#4 夜更かし注意報-茨姫は夢に踊る-

大切な場所だった。だけどいつしかそこは、自分にとって苦しい場所でしかなくて。

周囲のその距離感すらも、苦しくなってしまった。気を使うのなら、もっと違う方法もあったのではないか。そう思ってもそれは変わらないから。

…………あぁ、また君に会いたいな。こんな我儘わがまま、許されるか分からないけど。




長い睫毛を震わせ、そっとラリマーは目を開く。先程までとは違う、そして見覚えのある造られた光の空間に戻ってきていた。

目の前の大きな電子掲示板にはmoku​────芦屋美船あしやみふねの個人情報が羅列られつしている。現実世界での容姿の写真から、経歴に至るまでの彼女の情報全てが映し出されていた。

「っ………」

先の光景を思い出し、ラリマーは思わず口を強く結ぶ。後から襲い来る感情をこぼさないようにするには、これが精一杯なのだ。

すると、パチパチと軽くよく響く拍手の音が広場に響いた。

音の方を見ればMr.Bon-Bonがニッコリとした貼り付けたような笑みでラリマーに拍手を送っていた。

「Bravo,Monsieurラリマー!この目でしっかり拝見させてもらったよ!」

そしてコツコツと足音を鳴らし、ラリマーの元へ近寄れば光景を思い出すかのように目を伏せ、自身の胸元へと片手を当てる。

「あんなに胸が熱くなったのはムーラン・ルージュでのショーを生で観た時以来だ!」

まるでカーテンコールを終えた役者を労うようにMr.Bon-Bonはラリマーに告げた。「は?」と確かな怪訝の表情を浮かべ、ラリマーは返す。

「んな言われるようなことは何もしてねぇよ。…てか、ショーだとかなんだとかじゃねぇよ。あの試合は」

「それくらい僕も理解しているさ。……ただ、これはそういう“ゲーム”なんだろう?ならそれなりに楽しまないと!」

そしてラリマーの瞳をその無機質な瞳は真っ直ぐ見つめる。

「……君たちと遊ぶのは最後になるんだし」

語尾に若干のノイズ音がかかり、同様にアバターにもノイズがかかる。少し顔をしかめ、直ぐにラリマーはMr.Bon-Bonから目を逸らした。トーナメント制の1vs1の戦い。それは必然的に皆が集うのはあの武器を決める時が最後だったということを今更感じる。​────そして、次の戦いの勝者が自分の2回戦目の対戦相手となることも。


ふいとラリマーが目を逸らした先にはバニヤンが居た。その星と目が合えば、「りまちゃんおかえりー★」とラリマーに向かって告げる。

「もくっちに勝つなんてヤバくない!?まじ震えたわー」

そして少しだけラリマーの元へと歩み寄る。

「……で、どのつら下げて帰ってきたん、人殺し?もくっち返せよクソが」

「っ、……!」

「バニヤンさん…!」

「もくっちよりお前が死ねば良かったのにな」

冷ややかな目がしっかりとラリマーをとらええる。ここに至るまで交流がほとんど無かったラリマーよりも、仲が良かったmokuに生きて欲しかったというバニヤンの気持ちを痛いほどラリマーは理解出来た。

「………」

「なんか言ったらどうなん?」

「バニヤンさん、落ち着いてください…。ラリマーさんも、気になさらないでっ……下さい…」

仲裁ちゅうさいに入ろうとしたリルの声も震えていた。同時期に始めたフレンドの1人が、元相棒に殺されたのだ。その事実を受け入れるだけでも厳しいものはあるだろう。


「あ、あの!」

遠慮えんりょ気味に声を上げたのはミラーハートだ。相棒が亡くなったという現実を未だ受け止めきれていないのか。少し暗い顔で、猫を被った声のまま続けた。

「ラリマーさんを責めるのは違うと思います。殺し合わなきゃいけない状況だったんですよ?…mokuだって、それは納得していたはず…ですから……」

次第に声は弱々しくなる。突然のことが多すぎて、ごちゃごちゃとなる思考回路を整理しながら言葉を続けていたのだろう。ギュッと自身の両手を握り合わせ、時々目を伏せながらもラリマー達を見てミラーハートは意見を述べた。

