#5 君へ-地獄でまた会いましょう-
どれだけの想いを抱えても、君に打ち明けることが出来なくて。
憧れだった、素敵だと思った。───────好きだと、思った。
あぁ、君へ。伝えそびれたこの気持ちはどこで話せばいいですか?
メインストリートの電子掲示板に、また個人情報が映される。
みくるん─────
その場にカッカッと金属のような足音が響く。音の方を見れば少し暗い表情をしたリルが、ゲーム内であれば設定画面のある方角のラボ方向から歩いてきていた。
「っ、………」
戻ってきたリルにバニヤンは声を掛けようか迷い、口を
「………」
黙ってリルを見つめるバニヤンをコモモは心配そうに見つめる。彼女も優しさ故、この雰囲気下において相棒に声を掛けることが出来ないでいた。
「……あ」
「………」
ふと視線を前に戻せば、その星と目が合う。何故か少し乱れているヘアバンドの位置を少し調整し、ラリマーは改めてリルと向き合った。
「えと、……その」
アバター身長設定ではあるが、現実世界の値に置き換えれば約30cm前後の身長差があるラリマーをリルは見上げる。何度か言葉を紡ごうとし、口ごもる。今の今まで“元相棒”とはいえ、避けられ続けていた人物なのだ。言葉が上手く繋がらない。
その様子をラリマーはじっと見つめていた。
「〜〜、ごめ…!」
「─────謝るな」
空気に耐えきれず、思わず謝罪の言葉を口にしようとしたリルに被せるように言葉を吐き出す。ラリマーが彼女に対して抱えていた感情は、恐らく察されていたのだろう。それについて言及することなく淡々と言葉を続けた。
「さっき、オレもそうだったけど…アンタがオレに謝る必要なんて無い。確かにやった事は………アレだけど、状況が状況だ」
そして小さく息を吐き、改めてラリマーはリルと向き合う。そのライラック色の柔らかな紫の瞳と鮮やかな青緑色の瞳の視線が交じる。
「……次の試合。そん時に、後で色々言っておきたいことがあるから」
「えっ……」
そう小さく呟き、ラリマーは視線を逸らした。その状況を1番近くで見ていたtotoririがリルへと視線を向けた時だった。
「同じでも、こうもヒトによって態度は変わるのですね」
それはラリマーと同じように淡々とした口調であったが、機械的な音声で。先程のように電子掲示板上からこちらを見下ろすカミサマの姿があった。しかし、楽しげではなくどこか興味深そうに告げたその瞳は閉じたままだった。
「何故でしょう。した事は同じ“人殺し”にも関わらず、ラリマーさんがした時とリルさんがした時では大きく反応が異なりますね」
「何故?
何故何故とカミサマは自分自身に問いかけるように呟く。その姿はまるで人の思考回路を理解しようとしているようで。少しの沈黙の後、「──────こちらは後で処理することにしましょう」と誰に向けてでも無い独り言を呟いた。
「それでは、気を取り直して。2回戦目の組み合わせが1つ、先程決まりました。これにより2回戦目の第1試合は呪属性 ラリマーさん対夢属性 リルさんとなります」
「第3試合、第4試合の勝者がそのまま2回戦目の第2試合の対戦組み合わせとなりますね」
4本の腕を器用に動かしながら指折り説明する。最中、チラリとリルはラリマーへと視線を向けたがその目はこちらに向くことは無かった。
「……では、質問等も無いようですしそのまま3試合目へと移行しましょう。次回以降は、どんな試合となるでしょうね」
そしてまた強制的に
「……………」
先程とは違い、目を開くことも
「───────ん…」
ゆっくりと目を開けば、そこはどこかの建物の中で。しかし今までとは違い、かなり広い空間であることが分かった。恐らくここは、どこかの会場だろう。目の前には低いテーブルがあり、自分はソファーのような椅子に座り込んでいるのが分かった。
「ここ………」と小さく呟けば、頭にあの機械の音声が響いた。
「運命の口付けが無くても、目覚める事は出来ましたね。お姫様」
「………えっ、と……」
どちらとして対応を取るべきなのか彼女───────ミラーハートは悩みながらぼんやりとした返事を返した。
「隠さなくてもいいですよ。私は貴女の全てを知っていますので」
「………あぁ、そう」
どこか警戒した素の口調でミラーハートは返す。キョロキョロと周囲を見渡せば、ここはホールのような場所だと気づいた。
