#9 上映中はお静かに-どうかそのまま-
喜劇が好きか、悲劇が好きか。
その問いかけに何の意味があるのだろうか。
人それぞれの感性を、問う者が判断する。結論に善し悪しは無く、ただの
のらりくらりとはぐらかし、結論が出る前に会話を切り上げる。……そう、それでいいのだ。
だからこそ君たちに問う。───────このゲームは、悲劇であるか?と。
ふっ、と。バニヤンが瞼を開ければそこはメインストリートの電子掲示板前で。
じっとりと感じるのは周りからの視線。それは先程の試合内容に対しての意見を表しているのだろうか。しかし、それにどうこう意見するほどの余力は誰にも残っていないようであった。
「より一層、静かになってしまったね」
もはや聞き慣れてしまったくすくすと嘲笑する声にゆるりと視線だけを向ければ、カミサマが瞳を細めて全体を見回していた。
ぺたりぺたりと暗い空間を赤の跡で彩れば、電子掲示板前にてくるりと振り返る。同時に画面は切り替わり、コモモ───────小隈桃の情報から対戦者となったtotoriri、Mr.Bon-Bonの2人が映し出された画面へと変わる。
「1回戦最終試合。心属性 Mr.Bon-Bon対氷属性 totoriri。」
「これで1回戦目の試合は全て終了ということになる。終了次第、2回戦目に移行する。その際に新たな特殊ルールなどの追加は無く、これまでと同じ内容でゲームは進む」
4本の腕を器用に動かしながら説明し、最後にtotoririとMr.Bon-Bonの両者をカミサマは見つめた。無意識にか、残るメンバーの視線もその2人に集まる。
「………」
2人の視線も緩く交わった瞬間、暗転が全員を襲う。ぱちりと開けば、そこに2人はおらず。
神は腕を大きく広げ、高らかに宣言するのだ。
「さぁ!これが正真正銘1回戦最終試合。平等に優しい彼と、笑顔が染み付いた彼。どっちが勝っても面白いね。」
「優しく等しい温もりも、優しさに溶けた心も。血に染る可能性が等しいんだから」
そっと瞼を開く。しかし、真っ暗な空間であることは変わらない。
(?…ここ、)
視線を素早く周囲に向ける。真っ暗、とは言うものの慣れてしまえば周囲の確認は可能となる暗さであった。
「思い出に浸りたいですか?準備ならいつでも出来ますよ」
声が響く。そしてパッと足元と頭上が照らされ、声の主をtotoririは確認することが出来た。…同時に、ここが何の場所であるのかも。
「───────…」
「何か仰りたいような表情ですね。……まぁ、全てを見ておりましたので」
「あ、じゃあ僕のこれまでの活動とかも分かってるのか」
「えぇ。データとして全て記憶しておりました」
「あはは、ありがとー!」
変わらない笑みをカミサマに向けつつも恐らく警戒はしているのだろう。なぜなら今まで参加者の脳内に訴えかけていたにも関わらず、カミサマは今、totoririの前に姿を見せた。瞼を閉じ、2本の腕を自身の前で組みながらも距離を詰めようとする様子は無い。
「感謝される程ではございませんので。……願いの変更は?」
内容を無理やり切り替えるようにカミサマはtotoririに問う。んー、と少し声を零しながらも「無い」という旨をカミサマへ伝える。
「………やはりそうですよね」
ぽつりと零すようにカミサマは呟く。totoririの願いの内容を思い返しているのか、しばしの沈黙が流れる。しかしその沈黙は「それでは武器の説明に入りましょう」というカミサマからの声で破られた。
「メイン武器は双剣。どういったものか、については今までそちらの武器を使用されていたため省きましょう。」
「ただし、キル時の条件は変更させていただきます。持ち手と持ち手の部分を連結させ、どちらか片側の部分でキルすることになりますね」
命を奪う権利は、等しく1度のみですので。とカミサマは告げる。そしてパッとカミサマ自身の後方の手中にアイスボムが現れる。背後の景色すら透けて見えてしまうほどの透明度に、中央部分に球体に閉じ込められた雪の結晶がキラキラと輝いていた。
「こちらがサブ武器であるアイスボムと同じものになります。」
「こちらを当てることでその当てた場所に氷塊が形成されます。
パリン、と何かが割れるような音と共にカミサマの手元のアイスボムは消え去った。何かを振り払うように手を動かし、カミサマは説明を続ける。
「ただし使用毎による制限がございます。使用すればする毎に指先が
「
何かご不明な点は?とカミサマが問えば「無いよ」とtotoririは返す。……強いて言うなら、カミサマ自身について問いただしたいことは山のようにあるが素直に返して貰えるとは思えない。今は多少、優しそうには見えるが………。
チカチカと輝くライトに目を細めながら、totoririはその先の光景を見る。完璧に同じ、とまではいかないがここが示している場所はきっと“あの場所”なのだろう。
ふい、と視線を逸らし、カミサマの方を見る。同じにライトを浴びているためか、カミサマの足元の黒い影はより色濃く。そして血濡れの足跡もぬらぬらと怪しく光を返していた。
(…………あれ、)
ふとtotoririは今の場の小さな違和感に気づく。これまでのゲームでは武器の説明後、すぐに試合開始となっていた。しかし、自分自身の武器の説明は終了したものの試合開始をカミサマは告げなかった。
(向こうの説明がまだ終わってないのかな、バグった可能性、は、低そうだ)
キュッ、と地面と靴裏の滑り止め部分が擦れた音が響けば「両者共に説明が完了致しました。試合開始の合図と共にスタートです」とお決まりのテンプレ台詞をカミサマは告げる。同時に足元の影色が変化する。ライトの影響からか色は判断しにくいものの、明らかに変化した自分自身の影の色はよく分かった。