「……でもどうしたって、オレがアイツを殺した事実は変わらねぇから………悪い、上手く言えねぇけど…………これに“ごめん”は違う気がするから……」

ラリマーは少し視線を泳がせ、そう答えた。「…そう…」と小さくミラーハートは答え、

「…いいよ別に謝らなくても。…私だってアンタと同じようになってたと思う」

ラリマーにしか聞こえないくらいの小さな声で呟き、ふいっとミラーハートは視線を逸らす。

互いが言葉に詰まり、ギスギスとした地獄のような雰囲気になりかけている時だった。


なんて面白い表現を使うね」

クスクスと笑うような声が響く。声の主を見上げれば、カミサマが電子掲示板の上で自身の口元を2つの手で隠すようにしながら笑っていた。その瞳がこちらを見つめていたかまでの判断は出来なかったが、少なくとも今は“僕”なのだろうと薄々感じ取ることは出来た。

「キミも、キミも、キミもキミもキミも。みーんな人殺しになるかもしれないのに?勝って生き残るこのゲームで、人殺しにならずに済むのなんて初戦しょせんで死ぬ奴らくらいじゃないかな」

やはり器用にカミサマは電子掲示板の上に立ち、こちらを見下ろす。血濡ちぬれの足は電子掲示板を赤に染めていた。

「……ま、元からこの中に人殺しが居ないとも限らないのにねぇ。選んだ基準の中に、“現在進行形で犯罪を犯した者”は願いに当てはまらないからはぶいたさ」

「不思議だねぇ。どうして自分のそばにいるのは一般人だと思えるのかな?もしかしたら大犯罪者だったかもしれない、性別や年齢を偽ってるかもしれない。自分を見せないのによくもまぁそこまで信用出来るよねぇ」

そしてMr.Bon-Bon、バニヤン、リル、ミラーハートを順に4本で指さしてカミサマは笑う。

「結局、“他人を犠牲にしても”と思ってる時点で人殺しに変わらないと僕は思うけどね。ま、事実そこにいる奴はさっきヒトを自分の欲の為に殺したけどね!」

たのしげにカミサマはわらう。再度静まり返る空間に、「何も面白くなんて無いわ」という声が響いた。

「…モヒート、」

「この状況を生み出したのはあなたでしょう?なのにそこまで責めようとする意味は何故なぜかしら」

相棒である敢が少し声を掛けるも、-mojito-は腕を組みながらカミサマを見上げていた。橙の光を映さないその瞳は、真っ暗な闇の瞳を見つめていた。

随分ずいぶん食い気味じゃないか、キミにしては珍しく」

「私は私の意見を述べているまでよ。正論を述べることの何が悪いのかしら?…少なくとも、あなたにそれを伝えることは何も悪くないと私は思っているわ」

冷ややかな視線をカミサマに向ける-mojito-とは対照に、ラリマーは何か考え込むように下を向いていた。

「……」

あまりに気に病むな、と訴えるかのように敢は軽くラリマーの肩を叩く。それを一瞬横目で見たtotoririは、改めてカミサマの方へと視線を移した。


「あぁ本当、少しも冗談が通じない奴と話すと嫌気がするな。つっかかって、僕に殺されるかも?とか考えないのか?」

「お生憎様あいにくさま、私もあなたのような冗談でしか話せない人は苦手ですの。……一瞬考えましたが、それはしないでしょう?」

「何故?その確信はどこから来る?」

「殺せるなら、先程武器を引く時のろーゆーさんの態度。あの時が1番可能性が高いでしょう?それでも殺さないで元のハンデを利用した。」

「……だから、殺すことはせずにああやって何らかの制限で苦しませることしか出来ないのでは?と思っただけですわ」

淡々とした言葉のやりとりの後、カミサマからあきれたように息を吐く声が聞こえる。

「始まる前に殺すのはゲームのルールとして好きじゃないから、それだけさ。…もういいだろ、さっさと次を始めよう」

瞬間、視界が暗くなる。体感的にまばたき程度の時間だったが、どうやら全員が強制的にそうさせられたようだった。

次に目を開けば、その場からまた2人消えていた。次の対戦相手の組み分けを察した1部の人は目を見開いた。​─────それを神は愉しげに見下ろしていた。




「………」

一瞬の瞬きではあった。しかし、次に目を開けばそこは先程と大きく異なる空間で。自分が次の対戦なのだと嫌でも感じる。

「……ここ、は」

自分の前には学校用の机。そして自分は窓際まどぎわの1番角ばんすみの席に座っている事を察した。

「夢から覚めた空間は如何いかがですか、天使さん」

「……え、と…」

突如とつじょ脳裏に響いた声にその人物​────リルは戸惑ったように声を絞り出した。

「次……は、俺なんですね」

「えぇ、貴方ですよ。何か御不満ごふまんでも?」

「あっ、い、いえ…そんなことは…」

先程までの空気感を思い出し、リルは口ごもる。いつか自分の順番が来ることは理解している気でいたが、まさか2番目だとは思っていなかった。

「貴方にも武器の説明をしなくては……先に願いについて聞いておきましょう。変更は無いですか?」

「え、あ…はい…」

自分の願い。思い当たるふしがあるのは1つだが…カミサマはそれすらも見透かしているのだろうか、とリルは考える。

「かしこまりました。…サブ武器も、あなたの場合は変更が必要無いでしょう。使用回数は持ってる分のみです。クールタイムは1分、使う度に順に身体機能が停止する箇所かしょがございます」