「先程、メイン武器を引いた時の反応として…残念がっていたのですか?」
カミサマはミラーハートに問いかける。「そうだな」と小さく呟きミラーハートは足を組む。
「まぁ、今までのドブガチャに比べたら全然良いけど…長く使ってるからこそ、分かるもんもあるだろ」
答えながらこれからの戦いについて考える。マイクスタンドを最初から出すのは移動の面で考えても圧倒的に不利。加えて接近戦を求められるこの武器では、サブ武器として使用する鏡と合わせてもかなりの近接戦が想定される。相手が遠距離攻撃のメイン武器の場合、どこまでこれで対応しきれるか。
(場所についても、少し下調べが足りないな…)
自身の記憶にも重なるこの空間は、覚えがあるようで記憶とは少し異なる。少なくとも、記憶の中では柱に真っ黒なビラが所々に貼られていた記憶など一切無い。
「……恐らく、願いの変更も無さそうですね。あなたのその願いは、そう簡単に揺るぐものでは無いでしょう?」
「………そう、だな…」
なるほど、とどこか納得するように呟くカミサマの声をぼんやりとミラーハートは聞く。そして、「それでは軽くサブ武器についてもご説明しておきましょう」と話を切り替えられる。
「サブ武器は2枚の鏡となります。こちらは常に宙に浮き、1枚につき3回まで物理攻撃以外を防ぐことが出来ます」
「……物理攻撃、は……そっか、メイン武器の攻撃は防げないってことか」
「そうですわね。それが出来てしまえば、ある意味でのチートになりますわ」
「まぁ、それもそうだな……」
言葉を返すと同時に黄色のノイズが2つ宙に現れ、サブ武器となる鏡が姿を見せる。鏡越しに見る“
「但し、サブ武器の使用後には制限があります。3回使用後、その鏡は使用不可となりあなたの胸に激痛が走ります」
「……まぁ、合計6回………それまでに、ケリをつけるしか…」
小さく呟けば「他にご質問は?」とカミサマは問う。「特にない」と返せば了解の返事が返ってきた。
「
同時に低く
「今回はあなたからスタートです。その輝きを失いたくないのなら、その手を汚してでも守り抜いてください」
「それでは、ゲームスタートです」
ブザー音が周囲に響く。こういった会場であることもあってか、それは先程よりもよく響き渡っていた。
(………とりあえず、動くか)
ゆるりと組んでいた足を解き、ミラーハートは立ち上がる。足元を照らすそれは、まるでスポットライトを浴びた時にもよく似ていて。アイドルのような活動をShadow taG内で行っていたミラーハートによく似合っていた。
(大丈夫……大丈夫。さっきまでの試合の展開を思い出しながらやればいい。落ち着いて把握すれば……)
コツコツとしたヒール音が響く。注意深く周囲を見渡しながら最初に向かったのは1番近くにあった真っ黒なビラだ。会場の柱に幾つか貼り付けられているそれは、遠くから見るだけではただの黒い紙にしか見えなかった。
「………?」
腕を組んだまま、そのビラをまじまじと見つめる。するとゆっくりと水色の光が現れ、
『異常発生、異常発生!WARNING WARNING。お願い、至急来て』
(異常発生………)
空色の文字───────つまりそれは対戦相手を示す色であって。空色と言われてすぐに脳裏に浮かぶのは親しくしていたプレイヤー・totoririの姿だ。始めたばかりの頃に世話になり、先輩と慕い今でも交流がある彼との戦いとなれば色んな面から見て厄介だ。
だが、言葉のイメージから忘れがちではあるが毒属性も属性色はシアン……空色に近い色をしている。シアンと毒。この言葉の連想から一時期Shadow taGは少し炎上していた。今でもそれについて騒いでいる人はいるものの、以前程では無くなった。
(totoririさんか、キングか………)
しかし水属性の属性色となる青色がどの程度の明るさで表記されるかも分からない。主に警戒すべきはその青系統組なのだろう。
(とりあえず違うビラも見るか…)
そう考え、くるりと振り返ろうとした時だった。ふわりと1枚の白い羽が目の前に落ちてくる。ふわふわと落ちるそれに無意識に手を伸ばす。しかし、それは手が触れると同時にどろりとした赤黒い液体へと変化した。
「ひっ………!」
ミラーハートはその光景に思わず手を引く。幸いにも手は
(ホラー展開なら先に言えよ……!!無理だって言ってんじゃん……!!!)
