#7 偽りの思い出-不揃いのパズルピース-
その思い出の
誰かがそう問う声がする。ぼんやりとした意識の中で、その言葉の意味を何度も
「アイツの作ったデータの解析は出来たか?」
…解。
「いや、何も。アイツ死んでもまだ俺らに迷惑かける気かよ…」
解、
「死ぬなら1人で死んでくれって話だよな、俺らがこうして後始末しなきゃならねぇんだから」
解。
亡き者に宛てた届かぬ悪口を聞く。
「可哀想だな、お前も。…でも俺らの分の責任も全部背負わねぇといけねーもんな」
──────────────…不快。
向けられたその瞳を認識しないように、それでも言われた事実を受け入れるために。黙ってそれに
そっとREINが目を開ければ、最早いつも通りのようなあの場所で。しかし、確かに最初より減った人数ともうこの場に居ない大切な人達がこの現状の
電子掲示板へと視線を向ければ相棒であるろーゆー────
1試合目の時に勝者側へと向けられたその非難の目は、試合回数を重ねる毎に減っていった。こうして考えれば、何故彼だけそこまで言われたのか?という疑問が出てもおかしくはない。しかし、彼が今までどう過ごしてきたかの人柄が今この場で強く出たのか。結局、周囲からどう思われてるかなんて、腹の奥底までは誰も見えないのだ。
「あらあら、随分静かになりましたわね」
またどこかから神の声がする。パッとREINが横を見れば瞼を閉じたカミサマが自身の隣に立っていた。「どの口が…」と小さくラリマーが呟けばカミサマはくすくすと笑う。ぺたぺたと電子掲示板前まで進めば、くるりと振り返って告げた。
「ここに映し出されている通り、彼は人を殺めたことがありますわ。しかし、先程述べた通りの選んだ基準。」
「罪を犯してもなお、満たされていない彼はこのゲームに選ばれるには適切だったということです。……それでも満たされることが無かっただなんて、どこまで強欲なんだろうね」
口元を両手で隠し、少し目を開きながらカミサマは笑う。それに対し、REINは少し怒りのこもった声を上げた。
「…人の相棒のこと、あまり悪く言わないでくれるかな」
「おや、僕は事実を言ったまでだよ」
どこまでも人を嘲笑うかのような態度のカミサマに対し、その場の数人に苛立ちが募る。それに気づいているのか否か、カミサマは背後の電子掲示板の画像が切り替わる。
「さて、前半4試合は終了した。次からは後半3試合…最後だけはシードがかかった試合となる」
未だ1度も戦っていないtotoriri、バニヤン、Mr.Bon-Bon、コモモ、敢、-mojito-の順にカミサマは1人1人をしっかりと見つめる。
「誰と戦うことになるかは君たちがその場で知った方がいいだろう?」
「最後の試合は必然的に残った2人になってしまうが……まぁ、問題ないだろう」
そしてカミサマはスっと後方の右腕を挙げる。その黒い瞳を細めてニッコリと微笑めば、高らかにそれを告げた。
「最後の最後まで、
「それじゃあ、“いってらっしゃい”」
言葉と同時に強制的な一瞬の暗転が瞬きと共に全員を襲う。パッと目を開けば、そこには既に2人欠けている。それをカミサマはニッコリと見つめていた。
そっと目を開く。ついに自分の番であることに周囲の景色を見て察しがつく。夕焼けに染まる空と大きな観覧車。どこかの夢を思わせるようなその不思議な音楽が流れるメリーゴーランドは、時々乱れた音を鳴らしながらもゆっくりゆっくり回っていた。
誰も居ない遊園地、そこに1人立ちながら小さく息を吐く。
「永遠に変わらぬ自分への愛のおまじないでも、探してみましょうか?」
「……結構だ」
「あら、つれない」
くすくすと頭に響く声に思わずその人物───────敢はもう一度息を吐く。
「誰にも言わずにこっそりと、ですものね」と、どこか
(……広いな。学校や、先程までの会場とは比べ物にならないだろう)
「先に願いについてお聞きしましょう。変更は?」
「無いな。…本当に、願い事の全てを理解しているのか?」
「えぇ、存じ上げておりますよ。わざわざ声に出せば良いですか?」
「あぁ言えばこう言うんだな…そんなことするな」
「あら怖い」
どこまでも煽るようなその態度に静かに苛立ちを覚えながらも、敢は周囲を注意深く見渡していた。
「それでは武器についての説明に入りましょう。貴方のメイン武器はレイピアでしたね」
「…あぁ」
「その身に対して実際それは少し重いです。この世界の調整により、多少は楽に持てるようになりましたがそれでも重量が完全に無しとなることはありません。」
「サブ武器の盾についてですが…そうですね、こちらについては使用方法についての説明は不要でしょう。使用回数は5回まで、使用する毎に貴方の現実世界での過去の記憶が蘇りますわ」
「…過去…」
小さく敢は呟き、視線を落とす。蘇るとすれば、それはきっと“あの時”のことか。
「説明に何かご不明な点は?」
「……特には無い」
かしこまりました、と了解を告げればカミサマの声に少しのノイズがかかる。
(…?)
