を詰めていた。
一か八か、そのままの距離で撃つことも考えはした。しかし、小柄で自分より反映された運動神経があるリル相手にそれは危険だと考えた。1番確かなのは固定の札で相手を確実に止め、その間に撃つこと。遠くへ狙いを定めることが苦手なだけであって、ゼロ距離で撃てない訳では無いのだ。
「っ、」
驚きのままにリルは半歩後ろへ下がる。
(───────逃げ、な、きゃ)
本能がそう叫んだのか。判断と同時にリルはラリマーへ背を向け走り出した。
「!」
背を向けたリルへとラリマーは拳銃を向ける。『プレイヤー・リルをキルしますか?』と表示されるも、段々と距離を離すリルに照準が合わない。チッっと舌打ちをしながら『いいえ』を選択する。嗚呼、こういう時。アイツなら容易くやってしまうのだろう。
渋々ラリマーもリルの後を追う。2人の急ぐ足音と反するように。優しいピアノの音楽だけが鳴り響いていた。
(階段、下がって……でも、病室には入れない……入ったら行き止まり)
ただひたすらに足を動かす。反撃をしかけようにも、今のこの状況ではどうすることも出来なかった。
(何か、何か、何か…………………!!!!)
絡み合う自分の思考と感情と焦り。対してラリマーは一言も発さずにただただリルを追いかけていた。
「っ、」
たんっ、と降りていた階段を3段分飛ばしてリルは着地する。金属製の足元装備から響くものはあったが、ぐっと下唇を噛んで堪える。ただひたすらに足を動かす。チラリと見た窓に薄紫色で何か書かれていたような気はしたが、それを確認する余裕すら無かった。
走って、走って、角を曲がって。そこから更に走って、走って、角を曲がる。
「───────え、」
曲がった先、リルは思わず足を止めた。目の前には………“手術室”の文字。そこから続く道は見えず、光る手術室の文字だけがただひたすらにリルの恐怖心を煽った。
「…やっぱここに着くか」
後ろから聞こえる声に思わず振り返る。少し息を乱しながらも、ラリマーは確かにリルを見つめていた。
「………………全部、分かって…………?」
「………偶然だよ。ただ、見た覚えのある通路だったから…もしかしてって思っただけだ」
ぺたり、と糸が切れたようにリルは座り込む。ただ逃げて、勝利を掴める訳が無いことは理解していた。しかし、それでも何か打開策があると信じていた。だが、その希望すらも打ち砕かれて。
は………と小さく息が溢れる。それをひゅっと吸い込めば、脳内を沢山の焦りの感情が占めていく。
(どうしよう、どうしよう、このままだと負ける、負け、たら……)
ぐるぐると思考を巡らせる。しかし、確実にラリマーは距離を詰めていた。
(こんな時、どうすればいいかなんて)
最適確が分からない。何が正しいのか分からない。これ以上どうすればいいのか、誰も導いてはくれない。
(……………君、だったら……)
どうしてたんだろう。そう思っている内にラリマーは目の前に立っていた。
元々アバターの設定ということもあり、リルを見下ろすラリマーの瞳は恐ろしかった。
「………怒って、ますか」
「───────は?」
リルの口から溢れた問いかけに思わず問いで返す。リル自身も自分の発言に少し驚いた表情をしつつも「えと…」と言葉を続けた。
「あの時、から……ずっと。俺が、……みくるんちゃん、を、………ころ、した時から………」
「……………」
「だって、ラリマーさん……は、みくるんちゃんのこと、」
そこまで告げれば、ラリマーはピクリと反応を示した。互いの間に沈黙が流れたが、それを破ったのはラリマーであった。
「…………好きだよ。」
「今も、前も……多分、ずっと惹かれてたんだ」
そしてラリマーはハッと自嘲気味に笑った。それは、どこか苦しそうな表情にも見えて。
「本当に馬鹿なんだよ、オレ。いつも……無くなってから気づくんだ。」
「アンタにもそうだったけど、全部全部……離れてから後悔してばっかだ」
ここにきて見せた彼の表情は恐らく今のこの状況だからこそ見えた“現実”のもので。リルはただそれを見つめることしか出来なかった。