「メイン武器については先程引いたモーニングスターとなります。今のうちから出しておいても良いですよ」

「え、でも使えるのは一度だけじゃ…」

「それは攻撃回数ですね。出しておく分には常に出して頂いても構いませんよ」

そうですか、と小さく呟く。まさか自分のバトル空間で、教室が選ばれるとは思っていなかった。

とにかくこの場から動こう。そう思いリルが席を立った時だった。

低くうなる音が聞こえる。足元を見れば、夕暮れの中でよく目立つ自身の薄紫の影が存在していた。

「あなたからスタートです。両者に説明は完了致しました、これよりゲーム開始と致しましょう」


「今回の場所も少し面白いですね。……どうぞ、その羽で高みを目指してはいかがでしょうか?」

「それでは、ゲームスタートです」



先程のブザー音が校内に響く。リルにも、相手の属性にも属性把握ぞくせいはあくの能力が無いためかブザー音の後は何も起きなかった。

(……とりあえず、動かないと)

ふと、先程のカミサマの言葉を思い出す。……確か、ラリマーとの戦いの時でカミサマが言っていたのは。

試合を思い返しながら武器を強く願う。すると自分の手元に薄紫色の電子の円が現れた。

一瞬の躊躇ためらいの後、その円へと片手を入れる。シャラシャラと金属の鎖音くさりおんを鳴らし、ゴトンとその宇宙は床へ落ちた。1m程度の持ち手にアバター身長低と同じくらいの長さの鎖の先には硝子がらす越しに宇宙が閉じ込められていた。

少しだけ鎖を取り、教室から移動する。外に映し出されている夕焼け空の高さから、2〜3階くらいに自分は居るのだと感じることは出来た。


(……さっきの試合……みたいなことになるんだろうな)

カンカンと足音を響かせ、リルは考え込む。ラリマー対mokuの試合…自分にあそこまでの試合は出来るのだろうか。

画面越しに見て、個人情報がどのように出るかは理解した。自身の属性の色で書かれたのは自分のこと、対戦相手の属性の色で書かれたのは相手の個人情報に関してのヒントになると。

(俺の属性色は薄紫……それ以外の色が、対戦相手のヒント……)

注意深く周囲を見渡し、少しでもきっかけになるものは無いかと探す。しかし、どれだけ注意深く見てもヒントらしきものは見当たらなかった。

いくら探しても、広がるのはただの人の居ない校内だけで。リルはふと外へと目を向けた。

(……………………)

何を考えていたのかは本人以外には分からない。​────しかし、その表情はまるで別人のようで。


少しの間外の景色を見つめ、リルはまた歩を進めようとする。その時、廊下のすみ……床に限りなく近い場所に光る何かを見つけた気がした。

カッカッと駆け足でその場に近づき、しゃがみこんでその“何か”をよくよく見つめる。

「………『何も、願うな』………?」

夕焼けの橙のせいか、黄緑色に光るそのネオンの文字を小さく読み上げる。黄緑…確か、画属性の色だったろうか。新しく追加されたばかりの属性だが、そうすると対戦相手候補として絞れるのは1人になる。

(でも……まだこれだけじゃ分からない…)

“個人情報のヒント”と言う割には先程までとは異なっている。何も願うな、というのがヒント?

リルは考え込むようにそれを見つめていたが、ヒントは複数あったことを思い出し、その場を後にした。



少し進み、階段前に辿たどり着く。上に繋がる階段は“立ち入り禁止”と閉鎖され、下に続く階段の壁に新たな文字をみつけた。

「……これ…」

そこには日誌のような大きな図が描かれ、『今日の予定』と書かれた項目にのみ『あの子と一緒に』と書かれ、後は塗りつぶされていた。

(やっぱり黄緑っぽくも見えるけど……)

色の判断が少し難しい。光っていることもあってか、緑のようにも黄緑のようにも見えてしまった。

(下への階段の方にだけこれが書いてる……ってことは、)