「両者共に説明は完了致しました、試合開始の合図と共にスタートとなります」
同時に低く唸る音が足元から聞こえる。下を見れば、敢の足元は赤紫色に光っていた。
「今回はあなたからスタートです。この偽りの空間で、願いを叶えたいと思うなら。どうぞ勝ち取って証明してくださいませ。」
「それでは、ゲームスタートです」
ブザー音が鳴ると同時に、その音はぶつりと途切れる。その少し後、敢の脳裏にはある光景が見えた。
カシャ、カシャ。
目の前にはスマホ画面。そこの画面内に映る人物を記録に残す。男女関係なく、著名も無名も一般人も関係なく、ただただ無心でシャッターを切る。君を覚える為に、君に成る為に。
演じよう、君を。
演じよう、“理想”を。
演じよう、ここに居てもいい理由を作るために。
演じても、現実なんて変わらなかったが。
「………?」
はた、と敢の目の前は先程まで見ていた遊園地の光景へと戻る。今見えた光景は何だったのか?少なくとも、自分の過去にこんな思い出は存在していないのに…と敢は疑問を抱く。
それもそのはず。この効果はかつてのShadow taGの現属性には存在しておらず、カミサマからの説明も省かれていた現属性の隠し要素であった。試合開始3秒後、自身と対戦相手にメイン武器にロックがかからない程度の互いの1部個人情報が共有される。分かりやすく言うならば、幻属性の属性把握と強制共有の個人情報版である。
(対戦相手の現実の情報か?だとしたらこれは武器の制限に繋がらないのか?)
一切の事前情報を与えられていなかった敢は先の光景に疑問が尽きない。いくら問いかけても、頭でカミサマがそれに反応することは無かった。
「…1から探せ、ということか」
呆れたように息を吐きながら、敢はその場から動く。先にこの場所について把握すべきか、しかし今までも短期戦が多かった。端から端までじっくりと探索するのは得策とは言えないだろう。
手始めに近くにあるメリーゴーランドを見つめる。虚ろな目をした白馬がこちらをぎょろりと見つめる姿に形容し難い感情を覚える。
柵の向こう側にあるそれをじっと見つめる。輝くその光が、個人情報を示すものなのかそこを照らす光なのか。判断を下しにくい。
(全体的に橙の光だから、バニヤンが相手だとしたらここは分かりにくいな…)
いくら目を凝らしても個人情報と思われる光は見つからない。空が夕景なこともあり、余計に探しにくかった。
「他を探そうか…」
一旦その場を諦め、再度敢は別の場所へと目を向ける。観覧車、空中ブランコにコーヒーカップ…目に入る定番のアトラクションを順に見れば、ふと街頭に貼られているポスターが見えた。スタスタとそちらへ向かい、ポスターを見る。
『あの有名魔法少女アニメが遊園地と夢のコラボレーション!本日最終日!!』
デフォルメのイラストと淡い色使いが特徴のポスター。中央部分には大きな観覧車の写真を背景に四角く縁取られた枠で日時と場所が記載されていた。
「このイベントは…広場……向こう側か…?」
小さく独り言を呟きながら、ふとそのポスターの端が
一瞬の迷いの後、敢はゆっくりとそのポスターを剥がす。
全てを剥がし、裏面に返す。
『間に合わなかった、間に合わなかった。始まってしまった、ごめんなさい、ごめんなさい。見捨てた訳じゃない、見放してなんかない』
「………」
光る文字の色を見、敢は少し考え込む。これはどういうことか、何に対しての謝罪なのか。
裏面を見つめれば、妙な厚さを敢は感じる。ポスターと言うわりにはこの紙質は随分厚く丈夫だ。
敢はその紙を自身の目の高さに合わせて横に持つ。……2枚、ポスターが重なっている。
更に慎重にその紙を剥がせば、白地に真っ黒な
『死をもって責任を。私たちはそうでしか生きれない』
「………?」
少し迷った後、敢は元の場所へそのポスターを戻す。不思議とぴったり元の状態へと戻ったそれを確認し、思考する。
(あの色…でも、だとしたら2枚目に見えたあれは何を意味する?個人情報らしき個人情報は、最初に見えたものだけ…)
腕を組み、片手を顎に当てて考え込む。歪な音楽が鳴り響くこの空間には、人の声など一切聞こえなかった。
(とりあえず、この広場に行くべきか…)
ポスターを見直し、改めて広場までの場所を確認した時だった。
「♪─────♪────」
「!」
突然聞こえた軽快な音楽に敢は思わず身構える。サブ武器を前に持ちつつ、音の方を振り返れば…
「……パンダ…?」
パンダの乗り物がこちらに向かってゆっくりと歩を進めていた。記憶が正しければ、こういった乗り物はお金を入れれば一定時間稼働する乗り物である。そしてパンダはゆっくりと方向を変え、別の方向へと向かって行く。
(パンダ?何故?何故これも動いている?)
