第9話「お前を必ず、殺す」

それは名案とは言えない。


まぁ、仕方がない。結局のところ、凡人であり凡才の僕は、痛みを伴わなければ何もできやしないのだ。


犠牲と代償の果てに、たった一つの願いが手に入る。


そんなことを考えながら、僕は突き刺さった剣の柄を握る。


──なかなか深く突き刺さっているようで、剣は腹から抜ける気配はない。


「なにしてんだ?」


「心配してくれてんの?剣士さん。ははは。まぁ、見ててよ…ゴホッ…オエッ…」


血がバタバタと音を立てて地面に撒き散る。


透明な空間の床は真っ白くて血が映える。


ふぅっ、ふうっ、ふうっ、ふうっ。


今から僕がすることに、我ながら恐怖を感じる。


痛くないからと言って、それは限定的なものだ。


かと言って、やらなければ更に酷い目にあうだろう。


そんな「正解」、オロバスを使わなくたって分かる。


「──あー、考えたくもねぇな」


僕は剣の柄を左手で握り込む。突き刺さって楔になっているとはいえ、腹筋は動くし、背も曲がる。


そうして、上体を起こした。


床は僕の血で真っ赤に染って──滑りがいい。


「──まさかっ!?やめろォッ!!」


ずっと黙っていた転生者が思わず叫んでいた。


そりゃそうか。お前も僕と同じ普通の人間だったんだもんね。


けど、今は違うだろ?黙って見とけ。


「…っ!うおあああっっっ!!!!」


地面を右手ので押さえて、突き刺さった剣の刃に沿うように後ろの方向に体を動かす。


ずる、ずるずると血の跡を残して少しずつ僕に刺さった剣は下腹部をめがけゆったり切っていく。


さすがにあそこは切りたくないので、下半身を捻って、股関節をなぞる様に体を切った。


この剣は良い剣だ。骨に当たってもバターのように切れた。


血がさらに吹きでる。それはもはや赤い噴水だ。


足の付け根がちぎれそうになる。


仕方ないので、剣を支えに片足で立つ。


僕を地面に縫い付けていたこの剣が松葉杖になるとは、人生何があるかわからない。


あ、でも、ここを狙われたらおしまいなのでは?僕隙だらけじゃん。考えてなかったどうしよう。


なんて思っていたら、それは杞憂だったみたいで。


「うあ、あっ!こいっ、こいつっ、イかれてる!?」

と、ケイオスさん。


「うえっ、キモイぃぃぃ!うおえええええ」

と、エルフアーチャー。


「うぅ……」

そう唸るのはロリマジシャン。


剣士とアサシン以外が僕を見て思い思いの嫌悪を表した。


剣士とアサシンは、絶句していた。目を見開いて、「こんなことをするバカがいるのか」という風に口を開いている。


あの空気のヒリつきは消え去り、今は汚物を見る目が僕を貫く。


すっかり戦意は喪失したらしい。一時的だろうとは思うけど。


──代わりに剣士とアサシンは僕へ向ける眼差しが変わっていた。


「ふふっ。いや、面白い。ケイオス。こいつは私が殺すよ。君の覇道を汚す汚点になり得る」


「痛みと死を天秤にかけるのが普通。でもこいつ、死を恐れてない。選択の中から迷わず痛みを取れる。不死身とはいえ死を恐れないやつは愚かで強い。

私はこいつが嫌い。だから殺す。」


そうかい。


少しだけ傷ついた。僕は死はともかくとして、痛みは恐れているというのに。他者から見ると、そう映るのなら、すこし身の振り方を考えておこう。


──さて、ここをどう切り抜けようか。傷は既に治っている。


確かに、僕のスキルは強いな。と、しみじみ思った。


どんなに凄惨な傷でも、左手で傷に触れれば元に戻るのだから。それだけでも十分チートだと思うぜ。


癒す左手の幻想『ラファエル』そして見抜く眼の幻想『オロバス』。


まだ僕には数種類のスキルを残している。


しかし、この状況スキルをどう使えば勝てるのだろうか。


回復を繰り返しても、恐らくバレる。


左手で触れたところが回復するなんて事実が露見したら、間違いなく僕の左手を切り落とそうとするだろう。


そうなったら僕はゲームオーバーだ。たいした再生能力もない僕の不死は回復能力だよりになる。回復手段が途絶えれば、死なないだけのサンドバッグの完成だ。


それは御免である。


「よし──なぁ、そこの色男さんや。提案してもいいかな?」


拍子抜けするくらいの笑顔を見せて、僕はケイオスってやつに言う。


実際拍子抜けだろう。転生殺しという男が、笑顔で殺気もなく、闘志もなくフレンドリーに話しかけてきたのだから。


「──俺にか?」


僕は首を縦に振る。


「転生者を殺せって、確かに僕は神様に言われてるよ?でもさぁ、なにも君を殺せなんて言われてないわけ。つまり──」


「後回しにしてやるから、俺をここから逃がせと?」


転生者サマは頭が宜しくて助かる。


「その女の子もご一緒に頼むよ」


相手にとってメリットはない。なんならデメリットしかない。


