第1章 願いの代償、命の重み

#3 勤務中はマナーモードに-嘘の厚化粧-

いつだって求めたは、求め続けても虚しいだけと気づいてたのに。虚しくたって、ただがむしゃらにそれを求め続けていた。与えられ続けたには気づかず、……まるで不幸自慢のように嘆き続けていた。そんな自分に惜しみない程与え続けてくれた人に悪態をつきながら目を背け続けていた。誰よりも、あなたからが欲しかったのに。自分で否定し続けていた。​

────あぁ、いつからこんなに捻れてしまったのか。




視界暗転から一変、意識がハッキリとする。恐る恐る目を開けば、眼前がんぜんに広がる景色に驚き、声を上げた。

「………んだよ、ここ……」

ギラギラとした輝きに怪訝けげんな表情を浮かべる。そして自分は今、ソファーの後ろに寄りかかってたのだと気づく。

乱雑に頭を掻けば、先程まで聞いていた声が響く。

「お目覚めはいかがでしょうか、呪術者さん」

「……最悪だよ」

響く声に不満を返したのは、ラリマーだ。彼はぐるりと軽く周囲を見渡し、小さく舌打ちをした。

目を痛めてしまうようなギラギラとした物、大量のソファーと低めのテーブル。酒を作る用と思われる場所も設けられていた。

少し顔を出すようにすれば、中央の辺りには見せびらかすかのようなシャンパンタワーが設置されていた。

(…キャバか、ホストみてぇだな…)

ドラマなどでしか見たことのなかった景色に思わず息を吐く。一生関わることの無い無縁の場所だと思っていたのに、自分の一生を賭ける場で見ることになるとは思っていなかった。

「無縁と縁を結ぶことになるのも、このゲームならではでしょう?」

「……どこで戦えってんだよ…」

「ここは誰かの思い出の場所を模した空間ですよ。本人にとっての善し悪しはお伝え出来ませんがね」

「……思い出…」

淡々と答えたカミサマの言葉を復唱する。この場所が思い出だなんて、到底良い思い出だとは言えなそうであるが…


「試合開始前に先程の確認事項についてお聞き致します。サブ武器についての変更はございますか?」

気を取り直すかのように問うカミサマに対し、ラリマーは「しない」と返す。

「そのまま、コレで良い。…使い方で変わる点はあんのか?」

ただでさえ自分の一番苦手とする拳銃を引いたのだ。カミサマの言葉を借りる訳では無いが、使い慣れた物の方が良い。

少しの沈黙の後、「そうですね」と聞こえる。

「操作方法はゲームと変わりません。その場に一回で五芒星ごぼうせいえがくことで2種の御札おふだを呼び出すことが可能です」

「ただし、クールタイムや使用回数制限も設けますよ。無限に出来てしまっては、貴方のサブ武器は少し強いですもの」

そしてカミサマはその他のサブ武器についてを手短に告げた。クールタイムは早まることなどせず、きっかりとその時間分設けられること。使用回数制限や一度に出せる枚数など。分かりやすく述べた上で最後に使用による制限を伝えた。

「……その場に固定」

「そうですわ。違うものを描く、一度で描けなかった場合はその場に固定とクールタイムの延長です」

一見そこまで重いようには感じないが、その場に固定というのは今のゲームにおいてかなりの制限である。殺す側だった場合はそれを奪われ、そして即殺ころされる可能性もある。描く途中で手にダメージを受けた場合……もしくは動揺する出来事が起きない限りは問題無いが。

ラリマーは軽く自身の手を開閉する。銃にしろ、御札にしろ。この手が使い物にならなければ自身の死は確定なのだと改めて感じる。


「武器の説明はこれくらいですね。……ちなみに、願いの変更は現時点でございますか?」

「ある訳無い。……アイツを、生き返らせる。それだけだ」

強く自身のたもとを握り、ラリマーは答える。

今まで口にはしなかったが、何よりもそれを望み続けていた。他人を犠牲にしてでも、自分自身を犠牲にしたとしても。

「意志が強いようで何よりです。…さて、対戦相手の方にも説明は完了致しました。これより試合開始としましょう」

言い終わると同時に足元から低い音が鳴り響く。見れば自身の影は紫へと変化していた。

「今回は貴方が最初に権利を持つことになりました。地の利…と言いましょうか。今までの空間とは明らかに異なるこの場所で、貴方なりの戦い方を魅せてくださいな」

そして神は口を閉ざした。

見た目と反して静かな空間の中。ラリマーは長く息を吐き、小さく呟いた。

「​……───────」




「……った…」

誰の呟きだっただろうか。プレイヤー達が目を覚ますとそこは、先程の電子掲示板の前だった。電子掲示板には「Now Loading…」の文字。それぞれが辺りを見渡せば、その場に居ない2人の人物に気づく。同時に、もう自分たちは逃げられないとこまで来たのだと実感する。