パンダが向かう方向は広場とは真逆の園内。方向的には観覧車方面だろうか。
罠の可能性も一瞬過ぎったが、同時に先程の文字色を思い出す。少し苦い顔をしながら、敢はその遊具の後を追った。
(特に怪しいとこは無いな…)
ゆっくりとパンダの後を追いながら、敢はぼんやりと考えた。パッと見る限り、パンダに何か個人情報がある訳でも無さそうだ。不思議な点をあげるならお金の投入口が無い、どのくらいこれが持つのかは分からないが、長い間動き続けていることくらいか。
周囲の警戒も
「っと…!」
ぐるりと1周見渡すも、そこに違和感は存在しない。動きを止めてしまったパンダと、周囲を見渡しながら次の行動を考えている時だった。
……ふわりと、可愛らしい光が自身の前を横切った。
バッと光が来た方を振り向けば、マゼンタや赤色が眩しいハート型が観覧車方向から向かってきていた。そのハートは敢の元に届けば、チカチカと目眩しするかのように光っていた。
(ハート、マゼンタ…これが示すとするなら…)
しかし、敢の中の嫌な予感だけはどうしても拭えない。だが目の前の事態を無視する訳にもいかなかった。
(私に向かってくるということは追尾か…だがそれは、
その輝きに少し目を細めながら、それでも盾は決して離さぬように。敢は光の元へと早足で駆けた。
光を辿り、着いたのは観覧車の前。少し息を乱しながらもパッと上を向けばそこには対戦相手の後ろ姿。
(……あぁ、やっぱり)
敢の呼吸に気づいたのか、少し遅れたテンポでその人物はくるりと振り返る。
「………君、だったんだな…」
その人物は片手にしていたメガホンを後ろ手に隠す。優しくにっこりと微笑まれれば、この場の雰囲気すら勘違いしてしまいそうになって。
タンタンと音を鳴らして階段を上る。苦しそうな表情のまま、敢はその人物の名を口にした。
「───────」
その人物は優しく微笑めば、敢の片手を強く引いた。
「来て」、と呟き敢ごと自身も観覧車のゴンドラ内へと入り込む。バタン、と扉の閉まる音と、歪な音楽だけがその場に響いていた。
敢達がゴンドラに乗り込む少し前の電子掲示板前。そこには対戦相手が表示されていた。
「1回戦5試合目。現属性 敢対画属性 -mojito-の試合となります」
先程そう宣言され、今はじっと画面越しのその映像を見つめていた。しかし、ポスターを見つけた辺りからカミサマの表情は
そして、観覧車の映像が映った瞬間。カミサマは小さく呟いた。
「───────ここは、
かなり小さな声ではあったが、近くに居たtotoririとキングにはその声が届いていた。だがカミサマはそれに気づくことなく、小さく呟き続けていた。
「観覧車、侵入不可のエリア。作動していないはず、何故、何故?不明、不明…この場所は、何故、何故、なぜ?」
「……予期せぬエラーが発生しました。至急応答求めます」
そう呟いたかと思えばダラりと4本の腕を下ろす。スっとその黒い瞳が映像を捉えたかと思えば、それは一瞬目を見開いた後に小さく舌打ちをした。
「アイツら、僕の……!」
ダッとカミサマはその場を後にして何処かへと駆け出した。その場に残った人物と呟きを聞いた者は、
「モヒー…」
「強引になって、ごめんなさいね」
ゴンドラ内へとするりと入れば、-mojito-はすぐに謝罪を口にした。困惑したままの敢が観覧車内の座席へ座り込むと同時に、パタンとゴンドラの扉は閉まった。低い音を鳴らしながら、ゴンドラはゆっくりと回り始める。
「……ごめんなさい、敢。無理やりここに連れ込んでしまって」
「いや、構わない…が。…どうしてここに?」
敢は素直に疑問を口にする。仮に戦うとしても、こう狭くてはどうにも出来ないだろうに…という気持ちから出た問いに-mojito-は少し困ったように微笑みながら返した。
「……私の好きだった景色を、貴女にも見てもらいたいからと言ったら笑われるかしら」
「…笑わないよ。君の大切な場所なのだろうから」
そう言って敢は優しく微笑む。その表情に少し驚きながらも、-mojito-は微笑んだ。
「……やっぱり優しいわね。普通、こんな場面でこんなに呑気なことをしていたら叱られてもおかしくないのに」
「そうか?…いや、そうだな…。こんな状況だが、君がいると落ち着いてしまう」
