第4話「今から殺される」

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単刀直入に言えば、僕のスキル「幻想保存」はスキルを作るスキルだ。


……チートだな。などと即座に判断する気持ちもわかるが、いやいやしかし。


そこまで便利なスキルならどれほど嬉しいものだったろうか。


詳しく説明すれば、「僕達が元いた世界の幻想─つまり悪魔とか天使とか神とかの伝承をベースに能力を作るスキル」なのだ。


だが僕はそこまで幻想を知らない。


知ってるところでアザゼルとか、ベルゼブブとかだ。それも名前だけだし。


──そこでこの本が役に立つ。


この本はあまねく全ての幻想の集約本。悪魔からみみっちい精霊まで。幅広く取り扱った幻想辞典。


なんの魔法がかかってるのか知らないが、読めども読めどもページは終わらない。


なかなかに面白い本だ。


というわけで、この膨大な量の幻想一つ一つからスキルを一つ一つ作り出せるのが僕のスキルだ。


改めて言語化するとびっくりするほどチートだな。


なるほど。この能力とバランスをとるために僕の身体能力は上がらなかったのか。


──と、ここまで聞けば、誰もが垂涎して欲しがるスキルだろう。


確かに欠点といえる欠点は無いが、この能力は重大な弱点が幾つかある。


1つは、スキルを作るのに数分の集中が必要なこと。戦闘中に行おうものなら頭を吹き飛ばされても無抵抗だ。


つまり即席にスキルを作り窮地を脱するのは不可能ということだ。


1つは、幻想の伝承に従うしかない事だ。


例えばルシファーのスキルを作り出すとしよう。そう、あの厨二病患者御用達の大悪魔さんだ。


大悪魔なのだから世界を滅ぼす系スキルでも作ろうとか思ってはいないだろうか。


それができるなら僕はここまで苦言を呈しはしない。


彼の伝承はあくまで神への叛逆。叛逆をキーワードにスキルは作れるが、伝承から解釈のしようがないスキルは作れない。


更には、無知に対するサポートがこの本だけだという事実。膨大な量の情報に頭がこんがらがるわ。


パラパラとめくり、目に付いた伝承からスキルを数個作ってみたりしたけど、ページがめくり終わるまでにかなりの数できてしまった。


ここでスキルの解説と洒落こみたいが、こうも解説が続くと飽きても来る。


僕は読者によりそう語り部なのだ。


乱読癖が功を奏して読み終わる頃には5時を指し示すくらいで済んだ。


が、死ぬほど疲れた。


さらに明かりも月光とランプだけときたもんだ。これじゃあ目も死ぬぜ。


暗い場所で本を読むなと、母親からよく聞かされたことを思い出した。まぁ、守った試しは数える程しかないのだが。


ギシギシとひとりでに軋むベットに横たわり、布団の硬さを体で感じる。


今まで気づいてなかったが、実は僕の服装が変わっている。革製のベストに、布製のシャツのようなもの。肌着は分からないが、軽く滑らかだ。


学生服の方が僕のセンスにはあっていたが、まぁしかたない。


パジャマと言うには分厚い服を着て、僕は布団を羽織る。


掛け布団は薄く、四季があるのかないのかよく分からない世界の気温だとしても寒い。


「さっむい!つーか魔法で暖かくなったりしねぇのか?異世界が現世に勝ることって現状ないんだけどなぁ…」


そもそも魔法があることで成り立ってるような世界観だ。いや、詳しくは知らないけどさ。


機械の類は全然見かけないし、街並みも中世ファンタジーだし。衛生観念とかどうなってんだか。


…見なかったことにしろ。僕。ランプの日を消した瞬間向こうの壁に蠢いたものとかなかったんだ。

この世界にはGなんて居ない。それでいいじゃないか。


さぁ、眠りにつこう。


───────────────


「ようこそ。神と人の狭間の世界へ。ここは君のために用意した仮初の地獄。不死のみが訪れる休憩所みたいなものだ」


神様は、偉そうにふんぞり返って話していた。


ここは夢だろうか。体もぼんやりとしていて、魂だけが神の前に放り出された感じがする。


視界も虚ろで、神の姿も朧気だ。


「そうだね。夢ともとれる世界だ。君は如何せん自分の立場を分かってないようだからね。

…有り体にいえばノベルゲーのバットエンド救済措置と同じだよ」


わかりやすくて、相変わらず俗っぽい。


つまりは最善の選択を教えてくれるという訳だ。


「最善よりかは最良かな。まぁ、そこら辺はいいだろう。君の立場を教えるのに深く関わるわけじゃない」


立場を教えてくれるのか。


これはありがたい。で?僕にどんな神々しくも華々しい後光が差すようなロードを教えてくれるんだろうか。


「君は、今から殺されるよ」


「は?」


──刹那、腹部に異常を感じた。


その後覚醒。


夢の世界でフレンドリーに神と話す奇跡体験はお預けとなった。


脳に異常を伝えるべく、脊髄を這いずるのは痛覚神経の伝達。


痛みは、命の危険信号。


逆に言えば、痛みを感じるということは──

「んっ…つっっ!!」


──命の危機というわけだ。


体からサッと体温が抜けていく。痛い。


誰だ?なんのために?僕を殺すため?いや、殺すなら不死身の僕を刺したりはしな──


急遽、喉への追撃。


ナイフであろう鋭い一撃は、思考と呼吸を乱す。


未だ体験したことの無い痛みに、脊椎がころげ回れと体に命令する。


…………ッ!


声にならない声、呼吸にならない呼吸。苦しみの返答の代わりに、暗殺者はセリフを吐いて捨てた。


「安心してください。もうじき、死ねます」


安心できる要素がないじゃないか!


そう発音しようにも、肺の空気は喉の穴を通ってコヒューコヒューと間抜けな音を出すのみ。


助けも呼べない、致命傷2つ。


絶体絶命のピンチだ。


バタバタと壁に、床にと飛び散る血。耳に入る聞いたことの無い呼吸音。


──本当にさ、異世界転生2日目の早朝に暗殺される転生者って、どこにいるんだよ。


「──さよなら」


僕の寝込みを襲った暗殺者。それは音もなく、闇に溶けるように、部屋から姿を消した。


姿も見せず、獲物も見せない。更に手がかりは女性のような高めの声だけだが、この世に魔法があるのならどうせ魔法で声を変えてるだろう。


ヒントはなし。完全犯罪だ。おめでとう。


──暗殺対象が死なないことを除けばね。


痛みは未だに僕を襲うが、追撃はされなかった。この痛み以上の痛みはないのなら我慢はまだできる。


痛みは引いていくもので、慣れてしまえるものだ。


腕の健を切られなかったのが幸いした。


痛くて死にそう。死なないけど。


心の中で嘯きながら、体をジンジンと犯す痛みに耐えつつ左手を患部に持っていく。


スキル─「癒す神の左手ラファエル


その名の通り、左手で触れたものを癒すスキル。

いやぁ、作っといてよかった。


じゃなけりゃ、出血多量で地獄を見るとこだったぜ。


いくら不死身といえども出血が酷ければ立てやしないし、脳死ってことも有り得る。


痛みが次第に引いていき、血が止まる。


それらを左手で感じながら、重く一息をついた。


歩みを止める訳にはいかない。


僕が生きるためなら、このくらいの理不尽、耐えてやるさ。


にしても──


あーあ。この服どうしよ…。

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