#5 君へ-地獄でまた会いましょう-

どれだけの想いを抱えても、君に打ち明けることが出来なくて。

憧れだった、素敵だと思った。​───────好きだと、思った。

いつわって、嘘ついて。自分の気持ちなんて理解出来てるはずなのに。

あぁ、君へ。伝えそびれたこの気持ちはどこで話せばいいですか?



メインストリートの電子掲示板に、また個人情報が映される。

みくるん​─────東條とうじょう来未くみの個人情報をぼんやりと見つめる者、一切の興味を示さない者、落ち着かない様子の者。反応こそそれぞれであったが先程と変わらない地獄の雰囲気であることは皆が感じ取っていた。

その場にカッカッと金属のような足音が響く。音の方を見れば少し暗い表情をしたリルが、ゲーム内であれば設定画面のある方角のラボ方向から歩いてきていた。

「っ、………」

戻ってきたリルにバニヤンは声を掛けようか迷い、口をつぐむ。1試合目のラリマー対moku戦とは圧倒的に違う戦いであり、画面越しに見ている観戦側としては心苦しい試合であることに変わらなかった。

「………」

黙ってリルを見つめるバニヤンをコモモは心配そうに見つめる。彼女も優しさ故、この雰囲気下において相棒に声を掛けることが出来ないでいた。

「……あ」

「………」

ふと視線を前に戻せば、その星と目が合う。何故か少し乱れているヘアバンドの位置を少し調整し、ラリマーは改めてリルと向き合った。

「えと、……その」

アバター身長設定ではあるが、現実世界の値に置き換えれば約30cm前後の身長差があるラリマーをリルは見上げる。何度か言葉を紡ごうとし、口ごもる。今の今まで“元相棒”とはいえ、避けられ続けていた人物なのだ。言葉が上手く繋がらない。

その様子をラリマーはじっと見つめていた。

「〜〜、ごめ…!」

「​─────謝るな」

空気に耐えきれず、思わず謝罪の言葉を口にしようとしたリルに被せるように言葉を吐き出す。ラリマーが彼女に対して抱えていた感情は、恐らく察されていたのだろう。それについて言及することなく淡々と言葉を続けた。

「さっき、オレもそうだったけど…アンタがオレに謝る必要なんて無い。確かにやった事は………アレだけど、状況が状況だ」

そして小さく息を吐き、改めてラリマーはリルと向き合う。そのライラック色の柔らかな紫の瞳と鮮やかな青緑色の瞳の視線が交じる。

「……次の試合。そん時に、後で色々言っておきたいことがあるから」

「えっ……」

そう小さく呟き、ラリマーは視線を逸らした。その状況を1番近くで見ていたtotoririがリルへと視線を向けた時だった。


「同じでも、こうもヒトによって態度は変わるのですね」

それはラリマーと同じように淡々とした口調であったが、機械的な音声で。先程のように電子掲示板上からこちらを見下ろすカミサマの姿があった。しかし、楽しげではなくどこか興味深そうに告げたその瞳は閉じたままだった。

「何故でしょう。した事は同じ“人殺し”にも関わらず、ラリマーさんがした時とリルさんがした時では大きく反応が異なりますね」

「何故?おこなったことは同じ。一撃でキルしたか、しばらく苦しみながらも死にぎわに良い光景を見れたかの違い。それでも事実としてはどちらも殺したのに、何故?」

何故何故とカミサマは自分自身に問いかけるように呟く。その姿はまるで人の思考回路を理解しようとしているようで。少しの沈黙の後、「​──────こちらは後で処理することにしましょう」と誰に向けてでも無い独り言を呟いた。

「それでは、気を取り直して。2回戦目の組み合わせが1つ、先程決まりました。これにより2回戦目の第1試合は呪属性 ラリマーさん対夢属性 リルさんとなります」

「第3試合、第4試合の勝者がそのまま2回戦目の第2試合の対戦組み合わせとなりますね」

4本の腕を器用に動かしながら指折り説明する。最中、チラリとリルはラリマーへと視線を向けたがその目はこちらに向くことは無かった。


「……では、質問等も無いようですしそのまま3試合目へと移行しましょう。次回以降は、どんな試合となるでしょうね」

そしてまた強制的にまばたきのような暗転が襲う。次に周囲を見渡し、ある人物は大きく目を見開き、ある人物は「なんで」と小さく呟いた。

「……………」

先程とは違い、目を開くこともわらうこともしないカミサマを-mojito-はじっと見つめていた。






「​───────ん…」

ゆっくりと目を開けば、そこはどこかの建物の中で。しかし今までとは違い、かなり広い空間であることが分かった。恐らくここは、どこかの会場だろう。目の前には低いテーブルがあり、自分はソファーのような椅子に座り込んでいるのが分かった。