「ね、ねぇ…今、ここに居ないのって…」

みくるんが恐る恐る問えば、目の前の電子掲示板に「!」の文字が表示された。

そして先程まで聞いていた声が響く。

「試合の準備が整いました。これよりゲーム開始となります」

誰かが口を開こうとするも、それはただの息となって空間に溶け込む。なぜなら目の前には、電子掲示板に表示された、それは。


「1回戦。呪属性 ラリマー対幻属性 mokuの試合となります」


そして神は唖然あぜんとするプレイヤーが見えていないように。高らかに告げる。


「それでは、ゲームスタートです」




開始となる合図なのか、ブザー音が鳴り響く。それはバトル空間に居るラリマー達にも聞こえていた。

しかし、電子掲示板前の者と違う点はまだ自分の対戦相手を知らないということ。対戦者側にはその映像が見えないため、戦う相手は鉢合わせにでもならない限り分からないのだ。……本来ならば。

「っつ…」

キィンと高く音が鳴る。そしてふと、確信する。

(……幻…)

何の根拠も証拠も無い。ただ「自分の相手は幻属性」だと確信する何かがあった。

「元々の呪属性の属性効果もございますが、幻属性の強制共有ですね」

脳内にカミサマの淡々とした声が響く。

「元々って…それはゲームの中だけじゃねぇのかよ……」

いくつかは残しているので」

「……あっそ」

耳鳴りのような違和感を感じながらラリマーは素っ気なく返す。軽く自身のこめかみをトントンと叩く。…まさか自分が1番最初に戦うことになるとは。

(幻……は、アイツか)

moku。ラリマーとは同時期程度に始めた内の1人であるが、仲が良いかと問われればそうでも無い。タコやイカなどの触手を嫌うと以前告げた際、嫌がらせのようにそれを見せられドン引きした記憶が強い。

あの触手と戦うことになるのか…と思い、息がこぼれる。静かな空間であるからこそ、それはよく響いた。

(…今あっちがどこに居るか分からない。静かすぎるから変に足音を立てても聞こえる…)

あぁ、先程も歩きにくさに苛立ちを覚えたがこのヒールが憎い。かと言って安全性も何も分からないのに靴を脱ぐわけにもいかない。

鬼である今、自分に出来るのは相手を探し出すことか。そう考え、ふと視線を下げる。ソファーの背面の隅に淡い灰色に光るネオンの文字が小さく書かれていることに気づいた。

【自分を何よりも大切にしなきゃ。真価しんかを問うなら、それを守らなきゃ】

「……?」

それが何を指しているのかは分からない。…もしかすると、これが先程カミサマが述べていた『個人情報』のヒントなのか?。

しかし、だから何なのか。改めて背面を見直してもこれ以外の文字は存在しない。

(別の場所か……)

戦い方として、幾つか案を考えることは可能だ。はなから個人情報を見つけることを放棄して挑む、相手の使用可能数が全て無くなった時に挑む、…この個人情報を上手く利用する。

カミサマは相手のものもあれば自分のものも存在すると言っていた。つまり、上手くいけば待ち伏せも可能ということ。

(…どうすっかな)

最短で決めたいならば、今すぐにでもmokuを探すべき。しかし、安全性を高めたいのであれば個人情報を探し出した方がいいだろう。

いずれにせよこの場から動かねば。そう考えたラリマーは四つん這い状態で静かにその場から動く。自身のアバターの身長は高。加えてこのヒール追加分を考えれば遠くからでも自分の姿は丸見えになる。確かな安全を確認するまでは恐る恐る行動すべきだ。


(くそ……んでこんな…)

自身の布のれる音を聞きながら不満を抱く。ふと、視線を手元に向けた時だった。

「うわっ」

思わず声を上げて慌てて口を塞ぐ。目の前にいたのは…小さな蜘蛛のような生物だった。

(蜘蛛?なんでこんなとこに…)

よくよく見ればそれはノイズがかかっているため、データか何かの1つなのかもしれない。だがしかし、何故ここに蜘蛛これは居る?

増える疑問に頭をひねり、再度ゆっくりと顔を出す。先程自分が上げた声でも何も起きなかったため、恐らくもう少し離れた場所にでもいるのだろう。

そのまま立ち上がり、注意深く周囲を見渡す。そして居ないことを確信し、安堵あんどの息を吐く。

(……それよりも今は探さねぇと)

足元にいる小さな蜘蛛を踏みつけないようにその場を歩き回ることにした。



カツカツと靴音がよく響く。ある程度ここの周囲を見た気はするが、先程のような文字は見つけることが出来なかった。やはり先程のは気のせいか……そう思い始めた時だった。

「………あ」

とあるテーブルの上。1枚の紙…というより、メニュー表のような物が置かれている。真っ赤に染まったその書面を読もうと思い、それを手に取る。…同時に紫の文字がそこに浮かび上がる。