この判断が正しいのかは未だ分からない。リルは自身の直感を信じ、下へと降りていった。


1階分降りると、未だ下へと続く階段があることから最初は3階にいたのだと察することが出来た。2階も探索たんさくしようと思い、降りてすぐの教室へと足を進める。しかし、その教室の扉には『一緒じゃない場所』と書かれており、開くことは出来なかった。

隣の教室も同じように『違う場所』と書かれ、開くことは出来なかった。

(関係ない場所は開かないようになってるのかな…)

ならば順に潰すのは安定しているだろうが…細かくやっていればいつ相手に自身の個人情報を見つけられるかも分からない。一度軽く1階も見てくるべきだろうか……そう考え、来た道を戻ろうとした時であった。

バンッと窓に何かが叩きつけられるような音が響き、思わず「わっ!」とリルは声を上げる。恐る恐る音の方向を見れば、窓に薄紫色の文字が書かれていた。先程まで、これは確かに無かった存在なのに。

書かれている文字をゆっくりと読む。

『演じるのは、疲れない?でもそれすらも自分だよ。その1面も含めて、全部自分だよ』

「………」

じっとそれを見つめ、キュッとリルは口を真一文字まいちもんじに結ぶ。それから逃げるように少し駆け足でリルは階段へと向かった。



(ここで1階だけど……誰にもまだ会えないな……)

体感だがそれなりに始まってから時間は経過しているはずだ。しかし、それでも未だ対戦相手に会えずにいた。入る事すら出来ない教室もあるものの、体育館やそれ以外の教室があることを考えれば、調べる箇所は多かったのだと改めて実感することが出来た。

見逃した箇所がいくつかあっただろうか…そう考えながら1階廊下へ出た時だった。

「………え、」

廊下には等間隔とうかんかくで線が光っており、それはまるで横断歩道のようだった。そしてその線に重なるように『どうして止まらなかったの』と書かれていた。

(……もしかして、個人情報に近づいている……?)

初戦のラリマーとmokuの試合の時も個人情報の近くはベッタリと灰色の絵の具のように大きな目印があった。それが全てに共通しているとは言えないが、可能性として高まっているのではないだろうか?とリルは感じた。

念の為、線の無い場所を歩くようにしながら周囲を注意深く見る。チラリと視界の端に『あの子、どんな子だった?』と書かれた文字が見えた気がした。しかし、もう一度確認しようと下がって見るもその文字を見つけることは出来なかった。

カッ、カッ、とリズム良く足音を鳴らし、リルはとある教室の前で立ち止まった。今までの入れない教室には扉に何らかの文字が書かれていたが、そこには文字が書かれていなかった。しかし、向かいの壁には『また会いたい』という文字が書かれていた。


ガラリとその教室を開ければ、ひやりとした空気を感じる。無意識的にけた引き戸を閉め、カツ、カツとリルの足音だけがその教室に響く。入った瞬間に、「あれが個人情報だ」と感じる物があった。“それ”に向かってゆっくりと歩を進める。“それ”がある周囲の机は、円を作るように退けられており、まるで一定の距離を保っているようであった。

(これ、が………)

床には『大切に決まってる、あの子も、これも』と書かれていた。キュッと口を結び、“それ”に対して手を伸ばそうとした時だった。

ガラリと勢い良く扉が開けられる音が響き、思わずリルはそちらに武器を構えて振り返る。​───────そこに居たのは、


「…………リルししょー………?」


少し驚いたように目を見開く、みくるんであった。




リルとみくるんが出会うより少し前の広場。居ない2人を察して数人が驚きの反応を示していた。

そして、先程の試合同様「対戦相手の準備が整いました」というカミサマの声が響いた。


「1回戦2試合目。草属性 みくるん対夢属性 リルの試合となります」


「なんで…」と小さく呟くキングの声がする。バニヤンは悲痛な叫び声をあげていた。

その一方でラリマーは目を見開き、電子掲示板の画面をじっと見つめていた。

隣に居たtotoririがまたチラリとラリマーの方を見る。ラリマーは何かを呟こうと口を開き、ギュッと閉ざした。手が白くなりそうな程に自身のを握り、ラリマーは言葉を繋ぐことを止めた。

(オレが、あの2人に何かを言える訳がねぇんだから…)

ゆっくりと、そして深く深呼吸をして改めてラリマーは画面を見つめた。




リルししょー、と呟いたみくるんに対し、「みくるんちゃん…?」とリルは呟いた。

何故、先程までの色はやはり夕日で違う色に見えたのか。-mojito-が対戦相手の可能性も考えていたため、リルは少しの動揺をあらわにした。

「リルししょーだったんだね、ウチの対戦相手…」

自身の個人情報が見つけられたにも関わらず、みくるんは大きな拒絶反応等を示さなかった。どちらかと言えば、“あまり見られたくなかったのを見られた”という反応に近かい。