「今回は貴方からの始まりとなります」
そう宣言するや否やカミサマはtotoririにくるりと背を向けた。舞台から降りるかのようにライトの当たらない暗闇の方へと進んで行く。
「平等で、公平な優しい人でいたいなら。少なくとも今だけはそれをやめないと勝てませんよ」
「それでは、ゲームスタートです」
ブザー音と扉の開閉音が響く。それはまるで映画が始まる時の音にも聞こえて。色とりどりのライトの中、ぽつんとtotoririはその光景を眺めていた。ふい、と視線を自身の背後へ向ければメインストリート内の電子掲示板とはまた違う大きなLEDディスプレイが存在する。しかし、ディスプレイには大きくヒビのようなものが入っており、そこをガムテープのようなもので補強していた。ぐるりと軽く周囲を見ても、懐かしい面と見知らぬ点がある。
(………少なくとも、そこに居たのはあんなに大きな人型のクッキーじゃなかったな)
こちら側のライトに照らされ、向こう側の景色がよく見える。ジンジャーブレッドマンと呼ばれるクッキーがにっこりと笑顔を向けている。よくよく見ればその中に見覚えのある表情も見つける。それはどうやらこのゲームの参加者であるプレイヤーを模しているようであった。
(見ている、ってことかな)
それはまるで電子掲示板越しに試合風景を見ている自分たちのようで。少しの複雑な気持ちを残しながらもtotoririは周囲の探索を進めた。
「う〜ん………ここには居ないかなぁ」
軽く辺りを探索するも、個人情報となる光もMr.Bon-Bonも見当たらない。それどころか、自分自身が発する音以外の音は一切聞こえない。クッキー達の方へ向かえば何か状況は変わったのかもしれないが、何故かそちら側へ向かっては行けない気がした。
そこを除けば残るはカミサマが消えた方である。totoririは変わらず周囲の警戒を怠ることなくカミサマが消えた暗闇の方へと向かう。先程まで自分を照らしていた明かりは途端に消え、どこまでも続くかのような暗闇が続く。
ピタッと扉の前で足を止める。重そうな扉には薄ピンク色に光るネオンの文字がでかでかと書かれていた。
『ようこそ、僕のお城へ』
チラりと視線だけを後ろへやり、ドアノブに手をかける。キィ…と高い音を響かせ、向こうを覗く。
「………わぁ」
出迎えたのは鮮やかなお菓子の部屋。瓶の中に大量に詰められたカラフルなキャンディ。流れるレコードのような音楽は何かのミュージカル映画だったろうか。床面の市松模様はまるでチェス盤のようで。しかし所々にどろりとした溶けた生クリームのようなものもあり、パッと見た印象は『明るいが故に不気味』に近いだろう。
「おかしな家、ってことね」
小さく呟きながらtotoririはその空間へと歩を進める。サブ武器を改めて確認し、メイン武器はこの障害物の多い店内では扱いにくくなりそうだと悟る。
(空間内の物の破壊は出来るかどうか。それによって色々変わるなぁ)
キィ…と高い音を響かせ、ガチャンと扉は閉まる。緊張感すら上書きしてしまいそうな音楽を聴きながら、totoririは先へと進んだ。
(でもなんか、やっぱり“ぽい”よなぁ)
音楽に気を取られないように耳をすませ、考える。少なくとも先程入った『入口の部屋』と、その先に続く通路を歩くがどこまでも鮮やかな空間が続いていた。周囲を注意深く見渡すも、先程の薄ピンク色すら無ければ自分の色となる水色も無い。ただ音楽の音量が上がったとぼんやり感じていた。
「あ、」
ふと視線を下げれば、壁の下側に黄緑色の文字が目に入る。それが意味するのは、きっと彼女のことで。
足を止め、その文字を見る。よくよく見ればその周囲には子供が描いたような落書きもあり、最近話題の海外ホラーゲームに出てくる水色のぬいぐるみのキャラクターも描かれていた。
『別人だけど別じゃない。あなたたちと同じ』
「…………」
このキャラクターの隣に書く内容か?とも思ったがどちらが先にかかれたのかは分からない。
(別人だけど、別じゃない……)
2人いる、などではないということか。黒幕はあのデータじゃないということなのか。現状の情報だけでは判断出来ないものだった。
「にしても隣が気になりすぎるんだよなぁ〜」
チラリと来た道を一瞬振り返り、少し早足でその場から去る。何かに追われている訳では無いが、どうしてもああいったものを見れば足は自然と早くなってしまうのだった。
(音が近くなってきたな…)
店内に流れていた音楽の音量が少しだけ大きくなる。それはつまり、発生源に近づいているということで。その場所に確実にMr.Bon-Bonが居るとは限らない。この音を辿る意味すら何も無いのかもしれない。しかし、それでもtotoririは音の方へと歩を進める。確信も無く、唯一理由をあげるとしても「なんとなく」。
だが、その直感が当たったのか。繰り返し流れていた音の中に明らかな違いを感じた。
───────あぁ、この声は。
廊下の突き当たり。マゼンタが眩しいその扉には薄ピンク色で『可愛らしい君へ』と書かれている。
無意識にノックをしようと片手を上げれば、重なるようにじわりと水色の文字が現れる。
『「何もしないでくれ」』
「、」
その一言に息を呑む。その言葉は、その発言の意味は。
「どうぞ、遠慮せず入りたまえ」
「ぁ………失礼します」
扉の向こうから聞こえた声に気づき、小さく声を
最初とは少し違う高い扉の音を響かせながら開ける。そこには優雅に席に座るMr.Bon-Bonが居た。今までとは異なり、チラりと見るだけでショーケースなども写る。
「……良い曲だろ?大好きなんだ。」
分かるかい?あの赤い髪が印象的なミュージカルの曲さ、と告げられる。
「─────えぇ、とっても。この空間に合う曲だと思います」