「ここ………」と小さく呟けば、頭にあの機械の音声が響いた。


「運命の口付けが無くても、目覚める事は出来ましたね。お姫様」

「………えっ、と……」


どちらとして対応を取るべきなのか彼女​───────ミラーハートは悩みながらぼんやりとした返事を返した。

「隠さなくてもいいですよ。私は貴女の全てを知っていますので」

「………あぁ、そう」

どこか警戒した素の口調でミラーハートは返す。キョロキョロと周囲を見渡せば、ここはホールのような場所だと気づいた。

「先程、メイン武器を引いた時の反応として…残念がっていたのですか?」

カミサマはミラーハートに問いかける。「そうだな」と小さく呟きミラーハートは足を組む。

「まぁ、今までのドブガチャに比べたら全然良いけど…長く使ってるからこそ、分かるもんもあるだろ」

答えながらこれからの戦いについて考える。マイクスタンドを最初から出すのは移動の面で考えても圧倒的に不利。加えて接近戦を求められるこの武器では、サブ武器として使用する鏡と合わせてもかなりの近接戦が想定される。相手が遠距離攻撃のメイン武器の場合、どこまでこれで対応しきれるか。

(場所についても、少し下調べが足りないな…)

自身の記憶にも重なるこの空間は、覚えがあるようで記憶とは少し異なる。少なくとも、記憶の中では柱に真っ黒なビラが所々に貼られていた記憶など一切無い。

「……恐らく、願いの変更も無さそうですね。あなたのその願いは、そう簡単に揺るぐものでは無いでしょう?」

「………そう、だな…」

なるほど、とどこか納得するように呟くカミサマの声をぼんやりとミラーハートは聞く。そして、「それでは軽くサブ武器についてもご説明しておきましょう」と話を切り替えられる。

「サブ武器は2枚の鏡となります。こちらは常に宙に浮き、1枚につき3回まで物理攻撃以外を防ぐことが出来ます」

「……物理攻撃、は……そっか、メイン武器の攻撃は防げないってことか」

「そうですわね。それが出来てしまえば、ある意味でのチートになりますわ」

「まぁ、それもそうだな……」

言葉を返すと同時に黄色のノイズが2つ宙に現れ、サブ武器となる鏡が姿を見せる。鏡越しに見る“ミラーハート”はじっとこちらを見つめていた。

「但し、サブ武器の使用後には制限があります。3回使用後、その鏡は使用不可となりあなたの胸に激痛が走ります」

「……まぁ、合計6回………それまでに、ケリをつけるしか…」

小さく呟けば「他にご質問は?」とカミサマは問う。「特にない」と返せば了解の返事が返ってきた。

両者りょうしゃ共に説明は完了致しました、試合開始の合図と共にスタートとなります」

同時に低くうなる音が足元から聞こえる。見ればミラーハートの足元は黄色く光り輝いていた。

「今回はあなたからスタートです。その輝きを失いたくないのなら、その手を汚してでも守り抜いてください」

「それでは、ゲームスタートです」



ブザー音が周囲に響く。こういった会場であることもあってか、それは先程よりもよく響き渡っていた。

(………とりあえず、動くか)

ゆるりと組んでいた足を解き、ミラーハートは立ち上がる。足元を照らすそれは、まるでスポットライトを浴びた時にもよく似ていて。アイドルのような活動をShadow taG内で行っていたミラーハートによく似合っていた。

(大丈夫……大丈夫。さっきまでの試合の展開を思い出しながらやればいい。落ち着いて把握すれば……)

コツコツとしたヒール音が響く。注意深く周囲を見渡しながら最初に向かったのは1番近くにあった真っ黒なビラだ。会場の柱に幾つか貼り付けられているそれは、遠くから見るだけではただの黒い紙にしか見えなかった。

「………?」

腕を組んだまま、そのビラをまじまじと見つめる。するとゆっくりと水色の光が現れ、不規則ふきそくに文字を映し出して文章を作っていく。

『異常発生、異常発生!WARNING WARNING。お願い、至急来て』

(異常発生………)

空色の文字​───────つまりそれは対戦相手を示す色であって。空色と言われてすぐに脳裏に浮かぶのは親しくしていたプレイヤー・totoririの姿だ。始めたばかりの頃に世話になり、先輩と慕い今でも交流がある彼との戦いとなれば色んな面から見て厄介だ。