【オレのせいで何人苦しんだ?お前のせいで何人が嫌な思いをした?この景色を一生忘れるな】

「っ…!!」

思わずそれを落とす。カンッと音を鳴らしてそれはテーブルの上に落ちた。はっ、と乱れ出す息を無理やり抑え込むように口をつぐむ。


無理やり息を呑み込んだのと同時だった。ずるりと何かが生まれるような。表現しがたいが、嫌悪感けんおかんの塊でしかないような音が耳元で響く。

慌てて振り返る前に、それはラリマーの身体を縛るように巻きつく。

持ち上げるように上へと身体が浮き、ようやくその犯人を見る事が出来た。

「あら〜?随分ずいぶんと余裕なんですねぇ。…あぁ、今は逆ですかねぇ?」

「アンタ………!」

いつもの揶揄からかうかのような表情を浮かべつつ、確実にその触手はラリマーを離す気は無いようだった。

「は、………」

「いつものテンションはどうしたんです〜?」

感じたことの無い圧に上手く呼吸が出来なくなる。再度乱れる息を整えようにも、混乱で更に乱れてしまう。

(あぁちくしょう、見なきゃ良かった!見なければこうならなかったかもしれねぇのに…!)

絞められたことで視界がぼやけているのか、それとも属性の影響か。複数に見える触手は幻覚なのだろうか。

(かげ、を、今…踏まれたら終わる…!)

下をよく見ることは出来ない。しかし、mokuの引いた武器は理解している。今のこの状態からあの武器を使われてしまえば、自分が確実に殺されることは確実。

サブ武器で死なない、というのは本当だったと体感する。骨がきしんでもおかしくないような痛みだが、死にはしないだろうとぼんやりと察する。

本当にこの状況をどうにかしなければ。今の、この状況を変えるための何かを。


ふと自分の手が動くことに気づいた。触手は手首の少し上の部分を絞めてるため、どうにか手首は動かせるようだ。

(っ、なら……!!)

先程のカミサマからの説明を思い出す。その場に1回描けば良いのなら、今召喚すべきは1つだろう。

後ろ手のまま勢いよく五芒星を描く。見ずに描いたのは初めてだが、掌中しょうちゅうに確かに紙の感触がある。それを触手へ勢いよく貼り付ければ、するりとそれは緩んで拘束は解かれる。

先程描いたのは『解呪かいじゅの札』。拘束を解くための物だったが、まさか触手に使うことになるなんて予想すらしていなかった。……そして、予想していなかったのがもう1つ。

「った……!」

拘束が外れた後の事を一切考えていなかったため、勢いよく落ちる。アニメや漫画のような華麗かれいな着地ではなく、無様ぶざまな尻もち。こんな地味な痛みすらも反映したことを恨んでしまいそうだった。

即座に立ち上がって距離を取る。あの触手に触れてしまえば、今度は逃げることは不可能だろう。相手のサブ武器の詳細が不明なため、無闇むやみにこちらの手の内を明かす訳にもいかない。

「随分便利ですね〜。そのままいけるかと思ってたのに」

「んな訳ないだろ。首はやらねぇよ」

それでもまだ余裕を含めた笑みを見せてるのはmokuに何か手があるのか、それとも心情を悟られまいとの行動なのか。先程までラリマーを拘束していた触手が残っていることから、それの制限時間はまだあるのだと考えることは出来た。

(また拘束されるのは厄介……んでもってこっちは拘束が解けることが知られている……)

となればその用途をmokuが変えることも考えられる。かと言って攻め込もうにも、決定打に欠ける。背を向ければいつそのサブ武器を追加で出されるかも分からない。現状でのマシな点を挙げるなら、未だ互いの個人情報の把握が出来てないことくらいか。

間合いを詰められぬよう、一定を保つ。このまま試合が続くのか。その考えが脳裏をかすめた時だった。

ふと、視線を右にやる。先程見かけたシャンパンタワーと奥に続くと思われる空間……15段程度の青く輝くシャンパンタワーの更に奥。見間違いかもしれないが一瞬輝く何かをラリマーは見た気がした。

本当に見間違いだった場合、かなり無意味な行動となるのは理解している。しかし、今の混戦状態を変えるにはそれを信じるしか無いのだ。


「よそ見ですか?」

「!」

mokuの問いかけにハッと返る。変わらない状態に痺れを切らしたのか、距離を詰めようとしているのが分かる。

(考える暇もねぇのかよ……!)

