Shadow taG

宵花

序章 それは偶然で、必然に

#1 再起動

 繰り返される平凡な日々。昨日も、今日も、明日もきっと何も変わらない日を過ごすのだろう。

 …それでも、自分には強い願いがあった。強い祈りがあった。

 日常を過ごす上で、必ずしもそれが必要であるとは言いきれない願いだったが、は確かに自分にとって大切なものだった。


 もし死んだあの子が今も生きていたのなら。もしあの時に戻れたのなら。もし自分にとってこんな良い世界になれたなら。もし、もしもしもしもしもしもしもし。自分の力で叶わない事であるのは理解しているからこそ、心の片隅で思っていた。

、不可能な願いが叶うなら』。誰もが1度は考えたことがあるだろう。…しかし、そんな都合の良い事はそう簡単に起きないのである。

 だけど、もし。多少の理不尽があっても、それでも尚叶えたいと思っているなら。その自分の為の欲を、他人の為の欲を何よりも満たしたいと心の底から思っているのなら。



『叶えるチャンスを与えましょう。その強欲さは、あなたがまだヒトとして生きている何よりの証明にもなるでしょう』






 いつもと変わらない日だった。強いて特別な事を挙げるなら、今日はいつもプレイしているゲームが3周年を迎える日だということくらいで。

 いつものように、又は久しぶりのそれを思い出しながら。あなた達はそのゲームを開いた。

 変わらない最初のロード画面。黒い画面に白い文字でお馴染みの注意書き文と会社ロゴが表示される。いい加減、ここのスキップ機能を実装してくれたっていいのに。

 少しの不満を覚えつつ、ぼんやりと画面を眺めていた。『アップデートが必要なデータがございます』。いつものように何も考えずに『更新を行う』を選択した…瞬間、目の前の画面にノイズが入る。不具合か?バグか?そんな事を感じる間もなく、あなた達の視界は暗転する。

 耳元で、聞いた事の無い女性の機械のような声がした。

「おめでとう、キミのその強い願いが天にまで届いたんだ」

「キミのその願いの強さを僕に証明して見せてよ」

 誰の声なのか。今まで1度も聴いたことの無いその声を聴きながらあなた達の視界は完全に黒に染まった。





 睫毛まつげを震わせ、ゆっくりと目を開く。先程までの視界の暗闇は一体なんだったのか。そんなことを考える間もなく先程まで自分が居た空間とは違う場所であることに気づいた。

「…なんだ?ここ…」

 誰に聞かせる訳でも無く、小さな声で彼……ラリマーは呟いた。

 視界に広がるのは外の景色だろうか?しかし、先程まで自分は室内に居たはずなのに。そしてこの景色…どこかで見た記憶が。

 思い出そうと頭を捻らせていると「もしかして、Monsieur.ラリマーかい?」と後ろから声を掛けられた。

 自分のことをそう呼ぶ人物なんて1人しか知らない。と言っても、ネットのゲーム上でしか会話した事の無い人物だが。

 振り返ればその鮮やかなピンクの彼が「やぁ」とでも言うように片手を上げ、足を揃えて立っていた。

「…は?…え、アンタもしかして…ボンボンさん…か?」

「C'est vrai(その通り)!君は実際に見ても素敵なミントな宇宙をしているんだね!」

 何故ゲームのアバター姿である彼が目の前に居るのか。その疑問は彼の一言で飛んだ。

(実際に見ても、ミントな宇宙…?)