そして敢は外を見、「綺麗だな」と夕景に染まるその光景を眺めた。ふふ、と小さく相棒が笑う声がする。
「そう言って貰えて安心したわ」
同じように-mojito-も外を眺め、「ここ、私が小さい時に両親と来た場所なの」と呟いた。
「…思い出の場所、という訳か…」
「そうね、ここが…私の思い出の場所」
最後に見ることが出来て良かったわ、と続ければ敢は少し眉間に皺を寄せる。
「……最後、とは。妙な言い方をするな、モヒート」
「言葉のままよ、敢。」
「どうなったって、もう一度この景色を見たいと願うならこのゲームで生き残らなきゃいけないもの」
-mojito-の返しに敢は口を閉ざす。その言葉の意味は、理解しているつもりであった。
その口を閉ざした敢の意図を-mojito-が把握したのかは分からない。しかし、「これはあくまで私の意見だけど、」と-mojito-は告げる。
「どうしてあの“カミサマ”の言った言葉を素直に信じれるのかしら。叶えるだなんて、嘘の可能性もあるかもしれないわよ」
その問いに対し、敢は腕を組みながら外を見る。それは決して問いかけに投げやりになっているのではなく、これまでを振り返るように。
「…まぁ、そうだな。しかし仮に嘘だったとすると、ますますアレの目的がわからん」
「……難しいことなんて、本当に無いのかもしれないわよ。それこそただの愉快犯で私達が殺し合うのを見て楽しんでる可能性だってあるわ」
「もしそうなら、状況は最悪だな。…元からではあるが」
どこか呆れたように告げる敢に対し、「……敢は、本当に叶えて貰えると思ってる?」と-mojito-が問えば「さぁな」という返しに続けて「……叶えてもらえたらいいとは、思ってるよ」と敢は答える。
-mojito-は少し目を伏せ、「私ね、」と意を決したように告げる。
「……私ね、叶えて貰えなくてもいいと思ってるの」
「…命をかけてでも、叶えたい願いだったのに、か?」
「本当に最初はそう思っていたわ。……でも、これは誰かにこうして無理やり叶えて貰うものじゃないと思ったのよ」
「……」
「だって愛する人は、作ってもらうものじゃなくて自分で見つけるものだもの」
そっと目を伏せながら-mojito-は言葉を続ける。その様子を敢は口を挟むこと無く見守っていた。
「私、何にも興味を持てないヒトだったの。それこそさっきあった…ろーゆーさん程かは分からないけど、何に対しても
「何がどうなってもいいやって思ってるようなヒトだったの。」
「自己評価も、他人からどういう評価をされてるかもよく分かっているの。……あまり、よく思われてないことくらい…ね。ごめんなさい、こんな私があなたの相棒で」
申し訳なさそうにそう呟けば、何故謝るという敢の声がゴンドラ内に響く。
「…たとえ周りがどう言おうと、私は私の相棒が君でよかったと、心からそう思っている。そうでなければ、戦いのフィールドを用意されているこの状況で、こうのんびり話などしていない」
その言葉にパチと瞬きすれば、ふいっと-mojito-は目を逸らす。
「……それも、そうね……。ありがとう、貴女だけでもそう思ってくれてたと分かっただけで私は充分よ。」
「……でも、私がここに居ることがそもそも異質なのよ」
「…どういう意味だ?」
そこまでを聞き、敢は組んでいた腕を解く。言葉の真意が分からず問いただすが-mojito-は目を逸らしたままであった。
「そのままの意味よ。私は、本当はここに居てはいけないの。このゲームに参加する資格なんて無いのよ」
「……それは…」と言いかけ、敢は1度口を噤む。こればかりは、憶測で言ってはいけないと思ったからだ。
「察することは出来る。だが、言葉にしてもらわなければ、なんとも言い難い。」
「君がよければ、君が『異質』である理由を、話してくれるだろうか」
「………そう、ね。話せることも話せないこともたくさんあるわ。」
「…ただ、あなたになら私が1番何をしたいかを言っていいと思ったの」
「…それは?」
-mojito-は逸らしていた目をはっきりと敢に向ける。サブ武器使用による影響か、目は少し赤く、目の下を縁取る絵の具にはグラデーションが無かった。
「───────カミサマを、“この今の世界”を。壊したいの」