小さく舌打ちをし、ラリマーはそのまま奥の部屋へと駆け出す。恐らくそちら側がmokuが最初に居た場所なのだろう。……そして、そこに何があるのかも理解しているのか。少し目を見開いた後、その後を追いかけた。

「んでそんな靴で走れんだよ……!!」

「あら、やはり随分余裕みたいで。僕の心配する余裕もあるんですねぇ〜」

いつものふわふわとした言動であるからこそ、明らかにそのヒールで走るmokuの姿は異様だ。どうにか意地だけで走るラリマーとは違い、明らかに安定して走っている。

「んな訳ねぇだろ……!自分の命が掛かってんだ、余裕ぶってられっかよ」

「そうですねぇ。僕も自分の命と願いがあるので…初戦からつまずいてなんていられないんですよ」

「そんなんオレもだっての……」

小さく呟いたラリマーに対し、「やかましいですよ」と声が聞こえる。しかし、先程よりもどこか苦しそうな声色だった。


「っ……」

ラリマーがこちらを向いて居ないことを確認し、mokuは小さく声を零す。先程のサブ武器使用のデバフにより、彼女の状態は決して良いものとは言えなかった。

(なんで今更、こんな、)

脳裏にはガンガンと自分を責め立てる誰かの声が響く。加えてラリマーの数も複数に見えているのだ。

それを悟られない為に平静へいせいよそおっていたが、先程から響く声がわずらわしい。今の会話も、その責め立てる声を聴きながらどうにか返していたものだった。

(どうしたって今は劣勢…さっきあそこでさっさとケリをつければ良かった)

自身の行動をかえりみるも、既に遅い。そして向こうの部屋にある物も彼女は理解していた。……だからこそ、彼女は焦っていた。見られたら全てが終わってしまうから。

どうしようどうしようと考えても良い打開策はすぐに思いつかない。こういう時、自分の思考処理の遅さが憎たらしい。

(とにかく、それよりも速く、)

殺さないと。という考えが彼女の思考を占めていた。



サブ武器を警戒しつつ、ラリマーは何とか最奥へと駆け込む。広く長めな空間は、間取りで言えば自分の居た方が奥に当たる部屋で、こちらが出入口のある手前の部屋だったのだと気づく。上へと続く階段や、レジカウンターが見えるが今はそれを気にしている暇は無かった。

ここが本当に思い出の場所を丸々再現している訳では無い。あくまで空間にすぎないのだ。

(テーブル、違う…ソファー、も、違う……!)

横目で素早く辺りを確認する。先程のネオンの文字又は血濡ちまみれの紙のようなものがあればヒントになるとラリマーは理解していた。しかし、焦りもあってか先程よりも気になる箇所を見つける余裕や、クールタイム等を考える余裕はなかった。

あくまでも室内戦。壁に追い詰められるのも時間の問題である。

壁の1歩手前、勢いよく振り返る。mokuも間隔をあけ、止まる。

(一かバチか……今、撃つか?)

引けば簡単に撃てると言われた。しかし、もしかわされたら?もし自分が撃つ位置を間違えたら?直結するのは自分への死だ。

キッとにらむようにmokuの顔を見、少し驚く。先程までの表情とは異なり、かなり顔色は悪かった。そして「違う」と小さく呟く声が聞こえた。

(………………なんだ?)

突然の状況に困惑する。自分が駆けている間に何があったのか、全く理解が追いつかなかった。


「撃ってしまえばいいじゃないか」

脳裏にカミサマの飽き飽きとした声が響く。本当にこの試合を退屈な映画くらいにしか考えていないのだろう。急かすようにラリマーの脳内で告げた。

「その距離から撃つのが怖いのなら、キミのそのサブ武器で固定させてしまえばいい。幸いにもクールタイムの1分30秒はとっくの前に過ぎてるよ」

「……アイツがああなってるのも、アンタと会話してたからか」

「さぁ?それは教えれないなぁ。聞いてみたらいいじゃないか、まともに答えてくれるとも限らないけど」

「見つめ合うだけのお見合い試合なんか、誰も楽しまないよ。言っただろう?僕が望むのは本気の殺し合いだ。残ってる慈愛じあいなんて捨ててしまえよ、そうしたら幾分いくぶんか楽になれるよ?」

「………………黙れ」

「怖いなぁ。でも、事実だよ。他人を犠牲にしてまで、って言ってるのに…………中途半端な優しさを抱く位なら、最初から捨てておけよ」

低い声で呟いたのを最後に、カミサマの声は聞こえなくなった。変わらず目の前のmokuは頭を抱えて立ち止まっていた。

口を真一文字に結び、ラリマーは自分の手元を見る。そこには『0:00』の秒数が表示されていた。

そして再度mokuを見る。少し息は乱れているが、彼女もこちらを見つめていた。


「……アンタは、さっきと随分変わったみたいだな」

「……五月蝿うるさいですよ。ずるい貴方に言われたくはないです」

「狡いも何もねぇよ。鬼のことを言ってるなら、それは完全に自分の運だろ」


出し渋ってるのか、クールタイム中なのか。mokuは触手を出すこと無く、少しずつ後退りながら距離を離していく。反対にラリマーはその分だけ距離を詰めていく。互いに言の葉を紡いでいきながら、頭ではこれからの最善策を考えていた。

ラリマーのサブ武器は圧倒的近距離。相手を固定してからそのままゼロ距離で撃つことも可能。対してmokuのサブ武器は範囲内であれば良いという点から、近距離であっても遠距離でも良い。しかし1本は自身のサポートに使わなくてはいけない。火事場の馬鹿力でどうにかなるかもしれないが、そんな不確かなものには頼っていれないのだ。

似ているようでその性質は全く異なる。​───────それはまるで、自分自身の願いを公言している彼らのように。


「いつもみたいな軽口は言わないんだな」

やかましいですよ、そんな何人にもなって言う必要は無いじゃないですか」

「…何のことを言ってる?呪属性にはそんな性質は存在しねぇよ」

「嘘、嘘ですよ。じゃなかったらこうなる訳がないですもの」

(何人にもなって……?)