「Merci.でも…ごめん、まだ闘う気分じゃなくて。」
そう言うMr.Bon-Bonの傍にはメイン武器が置かれている。Mr.Bon-Bon自身にそっと寄り添うように置かれた武器の状態から、最悪どうなってもすぐに動けるようにはしているのだろうとtotoririは感じる。
「1戦交える前に、少しお喋りしよ!いいだろう?」
ニッコリと微笑むMr.Bon-Bonの笑みに返すように、totoririも控えめな笑みを返す。
「いいですよ。僕も貴方とお話出来たら、と思っていたんです」
了承の意を示せば、目の前の席へどうぞとでも言うかのようにMr.Bon-Bonは自身の前方へ手を差し出す。警戒しつつもtotoririは席へと座る。
「何飲む?紅茶?マンゴーミルクシェイク?それとも思い切って一杯やるかい?」
冗談っぽくMr.Bon-Bonは笑う。はは、とtotoririは笑いながらもこの場で飲食は出来るだろうか、と疑問に感じる。自分自身の背後のショーケース内にはカップケーキやらタルト、小さく袋詰めされたクッキーなどがあったはずだ。
「では1杯、と言いたいですが流石に遠慮しますよ」
「ふふ、そうかい?意外と好きだと思ったんだけどね」
この場で無ければその誘いに乗ったかもしれない。totoriri自身酒が飲めない訳では無い、むしろかなり好きな人間である。今でも稀にアルコールを少し入れながらゲームをすることがあるほどには。
───────何かの罠か、それとも本心か。
ゆるりと視線が交われば、心をさぐり合うかのような空気を感じる。笑みを崩すことなく、その空気はより一層深みを増したように感じるのであった。
タンっ、とMr.Bon-Bonが立ち上がる。楽しげに先程のBGMのリズムを口ずさみながら、ショーケースの方へと向かう。「あ!これなんてどうだろう」と声が上がったと思えば背面からコト…と真っ白な皿に乗せられたブルーベリーパイが出される。
「ちょうどお菓子があったんだ。嫌いかい?」
「いや、あまり食べたことは無いけど嫌いじゃないよ」
「そうかい!なら良かった」
元の位置へMr.Bon-Bonも戻り、「懐かしいなぁ」と言葉を続けた。
「ここは僕の実家でね、両親の作品はとても評判だったのさ!凄く絶品らしいよ!」
ニコニコと言葉を紡ぐ中に、totoririは小さな引っ掛かりを覚える。
「絶品“らしい”、というのは…」
「……ん、味?知らない。お菓子には興味無かったからね」
……………かさり、と。何かが動いた気がした。ひゅ、と一瞬呼吸を止めれば、「あ、ごめんよ!忘れてた…」と呟き“それ”をひょいと素手で掴む。少しノイズがかかった“それ”は、1試合目でも似たような表示方法だったと思い出す。ひゅうと軽く口笛を吹きながら、いつもと変わらない様子でその黒い物体に話しかける。
「おチビちゃん?悪いが今は席を外してくれるかい?うん、うん。あ、分かってくれる?良かった!うんうん、それじゃあね!Merci!」
ぺらぺらとそれに1人で話しかけたかと思えば、Mr.Bon-Bonは素手でぐしゃりと握り潰す。パッと手を広げれば、その虫のような黒い
「先程は失礼したね。君の体が青紫になって膨らんだら困るしね」
「そしたらジュースにするために搾らないといけないのでね」
とある海外映画の
「君とはこうしてゆっくり話した事が無かったね?」
彼自身のバグなのか。気づけばMr.Bon-Bonの片手にはティーカップが握られていた。
「そうだね。1度、話したいとも思っていて」
「僕もさ。君の配信はよく聞いていてね…声が個人的に好みでね。不快感がまるでなくて、BGMにちょうど良くて…音フェチ、って言うのかな?アレに近い!」
次々と紡がれる言葉の隙間を縫うようにしながらも、totoririは「ありがとう」と告げた。先程カミサマにも告げていたが、しっかり感謝を伝えることは彼のモットーなのだろうか。
「こちらこそだよ!あんなに素敵なものを無料で聞かせて貰っているんだ。」
「僕は
片手を胸元に当てながら、Mr.Bon-Bonは思いを噛み締めるように続ける。
「いつの日か生声を聴いてみたかったんだ!こんな形で叶うとは思いもしなかったけど!HAHAHA!」
楽しげに大きな声をあげるMr.Bon-Bonにチラリと視線を向け、目の前のパイが乗った皿をそっと脇に寄せる。
「ごめんよ、話が二転三転して申し訳ない!本題に入ろう」
すっと目の前で自分自身の両手を合わせながら片方の目でtotoririを見つめる。
「Monsieur.totoriri、君はこのゲームについてどう思う?」
「どう、というのは」
「ここに至るまで何か考察してただろう?その意見の擦り合わせをしないかい?君と話せるのも今が最後だ」
「そうだなぁ」と小さく呟きつつこれまでを振り返る。画面越しの光景と、カミサマとの対話。そして-mojito-の残した言葉とずっと残る違和感。気になる点をあげていこうにも、それはあまりにも多すぎて。そして情報量の多さからも何が正しいのかを見極めるのが困難で。
口元に手を当て考え込めば、それを覗き込むようにしてMr.Bon-Bonは話しかける。
「僕は人の表情や仕草で大体の心理が分かっちゃうんだよ。だから僕の前で嘘はつかない方がいい。不毛だよ」
「いえ、そういう訳ではなくて…」
沈黙を疑われたのか。これまでのShadow taGであれば特定の表情で誤魔化せたことも、誤魔化せなくなってしまった。
慌てたように否定するtotoririの表情を見、「ごめんごめん」とMr.Bon-Bonは謝罪を述べる。
「これじゃあ尋問みたいだ…僕は悪い警官じゃないのにね、ふふ。」
「安心して。それを聞いてどうする訳でもない。シンプルに興味があるから聞かせてほしくて」
