第8話「死ぬ気なんざ」

8.


こう見えて、僕は無謀は苦手だ。


なんの考えもなしに戦ったり、何かをしたりするのは背筋がゾクゾクしてしまって、何も手がつかなくなる。


だからこそ、僕は生きるという最善の手をこれまで考えて、実行して、現に生きてきた。


さすがに神様からの天罰で死ぬことは考えてなかったけど。


もちろん、僕の生前はここで語るような派手な内容ではないし、語るにしても長すぎるから端折るけれども、苦労は人一倍通り越して人五倍ほどしてきた自負はある。


そんな人生だったけど


「死ねっ!」


「しねぇっ!」


「死亡しろ!」


1人はショートソードを振り下ろし、1人は弓で殴り掛かり、1人は魔法の矢で僕を攻める。こんな熱烈なピンチは経験したことがない。


てか経験してたまるか。


僕がいたのは平和な日本だぞ。平和なりの生存力サバイバルスキルしか身につけてねぇんだが。


だけどなんとか、片手の短剣で魔法矢を打ち落とす。もう片方の短剣でショートソードの軌道をそらす。体をひねって矢を避ける。


『オロバス』で防御の正解の軌道を導き出せるため、その通りに振れば痛手はおわない。


しかし、それだって捌ききれている訳では無い。


撃ち落とし漏らしたり、避け損ねた矢は掠めて何度も肌を斬るし、剣は矢に気を取られてるとすぐ僕の首を狩り取ろうとする。


反撃しようにもチャンスがない。剣が来なけりゃ矢が来るし、矢が来なければ剣が来る。


後衛2人に前衛1人のパーティー。チームワークも完璧。


たいしたもんですよ。本当にさ──。


「ぜぇっ…はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ…」


「お疲れみたいだな雑魚」


「ぶち殺してやるし、覚悟しろっての」


魔法の矢マジックアロー装填完了…」


僕は満身創痍。明確な傷はないが、平和に暮らしてきたオールGランクの身体ステータスだ。おそらく僕なんかよりも遥かに良いステータスの彼女らに、更には3対1だぜ?


無理無理きっつい。


それに、オロバスはあくまで瞳に正解を映すだけのスキル。

その正解を遂行することが困難な場合もあれば、人には無理なこともある。


オロバスが示すのはあくまでも「正解」。


それが当人にとっての実力を加味しての正解だったとしても、時には僕の能力を大幅に超える事もある。


避けられる「正解」を見るようにしてはいるものの、完璧に避けきれておらず、こうして体に傷を作っているのがいい事例だ。


2本の短剣でどうにか、正解の軌跡をなぞることで何とかなってはいるが、これがいつまで持つか。


せめて、あと数分だけでも時間を稼ぎたい。


昼の12時まであと5分だ。


「時間稼ぎ…?」


剣士がそう呟いたのと同時に、僕目掛けて猛攻をしかけてきた。


数メートル距離を離してはいたのに、そんなもの無いように一気に距離を詰められる。


反応が、遅れ───


──ざぐん。


痛みが、走る。


肩から腹部にかけて袈裟斬り。幸い踏み込みは甘かったのか、僕が咄嗟に後ろに飛び退いたからか、傷は深くはない。


あ、本当に、口から血って出るんだ。


剣で斬られるなんて、初めての体験だ。ははは。


ははははは。


──痛い。


痛い痛さが痛みで痛くて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!


──脳に伝令が走る。もう死んじまうという信号シグナルが轟く。


でも、死なない──否。死ねない。


神は許さないのだと知った。これほど強い痛みですら、転生者を殺すまで楽になる死ぬことは許さないと。


──馬鹿馬鹿しい。


「死ぬ気なんざねぇよ……」


後ろに倒れ伏しそうな身体を、脚で踏ん張り支える。


体勢はギリギリ保たれる。


剣士はそれを見て少し驚いた風であったが、瞬きする間もなく剣で風を切る。


流れるように繋がる剣は、僕のオロバスじゃ防ぎきれない。


でもそれで諦めるんだったら、生き汚いなんて自称してねぇんだよ。


──軌道を読め。


見える軌跡を両刀で描け。


頭ではわかってんだけど、平和ボケした体がついてこない。


動体視力だけが高まって、動けないってのは、もどかしくて腹が立つ。身体能力の低さがもどかしい。


だが、動かす。動かないと死ぬ。死なないとしても、それでも痛いのは嫌だ。


何故か弓兵エルフと魔術師は見ているだけだ。


だから剣士が攻撃するだけになっているが、それでも剣の驚異に変わりはない。いや、先程よりも脅威は増している。さっきよりも遠慮がない。


片手で持つには長すぎる剣を片手で振るい、脳天を狙う剣士。


かの剣士の一撃は、短刀で完璧に、オロバスの示す軌跡通りに受け流しても、肩まで痺れる剛剣。

そんな彼女の一撃を今まで捌き、流し、滑らせてきた僕も、この全力の振り下ろしは対応できるわけがない──


なんて、諦めてたまるか。


両手でクロスさせた短刀で防ぎ──


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


──え?