その言葉が引っかかる。先程見えた幻覚は属性特有の性質か、自分の朦朧もうろうとする意識のせいだと考えていた。

だが、その幻覚がmokuにも見えているのだとしたら?ラリマーが彼女にとっては複数に見えているとしたら?

ラリマーには使用によるデバフは無いため、考えもしなかったが人によっては使用後に本人に支障をきたす程の制限が与えられている者もいるのだ。


(……何にせよ、今のコイツには多分話は通じない。​───なら、)

ゆっくりと詰めていた間合いを早足で詰める。そして片手で先程のように五芒星を描く。今度はしっかりと固定の札を意識して。

それを描き終えれば、描いた軌跡きせきが形を変え、長方形の札へと変化する。

カンッと音を響かせ、大きく踏み込む。一気に詰めた間合いで、互いの影は重なる。鬼の交代はあくまで"影を踏むことでの交代"。影が混じり合うことで鬼が交代されることは無い。カミサマの欠けた詳細説明の1部だ。……しかし、万が一。ここでmokuが影を踏んでしまえば状況は変わった。だが状況はそう上手くは動かないのだ。

mokuの瞳に写ったのは手をあげるラリマーの図。​──────それは、嫌な記憶を呼び起こすには充分すぎる光景で。

条件反射に近かったのか。ずるりと音を立てて現れた触手は踏み込んだラリマーを勢いよく弾き飛ばした。

「っ!!」

肋骨にあたる部分を強く打ち付けられ、ラリマーはそのまま右側の壁へと飛ばされる。運が良いのか悪いのか、その方向にはソファーなどの障害物が無かったためただ壁に打ち付けられるのだと本人も即座に察した。しかし、背中に受けた衝撃は確かにそれよりも強く、且つ1部分にかなり強い衝撃を受けながら違う部屋の壁へとぶつかった。

(っ〜〜〜!!!)

ガンガンと痛む背中を抑えつつ、歯を食いしばって痛みを堪える。先程まで、確かにラリマーの右側はただの壁だった。壁に近づいた瞬間、それはドアへと形を変え、ラリマーのぶつかった衝撃でそこは開かれた。強く痛んだ箇所は恐らくドアノブが当たったのだろうか、声も出せない程の痛みが襲っていた。

そして正面を見れば顔を両手で覆うmokuの姿と、視界の端に紫に光る物を一瞬見かけた。

目を凝らし、その光る物をよく見てラリマーはサッと青ざめた。

(嘘だろ、なんで、あれが……)

決して小さすぎはしないは、先程衝撃を受け、ゆらゆらと開閉を続けるドアによってひっそりと見え隠れしていた。それが自分の個人情報を指しているのだと、ラリマーは気づく。何故なら、自分にとっての個人情報はそれがほぼ全てに等しく、知られたくない事実であったからだ。

の傍には紫のネオンに光る文字で小さく【繧ェ繝ャ縺ョ鄂ェ】と書かれていた。そして少し視線を上げれば、ベッタリとした絵の具のような灰色が見えた。

恐る恐る視線をあげる。そこには誰かの写真だろうか。随分大きな額縁に灰色の文字で何かが殴り書きされていた。そして中央部分に【1番大切で、何が悪いの?】とネオンの文字で書かれていた。

(これが個人情報か……?)

明らかに今までと異なる存在。そして、今のmokuの精神状態はラリマーには分からないが……少なくとも、自分の個人情報もこの場にあるのだ。今触らなければ、相手がこちら側に来る前に触れなければ。

未だ痛む背中を抑えながら立ち上がり、急ぐようにそれへと手を伸ばす。手には固定の札が残っていた。触れる前だったため、効果は発動されていなかった。

一瞬、mokuがラリマーの方を見た気がした。しかしその直後ラリマーはその写真に手をつけていた。刹那、ラリマーの中に大量の情報が流れ込んで来る。



最初の記憶は周囲から罵られる場面だった。誰かと比較され、「醜い」と罵られる。自分は一体何をしたのだろうか。……いや、何もしていないから、こうなっているのか。

次に流れてきたのは誰かに押さえつけられる記憶だった。酷い嫌悪感とただただ気持ち悪いという感情が頭を占める。

誰かに縋るような景色が見えた。自分の視点で追体験しているのだろうか、お金を渡される光景があった。

その場面以外でも、誰か派手な衣装の人達と交流するのが見えた。それはアニメやゲームのキャラクターと同じような衣装で。切り替われば派手なドレスを着た人達が周囲に居て。