確かに先程のリル対みくるんの試合でも窓にいきなり文字が現れる等のそういった表現もあった。しかし、いざ1人となってこういった体験をする可能性があるとすると話は大分変わる。
赤黒い液体はノイズへと変わり消える。落ち着かない感情を抑えるように手を
(
見える分のビラを
1つ目は『とある国のおはなしです。それはとてもしあわせでした』。2つ目は『ありがとう、ありがとうとよろこびました。でも、それでもほしいのは』。
そして、ここにある3つ目は。
「………読めねぇよ…」
文字化けが酷いそのビラは、一切の解読が出来なかった。ぐしゃぐしゃとクレヨンのような何かで隠された部分や、赤黒い
(多分これが見えるビラの最後……)
相手がどこにいるかもよく分からない。……しかし、ミラーハートは徐々にこの空間が何かを思い出していた。
無言のまま、コツコツととある場所へと歩を進める。そして
『毒の王冠は着け心地が良かったけど、私は王子じゃなくて、』
「………」
一瞬だけ手を止め、それでも扉を開く。そこに広がるのはステージと客席で。
ライブをするようなステージではなく、クラシック音楽のような。1人の歌手がその場の光を独り占め出来るようなそのステージは確かに見覚えのある場所で。
ゆっくりとステージへと向かって行く。周囲を見渡すのを忘れずに、それでいて
視界の
『あんたの歌なんて、あんたなんて空っぽじゃない』
「〜っ…!」
見覚えのある光景に懐かしむ反面、その言葉は確かに傷を
(違う、違う…!私は、絶対あの女みたいにならない。あの女を越えなきゃ、だって…!)
その速度を
ステージへと上がれば、そこは薄暗く。そして見覚えのあるその場所は確かにあの場所で。
ゆっくりと中央へと向かう。そこに立てば、パッと不意にスポットライトがミラーハートを照らす。
「っ!?」
勢いよく周囲を見渡すがそこに人は居ない。ほっと息を吐き、改めて足元を見つめる。そこには大きく黄色いネオン文字が光り輝いていた。
『本当に、なりたくないの?』
「………………たり前だ………」
ポツリと小さく呟けば、キィと扉が開かれる音が響く。
勢いのままに再度顔を上げ、その音の主を確認する。そしてミラーハートはキッとそちらを見つめた。
「───────私の相手は、アンタなんだね」
ステージへとミラーハートが移動する前、メインストリートの電子掲示板前には次の対戦相手となる人物が映し出されていた。
「1回戦3試合目。光属性 ミラーハート対毒属性 キングの試合となります」
「対戦相手の準備が整いました」というカミサマの声と共に映されたその映像に目を見開く者は多かった。1試合目のmoku、2試合目のみくるん。……そして3試合目のミラーハート。バニヤンを含めて交流があったその4人のうち、3人が連続して選ばれている。その意図は神のみしか分からないだろうが、心配そうな表情のままコモモはバニヤンを見つめていた。
「………」
「…?どうした?」
じっと黙って画面を見つめるろーゆーへとREINが問いかける。未だ1試合目の心の傷は大きく響くか、
「あ〜…」といつもとは少し違う気の抜けた声を零した後、ろーゆーは少し首を傾げてREINへと問う。
「ミラーハートとクソヤロウが
「………そう、だな……」
その後、2人の会話は途切れてしまったがろーゆーが画面から目を
「私の相手は、アンタなんだね。………キング」
「あ、……と…」
変わらずオドオドとした対応をとるキングに少しミラーハートは少し苛立つ。命をかけるこの場に立っても尚、変わらぬその対応はミラーハートの怒りに触れ続けていた。
しかし、どこかほっと
「───────なんで笑ってんの?」
「えっ、や…そんなことは無いよ…」
「この試合で。……この状況で、なんでそんな態度が取れんだよ」
「……それ、は…」
ミラーハートの方へと歩を進めていたキングは足を止める。サブ武器であるコブラはするりとキングの元から離れる。それをぼんやりと見つめつつ、ミラーハートはメイン武器を願う。
「…ふざけてんの?」
マイク越しにミラーハートの怒りを含めた声が響き渡る。
「アンタ戦う気あんのか!?あ!?」
感情のままに叫ぶ本心は反響しながらキングへと向けられていた。
「ヘラヘラへなへなしてさ。こんな状況になってもまだそんな態度なの?」