だが、言葉のイメージから忘れがちではあるが毒属性も属性色はシアン……空色に近い色をしている。シアンと毒。この言葉の連想から一時期Shadow taGは少し炎上していた。今でもそれについて騒いでいる人はいるものの、以前程では無くなった。

(totoririさんか、キングか………)

しかし水属性の属性色となる青色がどの程度の明るさで表記されるかも分からない。主に警戒すべきはその青系統組なのだろう。

(とりあえず違うビラも見るか…)

そう考え、くるりと振り返ろうとした時だった。ふわりと1枚の白い羽が目の前に落ちてくる。ふわふわと落ちるそれに無意識に手を伸ばす。しかし、それは手が触れると同時にどろりとした赤黒い液体へと変化した。

「ひっ………!」

ミラーハートはその光景に思わず手を引く。幸いにも手はよごれていないが、バクバクと心臓は鳴り響いていた。

(ホラー展開なら先に言えよ……!!無理だって言ってんじゃん……!!!)

確かに先程のリル対みくるんの試合でも窓にいきなり文字が現れる等のそういった表現もあった。しかし、いざ1人となってこういった体験をする可能性があるとすると話は大分変わる。

赤黒い液体はノイズへと変わり消える。落ち着かない感情を抑えるように手をり合わせながらミラーハートは少しの駆け足で他のビラを確認しに行くのだった。



(いくつか確認出来たが……それでも分からないな……)

見える分のビラをほとんど確認し終わり、ミラーハートは考え込む。全てに文字があった訳ではなかったが、確認したビラの内容は全て絵本のような語りで書かれていた。

1つ目は『とある国のおはなしです。それはとてもしあわせでした』。2つ目は『ありがとう、ありがとうとよろこびました。でも、それでもほしいのは』。

そして、ここにある3つ目は。

「………読めねぇよ…」

文字化けが酷いそのビラは、一切の解読が出来なかった。ぐしゃぐしゃとクレヨンのような何かで隠された部分や、赤黒い血痕けっこんのような跡を見ているとだんだんと気が滅入めいっていく。

(多分これが見えるビラの最後……)

相手がどこにいるかもよく分からない。……しかし、ミラーハートは徐々にこの空間が何かを思い出していた。


無言のまま、コツコツととある場所へと歩を進める。そして辿たどり着いたのは​───────ある扉の前。持ち手部分に手をかければ、目の前に黄色いネオン文字が現れる。

『毒の王冠は着け心地が良かったけど、私は王子じゃなくて、』

「………」

一瞬だけ手を止め、それでも扉を開く。そこに広がるのはステージと客席で。

ライブをするようなステージではなく、クラシック音楽のような。1人の歌手がその場の光を独り占め出来るようなそのステージは確かに見覚えのある場所で。

ゆっくりとステージへと向かって行く。周囲を見渡すのを忘れずに、それでいて苦虫にがむしつぶしたような表情で奥歯をめながら。

視界のはしにキラリと光る黄色い文字を見かける。​─────それは、その言葉は。

『あんたの歌なんて、あんたなんて空っぽじゃない』

「〜っ…!」

見覚えのある光景に懐かしむ反面、その言葉は確かに傷をえぐって。目をらし、いそぐようにその場から離れる。

(違う、違う…!私は、絶対みたいにならない。あの女を越えなきゃ、だって…!)

その速度をたもったまま、ステージ前へと辿り着く。少し高さがあるそれを、息を切らしながら見つめる。キョロキョロと見渡せばステージへ上がるためと思われる階段があった。踏板ふみいた部分がキラキラと星のように光る黄色いガラスのようで。恐る恐るそちらへと向かい、踏板に足を乗せる。少し体重をかけても消えないことを確認し、ミラーハートはステージ上へと向かう。黄色く輝くその足元の影と、踏板のきらめきはまるでのぼる彼女をいろどる為に存在しているようで。


ステージへと上がれば、そこは薄暗く。そして見覚えのあるその場所は確かにで。

ゆっくりと中央へと向かう。そこに立てば、パッと不意にスポットライトがミラーハートを照らす。

「っ!?」

勢いよく周囲を見渡すがそこに人は居ない。ほっと息を吐き、改めて足元を見つめる。そこには大きく黄色いネオン文字が光り輝いていた。

『本当に、なりたくないの?』

「………………たり前だ………」

ポツリと小さく呟けば、キィと扉が開かれる音が響く。

勢いのままに再度顔を上げ、その音の主を確認する。そしてミラーハートはキッとそちらを見つめた。

「​───────私の相手は、アンタなんだね」




ステージへとミラーハートが移動する前、メインストリートの電子掲示板前には次の対戦相手となる人物が映し出されていた。


「1回戦3試合目。光属性 ミラーハート対毒属性 キングの試合となります」


「対戦相手の準備が整いました」というカミサマの声と共に映されたその映像に目を見開く者は多かった。1試合目のmoku、2試合目のみくるん。……そして3試合目のミラーハート。バニヤンを含めて交流があったその4人のうち、3人が連続して選ばれている。その意図は神のみしか分からないだろうが、心配そうな表情のままコモモはバニヤンを見つめていた。