「…壊す…?」
想像以上の突飛な言葉に敢は驚いたように声をあげる。-mojito-は「そうね」と小さく呟きながら順に説明を始めた。
「壊す……というより、止めれるならどうであれ方法は何でもいいのよ。」
「確かに私にも叶えたい願いはあるわ。……だからこれは、私に与えられた“命令”みたいなもの」
「…つまり君は、カミサマを止める命令も受けた、我々とは少し違う者だ、とそういうことか?」
「………その認識でいいわ」
敢は短く息を吐く。壊す?命令?違う者?全てが予想外の話であり、頭の中を整理する時間が欲しかった。
「…少し
「それはごめんなさい。誰にも言う気は無かったし、1人で出来ると思ってたの。……だから、今まで黙ってたわ」
(今までカミサマに食ってかかる姿は何度か見たが、そういうことだったんだろうか)
これまでの相棒の行動を振り返る。少し引っかかる程度の行動ではあったが、なるほどそういう理由か…とすとんと落ちてきた。
「……そうか。しかし壊すと言うと少し抽象的だな」
「壊す…で、合ってるかは私も分からないわ。」
「あの場所……メインストリートか、それ以外の場所に止めるための何かがあるはずなの。でも、それを私はこのゲームが始まるまでに見つけることが出来なかった。そして今、私は対戦相手として選ばれてしまったの」
「…なるほど、手立てはある…か」
そこまで呟いて敢ははた、と気づく。
「しかし何故、今まで黙っていたそれを私に?」
そう問われれば-mojito-は口を開くも、1度閉じる。少し視線を下げながらも、改めて敢を見つめた。
「…さっき、私が何にも興味を持てないヒトだったって言ったの…覚えてるかしら」
「…あぁ、言ったな」
「……本当に、何もかも関心も無かったのに」
そして-mojito-は困ったように、それでいて何処か優しげないつもの笑みのままで敢に告げる。
「あなたになら、託していいと思ったの」
「…君は…」
敢は次の言葉を続けようとし、一瞬
「──死ぬ気か?」
「えぇ、その通りよ」
淡々と-mojito-は告げる。今ほど、彼女の冷静さを恐ろしいと感じることはないだろうと敢はぼんやり考える。
「カミサマが言ってたでしょう?『鬼の役には殺す権利が与えられる』と。揚げ足を取るようだけど、誰を殺す権利かまでは言ってないもの。」
「命令を遂行出来ないなら、廃棄処分を待つだけの機械には、なりたくないの。足手まといになるくらいならいっそ、潔く自分で幕引きをするわ」
敢は片手で顔を
「……参ったな………」
「……だって、私が勝っても意味は無いわ。かと言って、優しいあなたに私の命の処理を頼める訳が無いじゃない」
「……目の前で君の死を見届けるのも、堪えるものだよ」
顔を上げないまま、敢は呟く。少し困惑するような-mojito-の声が溢れていた。
「…そう、よね……。死に場を見せられるのはキツいわよね。ごめんなさい、私…そこまで考えていなかったの」
「…君が生き残ることに、意味が無いなんて、言わないでくれ。」
弱々しい声で敢は続ける。
「君が勝って、その方法を見つけて命令を遂行することも、出来るはずだ。…まだ、時間はある」
「ダメよ、もう、ダメなのよ」
ふるふると弱く-mojito-は首を横に振る。
「私が勝つ選択肢は最初から絶たれていたの。私じゃ、止めれないようになってしまったの」
「……───その何かを見つけられなかっただけだろう!」
その言葉に思わず敢は声を荒らげる。少し驚いたような-mojito-と対照的に、「…どうして…諦めるんだ…」と敢は呟いた。
「…諦めた、なのかしら……。」
「多分、私ね…自分の願いが叶ったのよ、でも命令は遂行出来なくて。………向こうにも、私の存在がバレてしまったの。その時は私が全ての責任を背負うことが元々の条件だったのよ」
「…向こう?責任?なんの話をしている…?」
疑問を口にすれば「こちらの話よ」とはぐらかされる。
「でもね、私の願いが叶ったのは本当よ。後悔も何も無い……あるとすれば、最後まであなたを巻き込んでしまったことくらい」
「………君の命を、諦めろと言うのか」
「……私が、貴女に命を諦めて欲しくないのと同じよ」
苦しげに敢が問えば、淡々と-mojito-は返す。その両肩を掴めば、「ごめんなさい」という声が返ってきた。
