第13話 『真眼』
僕達は丘を滑り落ちるように走り抜け、街にたどり着いた。
モンスター対策だろうか、すこし高い壁で覆われたその町が功を奏し、周りの草木に火が燃え移ることは無かった。
上から見た時、炎は中央から燃え広がっていたので、僕はすぐさま中心──つまりギルドに急いだ。
走り去る最中、周囲の燃える建物が視界の裏へ行き、また新しく燃えている建物が現れる。
「ハネオリさん!」
仮面さんが僕を呼ぶのが聞こえる。けれど構いもせずに僕はごうごうと燃えるギルドに入る。
どうせ不死身の体だ、炎なんてなんともない。
「キリルさん!ベレさん!いますか!?」
一言発する度、一息する度、煙が僕の肺に侵入し、一酸化炭素が結合する。
意識が遠くなりそうになる度に左手を胸に当て、全身に「神の左手」を使う。
「返事……!返事をして下さい!だれか!生きてますか!?」
「ハネオリさん!無駄です!」
無駄?ふざけるな。
「──無駄なもんかよ!」
何故だ。
何故こんなことになってるんだ。転生者か。
ケイオスがやったのか。
僕を殺すのはまだ分かる。仮面さんに手をかけるのもまだ。
しかし、この町の人間に手を出すのは理解できない。
──何がしたいんだよ。あいつらは。
だが、そんな考えは仮面さんの一言で消え去った。
「決まっていたことなんです」
「──え?」
超巨大な水球が上空で弾け、雨となって降り注いだ。恵みの雨にしてはいささか人工的で遅すぎるその雨が、周りの火を鎮火させる。十中八九彼女の魔法だろう。
身に降り注ぐ魔法の雨が身体を冷やすけれど、僕の激情は収まらない。
「どういうわけなんだよ、説明しろよ!」
我ながららしくもなく言葉を荒らげた。が、冷える身体とは裏腹に僕の激情は冷めやらない。
ベレが死んだ。キリルさんが死んだ。市役所で僕を笑った彼らも死んだだろうし、宿屋の人も死んだだろう。
何故彼ら彼女らが死ななければならなかったのか、それは果たして僕の責任なのか。
もし責任が1つでもあるならばその時は──。
「責任……。はい、考え方によってはあるかと捉えるかもしれません。ですが、この炎上は予定されていたことなんです。
ほら、死体がひとつもないでしょう」
火炎が鎮まり、辺りは黒ずんだ木材が死体のように転がっている。しかし、肝心の人間の死体はどこにも見受けられない。
ああ。そうか。逃げれたんだ。この火災から。
「なら、みんなは無事なん──」
「皆は、骨も残さない火力で一瞬で焼かれました。痛みはなかったと思います」
──衝撃すら走らない。心が死にそうだ。
地面に残った黒い灰を悲哀の表情で撫でる仮面さん。僕はそれに自分でも驚く程に嫌悪感を抱く。
「みんな、死んだのか?」
「実は、私も死ぬはずだったんですよ。私一人が取り残されてしまいました」
ぽつりぽつりと話し出す仮面さん。
僕だって聞きたくないが、彼女は言った。
「責任が僕にあるかもしれない」と。
ならば、聞くしかないのだろう。少なくとも聞かなければならない理由は僕にはある。
すっかりと燃え尽きたギルドの中で僕は、彼女の話に耳を傾けた。
「──この炎は、神の炎です。対象を燃やし尽すまで消えることはなく、その後、普通の炎に変わる。だれも利用できない特殊な火炎なんです」
神という単語が出てきて、僕の中である程度の予想は着いた。
「あの神がやったのか?」
あのいい加減な神様が、こんな惨事を引き起こしたのならば、一応僕は彼女の隷属者であるし、僕にも責任があると言えるのはわかる。
「あの神がどの神かは知りませんが、恐らくは。」
それならば、納得は出来るかもしれない。
理解はしたくないが、所詮人道人知を踏み越えた先にある生命の「神様」である。
僕のように、同じように、この世界の人間を所有物だと思っているのならやる道理は分かる。
しかし、理由は?
転生者を殺すためか?いや、それならば僕を送り込む必要は無いし、この街を燃やすにしてももっとやりようがあるだろう。
住民を手当り次第虐殺するなどイカれてる。
──僕が死ぬ時、死ななければならない理由はあったが、僕じゃなきゃ行けない理由はなかった。そこに理不尽を感じたし、未だ納得してないが、理屈はあったのだ。
言い換えるなら、僕を殺す理由があったのだ。
仮にも神なのだから殺す理由があるはずだろう。
なければ?なければ僕が神に失望し、転生者を殺すのを辞めるだけだ。
神様の言い分は理解できたし納得出来た。だから僕もこうして殺しに躍起になってるわけである。
それをなんだ?神が直接手を下す?
僕要らないじゃないか。僕が死ぬ必要ないじゃないか。
「違うんです。この火は間違いなく私たち──つまりこの地に住まうものを焼くために発動した神の炎、転生者を殺すものでは無いんです」
ならば何故だ。
疑念は尽きない。そもそもなぜ僕のような一般人に人殺しをさせる。
訳が分からない。お得意のジョークも吹き飛んでしまっている。
「……それは、この街こそが、世界と世界を繋ぐポータルだから。入口なんです。全ての」
「いり……ぐち?」
スケールがまたひとつ大きくなった。
「つまりは、アレか?世界と世界を繋ぐそのポータルとやらを塞ぐためにこの街を燃やしたと?」
「……。」
仮面さんは無言だった。
言えないのか、言わないのか。いずれにせよ、僕の質問に返す気は無いようだ。
話を整理しよう。
まず、この街が燃えたのは神が火を放ったからだ。それによって仮面さん以外の人は死に絶えた。
そして燃やした理由はこの街が入口だから。
どこがどうなって入口になるかは知らないが、きっと塞がれたのだろう。
そう考えたい。この街の人々が無駄死にしたということにならないように。
人々がキーになっていたのか、それともこの街がキーになっていたのか。それはどうしても出すことのできない真実だが──。
真実?
あぁ、そうか。真実だ。真実を見ればいい。
僕には色々なスキルがあるじゃないか。
「……『
正解を除く瞳を起動させる。
この燃え尽きたギルドに、崩落した建物に、灰に、炭に、目線を合わせて正解を映す。
彼女の話を疑っている訳じゃないが、しかしそれでも何か嘘──もしくは隠し事はしていそうと思ったのだ。
だから僕は無粋にも見てしまったのだ。
ここで起きた「正しい」、「解答」を。
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