「………」

「…?どうした?」

じっと黙って画面を見つめるろーゆーへとREINが問いかける。未だ1試合目の心の傷は大きく響くか、口数くちかずが少なくなったREINであったがろーゆーの隣で今までの試合は観戦していた。

「あ〜…」といつもとは少し違う気の抜けた声を零した後、ろーゆーは少し首を傾げてREINへと問う。

「ミラーハートとクソヤロウがり合うのか」

「………そう、だな……」

その後、2人の会話は途切れてしまったがろーゆーが画面から目をはなすことは無かった。



「​私の相手は、アンタなんだね。………キング」

「あ、……と…」

変わらずオドオドとした対応をとるキングに少しミラーハートは少し苛立つ。命をかけるこの場に立っても尚、変わらぬその対応はミラーハートの怒りに触れ続けていた。

しかし、どこかほっと安堵あんどするような表情を浮かべていたのをミラーハートは見逃さなかった。

「​───────なんで笑ってんの?」

「えっ、や…そんなことは無いよ…」

「この試合で。……この状況で、なんでそんな態度が取れんだよ」

「……それ、は…」

ミラーハートの方へと歩を進めていたキングは足を止める。サブ武器であるコブラはするりとキングの元から離れる。それをぼんやりと見つめつつ、ミラーハートはメイン武器を願う。眼前がんぜんに小さな黄色のサークルが2つ現れ、みくるんの薙刀の時のように空間に武器を構成していく。勢いのままにそのスタンドマイクを握り、自身の口元の近くへとそれを構える。

「…ふざけてんの?」

マイク越しにミラーハートの怒りを含めた声が響き渡る。明確めいかくに変わった空気感と雰囲気にキングは何も言い返せないでいた。

「アンタ戦う気あんのか!?あ!?」

感情のままに叫ぶ本心は反響しながらキングへと向けられていた。

「ヘラヘラへなへなしてさ。こんな状況になってもまだそんな態度なの?」

「…ムカつくんだよ。アンタを見ていると。アンタなんだろ!?だったらもっと堂々としていろよ!」

素で接することの出来る相手だからこそ、余計にその口調には力が込められていた。事実、キングが安堵した理由はろーゆーやラリマーのように恐怖心が圧倒的にまさる人物ではなく、ミラーハートという安心して交流していた相手……もとい、恐怖の対象相手では無いからだ。

ゆえさきのような態度を取ってしまったのだが、ミラーハートにはそれが分からなかった。何故なら、明らかにこの場所でその感情が出てくるのはおかしいと思っているから。

「………1回限りの試合になるとは限らねぇだろ。だから、えて私が今アンタに言っておくよ」

「​───────死ぬ気で来いよ、全力で相手してやる」

「っ……!」

スポットライトが彼女を照らす。いつもの…“皆が大好きな姫”ではなく、素の彼女として。正々堂々と、自分自身の実力で彼と向き合うべきだと考えた。

一方的な試合では後味あとあじが悪い。それだけでなく、先程もキングに伝えたがまんいち自分が負けてキングが2回戦目へと進んだ時に今までのような態度でのぞんで欲しくは無かったのだ。……それはかつを入れる意味でも、そしてミラーハート自身に訴える叫びでもあった。

パキリ、と何か陶器とうきのようなものにヒビが入るような音を聞いた気がした。それは比喩ひゆ表現でしかないが、確かに彼女におとずれた変化であった。

(……じゃなくて、として)

それでいて、“私”は“ミラーハート”で。別れていたそれがやっと1つになったのをぼんやりと感じ取っていた。


「…………分かった」

雰囲気ふんいきまれていたのだろうか。無言だったキングもようやく返事を返す。しかし、どこか先程までとは異なる雰囲気であった。じわりじわりと心をむしばむように焦燥しょうそうめる。自分の願い​───────1番になるためには、自分を叱咤しったしてくれた目の前の人物を殺さなくてはいけない。画面越しの景色と状況は確かに自分の前に存在していて。