そう告げればパチンと何かを思いついたかのようにMr.Bon-Bonは指を鳴らす。
「代わりに君が聞きたい事も全部教える。等価交換ってやつさ。これでWIN-WINだろ?」
「…全部」
「嗚呼。…ただし、僕も知ってる情報と知らない情報もある」
1度口を開け、それをキュッと閉じtotoririは違う質問を投げた。
「……貴方の、バグの内容を聞いてもいいかな?」
「僕?」
「個人的に凄く興味があって」
そう言ってtotoririは微笑む。それも事実ではあるが、第1の理由は『どこまで教えてくれるか』に近かった。
そうだね、と呟けばMr.Bon-Bonは何かを捏ねるかのように片手を動かしながら答える。
「始めは小さなノイズだったんだ。それに色々なアクションを試していたら勝手にアバターにくっついてきて操作できるようになってね。」
「単純な武器やスキンなら任意の物を出せるよ。とは言っても、これはあくまで『今まで僕が操作出来ていたShadow taG』だけでの話になるけどね…あぁ、でも飲食物も出せたな。味なんて無かったけど」
「困っていることは?」
「そうだね…単純に、左目が見えないかな。アバタースキンに影響されてしまって」
とんとん、と軽くアイシング部分を叩きながらMr.Bon-Bonは答える。……恐らく、その話は嘘ではないのだろう。
「僕からも質問させてくれるかい?」
「どうぞ」
「僕の情報はどこまで知った?」
ナイフで切り込むように。単刀直入にMr.Bon-Bonはその問いかけを投げた。じっと見つめるその目をなるべく逸らさないようにtotoririも返す。
「貴方の個人情報は、特に。歓迎の文しかないかな」
「歓迎?」
Mr.Bon-Bonの反応からして、その情報は初めて知ったのであろう。少し考えながらも独り言を呟くように落ち着いた声色でMr.Bon-Bonは続ける。
「僕の願い、話したっけ?実はね、変えようかなって。」
「前のよりこっちの方が素敵だなって思ったからさ」
「以前の願い、の方は分からないけど…“素敵”というのは?」
「それは…うーん。教えてもいいけど……」
カチャり、とティーカップを寄せMr.Bon-Bonは小さく唸る。少し怪訝な表情になったtotoririに気づいたのか、「あぁ、誤解しないでくれ」と声をかけられる。
「君の事を見縊ってる訳じゃないよ?でも…万が一、君の意思が揺らいだら、僕も君も…これを観てる者たちも楽しめない。それはエンタメとして良くないだろう?」
『他人を犠牲にしてでも叶えたい願い』。安易に揺らぐような内容で無かったからこそ、それが変わるほどのことが彼にはあったということで。その理由を聞こうにも上手い言葉の組み合わせが見つからず悩むtotoririを見かねてか、「……でも、いいよ!」とMr.Bon-Bonは告げる。
「こうして対峙したのも何かの因果かも。それに君なら…大丈夫だね、きっと!聞きたい?それなら耳を貸して」
くい、と手招きしてからMr.Bon-Bonは内緒話をするかのように口元に片手を当ててtotoririを待つ。警戒しつつ、totoririは少しだけ耳を寄せる。
「───────…」
「それ…は………」
ストンと座り込んだtotoririをニッコリと変わらぬ笑みでMr.Bon-Bonは見つめる。
「……どうだい?もし叶ったら最高だろ?!だから勝ちたいんだ、どうしても!!」
少し興奮気味に伝えれば、totoririでは無いどこかに対し、「Shh…」と人差し指を当てて怪しく微笑む。それはまるで、“こちら”を見ている他の参加者に向けてでもあるようで。
「───────…」
空気感に圧倒されてしまったのか。先程よりも口を閉ざしてしまったtotoririを心配そうにMr.Bon-Bonは覗き込む。
「すまない、僕だけが話しすぎてしまったね。気にさわってしまったかな」
「あぁ、いえ……そうじゃなくて………嬉しいな、と考えていて…」
少し前の会話を思い出すようにtotoririは呟く。視線は落として目は伏せたまま、独り言を零すように。
「貴方のような紳士的で、お洒落で素敵な人に褒められるなんて、僕は光栄だな」
あはは、と乾いたような笑みを添えてそう告げる。Mr.Bon-Bonの事を褒めながらも、totoriri自身のことは
「ありがとう。君にそう言ってもらえて、こちらこそ光栄だよ」
そう告げればMr.Bon-Bonはtotoririの顎を片手でくい、と持ち上げる。その菱形の両目としっかり目が合えばニッコリと微笑んだ。
「控えめで気配り上手、そして誰にでも平等に接する。君のそんな人柄にリスナー達も惹かれてるんじゃないかな?」
「……君と僕はよく似ている。人を惹きつける力を持ってるんだ。此処でどっちかが死ぬのは惜しいよ、本当に」
悲しそうに一瞬目を伏せるも、すぐにtotoririに向き直る。
「だからそんな顔をしないでくれ、Monsieur.totoriri。75万人のリスナーを悲しませたくはないだろう?」
「自分自身を卑下していては、自分を愛してくれるファンに失礼だよ。エンターテイナーとして、それはどうなんだい?」
少し厳しめな口調になりつつもMr.Bon-Bonははっきりと告げる。エンタメ好きのMr.Bon-Bonであったからこそ、自分自身をどこか卑下するように語るtotoririには自信を持って自分自身と向き合って欲しいと願ったからである。
大きな水色の瞳をパチりとさせれば、ふ…とMr.Bon-Bonは優しく微笑む。
「確かに僕は君の過去も本当の姿も知らない。画面の向こうの人物だったからね。」
「余計なお世話かもしれない。それでも、たまには自分にもギフトをあげていいと思うよ」