そして最後に見えたのは、Shadow taG内の共通のフレンドであるREINの後ろ姿であった。



バッとラリマーは手を離す。嫌悪感ではなく、情報量の多さに耐えきれず吐き出してしまいそうだった。追体験した記憶以外にも、頭に直接mokuの情報を流し込まれたかのように個人情報の全てを把握させられた。

人が1度に処理出来る情報量はある程度決まっている。しかし、それを優に超える程の情報量であり、ラリマーがキャパオーバーしてしまいうになるのも無理はなかった。

思わず目眩を起こしてしまいそうだ。しかし、少し離れた……具体的にはmokuの居た方から鎖のような音が響いた。慌ててそちらを見れば、何故かmokuのメイン武器である大鎌が召喚されており、それに灰色に光る鎖と鍵が付けられていた。

moku自身も困惑の表情を浮かべており、彼女が望んで召喚した訳では無いと察することが出来た。

「…………なに、したんですか」

「……アンタの個人情報を見た」

「………………ぼく、の、」

先程よりも悪くなった顔色のまま、mokuはその場に棒立ちになっていた。

フラフラとした足取りでmokuは後ろへ下がる。メイン武器が制限された今、抵抗するとしたらサブ武器で時間を稼ぐしかないのに。先程反射的にサブ武器も使ってしまった。​使用可能時間はまだあるが──────今のmokuは丸腰状態であると言っても過言ではなかった。

加えてサブ武器使用による影響は強さを増していた。ガンガンと頭の中で自分を責め立てる幻聴が聞こえ、ラリマーは複数に見える。

幼少期から罵られ続けたその言葉が、今でも呪いのようにmokuにまとわりついていて。

(次……打開策を、考えないと…………)

頭では理解出来ていても足がその場から動かない。次の打開策を考えなければいけないのに、何も思いつかない。そして自身を罵る声は煩わしいくらいに騒ぎ立てていて。思考の全てを遮るそれも腹立たしくなってきて。


「ああああああぁぁぁっっっっっ!!!」

「っ!」


耳を塞いで、moku自身の声を荒らげてもその罵声は消えること無く。過去に出来た心の傷が抉られる。

突然のことでラリマー自身も驚く。少し思考し、どちらにせよ撃つなら今しかタイミングはないと気づく。

(どうやって出せばいいんだ……)

「願えばいいだけさ」

何度目かのカミサマの声が頭に響く。「は?」と呟けば「そのままの意味だよ」と返される。

「願わないと、求めるものなんて手に入らないだろう?」

ケラケラと嘲笑するカミサマの問いに、「説明不足にも程があるな」とラリマーは小さく呟いた。

言われた通りにメイン武器を強く願う。ふと、札を握っている手とは反対の方に何かが触れるのを感じる。そちらを見れば紫の電子のようなサークルの中から、拳銃の持ち手部分が出ているのが分かった。しっかりと握り、それを引き抜けば先程自分が引いた拳銃がその姿を見せた。

「キルする時は目の前に選択肢が表示されるから、自分のタイミングでそれを選べばいい。必ず成功する訳じゃないけどね」

最後に小さく笑い、声は途切れた。……相変わらずしゃくさわるような物言いしか出来ないのだろうか。


ゆっくりとmokuの傍へとラリマーは近づく。まだ触手は存在していたため、それが届かないように注意しつつ。

「…………」

無言のまま、ラリマーはmokuへと拳銃の先を向ける。いつものように、ゲームのキャラクターへと向けているように見えるが、実際今から撃とうとしている相手は同じ人間だ。その事実に今更手が震える。それを見たmokuはふ、と呆れたように笑った。

「ここまでしといて、殺す覚悟も無いんですか?」

「……」

「図星ですか?……あぁ、本当に知られたくなかったのに」

ぽつりとmokuは呟いた。サブ武器のデバフはまだ続いているのか分からない。ただ全てを諦めたようにmokuは乾いた笑いをしていた。

「貴方もどうせ、僕を醜いと思ったんでしょう?さっきからずっと、ずっとずっとずーっと。罵ってますもんね」

「んな事してねぇよ。それはアンタにしか聞こえない声だ」

「嘘よ。だってずっと言ってるじゃないですか。……あぁほんと、そういうとこ」

はっ、と息を吐いて彼女は自嘲するように笑った。

「分かってたんです、どうせ誰にも愛されてることなんてないってくらい」

「…………あ?」

突然の告白に、ラリマーは怪訝けげんそうな顔をした。にも関わらず、mokuは言葉を続けた。恐らくラリマーの呟きは、罵倒の幻聴に掻き消されたのだろう。


「家族は気を使ったつもりなのかしら。でも遅かったのよ。両親も兄弟も恵まれてる中で、僕だけが恵まれなかった」

「僕のを見たなら分かるでしょう?担任は最低でした。本当に、思い出したくもないくらいに」

「今の仕事をするまでにも色々ありました。仕事を始めてからも違うことにのめり込んでばかりで。」

「何度目の初恋を迎えたのかしら。このゲームでもそうなるって思ってませんでしたけどね」

「本当に素敵なの、素顔も名前もなぁんにも知らない。それでも僕は彼に恋したの」


mokuの言う彼、とは恐らくREINのことを指しているのだろう。mokuの個人情報に触れた時に見えたのは、彼女にとってそれほどまでに彼の存在が大きかったからなのか。


