第15話「この世界を取り戻してやる」


頬を伝ったそれが、降り注いだ魔法の雨ではなく、瞳からこぼれた涙だと気づくのに時間がかかった。


──神は言った。僕に向けて彼女に伝えてくれと頼んでいた。


「すまない」


それはきっと、仮面さん──いや、プロテアさんを親友とともに最後を迎えさせられなかったことに対する謝罪だろう。


神は多分、行き先を聞く時に思っていたのだ。


街に戻らず、親友と共に消えれなかったことを知るよりも、そのまま転生者を追って、知らぬまま生きて欲しいと。


その場しのぎな気がする。無知に自由に生きて欲しいとでも思ったのだろうか。


「ハネオリ……さん?」


プロテアさんが僕を心配したように顔を覗く。


彼女が街を見て驚き竦んだのは、きっと共に死ねなかったからだろう。親友と一緒に死ねなかったから泣いたのだ。


──んだよそれ。


なんでそう簡単に生きることを諦めれちゃうんだよ。なんでそんなに生きることを大事に思えないんだよ。


誰かと一緒に死ねれば怖くないだとか、神様が言ったからとかさ、もし死ななければならない理由があったとしても。


死にたくないだろうが。死んだら終わりじゃんか。

死なない方法はなかったのかよ、神様。


僕がもし、オロバスを発動してなかったら、知らないままに終わっていたことが多すぎる。無念が多すぎる。


そんなの……なんだよ、なんだよそれ。

理不尽すぎるだろうが。


それしか方法がないのは分かる。わけが分かるからこそこの理不尽が嫌だ。


子供みたいな言葉しか思いつかない。


心配そうに見つめるプロテアさんは、泣き出した僕に言う。


「大丈夫ですか?」


──なんで。

なんでそんなこと言えるんだよ。あんたの方が大丈夫じゃないだろうが。


親友が消えて、自分は転生者のせいで一緒に最後を話せなくて。


原因は転生者のケイオス───いや違う。


僕だ。

僕が本を忘れなかったら。あんなことはならなかった。


何を他人のせいにしてるんだよ。全部僕のせいじゃないか。


僕が来たからみんな消えて、僕がいたから親友同士は話せなくて──話し合えなくて。


「……僕のせいだ」


「──違いますよ、ハネオリさん」


プロテアさんは、僕に言う。


微笑みを絶やさない仮面をつけたまま。


「決まっていたんです。あなたが転生殺しとして来た時からもう、こうなることは。逆に言えば、あなたじゃない転生殺しがきたとしてもこうなってたんです」


私の拉致は予想外でしたけど。と、彼女は続けた。その声は震えていた。


「だって、だってそうじゃないとダメでしょう。

全部の責任おっ被せようとしてごめんなさい。

あなたにも責任があると言ってごめんなさい。

ないんですそんなもの。決まってたから」


いつか終わるってわかってた。みんな知っていた。ずっと昔に覚悟を決めていた。


その面の縁から、水滴がこぼれていく。


「私ね、みんなで消えれるからいいやって思ってたんです。でも拉致されて、間に合わないかもって思ってたら、助けてくれて。嬉しかった。みんなで消えれるって思ったから。

森をぬけて、街について、街のみんなとベレと、あなたの背中が見えなくなってから消えたかった。

なのに、もうみんな消えてた」


手遅れなのに、それを知らずみんなが生きてると思った僕に、少しだけムカついたと、彼女は言う。


「何も知らないのに、助けようとしてる。滑稽で、嫌でした。

この世界はもう、私たち──元々この世界にいたものの居場所はないから」


だからみんな消えることには肯定的だったのだと、彼女は言続けた。


転生者が蔓延り、転移者が肩で風を切って歩くこの世界において、原住民は3つに分かれる。


転生者の仲間になるか、敵対するか、劣等感を抱いて生きるか。


間近で転生者を見てきたあの町のものにとって、努力ほど無価値なものは無いのだろう。


諦めて死ぬほうが狂った世界を見ずに済む。

それは皆同じだった。


「この世界はほかの神々の支配下にある場所が多いんです。ですが、あなたの神の、数少ない支配下であるここが、ここだけが我々の世界本来の神にとって、最後の砦だったんです」


神は言っていた。


この、プロテアさんがいる世界も、僕の世界も彼女の所有物だったと。


けれど、彼女の世界は他神に見初められ、転生者 は暇潰しに送られたのだと。


ここまで転生者が蔓延っていて、神は転生者に嫌悪を表していたことを考えれば、少なくとも僕という存在を送り込むまでに反抗はしていたのだろう。


しかし、彼女が言うにはもうこの場所くらいしか神の所有権がないという。


分かりやすい嫌がらせだ。


大量の転生者が来る。神はそれを知覚し、涙ながらに手を出せず、支配権の住民は劣等感が募る。


神は僕にステータスをあげる力がないと言っていた。限界がスキルの贈与であるとも。


純粋に力が足りなかったのだろう。言い換えれば、他神と抗う力がない。

だからこそ、後続がこないように道標を、扉を壊した。自分の持てる力を使って。


この消滅が決まっていたのなら、長い間計画されていたと考えるのが妥当だ。


そしてその計画は──転生者を滅ぼす計画は僕の到来によって始動してしまった。


──そうだ。


長い間、終わりに向かって、死に向かって走り生きた彼ら彼女らに、そして何よりも神に、僕は答えなければならない。


始めてしまったものとしての責任を果たせ。


たとえそれが僕じゃないとならないとしても、理不尽だとしてもやらなければならない。


じゃないと気持ちよく生きられない。


彼らに応えなければ、この先のメシはきっと不味いし、見る風景は殺風景で、快楽なんてものはない。

そんな状態、死んでいるのと変わりない。


平和に、利己的に、楽しく、快適に。


これらが合わさって初めて、僕は言えるのだ。


生きていると。


生きたがりとはそういうことだ。


楽しい現状を長く楽しむために生きることが、僕が言う「行きたがり」なのだから。


「……僕のせいだよ。やっぱりね」


彼女らが望んだことはなんだ。神が望んだことはなんだ。


ここで泣くことか?違う。


「いえ……」


「僕のせいなんだ。だから気にしないでよ」


部屋の隅っこでぴーぴーひよっこみたいになくよりも、犬みてぇにワンワンなくよりも、やるべき事がある。


「最初から最後まで、変わらねぇよな……。覚悟が少し前よか決まっただけだぜ」


涙を拭って、立ち上がる。

僕が生きるために、神に答えるために、無駄死になんてものを無くすために。


「転生者を全て殺して、この世界を取り戻してやる」


──やるべき奴を、殺るだけだ。

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