第12話 「街が」
「足元に気をつけてくださいね」
仮面さんはずいずいと僕を置いて進んでいく。
人というのは片手を肩において歩くことが困難なもので、ちゃんと両手を振って歩かねば、とても苦労する生物なのだ。
ただでさえツタだらけ、飛び出した根っこだらけの森である。コケれば片手で地面につかなくてはならないし、体重を支えきれるほど僕の右手は力強くない。
つまるところ、僕は今傷だらけである。
仮面さんはこの森の勝手を知っているのか、先へ先へと進んでいってしまい、見失わない程度に僕も急ぐものの、焦って転んだりしちまいそうになる。
心の底からシティーボーイな僕としては、足の変なところを捻ったり、右手のひら真っ赤になったり都会で体験できないことが出きてとても新鮮です。
──なんて言うかよクソッタレ!何だこの苦行は!僕は仏教徒か!森を急ぎ足で進むのがこんなに苦しいだなんて思わなかったぜ!
登山経験なしだった自分を恨みたいところだ。
──そういえば、森に入ってクマに食われる場合のことは生前考えたことは無かった。
心底生きたがりの僕にとって、海も森も近づくものではなかったのだ。
行けば死ぬ確率は、街にいるよりも大きいのは自明の理であったし、街ならば信号とルール、法律を守り、諍いに混ざらないことを信条にすれば死ぬことはない。
けれどもやはりというか、神の気まぐれ天罰の被害者に選ばれるほどの不運の持ち主ゆえというか、常人なら体験しえない死ぬような目にはあったのだがそれは語らずともいいだろう。
僕はそれでも生きていたのだから。
「こっちですよー」
仮面さんが振り向いて呼びかける。すっかり左手の傷も癒え、足取りもいくらかマシになった僕だけれど複雑で歩き慣れない森を進むのはやはり辛い。
「何もいないっすね」
モンスターが出るという触れ込みだっただけに、この森の静けさに違和感を感じた。もっと騒がしいものでは無いのだろうか。それとも密かに隠れているのか?
そんな疑問を浮かべていると、仮面さんも同じく疑問を感じたようだった。
「そうですね。出払ってるんでしょうか」
「……いや、僕に聞かれても」
この世界の新参者にそういうこと聞かないで欲しいですね。
というか、異世界ファンタジーな世界だったら僕が片手使えない時に戦闘が始まるのがテンプレと言うやつだ。
そこで仮面さんの真のパワーが披露される……というのがよくある光景だと思うのだが。
敵も見えない、動物すらいない。あるのは草木と仮面さんと僕だけ。
鳴き声すら聞こえない森。普通なら疑問を抱くものであろうが、そこはシティーボーイだった僕。
森に踏み入ったことも無い僕にとっては「ふーん、森って噂に聞いてたよりも静かなんだなぁ」としか思えなかった。
「いつもなら気がいいゴブリンさんとか、面白いレッサードリアードさんとかがいるんですが……」
「モンスターと仲がいいんですか?」
「そりゃあ、差別されませんし」
森だけに薮蛇だった。
いや、どうなんだろうか。
彼女が街にいた時、一言も話さなかったのを思い出す。
街を離れた途端饒舌になったこともある。もしかして、発言権がないとか?
魔族の差別。なるほど、この世界はみんなおててつないで平和って訳では無さそうだ。
まぁ、単純に考えて人間の敵が妥当だもんな、魔族。
「……仮面さんはさ、もしかしてなんか、街とかで話しちゃいけないとかそう言うのあるの?」
いつも自分の考えで何事もしてきた結果、裏目に出ていたので、今回は聞いてみる。
「いえ。別にそういうのは無いですが……あ、つきましたよ」
はぐらかされたかのように、彼女は開けた丘の上で町を指す。
エニギルオの街、こうして思えば大冒険ストーリーにしては始まりの町から抜け出せていない。
「やっとかよぅ……」
女の子とのハイキングなんて生まれてこの方1回もしたことないけれど、そう楽しいもんじゃないな。
あの時僕に自慢してくれた山田くんは元気だろうか。今日も僕の机の上に花瓶を置いているのだろうか。前は嫌がらせだが、今ならきっと追悼の意を込めて置いてくれていることだろう。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。
これでやっと僕の旅が始まる。そう考えると胸が弾んで踊って血圧が上がる。
要するにルンルン気分だ。
「─────。」
「ありがとうございます仮面さん。僕をここまで連れて行ってくれて」
「なん……で」
「なんですかって酷いなぁ。僕と仮面さんの仲じゃないですか。まぁ、僕のせいで命の危機だったですけれど、あのケイオスとかいう厨二病野郎はなんとしてでも殺して平和な生活を取り戻してみせますから」
「違い……ます。羽織さん。街、街が……」
どうやら、この丘からは街が見えるらしい。
しかしその狼狽の様子は活気溢れる町を見た時のそれではない。
僕も、その丘に立って街を見下ろす。
本来なら美しい光景だったのだろう。空気は澄み、遠くの山々は雄々しく聳え立つ。それらを背後に見劣りしない始まりの町エニギルオは、さぞ美しく煌めくだろう。
なのに──。
彼女の仮面の縁から水滴が漏れた。
呻くように泣く声が聞こえる。
突風が吹いて、風が、あの町の惨状を後ろへ流れていくついでのように教えてくれた。
血の匂い。
あの町は、白く、紅く燃え上がっていた。
もう一度風が吹く。
──熱い風だった。
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