「…ムカつくんだよ。アンタを見ていると。アンタ王なんだろ!?だったらもっと堂々としていろよ!」
素で接することの出来る相手だからこそ、余計にその口調には力が込められていた。事実、キングが安堵した理由はろーゆーやラリマーのように恐怖心が圧倒的に
「………1回限りの試合になるとは限らねぇだろ。だから、
「───────死ぬ気で来いよ、全力で相手してやる」
「っ……!」
スポットライトが彼女を照らす。いつもの…“皆が大好きな姫”ではなく、素の彼女として。正々堂々と、自分自身の実力で彼と向き合うべきだと考えた。
一方的な試合では
パキリ、と何か
(……ミラーハートじゃなくて、私として)
それでいて、“私”は“ミラーハート”で。別れていたそれがやっと1つになったのをぼんやりと感じ取っていた。
「…………分かった」
冷静に。それでいて、確実に。地を
(……さて、どうするか)
ミラーハートはキングから決して目を逸らすことなく見つめる。鬼の権利がこちらにあるため、下から攻撃が来る心配はないだろう。……つまり、それはキングがこちらに詰め寄る可能性があるということで。
(キングの個人情報も探せてない。でも、多分向こうも私の個人情報は見つけてない…)
ここまでの2試合で個人情報となる物に触れることでメイン武器が使用出来なくなることは理解出来ていた。
(お互いが個人情報を見つけてなくて、メイン武器で戦える今。それでいて私の武器は長期戦には不向き…)
ギュッと改めてマイクスタンドを握り直す。
………きっと、勝負は一瞬なのだろう。
(……僕の個人情報は、どこまで見られてるのかな)
ステージへと向かいながらキングは頭の
(特に3枚目……あの内容、下手したら個人情報って思われてもおかしくないんじゃ……)
ノートを破りとったような真っ白な紙。貼り付けられていたあれを彼女も見ていたのだとしたら…と考えるも確信となる
(………運、か…)
「全ては、あなたの運ですよ」というカミサマからの言葉を今更思い出す。このゲームに選ばれた時点で、運の
(でも、それでも………)
僕が、やらなきゃ。何も叶わないし1番になんてなれない。
極力それに目を向けないしつつステージへとキングは上がった。
ミラーハートは真っ直ぐキングと向き合う。瞳に映るハートにキングが反射して映る。しかし互いがそれから目を逸らすことはなく向き合う。
「っ……!!!」
先に行動したのはミラーハートであった。マイクスタンドの宝石部分が強く発光し、キングは思わず目を細める。光属性の効果のうち、『発光能力』と『
ただ聞こえたのはミラーハートのヒール音が駆け出す音と、何かを振りかぶるように空を切る音で。
……眩い光の中、聞き取れた声は。
「…………は、」
───────ミラーハートの小さな呟きと、直後に響くマイクのハウリング音だった。
マイクを落とした時のような嫌な音が響く。
音が弱まると同時に強い発光が消え、その状況を見ることが出来る。……そこには、鎖をなんとか握りしめた状態のキングと、左側をトラバサミに噛まれているミラーハートの姿があった。よくよく見ればミラーハートのふくらはぎの部分にはキングのサブ武器であるコブラが噛み付いている。白く
状況としては、本当に一瞬の出来事であった。
マイクスタンドの宝石部分を発光させ、目眩しさせると同時にミラーハートは距離を詰めてメイン武器を振り上げた。しかし、振り下ろすと同時にミラーハートの脚に鋭い
表現を選ばずに言えば、それは運が
「〜〜〜っ!!!!」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!!!!!)
片目は黄色の血のエフェクトもあり、視界の状態がかなり悪い。今までも少量の血のエフェクトだけでしか表現されてなかったとはいえ、襲い来るこの痛みだけは確かに現実であった。
いっそ引き抜いてしまいたい程の痛みだが、引き抜くことすらままならない。そうしてしまえば、視界は一緒に赤に染まる気がして。
ふっ、とトラバサミが時間と共に消え去る。痛む左側を抑え、ミラーハートはステージの上をふらふらと下がる。ヒールに思わず足がよろけ、
(負けた、負けた……?私、負けたのか………?)
