第14話 「あなたの名前は」

この街がポータルではない。


ただ1人の人間が神によって、転生者が迷わぬようにと灯台となっていた。


それが、ベレである。


だから彼女は転生者が来るのがわかっていた。



彼女は多くを見てきた。灯台として、導くものとして。


魔術の王となる器、チートスキルを持つもの、魔王となるべく画策するもの、身体能力が冗談みたいに高いもの、進化する魔物、成長の限界が無いもの、ハーレムを築き上げるものetc……。


神に選ばれたゆえに死ぬことも、成長することも許されない彼女にとっては、彼らは憧れであるが、同時に嫉妬の対象だった。


永遠と、自分の上位互換を見る毎日。終わりはたったひとつ。


「神の扉から転生者が来るまで」


彼女はそんなあやふやなゴールに向かって終わらない持久走を走っていたのだ。


そして長い時が過ぎ、終わりの時は来た。


「ハネオリセイハ」


神の扉より現れた彼が、「転生者を殺す」ものということは、事前に神より聞いてはいたものの、世界を掴むことすら望まず、生きるだけでいいと宣った。



「──やめてくれ」


──。

私が1番望むものを、彼も望んでいる。そんな事実に嫌気も指した。けれど終わりが来たというのなら私は彼に感謝しなくてはならない。


能力は酷いものだった。こんなことで転生者に勝てるのか?


事情を知らないギルドの彼らは笑っていたけれど、私の死がこんなぽんこつに捧げられるのは少し嫌だった。


彼が宿に行った時、私は皆に告げた。


彼が最後であると。そして──


「今日で終わりです」


みんなは納得したように笑顔で返した。返してくれた。


神によって作られたこの街、この人々。


それが天に帰る時が来たと理解したのだろう。いや、もしかしたら仕事が今日で終わることに安堵したのかもしれない。


彼らは倉庫から引き継ぎの書類を取り出し、世界中のギルドに飛ばした。

もう、後悔はないように。


彼には理不尽に抗ってもらわなければならない。それなのにどうしても能力値の低さだけが後を引いた。


私にとって最後の朝、私はこの世界で最後の転生者に言ったのだ。


「お別れですね」


すると彼は何も知らないようにそうですねとか言いやがった。


おまけに魔法について聞いてきた。


なにも知らない、知らされていない。そんな彼に同情してしまう。


私とは真逆で、大変だな。


速く彼にはこの街を出てもらわなきゃいけない。

巻き込まれでもしたら大変だ。


そう心配したらなんと本を忘れたと言い放った。

つくづく間が悪い。


そして彼はどこかに消えて、しばらくして、神から最終警告が下った。


この街に響き渡る最後のお別れのスピーチは、拍手喝采ものだったけれど──。


No.15と聞きたかったなぁ。


私の親友。


魅了の相貌を持つサキュバスだからって理由で、転生者を誘惑しないようにと送って上げた仮面を今でもつけてくれてる可愛い彼女。


もうコントロールできるだろうに。


魔族に名前をつけると、力が増幅するから仮名でNo.15と読んでいたけれど、つけたい名前がいっぱいあった。


どこかに消えた彼女。一緒に最後を迎えたかったな。


いくら探し回っても見つからないNo.15。


なにかのトラブルに巻き込まれたのかな。


そんなことを考えていると、神が目の前に現れた。無論幻影だろう。降臨などするはずがない。


神は、私に向けてお礼として何でもすると言ってくれた。


ならばと、私は神に恐れ多くも尋ねた。


「No.15は無事ですか?」


「……無事だ。でも、ごめんね。私が手を出せる空間に居ないんだ。きっと別時空にいる。

転生者による拉致かもしれない。

今、ハネオリが向かってるよ。彼自身気づいてないけどね」


とても不安だ。けど私の心には不安よりも寂しさが勝っていた。


「じゃあ……一緒に最後を迎えれないのですか?」


「何から何まですまない。他神は今にも次の転生者を送り込もうとしてきてる。今すぐにでも閉ざさないとならないんだ。」


「……申し訳ありません」


でも、私は少しだけ嬉しかった。


彼女はこのまま人生を歩める。


私がずっと気にしてたのは、私の友達という理由でこの街から出られない彼女だけだったから。


神様は時間が無いと言って消えてしまった。


「サキ、違うなぁ。リリィ……でもないや。

あ、」


天空に光が集う中で、私は彼女の真名を考えていた。


真名を送る権利を得るには深い信頼と、許可がいる。


私にはどっちもあるのかな。片方しかないのかな。

だからダメもとで送ってみよう


「あなたの名前は──プロテア」


自由を意味する花の名前を送るから、自由に生きてね。


大空から光が放たれる。最後に言い残したことなど何も無いように、私は消え去る。


どうか、どうか幸せに。


────。


「最後まで仕事するのが私の流儀だからね」


キリルは死ぬ寸前でも仕事をしていた。


いや、仕事ではない。もはや仕事はしなくてもいいし、ならばそれは趣味である。


周りの仕事仲間はやることも無いしとキリルを手伝う。


いつもとは違うゆったりとした雰囲気に包まれて、いつもは辛い仕事も少し楽しかった。


「神の炎は地上を焼き払う。地下なら問題は無いけど、目標は建物じゃなくて私たちだからなぁ。逃げようと思っても炎が追いかけてくる」


「だから、ここに埋めるんだろ?」


同僚がキリルに微笑む。好きだったけど、結婚する暇なんてなかった。


全ては終わりのために。


書類が詰まった箱を、地面にしっかりと埋める。

優しい神のことだ、燃えないように注意してくれるだろうが、念の為火に強いものを選んだ。


「ありがとよセイハくん。最後にサイコーに笑わせてもらったぜ」


「頑張ってこの世界を取り戻してくれよな」


誰に向けたかははっきりしているが、届くはずのない励ましに、自分でも笑ってしまった。


2日続けて大笑いだなんて。


あぁ──



──久しぶりだ。



街が燃える。人はきえさる。魂は天に帰り、神のもとに集う。


この街に住む千と少しの住人は、跡形もなくなった。

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