「…そう、だよね……」
どこか絞り出すような声で何とか返せば、totoririもその笑みに合わせるように微笑む。下に視線を落とすことなく、しっかりとその瞳を見つめながら。
「ありがとう、本当に」
「構わないよ。対戦相手であっても、心の底からの笑顔でいて欲しいと思っただけさ」
そう告げればMr.Bon-Bonは席を立ち、カツカツと少し障害物の少ない───────totoririからすれば自身の背面に移動した。勿論、片手にはメイン武器をしっかりと握って。
「さて!話せて良かったよ!武器を持ちたまえ!」
「Monsieur.totoriri!準備はいいかな?お待ち兼ねのクライマックスだよ!」
ワクワクとした様子でくるくると器用に日傘を遊ばせ、パシっと握る。totoririも席を立ち、少し移動してMr.Bon-Bonの前に立つ。totoririの後ろ側は未だ探索していないどこに繋がるか分からない扉。Mr.Bon-Bon側はショーケースや先程totoririが入った扉がある。
ふ、と短く息を吐きtotoririもメイン武器を願う。両手付近に現れた水色のサークル内から双剣を引き抜けば、するりと赤いリボンのようなエフェクトが滑り落ちる。
「…それが君の答えと受け取っても?」
こくり、とMr.Bon-Bonの目を見て頷けば、ウズウズとしていた彼は日傘の先端をtotoririに向け、甘く
「Show ti〜me♡」
パンッと少し高めな音が響く。キュッ、と滑り止めの音を響かせながらtotoririが1歩下がればその場にべっとりとした白い粘着質な何かが広がっていた。床への広がり具合からそう判断したが、少し飛び散ったそれはtotoririの靴にも着いていた。
(少量なら影響はないのかな、どちらにしても場が不利だ)
totoririが最初に居た場所に戻ればそれなりの広さもあり、メイン武器も扱いやすくなる。しかしそれはMr.Bon-Bonにも同条件であり、何より彼の隙を見て背後に向かわなければならない。
ちら、と一瞬totoririの真横にある商品を見る。そしてもう一度Mr.Bon-Bonを見た後、真上に向かってアイスボムを投げる。同時に真横にあったガラスのキャンディーポットを強く押す。双剣を握った状態であったため、持ち手の端で押し出す形となってしまったが、中身が入っていない薄めのキャンディーポットは
「っ!」
一瞬アイスボムへと視線を逸らしたMr.Bon-Bonには予想外の大きな音であり、かつ弱点の1つとも言えるその音量に思わず足を止める。その少し後、カツン…と天井からぶら下げられていたランプにアイスボムが当たる。瞬間真上から氷塊が現れる。
「アハハ!いいね、いいね!予想外のことだらけだ!」
楽しそうに声をあげるMr.Bon-Bonの声を聞きながら、totoririは全力で自身の背後の扉へと向かう。
この狭く障害物の多い場で双剣を扱う方が難しい。ならば、その場所を変えるしか今は最善が無い。
(この先がもっと細い道〜、とかなら圧倒的に詰みなんだよなぁ)
どうか違う空間で、そう願いながらtotoririはドアノブを引いた。
「、え…」
かさり、と勢いのままに1歩踏み出せばそこはひやりと冷え込む山の中。光がほとんど差し込まない、どこかのゲームにありそうな状況に一瞬totoririの思考は止まる。先程のパステルカラーの可愛らしい雰囲気から一変するその状況に脳の処理は追いつかない。
(広いと言えば、広いけど!)
そのまま扉を閉め、真っ直ぐ進もうとするが1度足を止める。ぐるりと出てきた場所…山小屋の脇へと回り息を
騒ぐ心音を抑えながら、耳を澄ます。チャンスは1度っきり。タイミングを間違えれば次の手をすぐに考えなくてはならない。
正確な時間の経過は分からない。しかし、キィ…と扉を開ける音が響く。
「おや…」
と呟く声がする。少し唸るような声がしながらもどこか楽しげな声が聞こえる。
「普通なら、真っ直ぐ行った…と考えるだろうね」
かさり、かさりと草を踏みしめる音が周囲に響く。口元を抑えながら、呼吸音1つすら零さないように。それでも着実に足音は迫っていた。
「だけど甘かったね、Monsieur.totoriri…正面に向かって、踏んだ跡が残っていない」
ス…ともう1つアイスボムを手にし、totoririは双剣の持ち手を合わせて1つに連結させる。
(鬼の役はこちら側…“これ”が上手くいったら)
どうなるかは分からない。ゲームではなく、生身の人間だ。攻略法なんて分からない、
「もう一度、真っ向からの勝負にするかい!」
「っ、」
ばっ、とこちらを勢いよく覗くMr.Bon-Bonと目が合う。予想通りこちらへ向けられていた銃口に向かってtotoririはアイスボムを押し込むように投げる。パッと日傘としてMr.Bon-Bonは開こうとするも、それよりも早くに氷塊が形成される。その氷塊をtotoririが空いた方の手で下方から強く押しのければ、氷の重さにより半開きで固まったままのサブ武器は
ピッ、と伸びている最中だった氷塊がtotoririの頬を
(貴方と、話せて良かった)
『プレイヤー・Mr.Bon-Bonをキルしますか?』
───────…『はい』
ひらり、ひらり。その場に赤いリボンが舞う。
ひんやりとした薄暗い山の中、その赤だけがよく映えて。
両手で持ち直したその双剣を軽く振るようにしながら、totoririは乱れた呼吸を整える。どさ、とMr.Bon-Bonはその場に倒れ込む。べったりと見える薄ピンク色の“それ”は、今のShadow taGの仕様ゆえか。パチパチとノイズを走らせながらもMr.Bon-Bonは───────totoririを優しく見つめていた。
「ふ、はははっ……楽しかったぁ…」