「大切にしたいって、思ったからこそ、オレじゃ駄目だって分かってたんだ。」
「オレが、誰かを幸せにする為の権利は。あの時から捨てなきゃならなかったから」
「…………………あの時…………?」
眉間に皺を寄せ、ラリマーは言葉を選ぶ。どれだけ綺麗な言葉を選んでも、彼に伝えること事実は変わらないのだ。
1つ息を吐き、改めてラリマーはリルを見つめる。それは、ようやく覚悟を決めたようにも思えて。
「───────アンタの知ってる“コレ”と、今は違う」
「……………………………………………え、」
口から溢れたのは、ほぼ反射に近いもので。事実を呑み込んだ上での問いかけでは無く、咄嗟に出たもの。……しかし、その情報だけでリルにとって察するには充分過ぎて。
「………悪かった。オレが言えるのは…とにかくそれだけだ」
カチャ…、と音がする。そしてリルの額には何かが押し付けられたような感触があった。……それは、ラリマーのメイン武器である拳銃で。
「騙し続けて、ごめん」
「───────じゃあな」
炭酸のようにパチパチと光るその髪の宇宙と、1番輝く瞳の星がリルを見つめる。どちらも綺麗であるのに、全て冷えきって見えてしまって。
『プレイヤー・リルをキルしますか?』という2度目の表示をラリマーは目にする。……今度は、決して迷うことなど無く。中途半端に成るのではなく、最初からその覚悟は決めていたはずなのに。いつからかそれがブレてしまうとこだった。
そして、ラリマーは『はい』を選択
「───────嘘だ」
……………………出来なかった。
先程までと異なり、深淵すらも見透かしてしまいそうな瞳でリルはラリマーを見つめる。その瞳が恐ろしく、ラリマーは即座に『いいえ』を選択する。
「………嘘、ですよね……?俺を、動揺させるための」
「違う。本当に、アンタの知ってる奴は、」
「、やめてください!」
勢いのままに突きつけられていた拳銃を叩く。予想外の力に拳銃はラリマーの手から離れ、カンッと壁に当たる。同時に音が2つ響く。視線を下げれば、リルが足元の影を踏んでおり、薄紫色の影が光っていた。
「っ、んの…!」
その薄紫の影を踏もうとするも、するりと横を抜けられる。
そしてリルは来た道とは真逆の方向へと進む。今はとにかく体制を整えるべきと考えたのか、先程と同様にリルは無我夢中に走り出した。ラリマーも慌てて拳銃を取り、後を追う。
(違う、のは……だって、この場所は君の場所で、それで、騙し続けてごめん、は…!)
ぐるぐると嫌な方へと思考が向く。言いたいことも聞きたいこともあったのに、その一言とこの場所が繋がる何かを考えることが恐ろしくて。
パッと後ろを振り返り、ラリマーを見る。途端、ラリマーの視界は暗転しかけるもペタりと手にしていた札を自身の腕に貼り付ける。解呪の札はすぐに消え、ラリマーの視界も揺らぐことは無かった。先程よりも少し暗くなった視界のまま、リルはとにかく走る。時折見える紫の何かを追うように、ただひたすら。
(確か、この先にあったのは)
朧気な記憶を頼りにラリマーは今自分達がいる位置を考える。もう一度、先程のようにどこかに追い込むのが最善か。しかし歪んだこの空間で記憶はあまり頼りにならない。
「、なぁ、おい!」
どうしようか…と考えつつラリマーは目の前のリルへと声を掛ける。……クールタイムの間、会話を繋いで。切れたと同時に相手の足を止める何かを伝えて固定出来たのなら、まだ勝てる見込みはある。
「っ、……!」
(流石に足止めないか…まぁ、今止まってもって感じか)
ギリ、と奥歯を噛み締めながら考える。どうにかして彼の足を止める方法は無いものか。
「そうそう上手くは行かないだろ」
ラリマーの頭の中に、カミサマの低い声が響く。未だ響く忌々しい音楽はカミサマの声を掻き消すこと無く、ラリマーへ響く。
「……この先に行かれる方が厄介なんだよ」
小さくラリマーが呟けば、ケラケラと笑う声が聞こえる。
「確かにそうだねぇ。どうしようか、今の彼は聞く耳持ってくれないみたいだけど」
