第7話 「初戦開始」

ドアを開けると──そこは無限に広がる透明な場所だった。


青空が広がっている以外真っ白な空間。


まるでハウルの動く城の、あのドアのように「別の空間」に繋がったであろうこの現象。


間違いなく魔法や魔術の仕業だ。


誰が……?


圧倒的におかしな空間に身を置いて、思考回路をフリーズさせていると、声が聞こえた。


「へぇ…お前が転生者殺しか…」


「っ!?」

声。明らかに男の声だ。


もうこの時点で何となく察したけれども。


ほぼ確定で、この声の主は転生者だ。


「──いや、生憎まだ1人も殺しちゃいない。てか誰?姿くらい見せなよ」


当たりを見回せど姿もない転生者に、舐められないよう余裕ぶっこいた口調で言う。


「おぉ、悪い悪い。失礼だったな」


声の主は、すっと虚空から現れた。


──彼は、正しく転生者って感じのやつだった。


女の子3人をはべらせ、目つきは鋭く顔は整っている。


自信に満ち溢れて、黒を基調にしたローブとシャツの混合みたいな服を着た、第一印象いけすかねぇ奴って感じの男。


少なくとも、現実ではもてたんだろうなって感じの顔つき。気に食わねぇな。


歳は僕よりも年上─つまり大学生以上で、隣の女の子たちはロリからおねーさんまで幅広い。


右からロリっぽい魔法使い、男、同年齢っぽい鉄装備で固めた剣士、そして年上──尖った耳からしてエルフの弓使い。


虚無りより現れた剣士は一人の女の子の首を締め上げて浮かせていた。


──あれは間違いなく、あのNo.……なんちゃら。


「仮面ちゃん!?」


もうめんどくさいのでこう呼ぶことにする。


ナンバーなんちゃらもとい仮面ちゃんは、僕の呼び掛けに一瞬戸惑うも、すぐに声を上げた。


カノジョの片手には、「青い本」が。


「ぐっ。う、に……逃げてっっ!」


──ざくん。と。


背中にふと、激痛が走る。


昨日くらったのと同じ痛みだ。


見てみれば、少し僕よりも背が低い黒ずくめの女の子が僕の背中にナイフを突き刺していた。


この背丈、このナイフ。見覚えがある。


そのままアサシンは彼らの元へ一足で飛んだ。


刺された僕は、笑う膝を奮わせて、なんとかかんとか痛みに耐えて、余裕そうな表情で、不敵な笑みを浮かべつつ、敵を見すえて立ち続ける。


──なるほど。


つまり、僕の推理はとんだ的外れだったわけだ。


犯人はこの転生者御一行様で、僕はこいつらを殺す仕事がありながら、その前に殺されたと。


笑える話だ。ほんと。


人生というのはままならないし、皮肉なものだ。


つくづく、そう思う。


「ねぇ、ケイオス。こいつは確かに私が殺したはずよ。なのになんで死んでないの?」


と、いまさっき僕を刺した暗殺少女が転生者くんに聞く。


「さあな。俺たちの邪魔になる『転生殺し』がいるのは前から聞いていたが……。まだ生きてるってことは…超回復のスキル……か?」


「さすがだなケイオス。君の慧眼には惚れ惚れするよ。…さて女、答える気がないならこのまま眠ってもらおう」


戦士が更に首を締め上げる。


仮面ちゃんは、必死にもがくもそのまま気絶してしまったようだった。


剣士はつまらなさそうに唇を少し尖らせ、彼女を地面に置く。


もう少し耐えると思ったが。と呟いたのが聞こえた。


──彼女は死んでいない。軽く胸の部分が浮き沈みしているのが見える。


しかし、彼女の手にはしっかりと、気絶せれども青い本が握りこまれていた。


あれは、とりかえさないと。


「メレ。殺しちゃダメ。その女からはすごくいい魔力の香りがする。ファイブエレメントかもしれない」


ロリっ子が剣士を静止したが、少し遅いんじゃないか?