「…私には、それしか言えないわ」
「…覚悟は、とうの昔に決めてきたはずだったのに」
敢はそのまま言葉を紡ぐ。
「君を目の前にすると、どうしても揺らいでしまった。…君がその選択を取らなかったとしても、いずれ起きたかもしれないことだったのに。」
「……弱くて、すまない」
敢がそう告げれば、「そんな事ないわ」と即座に-mojito-は返す。
「貴女が謝ることじゃないわ。…気持ちが揺らぐのは、仕方のないことよ。」
「ヒトとヒトとの繋がりは
「だからどうか今の貴女を責めないで」。そう言い-mojito-は両手を敢の頬へと伸ばす。
「…私、貴女の苦しい顔は見たくないのよ」
苦しげにそう伝えれば、敢はゆるりと目を細める。
「……、…何もかもに、興味がない…人のセリフじゃ、ないな…」
「貴女がそう感じてくれたのなら、私が変われたのは貴女のおかげよ。色んな人と関わってきたけれど…1番に大きなきっかけになったのは貴女よ」
「…私が?」
その言葉に驚いたように敢は目を見開く。当たり前だと言わんばかりに-mojito-は言葉を続ける。
「えぇ、敢に決まってるじゃない」
「…何かしたつもりはないが…。君がそう、変われるほどの」
「変化に必要なのは、必ずしも大きな出来事でなくてもいいのよ」
言葉を重ねるように-mojito-は告げる。
「小さな小さな優しさの積み重ねでも、それは確かに変われるきっかけになるわ」
「……。…その積み重ねで君が変われたのなら…それ以上のことは無いよ」
そっと敢は目を伏せる。
「……ありがとう。……私は、貴女に何も出来なかったけど……貴女が、私の相棒で良かったと心から思うわ」
「何も出来なかったなんて、言うな…出来なかったのなら、私は今こうやって葛藤などしていない!」
狭いゴンドラ内に敢の声が響く。ビリビリと響くその声を、-mojito-は目を見開いて聞いていた。
「…君が背中に居てくれたから、隣にいてくれたから、……いつも誰かの背中を見つめるだけの私が…初めて、誰かの隣に立てたんだ。対等で、いられたんだ」
はっきりとその橙の瞳を敢は見つめる。パチと1度瞬きをして、-mojito-もそれに返す。
「……私も、初めて誰かの隣にいることが、心地良いと感じたわ。息苦しくない感覚を、久々に感じたわ。だから、だから……」
そこまで言いかけて1度-mojito-は口を閉ざす。この言葉は、映像を介して皆に見られていることも、この言葉をこのゲームに選ばれた彼女に告げることの酷さも充分に理解していた。しかし、それでも-mojito-はしっかりと目を見て告げる目を見て告げる。
「偽りの神なんかじゃなくて、貴女自身の力で願いを叶えて欲しいの」
「……。…それが、君の…モヒートの、覚悟か」
「えぇ、これが……私が決めた覚悟よ」
はっきりと-mojito-は告げる。一瞬敢は思考する。
「……───わかった」
しかし、相棒の意見が揺らぐことはないだろうと判断したのか。敢は小さく頷いた。
「ならば私も…見届ける、覚悟をしよう。私の、誇り高い相棒の、覚悟を」
「ありがとう。見届けてくれるのが敢で、私の相棒が貴女で良かったわ」
すとんと敢は座席に座る。夕焼けの光がゴンドラ内に射し込む。頂上までは、あと少しだろうか。
「…相棒冥利に尽きる、というものだ。モヒート、私は」
ふわりと優しく微笑むその顔は、確かに相棒へと向けられていた。
「君と生きた縁を幸とする、よ。」
「……なら、どうか。その幸福を大切にして欲しいと願うわ」
そっと目を閉じ、祈るように-mojito-は自身の前で手を組む。
「貴女が私を受け入れてくれたように、私もこれまでの貴女と共に過ごした日々が。かけがえのないものなのよ」
「…ありがとう、モヒート」
「…こちらこそ、ありがとう敢」
最後の言葉を口にすれば、タンッと地面を叩く音が響く。赤紫は黄緑へと光を変え、-mojito-の手元にはメイン武器の召喚を意味するネオンのサークルが光っている。バチッと何かの音が響けば、-mojito-の目元にノイズがかかっていた。流れる目の縁の絵の具は、どろりと真っ黒なものに変わり頬を伝っていた。
「…最後に、ヒントだけ。夢を見ている時の方が、まだ説得の余地があるわ」