明らかに自分より格下の相手の取引なんて、対応するのが馬鹿らしい。


が──賢い賢いテンセイシャサマなら考えるだろう。

こいつはきっと、何かがあって取引をもちかけているのだと。


実際なーんもない。


通るとも思ってもいない。時間稼ぎである。


「──ふっ。わかりやすい時間稼ぎだな。そんなに昼が待ち遠しいか?」


バレてた。


…てか、こいつなんで僕が昼まで時間稼ぎしていることを分かったんだ。


いや、違う。今論じるべきはそこじゃねぇ。


何故、奴は──


「昼まで待ってやったか知りたいか?教えてやるよ。お前が何をしようと、この空間からは抜け出せないからだ」


「──っ!へぇ、そいつは、お優しいこって」


笑顔が引き攣るのを感じた。


「それ、教えるの?」


魔法使いロリが口を挟む。


「別にいいだろう?……さて、この空間はドアを唯一のポータルとして扱っていた。つい先程破壊したドアだ」


転んでもただじゃ起きないか。


退路を防ぐことと、僕を始末すること、どちらかを取れるように魔法を使わせたわけか。


いや、おかしいぞ。ならなぜロリ魔法は落胆した?


退路を防いだらそれでいいじゃないか。


あとは煮るなり焼くなり自由だろう。


「明らかな格下に、第6深度の魔術を使ったのに避けられたのは、相当ショック……」


「あぁ、そういうこと」


忘れてた。僕はこの場では格下の雑魚なんでした。


スライムにギガスラッシュミスしたらそりゃテンション下がるよな。


「さて、お喋りはおしまいだ。メレ、マイナ。やつを殺せるか?」


「あぁ。了解した。では、私の全てを持って殺そう」


「うん。私も全部で殺す」


殺意十分、やる気満々。


僕はピンチ。やれやれ。どうしたことやら。


───まともに戦う?それもいいけども。


「…ちょうど正午だ。悪いな皆さんごきげんよう」


僕は、地面にしゃがみ込んだ。


体育座りではなく、ヤンキー座りでもなく。


両手を地面に置き、右足を前に膝を曲げ、左足を後ろに、地面に膝を着く。


転生者ならわかるだろう。この僕のしゃがんだポーズを。


「……クラウチング?」


──ご名答。天国にいつかご招待してやる。


では、僕はスキルを使わせてもらおう。


それはオロバスでもなく、ラファエルでもない。


──走る幻想。


「行くぜ──速く……早く……迅く駆け抜ける幻想『這推の迅』(アキレウス)」


と、僕が言った刹那──


風が吹いた。


透明な空間の中。完全な無風──凪の世界で風が吹く。


それは明確な異常事態。無いはずのものが現れる異常現象。


風が吹いてきた方向は、雑魚がかつて居た場所。風が吹き通った向きは、かつて少女がいた場所。


つまり──


「…っ!」


いち早く気がついた剣士は、素早く剣をまだ横たわっている女の方向へ投げつけた。


空を切り抜き人を切り裂くその剣は果たして、目に見えぬほどのスピードで走り抜けた僕の左肩に突き刺さった。


「なっ!?いつの間に!?」

ケイオスが間抜けに振り返り叫ぶ。


他のパーティーメンバーも気づいたようだ。剣士の迅速な行動に驚きながら。されどその驚愕のさなかでも他のメンバーは冷静に攻撃に移行しようとする。


が、遅い。


動かなくなった左腕を力なく弛緩させつつ、動く右手で彼女を抱き──


スキルを使う。


「あばよてめぇら!──瞬間移動する幻想『移標をつくガープ』!!」


雑魚にお似合いな捨て台詞を吐いて、僕の体と彼女の体は光る粒子に溶けだす。


「なっ!?ここは魔力を使えないはずっ!?」


ロリ魔法使いが僕を見て驚いた。


魔法とスキルの違いはよく分からないけど、彼女のセリフからスキルは魔力を使わないのだろう。


僕魔力ないしね。


「くっ!司令コマンドスキル発動!」


「…!りょっ!チャージ……」


ケイオスが叫ぶと、エルフの弓矢が輝きだした。


ありゃ当たるとやべぇな。


──だが残念。もう逃げるおわる


「てめぇ──」

ケイオス君も理解したのだろう。これでは間に合わないと。だから──。



「あ、最後にひとつ言わなきゃならないことがある。」

僕は思い返す。


手に抱くこの女の子を痛めつけたこと、僕を殺そうとしたこと、実際仲間に頼んだかどうかで暗殺したこと、刺したこと。──etc…


「「お前を必ず、殺す!!」」


奇しくも同時に、互いに殺害宣言した。


──矢が放たれると同時に僕はこの謎空間から姿を消した。



───────────────


これが僕とケイオスの殺し合いの開幕物語。


長くはなるが、退屈はさせやしない。それが僕という読者によりそう語り部の使命だ。

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