第5話 「ただで済むと思うなよ」
「おはようございます。ハネオリさん。よく眠れましたか?」
「いいや、全然」
朝から殺されちゃったものだから、あの後気が気でならず結局一晩を起きてすごしたよ。
──とは言えなかった。
「ベッドが硬かったのでしょうか?」
「まぁだいぶとね──
あ、いや、けどそれが理由じゃないから」
「とすれば?一体どうしたのですか?」
「…いや、なんでもない」
昨日ぶち抜かれた腹を撫でながら答える。
服もどうやら神様からの贈り物のようで、僕の回復に合わせてほつれや穴も回復していた。
血や謎の液体で汚れた部分も僕の回復とともに治ったので、仕組みはよく分からないがどうやら僕の体と服は繋がっているようだ。
部屋は血が飛び散っていたので宿の主に怪しまれながらも雑巾(これは普通の雑巾だった。拭けばサラッと汚れが取れるマジカル雑巾とか無いのかな)でしこたま拭きまくった。
ルミノール反応はバリバリ出るだろうが、まぁこの世界にそんな化学的なものは無いだろう。
さて、僕が殺されたこと(未遂)について少し冷静に考えてみよう。
僕を殺すということは、僕の不死を知らない奴が殺人──未遂を行ったと考えるのが妥当だろう。
不死と知っていたら、お腹と喉をぐさりと刺してお終いなんて愚かな行為は僕でもしない。
では、目の前にいる彼女はどうか。
明らかに無関係者だ。彼女は僕の不死を知っている。
なら役所の人間は?
これもノーだ。殺す理由がない。あったとしても彼ら全ても僕の能力と不死性を知っている。
天上から降った本に直撃しても死ななかった僕を見て、不死を疑うやつなどいないだろう。
──つまりは手詰まりだ。
めぼしい人間全員疑って全員に犯行動機も必要性もない。
しかし、暗殺依頼による伝達不足という可能性。これを否定するわけも行かない。
そう、紛れもなくあれはプロの犯行だろう。
腹部に一撃、すかさず喉に一撃。
腹部なら肋骨などに守られていないし、柔らかいから刺さりやすく、殺しやすい。ただ死ぬまでに時間がかかる。それをカバーするための喉への一撃。
喉さえ潰せば声も出せない息もできないとこれまた殺しやすい。
──いや、普通は即死か。
というか喉骨すらすり抜けての刺突で深深と、それこそ喉を貫くナイフのようなものの一撃は無駄がなかった。
殺意高すぎないかな?
僕そこまで恨まれることしたっけ?
いくつかの考えがふわふわと頭に浮くけど、考えても仕方ない。
ひとまず行動だ。それから全てが始まるのだ。
結局僕は探偵じゃなく、殺人者。
転生者を殺す側だ。罪を問われこそすれ、罪を問う人間ではないだろう。
しっかし、本当に殺す相手間違えたんじゃねぇの神様。
僕みたいな凡庸品性な男転生させて何が面白いんだか。
──と、いつの間にか神様への小言と化した心中を知ってか知らずか、ベレははにかみながら言う。
「さて、今日でお別れですね。」
「そうですね。まだ居たかったってのもありますけど、色んな仕事をこなさねばなりませんしね」
特に
──いや待て
僕を殺したということは、十中八九転生者の仕業だろう。殺される前に殺す。それ以外に僕を殺す理由はない。
つまり、僕の情報が知られているということだ。誰かを殺す前から転生者殺しであると。
そう、情報だ。僕には情報が足りていない。
「──ねぇベレさん。この世界の魔法って声を変えることは可能ですか?」
「声を変える魔法…?そんなのどういう?使えないですし、そもそも肉体の変化を促す魔法なんて危なすぎて──」
「てことは、そんな魔法は──」
「使われませんけど……それがどうか?」
「ちょっとありまして。いやほら、この先色々あると思いますし、魔法についてもっと詳しく教えてくれないかなぁーって…」
馬鹿だ。
もっと早く聞いておけばよかった。一日目に、魔法も聞けば声から犯人を絞り込めただろう。
正直痛みと血で何がなんやらだったが、それでも女であるということは今わかっている。
そこまでのことが、今の情報でわかるんだぞ!?
何をしていたんだよ僕は。スキル作って、暗殺されて、回復していきって?決め付けでこの世を図ろうとする?
愚かしいにも程がある。
この世界に魔術魔法の類があるのは必定。であれば、僕がこの先魔法や魔術に会う可能性はもはや確定であるし、転生者はもちろん魔法を使うだろう。
僕が今持っている情報は「この世界には魔法がある」。それだけだ。
薄い。薄くて安い。そんなの知識を与えられなかった転生者も一日目に分かるだろう。
予測でしかこの世界を推量していなかった。
もっと知るべきだった。
流れ込む後悔の頭痛となって苛む。
目の前のベレが困惑したように僕の顔を覗き込んだ。
「あのぅ、大丈夫ですか?」
「あぁ。ごめんなさい。──あの、簡単でいいのでこの世界の魔法について、どうか教えてください。」
──拝啓。謎の暗殺者よ。僕は「情報」で一手遅れた。
こちらの常識、「魔法」を勝手に値踏みし、幻想を抱き、無為に恐れた。
──だからやすやすとしっぽも掴めず殺された。
神からの使命は転生者を殺すこと。
お前が僕を殺した時点で、お前が転生者一派であることは確定だ。
お前を探し、そして討つ。それが僕がこの世に来てしまった理由だちくしょうめ。
だとかなんとか。理屈と理由をつくったが、正直そんなものはどうでもいい。
僕から言わせてもらえば
「──生きるのが信条の僕を殺して、ただで済むと思うなよ」
これは言うなれば、僕の命の弔い合戦だ。
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