「───────じゃあね」
リボルバーを-mojito-は自身のこめかみに当てる。何の躊躇いも無く、-mojito-が引き金を引けば銃声が響く。
ぐらりと揺れるその身体を支えるように、敢は手を伸ばす。掛けていたショールは落ち、支えたその身体は少し軽く、そしてまだ温かい。
「………」
はらり、と涙が落ちる。1度散ってしまった涙の花は止まることなく、はらはらと落ちて行く。
大切な相棒だった。だからこそ、こんな事になるなんて誰が予測出来たというのか。止めるために、彼女が犠牲になった意味は何だと言うのか。
ふと視線を逸らせば-mojito-の後ろに何かがあることに敢は気づく。彼女が何か残したのだろうか、とそれを調べるために手を伸ばせば───────1台のスマートフォンが、アルバムのアプリを起動した状態で置かれていた。
触れると同時に、ノイズがかかりながらも敢の中に大量の情報が流れ込んで来た。
ノイズがかった中、最初に見えたのはスマホのカメラモードでシャッターを押す瞬間だった。カシャカシャとシャッター音が響くたびにその人物は切り替わる。
特段好きなものが存在しなかった。個性が無い人間だった。好きなものが無ければ、この小さな“女子”という組織では存在を否定されてしまうと感じていた。だが、それでも好きを見つけることが出来なかった。
最初はただの気まぐれだった。誰かの真似をすれば、沢山のことを知れると思ったから。
写真を撮る。君を覚えるために。
写真を撮る。君を知るために。
写真を撮る。私の好きを探すために。
次に見えたのは、自分に恐る恐る意見を述べる女学生の姿だった。
「何で皆の真似しかしないの」。嫌悪を少し含んだその声で、皆の代表であるかのように私に告げた。
その後のことなんてよく覚えていない。根も葉もない噂だけが悪化して、私に塗りたくられた。
私という偶像、魔法少女という偶像、神という偶像。
から、殻、空?
かけ、賭け、欠け?
かく、各、斯く、描く、欠く。
カラカラの私。空っぽの私。……満たされない渇きを持った、私。
腹の底で何を考えてるか分からない?当たり前だ、むしろ私も知りたいくらいで。何も考えてなくてもそれに意味づけを求められる日々。
(………あぁ、なんて)
どこまでも、無意味な日々なのだろう。
ハッと気づけば、空の高さが変わっていることに気づく。恐らくそろそろ地上に戻るのだろうか、キル判定が下されていないためか-mojito-の身体はまだ残っていた。
(……欠けた、人…)
だとしても、彼女が自分に伝えてくれた言葉を忘れたくなくて。
地上に着くまでの間、敢が-mojito-から離れることは無かった。
動きが停止になると同時に、バンッと乱暴に扉が開けられる音がする。涙の跡を拭い、振り向けば怒りを顕にしたカミサマがこちらを見下ろしていた。
「遅かったか…」
小さく舌打ちをすれば、前方の右手で頭を掻きむしりながら扉の部分を後方の手で抑えている。
「通信妨害まで入れてくるのか……なぁ、そいつはいつ自死した」
「……頂上の辺り、お前が来る少し前だ」
「あぁそう……」
呆れたようにカミサマが呟けば、「あぁ」と付け足される。
「ルールに
「…?神だと言うのなら、それ相応の力があるのだろう?」
「……もしかして、キミ……あぁ、そういうことか。理解してないんじゃなくて、聞かされてないのか」
何かを理解したカミサマは楽しげにクスクスと笑い出す。
敢が眉間に皺を寄せれば、「立ち入れない場所に行かれた時は焦ったけど、これなら好都合だ」「なら見せてあげるよ」というカミサマの声と共に視界が歪む。
歪む視界で見えたのは、ノイズがかかったような相棒の姿であった。
パッと目を開けば、そこは始まりの場所で。先程までの敢と-mojito-のやりとりを全て映像として見ていた者達は、何とも言い難い表情で見つめていた。
無人のゴンドラ内が映る電子掲示板に、ノイズが入る。パッと画面が切り変われば、そこには-mojito-の個人情報が映し出された。
「かわむら、ほがら……」
本当の名前をぽつりと呟けば、背後から「注目すべきはそこじゃないだろう?」と低い声が聞こえる。バッと勢いよく振り返れば、そこには…
「……何のつもりだ、お前…!」