そしてカミサマの淡々とした声が、頭の中に響く。
「何にそんなに不満を持ってるのかな、何をそんなに恐れているのかな。」
「何にそんなに、縋っていたのかな。」
「…………………気づいてるんだろう?なぁ、なら聞いてやりなよ。それくらい馬鹿なキミでも出来る簡単なことだろ」
「っ……………」
声は消える。ただ聴こえるのは、響く音楽だけで。
「おい!!」と目の前のリルに呼びかけるが、彼は速度を緩めなかった。
「アンタが、…………アンタの!理由まではよく分かんねぇ……けど、オレが言いたかったのは………!」
そこまで言いかければ、「じゃあ、」と声が聴こえる。
「じゃあ、答えてください」
リルは速度を落とし、止まる。息を乱すことなく俯く彼の表情は後ろのラリマーが見ることは出来なかったが、重要な点はそこでは無い。
「………………なんだよ」
息を乱しながらも、ラリマーは距離を詰める。手元を確認すればあと数秒でクールタイムは解除される所だ。
「……………“今は違う”というのは、……前は、何だったんですか」
「………………それ、は」
あと、5秒。
「俺と、遊んでいた時は………“前”でしたか」
「………………」
下唇を噛む。あと、3秒。
「……………………………………ずっと、聞きたいことがありました」
「………………ずっと?」
ラリマーの指は動く。あと、1秒。
リルが振り返る。片目には、光が反射するほどの涙が溜まっていた。
クールタイム解除と同時にラリマーは指を動かす。1画を描き、2画目へ指を滑らせた時だった。
「───────“俺と一緒に居た”、ラリマーくんはどこですか。ラリマーさん」
ピクり、と一瞬指を引く。それが、大きな隙となり。
「、しまっ………!!」
シャラりと足元から鎖の音が響き、ラリマーの足をその場に固定する。これは、自身のサブ武器の制限で。扱いやすく、それでいて応用が効く武器は便利ではあるものの、条件は厳しいものであった。『五芒星を何度かに分けて描こうとすることでも制限が起きる』のは、ほんの一瞬でも逸れてしまえば制限の対象となり。
紫に光る鎖はラリマーの足元に巻き付く。無理やり動かせば、それは更にキツくなる。
ぐっ、っと涙を堪えてリルは走り出す。ラリマーが固定されているのは3秒間。迷ってる暇など無い。
少し駆けて曲がり角を曲がる。どうしよう、と視線を逸らせば扉が半開きになった病室を見つける。これまでならそこに入ろうとは思わなかっただろう。しかし、その瞬間のリルは何故か『入らなくては』と思った。
本能なのか、何かが見えたのかは分からない。だが、リルはするりとその病室へと入る。少しして、解除が解けたのであろうラリマーの足音が響いたが病室を覗くことなどは無かった。
バクバクと響く心臓を抑えながら、は……とリルは止めていた息を吸い込む。そして改めて正面の光景を見れば、そこに続くのは雪のように真っ白な廊下。所々に部屋へ続くと思われる扉はあったものの、それよりも目を引くものがあった。
「……………………………紫」
とある一室。そこから流れるのであろう紫の液体は白い廊下によく映えて。カン……カン……と足音を響かせながらリルはそちらへ向かう。
ふと、壁を見れば紫のネオンの文字が所々に光っていて。
『「■■、実は仲良くなりたい子が居るんだって。…それだけで、嬉しいんだ」』
『「■■、あんまゲームに慣れてなくてさ……うちの親、変なとこだけ厳しくて」』
『「■■とリルくんも、きっと仲良く出来るよ。だってどっちも優しいからね」』
『「夢を叶えよう、■■」』
『「ここじゃ、■■の心が死んじゃうよ」』
『「違う存在だよ、■■は、■■で。一緒の存在じゃないからこそ」』
扉の前に立つ。紫の液体はリルの足元を汚し。正面の扉を見れば、『かえってきて』と書かれた紫のネオン文字と───────『霊安室』と書かれた札。
(…………嫌な予感しかしないよ……)