 ラリマー自身のアバタースキンは確かに青緑色の宇宙が入っている。そしてMr.Bon-Bonの先程の発言。

 確認の意味を含めて自分の手元を見れば黒いインナーと振袖のような袖が見えた。慌てて全身の服を見ればラリマー自身のゲーム内アバターの服装であることに気づいた。

「は!?んだこれ…!!」

「気づかなかったのかい?…どうやら、僕らの見た目は“Shadow taG”のアバターと同じになってしまったようだよ」

「どういうことだよ…」

「仕組みまでは僕も分からないな。気づいたら目の前はゲームの世界、でも感覚だけは現実の自分と同じだよ」

 試しに頬でも叩いてみるかい?と笑顔で問われるが即座に「遠慮する」と返す。誰が好きこのんで人からビンタされる奴がいるものか。


 溢れる疑問で落ち着けない思考回路のまま、頭を抱えているとMr.Bon-Bonから1つの提案を出される。

「良ければメインストリートに行かないかい?僕らより先にログインした人達が集まっていたよ」

「…他にもいるのか?」

「僕がさっき行った時は数人居たよ。状況を整理する為にも、良ければ行ってみないかい?」

 確かに、とラリマーは考えた。何かが起こるにしてもそうで無いにしても、集団で居た方が安心だろう。

「じゃあ行く。…てかアンタ、なんでさっき行ったって言ってるのにそっから離れたんだ?」

「君のように迷ってる子に案内しようと思ってね。実際、途方に暮れる可能性もあっただろう?」

「まぁ…それはそうだな」

 だろう?と言わんばかりの笑顔を再度浮かべる。先程、感覚も現実と同じと言っていたが表情もその通りだろう。少なくとも、画面越しで見るアバターの笑顔とはまた違って見える。

 ぼんやりと考えながら、ラリマーはMr.Bon-Bonの案内の元メインストリートへと向かった。






 時間にして数分程度だろうか。確認する物も持ち合わせていないため、正確なことは分からないが。しかし少し歩けば見慣れたメインストリートの景色が見える。…が、また違和感を感じた。

 そこには見覚えのあるアバターが数人と、大きな電子掲示板。

(…こんなの、今まであったか?)

 ラリマーが疑問に感じていると、そこに集まっていたアバター達も不安を口にし始める。

「いやいや…本当にどういうこと?やっぱり現実?」

「う〜ん…でも、そう考えた方が今の状況には合ってるよね…」

「で、でも今の状況って言ったって…気づいたらゲームの中だったって状況しか分かりませんよ…」

 恐らくこの場に居るREIN、totoriri、ミラーハート…そしてMr.Bon-Bonの4人はラリマーよりも早くにここに辿り着いたのだろう。この5人は多少なり接点のあったゲーム内のフレンドであったが…だとしてもこの場に呼ばれる理由は不明である。


 気まずい空気が流れようとした瞬間、「あ?」という新たな声が響いた。

「クソキモボインボインじゃねぇか!んだ?おめーも居んのかよ!」

「ゲェッ!バグカスも居んの!?」

 特徴的な呼び方をしながらも明らかな嫌悪の表情を浮かべ、こちらを指さすのはろーゆー。そしてMr.Bon-Bonを見るなり即座に中指を立てたのはバニヤン。更にそれを後ろから困惑の表情で見つめているのはコモモだった。

「おや、君たちもここに呼ばれたのか」

「ボ、ボンボンさんも来てたんですね…!」

 Mr.Bon-Bonを見つめるなり、ほっと安堵の表情を浮かべるコモモとは対称的にバニヤンはもう片手分の中指を立て、Mr.Bon-Bonへ向けた。

「コモたんに近寄んなよ!」

「あわわ…喧嘩はやめましょうよ〜…!」

 一方的に熱が入りそうな予感を察したのか、ミラーハートが2人の喧嘩の仲裁に入る。突然賑やかになったメインストリートに「あら」という新しい声が響く。

「他の方はここに集まってたんですのね。やっぱりいさみ達の言った通りでしたわね」

「本当だ…皆さんここに集まってたんですね」

「賑やかすぎて少し離れてても聞こえてましたよ〜」

 ニコニコとした表情のmoku、少し怯えた表情で周囲を見渡すリル。…そして何故か相棒である-mojito-に支えられている敢がいた。

「敢さん…は、どうしたの?怪我した?」

「いや、そういう訳では…」

「敢、どうしてかは分かりませんが不安定な歩き方をするんですの」

 totoririの問いに対して-mojito-が答える。「先程ぶつけた箇所かしょは大丈夫そうですか?」と続けると敢は「あぁ」と告げ、ふらつきながらも自分の足で立った。