冷静に。それでいて、確実に。地をいずる蛇のように迫るその感情はキングの心をめようとしていた。



(……さて、どうするか)

ミラーハートはキングから決して目を逸らすことなく見つめる。鬼の権利がこちらにあるため、下から攻撃が来る心配はないだろう。……つまり、それはキングがこちらに詰め寄る可能性があるということで。

(キングの個人情報も探せてない。でも、多分向こうも私の個人情報は見つけてない…)

ここまでの2試合で個人情報となるに触れることでメイン武器が使用出来なくなることは理解出来ていた。

(お互いが個人情報を見つけてなくて、メイン武器で戦える今。それでいて私の武器は長期戦には不向き…)

ギュッと改めてマイクスタンドを握り直す。


………きっと、勝負は一瞬なのだろう。




(……僕の個人情報は、どこまで見られてるのかな)

ステージへと向かいながらキングは頭の片隅かたすみで考える。ここに来るまでに見つけたのは恐らくミラーハートも既に見たであろう自分の個人情報3つと扉の前の黄色い個人情報。

(特に3……あの内容、下手したら個人情報って思われてもおかしくないんじゃ……)

ノートを破りとったような。貼り付けられていたあれを彼女も見ていたのだとしたら…と考えるも確信となる事柄ことがらでは無いと考えて歩を止めない。

はやる気持ちを抑えようにもたかぶる感情は変わらず。こちらの空間に飛ばされた時から出していたトラバサミの入った壺を背負せおい直す。神曰かみいわく、「感情の昂りに合わせて自動発動」となるこの武器を自分が引いた時から全て決まっていたのだろうか。

(………運、か…)

「全ては、あなたの運ですよ」というカミサマからの言葉を今更思い出す。このゲームに選ばれた時点で、運のしなんてあったもんじゃないとすら思ってしまうが…

(でも、それでも………)

僕が、やらなきゃ。何も叶わないし1番になんてなれない。

徐々じょじょに込み上げてくる感情に無理やりふたをするようにキングはその黄色い踏板を踏む。ギラギラと嫌になるほどまぶしいそれは、自分では決してそれのようにはなれはいのだと言われているようで。

極力それに目を向けないしつつステージへとキングは上がった。


ミラーハートは真っ直ぐキングと向き合う。瞳に映るハートにキングが反射して映る。しかし互いがそれから目を逸らすことはなく向き合う。

浮遊ふゆうする2枚の鏡はそんな2人をじっと映していた。


「っ……!!!」

先に行動したのはミラーハートであった。マイクスタンドの宝石部分が強く発光し、キングは思わず目を細める。光属性の効果のうち、『発光能力』と『目眩めくらまし』が付与されているためかかなりの強さで輝くその光を直視することは、画面越しに観ている観戦者側であっても不可能だった。

ただ聞こえたのはミラーハートのヒール音が駆け出す音と、何かを振りかぶるように空を切る音で。


……眩い光の中、聞き取れた声は。



「…………は、」

​───────ミラーハートの小さな呟きと、直後に響くマイクのハウリング音だった。


マイクを落とした時のような嫌な音が響く。

音が弱まると同時に強い発光が消え、その状況を見ることが出来る。……そこには、鎖をなんとか握りしめた状態のキングと、左側をトラバサミに噛まれているミラーハートの姿があった。よくよく見ればミラーハートのふくらはぎの部分にはキングのサブ武器であるコブラが噛み付いている。白くやわいその肌に、真っ白なその蛇は鋭いきばを立て、離すものかと言わんばかりの勢いで噛み付いていた。

状況としては、本当に一瞬の出来事であった。

マイクスタンドの宝石部分を発光させ、目眩しさせると同時にミラーハートは距離を詰めてメイン武器を振り上げた。しかし、振り下ろすと同時にミラーハートの脚に鋭い衝撃しょうげきが走った。あまりの痛さと視界がゆがむのは毒属性の効果か。小さく疑問を呟くと同時にミラーハートの武器はキングのそばゆかを叩いていた。即座に消えたマイクに思わずミラーハートはバランスを崩し、1歩前に足を踏み出す。それを支えようとでもしたのだろうか。キングが直後に足を踏み出して黄色い影を踏み、影はシアンへと色を変える。明確に向けられた強い殺意にじわじわとむしば動揺どうようや恐怖、肌で感じる殺伐さつばつとした空気感はついにメイン武器の発動条件を満たしたのだろう。目の前に『プレイヤー・ミラーハートをキルしますか?』と表示が現れる。驚きと勢いのままに『はい』を選択するや否や、背中のトラバサミは勢い良くミラーハートへとその牙を向けた。あわてて鎖を掴むも、攻撃が当たるのと同じタイミングで。それは大きく口を開け、鮮やかに輝く桃色の光を呑み込んだ。

表現を選ばずに言えば、それは運がかさなった“ラッキー”に近くて。全て全て、“プレイヤーの運次第”のようにも見えて。

「〜〜〜っ!!!!」

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!!!!!)