めいっぱい遊ぶことを楽しんだ子供のように。身体を小さく丸めるようにしながら、Mr.Bon-Bonは途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「totoriri、君は…………どうだった…?楽しかった、かい……?」
その問いかけにtotoririも同じく目を細め、跪いて告げる。
「……楽しかったです、とっても。貴方と戦えてよかった!Thx,Mr.Bon-Bon. GG!」
それは決して煽りの言葉ではなく、自分自身と戦ってくれた彼を褒め称えるように。最大の感謝と、めいっぱいの懺悔と、送り出しの意味を込めて。
先程とは異なる笑みに、Mr.Bon-Bonもどこか安心したように微笑みを返す。
「あぁ、そうだね…………GG……ふふ、良かったぁ…ほんと、最高のショーだったよ…。」
これまでを思い返すように、ぽつりぽつりと弱く呟く。
「…コモモ……、桃にも…、観せたかったなぁ……でもあの子には、刺激が強すぎるかな…?ふふっ…」
段々と虚ろになり、光を失うその瞳は
「……あは、僕って……お喋りだろう…?でもそろそろ…エンドロー…ル…か…な……、……」
オルゴールが終わりに近づくように。段々とMr.Bon-Bonの言葉からも力が抜けていく。
「ありが…とう、最後に闘ったのが………君で本当に良かった…。やっぱり…は……最高に素敵なショー…マンだ」
「そんな、お礼を言いたいのは俺の方で…」
「……………ふふ……」
そしてMr.Bon-Bonは1度だけ、ゆっくりと瞬きをする。
「……どうか、これからも胸を張って生きて」
……次の言葉が紡がれることは無く。人形のような笑みを浮かべていた彼は、優しく微笑んだまま。きゅっ、と締め付けられるような痛みを抱えたまま。totoririは静かに彼を見つめていた。
かさり、と音が響く。パッと顔をあげれば、瞼を閉じた状態のカミサマがじっとMr.Bon-Bonの方を見つめていた。
「約束は、無くなってしまいましたね」
「?約束?」
「……失敬、こちら側の話です。それでは判定に入らせていただきます」
ペタリと座り込み、いつものように4本の腕を器用に動かしながらMr.Bon-Bonの身体に触れる。いつもとどこか違う雰囲気を感じつつもtotoririはじっとその光景を見つめていた。
「…確認致しました」とカミサマは告げる。
「おめでとうございます、今回の勝者は氷属性 totoririさんです」
そう告げれば薄ピンク色に彼は沈む。その様子をぼんやりと見つめれば、スっとカミサマはカメラのフィルムを差し出していた。
「……これが、個人情報ってこと?」
「………そういった“決まり”ですので」
カミサマはそのフィルムを軽く投げるようにtotoririに渡す。反射的にそれを受け取れば刹那、totoririの中に大量の情報が流れ込んで来る。
目の前には色とりどりの鮮やかなケーキ達。さくり、とフォークを入れればそこから
優しく囁けば、目の前の“もの”は頬を赤らめて擦り寄ってくる。今になれば、精神科医は自分にとって天職だったのではないだろうか。
度重なる奇行に痺れを切らした両親から勘当されたものの、対して気にしてはないなかった。山奥の古い空き家でひっそりと暮らせば、時々外にぶら下がる動かない“空っぽ”を見つめて写真を撮る。うんうん、流石は自殺の名所。
甘ったるい情報の中にぱちぱち弾ける刺激を添えて。ガリガリに噛み砕く為のキャンディーも大量に。サイコパスだとか、人の心が無いだなんて失礼な話だね。いつだって、どこだって!楽しいが1番素敵な魔法だろう?
『私に、もっと……あなたのことを教えて、ほしい』
優しく包み込むような声が聞こえる。……この、声は。
『……わ、私はずっと……っ、そうして、ほしくて、』
言ったことがいい事はあまり言えない彼女が、意を決したように。言葉を選びながら語りかける。
『────は、こわいものじゃないです、きらきらしてて、たまに苦しいっ、けど…!しあわせ……です』
『それを……───、って言ってみたら、どう、でしょうか……?』
行かなきゃ、彼女の元に。彼女の落とした涙を今度は僕が拭うために。
はっ、と意識が戻る。Mr.Bon-Bonの個人情報を見るtotoririを、カミサマはじっと見つめていた。
(最後の声…)
思い当たる人物は1人しか居ない。ギュッ、とtotoririは下唇を噛む。
「称号は後ほどお渡しします。武器トレードの希望があれば、お早めに」
「ちょ、ちょっと待って」
淡々と告げるカミサマにストップをかける。カミサマは目を開くことなく、じっとtotoririを見つめていた。
「武器トレード…は、双剣が元々の相棒だなら…そうじゃなくて。」
「さっき言ってた“約束”って───────」
バッと顔を上げて言葉を続けようとし、totoririは言葉を詰まらせた。真っ黒な瞳を大きく見開き、カミサマがこちらを見つめていた。
「───────キミ、は。」
「何の話をしているの?」
途端グラりとtotoririの視界は歪む。最後に見かけたのはこちらをじっと見つめるカミサマであった。
「………“約束”…?」
1人、カミサマは小さく呟く。“約束”。その発言に関する記憶は一切無い。
「…………………余計なことでも、覚えたかな…」
そしてくるりと山小屋に背を向ける。振り返ることなくカミサマはその場を去った。
──────────────試合が始まる前、Mr.Bon-Bon側。
一通りの武器の説明を終えたカミサマはテンプレ通りの問いを投げる。
「願いの変更はございますか?」
そう問えばふふっ、と小さな笑い声が聞こえる。
「"カミサマ"はなんでもお見通しなんだろう?