「みくるんちゃんだと思ってなかったんです…てっきりmojitoさんかと……」

「あー…まぁ、黄緑にも見えるもんね!廊下のやつ」

会話を交えつつも、互いが一定の距離を保つ。リルの背後方面にはみくるんの個人情報。距離としても、鬼の役の有無としても。リルの方が有利に見える。……しかし、1番厄介なのは。

「っ、ごめん!ししょー!」

「!」

その謝罪と同時に、みくるんの足元にサブ武器である茨が現れ、それはリルへと向かって来る。反射的に1歩後ろへ勢いよく下がる。

(、違う、この音…!)

リル自身の右足が着くと同時に窓際へともう片足を踏み出す。軸足じくあしを固定したまま、ぐるりと回れば先程まで立って居た場所の背後に茨が床を突き破って現れる。

(どこかのタイミングで茨が床下に潜ったんだ…!だから、音が背後から…!)

個人情報を守るかのように茨はその場に存在する。目線だけで出処でどころを確認すればみくるんの足元から伸び、一部が床へともぐっていた。

みくるんも願ったのだろう。緑色の小さなサークルが2つ現れ、それが一定の間隔かんかくで離れると同時にメイン武器である薙刀なぎなたが構成されていく。みくるん自身の背丈よりも長いその武器が完全に現れた時、それを握り締めて戦闘の構えに入る。

モーニングスターと薙刀。どちらも場所にある程度の広さを要する物である。加えてこの場所は障害物となる机が多い。投げる武器、という点から考えればそれでもまだリルが有利だ。

しかし、みくるんの茨もかなり厄介ではある。捕縛ほばくわななどに使用することは理解出来るが、地面に潜ることが出来るとなるとかなり行動が予想しにくい。

mokuの触手のように好き勝手生やすことは出来ないのが欠点なくらいで、しかしその棘だらけの茨に捕まれば触手のでは無いのは容易ようい理解りかい出来る。


(どうしよう……)

リルも再度武器を構え直す。カチャリ、とサブ武器であるドーピング薬が軽くぶつかり合う音がする。

手持ちのドーピング薬は2本。まだ急いで使う必要も無い。……問題は、あの茨をどう攻略するか。

サブ武器使用のダメージにみくるんも少し顔をゆがめる。締め付けるその足の茨の痛みをえるようにしっかりとリルを見つめていた。

場所は机が多い教室。ここを離れようにも片方の扉付近にはみくるんがおり、個人情報があるこの場所を茨だらけにされてしまえば二度と戻って来ることの出来ない可能性もある。

改めて、“戦っている”という空気を肌で感じる。

本気の戦い。自分と相手の命がかかった戦い。ゲームでありながら、ゲームだからの一言では済まされないこの空気感。​───────これは、今までのShadow taGでは決して味わえない感覚で。

ぞわり、と自分の中で何かが騒ぐのをリルは感じる。平静へいせいよそおいつつ、その気持ちのたかぶりをおさえた。

「そうだよね、ウチのヒント…あんなにでっかく書かれてたらそりゃ気づくよね」

「そう、ですね…」

1歩進んで、1歩退く。ジリジリと一定の距離を保ちつつ打開策だかいさくを考える。この状況を打破だはする為の、何かを考えなくては。

(……やっぱり、“これ”を使うしか…)

サブ武器へと手を伸ばし、一瞬いっしゅん躊躇ちゅうちょする。……しかし、躊躇ためらってるひまなんて1秒たりとも無いのだ。



(…どうして、リルししょーと…)

これまでの交流をみくるんは思い返す。師弟関係とも呼べるほどの交流があった2人は、共に新イベントステージの攻略を行ったり、ゲームが苦手なみくるんをリルがサポートすることもあった。師弟関係ではあったが、それは決して厳しいものではなかった。

雑念ざつねんはらうようにみくるんはかぶりを振る。そして改めてリルを見つめ直そうとした時だった。

(……?)

それは、本当に一瞬の出来事だった。ほんの少しだけ視界が暗転した。立ちくらみではない。どちらかと言えば、少しうとうとしてしまった時のような。…だが、その暗転がだとしたら?

