第6話「楽しく愉快な生活をお送りください」

魔法とは、この世界における技術のようなものだ。


遠い国では蒸気機関や原理を利用した機会が存在するらしいが、魔術や魔法が数百倍は便利なためにそちらの技術は未発達らしい。


高度な技術は魔法と見分けがつかないと言われるが、それを逆説的に証明した世界みたいだな。


高度な魔術は化学の代わりになるのだと。


高度な魔法は、技術に何ら劣る気配はない。


さて、魔法について知ったことを語るとしよう。


僕やカウンターの人のステータスを思い出して欲しいのだが、魔力特質なんてものがあっただろう。


あれらは魔力の性質、つまり得意魔法を意味するらしい。


難しいことはよくわからんが、熱と乾きで雷の魔法が得意に、冷と湿で水の魔法が得意に─と言った感じらしい。


ふーん、さいですか。って感じだ。


そして魔力量は読んで字の通りその人間が持つ魔力の量で、訓練によって増えたりするようだ。


僕はゼロだった。普通は1くらいあるらしい。つまり前例がないって訳だ。


ますます自分の置かれている絶望的状況が克明になっていくなぁ。




──最後に、ついでで教えてくれたアビリティについて。


これは、職業を極めることで得られるどこぞのポケットなんちゃらで言うところの特性みたいなものらしい。


例えば、職業が戦士であれば、『堅固な盾体』という防御力をあげるアビリティを身につけれたりするらしい。


職業補正のように考えれば分かりやすいと思う。


さて、そんな僕達がいた世界よりも人間が強い世界なのに、この世界において人は下等種族だ。


モンスター、亜人、魔物、悪魔、天使、神そして転生者という上位種たち。


人の脅威になり得るものが腐るほどある世界においての唯一性、高い適応力と、開発力、知恵と勇気と下心を武器に今日まで生き延びているようで──。


───────────


と、そこまで聞いて、僕は軽めの目眩を起こした。


覚えることが…覚えることが多い!


アビリティ、ジョブに種族に社会問題、王国地理ににまつりごと!!


勘弁してくれ。異世界に来たと言うだけでクッソ情緒不安定なのに、そこまで多い情報を与えられたら僕の頭はショートしちまう。


必死に噛み砕き、頭の回路を死ぬほど回して得られたのは上記の説明文。これでも一部だが。


しかし、これでこの世界のことはなんとなしには理解出来た。


ベレも少し疲れた様子で、今か今かと僕がこの街を出るのを待っている。


見るからにイラついているが、それはどうやら僕の無知と無能に対してでは無く、もっと個人的な事で苛立っているふうに見える。


「………では、ハネオリさん。転生者として大変楽しく愉快な生活をお送りください……あ、いえ、すみません。はは。」


「………ははは。ははははは!!

そうですね!僕弱いですし?魔物の餌になったらそりゃ愉快な生活送れませんって!でもまぁ、ナイフとかあるし、なんなら逃げ足は速いほうですから!」


「……あ、はは。」


ベレは力なく笑う。


──ここからは推察だ。


この世界に対することではなく、ベレという、一人の少女に対する推論だ。


ベレは解説の途中、時々思い出したように言う。


「これはあくまでこの世界の人間だけで、転生者はもっと違うのですが」


自嘲的に笑うベレ。そこには嫌味があった。畏敬があった。嫉妬も孕んでいた。


自分たちでは決して到達できない、又は必死に努力してやっと立てるラインを、彼ら転生者はスタートラインにするのだから。


始まりの町の案内人。そんな彼女は別に「ここはアリアハンの村です」と無機質に言い続けるロボットではない。


生きている。感情がある。克己心もあるし、上昇意欲もある──のだろう。


人の上位種が跋扈するこの世で、強さというのはこの上ないステータスなのだ。


そんな世界で、始めから強すぎる「転生者」なんて理不尽だと、僕だって思うのに、50人以上もの「自分の上位互換転生者」をみてきたベレはどうして、彼らを好きになれるのだろうか。


劣等感は積み重なり、自己の成長の停滞を恐れ、それでも見せられる輝きに身を焼く。


そして、そんな「転生者」そのものが憎く、嫌なものになったであろう彼女にとって、同じ「転生者にくいもの」の癖に弱い僕はどう写っているのだろうか。


──って、


あぁ、くそ。また僕の悪い癖だ。他人を自分の裁量で図る。


無論今のは僕の推論だ。彼女がそう話したという訳では無い。念の為にもう一度。


だから──けれど、口が裂けても、「転生者ぼく」に優しくしてくれなんて、言えるはずがない。


すくなくとも、この世界の「人間」には。


話を戻そうか。


僕は腰の軽めのカバンの中の(これはベレが渡してくれたものだ。転生者に対して渡すような決まりらしい。他のアイテムも、決まりによって渡してくれた。)アイテムを一つ一つ確認する。


旅立つ者への少しのお金、短剣、

そしてあの本──


「ってありゃ?」


腰のホルスターに、あの例の本がない。


「あ~、その~宿に忘れてきたらしく~」


「取ってきてくださいなるべくはやく」


「はい…」


妙な迫力と笑顔をうかべたベレに恐怖を感じながら、僕は宿に走った。


嫌われてるなぁ、僕。


おかしいなぁ。僕絶対入れたはずなんだけど。


忘れるはずがないのだけど…


忘れる──なにか、何か忘れてないか?


僕の不死性をしらないただ1人が…。


転生した瞬間はいたのに、僕がギルドにいた時に影も形もなかった人が1人いた。


あぁ、そうだ。名前は確か…。


「えーと、なんばー、うんちゃらかんちゃら…!」


あの仮面を被った女性!


すっかり忘れていた。あのドレスの女性のことを。


僕を殺す理由はさっぱりだが、僕の不死性を知らず、しかし僕の宿を知っている人間は彼女しかいない!


そしてなおかつあの時聞こえた声は──


女性の声だった!


「つまりは彼女が僕を…てことはここら辺に潜んで…!?」


いや、ありえない。深夜にわざわざ暗殺してきたのだ。この通りで襲う必要性はない。


なら、潜伏しているはずだ。


ではどこに?


決まっている。今僕が向かっている場所。


「殺人現場に犯人は戻るってお約束、どうやら本当らしいな」


確証はないが、確信はあった。


僕は宿に辿り着くと、足を忍ばせて歩いた。


恐らく、扉の向こうに犯人はいる。


僕が本を取りに戻るところを待っているはずだ。


あの本は僕にとって唯一の救い。奪われちゃ取り戻す他はない。


作ったスキルはおよそ5つ。


どうやって戦う…いや、戦うことは目的じゃない。


本を奪い返して、逃げれればそれで勝利だ。


スキルと、この貧相なからだで行けるかは分からない。


だが、やるしかない。


深く息をついて、僕は部屋の扉を開けた。

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