病院がラリマーにとっての思い出の場所なのだろう。そして、所々にある言葉は“以前の”ラリマーから聞いたもので。誰にでも平等に優しい彼からある日突然、人が変わってしまったように厳しい口調になってしまった彼ではなくて。
……自分の相棒は、どうなってしまったのだろうか。
何か重い病気になってしまったのか。ゲームが出来ない状況になったから、“今の”彼に渡したのか。あの時からずっと考えていたことの答えの全てが、ここにあるのだ。
少し躊躇い、それでも扉に手をかける。
開いた先には薄暗い空間に、寝台のようなもの。そして、その上で光るのは小さめな紫色の入れ物───────骨壷だ。
ぞわり、と悪寒が走る。ひやりとした寒気すら感じてしまうのは、この雰囲気に呑まれてしまうからか。
ごくりと息を呑み、霊安室へと足を踏み入れる。カンカンと歩き、寝台を前に止まる。
周囲に何か書かれている訳でもなく、ただその骨壷だけが置かれていた。
(これを触ったら、もう、戻れない)
これまでの疑問も全て解決されるのに。どこか本能的な部分でそれを恐れてしまっていて。
考えを切り替えるようにふるり、と頭を振る。
(でも、それが……………………………………)
“これ”が、リルが勝つためには必要で。
そっと骨壷に手を伸ばし、触れる。刹那、リルの中に大量の情報が流れ込んで来る。
最初に見えたのは優しくこちらを見る人物。マフラーを少しあげ、「もう少しだよ」と告げる。
比較され続けた人生だった。優秀な兄、落ちぶれた弟。完璧な兄、欠陥の弟。両親を含めた周囲の態度は明らかで。
兄のスマホを見れば、白髪に青緑色の宇宙が特徴的なアバターが居て。兄は自分にそれを渡す。マフラーを巻いて、キラキラと輝く氷のエフェクトが映えるそのアバターを兄の指導を受けながら扱う。まともにゲームをする権利すら与えられなかったため、何度ミスを繰り返したことだろう。それでも兄は笑って許してくれ、何度も兄のアカウントを借りてゲームをした。
景色は変わり、白く霞む息を吐く。歩道橋の上からこちらを優しく見守る兄の元へ駆けようとし、ぐらりと身体は揺れる。氷に滑った自分を慌てて引き、すれ違うように何かが代わりに下に落ちた。───────なにか、嫌な音がした。
恐る恐る覗いた雪には赤い花のように、大きく広がるその中心に兄の姿はあった。それは1回戦で見たあのメニュー表の景色と酷く似ていて。
次に聞こえたのは誰かの金切り声だった。キンキンと響く声、周囲の罵声と痛む片頬を抑えて目の前の自分とよく似た別人を眺める。脳内では、兄が得意としていたピアノの曲だけが響いていて。
その後も頭にその曲だけが響く。実の親からは「人殺し」と罵倒され、一人暮らしをしたが悪夢に悩まされ。胃の中が空になっても、ずっしりと重い罪悪感とぐったりとして虚無な日々は改善せず。
呪縛のように絡む罵る声と、兄の得意な曲。やめろ、やめろ、やめてくれ。オレが悪いのなんてとうの昔から分かっている。
ふと気づけば、割れたスマホを握りしめていた。アプリにデータ移行のパスワードを設定し、自分のスマホにも同じアプリを入れる。
不慣れな手つきで設定を済ませ、画面に写ったのは白髪に宇宙が目立つ兄のアバターで。設定していた氷属性を解除し、何となく呪属性に設定する。象徴的だった菱形の瞳は五芒星を写し、衣装も兄に借りた時に自分が装備していた姿に変える。
(………あぁ、ほら。これで)
皆が愛してやまない、兄の元通り。そう思うことの虚しさなんて、嫌なほど理解出来ていて。
愛されたい人生だった。許されたい人生だった。意味のある人生にしたかった。
願いの理由なんて、1つだ。
兄に成れば、愛されると思ったか?兄を愛する人は、決まって自分を罵倒したというのに。
乗っ取ったことへの罪悪感よりも、こうしなければ自分に残った兄の思い出は何も無いから。
ちゃんと、オレを見て。
皆の大切な人を殺した、オレを許して。
頼むから、もう二度とオレを人殺しだと言わないで。
兄を生き返らせたら、認めて貰えるだろうか。
本当の彼の願いは『自分が存在することを誰かに認めて欲しい』のだ。