片目は黄色の血のエフェクトもあり、視界の状態がかなり悪い。今までも少量の血のエフェクトだけでしか表現されてなかったとはいえ、襲い来るこの痛みだけは確かに現実であった。

いっそ引き抜いてしまいたい程の痛みだが、引き抜くことすらままならない。そうしてしまえば、視界は一緒に赤に染まる気がして。

ふっ、とトラバサミが時間と共に消え去る。痛む左側を抑え、ミラーハートはステージの上をふらふらと下がる。ヒールに思わず足がよろけ、仰向あおむけのまま勢いよくたおれ込む。ひゅーひゅーと乱れる呼吸を整えるように肩で息をするも、ぐちゃぐちゃに乱れた思考回路が落ち着くことは無かった。

(負けた、負けた……?私、負けたのか………?)

乱れる思考回路の中、ミラーハートはなんとか自身の敗北を薄々うすうす察することが出来た。同時に、これまで過ごしてきた日常が走馬灯そうまとうのように駆けていく。



「ミラーハートちゃん今日も可愛いね!」

「えへへー。ありがとうございます♡」

……これは、確か鏡さんに言われた記憶。

「…素晴らしかったよ。ありがとう、聞かせてくれて。気に入ったよ」

「わぁぁ!よかったです!このバンド、他にもおすすめの曲がありますし、きっと敢さんも好きですよ!」

……これは、いさみさんに最近出たバンドの曲を歌った時の記憶。

「あら、それでいいんですの…?でしたら私の相棒の方と都合の合った時にまた来ますわね…!」

「はい!楽しみにしてますね!」

……これは、mojitoさんとした約束の記憶。


「好きなら好きって伝えないと、言えなくなってからじゃ遅いじゃん??ワタシは、3秒後に死んでも後悔こうかいないくらい、ワタシがりったんをどれだけ愛してるか伝えるの❤︎」

「振り向いて貰えなくたって、バニがりったんのこと愛してる事実は変わらないもん❤︎❤︎」

………これ、は……。この記憶、は。


「白状した方が楽になるよ〜??★★ ろゆにツンデレとか通用しないっしょww まじ話通じねー時あるし! まぁ?ミラハちゃんは??そんな所も好きっ❤︎ってことなのかもだけど???w」

照れて怒ったミラーハートを茶化すようにバニヤンが掛けた言葉だ。脱兎だっとごとく逃げたと思えば戻ってきて早々にそんなことを言った。

「戻ってくんな!つーかまじでそんなんじゃねーし!」

「あいつ、馬鹿だし、話聞かねーし、すぐあご掴むし、すぐキモいって言ってくるし、はっきり色々言ってくるし、私のことそのままのがいいとか…私の歌を好きって…言うし…」

だんだんと小さくなるミラーハートを更に茶化すようにバニヤンとの会話は続く。その中で言われた言葉だけがみょうに鮮明に覚えていて。

(3秒後に死んでも、後悔の無い………)

複雑に絡まった糸をほどくように、ミラーハートは今までを振り返る。視界はひどみ、脚の痛みは一層酷さを増してゆく。


「しゃべり方クソきめーなおめー」

唐突に飛んできた罵声ばせいに思わず顔をしかめる。

「お前もっかい言ってみろ?あ?」

猫を被ることすら忘れて素の感情のままその罵声を浴びせる人物へとミラーハートは視線を向ける。平仮名で『ろーゆー』と表記されたプレイヤー名のそばには【初心者のプレイヤー】という称号が付けられていた。

そのミラーハートの反応が意外だったのか。ろーゆーという名のプレイヤーは笑って返す。

「おめーウケるな。そっちのがいんじゃね?」

「誰のせいで…!」

(……あぁ、そうだ。始まりはこんなんだったな……)

そこから何故か続いた交流をぼんやりと思い返す。


「おめーはおめーじゃん」

(……なんで?)

「アレはキメーけどソレはおめーってカンジ」

(……どうして?)