「視界に慣れていなかっただけだよ。恐らくもう少し経てば慣れ……っと」

 またバランスを崩したのだろう。敢がふらりと後ろに倒れそうになったが、ぽすんと誰かに受け止められる。そして「大丈夫?」と恐る恐る問いかける声が敢の背後から聞こえた。

「…キングか?」

「う、うん…あ、ご、ごめんなさい…!勝手に…!」

 慌てて謝罪を続けようとするキングに対し、「大丈夫だよ。ありがとう」とふわりと笑って敢は返した。

 そのキングの後ろから「本当だ!皆居る!!」と明るい声が響いた。

「あれっ、みくるんちゃん?」

「REINお久〜!!」

 ひらひらと手を振りながら笑顔を浮かべているのはみくるんだ。以前まで普通にログインして遊んでいた彼女だったが、ある日を境に一切プレイしなくなっていた。彼女と交流のある者達はその姿に少し驚く。

「アンタ…まだ続けてたんだな」

「3周年記念だって知ってひっさびさに開いたんだよ!……まぁ、まさかこうなるとは思ってなかったけど…」

「でもラリマーも元気そうで良かった!」とみくるんが続けると「あっそ」と素っ気なくラリマーは返す。しかし、表情には少しの安堵あんどが見えていた。




「……で!まぁ…そこそこ人が集まったけど…誰か詳しい状況とかって分かったりする?あとは他の場所見ての意見とか…」

 仕切り直すようにREINが1度手を叩いて周囲を見渡す。それぞれが顔を見合わせる中、「では私が」と軽く手を挙げたのは-mojito-だった。

「mojitoちゃん達は…あっちの方向って確か…」

「ゲーム内だとラボがある方向ですわね。私も軽く周囲を見て回りましたが…詳しい状況までは……強いて言うなら私達がこうしていることが違和感のようなものですし」

「まぁそうだよね〜…ろーゆー達の方はガチャの方か」

 突然振られたREINの問いかけに「あ〜…」とろーゆーは言葉をこぼした。

「ぅれよく知らねーよ。何がどこかとかキョーミねぇし」

「あ、えと、ガチャの方で合ってます…!」

 ろーゆーでは状況説明不足と判断したのかコモモが補足で説明を続けた。「あ?」とコモモの方を見るろーゆーとは決して目線を合わせようとしなかった。

「多分…石像もあったから……でも、なんかいつもと違う気がして…」

「あ、分かる。な〜んか違ったよね!」

 同意するように続けるバニヤンの答えに「そっか…」とREINは呟いた。

「ウチらはコンテスト会場の方だったよ!!会場入れるかなーって思ったけど入れなかった!のと、キングが広場行こって言ったからこっちに来たって感じ!」

 ねっ!と意見を求めるみくるんに対し「う、うん…」とキングは小さく呟いた。

「め、目の前になんか…文字が出てきて……『メインストリートに向かいますか?』って……てっきり皆にも出てると思ったんだけど…」

 所々詰まりながらもキングは答える。それを聞き「そんなの出た?」「いや…」と呟く者が多い中、「あ」と声をあげた者がいた。

「待って待って、僕のにも出てきた」

 そう告げたのは……totoririだった。

 恐らく先程までは何も表示されていなかったのだろう。少し戸惑いの表情を浮かべたまま、表示されている文章を読み上げた。

「『電子掲示板を見上げますか』……って」

 読み上げると同時にtotoririと数人が電子掲示板を見上げる。​───────誰かが、居る。