「………………」
ラリマーのこれまでの人生を全て見終え、リルは骨壷から手を離す。そしておもむろに取り出したのは、自身のサブ武器である残り2本のドーピング薬。その内の1本を勢いよく腕に刺せば、リルの容姿は徐々に変わっていく。
(………………もう、ラリマーくんは。)
その時だった。
「───────ここにいんだろ」
1度引き返してきたラリマーが病室の扉を開ける。開けばそこは真っ白な廊下に、ある部屋から広がる紫の液体。そしてロックが掛けられたメイン武器が示しているのはただ1つで。
じっとその部屋を睨みつける。ガラリ、と音を立てて扉が開く。
「…ごめんね、おまたせ。────」
「……………………………………は、」
ふわりと見える羽は、彼のもので。しかし、それよりも先にラリマーの瞳に映ったのは。
「───────あに、…………き………」
優しくこちらへ微笑む、亡き兄の姿。一瞬呆気に取られるも、ハッと正気に戻る。
「やっぱ、オレの見たんだな」
「…………」
「……最低だったろ、アンタの相棒のアカウント乗っ取って、今の今まで偽って」
「……」
「引いて何も言えねぇなら、それでいいよ。ただ追体験したって、オレの人生丸々見たって、………その時の感情は、苦しさは。オレにしか分かんねぇよ」
ラリマーからの問いかけに答えること無く、兄の姿をしたリルは微笑んだままラリマーへと近づく。いくらリルだと分かっていても、どこをどう見ても兄と全く同じ姿はラリマーの心を乱すには充分過ぎて。
「………………アンタも言いたいなら言えばいいだろ。『人殺し』だってなんだって、これは、…オレが、兄貴を殺した時から」
「───────ありがとう」
言葉を被せるように告げたのは、感謝の言葉。「は?」と思わず零したラリマーの声は耳に入らなかったのか、兄の姿をしたリルは言葉を続けた。
「俺の為に、 は今まで母さん達にも色々言ってくれてたんでしょ?」
「……なに、言って………」
「罵倒するだけして、母さん達は大袈裟に悲しんで何もしないで。ちゃんと俺を思って動いてくれたのは だけだったから」
違う、と小さく呟きながらラリマーは1歩後ずさる。人の言うことを鵜呑みにしないと決めたのに、目の前の彼が紡ぐ言葉を信じてしまいそうになる自分がいる。
「結果だけを求め続けた両親よりも、それまでの努力を認めてくれた自分の弟の方が大切だよ」
「それ、は………それでも、オレは…お前が嫌いで……………!!」
「ひとりにして、ごめん」
悲しげに呟くその表情に、思わずラリマーの足の力が抜ける。床に膝をつけ、見上げるも兄は変わらぬ表情でラリマーを見つめていた。
「最後まで、護れなくてごめん。今まで苦しい思いを沢山させてごめん。夢を……やりたいことを縛ってごめん。」
「でもあの時 を庇ったことに、後悔は無いし が大切な弟なことには変わりないから」
ぽん、と軽くラリマーの頭に手を乗せればするりとそれを髪の流れに合わせて撫でる。優しく肯定するその姿は生きていた時の兄にしか見えなくて。
「ちゃんと を見てたよ。“ラリマー”…俺のアバターじゃなくて を。」
「mokuさんにも、 が言ったじゃないか。『自分が好きだって思った奴が言った言葉くらいは、素直にそのまま信じろ』って。」
「 をちゃんと見ていた人はいるよ。俺だって、みくるんちゃんだって。…じゃなかったら“大切な人”だなんて言わないよ」
さらさらと紡がれる言葉がラリマーの中に落ちてくる。受け止めるには容易い言葉だったはずなのに、これまで自分が行った行動のせいで言葉すら素直に受け止めることが出来なかった。
「……………………………なら、かえってこいよ」
ぽつりぽつりとラリマーは呟く。つ…………と右目から一筋の涙が流れる。星が輝くその瞳から流れるそれは、光の反射もあってか流れ星のようにも見えて。
「あん時、オレなんか庇わないで……見捨てても良かっただろ。」
「苦しいとか、そんなんどうでもいい。昔っからのが酷くなっただけだ。」