乱れる思考回路の中、ミラーハートはなんとか自身の敗北を
「ミラーハートちゃん今日も可愛いね!」
「えへへー。ありがとうございます♡」
……これは、確か鏡さんに言われた記憶。
「…素晴らしかったよ。ありがとう、聞かせてくれて。気に入ったよ」
「わぁぁ!よかったです!このバンド、他にもおすすめの曲がありますし、きっと敢さんも好きですよ!」
……これは、
「あら、それでいいんですの…?でしたら私の相棒の方と都合の合った時にまた来ますわね…!」
「はい!楽しみにしてますね!」
……これは、mojitoさんとした約束の記憶。
「好きなら好きって伝えないと、言えなくなってからじゃ遅いじゃん??ワタシは、3秒後に死んでも
「振り向いて貰えなくたって、バニがりったんのこと愛してる事実は変わらないもん❤︎❤︎」
………これ、は……。この記憶、は。
「白状した方が楽になるよ〜??★★ ろゆにツンデレとか通用しないっしょww まじ話通じねー時あるし! まぁ?ミラハちゃんは??そんな所も好きっ❤︎ってことなのかもだけど???w」
照れて怒ったミラーハートを茶化すようにバニヤンが掛けた言葉だ。
「戻ってくんな!つーかまじでそんなんじゃねーし!」
「あいつ、馬鹿だし、話聞かねーし、すぐ
だんだんと小さくなるミラーハートを更に茶化すようにバニヤンとの会話は続く。その中で言われた言葉だけが
(3秒後に死んでも、後悔の無い………)
複雑に絡まった糸を
「しゃべり方クソきめーなおめー」
唐突に飛んできた
「お前もっかい言ってみろ?あ?」
猫を被ることすら忘れて素の感情のままその罵声を浴びせる人物へとミラーハートは視線を向ける。平仮名で『ろーゆー』と表記されたプレイヤー名の
そのミラーハートの反応が意外だったのか。ろーゆーという名のプレイヤーは笑って返す。
「おめーウケるな。そっちのがいんじゃね?」
「誰のせいで…!」
(……あぁ、そうだ。始まりはこんなんだったな……)
そこから何故か続いた交流をぼんやりと思い返す。
「おめーはおめーじゃん」
(……なんで?)
「アレはキメーけどソレはおめーってカンジ」
(……どうして?)
「ぅれはソレのがいい」
(なんでアンタが、私の欲しかった言葉を言ってくれんの……)
ミラーハートは器用な人間であった。その素と、アイドルとして輝く場面と。2つの顔を持ち合わせる彼女であったが圧倒的に人から
しかし、重ねれば重ねるほどにその
可愛ければ、叶うのか。“私の理想の女の子”は、自分が存在する為に必要な別人であって。
『これが本当のあなたですか?』
(これが、私なの?本当の私って、何?)
何度自分に問いかけたことだろう。返ってくることの無い返事を、ずっとずっと待ち続けていた。
───────しかし、それを変えた人物こそが彼であった。
初対面でいきなり暴言を吐かれ、話をまともに全て聞いてくれる訳でもなく、偶像をキモいと表現し、素直に言いたいことを言われ続けてきた。誰がこんな奴に惚れるものか、と自分自身に言い聞かせてきた。
歌だって、きっとそうだ。私の復讐心を表した武器だと思っていた。マイクスタンドだなんて、どうして今このタイミングで。
以前、Mr.Bon-Bonから「素直でいい子」と
スポットライトを浴びるのも、白雪姫であるのも、1番に光り輝くのも“ミラーハート”であるはずなのに。
(なんで、本当に……よりによって、アンタが)
私を、ミラーハートという偶像の仮面で隠していた私を。1番見て貰いたかった、私を見てくれた。
(……あぁ、なんだ)
私、あいつのこと好きだったんだ。
不意にすとんと落ちてきた感情に妙に納得がいく。あれだけ否定し続けていた感情であったが、今になって急に納得のいくものへと変わる。
運に
───────だが、全部が全部それに当てはまる訳なんて無くて。
現実世界でのそれだけでなく、このゲームで大切な人に会えたことは。決して運が悪いことなんかでは無い。それは、“最高に運が良いこと”であって。
どうしてそれに気づくのが遅れてしまったのだろう。
(純粋に、歌が好きだったんだ)
(アイツに歌ったみたいな、好きな人に好きな歌を届けたいだけだったんだ。私)
「…………すきだよ、ろーゆー」
決して泣くことの無かったミラーハートがボロボロと大粒の涙を流す。画面の向こうにいる彼に届いているのかは分からない。しかし、その感情は無意識に零れたもので。
「───────…──────……」
「─────……───────…」
あの人のようになりたかった。でも、あの人に否定されてしまった。
「──……─……………」