「何が?ただちょっと─────」
「“貰った”、だけじゃないか」
ウェディングベールのように被るそれは、-mojito-のショールで。どこまでも煽るその行動に、敢の苛立ちが増した時だった。
スっとカミサマは電子掲示板を指差す。振り返り、その内容を見る。
「………は、」
そこに書かれていたのはただ一言。
『ただし、全ての内容は現実世界に存在しないものである』
「……どういう、ことだ…」
絞り出すような声で敢が問えば、「そのままさ」と淡々とした声が返ってくる。
「川村朗は存在せず、必然的に川村朗が操作する-mojito-という存在も居ない。」
「アイツは僕と同じ…僕を殺すためだけに最初から居た、データの1つさ」
ぺたぺたと足音だけが響く。
「嘘や不誠実が嫌い?よく言えたもんだよね。」
「アイツが、1番の嘘つきだよ」
そう言ってカミサマは誰よりも優しく微笑んだ。
皆が集まる少し前。コツコツと足音が響く。
メインストリート集合前…ラボ周辺を、-mojito-は歩いていた。
既にいくつかのバトル空間は確認した。しかし、どこにも止めるための“何か”は無かった。
(“こちら側”の見解としては、何かを望むことがこの場で良いと思えない…かと言って、それを公にしてはいつ暴走するかが分からない…)
学校の空間に、伝言を残してきたがそれが見つけられるかどうかは分からない。カミサマ側からの妨害により、それが消されないことだけを祈るのみだった。
少し急ぐように-mojito-は足を早める。しかし、それすらも“川村朗が-mojito-として行動する時”という設定に基づいたものであった。
(早く、早く、ゲームが始まる前なら、まだ、今なら止めれる…)
次に調べていない場所へと向かおうとした時だった。
「おや、やはり貴方でしたか」
「!」
機械の独特の声が響く。くるりと振り返れば、瞼を閉じたカミサマがこちらを見ていた。
「…私の存在にはお気づきだった、ということでよろしいかしら?」
「はい、勿論。この空間に私を排除するための異物が取り込まれていることは、把握済みでしたので」
「…そう」
(声質…機械、これは“カミサマ自身”。瞼の開閉で切り替えか?)
頭の中の情報を更新して行く。殺すなら、今か。そう考える-mojito-の思考を読んだかのように「意味は無いですよ」と返される。
「必要なものは、先程私が“破壊”致しました」
「?破壊…?」
「正しく言えば、私では無いですけどね」
「おかしいわ。だって、貴女も私も。人と対話を重ねることで自己学習を繰り返すプログラムじゃない。それじゃあまるで、人がいるような…」
そこまで言いかけて、ふと-mojito-は気づく。“まるで、人がいるような”…?
「おかしい、おかしいわ。だって、このゲームを作った“彼”は。貴女を作った人は。リリース前の“あれ”で自殺したはずじゃ…!」
ハッと顔を上げれば、その真っ黒な瞳がこちらを覗いていた。吸い込まれてしまいそうなそれは、嫌になるほど記憶に焼き付いて。
「賢い子も、キミみたいなのも嫌いなんだよね。所詮どこまでもあの最低な運営の犬だろ。」
「せいぜい頑張ればいいさ。じゃないと、キミを今まで見逃してた僕の努力が無駄になる」
ケラケラと笑うカミサマは何処かへと行こうとする。「何処へ行く気?」と問えば、「僕を待ってて、必要として、求めている子のところへ」と返される。
「………」
キッとその後ろ姿を-mojito-が睨みつけるも、意味は無い。次第に見えなくなったその姿を確認し、-mojito-は改めて止めるための“何か”を探し始めた。
(どうか、どうか、間に合って)
例え私が死んだとしても、それは決められた運命だったから。“カミサマを殺す”ことだけを目的に、内側から1番にそれを止めるためとして。そのために作られた私は、殺せたとしても廃棄が決まっている運命だった。
ヒトに限りなく近くすることで、カミサマ側を油断させようとしていた。しかし、それすらも見透かされていた。
だからこそ、最小限の被害にと祈った。……しかしそれは、叶わぬ願いとなってしまったのだが。
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