「っ!ごめ、…!」

みくるんの視界が暗転すると同時にリルがみくるんの個人情報であると思われる物が置かれている机へと駆け出す。先程までとは逆の、椅子が無い前方側ぜんぽうがわへと。

みくるんの視界の暗転はリルの属性の効果であった。“眠り”と呼ばれるその効果は、本来のゲームであれば相手プレイヤーへの妨害ぼうがいが目的であった。使用後、相手には一瞬の暗転がおとずれるが、自分自身も一時的に視界が暗くなる。実際リルも現在進行形で視界は暗くなっていたが、夕日が強いこの教室ではある意味いみ好都合こうつごうだった。

咄嗟とっさにみくるんも誰かへの謝罪の言葉を向けつつ、リルが居た方へと茨を伸ばして進路をふさごうとする。しかし、元々リル自身の運動神経が高かったこともアバターに反映されているのだろう。みくるんの茨はリルのストラのような半透明の薄生地うすきじかすめるだけで、その姿をらえることは出来なかった。

先程よりも少し枯れた茨と自身の痛む足を堪えつつ、最初に出した茨で何とかその個人情報を守ろうとする。

(…!でも、…!)

しかし、師としたい交流していたのが今更いまさら裏目うらめとなって出たか。ある程度のみくるんの行動パターンは予想出来ていた。机の真正面に来、茨がこちらへと真っ直ぐ伸びたのを確認するも勢いのままに“それ”の花弁かべんへと手を伸ばす。机に乗せられた、その白い白い花へと。その指すら絡め取ろうとする茨の先端とリルの指が花弁へ触れたのはほぼ同じタイミングであった。

花瓶の向こうに見えたみくるんは、茨で少し隠れてしまったが​──────…どこか、諦めたような表情をしているようにも見えた。しかし、それはすぐに茨の棘で見えなくなってしまう。刹那せつな、リルの中に大量の情報が流れ込んで来る。



最初の記憶には2つ結びの少女がこちらを見つめていた。優しく笑う様子から、かなり親しい友人であることを察する。

何処どこかに行く約束をした。それは近所のバラ園で、何度かそこを訪れた記憶が残っている。

次に視界が切り替わる時。トラックが自分に迫っていた。信号は確かに青で、横断歩道を渡っていただけだったのに。信号無視をしたそれは勢い良く自分へと迫るが、それよりも早くに自分に衝撃しょうげきが走る。直後ちょくご嫌な音が響き、その正体を察する。赤い薔薇ばらの花弁が舞うように、敷き詰められた赤い血肉の花弁は花吹雪はなふぶきを作るように。それは、あれは、​───────親友、は。

何度命を絶とうとしただろう。記憶の中に何度かその光景が見える。父や母のような人物、カウンセラーのような先生から説得される。「かばって救ってもらった命を、大切にしなくてどうするの」と。

それ以来、何かを振り切るように明るく取りつくろった。親友としていたゲームの時とは違う、明るく元気な自分。……でも、自分の空いた心のはいつまでも満たされなかった。



ハッとリルは意識を戻す。花弁に触れた指には茨が絡みつき、それをせいそうとしていたのが一目で分かる。しかし、鎖のような音が響くと同時にみくるんのメイン武器に鎖と鍵が付けられるのが見えた。

「……見られちゃったかぁ」

自身のメイン武器を見ながら、みくるんは諦めたように笑った。激しく動揺どうようする訳でも泣き叫ぶ訳でも無く。「そっかぁ」と言うかのように笑っていた。

「みくるんちゃんも、変わってたんだね」

「…うん、ウチの静かな時は忘れてるかもって思ったんだけどなぁ」

やっぱリルししょーにはかなわないや!と言い、みくるんは笑う。その笑顔は先程さきほど個人情報の中で見かけた親友の女の子に酷く似ていて。明るさを取り繕ってい合わせたようなその笑顔は、を思い返すようで。

「……」

リルは改めて自身のメイン武器を見、そして次にみくるんを見る。このままメイン武器でキルしてしまうことも出来る。

……しかし、サブ武器で防がれてしまえばそれは途端とたんに意味を無くす。

再度さいど思考回路を巡らせ、最善さいぜん模索もさくする。

(茨を出せないような、動揺を与えればどうにか…)

「あの映像の中の人は…大切な方でしたか?」

「そだね、ウチの大切な……大事な、親友」

死んだ後の自殺をしようとしていた光景を思い出し、それを問い詰めるのは野暮やぼだと口をつぐむ。次に続く言葉を探しているリルに気を使ったのか。みくるんは言葉を続けた。