「ぅれはソレのがいい」

(なんでアンタが、私の欲しかった言葉を言ってくれんの……)


ミラーハートは器用な人間であった。その素と、アイドルとして輝く場面と。2つの顔を持ち合わせる彼女であったが圧倒的に人からきらわれることは無かった。素で良い人と悪い人を器用に見極めて、そして交流を重ねてきた。

しかし、重ねれば重ねるほどにその偶像ぐうぞうは“私”を護る盾は“私”であって違う人物に見えて。

可愛ければ、叶うのか。“私の理想の女の子”は、自分が存在する為に必要な別人であって。

『これが本当のあなたですか?』

画面越がめんごしに語りかけてくるはずの無いミラーハートが私にかたりかけてくる。違う、と否定することすら出来なくて。

(これが、私なの?本当の私って、何?)

何度自分に問いかけたことだろう。返ってくることの無い返事を、ずっとずっと待ち続けていた。


​───────しかし、それを変えた人物こそが彼であった。

初対面でいきなり暴言を吐かれ、話をまともに全て聞いてくれる訳でもなく、をキモいと表現し、素直に言いたいことを言われ続けてきた。誰がこんな奴に惚れるものか、と自分自身に言い聞かせてきた。

歌だって、きっとそうだ。私の復讐心を表した武器だと思っていた。マイクスタンドだなんて、どうして今このタイミングで。

以前、Mr.Bon-Bonから「素直でいい子」としょうされた。しかしそんなことなんて無いのだと、心の底で感じていた。


スポットライトを浴びるのも、白雪姫であるのも、1番に光り輝くのも“ミラーハート”であるはずなのに。


(なんで、本当に……よりによって、アンタが)

を、ミラーハートという偶像の仮面で隠していた私を。1番見て貰いたかった、を見てくれた。

いつわりの仮面が、やっとはずれる。人との交流をかさね外れかけていたこれと、死ぬ直前でやっと1つになれた。



(……あぁ、なんだ)

私、あいつのこと好きだったんだ。



不意にすとんと落ちてきた感情に妙に納得がいく。あれだけ否定し続けていた感情であったが、今になって急に納得のいくものへと変わる。

運にめぐまれない日々だった。天才に叶うことのない才能を、自分が努力することで埋めていた。ここに来る前に起きた、に言われた言葉も、今までのガチャなども全て“運が悪い”で済ませてきた。

​───────だが、全部が全部それに当てはまる訳なんて無くて。

現実世界でのそれだけでなく、このゲームで大切な人に会えたことは。決して運が悪いことなんかでは無い。それは、“最高に運が良いこと”であって。

どうしてそれに気づくのが遅れてしまったのだろう。身近みぢか過ぎる幸福こうふくは、優しく私の心を照らし続けていたのに。


(純粋に、歌が好きだったんだ)

(アイツに歌ったみたいな、好きな人に好きな歌を届けたいだけだったんだ。私)



「…………すきだよ、ろーゆー」



決して泣くことの無かったミラーハートがボロボロと大粒の涙を流す。画面の向こうにいる彼に届いているのかは分からない。しかし、その感情は無意識に零れたもので。

「​───────…​──────……」

かすれた声のまま、ミラーハートは歌う。キングはそれを何も言わずに見守っていた。



「​─────……​───────…」

あの人のようになりたかった。でも、あの人に否定されてしまった。

「──……─……………」

ただ歌や音楽が好きだった。本当に自分が望んでいた願いに気づいている筈だった。

「──…………」

ろーゆーへ歌ったあの歌を思い出しながら、ミラーハートは掠れた声と視界のままで歌声をつむぐ。

不思議と彼に歌ったこの曲は………で。

正確に言えば母と父が結婚するきっかけとなった歌で。母は嫌いだが、母の歌が大好きで憧れだったから。

「─……………」

最後まで歌い切ったのだろうか。ミラーハートの歌声は途絶とだえた。最後の最後まで、彼女は強くて、まぶしくて……輝いている存在であった。




「…………」

最期のその瞬間まで、キングは無言を貫いた。

正々堂々向き合ってくれた彼女に対し、結局自分は運に守られてしまったのだという罪悪感が込み上げる。しかし同時に、自分の中に沸々ふつふつき上がる感情があった。

「………は、」

その表情をミラーハートが見ていたかは分からない。しかし、彼の表情は恍惚こうこつとした表情であり、少し口角こうかくを上げて歪んでいた。何の高揚感こうようかんから来る感情なのかは本人にしか分からない。しかし、この場におけるその表情はかなり異質いしつなもので。

「……」

思わずキングは自身の顔の下半分を抑える。観戦者側にその表情が見えていたかはさだかではない。

ふと視線を落とせばサブ武器であるコブラが舞台袖ぶたいそでの1点を見つめていた。「何かあったの?」と問えばするすると袖へと向かう。追いかけるようにそちらへ向かえば鮮やかなピンク色のヘッドフォンが存在していた。