「………………ただ、泣きたかっただけだ。縋ってたかっただけだ。でも、それをオレが……お前を、……そうしたオレが、することは駄目だから」
1度流れてしまえば、今までの分が全て流れ落ちてきて。兄が亡くなって以来、笑うことも泣くことも…感情表現が上手く出来なくなってしまったはずなのに。
はらはらと頬を伝う涙を優しく拭われる。その行動の一つ一つが、兄の全てを思い出させて。
「夢の縛りは何だっていいよ、小説家は…オレがなりたくてなった未来だ。」
「───────…………ただ、そんなに謝るくらいなら………かえってきてくれよ。なんで1人にしたんだよ。」
「……一緒に、夢叶えるって約束したのに」
兄へと手を伸ばす。ふわりと目の前を羽が横切れば、兄は酷く苦しそうな顔をしていた。そしてラリマーの頭上辺りに掲げているのは───────宇宙を閉じ込めた、モーニングスター。
何度目かの涙が右目から流れる。その中で見えた兄の…………リルの、表情は。
『プレイヤー・ラリマーをキルしますか?』
「……………………………………ごめんなさい、ラリマーさん」
──────────────『はい』。
上から星が落とされる。ゴッ……と鈍い音を響かせながらも、それは瞳の星へと吸い込まれるようにラリマーの顔面右半分に強い衝撃を与える。言い表せない程の激痛が襲い、攻撃の反動で後ろに倒れ込む。視界の半分を覆う紫色の液体は止まることを知らずにダラダラと流れる。流れる血の量からか、頭がくらくらして視界も霞む。
荒く呼吸を繰り返すラリマーの傍に、リルは座り込む。その表情は攻撃した側にも関わらず、苦しげなもので。ハッと小さくラリマーが笑えば、眉間の皺が更に寄る。
「……………………なんて顔…………してん、だよ………」
「っ……………」
「………………………そっか、もう……負けか………」
どこか納得したようにラリマーは呟き、そして表情を緩める。
「………殺すためか、なんなのか………………アンタが、最後……アイツになってくれた理由は……………分かんねぇ、けど…………」
「………………………………………………………ありがと、な………………」
「〜〜〜っ、…………!!!」
はらはらと落ちる涙を拭うこと無く、ゆっくりとラリマーは呟く。震える片手がリルへ伸びる。それは、彼から流れる涙を優先したのか。口角を少し上げ、優しくこちらを見る瞳がかつての相棒と重なるのは同じアバターの姿だから。
しかし、その手が涙を拭うことは無く。勢いを無くした腕はそのまま落ち、床に叩きつけられる。虚ろな瞳はリルでは無いどこかを見ており、片目の星は消える。
「……………………らりまー、さん」
ぽつりとリルは呟く。軽くラリマーの肩を揺するも、瞬きすることも無ければ返してくれる訳でもなく。ただ流れる紫の液体だけが止まる事を知らず。
「っ……ぅ、…………ぁ、うぅ…………」
嗚咽だけが響く。ボロボロと大粒の涙が流れて、ようやくリルは大声を上げて泣く。
「あぁあ…………あぁああああああ!!!!」
解消を切り出された時から、あまりにも違う態度と聞き慣れない声から“彼”が違うことは理解していた。それでも、いつか真実をその口で説明して貰えると信じていた。
「うー……………ッ、うぅ…………………」
自分の呻く声すらも聴こえない。彼が何を言ったのかも理解出来ていない。それでも最後に呟いた言葉だけは、口の動きから察することが出来て。
自分は何がしたかったのだろう。勝つために、自分の願いのために。しかし相棒となる彼も既に居なければ友達になりたかった彼は今自分が殺してしまった。
パチン、と音が響く。無音だった世界にピアノの音楽が響き、隣からスッ…と白い腕が伸びる。
そちらを向けば、瞳を閉じたカミサマが黙々とラリマーの手首に触れていた。ある程度確認が出来れば、リルに向かってニコリと微笑む。
「おめでとうございます、今回の勝者は夢属性 リルさんです」
決められたその台詞を告げるカミサマにリルは小さく呟く。
「俺、は……………本当に、これでいいんでしょうか…………」