 正しく言うなら、「座っている」であるが。黒が目立つこの空間の中、まるで幽霊を連想させるような白いアバターが楽しそうにこちらを見下ろして座っていた。

「おや、やっと気づきましたか」

 機械のような女性の声がそのアバターから響く。彼女も巻き込まれた人物なのだろうか?…しかし、それにしてはどことなく気圧される雰囲気を感じる。

 皆、形容しがたいその雰囲気に呑まれているのだろう。先程のように会話を交えようとしない。その様子を白いアバターはクスクスと笑いながら見つめていた。

「先程のように話を続けても構いませんでしたのに。…あぁ、でもそうしてしまうとお話が進みませんわね」

 そう告げるアバター…──彼女の顔が分かるようになる。色白、と言うには白すぎる陶器とうきのような肌の胸元ははだけていたが、黒い模様と赤い0と1の文字が繰り返し表示されている。その肌とは対称的に足元は赤黒く、血を彷彿ほうふつとさせるようだった。

 ゆっくりと立ち上がった彼女の腰には赤と紫のような輪が浮かんでいたが…それよりも彼らには4本の白い腕に目が行った。このゲームはある程度スキンに自由が効くが、基本は人型がベース。mokuのように触手のような髪型であっても、リルのようにつのと羽が生えているアバターであっても、完全な人外アバターになることは出来ないのだ。

 そして彼女改めてニコリと微笑み、その4本の腕を広げて告げた。


「ようこそ、新しいゲームの世界へ」

「私は『カミサマ』。君たちの強欲な願いを叶えるために作られたデータの1つさ」



 誰かが「かみさま?」と小さく呟く。カミサマ…彼女は自分自身を神と名乗った。

「…強欲な願い、とは何のことでしょう?」

 静寂せいじゃくを破るように-mojito-が声をあげる。いつもの彼女と変わらない、淡々たんたんとした問いかけだった。

「言葉のままです。あなた方がここにやってきた条件は1つ……『他人を犠牲にしてでも強い願いを持つ者である』こと」

 その答えに周囲がどよめく。そして、改めてこの不可思議な状況に疑問があふれ始める。

「と、というかここから出る方法は無いんですか…!?」

「一体どういう意味なんだい?」

「ずっとこのままの状態…だったりするんですか…?」

「てかワタシ達集めてどうする気なの??」

 次々と飛んでくる問いかけに対し、カミサマはまたニコリと微笑んだ。

「随分なお喋りさん達ですね。1人ずつお話すれば良いのでは?」

中には何を言っているのかさっぱり分からないという表情の者もいたが、口を開く者が居ないのはその雰囲気にされているからだろうか。


「あなた方がここに集められた理由は1つ。あなた方にその強欲な願いを叶える権利が与えられたということです」

「兄弟の蘇生、親友の蘇生、自分の居場所を守りたい、自分だけの場所を作る、死者との会話…それ意外にも沢山の強い願いはありますが、あなた方はそれを他者を犠牲にしてでも叶えたいと願っていた。心の奥底でね」


 語りかけるような口調のまま、カミサマは電子掲示板のふちをゆっくりと歩いた。願いを口にする度に、掲示板にはその願いが表記される。カミサマの歩いた跡にはドロリとした赤黒い液体が画面を汚していた。


「それを叶える為に作られたデータが私、という訳です」

「しかしその願いを叶える為には私では少し力不足でね。…その為に、あなた方に1つのチャンスを与えましょう。これは拒否することも、シャットダウンして逃げることも出来ませんよ」