そっとそのヘッドフォンに触れる。刹那せつな、キングの中に大量の情報が流れ込んで来る。




最初の記憶は、誰かの腕に抱かれながら舞台袖から女性を見つめていた。憧れの存在であった母の姿は、スポットライトを浴びて舞台で……その場で誰よりも輝いていた。

次に見えたのはどこかの病室で。美しかった母は、その歌声は。薬品をかけられてボロボロになった母は彼女を1番に否定していた。尊敬や愛情は次第に憎しみへと変わり、母を超えることが彼女の1番の願いとなった。

様々なオーディションを受けた。しかし最後に言われるのは決まって容姿の話で。

可愛くなければ、アイドルになってはいけないのか。可愛くなければ、女の子のキラキラした歌を歌ってはいけないのか。────は、にはなれないのか。

だが、良いこともあった。仲間と一緒に始めたガールズバンド人気となり、メジャーデビューすることが決まった。嬉しかった。

父も喜んで応援し、母にもCDを持って伝えに行った。……しかし、返ってきたのは否定の言葉で。

「あんたの歌なんて、あんたなんて空っぽじゃない」

そう言ってバンドのCDを割る母が映る。

あぁ、確かこの日は………やっているゲームの。Shadow taGの3周年の記念日で。


そんな、そんな彼女の叶えたかった願いは。

​───────になること。



「その方の思い出に影響する場合、直近ちょっきんまでの全てがそれに反映されますよ」

「!」

不意に後ろから声を掛けられ、キングは振り返る。見ればまぶたを閉じたカミサマがこちらを見つめていた。

「失礼しました、個人情報に触れていらっしゃったので。……先程こちらで判定は行わせていただきました」

「おめでとうございます、今回の勝者は毒属性 キングさんです」

まるで祝うかのようにカミサマは両手を合わせてキングを見るも、返ってきたのは「そう」と素っ気ないものであった。

「武器トレードは行いますか?マイクスタンドの打撃だげき武器も中々に特殊とくしゅですが」

「いや、いい…」

背丈せたけの都合でステージが見える。既にミラーハートの姿はそこには無く、壊れたヘッドフォンの残骸ざんがいすらも残っていなかった。

「かしこまりました。それでは元の場所へと戻りましょう」

「……」

無言を肯定と見なしたのか。キングの視界が徐々に暗転していく。その中で自身の鎖を握りしめていた手を見つめる。

(…………あぁ、これが)

そしてキングはゆっくりと瞼を閉じた。






「………」

「………ろーゆー…」

じっと見つめていたろーゆーへREINが声をかける。「なぁ」と返す声が聞こえる。

「……アイツ死んだのか」

「……そういう扱いになるだろうな」

「フウン」と呟きながら画面を見つめる。胸にぽっかりとした穴が空いたようで…それでいてチリッと焦げるような……胸を焦がすようなこの感情は。

「……アイツ、死んだのかよ」

何となく察するこの感情に。漫然まんぜんとしたこの執着心に仮に名前を付けるとするなら。


「​───────つまんねーの」

きっとそれは、なのだ。






「来月いつでもいいからさ。リアルでひまな日ない?」

不意に聞かれた質問にろーゆーは思わず「は?」と声を上げた。

「リアル?」

「そ。ゲームじゃない現実の方で。アンタに本物のライブを見せてやろうと思ってさ」

知り合いから2枚チケットを貰ったのだとミラーハートは告げる。ろーゆーの頭には金曜日の夜に行っているミラーハートのライブの光景が浮かんでいた。

「おめーがいつもやってんじゃん。アレじゃねーやつ?」

「ちゃんと現実の!!バンドやアイドルがステージに立ってるやつ!!」

少し苛立いらだったようにげながらも頬に手をえるモーションをしつつ、ミラーハートはどこか嬉しげに話を続ける。

「オフ会ってやつ?私は絶対やんねーけどさ…」

「アンタとなら、リアルで会ってもいい気がする」

ニコリと微笑ほほえむミラーハートのアバターをろーゆーはじっと無言で見つめる。

「じゃあ見てぇ」と意思をしめせば「お!マジか!!」とミラーハートの喜ぶ声が聞こえる。

「じゃ、後で暇な日教えてよ。私はいつでもいいからさ」

ニコリと微笑むミラーハートに対し、「後でな」とろーゆーは返す。




二度と叶うことの無くなってしまった約束は。返すことの出来ないその感情の答えは。

​───────君へ、いつ伝えればいいのだろうか。

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