「大切な人を作って、亡くすのって想像よりキツいんよ。リルししょー」

「マジで辛かったから、出来るだけそういう人はもう作りたく無かったんだけどなぁ…」


独り言のようにポツリと呟き、みくるんは静かに目を伏せた。そして「でも、不思議なんだよね」と告げる。


「大切な人はもう作らないようにしようとしてたのに。」

「​───────ラリマーのことは、自然に大切だなぁって思っちゃったんだ」


でもこれ、リルししょーに言うことじゃないよねとみくるんは続ける。リルも口を開き、言葉を続けようとしてそれを止める。言いたい言葉はあるが、それを言うのは自分では無いのが分かっていたから。代わりの言葉を続けようにもそれはただの呼吸となるだけだった。

「ごめんね、最後にししょー困らせちゃって」

「そんな…!最後だなんて、その…」

まるで自分が死ぬのを確信しているように語るみくるんの予想外の反応に、リルは戸惑とまどう。何かの罠か、本心なのか。あらがすべを持っているにも関わらず何故彼女はそんなに安堵あんどした笑みを浮かべたのか。理解が追いつかないでいた。

「……ウチ、リルししょーが死ななくて済むの。安心してるからね」

「……え、」

「もう、誰も死んで欲しくないから。───大切な人が亡くなるのもキツいけど、周りの人が亡くなるのも嫌だから」


(……あぁ、多分。本心なんだな)

リルは何となくそう感じた。同時に、このゲームの残酷ざんこくさを改めて痛感つうかんする。

自分が嫌になった人、怖い人、嘘つきな人、優しすぎる人、大切な人。全て全て、等しく亡くなる可能性があるこのゲームに。自分達は唯一の願いをたくしているのだ。他人の命を犠牲にしてでも。


「​─────…」

そっと目を閉じ、リルは考え込む。

(……どうか、これがみくるんちゃんにとっての救いになりますように)



「じゃあ、…うん、バイバイになるのかな。リルししょーとも」

「……ごめんなさい」

「謝らないでよ、ししょー。良かったって思ってるのは本心だよ」

みくるんの足元から伸び、絡みついていた茨が離れていく。やはり痛みはあるものの、血が流れることは無かった。

モーニングスターを握り直し、改めてみくるんと向き合う。長さがある分、当たるまでに時間がかかるこの武器は………“あの人”に教えて貰った武器だ。

目の前に『プレイヤー・みくるんをキルしますか?』と表示が現れる。『はい』を選択し、目を閉じるみくるんへと勢いよくそれを目掛めがけて投げる。それと同時に、リルは持ち手の下方を握っていた手を少し離してサブ武器を取り出す。それを自身へと刺し、液が流れ込むと同じタイミングでその硝子がらすの宇宙はみくるんへと届いた。少量の緑色の血のようなエフェクトが打撃を受けた部分に現れる。

「っ…………………!!!!!」

言い表すことすら出来ない痛みがみくるんを襲う。先程の試合と違う点は、確実にメイン武器で攻撃を受けたにも関わらず直ぐに意識を手放すことは出来ないという点で。

激痛に耐えきれず、思わずみくるんは座り込む。攻撃を受けた左側の頭を強く抑え、あらくなる呼吸とかすむ視界で全てが歪んで見えた。


「​───────『  』」

「、え…」


呼ばれた自分の本名に反射的に顔を上げる。……そこに居たのは。

夕焼けの中、微笑ほほえむ亡き親友の姿だった。


「なん、で…」

夕景ゆうけいの中、ノイズのかかった久方ひさかたぶりに見る親友の姿にみくるんは疑問を投げかける。ふわりと微笑みと共に現れた薄紫色の天使の羽が、雲のように馴染なじんでいるその片翼かたよくが。リルが見せている“夢”なのだと察する事が出来る。せめて彼女の救いになるように、と記憶の情報を頼りに映し出したその親友の姿は霞む視界でもハッキリとみくるんに見えていた。

「………はは、」

(やっぱり優しいなぁ……ししょーは)

その夢へと手を伸ばす。もう現実では届かない存在になっている事は充分すぎる程に、痛い程に理解していた。───だからこそ、手を伸ばした。

「……………ま、…………………て、て………………」

涙と白む意識の中、みくるんは呟いた。


(いっぱい、話したいことがあるの)

(色んなことがあったんだよ)

(今まで話せなかった分、いっぱいいっぱい話させてね)

(一緒に居れなかった分の時間、これから、一緒に)


待たせてごめん。1人にしてごめん。でも、これからいっぱい色んな話がしたいから。


(…今から、そっちに行くからね)


最期に会えて良かった。そう感じながらみくるんはその夢へと​───────意識を手放した。




「……………」

倒れ込むみくるんを支えるように茨は動き、そして全てが急激に枯れ果てる。両耳が機能停止してしまったリルに最期の声が届くことは無かったが、表情から何となくを察することは出来た。キュッと口を結び、みくるんを見つめていればトントンと軽く肩を叩かれた。驚いて振り向けば、カミサマがその場に立っていた。