剣士は腰に吊るした剣に手をかけてはいたが、抜く気はなさそうだった。


「殺す気なんてない。が、少し苛立っただけだ。」


その言葉は嘘か本当か。


とりあえず毅然とした態度のこの剣士は要注意だ。膂力が桁違いだし、多分強い。


「──こいつがケイオス殺すやつなんてありえねーし。てか死にかけの……なんて名前あいつ。まぁいいや雑魚で。雑魚こいつをぶち殺せばうちらの勝ちっしょ?」


弓を構えるエルフは、僕に矢先を向ける。


なるほどね。


だいたい関係性はわかった。


ナイフから滴る血が足元に溜まっていく中、僕は彼女たちの会話を拝聴していた。


……あ、でももう無理限界。貧血で死ぬ。


ナイフがこれ以上刺さらないようにうつ伏せに倒れる。


顔だけは、彼女らを向いたままにして。


「まてよメム。こいつには聞きたいことがあるんだ。おい、そこの雑魚」


答えない。


「チッ。気絶しちまったのかよ…」


「でもあいつ、目を開いてる」


「それに眼球動いてる」


「気絶ではないな、寝たフリをするならもっとマシな方法があるし…まさか無視か?」


「あいつ不気味…はっきりいうとキモい」


傷つくなぁ。


だが、見ることを辞める訳には行かない。


僕の能力スキルは、見るスキルなのだから。


「んじゃあもういいや。マーチ。死なねぇ程度に殺してくれ」


ロリっ子がこくりと頷いて、呪文を詠唱し出す。


そして杖を僕に向ける。


まだだ。まだ僕は見続ける。


杖の先に炎が集う。


そろそろ、背中に刺さったナイフを引き抜いて、立ち上がる。血は出ない。なぜならもう既に傷は塞がっていた。


引き抜く瞬間、「癒す神の左手ラファエル」で治しておいた甲斐があった。


すぐ動ける。だからはやく、この足を動かせ──。


火炎魔人の炎鎖イフリートチェーン ファイア…」


刹那、杖から巨大な炎の鎖が現れて、僕に向かって襲いかかった。


──しかしそれを僕は予測していた。


いや、『僕が』では無い。見栄張った。


それは、能力スキルの効果。


ともあれ、自らの体を最大限駆使し、左側に転がり避ける。


「危ねぇ…」


その炎の鎖は僕のギリギリを通り抜け、後ろのドアに激突した。


そのスキルの名前を『真眼オロバス


このスキルを使っている間、僕の目には正解しか映らない。


相手のステータス、攻撃の威力、そして攻撃の避け方。


僕の身体能力を算出した結果、ギリギリに避けるという一か八かの正解ではあるが、それをしなければ……。


「うっわ。えげつねー…」


このように、今なお燃え続けるあのドアのようになっていただろう。


燃える鎖がドアに巻きついている。


全てを燃やすまで炎は鈍らない。鎖が相手を拘束し吹き出す炎で体を溶かすのだ……。


という正解が、僕の目に映った。


──っ!人に向けるもんじゃねぇだろ。なんて魔法だよ恐ろしい。


「あれを避けるなんて…」


落胆したようにマーチ─ロリっ子がつぶやく。


「見ろよ、背中の血が消えてる。さてはあいつ不死身だな」


「なっ…本当だ!回復スキルの可能性は?」


「有り得るが、やつの避け方は明らかに変だった。未来予測でもしてるみたいな完璧さ…まずスキルによる仕業だろうよ」


「ケイオス以外がスキル使ってるなんてなんか嫌ぁ~。うん、殺そっ」


「私も手伝おう。ケイオス、任せてくれ」


「あぁ、任せた」


「あたしはキモイからパス」


さて、困ったことになった。


3対1、しかも僕の武器は短剣のみときた。


相手は剣士、魔術師、弓兵。


英語で言うと、セイバー、キャスター、アーチャーだ。


──やべぇ。勝てるはずがねぇな。なんで英語で言うだけで絶望感増してんだろ。


それに、説明しそびれていたのだが、僕のこの『幻想保存』のスキルは1度にひとつしか使えないらしい。


つまるところ、『オロバス』発動中に『ラファエル』を使用することはできないということだ。


併用ができない、とも言える。


先程の動きは、『真眼オロバス』で予め予測していたからできたことであって、ポンポンとできる技ではないし、なおかつ臨戦態勢に曲がりなりにも入った彼女らに通用するとは思えない。


攻撃用のスキルは、5つの中で2つ。どれもこの状況を切り抜けるには弱い…。


考えろ、考えろ僕。


打開策を、善策を、切り抜け方を、勝ち方を。


時間にして1秒も満たない思考猶予の中で、僕は一つだけ策を編み出した。


片手に刺されたナイフを。もう片方の手にベレから貰った短剣を。


つまりは──


「二刀流?バカにしてんのか?」


「いや、割と大真面目よ?さてと…かかってこい取り巻き共!僕が相手になってやる!」


大見得切っての初舞台。


刃物なんて料理する時以外握ったことは無いけれど、やらねば勝てない。


何事も挑戦だ。


負ければ多分殺される。抵抗せずとも殺される。


それは御免なものだから、僕は逆手にナイフを持って構える。


策と言うには馬鹿らしく、無謀と言えばその通り。


──ではあるが、生きるために足掻くことはこれ以上ないほど上等な作戦ではないか。


「初戦開始……ってね」

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