……願いを変えるよ。"デスゲームで死んだ者を蘇生"できるかい?」
傘の柄に両手を添えつつ、Mr.Bon-Bonは問う。
「私は参加者様がそう願うのであれば聞き入れることしか出来ませんので」
淡々と告げたカミサマだったが、少し考えて問い返す。
「…差し支え無ければそれに至った理由をお聞きしても?貴方の当初の願いとは反れていますので」
「理由は2つある。1つは、最初の願いがあまりにもくだらなすぎた。もう1つは……、」
冗談めかしく話そうとし、その行動の無意味さに気づく。1つ溜息を吐きながらMr.Bon-Bonは会話を続ける。
「……あの子達の未来を、こんな風に奪われるのが……シンプルに胸糞悪くてね…。そういう話はフィクションだけで充分だよ」
「胸糞悪い、と。貴方が仰るんですね。言い方に大変棘があるように捉えられてしまうかもしれませんが…少なくとも、これまでのShadow taG内で貴方が行ってきた行動も見方によっては“なんて酷い”と評価されてもおかしくはない行動だと思っておりましたが…」
「あぁそうだよ、僕が言えた事じゃないのは分かってるさ。酷かったろう?それこそ胸糞悪かっただろ?」
どこか
「……自分でもびっくりだよ…、こんなに…こんな時に、心がブレるなんて…訳分かんないだろ?僕もね、こんな事想定外で混乱してるんだ」
「…えぇ、そうですね。これまでの行動は私からすれば、酷いものだと判断することが出来ます。それこそ何故貴方に制限がかけられていないのかを疑問に感じるほどには。……心を動かした、とするなら。それは彼女がきっかけですか?」
それがコモモを指しているのだと気づき、Mr.Bon-Bonに分かりやすくノイズが走れば「そうかも知れないね」と小さな呟きが聞こえた。
「……いつかこうなる事は覚悟してた筈なのに……」
「そうですわね。…貴方のような人もおりましたが、私はそれすらも覚悟の上で願っていたのだと思ってましたよ」
「……だろうね。こんな展開、予想してなかっただろ?」
「えぇ。少なくとも、私の見解としてはそれなりにヒトとしての醜さが出る試合ばかりだと思っておりましたので。」
淡々と告げる機械の音声に何度目かの溜息を吐き、Mr.Bon-Bonは軽く問いかける。
「……君はさ、この状況を見ててやっぱり楽しいのかい?」
「……私に楽しいかどうかを判断する材料は未だございません。今を楽しいのだと仰るのであれば、私も「楽しい」と答えるのみですので」
「そうか……まぁそうだよな…。データの君に、野暮な事を聞いてすまなかったね」
「………私はデータですが、自己学習が可能ですので。皆様が今を楽しくないと言うのであれば、その理由が単純に気になっているだけですわ」
そう答えるカミサマに対し、その前を横切るように歩きながらMr.Bon-Bonは言葉を選ぶ。それはまるで、これまでを振り返るように。
「ゲーム始めはちょっとワクワクしたよ?でもやっぱり…身内の死に際を大画面で見せつけられるのは堪えるね……流石にキツいよ。」
暫くカミサマに背を向け、Mr.Bon-Bonは呟く。しかしパッと表情を切り替えれば、いつもの笑顔でカミサマを見つめた。
「だからそろそろ…ハッピーエンドに向けたどんでん返しを起こしたくてさ!僕そういうの得意だから!」
「…………たのしく、ない………ハッピーエンド、そのためには全員を蘇生ですか?それは、貴方のこれまでの願いの否定…………失礼しました、彼が設定した私の中にそれが『=幸せ』となる知識が無く…」
「うん、確かに僕の願いがあの子たち全員の幸せになるかは分からない。けど……『このゲームで死んで終わり』よりはずっとマシかなって。
……人の心って、ちょっとした事で真逆に変わったりするものみたい……僕はShadow taGでそれを教えてもらったよ」
懐かしむように告げる。どうして、とカミサマは小さく呟く。
「…失礼。……確かに、真逆に変わりましたね……今までのゲームを見て、全てが貴方のようにいい方への転換になったとは断言出来ませんが……しかし、……えぇ、本心で話せた者達は、皆…幸せそうで………」
その姿はいつかの自分のようで。優しく語りかけるように告げるのは、-mojito-の言っていた『夢を見ている時の方が説得の余地がある』というのは、瞼を閉じている時だとMr.Bon-Bonは思ったからで。
「……分かるよ。僕もここまで来るのに時間がかかり過ぎた。……ねぇカミサマ。本音を言うとね、僕、あの子たちとやり残した事がありすぎてさ…、それを叶えたいんだよ。結局この願いも、僕のエゴなんだ。」
「…これは私の意見ですが、願いは多方が皆様自身のエゴでした。死者を蘇生させたいと願うのも、他人を差し置いてでも1番になろうとすることも。それ以外も。……貴方の今の願いも、確かに貴方の仰る通りエゴなのでしょう。そうでしかないかもしれません。」
「………でも、それがヒトなのでしょうか。悩み、戸惑い、他人に左右されながら。道を正して行くのでしょうか」
これまでとは少し違う純粋な問いかけに、目線を合わせるようにしながらMr.Bon-Bonは笑いかける。
「 少なくとも僕は、そうかなぁと思うよ。僕の仕事柄…ていうか僕自身こんな人間だから、今まで色んな人を見てきたけど……、みんなそうだった…。自分の状況に悩んで迷って、それでも生きる為に…生きやすくなる為に、周りの人に何かしら影響を受けて変わっていった。極端な話、魚が進化して陸に上がったのと近いんじゃないかな?」