 そして神はその4本の手を少し広げ、集められた者達に告げた。

「貴方方にはこれよりデスゲームを行っていただきます」




 しん、と静まり返るその場で誰かの発した「…は?」という呟きだけが聞こえる。しかし、その呟きは場の静寂と電脳空間の中に消えていく。


「……デスゲームって、どういうことだよ」

 カミサマを睨みつけるようにしながら、ハッキリと言葉を口にしたのはラリマーだった。隠しきれていない苛立ちは、意図的なものなのか。

 その反応に気づいたカミサマは変わらぬ笑顔のまま答えた。

「そのままの意味ですわ。私に叶えることの出来るのはヒト1人分の願いだけ。でもその1人を私が決めるのは如何いかがなものかと思いまして。……だから、平等に、公平にあなた方に勝ち取って頂こうと思いまして」

「ちげぇよ、そういうのが聞きてぇんじゃねぇ。…というか、1人しか叶えられないならこんな人数集める必要ねぇだろ。最初っから誰か1人選んで声かけりゃあ済む話を、何の意味があって人数集めたんだ」

「た、確かに…」

 ラリマーの問いに納得するようにコモモは小さく呟いた。事実、デスゲームとやらをやらずとも1人だけにその権利を譲れば良いだけなのだ。わざわざ人を集める必要は無い。

 数名がその意見に納得するように小さく呟き始める。その様子をカミサマはまぶたを閉じたまま、見つめていた。

「アンタがデータか何かは知らねぇけど…それともそういう新しいイベントなのか?3周年記念のイベントか?随分大掛かりだな」

 早く戻せよ、とラリマーが静かに告げた時だった。



「ふ、ふふふっ………」

 ────カミサマは、肩を震わせて笑っていた。



「あはははははははははっ!!!!そうか、キミがそれを言うか!!!!!!!!」

 先程までの雰囲気から一転、カミサマはラリマーを嘲笑あざわらうように答えた。

「戻りたい?現実に?現実から逃げるようにお前らはコレに熱中していただろう?なのにどうして現実に戻りたいだなんて言うんだ?」

 先程まで閉じていた瞳を開き、歪んだ表情でカミサマは見つめる。一切の光を通すことを許さないその瞳と口内の闇から、矢継ぎ早に言葉を続けられる。

「現実よりも仮想の電脳空間が心地良かったか?仮初かりそめの姿でする関係が心地よかったんだろ?現実での関係が嫌だから、顔も素性すじょうも何も分からない相手にズブズブと依存したんだろ?」

「面白いなぁ、しかもキミがそれを言うんだ!キミの全てを僕は知っているよ、皆の全てを僕は知っているよ。自分のことを棚に上げてよくもまぁ僕に言ってくれるよねぇ!」

 次々と紡がれるその悪意ある棘だらけの言の葉は、ラリマーだけでなく集められた皆に向けて吐き出されていた。


「な、なぁ…あいつ、アンタの知り合いじゃないのか?」

「はぁ??」

 ヒソヒソと小声でラリマーに問うミラーハートの言葉に思わず大きめの声で彼は返した。

「だ、だって…見た目とかちょっと似てるし…あとはまぁ…色々ちょっと似てる部分あんじゃん…」

「んな訳ねぇだろ…てかあんなのとオレが知り合いだったら回りくどいことしねぇで自分の願い真っ先に叶えてるよ」

「た、確かにそれはそうか…悪い…」

 小さくラリマーは舌打ちをする。しかし、それは問いかけてきたミラーハートに対してではなく、カミサマに対してであった。……そして、彼はどこか焦っているようであった。


「難しいことを考えるなよ。伏線だとか、なんだとか面倒なことでも考えたか?僕が聞けば何でも答えてくれる優しい優しいカミサマだと思ってたか?馬鹿だなぁ、僕は優しいけどお前らに求めるのは本気の殺し合いのゲームだよ」

「…どうして殺し合いをする必要があるんだ」

 敢が問いかける。カミサマは「簡単な理由だよ」と目を細めて微笑んだ。

「だってその方が良いだろう?キミたちは交流の浅い・深いに限らず、ゲーム内フレンド同士だ。中には何者にもがたいヒトもいるだろう。…例え何を犠牲にして、失ったとしても構わないくらいに守りたいものが」