鉄と鉄が重なる金属音すら鳴らなかった。


鳴ったのは、まるで皿が割れるような、何かがぽっきり折れるような音。


僕の短刀は、柄を残して消え去った。


──気合いを入れて振り下ろされた一撃は、僕の両手にあった短剣をばっきりと折ったのだ。


だが、僕は致命に至っていない。


オロバスの正解を示すスキルは伊達では無い。


後ろに全力で飛ぶことが正解と分かった瞬間、僕はこれでもないくらい足に力を込めて後ろに蹴り飛んだ。


斬撃は僕の体を薄皮1枚捉えて切り裂き、あしゅら男爵みたいな傷口をつけられたが、命に別状はない。どちらかと言えば剛剣を受け続けた腕の方が瀕死の重症だ。


「危な……」


───死に繋がる一撃を避けれた安堵を、一瞬見せた。見せて、しまった。


「隙が、あるぞ!」


動揺した僕へ剣士の腕が伸びる。その手は僕の顔を掴んだ。


アイアンクローで頭を潰すのかと思えば、そのまま体の上半身を回転させるように全身のバネを駆動させる。


僕の体は簡単に宙を舞い、強く地面に叩きつけられた。


肺を潰され、全ての酸素が消え去る感覚──息を吐いたかと思えば、血が口から吹き出す。


生暖かい液体が喉を通り、咳き込みと同時に外界へ流れ出て白い地面に赤い斑点を作った。


素早く逆手に持ち替えた彼女の剣が縦の切傷に沿うように僕の腹に突き立てられる。


この間、おそらく1秒も満たない。


腹部を貫いて、床に突き刺さる剣。


その衝撃と、腹から来る不快感を吐き出すために咳き込んだが、出たのはごぽぉっという音と見たことも無い黒い血。


先程の血なんかよりも、命に関わるとすぐ分かるほどのやべー色だ。


「残念だったな。私が最初から本気だと思ってたのか?お前の力量を図るために手を抜いていたとも知らず、本気を出せばすぐこれか……。転生殺しが聞いて呆れるな」


「もしかしてそんな短剣とナイフだけで渡り合えてると思ってたの?ダッサ。んでキッモ」


「不愉快です。こんな雑魚に私の魔法を避けられたのは…」


「お願いだから死んでろ、雑魚」


──どうやら僕の呼び方は雑魚で統一されたらしい。


どぽどぽと喉から迫り上がる血を飲み込んで、上半身を起こす。


気持ち悪い。鉄のような物が喉と胃にとこっているのが分かる。


もはや、アドレナリンが脳に分泌されまくって痛みは感じない。


肩から腹部にかけた傷は、治る気配はない。不死身のくせに再生能力が低いと思ったが、やはり僕に再生能力は備わっていない。


そのくせ不死身ということは、恐らく身体中から血がなくなっても、脳を壊されても、僕は生き続けるだろう。


脳死はせず、苦痛の中生き続ける。


出血多量で死なず、貧血で生き続ける。


多分、人とは呼べない欠片になっても、自分は生きてしまえるのだと、そう理解出来た。


霞む視界、有耶無耶な脳で考える。


だからどうしたと。


拷問と変わらない、地獄と変わらない。そんな現在の不死者ぼくに、吐いて捨てる。


そんなもの当たり前だ。


人よりちょっぴり死に対する抵抗が少なくなって、人より少しだけ強くなれる能力をくれた神様に、今僕は敬意を称したい。


僕は、人として転生者はずれものと戦えるのだと。


不死では命の大切さを忘れていずれ非道に堕ちるだろう。それは人ではなく外道だ。


人に余る身体能力を得てしまったら、それは人間ではなく、人を超越した何かだ。


スキルは少々、いや、かなりチートっぽいが、相手が相手なのだからいいだろう。


これだけは僕は神に感謝したい。


なるほど神様。あくまで僕は僕としてこの世界で転生者を殺せというわけか。


──人を忘れた人を人と認めるほど、神様は優しくないようだ。


さて、戦う結論は出た。


ならば人として、最低限異世界で生き抜くすべしか渡されなかった哀れな者として、ここで「チート野郎」に引導を渡す──は無理だろうから一泡吹かせてやる。


初戦は、見事な敗北だった。


転生者は傷一つなく、仲間にも傷はなく。


返って僕は傷だらけ。酷い目にあっただけだ。


だからここからどうしてやるか。その算段が決まったら、2回戦の始まりだ。

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