ただ歌や音楽が好きだった。本当に自分が望んでいた願いに気づいている筈だった。
「──…………」
ろーゆーへ歌ったあの歌を思い出しながら、ミラーハートは掠れた声と視界のままで歌声を
不思議と彼に歌ったこの曲は………母の歌で。
正確に言えば母と父が結婚するきっかけとなった歌で。母は嫌いだが、母の歌が大好きで憧れだったから。
「─……………」
最後まで歌い切ったのだろうか。ミラーハートの歌声は
「…………」
最期のその瞬間まで、キングは無言を貫いた。
正々堂々向き合ってくれた彼女に対し、結局自分は運に守られてしまったのだという罪悪感が込み上げる。しかし同時に、自分の中に
「………は、」
その表情をミラーハートが見ていたかは分からない。しかし、彼の表情は
「……」
思わずキングは自身の顔の下半分を抑える。観戦者側にその表情が見えていたかは
ふと視線を落とせばサブ武器であるコブラが
そっとそのヘッドフォンに触れる。
最初の記憶は、誰かの腕に抱かれながら舞台袖から女性を見つめていた。憧れの存在であった母の姿は、スポットライトを浴びて舞台で……その場で誰よりも輝いていた。
次に見えたのはどこかの病室で。美しかった母は、その歌声は。薬品をかけられてボロボロになった母は彼女を1番に否定していた。尊敬や愛情は次第に憎しみへと変わり、母を超えることが彼女の1番の願いとなった。
様々なオーディションを受けた。しかし最後に言われるのは決まって容姿の話で。
可愛くなければ、アイドルになってはいけないのか。可愛くなければ、女の子のキラキラした歌を歌ってはいけないのか。────王子は、姫にはなれないのか。
だが、良いこともあった。仲間と一緒に始めたガールズバンド人気となり、メジャーデビューすることが決まった。嬉しかった。
父も喜んで応援し、母にもCDを持って伝えに行った。……しかし、返ってきたのは否定の言葉で。
「あんたの歌なんて、あんたなんて空っぽじゃない」
そう言ってバンドのCDを割る母が映る。
あぁ、確かこの日は………やっているゲームの。Shadow taGの3周年の記念日で。
そんな、そんな彼女の叶えたかった願いは。
───────世界一のシンガーになること。
「その方の思い出に影響する場合、
「!」
不意に後ろから声を掛けられ、キングは振り返る。見れば
「失礼しました、個人情報に触れていらっしゃったので。……先程こちらで判定は行わせていただきました」
「おめでとうございます、今回の勝者は毒属性 キングさんです」
まるで祝うかのようにカミサマは両手を合わせてキングを見るも、返ってきたのは「そう」と素っ気ないものであった。
「武器トレードは行いますか?マイクスタンドの
「いや、いい…」
「かしこまりました。それでは元の場所へと戻りましょう」
「……」
無言を肯定と見なしたのか。キングの視界が徐々に暗転していく。その中で自身の鎖を握りしめていた手を見つめる。
(…………あぁ、これが)
そしてキングはゆっくりと瞼を閉じた。
「………」
「………ろーゆー…」
じっと見つめていたろーゆーへREINが声をかける。「なぁ」と返す声が聞こえる。
「……アイツ死んだのか」
「……そういう扱いになるだろうな」
「フウン」と呟きながら画面を見つめる。胸にぽっかりとした穴が空いたようで…それでいてチリッと焦げるような……胸を焦がすようなこの感情は。
「……アイツ、死んだのかよ」
何となく察するこの感情に。
「───────つまんねーの」
きっとそれは、恋なのだ。
「来月いつでもいいからさ。リアルで
不意に聞かれた質問にろーゆーは思わず「は?」と声を上げた。
「リアル?」
「そ。ゲームじゃない現実の方で。アンタに本物のライブを見せてやろうと思ってさ」
知り合いから2枚チケットを貰ったのだとミラーハートは告げる。ろーゆーの頭には金曜日の夜に行っているミラーハートのライブの光景が浮かんでいた。
「おめーがいつもやってんじゃん。アレじゃねーやつ?」
「ちゃんと現実の!!バンドやアイドルがステージに立ってるやつ!!」
少し
「オフ会ってやつ?私は絶対やんねーけどさ…」
「アンタとなら、リアルで会ってもいい気がする」
ニコリと
「じゃあ見てぇ」と意思を
「じゃ、後で暇な日教えてよ。私はいつでもいいからさ」
ニコリと微笑むミラーハートに対し、「後でな」とろーゆーは返す。
二度と叶うことの無くなってしまった約束は。返すことの出来ないその感情の答えは。
───────君へ、いつ伝えればいいのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます