第2話「魔物の餌になりにきた」

異世界転移のお約束として、どう異世界に来るか、というものがある。


それは空から落ちたり、魔法陣から呼び出されたり、草原に放り出されたり産み落とされたりと多岐にわたる──

と言いたいところだが実際はこれくらいしかない。


僕も色々読んできたけれど、やはり異世界転生や異世界転移は似通うもので、斬新な転移、転生法などないのだ。


──そういえば、僕は転生と転移どちらに含まれるのだろうか。1度死んだから転生と呼ぶのか、その世界で産み落とされていないから転移なのか。結局は文字通り神のみぞ知るところだろう。


さて、僕の転移法と言えば神が用意した門をくぐり異世界へ行くというものだが、これがどこへ向かっているのかが分からない。光に包まれた殺風景な道が続くなか、先も光、後ろも光な状況。


仕方がないから前に歩くしかない。

しばらく殺風景な中を進むと、明らかに異質な光に包まれた。今までの光が神々しい感じだとするなら、この光は騒々しい感じだ。


出口だろうか。


僕の足はこの風景に飽いていたようで、自然とゴールに走り出した。


次第に小さく人の声がする。進む度に段々と声が大きくなっていく。間違いなくそこは人がいる。


この高揚感も、この鼓動もあの場所へ行かないと治まらなさそうだ。次第に口元がにやけた。どんな世界でも正直構わない。僕が生きれさえすればそれでいい。願わくば、楽しい世界でありますように。


半ば義務を忘れて、僕は異世界に踏み入った。


「おっめでとーございまーす!」


けたたましくなるクラッカーの音と、唐突に現れた女の子に驚いて、僕は舗装された道の真ん中で腰を抜かした。


頭にはクラッカーから出た紙が垂れていて、そこには「おいでませ異世界」と書かれてある。


想像とちがうよ。もっとこう、なんかあるだろ。クラッカーでお出迎えって…誕生日じゃないんだから。


「うふ、うふふふ。きゃあって…ふふふ。女の子みたいな声で…ふふ。立て、立てます?」


「手を貸してください。無理です」


ものすごくヘタレな第一異世界人とのコミュニケーションだけど、笑い話としては上々だ。


「私はベレ。来訪してきた人間の案内を任されています。こちらはNo.15。助手です」


数字で呼ばれて紹介されたのは、黒い中性風の動きやすそうなワンピースを着た、仮面をつけている女性だった。


スカートをつまみあげ、上品に無言で頭を下げた彼女を見て僕も軽く会釈する。


「さぁ、こっちに来てください。恒例のやつをやりますので」


腰が抜けた僕を引っ張りあげ、そのまま少し強引に道を連れる。驚いて足がもつれたが、体勢を建て直して一緒に歩く。


「僕みたいなやつって多いんですか?」


「それは腰を抜かした人の数ですか?そうですね、あなた一人でしたよ」


「……違います。転生者の数です」


ケラケラと笑いながら彼女は答えた。

からかわれているのがはっきり分かって少し恥ずかしい。


「多いも何も、この街はエニギルオ。全ての転生者はこの街から始まります。」


「今まで何人くらい…?」


「ざっと50くらいですかね。文献によれば100は超えてますが」


もし神様の命令に従うなら50の人間と敵対しなければならんのか。レイドバトルかな?僕敵側だけど。


「全員勇者とか名乗ってるんですかね…」


「いやぁ、うちはあくまで始まりの街。その先は分かりかねますが噂によれば、魔王で通している方もいれば勇者として活動してる人もいますよ。」


「てことは、魔王も転生者で勇者も転生者?」


「いっぱいいるらしいですよ、魔王も転生者も。大体は最強をめざして努力…はしてないですね」


たははと笑いながら彼女は自嘲気味に言う。


「私にも力があれば最強の名を無努力に欲しいままにしてみたいものですけどね」


そんなものなのかな。一端の高校生には理解できやしないや。最強だとか、世界一だとか。

そんなの、ドラゴンボールで十分だ。


「欲しくないんですか?最強の座」


「確かにかっこいいとは思いますけど、それだけですし、僕はただ生きれればそれでいいっていうか…」


「へー、変わってらっしゃいますね」


異世界転生してくる人は上昇意欲があっていい事だ。僕なんか自分が生きていれればそれでいいもんな。

それとも、知らず知らずに異世界最強になっているのか。だとしたら──

少しだけ、嫌な話だと思う。


─────────────────


「ついた。ここがギルドです。」


到着したのは、間違いなくこの街で1番大きい木造建築物だった。


ギルドと言えばお待ちかね。己のステータスを知れる場所だ。


僕の力、僕の能力が分かる…んだろうか。神からの贈り物も未だ分かってない現状、手がかりはひとつでも欲しい。


「ねぇ、ベレさん」


「はい?」


「あのー、登録って…痛くない?」


「──えぇ。実はすごく痛いです針を指の爪の間にさすかのような…」


「痛みの表現が的確すぎないかな!?」


「冗談です。水晶に手をかざすだけですから」


面白いリアクションですね、とか言われて笑われた。勘弁してください。僕みたいな女性経験のない奴はいじられるだけで惚れちゃうんですよ。


ギルドとは、本来は技術独占のための団体を指す言葉である。しかしこの世界のギルドは少々違い、市役所のような役割を担っているようで、世界に点在するギルドと結託しての情報管理や戸籍登録。登録者が鍛治ができるなら剣刀の出張補強、冒険者や傭兵などには未知のダンジョンの紹介など職業斡旋のハローワーク。などなどを兼ねている。


のだと、道中のベレから聞いた。


つまり─

「42番さん待たせんな!」


「またクレームです!いやです!出たくありません!」


「はい、はい、申し訳ありません」


「そこじゃねぇよ!もっと右!あーっ!使えねぇなぁてめぇはよ!」


超多忙である。


「こちら、ギルド入口と…なっております…」


やつれて引きつった笑顔とパンダみたいな目のクマは、化粧で隠せる程軽いものではなく、現在絶賛デスマーチ中な社会の現実を物語っていた。


これがブラック労働というやつか。恐ろしい。僕も高校を卒業して就職先をミスったとき、こんなことになっていたかと思うと涙が止まらない。


「…ちっ。あのバカゲロカスが休みやがって…私にも仕事があんのに増えたじゃねぇかよ…どうしてくれんだ糞が」


客を前に毒づくカウンターの彼女へ、にこやかにべレは話しかける。


「あら、今日は随分と暇そうですね」


いやいや、何言ってるのベレさん。明らかなデスマーチ労働じゃないか、現代社会の闇と歪みの具現化じゃないか。この殺伐さで暇ならソ連の軍法会議はホームパーティだよ。あれ?間違ってないのか?


「まあね、今日はまだ楽なほうよ。おまけに私は1番楽なカウンター役。…転生者?そいつ」


「ええそうよ。」

この様子で楽なんだ…。多忙な時の想像がつかないぜ…。


「はぁ~。まじホント勘弁してよステータスの数字書くのも大量のスキル名書くのもアビリティ測るのもジョブをアビリティから選択させるのもカウンター役なんだからさ…」


やる気ねぇなこのお姉さん。


ひとしきりため息をついたあと(12回はため息をついていた。言いたくはないが一応僕は客だぞ)彼女はある水晶を持ってきた。


性能判断魔水晶チェッカーだ。いわゆる魔道具のひとつでね。手をかざせば…」


チェッカーと呼ばれている物にカウンターのお姉さんが手をかざすとウィンドウのようなものが空中に現れた。ホログラムチックなそれは神様が使っていたそれと同じだった。


「キリル

 種族 ハーフエルフ

 保有特質 乾 冷 熱

 魔力量 1000

力D 魔力A 速C 防D

アビリティ ストレス耐性、仕事効率化

スキル ─

ウィンドウに現れたのはこれらの数値と文字とアルファベット。


アルファベットもこの世界にあるのか──

いや、自動で翻訳されている可能性もある。元は別の文字だが神様の奇跡の力みたいなもので齟齬がないように意訳されていたりだとか。

まだ仮説の域を出ないが。


しかしわかりやすい。ひと目でわかるブラック労働に慣れたステータスだ。アビリティとは特性みたいなものだろうか。保有特質ってなんだ?魔力量は分かるが…。


「このように、自分の性能が丸わかりになる。さらに詳しく数値が出るやつもあるが、あれは私は使いたくないね」


「どうしてですか?」


「スリーサイズとか身体能力の数値とか、経験人数とか聞いてもないことを根掘り葉掘り計られるやつ…試してみる?」


「いえ、遠慮しときます」


闇が深そうだしやめておこう。誰も幸せにならなそうだ。


「じゃあ、ほら」


カウンターに置かれた水晶は透明な青色に光り、今まで見た事ないほどに幻想的で美しかった。魔法のように輝く水晶の上に、僕は手をかざした。


すぐさま写し出されるウィンドウ。


「ハネオリセイハ

 種族 転生者

 保有特質 なし

 魔力量 0

 力G 魔力G 速G 防G

 アビリティ なし

 加護 なし

スキル 「起死廻生アンデッド

幻想保存ファンタズムテイカー」 」


ステータスが全てG?魔力0?


加護とかいうカウンターのお姉さんにはなかったステータスカテゴリもあるけど、それも「なし」だし。


あ、そうだ。多くの転生者を導いてきたらしいべレなら分かるんじゃないか?


そう思ってべレの顔をみたら、まるでこの世の終わりのような顔をしていた。


いや、本当に世界の終わりかもしれない。あれだけ荒れていた職場が静まり返り、僕のステータスを見ている。


しかしあの目は絶対に羨望の目ではない。テストで点が悪いときに、下の順位の奴を探しまくってやっと見つけた時…。そんな目だ。


よく僕もしていた気がする。


「ひっでぇ」


ひゃひゃひゃと笑うカウンターのお姉さんがすごくいい人に見えた。こういう時って笑ってくれるのが嬉しいよね。


その笑いを皮切りに、職場は笑顔に包まれた。

どっと沸くフロア。あの静けさはさしずめ、「これわらっていいやつ?」という探り合いの静寂だったのだろう。


「なんなんですかあなた」


沈黙を貫いていたべレがやっと口を開いた。


「このステータス、マジでなんなんですか!餌ですか?魔族の餌になりに来たんですか?食ったらうまいんですか?ええ!?美味しかったら餌適正Sランクですよ!良かったですね!」


と思ったらすごい剣幕でキレられた。僕なんかやっちゃいました?


「──ってか!分かりませんよ!トントン拍子でここまで来たから…。ていうか、このステータスってそんな悪いものなんですか?」


べレは苦難ってこれのこと…とか呟いているが、僕は難聴系主人公じゃないから聞き漏らさない。


めんどくさいなぁもう。とかひとしきり境遇を呪いきった後、僕に言葉を選んで送る。


「世界最高のワーストステータスです。冗談抜きで就職先が餌しかありません」


どんだけ悲惨なステータスなんだ。餌ってお前、ミミズでもなれるぞ。僕はミミズと同等か。


「それに加護がないなんて…転生者かどうかすら怪しいですよあなた」


なんすかその加護って。


「神の使いの証みたいなものです。運命をたぐりよせるちからともいわれています…」


話を聞く限り、所謂ラック値のボーナスみたいなものらしい。なくても困らんでしょ。


「うーん、まぁ困らないといえば困りませんが…」


歯切れが悪い。この際だ。聞けるだけ聞いてやれ。


「なんかあるんですか、その加護?とやらには」


「転生者に向けて神が与える、お守り効果みたいなもので…人によっては様々ですけど─」


話によれば、それを持っていると銃で撃たれたりしても偶然胸に入れていたコインが守ってくれたりするらしい。


なるほど。


わかりやすい話が主人公補正か。

──しかし、それがないとなればやばい気がする。そんなのどうやって殺せと?


「それにしてもオールGとか始めてみたよ。というかGって!乳児でもFなのに…。いやぁ、いいもんを見た」


僕は赤さん以下なんですか。さいですか。


僕は上を向いた。涙がこぼれるなんてダサいから。


「でもこれじゃあスキルがどういうものか、文字だけじゃ分かりませんね、上位のやつをお願いします」


上位のやつ?それってもしかして…


「…もしかしてあれか?あのなんでもわかるやつか!?」


「それのさらに上のやつさ。なんでも数値で示せるものがほぼすべてサーチできるらしいよ。お、来たきた」


魔力が玉の中でひしめき合っている。それがひと目でわかる水晶だった。確かに幻想的ではあったが、前の水晶と比べてやけに暴力的なイメージの魔力だ。


「さ、手を」


「僕のプライバシーは?」


「ぷらい…?なんですかそれ。早く手を」


くそっ、ご都合主義の異世界め。辞書にプライバシーを登録しておけよ。


嫌だ、あれだけはバレたくない。


「…あ、もしかして童貞ってこと知られたくないんですか?大丈夫ですよ。秘密にされますから」


言ったら意味ないよね!?ていうかなんでバレてんの!?

周りの男職員は笑ってるしさぁ!お前らマジでなんなの?仕事しろよ!馬車馬がごとく!


「はやくしてくださいよ」


ちょっとイラッとした様子でべレが僕の手を取り水晶珠へと導く。


「いやだ!まって!せめて密室で!いや!あれ?ベレさん力強くない?らめっ!!嫌だァァァ!!」


触れた瞬間、空間中に広がるウィンドウ。ステータスと共に数字で表すことが可能な様々な「無駄な」情報が駆け巡る。


僕は──絶望に浸りながら眺めることしかできなかった。


あえて、この事件の顛末を語るとしたら、精神衛生上、短く纏めてみようと試みるならば。



──知られたくないことを、みんなに知られた。



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