「だからだよ。キミたちヒトは、簡単に「死んでもいい」だとか「死ぬ気で叶えたい」って言うじゃないか。……だったら、その死ぬ気を証明してみせてよ。キミの願いは、それほどまでにして叶えたいと言うのなら」


「逃げようとするの?この機会を逃せば、もう二度とキミたちに叶える権利は与えられないよ。……叶えてみなよ、その権利を力ずくでも勝ち取って。自分の強欲さを僕にも見せてよ!」


 そう言ってカミサマは静かに瞳を閉じた。だらりと4本の腕の力は抜けたのか、まるで電源の切られたアンドロイドのようだ。



「……本当に、どんな願いでも叶うんかな」

 ぽつりとみくるんが呟く。誰も口にはしなかったが、願いに思い当たる節があるのだろう。心の奥底で願っていた者は、自分のその願いが他人を犠牲にしたいまでのものだったことに気づいたのだろう。皆が口を閉じた時だった。

「​───────…さて、それではゲームの説明を始めましょう」

 先程までの勢いはどこに消えたのか。最初の淡々とした口調のまま、カミサマは続けた。「あのクソアマ、2人でもいんのかァ?」と言うろーゆーの呟きは届いていないようだった。


「ゲーム、と言ってもあなた方にも分かりやすいこのShadow taGのゲームをアレンジしたものにしましょう。…そうですね、形式としては毎月行われていた属性毎の1vs1のトーナメント杯と同じ形式にしましょう」

「ただし、それにいくらかの特殊設定を追加させていただきます。…分かりやすく言えば『影踏み』のシステムを取り入れます」

「影踏み…?」

 リルが小さく呟く。皆、影踏み自体名前や遊び方はぼんやりと把握はしていても、正しいそれを全て理解している訳では無いのだろう。

「最初にどちらかに『鬼』の役を与えます。鬼の影はあなた方の属性の色に応じたものに変化します。…そうですね、分かりやすく言えばこうなります」

 ヴン…と低くうなる音が足元で響いた。「わっ」と声をあげたのはバニヤンであった。

「なんか足元オレンジになったんだけど!?」

 確かに彼女の前方にはオレンジ色の人型が広がっていた。

「それが『鬼』の証明となります」とカミサマは告げる。


「今はお試しの為、何の意味もありませんがね。ゲーム最中は鬼の役を持った者に『殺す権利』が与えられます」

「…影踏み、ということは鬼が交代することがあるのかしら?」

「その通り。鬼の影を踏めば相手に役は移動する。そうなったら今度はそちら側に殺す権利が与えられます」

「時間制限とかは?」

「特にございません。ただし、長期戦に持ち込まれ過ぎてもらちが明かないため、皆様の使用する武器に制限等をもうけさせていただきます」

 説明する毎に4本の腕を器用に動かし、指を1本ずつ立てて行く。

「さらに特殊ルールとして、バトルに使用される空間に対戦相手と自分自身の『個人情報』をどこかに設置させていただきます。その為のヒントは空間内にて提示させていただきます」

「相手の個人情報を見つけ、触れた時点で相手の使用する武器にロックが掛けられ、使用不可能となります。簡単に言えば解除まで相手を殺すことは鬼の役を持っていたとしても不可となります」

「武器って…ゲーム内で使ってたの?僕で言う双剣そうけんみたいな」

 totoririの問いに「半分正解で半分不正解です」とカミサマは告げる。


「武器はその事を指すのは事実です。メイン武器が相手の命を奪う武器、サブ武器が自分を守る武器となります」

「ただし、メイン武器の使用回数は1度までです。命を奪おうとしている代償は、あなたの命となることを考えて戦ってください」


「メイン武器は自分が使っていた物を使用出来るのかな?」

「そこが半分不正解の部分です。メイン武器はこれからまた、あなた方に特殊ルールがほどこされたメイン武器のガチャを引き直していただきます」

「ゲーム内で使用されていた武器を入れているため、運が良ければ使い慣れた物を引くことが出来るでしょう」

 ゲーム内で使用、と言う言葉を聞いて思い当たるふしでもあったのだろうか。ミラーハートがピクリと反応していたが、「命に関わる武器です。変なものは取り除いていますよ」というカミサマの言葉にどこかホッとした顔になっていた。