縋り付くようにカミサマを見る。これまでの自分の願いは、1人でも欠けてしまえば意味が無い。しかし、今の自分の行動の矛盾さをどうしていいのかリルは理解出来ずにいた。
そんなリルを見、カミサマは優しくニッコリと目を細めて笑う。
「───────さぁ?」
「…………ぇ、」
「僕にキミの感情の変化を理解する気は無いよ。何がしたいのか不安なんだろ?なら自分の最初に感じた欲望のままに動いてしまえよ。ぶっ壊すなり、なんなりさ」
ケラケラと他人事のようにカミサマは笑う。
「あぁ、ただしメインストリートでは駄目だよ。無駄な争いも嫌かな、これ以上崩れると壊れてしまうから。」
「生きにくいかい?生き苦しいかい?キミを縛るその呪縛は、ここまでまとわりついて来たからね。カワイソウな子」
そう呟いてカミサマは立ち上がる。「自分の好きに生きろよ、他人を殺してでも叶えたいものがあるんだろ?」と笑いながら言葉を続ける。
「…………今回も時間を取りすぎたな。まっ、そういう事だよ。さっさと戻ろう、武器トレードは?必要無いだろうけど」
「………………………しま、す」
ぽつりとリルが呟く。少し驚いた表情をしつつもどこか納得したようにカミサマは「あぁ」と呟いた。
「…………………これ、は………ラリマーくんの得意な武器で…………ラリマーさんの、武器なので」
「まぁ、キミが得ることの出来る形見はそれだけだからね」
そう呟いてカミサマはラリマーの拳銃を拾う。触れると同時に紫の鎖は消え、リルへそれを投げ渡す。
「それじゃあモーニングスターは返して貰うよ。やっぱ無しも、これに戻すことも出来ないからね」
床に置かれていたモーニングスターの柄を掴み、カミサマは呟く。同時にリルの視界も揺らぎ、そのまま暗転してしまった。
「……こんなめんどくさい弟、持った人が可哀想だ」
くすくすと笑いながらカミサマはモーニングスターを引き摺りながらその場を去る。背後からとぷん…と何かが沈む音がしたが、その場には紫の液体以外何も残っていなかった。
兄の真似をすべきだと思った。そうでなければ、皆が悲しむと思ったから。
兄にも生きて欲しかった。そうでなければ、自分の夢も叶わないと思ったから。
皆と同じくらい兄が好きだった。同時に、同じくらい自分が嫌いだった。足を引っ張ることしか才が無い自分を、兄は笑って許してくれた。その優しさにどれほど救われ、どれほど自分の醜さを痛感しただろう。
…………そんな中で、芽生えた自分の感情は誰も教えてくれなかった。
この想いは、自分だけのもの。誰よりも、彼女を想った“自分”の気持ちで。
だからこそ、幸せになって欲しかった。自分でなくて良い、他の誰でも良い。君が笑顔でいられるのならそれで良かったのだ。
(…………本当に馬鹿だったなぁ…………)
願えば良かった。いや、それは願うものでは無いのだが。
幸せになって欲しいなら、自分から手を差し述べれば良かった。彼女の“大切”がどんな形であれ─────それでも、後悔するくらいならば。
繰り返される選択の中で、誤ったそれを直す方法を挙げるなら。それでも良かったと思う行動をその後自分が起こせば良かったのだ。
(…ほんとに…………………すき、だったんだな)
今までも、今この瞬間に振り返っても。
初めて話しかけてくれた時から、その眩しさに心惹かれていて。しかし会ったことも無い人間にここまで好意を寄せる自分の感情を認めたくなくて。
「───────『アンタ』、じゃなくて!『みくるん』だよ!もー…名前で呼んでよ!」
「……まぁ、今度な」
もう1回くらい、素直に呼べば良かった。兄の時で散々学んだにも関わらず、“いつか”だなんて決まってもいない未来はずっと存在すると思ってしまった。
(…………………でも、もう終わりだな………………)
最後に、もう一つだけ我儘を言っても許されるのだとしたら。
───────このままの自分で、彼の友人になりたかった。
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