「…………随分極端な例えになりましたね。……しかし、正しいのかもしれません。陸に上がり、呼吸を覚え、生活を変え、姿を変え。ヒトは生きやすくする為に変わり続けてきました。………貴方たちにとって、その変わるきっかけが“今”又は“Shadow taG”だったということでしょうか」
「うん。そうじゃないかな!その変化が正しいか間違ってるかはその先の本人次第だけど、みんな確かに変わっていったと思う。」
「……その点では、君や運営には感謝してるよ。殺し合いをさせるのはあまり感心できないけどね!」
そう冗談めかして告げれば、「左様ですか」とどこか納得したようなカミサマの返しが来る。
「殺し合いにつきましては、私からは何も言えませんので。……あぁ、ただ1つ。言えるとするなら先程の試合の彼女の最後の言葉くらいですよ」
「……それって、僕に教えてくれるのかい?」
一瞬ノイズが走るも、いつもの笑みに戻る。「………想う者の最後の言葉は、聞いておきたいのかと思いまして」と言うカミサマにん〜、と唸る声が届く。
「……いや!いいや。有り難い申し出だけど、……全部終わった後に自分で聞くよ!」
「……かしこまりました。それでは、願いの変更。承りました。先程のお話は全て終了後にお話しましょう」
「ありがとう。お気遣い感謝するよ!」
胸に手を添えて、紳士的なお辞儀をすれば「いえ」と小さくカミサマが呟く。
「それでは私、あちらにも説明してこなくてはいけないのでこれで失礼しますね」
「なかなか有意義な時間だったよ!君の心を動かせられるように、僕も頑張るからね!」
優雅に手を振りつつ、どこかへ向かうカミサマへとMr.Bon-Bonは声をかける。一瞬、カミサマは立ち止まる。
「……こういう時は、『アリガトー』でしたよね。えぇ、ではこれにて」
瞬きをすればその姿は消えていて。小さく息を吐いて帽子を整える。……これは、totoririの元に説明に行く前の。小さな小さな約束の話であった。
彼女のことは、大切だった。
明確にその感情に名前をつけることが怖くて、誰かを振り回すことはあっても誰かから振り回されることは無く。未知なこの感情が怖くて、ある日彼女に「近づかないでくれ」と告げた。これ以上、彼女の純粋な優しさに触れることが怖かった。変わることへの恐怖だったのかは分からない。ただあの時はどうしようもなく“怖い”と感じてしまった。
そこから暫くすれ違い、避けていて。それでも彼女に会いたくて。久しぶりに見かけた彼女に「コモモ……!」と呼び捨てで呼んでしまった。
少しでいいから、音声で話したいと告げれば戸惑いながらも彼女はチャットを切り替えた。「まだ僕のことを好きでいてくれるか」と問えば、小さく「すき」と返ってきた。
「……僕は散々君の心を掻き乱して、惑わせて苦しめてきた。それでも君は真っ直ぐに見てくれる」
名前も顔も知らない、僕のことを。何故そんなにも。疑問を口にすればコモモは言葉を選びながらもゆっくりと答える。
「た、たしかに、たまにびっくりしたり……はしました。けど……あなたが…… あなたがボンボンさんだったから、で……。わ、私にはそれ以上の理由をつけられない、です」
弱々しく告げる彼女にそれがどれ程までに危険な事かを伝える。遊びだった、と告げた時の彼女の声はいつ思い出しても胸が痛む。
どれだけ言葉を伝えても、“これがもし、嘘だったら”という疑問が埋め尽くす。そんなことは無いと信じたくても、モヤモヤとした感情を拭いきれなくて。「好きに捉えてほしい」と前置きを置いて、言葉を続ける。
「……君を見ていると、だんだん、胸が苦しくて痛くなって……こんな風になったのは本当に産まれて初めてで。」
その後の記憶はかなり朧気で。しかし彼女もぽつりぽつりと返しながら話を続けた。
「……わ、私のこと、すきですか……?」
震えるような声色でそう投げかけられる。言葉が詰まり、上手い言葉もカッコつけた言葉なんて何も思い浮かばなくて。“そのままの感情”だけがホロホロと。文の構成なんて、感情と同じくらいぐちゃぐちゃで。
突き放したくない、大切にしたい、護りたい。でもこの感情の名前を知らない。向けられていたかもしれないが、こんなにも苦しいのは初めてで。何かの呪いであってほしいと、答えが出ないで苦しむことがこれほどまでに怖いのかと。……君の傍に居たいと。どうしてこんなに強く願うのだろうか。
「この感情の名前をもし知ってるなら、教えてくれないか……?」
縋るように声を絞れば、変わらない彼女の柔らかな声が紡がれる。
「それを……恋、って言ってみたら、どう、でしょうか……?」
「………!」
鈴を転がすような声で。それでいて包み込むような優しさで。彼女は『恋』を教えてくれた。それは恐ろしいものでないと、苦しくても、きらきらして。幸せな感情だと。
「恋をしていいか」と告げれば、彼女は「いいに決まってます」と返してくれる。
「きっとまた、違う形で君を傷つける。それでも君を、愛してみても………いいのかな………?」
「いい、に決まってるじゃないですか…!私にもっと、あなたのことを教えて、ほしい」
互いに本音を告げれば、どこかくすぐったい感情も芽生える。ソワソワと落ち着かないこの感情は、君がいたから芽生えた気持ちで。誰よりも大切にしたいと思えたのは、後にも先にも君だけで。
死の間際。意識を手放す直前。これまでをぼんやりと思い返しながらふと気づく。
(あぁ…………そうだ…………)
Mr.Bon-Bonは小さく呟いた。───────彼に好きな映画を聞くの忘れた、と。
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