「始まれば分かることです。実際行わないと、気づけない点も多いでしょう。…次はあなた方の命を奪うもの、守るためのものを選ぶお時間となります」

 カミサマは変わらぬ態度でそう告げる。…中には何名か質問し足りない、というような表情の者も居たが気づかないフリをしているのだろうか。何も反応を示さなかった。



「…後悔、していますか?」

「は?」

 突然の問いかけに思わず声がこぼれる。

「……興味本位の質問ですよ。お気になさらず」

 そう告げたカミサマに突然ノイズがかかる。瞬間、電子掲示板の上からカミサマは消えていた。


「こちらですよ」

 声のした方向を振り向けば、ろーゆーやバニヤン、コモモ達が来た方向…ゲーム内ではガチャページとなっている石像前に続く方向にカミサマは立っていた。

 先程まで上に居たため分かりにくかったが、背丈は女性アバターの中くらいだろう。早く、と急かすように告げて歩くカミサマの後ろ姿を残された彼らは見つめていた。



「……いまだに夢なんじゃないかな〜って思ってる自分がいるんだけど…」

「同感だな……」

 ぽつりと呟いたのはREIN、敢の2人であった。先の説明でいくつか説明に欠けると思われる箇所も存在した。だが、カミサマの有無うむを言わせぬ雰囲気に気圧されたのだろう。思わず呼吸をすることすら止めてしまいそうなほどの息苦しさがカミサマにはあった。

「じゃあさ、」とバニヤンの声が響く。

「カミサマ追っかけてもっかい聞けば良くない?てか、願い事叶えて貰える可能性あんならワタシは叶えて貰いたいケド」

「…それに関してはオレも同じ意見だ」

 同意したのはラリマーだった。後頭部を雑にきながら「あー…」と小さく声を零す。

「……アイツにまぁ…色々言ったが…正直オレもどうしても叶えたい願いはある。んでもってそれは現実じゃ絶対叶わない。…叶えて貰える可能性があるんなら、試すのも1つだとすら思ってる」

長い睫毛を伏せつつ、何かを思い出すように告げる。

「りまちゃんもなん?」

「りまちゃんってなんだ。そこまで親しく無いし交流無かっただろ」

 2人の軽い言い合いの後、「オレは行ってみるよ。アンタらは?」とラリマーは聞いた。

「オレ、は…」

「……」

 言葉が詰まる2人に背を向け、ラリマーはカミサマの向かった方向へと歩き出した。「ラリマー!」と続けてみくるんがそれを追いかけるようにして向かった。それに続くようにどんどんそちらへと向かって行き、最後にはtotoriri、敢、キング、-mojito-が残っていた。REINは相棒であるろーゆーを説得するためについて行き、mokuはそれに続くように行ってしまった。

「ど、どうしよう……」

「とりあえず行ってみませんか?恐らく、私達だけがこちらに残っていても何も起きないと思いますわ」

「……あまり気は進まないがな」

 小さく息を吐く。…ふと、敢はtotoririが電子掲示板をぼんやりと見つめていたことに気づく。先程より表示されているものが増えているが、幾つかは文字化けされており解読が不可能だった。

「……とり?」

「​────あぁ!ごめんごめん!ちょっとね!」

 背後からの敢の呼び掛けにtotoririはパッと振り返る。何か言いかけようとし、敢は口をつぐんだ。

 そして残された4人も皆を追うように石像前へと向かった。

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