「彼ね、僕のことを可愛いって言うの。……そういう所が好き。明るい所も、笑った表情も、撫でる手も見つめる瞳も。何もかもが全部好き」

「全く同じアバターでも意味は無いの。彼が、れいんさんが、れいんさんだから好きなの。彼じゃなかったら全く同じでも意味は無いわ」

「…………でもね、彼も僕のことはなぁんも知らないわ。こんな醜いのこと、何も知らないわ。こんな私を知ったら、きっと彼は私を愛してなんてくれないわ」


悲痛な声だが泣かなかったのは彼女なりの信念だったのか。最後に彼女は告げた。


「だから綺麗になりたかったの。誰かに求められるために、綺麗になれたら、きっと今よりも、良いことがあったかもしれないじゃない」

だから、誰からも愛されてないとmokuは告げた。​───────その言葉を聞いた時、ラリマーの中でプツリと何かが切れる音がした。


「ばっっっかじゃねぇの!?」

「…………は、」


驚きの表情に変わるmokuとは異なり、ラリマーは明らかな苛立ちを表していた。


「アンタの過去の話は分かったよ。さっき充分すぎる程に見たからな。だから言わせてもらうよ。アンタは根っから全部を否定してるじゃねぇか」

苛立ちのままにカツカツと詰め寄る。mokuもそれにつられるように後退あとずさりする。しかし、今のラリマーは鬼だとか、勝ち負けだとか以前に。彼女のその考え方に物申したかったのだ。

「+1になる為のを求めてるのかと思った。アンタの元を0だとして、それを変えるのを探してるんだと思ってた」

「だけどアンタがを否定してるじゃねぇか。与えられても、あーだこーだ卑屈な後付け理由をして、全部全部否定して見ないフリしてるだけだろ」

「はっ、貴方に何が分かるんですかぁ?さっき私のを見ただけの貴方じゃ、何も分からないでしょう?」

「あぁそうだ。現実のアンタのことなんてさっき初めて知ったよ。だから、オレはオレが見て感じてたままのことをこれから言うだけだ」

思わず拳銃を握る手に力が入る。mokuの引き摺る大鎌の金属音が、後退こうたいに合わせて続く。

「あの人……れいんさんは、少なくともアンタのことをちゃんと見ていただろうよ。それこそさっきアンタも言ってただろ?アバターが全く同じでも中の人が違ったら意味が無いって。あの人もそれだろうよ」

REINとmoku、どちらともある程度の交流があったラリマーは何度かそれを感じる瞬間はあった。元より交際云々を聞くような仲では無かったが、mokuと話している際にREINからの少し牽制けんせいの含まれた視線が向けられていることには気づいていた。だが、本人から特に何も言われていなかったため、「そりゃ親しい奴にこんなズケズケ言う奴が居たらそうなるか」くらいに考えていた。


「そんな訳無い。だって、れいんさんはこんな私のこと、何も知らないから。1番見られたくなかった、醜い私なんて知られたくなかったから、」

「さっきから言ってんだろ。ネットでの恋愛なんて、こんなゲームでなんて、見た目なんてアバターでどうにか偽れんだよ。だから、そいつの言動とか見た目以外の行動から見て好きか嫌いか判断してんだろ」