「!?、あ、…」

「両耳が機能停止している分、余計驚かせてしまいましたね。これより判定に入らせていただきます」

声が一切届いていないことを理解していながらも、カミサマは淡々と告げる。先程の試合のようにペタペタと血濡れの足のまま、みくるんの元へと向かう。夕日の赤が、その血をより色濃いろこ目立めだたせた。

器用にその腕を動かし、カミサマは脈を確認する。そしてくるりとリルの方へと向くと、パチンと指を鳴らした。聴覚が戻ると同時にみくるんの身体は影の中へと沈んでいった。

「、あ……あれ…?」

「せっかくの祝いが聞こえないのは残念ですので。──おめでとうございます、今回の勝者は夢属性 リルさんです」

にこり、と貼り付けたような笑みのカミサマに対し複雑な表情でリルは返す。目の前には『人殺し』の称号が獲得されたと表示されていた。

「武器トレードはご利用されますか?」

「い、いえ……大丈夫です……」

「かしこまりました。それでは戻りましょう」

そう言って教室の外をのぞこうとするカミサマに「あの!」とリルは声をかける。


「はい、何でしょう?」

「……えっと、その……」

このゲームについての色々を問いただしたいのに、上手く言葉が続かない。それはカミサマの独特の雰囲気に呑まれそうだからなのか、口にすることを躊躇ためらっているからかなのは分からない。

口ごもるリルに対し、「あぁ」と呟いてカミサマはリルの元へと近づく。そして少ししか背丈の変わらないリルをその黒い闇は見つめた。


「まだ、つまらないだろう?」

「………え」


予想外の返しに、リルは言葉を失う。カミサマはニッコリとその黒い口で笑い、言葉を続けた。

「足りないよね、キミのそれには。大丈夫、僕はキミの全てを知っているよ。隠しても意味は無いよ」

「ちなみにあの子はキミの個人情報のヒントを他にも見つけていたよ。キミは見落としていたんだね、分かってもなおあの対応が出来たんだよ」

「優しいね、優しい子だね。キミの周りには、そんな子達であふれているね」

矢継やつばやに語りかければ、カミサマは最後に「このステージは楽しめましたか?」と問う。

「そんな訳…!」

「………隠している子達は、秘密が多い子達は大変だねぇ」

ケラケラと嘲笑ちょうしょうするように声をあげれば、リルの視界に強くノイズがかかる。ふわふわと夢心地ゆめごこちのような足元と、黒くなる視界の中でリルはカミサマの言葉を頭で何度も繰り返していた。





「​───────…」

その一方で、映像をじっと見つめていたラリマーは強く口を結んでいた。先程の試合の全てを、彼は見逃みのがすまいとばかりに見つめていた。みくるんの気持ちも、自身の次の対戦相手がリルとなったのもしっかりと見届けていた。

左手を強く握りしめ、右手で自身のヘアバンドを握りしめる。……目元を隠していないと、溢れ出る感情を隠しきれなくなってしまうから。

「………」

隣に居たtotoririが少しだけ距離を詰める。体温ではなく、温もりが感じるかどうかくらいの距離を保ったままラリマーのかたわらにそっと寄り添う。その優しさが、痛い程に伝わった。2人の関係性に気づきながらも、今までtotoririが深く干渉かんしょうすることは無かった。適度な距離感を保ちながら交流していたからこその、totoririなりの優しさであった。

(………………ごめん)

するりと出てきたその謝罪を、胸に秘める。自分がこの言葉を言う意味も、気持ちを伝えることすらも……何もかも、許されないのだから。

今はただ、ぐちゃぐちゃに絡まった自分自身の心境を整えることしか出来なかった。





何よりも、大切だった。

だからこそ消えた時の喪失感そうしつかんは想像以上で。

あの子の“夢”は、結局けっきょく夢幻ゆめまぼろしでしかなくて。それは完全な救いとなるはずはなくて。

死して彼女と同じとこに行くことが救いとなるのなら、それは確かに“救済”であって。

───心残りを挙げるとするなら、“彼”ともっと沢山話したかった。もう一度、名前を呼んで欲しかった。

今となっては、全てただの夢物語でしかないのに。


茨姫が、眠る前に見た景色は………現実でありながらも確かに“夢”でしか無かった。


後悔しない、選択を。今となっては全て遅すぎる話でしかないが。

どうか、どうか。皆に幸多からんことを。

………このゲームでそれを望むことは、間違っているのだろうけど。

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