後退りし過ぎたmokuは、後ろにあったソファーに気づかずぶつかる。そしてそのままもたれるように座る形となった。

「見た目磨くのも大事だろうよ。ただ、外見で全員が全員判断してると思うな。自分の意見で、全部全部否定したら欲しいのも何も残らねぇよ」

その五芒星の瞳が静かに見下ろす。今度は幻覚ではなく、しっかりと本人の目を見つめながら告げた。

「相手がどう思ってるかとかを勝手に考えるのはしょうがねぇよ。……ただな、自分が好きだって思った奴が言った言葉くらいは、素直にそのまま信じろよ……!!」

思わず語尾に力が入る。それはmokuに対して言ったのか、それとも他の人に向けて告げられたのかも分からない。ただラリマーは眉間にしわを寄せ、そう告げた。

mokuは少し目を見開き、そしてまた呆れたように笑った。

「……それ、盛大なブーメランだったりしません?」

「…………そうかもな」

「少なくともこれから殺そうとする相手にかける言葉じゃないですよ。…………本当に」

ぽつりとmokuは呟いた。ラリマーの言葉が届いたのかどうかは分からない。ただ、先程よりは幾分かいつもの表情に戻ったように見えるのは気のせいか。


「…………どうせ殺されるのなら、最期に聞いても良いです?」

「なんだ?」

見上げるようにして、mokuはラリマーをじっと見つめる。それはまるで、全てを見透かすかのように、全てを察しているかのように。



「​───────貴方、誰なんです?」



その問いかけにラリマーは少し目を見開き、そしてゆっくりと1度瞬きをした。同時に、拳銃をしっかりとmokuの心臓目掛けて向ける。

目の前に『プレイヤー・mokuをキルしますか?』と表示が現れる。


「…………誰なら、良かった?」

「……それが答えと受け取っても良いです?」


それに対し、ラリマーは口を噤む。mokuにしか見えないその表情は、それこそが全ての答えを示していると言っても過言ではなかった。

ふっ、と呆れるように微笑み、mokuは瞳を閉じた。



「​───────本当に、馬鹿な子」



選択肢が表示される。『はい・いいえ』の2択。選択の前、ラリマーは小さく呟いた。


「悪かったな」

「今さらですよ」


『はい』を選択する。緩んだ引き金部分に軽く手をかけ、ラリマーはそれを引いた。玩具のように簡単に引けたそれは、勢いよく飛び出し…………mokuの心臓を貫いた。

ゲームを意識してるのか。血の流れるようなグロテスクな場面にはならなかったが、少量の灰色の血のようなエフェクトが目の前に表示される。

ぐらりとその身体は動き、とさりとソファーに横たうように倒れた。


は、と息を吐き、ラリマーは一気に息を吸い込んでへたりとその場に座る。血を流さずに倒れたその姿はまるで眠っているようだった。

(オレ、が、……………………本当に………………)

今更になって襲い掛かる感情を無理やり抑え込もうとする。同時に、背後に気配を感じた。

「っ!」

「おや、私を撃っても意味はありませんよ」

​──────そこにはいつものように目を閉じたままのカミサマが立っていた。

「……アンタ…………」

「それでは判定に入らせて頂きます。……あぁ、ちなみにですが先程までの試合は全て。皆様に共有で見て頂いておりましたよ。音声も、貴方が見た映像も全て」

「…………悪趣味だな」

そう言ってラリマーは息を吐く。カミサマはペタペタと血濡れの足のまま、mokuの元へと向かう。そして4本の腕を器用に使い、手首や首元にその手を当てる。脈の確認をしているようにも見えるそれを、ラリマーは1歩引いた所から眺めていた。

そしてある程度調べ終わったのか。カミサマはくるりとこちらを振り返った。

「おめでとうございます、今回の勝者は呪属性 ラリマーさんです」

刹那、mokuの身体がソファーへと​────正しくは影の中へと沈むのが見えた。

「!おい!」

「そういう演出なだけですよ。ただし、現実世界でも死を迎えたことは変わりませんが」

前の手で祈るようなポーズをとり、後方の手で天を仰ぐようにする。

「現実世界ではとそのまま深い深い眠りにつくだけです。一生目覚めることのない、深い深い眠りに」

ね?と微笑むカミサマに嫌悪感を覚える。データだから、人の心も欠如しているのか。それとも最初から存在していないのだろうか。

「武器トレードはご利用されますか?この大鎌を貴方の武器として使用することも可能ですが」

「……いや、結構だ」

ちらりと置かれた大鎌を見、視線を戻す。


「戻る前に、渡しておかないと」とカミサマは言った。

「……何をだよ」

「今の貴方に相応しい、ぴったりなものですよ」

カミサマはその黒い瞳をゆるりと細め、ラリマーを見つめた。

低くうなるような音が聞こえたかと思うと、目の前に入力画面のようなものが表示される。チカチカと点滅を繰り返したそれは、カタカタと音を立てながらその文字を紡いでいく。​───────そして、紡がれた文字を見てラリマーは目を見開く。は、と続かない呼吸をし、その星は電子の文字を映していた。

…………そこに書かれていたのは。




『▼新しい称号を獲得しました』


『【人殺し】』



「事実なのに、何を今さら驚いているんですか?」

そう言ってわざとらしく微笑んだカミサマを見、ラリマーの視界には強いノイズがかかった。地に足は着いているはずなのに、ふわふわとした感覚に陥る。戻されるのだろうか、あの場所に。


視界が黒に染まる直前、ラリマーは何か言おうと口を開く。しかし、直ぐにそれを閉ざした。今さら、自分が何か言うべきでは無いのだ。

そしてゆっくりとラリマーは瞼を閉じたのだった。







​────…幻を見ていただけなのよ。そう考えれたらどれだけ楽になれたのかしら。始めから、本当は違うとなったら。あんな苦しい思いはしなくて済んだのかしら。

でも、そしたらあの出会いも全て無くなってしまうのね。それはとっても嫌ね。


私が作ったを、見ているだけだと思っていたの。こんな嘘つきでしかない私は、醜いだけでしかないと思っていたから。

それでも好きだと言ってくれたのね。でもそれを信じることが出来なかったの。



もう少し、もう少しだけ早く。それに気づけたら良かったのにね。

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